「なに!?」


エレベータの残骸の中に、市長邸の前で会った黒髪の少女が倒れていたのだ。

今は急いでいるので少女の手当ては出来ないが…

しかし、置いていく事も出来なかった…


「仕方ない…コックピットに収納していくぞ」

(わかった)


その後もバッタを掃討しながら、試作エステを進める。

そして幾つかの隔壁を突破し…


とうとう最下層に足を踏み入れる…


しかし、最下層には予想を上回る程のバッタ達がひしめいていたのだった…








機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜




第三話 「どこにでもある『奇跡』」(中編)



夜の帳が降りる頃…

崑崙コロニーへと向かうヘリの中、紅玉はため息をついていた。

この辺りまではまだバッタ達も出現していない様だが、

数日中には他のコロニーに到達するのは目に見えている…

紅玉はそんな心配をしている自分と、目の前のジョーとコロニーを天秤にかける自分…

どちらが<本当の自分>なのだろうという思いが頭の中で渦巻いていた…


「ふう、どうやら寝付いてくれたみたいですね…」


目の前にいるジョーは静かに呼吸を繰り返している。

そんな姿に紅玉は少し微笑むと、

背後のパイロットシートを振り返り…


「そう言えばサチコさん、こんな事頼んじゃったけど大丈夫ですか?」

「え…ああ!

 うーん…まあ、確かに父さんやアキトちゃんの事は心配だけど…

 でも、今はそこの人たちやラピスちゃんが心配だし」


ヘリを操縦するサチコが緋色のその目を少し優しくし、言葉を紡ぐ。

その言葉を聞き紅玉は一瞬真面目な顔をするが、

すぐに少し吹き出しそうな顔になって…


「本当はラピスちゃんだけ心配なんじゃ…」

「あは…あははは……(汗)」


真剣なのかふざけているのか分からないような会話をしている内に、

ヘリは目的地である崑崙大学総合病院のヘリポートにたどり着く。

しかし、ヘリポート上ではは何百人という人々が走り回っている…


「ねえ、なんか迎えにしては仰々しくない?」


サチコが何か不振に思い聞いてくる…

その言葉に紅玉は半分はボーっとヘリポートを眺めつつ、


「そーですね。

 あっ…そう言えば…

 私達より先にユートピアコロニーから出た人達って…」

「ここにも来てるわよ」

「いや、だから〜、その人達の所為でもうここも既にパニックなんじゃ…」

「あっ…そうねって…

 えー!!

 それじゃヘリから降りられないじゃない!」


サチコは右手をフィードバックシステムから放さず、器用に驚いて見せた。

下の喧騒は増すばかりで、とてもヘリが降りられる場所は無い…

しかし、紅玉は表情も変えずに平然として、


「あの…病院ビルの屋上にやってくれますか?」

「え…いいけど」


崑崙大学総合病院の病棟は多数あるが、病院ビルと言えるのは中央にある40階建ての<崑崙大学ビル>だけである。

そしてそのビル屋上のヘリポートは、利用出来る者が限られると言う事は有名な話だ。


「紅玉さん、もしかしてあなた劉・鵬徳の血縁?」

「はい…」


紅玉はそう答えると少し俯く。表情も曇ってきている…


「どうしたの、紅玉さん?」

「いえ、何でも無いです…

 早く着陸しましょう」

「ええ、分かったわ」


サチコは紅玉の様子に釈然としない物を抱いたが、問い質すことはせずにヘリを屋上のヘリポートに向ける…

やはり屋上のヘリポートには誰も来ていなかった。

サチコはヘリをヘリポートに止めると、背後を振り返って紅玉に言う…


「着いたわよ。

 でも、これからどうするの?

