火星の空はナノマシンの空……

生きていくのが手一杯って訳でもないけど、

皆汲々と生き急ぐ…

そんな世界にチューリップが落ちる…

今日はそんなお話……

……

ま、如何でも良いけど。

え…

私が誰か…?

私はアメジスト、ルリの出番がまだ来ないから急遽代役になったの……

って、ちょっと待てい!




機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜




第二話 「『闇の慟哭』みたいな」(前編)


ユートピアコロニー…

オリンポス山の南300qに位置する、人口100万の大都市…火星最大のコロニー。

セントラルドックを中心に、四方約20キロずつへと広がっている。

最初に火星に移住した人々が作ったコロニーで、宇宙港も三つある。

まあ、火星の人々にとっては日本における東京の様なものである。

それだけに反政府テロ等の標的にされることも多く、軍の駐留先ともなっている。

そんなユートピアコロニーに向かう、一台のジープがあった。






AD2195/09/28 PM2:34 ユートピアコロニーまで200kmの地 点


「ジョーさん、ジョーさんてば!」


ジープを運転している紅玉が呼んでいる。

俺は紅玉の方に向き直った。

彼女は燃えるような赤毛を肩の辺りで刈り揃え、ナースキャップを被っている…

ジージャンにジーパンというラフな格好をしているだけに、余計妙な違和感がある。

本人に言わせると『ナースキャップを外すとナースじゃなくなるから』だそうだが…


「…なんだ?」

「どうして、ユートピアコロニーに向かうんですか?」




そうだ…

俺は今ユートピアコロニーに向かっている。

まだ、ユリカ達の無事すら確認していないというのに…

…今でも、ユリカへと向かっていく弾丸の軌道が目に焼きついて離れない…

ボソンジャンプの時にまだ弾丸はユリカまで届いていなかった。

つまり、例え着弾しても心臓に行く前にボソンジャンプに入ったという事。

だが…

それは、銃弾によって直接死ぬ事は無いと言っているにすぎない。

傷ついたユリカが運良く手当ての出来る所にボソンアウトするとは限らない。

そういう意味ではルリちゃんやラピスも同じだ。

だが、今の俺はユートピアコロニーの事を優先している…

俺は…如何するべきなのだろう・・・




ジョーさん…ジョーさん…ジョーさんてば!」

「…ん、ああ…聞こえている」

「全然聞こえてませんでしたよう…」

「…絡むな、如何した?」


見ると、紅玉が泣きそうな顔をしている。昨日今日合った他人の為に泣ける感受性を…正直、羨ましいとも思う。


「だって心配じゃないですか! 肺に穴が開くと死んじゃう事もあるんですよ!」

「昨日も言ったと思うが、俺の命を心配する必要など無い。それに、あれ位の喀血なら何度もおこっている。

 数日に一度は胃や肺に穴が開く。だが、体内に巣喰うナノマシンが俺を癒してしまう。その度に体の一部が壊死していくのだがな…」

「そんな…」


紅玉は呆然とする…


まるで時が止まったかの様に、紅玉は固まっていた…


「そんな事より前を向いて運転しろ。いくら砂漠とはいえ、下手をすると岩にぶつかるぞ」

「は…はい!」


紅玉は表情を取り戻しジープの運転に専念する。



しかし、おかしな女ではある。

崑崙コロニー有数のお嬢様でありながら看護士になっている事もそうだが、

17で医師免許を取得するという天才ぶりを発揮しながら、

『私にはナースが合ってますから〜』等と言うふざけた理由で看護士を続けている。

