『これも任務だ…許してくれ。パパも辛いんだよ』

「困りましたな〜…既に連合軍とのお話は済んでいる筈ですよ? ナデシコはネルガルが私的に使用すると」

『我々に必要なのは“今確実に木星トカゲ共と戦える”兵器だ。それを…

 ん? ムネタケ大佐はどうしたのかね?』


一方的に話を進めようとしたコウイチロウだが、途中で異変に気付き質問を変えたのだが…

プロスは眼鏡を光らせてその言葉を受け止める。


「彼なら反乱を起こしましたので、現在下部デッキにて拘束中です」

『拘束中?』

「はい。我々としても、反乱を起こされるような方をそのままにしては置けませんですから」


プロスの言葉を聞き、コウイチロウは暫く渋い顔をしていたが、

表情を引き締めなおし、提案をしてきた…


『ふむ、そうか。仕方が無い…では、彼らを引き取りに行っていいかね?』

「…確かに我々と致しましても、連合軍の士官を拘束していると言うのは体裁が悪いですし…

 分かりました…但し、ヘリ二台だけです。それだけあればコンテナごと運べるでしょう。

 それ以上はご遠慮して頂けますかな」

『分かった。良いだろう』


交渉を終えた事に安堵するナデシコクルー。

交渉はほぼ、プロスの思惑通り動いているかに見えた…






機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜




第七話 「『緑の地球』に思い出を」(後編)