 この人達は迂闊に動かせないし…」

「ありがとう御座います。

 今から人を呼びに行って来ますので、暫く皆さんの事頼みます。

 …私が居ないからって、ラピスちゃんを手篭めにしちゃ駄目ですよ」

「は、はあ…」


動きを止めるサチコを尻目に、

紅玉はウインクを一つ残すと、わき目も振らず駆け出した…








「くそ、動きが鈍い…」


俺は試作エステの動きの鈍さがこれ程とは思っていなかった。

シェルターの外ではそれ程感じなかったが、試作エステはバッテリーを内蔵しているためかなり重い…

さらに、大きなバッテリーを積んでも平気なように一回り大きくなっている。

そのお陰で数時間戦って来れた訳だが、流石に狭い屋内だと勝手が違ってくる。

ディストーションフィールドは基本的にエネルギーをバカ食いするのでインパクトの瞬間を除いて切っているし、

ライフルはもう弾切れ…狭いのでワイヤードフィストも使いづらい為、今の所役に立つのはイミディエッドナイフ位だ。

しかも先程担ぎ入れた少女の意識も戻っていないので、コックピット内を転がっていて邪魔になる。

まぁ、少女とはいっても十五、六なのでアメジストよりも体格がいい。

下手にぶつかると体ごと持っていかれそうだ…


(アキトはほんとに不器用だね…)

「どういう事だ…?」

(邪魔なら起せばいいじゃない)

「だが、どうやって?」

(大声でも良いし、何だったらシートの角に頭をぶつけさせても良い。)

「過激だな…」

(下手して死なれるより良いと思うけど…)

「そうだな」


殆ど独り言にしか見えない会話を終わらせると、

目の前のバッタに切りつける…


「おおお!」


出来るだけ大声の叫び声をあげながらバッタを一刀両断にする…

少女は起きる様子も無い…

やはりキーの高い声では今一効果が薄いのだろうか?

そう考える間も無く次のバッタが飛び掛ってきた…

その動きを、旋回し横薙ぎに切りつけながらかわす…

バッタは爆発四散した…



   ゴロゴロゴロ


          ドシン!!



「ぐえ!」

少女が悶絶している、シートの角に腹部を強打したらしい…

(なかなか上手くいかないね…)

「ああ…」

(でも何故? どうして頭じゃなくてお腹が当たるの…?

 もしかして…)

「私のお腹は出ていませーん!!」

「のうわ!」

(うひゃ!)



少女が突然起き上がり、(アメジストの)心の声に突っ込みを入れる…


(ねえ、今の聞こえてたのかな?)

「いや、恐らく女のカンってやつだ…」

(ふーん…凄いんだね)

「ああ…」


少女は言うだけ言うとまた気絶した様だ…

そんな会話をしながらもバッタの掃討は続いている。

今まで倒したバッタはもう二十に届きそうだが、

奥までにはまだ同じぐらいの数のバッタどもがいる。

このままでは、中の人々がシェルターを開けてしまう…


「くそ…こんな試作品の、それも陸戦タイプで出来るかどうか分からんが…」

(あれ、やるの?)

「ああ…」

(じゃ、掛け声もやって)

「え?」

(あの、ゲキガンフレアって奴)

「あ〜、あは…あははは…」


そういや、こいつにナデシコの頃の記憶見せたっけ…

絶対、変な部分に染まってる!


(やってくれないの?)