<天才と何とかは紙一重>の何とかの方を地で行 く変人ぶりだ。

ナースに何かこだわりがあるらしく、滅多な事ではナースキャップを外さない。

だが、父親の意向が効いているのか、単に嫌がられているのかは知らないが…看護士としては何も仕事が無いらしい。

だから、俺の担当に成りたがった訳だ。

昨日聞いた事を総合すると、そういう事になるのだが…


『だから〜、そうなんですよー…聞いてますか!?』


とか何とか、意味が有るのか無いのか分からない事を延々聞くはめに…

合間にマントとプレートの事を聞いてみたのだがどうやら知らないようだった。

幸いデータディスクは無事だったのだが、カルテの方も見つからない。

ユリカ達の事を聞いてみたいとも思うが、どう聞けばいいのか…

まあいい、俺は今出来る事をするだけだ……



後ろで目を閉じているアメジストとのリンクを開く。


彼女の自我を刺激するため俺の記憶を思い浮かべる…


まだ自我は形成されていないようだが、少しづつ刺激を加えていけば……




だから思い浮かべよう…




楽しかったあのころを……








AD2195/09/28 PM3:02 崑崙大学総合病院 40F


崑崙大学総合病院最上階の一室…

豪華に設えた部屋の中で、部屋の主と招かれたへらへらとした男が話をしている。


「ラネリー君、君の研究は非常に興味深いものだったが、成果を挙げられなかった」

「まあまあ、今回は確かに結果に結びつきませんでしたが、面白い事が分かりましたよ」

「別に聞く必要は無い。兎に角、研究は中止する」

「そうですか、うーん・・・

 結構いい研究材料なんですけどね」


ラネリー・フェドルトンはへらへらとした顔では有ったが、目は笑っていない…


「すでにマシンチャイルドは地球で成功しつつある。ネルガルはスポンサーを降りた」


ラネリーの目がキュッと細められる、


「人間の遺伝子の組み換えによるマシンチャイルド化、確かに成功しやすいでしょう。

 しかし! 私の計画は更に上を行く!」


だが部屋の主はもう話は終わったとばかりに、


「帰りたまえ。もう君の研究は終わったのだ」

「クッ…後悔しますよ…」


顔全体に怒りを表したラネリーが扉を開けて出て行く…


「フン、奴ももう用済みだな…」


最上階の部屋の男は冷静な顔で夜景を見つめていた…






AD2195/09/28 PM5:16 ユートピアコロニー火星駐留軍基地


火星駐留軍基地――火星を守る為、連合宇宙軍が置いた艦隊の駐留地である。

しかし、火星艦隊は全軍合わせて300隻しかない。月の駐留軍と比べても半分以下である。

だが、それでもフクベ・ジン少将率いる火星駐留艦隊は<精強>を持って知られていた。


そのフクベ・ジンの執務室、モニターに表示された連合軍高官がフクベに命令を下していた…


『…この事は極秘事項だ、君の健闘を祈る』


回線の切れたモニターに向かい、フクベは拳を叩きつける。


    ガシャーン


莫迦(バカ)な、そのような事…」


フクベはインターホンを押して人を呼び、やって来た兵士に壊したモニターを掃除させ部屋を出る。

廊下には控えていたのか一人の男が立っていた、一目で分かるマッシュルームカットの男が話しかけてくる。


「提督、何か心配事かしら?」

「ムネタケか。上層部から通達があった」

「へぇ…どんな通達?」

「火星に正体不明の物体が接近中だ。警戒ランクCを発令、偵察艦を発進させろ」

「どーせ、隕石か何かでしょ、するだけ無駄よ」

「いいから行け! 貴様はいつから軍の命令を無視できるほど偉くなったのだ!?」

「はいはい、分かりましたわよ」