――明日香インダストリー・第八特殊研究施設――


普段はあまり立ち寄る者のないこの施設に、丁度今二人の客人が来ていた。

一人は金髪碧眼カール気味のブロンドを肩の辺りまでたらした、西欧系の美人だ。

身長も高くすらっとして見えるが、出るところは出ている…


もう一人は薄く青みがかった銀髪、蒼銀とでも言えばいいのだろうか…

さらりとした髪はツインテールに結ってあり腰の辺りまで伸びている。

病的なまでに白い肌と華奢な体つき…そして金色の瞳と相まって、

まるでこの世の生き物ではないような、幻想的な美しさをたたえている…


二人は研究施設内での仕事を一通り終えた所だ…

疲れもあるのだろう、施設内のラウンジにある椅子に腰を下ろす。


「タカチホさん…色々ありがとう御座います」

「ううん、いいのよ。私も結構楽しかったし…書類の山に埋もれた時と比べれば雲泥の差だわ」

「ふふふ…そうですね。あの時は大変だったそうで…カグヤさん達も感謝してましたよ」

「あはは…いや、愚痴を言うつもりじゃなかったんだけどね…」


タカチホは笑ってごまかしていたが、ふと何かを思い出したようにつぶやく…


「そう言えばアレ、もう完成したの?」

「はい。まだテストをしなければいけない部分も少しありますが、大体は終わりました」

「でも、今まであんなもの造った事無いからうちの兵器工も良く分かってないみたいだけど…あんなの動かせるの?」

「一応は問題無い筈です。ただ、私達みたいなIFS強化体質でないと動かすのは辛いかもしれませんが…」

「うーん…じゃあ、売り物としては使えないか…」

「そうですね、今のままでは多分難しいと思います。

 でも十人がかりなら別に問題ないですから、そういう仕様でまた作り直せば…」

「でも、十人がかりじゃ想定される処理のスピードについていけないんじゃない?」

「それ程問題ありませんよ。ただ集中した使い方は出来ないので、単独で何かをさせるのは難しくなるでしょうけど…」

「ん〜…それじゃ、あんまり使い道無いんじゃない?」

「…そうかも知れませんね…(汗)」


ルリも考えてみて気付いたのだ。あれは乱戦仕様の物ではないと…

ルリの担当している新型兵器は、コンセプト自体が今までとはまるで異なる。

開発してもうまく扱えるかどうか分からない、博打的なものだ…

コンセプトは“一対多数で戦える”と言う事、そしてエネルギー持続…

この二つを満たす為、かなり無茶な作りになっている。

IFS強化体質(マシンチャイルド)でなければ扱えないのもそ のためだ…


「それで、どうするの? 終わったらアキト君追いかけるの?」

「いいえ、その必要はありません」

「え?」

「上手くいけば、丁度何も問題なくいきます」

「何それ、微妙な言い回しね〜…アキト君の事信じてるんだ。カグヤ様も強敵を持ったものね」

「いえ、そういう意味で言ったわけでは(///)」

「そういう意味じゃなくて、どういう意味なのかな〜♪」

「あの、その…(///)」


ルリはそういう事を言われ慣れていない所為か、頬を染めて抗議をしているが…

上気したその顔はいかに言い繕おうと隠せるものではなかった。

タカチホはその事を微笑ましく思いながら、ひたすらからかい続けるのだった…













ナデシコフライトデッキ…現在そこには、二台のヘリが着艦している。

ナデシコ側からは、ユリカ、ジュン、プロス、ゴートの四人が迎えの為に出て来ていた…

四人とも普段通りの無防備な状態で、武器と言ってもユリカのベルトに吊っているロッド位だ。

ヘリがエンジンを切り、ローター音の唸りが段々と小さくなってくる…

まだ音の残る中、ヘリの中から六人ほどの兵士と共にコウイチロウが現れた…


「ナデシコにようこそ、お父様」

「うむ、ユリカ…少し痩せたか?」

「やだ、お父様別れてからまだ二日しか経っておりませんわ」

「パパは、パパは…ユーリ カー!!」

「おっお父様!?」


感動のあまり、涙をドバドバ流しながらユリカを抱きしめようとするコウイチロウ。

ユリカも驚いたものの、一応受け止めている…

何というか、リアクションの大きい親子だ…


「お前がちゃんとやっているかどうか、体調など崩していないかどうか、心配で心配で…」

「大丈夫ですわ。私ももう子供ではないんですから、自分の事は自分で出来ます」

「しかし…」


ユリカは一通りの挨拶を終わらせたつもりでいるが、コウイチロウの方は不満そうだ…

見かねたプロスが助け舟を出す。


「感動の再開に水を差すようで申し訳ないのですが…

 こんなところで立ち話と言うのもなんですし、どうでしょう? 

 時間も時間ですし、ここは一つ昼食を取りながらという事に致しませんか?」

「むっ…そうだな。では案内してくれたまえ」

「はい、ではどうぞこちらに…」


プロスは少しばつが悪そうにうなずくコウイチロウ達を伴い、ナデシコ食堂へと向かう…

ゴートやジュン達も後を追った。

そして…本来なら見張り等を残しておかなければならない筈なのだが、

コンテナに放り込まれたままのムネタケ達は忘れ去られているのだった…


「ちょっと! いい加減出しなさい! 私を誰だと思ってる のー!?」


コンテナの中の声がむなしく響く…












俺はナデシコ食堂に着き、挨拶を終えて料理の下ごしらえ等を始めてから…ふと思い出した事があった。

クロッカスとパンジー…そう言えばあの時は気にも留めていなかった――いや、殆ど知らなかった。

そもそも、俺は火星にチューリップを落とした軍を嫌っていた…


……それは今でも同じか。俺は軍を嫌っている、だな…


火星の後継者の人員の半数以上が軍人、元木連組よりも多かった…

一応統合治安維持軍の方だけだが、それでも大半は元連合宇宙軍にいた連中だ。

連合宇宙軍から治安維持軍に移って“甘い汁”を吸えなくなった元宇宙軍高官と、

何となく不正を暴くとか言う理由に飛びついたようなバカ共…

それが、火星の後継者の正体だ。


不正なら火星の後継者の幹部もやっている…ボソンジャンプ実験の詳細を知っているのは一部高官位だろう。

イメージングの志願兵ですら、そのジャンプの礎となった“数百人のA級ジャンパーの死”がある事を知るまい…

そしてその資金が、クリムゾングループの出資によるものだ。と言う事も…

そんな奴らが“世直し”等、片腹痛くて反吐が出る…だから今でも俺は軍が嫌いだ。


しかし、目の前で死なれるのは寝覚めが悪い…

それに“まだ敵対していない者”を排除するのでは、あの頃と同じだ…

だが、行動するならもう時間がない…厨房の方はいきなり休みになるが、仕方あるまい。

俺は下ごしらえを終わらせ、ホウメイさんに渡しつつ話しかけた。


「ホウメイさんすみません…緊急の要件を思い出したので、ちょっと休憩させてもらえませんか?」

「来て早速かい? もうちょっと真面目にやらないと、物になるモンも物になんないよ」

「すみません、兎に角今は時間が無いので失礼します!」


そう言って頭を下げ、俺はそのまま厨房を飛び出した…


「あ! ったくせっかちだねぇ…」


エグザの発着デッキに向かいながら、コミュニケでガイを呼び出す。

まあ、ルリちゃん一人でもリトリアの方は問題ないだろうが…

一応<保険>をかけておくか…


「ガイ! ガイ! 返事をしろ!」


俺はガイに声をかけるが、反応がない…

自室に戻っているのでもしかしてと思っていたが……ゲキガンガーを見てやがる。

そういや、今回はゲキガンガーをみんなに披露出来なかったもんな…(汗)