「ああ、やるよ…お前にそれを吹き込んだのも俺だしな!」


試作エステを少し下げ助走を始める。

速度が上がって来た頃にIFSで<拳を中心>として、フィールドを強化収束する…


「ガァイ!! スーパー ナッパァ!!」


拳をアッパー気味に突き上げつつ、フィールドでバッタどもを撃破する。

そして、今度はストレートの拳に強化したフィールドを纏わせながら…


「ゲーッキガ〜ン フレアーー!!」


そのまま8番ゲートの前まで突っ込む。

その時、少しずつ8番ゲートが開いてきた…


「よーし、ひらくぞー!」

「「よーお!」」



扉が開くと同時に中から怒涛の様に無数の人々が駆け出してくる…

そしてその奥にはアイちゃんやその母親そして…

<俺>が居た…











紅玉は今、最上階の部屋で部屋の主と向かい合っていた。

豪奢な部屋でソファーに座りながら部屋の主が口を開く…


「なぜ、出て行ったのだ?」

「父上には関係の無い事です」


紅玉はいつもとはまるで違う焦った様な表情をしている。

部屋の主劉・鵬徳は鷹揚…と言うより、無表情に紅玉へ席を勧める。


「まあ、座りなさい」

「いえ、今回は私の担当の患者の事で寄っただけです。

 ここには報告に来ただけですので…」

「…あの患者たちかね」

「はい」

「一人は腹部裂傷、かなり失血しているが手術後の経過は良好だ…

 しかし、もう一人は…」

「はい、ですのでクローニングによる全体の移植を行う事になりましたので、

 その報告を…」


この時代、部分的なクローニング治療は不可能ではない。

しかしクローニングは出来ても、骨や筋力まで回復するわけでは無い…

ましてや心臓等の様な物は、下手をすると移植後心臓が停止などと言う事になりかねない。

そのため、移植は慎重に…それも、重要な臓器のクローニングはあまり行わない。

紅玉の行おうとしている事はかなり無謀だ。


「却下だ。」

「な、どうしてですか!?

 もうそれ以外では患者を…

 ジョーさんを助ける事は出来ません!!

 まさか…

 まさかまた母さんの時の様に見捨てるつもりですか!?」


「…」



二人の間に緊張が走る。

紅玉は鵬徳を睨みつけ、鵬徳は紅玉を無表情に見つめ返す…

緊張が一気に高まった頃…


「ラピスちゃーん待ってー!」

「アキトは何処?」



大きな声と同時にドタドタと足音が駆け抜ける…

緊張が一気に砕け散った…


「っと、兎に角…彼のクローニングによる治療は認められん」

「何故です?! 他に方法は無いんですよ!」

「これが、彼の体のCTの結果だ。」


噛み付かんばかりの紅玉に向かい、鵬徳が投影型のディスプレイを表示する。

最初は鵬徳を睨んでいた紅玉だったがディスプレイを覗き込み表情を変えた…

表示されたデータは驚くべき物であった…


「何ですか! これ?!」

「彼は、厳密には体内ナノマシンの暴走…

 ナノマシンスタンピートとでも言うべき物によって ほぼ死んでいると言っていい」

「では、どうして生きているんです!」

「ナノマシンが強引に彼を生かしている。

 宿主が死ぬと困るのはナノマシンも同じだからな…

 だから、例えクローニングを行ったとしても、彼は助かるまい…

 手術途中で死ぬだろう」


その言葉を聞き紅玉は凍りつく…

その娘の表情を見、辛そうな顔をする鵬徳。

だが、鵬徳は次の言葉を紡ぐ…


「彼は、後二ヶ月もてば良い方だろう。

 だが……後、一度でも無茶をすれば…」

「分かりました…」


       バタン!