ムネタケは本当にしぶしぶと言った感じで発令所に向かっていく。


「やつも、昔からああだった訳では無いんだがな…」


ムネタケの後姿を見ながらフクベは呟いた…






AD2195/09/28 PM7:12 ユートピアコロニー西部地区


コロニーの外縁部は閑散としている事が多い。

まだ開発の始まっていない所も多く、人の集まりが悪いのだ。

しかし、逆に普通の場所では生活の出来ない人々…つまり、浮浪者や犯罪者の巣窟になっている場合もままある。

ユートピアコロニー西部に位置するこの区画もやはり治安が悪い。

アキト達の乗ったジープがやって来たのはそんな場所だった…





「ふう。ようやく着きましたね〜」

「…そうだな」


紅玉が何か期待した目で見ている。


「ユートピアコロニーに着いたんですから、そろそろ目的を聞かせてくれませんか?」

「聞いて如何する?」

「そりゃあ、もっちろん! さっさと済ませて、治療に専念してもらうんですよぉ」


医者としても、看護士としても少しずれた言動をする紅玉…


「それは、無理だな…」

「え…どうしてですか?」

「…する事が多過ぎる。」


そう、俺はここでやらなければならない事がある。

それは、ユートピアコロニーにチューリップが落ちるのを阻止する事…

その事によってタイムパラドックスが起こるかもしれない……

だが…俺は救えるかもしれないのだ。この、ユートピアコロニーの人々を…


「例えそうでも、ジョーさんをきっと治療してみせます!」

「それは良いが、そろそろホテルを探した方が良いだろう」

「それもそうですね」


その時、前方に10人ほどの集団が出てきた。

皆一様に汚らしい服を着ている。

そのリーダーらしき男が車道に出てくる…


「止まれ!」


その男が何かをこちらに向ける。


「まずい、あいつ、ショットガンを持っている!」


このまま散弾を浴びせられたら、ジープは兎も角アメジストや紅玉が危ない!

しかし、この時紅玉はジープを一気に加速させ、歩道の傾斜のついている部分を伝って車体をジャンプさせた。

流石に相手もそこまでは読めなかったらしく、つっ立ったままボーゼンと見送っていた…


「…凄いドライブテクニックだな」

「えへへ…実は昔ゾクやってたんですよ」


昨日はお嬢様、今日は暴走族。一度こいつの人生年表を作ってみたくなってきた…





西部地域を抜けてメインストリートの一つ、ホーリアストリートにやって来た。

ここでホテルを探す事にする…と言っても、別に今から探す必要などないのだが。

何せユートピアコロニーで育った俺だ、ここに有るホテルのことは良く知っている。


いつも地球からの客で一杯になっている<セントジョン・マーズホテル>

それなりのサービスで定評はあるが、ホテル自体が古くなってきているため客の評判が今一つな<火星グランドホテル>

VIPばかりを泊める金持ち専用の<ユートピアセレストホテル>

そして、ほとんどカプセルホテルと言っていい<ユートピアビジネスホテル>

今回は予約も入れていない以上、ユートピアビジネスホテルに行くべきだろう。


「ホテルはセレストで良いですか?」

「ん…予約も入れてないのに入れるのか?」

「はい。ここのオーナー、お父さんの友達ですから」

「なら頼む…」


正直、紅玉がここまでする意味が分からない…

だが今は、利用出来るものは利用しなければ…






AD2195/09/28 PM10:49 ユートピアコロニーレインボータウン


「アキト! 今日はこの位にしとけ、明日も学校が有るんだろ?」

「はい、師匠!