仕方なく俺はコミュニケを拡大表示にし、ゲキガンガーを写しているウィンドウの前に映した。


『どわ!?』

「ガイ…」

『人がゲキガンガー見てるってのに、一体どうしたってんだ!?』

「頼みがあるんだが」

『…断る!』

「話を…」

『断る!! 大体なんで俺がお前の言う事を聞かなくちゃ ならないんだ!?

 俺の出番を横取りしたくせに!』


昨日のことが効いているみたいだな…

だとすると、正攻法ではちょっと聞いてもらえそうに無い。

そういえば、コーラルの奴…食堂の方にいなかったけど、また迷ってるんじゃ…(汗)

まぁ、コーラルは置いといて…兎に角、ガイなら多分、この方法で上手くいく筈…


「…そうか、残念だな…ヒーローに相応しくて、カッコいい仕事なんだ が…」

『何!? それは本当か?』


案の定ガイは食いついてきた。

だが、もう少し焦らしてやらねば…


「だが、断られたんじゃ仕方ない…他の人に頼むとしよう、ジュン辺りなら…」

『まて! ちょっとまて! この俺以上にヒーローにふさ わしい男はいない!』

「だが、俺は嫌われてるみたいだし…」

『いや、その、とりあえず話してみて欲しかったりするんだな…』


そうして俺はガイに作戦の詳細を話して聞かせた…


「じゃあ、頼んだぞ」

『おう、任せとけ!』


ガイは足を骨折してはいるが…まあ問題ないだろう、多分。

俺はそのままの勢いでエグザの格納庫へむかった…












コーラルは道に迷っていた。

ヤマダ・ジロウにDX超合金ゲキガンガーを返し、アキトに自室に案内された後、

心配するアキトに大丈夫だと言って一人で食堂に向かっていたのだが…

どうやら本格的に迷ってしまったらしい。

歩いているのはひたすら無機質な廊下…四方が金属で出来ているので、進んでる気がしない…

まるで迷路にはまり込んでしまった様に、頼りない足取りで歩を進める…


「どうしましょう、もうみんな集まっていますぅ…初日から大遅刻ですぅ…ご主人様に恥をかかせてしまいますぅ」


気が滅入っている所為か暗い事ばかり考えてしまうコーラル…

最初の頃は人とよくすれ違ったのだが、今は誰とも会わない…

この船の大きさは200m程度の筈なのだから幾ら迷っても一時間程度あれば一周してしまう筈なのだが、

これもコーラルの才能なのだろうか、既に三時間近く迷っている…

本当ならコミュニケで通信を入れれば直ぐに現在位置くらい分かるのだがその事にも思い至らなかった…


「ふぇ〜ご主人様ー! 助けてくださ〜い!