紅玉は鵬徳の言葉を最後まで聞かず、部屋を飛び出していった。

しかし、その後姿を見ながら鵬徳は…


「だが、何故彼の遺伝子データはテンカワ博士の息子と同じ物なのだ?」


そう呟いて、困惑するのだった。







火星駐留艦隊は、現在火星軌道上で宇宙に上がってくるシャトルや宇宙船の支援を行っている。

前方には相変わらずカトンボの艦隊が陣取っていたが、

何度かマスドライバーの岩石攻撃を受けて、艦隊行動に支障が出るほどになっていた。

そして時折行われる小型船の<特攻>により、カトンボの艦隊はその勢いを失っていた…


「前方のバッタ編隊に向かいミサイル一斉発射!!」


フクベの指揮により無数のミサイルが発射され、

バッタの編隊は次の瞬間光の渦と化した…

何機かは抜けてきたが、艦隊へ接触する前にミサイルの第二射が発射され、

味方が傷付くのもかまわずバッタ達を吹き飛ばす…


「提督、ユートピアコロニーよりの第三陣大気圏を離脱。

 そのまま、地球への加速航行に入ります!」

「次はどうなっている?」

「はっ、次はニライカナイコロニーの第二陣です」

「分かった。艦隊はニライカナイの進路上に移動、

 牽制のため、マスドライバーをもう一度発射する」

「は、ニライカナイ進路上へ向けて第一艦隊発進します」


フクベの指揮は概ね上手くいっていた。

既にこの一日で、約30万人を宇宙に脱出させているのだから…

しかし、艦隊に撤退命令が出ている事を知っている者の中には、この事を良く思わない者もいた…

その者は艦内のトイレに入り、一人愚痴を言っていた…


「これは明らかな命令違反よ、地球に帰ったら軍法会議にかけてやるわ…

 でも、帰れるかどうかが問題よね…

 今は良いわよ、ちっこいのだけだし…

 でも、この間のチューリップがまた来たらどーすんのよ?

 私は嫌よこんな所で死ぬなんて!

 でも、一体どーしたら良いのよー?!」


ムネタケは如何して良いか分からず頭をかきむしった。

しかし急にいい考えが浮かぶ訳も無く、

手を洗い、ハンカチできれいにふき取る。

そして艦橋に戻り、何の気なしに艦外を見渡す…

その時、現在の旗艦であるこのドラセナに接近するシャトルが見えた…


「そうよ、これよ! これだわ! これなら生き残れる!」


ムネタケは自分の考えに一人悦にいっているのだった…









8番ゲート扉を開いた人々は我先にと扉をくぐって逃げ出す…


「どうやら、上手くいったみたいだな…」


アキトは安心し車両から手を放した、その時…


8番ゲート前にいた巨人が、いきなりアキトをめがけナイフを投擲した!


……が、その巨大なナイフはアキトの肩の上をすり抜け、活動を再開しつつあったバッタに突き刺さる。


「ひえ! 危ないじゃないか!」


アキトは目の前の巨人に向かって抗議する。

しかし返ってきた答えは意外にも…


「アキトさーん!!

 お元気ですか!?

 私…

 私心配しておりましたのよー!」



アキトは巨人から聞えてきた声に戸惑った。

こんな場所で会う様な知り合いはいない筈だが…

と考えた時、ふと昔の事を思い出す。


「もしかして……カグヤ・オニキリマル…?

 カグヤちゃんかい?

 久しぶりだな〜…何年ぶりだろ?」

「正解ですわ!

 正確には10年11ヶ月と13日と12時間42分ぶりよ!」

「あ…そう……(汗)」 


アキトは昔の事を懐かしく思い出す。

昔、よくミスマル・ユリカと共にアキトの後ろを付いて回った少女…

ユリカより後に現れ(確かユリカの紹介だった様な…)