 これが終わったら寝ますんで」

「熱心なのも良いが、体を壊すぞ」

「じゃあ、もう一寸だけ…

 初めてまともなスープが出来そうなんスよ」

「ったく、おりゃ知らねえぞ! 明日学校に行けなきゃ単位やばいんだろうに…」


そう言って、コックの服を着た恰幅のいい男が厨房を出て行く。

アキトは小さいころに両親を亡くし、その後は施設に預けられて14までは施設で育った…

しかし、小さい頃から思っていたコックに成りたいという思いの為に施設を出て、

この<レストラン こうずき>で住み込みのアルバイトをさせて貰っている。

最も、このこうずきと言うレストラン、飲食店(レストラン)と言うよ りは下町の食堂と言う感じではあるのだが…

兎に角、アキトはここで住ませて貰っているだけではなく、学校にも行かせてもらっている。

店長のオガワ・トウジの事を師匠と呼び慕うのも、料理の腕だけでなく人格面でも尊敬しているからである。


「よし、出来た!」


鍋の中が透き通ってきた所を見計らい火を止める…


「おっ、出来たか」

「あっ、師匠さっき寝たんじゃ?」

「ばーか。てめえのスープの味、誰に見て貰うつもりだった?」

「え、いや自分でですけど…」

「まだ駆け出しのてめえが、細かい事分かるわきゃねえだろが!」

「あ、そうっスね、じゃ御願いします」

「だってよ!」


トウジがそう言った時、既にもう一人…誰かが厨房に入り込んでいた。

二十歳位の女性がアキトの方を見ている、見た目は平凡だが優しそうな微笑をたたえている。

オガワ・サチコ――トウジの娘で、昼はここでウエイトレスと言うか看板娘をしている。

つまり、ここで住み込みをしているアキトにとっても<お姉さん>と言う事だ。


「アキトちゃん、新しいスープ作ったんだって? 味見させてくれるよね?」


アキトはハメられたと気づいたが、少しすると嬉しそうに


「御願いします!」


と、頭を下げた…






AD2195/09/29 AM6:56 火星軌道上


「遅い! 遅いですわ…せっかく火星軌道上まで来たと言うのに、このまま帰れ等と言うつもりは無いでしょうね!」

「まあ待て、今火星駐留軍と交渉している。一時間ほどで連絡がある筈だ」

「ですが、お父様!」


艶やかな黒髪をストレートに垂らした少女が父親に詰め寄る。


「分かっている。だが、あまり宇宙軍といざこざは起したくない…

 大体お前も宇宙軍士官学校に在籍しているんだろう。

 軍に入るつもりなら…」

「はい、確かに自分の才能が軍事的なものだという自覚はあるつもりです。

 しかし、私にとってそれらの事を<二の次にさせるモノ>が火星に有るのです!」


その言葉に父親は渋い顔をした…


「男か…」

「もう、嫌ですわお父様ったら!」

    ドンッ!


少女が父親の肩を叩く、父親はよろめいて…


「とっ…兎に角、明日は仕事の手伝いをしてもらう」

「ええ、わかっておりますわ。これでも公私は使い分けられますもの」


いや、本当にそれが出来てるならこんな事言わんわい!