 ……って、来るわけありませんよね…今はお忙しい筈ですし…

 私、どうしたら……うぅ…えっぐ………」


不安に耐えかねて、コーラルはとうとう泣き出してしまった…

このまま二度と誰にも会えないような錯覚が彼女を襲う。

その不安のままにコーラルは口走っていた…


「…ご主人様、コーラルは…ぐすっ…コーラルは……このまま誰も知らない場所で人知れず消えていきますぅ…

 うぇ…私が死んだら…ご主人様の部屋にキキョウの花を一輪、飾ってくださいね…ずずー…

 ご主人様を草葉の陰から見ていますから…」


コーラルは本格的に泣き始め、鼻水を啜りだした。

低い身長とはアンバランスに大きな胸が歩くたびに揺れて、普段なら注目の的なのだが…

今はまるで小学生の様に幼い印象を受ける…

もっとも、誰も見ていないのだからどっちでもいいのだが。

コーラルは泣きながらもずっと歩き続けていたが、前方に人影が見えたのでそちらの方に行ってみることにする。

その人影は片足を引きずるようにして暫く歩くと、扉を開けて中に入って行った…

前方の人が視界から消えたのでコーラルは焦り、急いで扉の方まで走っていく。

そして開きっぱなしの扉をくぐって中を見回す…

そして中の惨状に驚き、思わず悲鳴を上げた……


「キャー!!」


その声は数十メートルにこだまし、人を集める事となる…












食堂に着いた時、ユリカの第一声はこうだった…


「あれ? アキトは?」


一緒に来たコウイチロウや連合宇宙軍士官達は、きょとんとしていた…

ジュンは頭を抱えている。

プロスとゴートは表情こそ変えていないものの、プロスの額には汗が浮き出ていた…

それらの目を知ってか知らずか、ユリカはホウメイに聞く。


「ホウメイさん、アキト来てませんか?」

「ん? あのコックのボウヤかい? さっき出て行ったよ…何でも、急用があるっていってたねぇ」

「急用?」

「さあ、アタシも詳しい事は知らないよ。

 でもかなり重要な事じゃないかね? それに気付いてからは大急ぎで出て行ったしね」

「そうなんですか…」

「ユリカ…もしかして、アキトというのはテンカワ君の事かね?」

「そうですわお父様、アキトは生きていたんです!

 火星でお隣だったテンカワ・アキト君が私のピンチに駆けつけてくれたんです!!」

「何ぃ!?」


うれしそうなユリカとは反対に、コウイチロウの形相は険しくなる… 

だが勘の鋭いユリカは直ぐに、コウイチロウの“言動のおかしさ”に気付く。


「あれ? お父様なんで直ぐにアキトの事分かったんですか?