ユリカより先に地球に行ってしまった。

遊んだのはほんの一年程だった筈だが、よく憶えていたものだ…

アキトがそうやってカグヤを思い出している時、

巨人はその場にしゃがみこみ、胸部を開いていた…

そのコックピットから、カグヤ・オニキリマルが髪を振り乱しつつ駆け込んでくる。


「アキトさーん!」


このまま、アキトの胸に飛び込むかと見えたその時…


        ズシャァァッ…


カグヤはコント並の盛大なスベりを見せた…


「お兄ちゃんはアイのお兄ちゃんなんだもん!」


カグヤは気が動転していたのか現状を把握しきれていなかったが、

いつの間にかアキトの前にアイが出現していた…


「いま、私の足を引っ掛けましたわね!」

「ふーんだ! お兄ちゃんに跳び付こうとしたから止めただけだもん!」

「私とアキトさんの感動の再開を…

 よくも!!(怒)」


カグヤとアイの間では視線が火花を散らし、闘気の竜虎が相打っている…

そんな二人を恐れてか、アイの母親でさえ近寄ってこない。

6歳の子供と本気でやりあえるカグヤもカグヤだが、

それを受け止められるアイも尋常ではない。

<恋は盲目>という所だろうか…

しかし、そんな状態にアキトが何時までも耐えられる筈もなく、

どうにか仲裁をしようと口を開くが…


「あ〜…あの、ケンカは良くないよ、うん」

「「アキトさん(お兄ちゃん)は黙ってて!!」」

「はい…」


一瞬で撃沈した。

しかしその時…

開いたままになっていた巨人のコックピットから、薄紫の髪をポニーテールにした色白の少女が顔を出した。


「痴話喧嘩は後にして下さい」

「「痴話喧嘩じゃない!」」

「そんな事はどうでも良いです。

 今は、脱出が最優先のはず」


カグヤとアイが噛み付かんばかりに言うが、少女は無表情に返すだけ…

独特の圧力に、カグヤ達も怯んでしまった。

暫く睨み合いの様になっていたが、先に折れたのはカグヤ達だった…


「「はい…分かりました」」

「では、これから非常階段に向かいます。非常階段内では支援できませんので気をつけて下さい」

「「はい」」


そう言うと少女はアキトの方を一瞬だけ見た…

その表情は、懐かしいような、いとおしいような、悲しいような……複雑な表情だった。

しかし、すぐに少女は無表情に戻りコックピットを閉める。

そして、巨人が軽い異音と共に立ち上がる…


「置いていかれちゃかなわないしね、みんな行こう!」

「うん!」

「わかりましたわ」

「はい」


アキトはアイとカグヤ、アイの母親らと連れ立って巨人の後に続く。

バッタの残骸が無数に転がっているが、動き出しそうな物は無い…

暫く歩いたころ、非常階段が見えてきた。

隣にあるエレベータは完全に破壊されているが、非常階段は何とか使えそうだ…


『非常階段内にはエステバリスが入らないので、先行して上に行っておきます。

 一応バッタは全滅させていますが、くれぐれも気をつけて…』


巨人の方から少女の声が聞こえ、その後巨人はエレベータのあった

穴の中へジャンプで飛び込み、バーニアを吹かせながら昇っていった…

後にはアキト達だけが残る。

いつまたバッタがやって来るのか分からない以上、出来るだけ早く上にあがらなければならない。

しかし、一段20cmとすると100m登るためには少なくとも500段の階段を登らねばならない…

全員何処か肩を落としていたが…


「兎に角、上に登ろうか…」


アキトの言葉と共に全員が階段を登り始める。

暫くは皆一様に階段を登り続けていたが、子供に体力を期待するのが間違いというべきか、

200段を過ぎたあたりで、アイは体力の限界に来た様だ…


「アイちゃん、大丈夫?」

「うん、お兄ちゃんありがと!」


アイは元気なフリをしているが…

額には汗をかき、息も荒い。


「アイちゃん、おぶってあげるよ」


アキトはそう言い、ひょいとアイを背負いあげる…


「わー、お兄ちゃん高い高い!」

「う〜」


アイは大喜びだが、カグヤは不機嫌そうだ。

アイの母親は隣で微笑みながら礼を言う…

カグヤの冷視線が刺さる中、アキトは冷や汗をたらしながら登り続けていたが、

アイがアキトの胸元にペンダントがある事に気づいた…


「ねーねー、おにいちゃん。このペンダントどうしたの?」

「あ、これ…?

 これはね、父さん達の形見なんだ…」

「ふ〜ん」


アイはキラキラとした目でペンダントを見ている…

アキトはそんなアイに苦笑し、


「あげる訳にはいかないけど…

 貸してあげるよ」

「うぁ〜、お兄ちゃんありがと!