…とつっこみたいところだが、娘は知っててやっているにちがいないので


「ははは…」


と言うに止めておいた父親だった…






AD2195/09/29 AM8:12 ユートピアコロニーレインボータウン


「アキトちゃーん、アキトちゃーん! 起きなさ〜い!」

「うっ…ううーん…もう少し寝かせてください…」

「もう8時回ってるわよ〜。今起きないと学校間に合わないんだからー!」

「え、げっ…もう8時12分じゃないっスかー!」

「何回も起したけど起きなかったのはアキトちゃんでしょー!」

「あ、すいませんサチコお嬢さん」


アキトは大急ぎで着替えをしようとする、その横でサチコは相変わらず微笑んでいる…


「あ…あのサチコお嬢さん……すみません、その…着替えますんで…」

「あ〜ら残念、アキトちゃんの着替えが見れると思ったのに」


心底残念そうな顔をしてサチコが部屋を出て行く。アキトはこの人のこういった

アッケラカンとした雰囲気は嫌いではなかったが、どうも、いつも遊ばれているという気がして仕方なかった…


「アキトちゃーん! 着替え終わったら降りてらっしゃ〜い! サンドイッチだったら食べながら行けるでしょ!」

「はい! テーブルの上に置いておいて下さい!」


着替え終わって階段を下りながら言うアキト

そのまま、キッチンに入りサンドイッチを咥えていると鼻先に何か突き出された。


「はいこれ、今日のお弁当」

「いつもすみません」

「うん、一生恩に着ろよ〜」


ズル…

コケそうになる…またからかわれた様だ。


「ははは、そうする事にします…」


サチコはまだ何か言いたそうにしていたが、アキトは家から逃げ出した…






AD2195/09/29 AM9:25 ユートピアコロニー火星駐留軍基地前


ジープに揺られながら俺はうとうととする。

正直眠いのだ…

昨日は『看病のため』と称して同じ部屋に泊まろうとする紅玉を追い出したり、

アメジストと一緒に風呂に入ろうとする紅玉を止めたり…

少し大変だったが、取り敢えずどうにか火星駐留軍に連絡を付ける事は出来た。

しかしそのおかげで、昨日はほとんど寝ていない…


                       キイ……ッ


紅玉が、運転するジープを火星駐留軍基地前に停める。

…着いたか。もう少し休んでいたかったが、仕方ない……

俺が眠気覚ましの為、ドリンクホルダーの缶コーヒーを喉に流し込んだその時


ドゴーン!! ゴロゴロ


雷が鳴る、今朝はどうも曇りがちだ…

紅玉も首を竦めて、


「今のは近かったですねー」

「そうだな」


俺の返答が気に食わなかったのか暫くむくれていたが、

今度は、別の話題を振って来た。


「ここは駐留軍基地ですね。なんでこんな所に来るんですか〜?」

「…司令官に会いに行く」

「でも、司令官さんと知り合いなんですか?」

「いや…」

「じゃ、何かアポイントでも有るとか…」

「…昨日連絡は入れておいたが、会ってくれるかどうかは分からん」

「そんなので大じょーぶなんですか?」


紅玉の疑問に答えず、駐留軍基地へと向かう…


「止まれ! 貴様ら何者だ!?」


まあ、確かに言われても仕方ない。ピッタリと体に張り付く様な黒いボディスーツ… 俺も自分の怪しさは十分自覚している。

だがこれを脱げば体の感覚が無くなるし、この上に何か着るのも感覚の阻害になるので、 この上にはマント位しか着られないのだ…

その上、ジーパン・ジージャンのラフな格好にナースキャップをしてい る赤毛の女性と、

昨日、紅玉に遊ばれてゴシックロリータの格好をしている少女…

変人3人組を相手に警備の兵士が怒鳴りたくなるのも、仕方ない事だろう。

しかし、ここで止まる訳にはいかない。


「…昨日連絡を入れておいた海燕ジョーだ」


すると警備の兵士は、人を呼び交代して確認に向かった。

そして暫くして帰ってきた兵士が、


「うむ、フクベ提督がお会い下さるそうだ」

「…そうか。では、案内してもらおう」


兵士は暫く渋い顔をしていたが、仕方なさそうに頷くと、


「付いて来い」


そう言って俺達をフクベの執務室へ案内する。


「凄いですねー……一体何を話したんですか?