 火星を離れてからは私がいつ聞いても、なかなかアキトの事思い出してくれなかったのに…」

「ん? いや、その…お前によく聞かされていたからな」

「お父様! 私お父様のことはよく知っています! そんな嘘直ぐにわかります!」

「むっ…そうか。仕方ない…彼は…アキト君は、一年ほど前から地球にいた」

「え?」

「明日香インダストリーの方に就職しているみたいだったな…」

「はい?」

「カグヤのお嬢ちゃんも大きくなった筈だし、その…教えるのも不憫でな…」

「えー!!?」


その後、コウイチロウとプロス達は“ムネタケ達とナデシコについて”の協議を始めたが…

…ユリカは真っ白に燃え尽きていた。


「ユリカー(泣)」


そして、その後ろ姿をジュンが泣きながら見ていた…












俺はエグザに乗り込むと、セイヤさんに声をかけた…


「セイヤさん、ちょっと偵察に行ってくる…

 休眠状態にあるとはいえ、この下にはチューリップがある。俺達に刺激されて動き出すかも知れない…」

『ん? そうなのか? だが、今動くと連合宇宙軍の船を刺激しないか?』

「大丈夫、その時は提督を人質にすればいいさ」

『物騒な事をいう奴だなぁ。だが、確かに用心に越したこたあないだろ…行ってこい!』

「すまん。艦長には後から言っとくよ…」

『よーし、テンカワのエグザ出るぞー!!』


俺はエグザをカタパルトデッキに向かわせる。

カタパルトと言っても、電磁カタパルトなので台がある訳じゃ無いが…

因みに…これに乗せて陸戦や砲戦タイプを射出すると着地を失敗しやすいので、

射出後そのまま飛行に移れる空戦か宇宙戦フレームでないと使い辛い。

まあ、そんな事はどうでもいいのだが…


ともあれ、セイヤさんの指示でエグザがカタパルトから射出される。

俺はその勢いのまま海中に飛び込んだ。

海中ではエグザも動きが遅い…


「流石に、水中戦用機はどこも作ってないしな…」


暫く沈降すると、クロッカスとパンジーが見えてくる…

その背後に、小さくではあるがチューリップの反応がある。

どうやら、間に合ったようだ…

しかし、どうやって助けたものか…

水中では<ディストーションアタック>もワイヤードフィストも、ラピッドライフルすら威力が半減してしまう。

唯一何とか使えるのがイミテッドナイフだが、

それにしても突進力が無ければ、チューリップのディストーションフィールドで弾かれてしまうだろう…


「ならやはり、一度海中から出さないとな…」


しかし、そうはいっても策は今のところ無い。

もっとも、そのうちクロッカスとパンジーを吸い込む為に、一度海中から出る筈…

海中で口を開けば海水をジャンプさせてしまう…

まあ、考えてみればそれも十分恐ろしいんだが。

何せ既に地球には千を越える数のチューリップが落下している。

それらが暫く口を開けっ放しにするだけで空気や海水が失われ、地球人類は半減してしまう…


まあ、チューリップ自体に長時間ジャンプフィールドを維持できる

ポテンシャルは無い筈だから、そこまでの事態にはならないかも知れないが…

それでも、少しずつ何度もやれば可能なのだ。

…正直クリムゾンは嫌いだが、地球でそんな事をさせなかったのは彼らの功績だろう。


そんな事を考えている間に、クロッカスとパンジーは移動を開始していた。

チューリップの反応も活性化している…どうやら始まったみたいだな。

俺は海中から出て、チューリップが出現するのを待つ…


「来たな…」


クロッカスとパンジーが海中より飛び出す…

そして、暫く飛び続けていたが…引力に引っ張られるように動きを止める。

その時、海中からチューリップが顔を覗かせた…


俺は浮上したチューリップを狙い、一気にエグザを加速させる…!


「ディストーションアタック…受けてみろ!」


3G加速で一気に音速を突破、そのままの加速でチューリップを貫く…

しかし、船体に穴が空いてもチューリップはまだジャンプフィールドを維持し続け、

クロッカスとパンジーを射程に捕らえている…


「チッ! やはり的がでかすぎるな…仕方ない。まだ見せたくは無かったんだが…」


そう言いつつ、あるシステムを起動した。

両肩の装甲が展開し、放熱を始める…

エグザに装着されている五つの重力波エネルギー変換装置がフルドライブし、

ナデシコからの重力波を<エステ五機分>吸収する…

俺のエグザは、ディストーションフィールドの歪みで赤黒い光を纏った。

あまりの異常事態にメグミちゃんから通信が入る…


『アキトさん! 一体どうしたんですか!?

 アキトさんのエグザに異常なほどのエネルギーが流れこんでいます!』

「ああ、すまん…あのチューリップを倒すまでの間使わせてくれ」

『え!? でも…そんなエネルギー、機体が持ちませんよ!』

「そんな事はないさ。このエグザはそういう風に設計してある」

『そうなんですか…でも、あまり無茶はしないで下さいね』

「ありがとう」


礼を言ってそのままコミュニケを閉じる…

どうやらエネルギーが溜まった様だな。

もう、クロッカスとパンジーも限界だろう…


直ぐに決める!


「おおお!! バーストアタック!!」


掛け声と共に、今度は5G加速で一気にチューリップを貫く…


                   ドッゴーーーン!!!


後方でチューリップが爆散していくのが解った。

無数に分かたれた破片がひらひらと落ちていく…

もっとも、俺もそれを見ている余裕は殆ど無かった。

接触時に余剰エネルギーを全て撒き散らすこの<バーストアタック>は

エグザの方にもダメージが行くのが欠点だ。

エグザの重力中和が悲鳴をあげている…


本来5G加速は宇宙でなければ、大気摩擦の関係もあってエステでは出来ない。

しかし、このエグザバイトは俺が発案したシステムを使い、無理やり5G加速を可能としている…

ただし…まだ完成したシステムとは言い難いため、一回ごとに異常を起こす。

過負荷に耐えかねた俺の機体は、ゆっくりと海中に没していった…

先程閉じたコミュニケがまた開き、メグミちゃんが現状確認をしてきた。


『アキトさん、大丈夫ですか?』

「ああ、大丈夫…ちょっと機体がオーバーロードを起こしているだけだ。10分もあれば復帰する」

『そうですか…良かった…でも、もうこんな無茶しないで下さい』

「すまない。だが…俺にはああする位しか思いつかなかった…」

『もう。素直じゃないんですから…こういう時は、嘘でも二度としないって言うんですよ』

「そうなのか? すまない」

『ふふふ…おかしな人』


メグミちゃんは俺を見て笑っていた。

俺は恥ずかしくなり、コミュニケを閉じる…


「まるで俺、前のガイみたいだな……」


そう言って俺は苦笑する。

と同時に、苦い気持ちになる…


「これで俺は艦内の事に手を出せない…何事も無ければいいが…」


今の俺には、皆の無事を祈る事くらいしか出来そうになかった…












ナデシコ食堂――

先程まで燃え尽きていたユリカも復帰し、交渉は進んでいた。

今はプロスとコウイチロウが中心になって話を進めている…


「我々としては今すぐ木星トカゲどもと戦える戦力が必要なのだ。

 一応許可は出したが、火星に行く等という話は聞いていない」

「そうですなー。しかしそれも、妨害者の目を欺く必要があった為です」

「それは、我々へのあてつけか?」

「いえいえ、赤い人の事です」

「…ふん。戦争について企業同士で牽制か…世も末だな…」

「そうでもありません。こういった事はむしろ、あなた方のほうがお得意でしょう?