 キスしてあげる…チュッ


ペンダントを受け取ったアイは喜びのあまりアキトのほほにキスをした。

それを横目で見ていたカグヤはのような表情になっている…

アイの母親も冷や汗を垂らしていた…


「アーキートーさん!!」

「こっ、子供のやった事じゃないか…」

「アーキートさん!!」

「すいません…」


カグヤの迫力に負けて、アキトは縮こまってしまった。

アイはアキトの肩の上からベーッと舌を出している。

カグヤの怒りは頂点に達しようとしていた…


「もう我慢できません!!」

「まってカグヤちゃん、御願い!

 この埋め合わせはちゃんとするから!」


「・・・う〜…仕方ありませんわね。

 その代わり、今度必ずデートして下さいね!」

「あ、ああ…(汗)」


アキトはまだ冷や汗を流していたが、どうやらカグヤの怒りは収まったらしい。

何か言い返してくるはずのアイは、ペンダントをしたまま眠ってしまっていた…

一行はそのまま黙々と階段を上がっていくが…進んだのか進んでないのかわかりにくい為、

肉体的疲労に加えて、精神的な疲労も蓄積されていた…

そんな状態になり、300段を越えた頃…上の方から降りてくる小柄な人影が見える…

小柄な人影は急ぐでもなくアキト達の前まで来る。その男(?)は、

目深に被った鳥打帽と、口元を隠すように巻かれたマフラーによって表情をうかがうことが出来ない…

警戒したアキトはアイを背中から降ろし、母親に預ける。

それらの行動が終わったのを確認したように男が口を開く…


「クックック…エステバリスについて行けばなにかあると思って来てみれば…

 意外な大物が釣れたものだ」

「何者です!」

「ククッ……さすが明日香インダストリー社長令嬢、カグヤ・オニキリマル…肝が据わっているな。

 ふふっ…そうだな、俺の事はオメガ…とでも呼んでくれ。

 もっとも、もう呼ばれる事も無いだろうがな…」


その言葉を言い終わらないうちに、オメガと名乗った男はカグヤに向かって発砲した…


         ズキューン!!


「危なーい!」


アキトはカグヤに向かい覆いかぶさる様に飛び込む…

銃弾はカグヤからそれたものの、覆いかぶさったアキトの頭を掠めていく…

その反動でアキトは空中に放り出され、そして階段を何十段も転げ落ちていった…


「アキトさーん!!」


カグヤが叫ぶとほぼ同時に、階段の壁をぶち破ってエステバリスの手が叩き込まれる…


「なっ!? くそ! 甘く見ていたか…」


そういい残してオメガは階段を駆け上り、オメガを追うエステバリスの手はその所々に突き込まれていく。

その手はオメガに手傷を与えはしたが決定打にはなっていないらしく、衝撃音は上へ上へと続いていった…


「…はっ! アキトさんは!?」


しばらく呆然としていたカグヤだったが、落ちていったアキトのことを思い出して階段を駆け降りる。

30段ほど下にアキトは倒れていた。だが……その頭からは大量の血が流れ出していた。


「アキトさん! アキトさん、アキトさん!!

 御願い目を覚まして! ねえ! 起きてよ!! アキトさん!!


 嘘よね…再開したばかりなのに、

 デートするって約束したじゃない…」

「カ…

 カグヤ…ちゃんは泣き虫だな…

 俺は大丈…夫…」


アキトはその言葉を紡ぎきると気絶した。

後には嗚咽するカグヤだけが、アキトの前に佇んでいた…







なかがき2

今回は何を書いてよいやら…

黒い鳩です。

一応この作品はダーク物ではない筈なのですが、

どうも火星編ではダークな展開をせざるをえず

困ってしまっています。

しかし、それももう少し…

まあ、あまりネタばれもいけないのでこの位にしておきますが…

今回もこの駄作に感想を下さった方々に感謝しつつ、

それでは、後編でまた会いましょう。


押していただけると嬉しいです♪

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