 提督なんて普通連絡入れただけじゃ会ってくれませんよ」

「…すぐに分かるさ」

「ぶぅ…」


紅玉が頬を膨らませる。小柄な体のせいで、まるで小学生のようだ…

…と、そんな事をしている間にフクベの執務室へと着いたようだ。


「フクベ提督、お客様をお連れしました」

『入って貰いなさい』


兵士が扉を開け、俺達を促す…


「…入るぞ」

「失礼しまーす」

「…」


フクベの執務室に入った俺達はそれぞれに挨拶した後、フクベの前に進み出る。


「君が、昨日連絡して来た男かね…

 私がフクベだ」

「海燕・ジョーだ」

「劉・紅玉で〜す」

「…」

「こっちの子はアメルちゃんで〜す」

「いや、別に聞いてないのだが」

「え〜…そんなぁ。私達も呼ばれたんですし、何といっても私はジョーさんの主治ナースなんですよー」


えっへんと胸を張りフクベに言う。

だが今の事でフクベはあきれてしまった様だ。


「はあ…そうかね」

「…そんな事はどうでもいい、話を始めるぞ」

「うむ、その前に君の言って来た木星トカゲとは何かね」

「…連邦宇宙軍における<木星反乱軍>に対する呼称だ。正確には月独立派残党だがな」


フクベの眉がピクリと動く、やはりフクベは知っていた様だ。


「何故君がそれを知っている?」

「…それを聞いて如何するつもりだ? 俺を殺すか?」

「場合によってはな」

「フッ…確かに貴様らしい答えだ」


俺はまだフクベを許していない。火星艦隊は第一次火星会戦は敗北した、それはいい…

チューリップをユートピアコロニーに落としたのも仕方の無い事なのだろう。

しかし火星会戦の後――撤退命令が出たその時、まだ火星には300万の火星住民の大部分が生きていたのだ。

彼は、その艦隊に積めるだけの火星市民を地球へ乗せて行く義務があった筈だ…

だから、今回はそれをやってもらう。


「答えはやれない。だがもし、お前が2196年にナデシコと言う船に乗る事があったなら、その時は何かが分かるかもな…」

「バカにしているのか!」

「いや、至って真面目だ」

「クッ…!」


フクベは苦々しい顔で俺を見ている…

俺は一歩フクベに近づき、声を落とす。


「俺と賭けをしないか?」

「賭け、だと?」

「ああ」

「どうしてわしが貴様と賭けをしなければならん!」


フクベは怒りも顕に俺を睨み付ける。


「なあに、あくまで手順の問題だ。

 貴様が俺の事を信頼していない事など分かりきっている事だからな、

 その賭けに勝ったら俺の言う事を一つ聞いてもらう」

「ふん、聞くだけは聞こう」


俺はフクベに賭けの内容を話し始めた…






AD2195/09/29 PM0:14 ユートピアコロニーセントラルドック


「ふぅ。ようやく火星に到着致しましたわ…

 全く、結局丸一日軌道上で足止めなんて、

 私は一刻も早くアキトさんを探さなくてはならないのに!」


黒髪の少女が憤懣(ふんまん)やるかたないといった顔でタラップを降 りてくる。

それに続いて、その父親が周りを気にしながら降りてくる。

その時、父親の携帯が鳴った。

父親は暫く話し込むと少女を振り返り。


「悪いが、直ぐに行かなくてはならなくなった。お前も来て貰うぞ」

「えー!!?」


少女の悲鳴がセントラルドックに響き渡った。






AD2195/09/29 PM3:18 ユートピアコロニーレインボータウン


学校から家へと向かう帰り道、アキトは友人のシゲルと他愛もない話をしながら歩いていた。

今日は曇り空の為シゲルも寄り道しようとは言わず、そのまま帰途についたのだ。


「おいアキト…お前の住んでるレストランっての、若いオネーさんがいるって本当か?」

「ああ、まあ…」

「いいよなぁ。俺ん所も妹いるけどさ〜、顔なんて俺そっくりなんだぜ? おまけに生意気だし…やってらんねーよ」

「いいじゃないか、大体あの人はそんなに良いもんじゃないぞ。俺なんか一日中からかわれっぱなしなんだから」

「そーか〜?」

「そうだって」


会話が途切れる頃、ちょうど家に向かう道が分かれるあたりまで来ていた。


「そんじゃ」

「ああ、またな」




一人になってしばらく歩く。


たったこれだけの距離でもアキトは寂しいと感じてしまう……


そんな時、何とはなしに胸のペンダントを見る。


感傷だという事は分かっているが、両親を思い出す…


そんな事を考えながらもセントラルドックを横切り、ビル群をぬける。


そこから公園の前を通り過ぎようとした時…


     フィーン…


不可解な音と共に、アキトの前で不思議な光が乱舞する。

あまりの眩しさに一瞬目を閉じる。

しばらくして光が収まった頃、恐る恐る目を見開くと。

そこには、雪の様に白い肌をした少女が倒れていた…


呆然とその光景を見ていたアキトだが、我に返ると緊張の面持ちで

少女を抱き起こしながら声をかけてみる…


「おいあんた!

 大丈夫か!?

 おい!!」




「…ア…キ……ト………」



ポツリポツリと雨が降り始める中…少女の呟きだけが、アキトの耳に不思議と綺麗に響いた……






なかがき

ごめんなさい、今度は話が長くなり過ぎて前後編に分けることに…

後編は今週中に上げるつもりです。

あ、それと

Chocaholicさん感想ありがとうございました。

だれも、見てくれてないものと思っていただけにとてもうれしかったです。

感想、突っ込みに係わらずお待ちしていますので気軽にメールしてください。

今後ともよろしくおねがいします。

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