 “百年前の事”とか…」

「グッ!」


プロスのあからさまな牽制に、コウイチロウは言葉を詰まらせた。

コウイチロウ達ですら提督と呼ばれる様にならなければ知らされない秘密を、この男は知っている…


「それとこれとは話が別だ。早々にナデシコを明け渡してもらおう…」

「ほほう、その人数で何が出来るのですかな?」

「試してみるかね?」


コウイチロウは不思議なほど落ち着き払っていた…

しかしその状態のまま硬直する、


『艦長! 艦長! 至急ブリッジに戻ってください! 海中よりチューリップ出現!

 クロッカス、パンジーが引き込まれています! 現在アキトさんのエグザが応戦中!』

「分かった! メグちゃんBクラス戦闘態勢発令! これよりナデシコはチューリップ迎撃を行います!」

『あっ、ちょっと待ってください!』

「え?」


突然メグミがコミュニケを閉じた。

食堂内は緊張に包まれる…

ユリカはブリッジに向けて走りながら、メグミに呼びかけを続けた…


「メグちゃん!? メグちゃん!! 一体どうしたの?」

『…あっ、すみません…チューリップ破壊を確認』

「え? 一体どうやって?」

『アキトさんのエグザが、体当たりでバラバラにしちゃいました…』

「…?」


アキトの信奉者といってもいいユリカも、これは流石に首を傾げる。

いくらエグザバイトがエステより優れているといっても、チューリップを体当たりで破壊出来るほどの力は無い筈だ…

自爆覚悟でも出来るかどうか…そう考えて思い出した。


「アキトは? 大丈夫なの?」

『はい。機体の方はオーバーヒートを起こしていますが、10分で復帰できるそうです』

「そう…」


ユリカは少し考えた後、コミュニケを移動させる…

そして操舵席の前にやって、ミナトに話しかけた。


「ミナトさん」

『何?』

「アキトの回収に向かってください。エグザバイトが優れているといっても、

 故障のうえ水深1000mを超えれば、圧壊する危険性があります」

『りょ〜かい』


それだけ言い終えると、ユリカはコミュニケを閉じた。

そして、途端に落ち込む…


「はあ、アキト大丈夫かな…? 本当なら、私が助けに行きたいけど…」

「駄目だよそんなの」


いつの間にか背後まで来ていたジュンが釘を刺す。

もっとも、ユリカはその事に気付いていたが…


「ジュン君…ねえ、艦長の仕事変わってくんない?」

「だぁーめ!」

「じゃあ、じゃあ、これ!」


ユリカが懐からゲキガンガーのぬいぐるみを出す。

ぬいぐるみの胸の部分には、安全ピンで「かんちょう」という名札がつけてあった。


「いい加減にしないと怒るよ…」

「ぐすん、ジュン君の意地悪…」


ユリカはジュンに促され、仕方なく食堂の方に戻っていった…













ルリはずっとコミュニケを通してリトリアを追っていた…

もっとも、リトリアは基本的に修道服と灰色の髪、そして不可思議な神秘性を湛えたその瞳など

目立つ事この上ないので、つける事など造作も無い。

というか、別に隠していないので普通にリトリアと会話している…

リトリアは食堂を通り過ぎ、エレベータへと向かっている。そこにルリは相変わらずきつい事をいう…


『と言うわけで、月の巫女リトリア・リリウムさん。貴女を監視します』

「ふーん、でもなんで?」

『貴女の経歴が疑わしいからです』


リトリアはその髪と同じ灰色の瞳に、困惑の表情を漂わせながら訊ねる…


「う〜、そんなに疑わしい?」

『はい。滅茶苦茶怪しいです』

「うー(汗)、でも確かにそうかも…私の経歴って三年しかないし…」

『そうです。ですので、納得できる経歴を聞かせてもらうまで付きまといます』

「…そうだ! ねえルリちゃん! もし私が艦内の不穏分子を見つけたら、疑いを晴らしてくれる?」

『保障は出来ません。というか、捕まえたその人が本物かどうかも分からないですし』

「う〜ん。まあ、仕方ないか…兎に角、機関室にれっつごー!」

『何で?』


ルリの意見など完全に無視して、リトリアはずんずんと進む…


『そう言えば…』

「どうしたの?」

『いえ、テンカワさんの前だと、何だか別人みたいになりますね』

「別人…かあ。う〜ん…別にそんなつもりじゃないんだけど」

『そうでしょうか?』

「そうそう、あんまり気にしない。

 そんなに細かい事を気にしてると、大人になってから胃に穴が開いたりして大変だよ」

『私少女ですから、大人の事はわかりません』

「ふふ、でもそんな事言っていられるのも今の内だよ」

『まるでお年寄りみたいな事を言うんですね。

 確か年齢は17となっていましたが、サバ読みですか?』

「ぶっ、遺伝子データで鯖読みなんて出来ないって」

『でも、三年前以前のデータが無いのなら、何とでもなります』

「ルリちゃん…私、そんなに信用無い?」

『はい』

「ガックリ…」


リトリアはそう言うと本当に肩を落とした。

しかし、確実に目的地へと近づいていく…


『ところで…目的地って、機関室ですか?』

「うん、よくわかったね」

『この先にはもう機関室しかありません』

「うん。この部屋に用があるの」

『…』


実にあっけらかんとリトリアは目的地をばらす。

しかし、ルリは止めるべきかどうか分からなかった。

普通に考えるなら止めるべきなのだろう。しかし、彼女は邪気が無さ過ぎる…

ルリが考えを纏めている間に、リトリアは機関室に入り込んだ…


『ちょ、ちょっと待ってください。私は立ち入りの許可は…』

「しっ、ルリちゃん黙って」

『え?』


ルリが黙るとリトリアは機関室の一部を指差す…

そこには、三人の機関士が居た。

しかしそのうちの一人が、機関部に何かを設置している…

他の二人は、プラスチック爆弾を手に持っていた。

…となれば、その設置している物は…

作業が終わった男は次のポイントへと向かう…


『あれは…』

「そう、悲しいけど…彼らは火星行きを賛同しない人達。

 もっとも、誰かにそそのかされたんだと思うけど…」

『では』

「駄目。今警報を鳴らしたら、彼らを追い詰めちゃう」

『そうですね…密かに人員を呼びましょうか?』

「それも駄目。結局出てくれば気付かれる…」


リトリアの見立ては正確だった…ルリも感心してしまう。

そこでルリは、少々強引でも実現可能な作戦を考えてみた…


『それでは、機関室の酸素を抜きましょうか?』

「ルリちゃん…結構過激だね(汗)」

『そうでしょうか? 効果的だと思うのですが』

「その場合、私はどうなるのかな?」

『そうですね…少し後遺症が残るかもしれませんが、命に別状は無い筈です』

「それは困るよ! …あ!」

『気付かれましたね…』


既に、機関室にいる人達の大半が気付いていた。

こちらに向かってくる…


『でも、どうすれば…』

「私が話してみます」

『え?』

「ほかに方法もなさそうですし…」

『いえ、方法なら…』

「それは、却下!」


そう言ってリトリアは三人の前に立ち、厳かな表情を作る…

元がきれいな顔立ちであり、その雰囲気や神秘性を湛えた

灰色とも銀色ともつかない瞳に見据えられると、不思議な安堵感に包まれる…

彼らも何故なのか分からないままに、少し表情を和らげた。

その雰囲気を身に纏ったままリトリアは話し始める…


「あなた達は何故、その様な事をしているのですか?」

「それは…」

「言うな! こいつが何とかしてくれるわけじゃない!」


危うくリトリアに理由を言いそうになった華奢な男を、背の高い男が止める…

その気迫で華奢な男も落ち着きを取り戻したらしく、話す事をやめた。


「そっ、そうだな…」

「それより、目撃された以上は拘束させてもらう!」

「本当にそれが、あなた達のしたい事なのですか?」


今度は体格のいい男が怒鳴りつけてくるが、リトリアはどこ吹く風で聞き返す。

体格のいい男も彼女に気圧されている事を感じているのだろう、ひたすら怒鳴りつけてきた…


「そんな訳無いだろ! だけど…だけどなぁ!」

「あなた達は、家族や友人を人質に取られているのですね…」


リトリアは悲しそうな表情となり、彼らに諭すように言葉をかける…

彼らは既に、リトリアの雰囲気が作り出す“場”の様なものに捕らえられていた…


「うっ…」

「そんな…」

「なぜ分かった!?」

「神はお聞きになられています…きっとそのものは救われるでしょう。

 ですからその様な事はおやめなさい」


驚愕を続ける機関士の男達に、リトリアは止めの一言を言った。

冷静に考えれば、男達の事情を読み取るのは造作もない事だ。

――男達は既に“自白”したも同然なのだから――

だが、彼等はその事に気付かない…どころではない。

リトリア独特の雰囲気に呑まれてか、彼女の言葉を信じかけていた…

…しかし、宗教等は信じる事ができるものばかりではない。

背の高い男だけは聞く耳を持たず、

懐に隠し持っていた銃を抜き放ち――引き金を引いた。


「俺は信じねーぞ! 変な言い回しで俺達を騙そうとするんじゃねー!」


        ドキューン!!

                   ゴト…


思わず身を硬くしたリトリアだったが、特に痛みを感じる所もない…

リトリアが不思議に思い回りを見回すと、

開け放たれた扉の前で、愛用の拳銃に息を吹きかけている濃いめの男が いた…


「ふう…どうやら間に合ったみたいですね、ナナコさん…」

「ヤマダ・ジロウさん…」

「ダイゴウジ・ガイだ!」

『ヤマダさん、お手柄ね…』

「だから、ダイゴウジ・ガイ…」


ガイは結局、先程の格好よさを台無しにしてしまっていた…


「兎に角、俺がいる限りご婦人方には指一本触れさせないぜ!」

「でもヤマダさん、足折れてるんじゃ…」

「ガイだって! 大丈夫! ギブスさえしてれば歩くのに問題無し!」


問題ないとはとても思えないが、ガイは先程の自分の格好よさを反芻しているらしく、

銃をぶんぶん振り回しながら盛り上がっている。

そこに、息を切らしたメイドが走りこんできた…

そして、部屋の中を見回し…驚愕の為か、悲鳴を上げた。


「キャー!!」


その声は半径数十メートルに木霊(こだま)し、人を集めたのだった…

一分とかからず、十人以上の人間がなだれ込んでくる。

中には直ぐに現状に気付き、爆弾を処理し始めるものもいたが…大半は野次馬だ。


「どうした!?」

「ヤマダ! 勝手に銃持ち込んでるんじゃね〜!」

「ちょっと待て! そこにいる奴らがナナコさんを狙ってたからだな!」

「だから! ナナコさんって誰だ!」

「いや、あのな…」

『これはもう…連絡の必要、ありませんね…』

「あは、あはははは…(汗)」


機関室の隅っこで、段々ハチャメチャの度を増していく

現状についていけずに、リトリアは笑い出した…












エピローグ――――


コウイチロウ達は結局、何も言わずにムネタケ達を伴い帰っていった。

機関部における失敗もさることながら、

正直あまりの作戦の危険さに、ムネタケへ作戦中止を言い渡した為だ…


アキト達は<前回の乗組員>にはあまり注意を払っていなかった事に気付き、

ルリとラピスにもう一度、今度は一人々々の交友関係から洗わせる事とした…


機関士達の知人や友人は直ぐにも釈放された…

クリムゾンとしても足がつくことを嫌ったのだろう。

…結局誰に拘束されていたのか分からずじまいだった…


機関士たちの処分は、サツキミドリコロニーまでお預けという事になった。

代わりの人員の補給も必要だからだ…

数々の不安を孕みつつ、ナデシコは大気圏脱出に向けて飛び立ったのだった…











次回予告

宇宙軍の策謀を退けたナデシコは宇宙へと旅立つ!

今回の事で骨折がひどくなったダイゴウジ・ガイ(ヤマダジ・ロウ)に明日はあるのか!?

次回は今回かけなかったコネタてんこ盛りになる予定だと豪語する作者!

こんなアホウのSS本気で続くのか!?

いつまでもギャグばかりでちっとも真剣なところが無いとの嘆きが聞こえてきそうな昨今、どう繋ぐのか?

次回 機動戦艦ナデシコ〜光と闇に祝福を〜

第八話「『早すぎる』再会」をみんなで見よう!










あとがき


間に合っただろうか…

ぜんぜん間に合ってません!

しかし、実は今回あとがき書いてる暇が無いんだ…

何故です?

今八時五十五分…

はぁ…ってもう投稿しないと明日になる じゃないですか!

そんな訳で、今回はあとがきお休みという事で…

…よく考えてみたら明日でもいいんじゃないですか?

…(汗)

そして結局よくじつになるのだった・・・

変なまとめ方してるんじゃあり ません!


あとがき2


先日は間に合わなかったので、少し補足を…

1G加速は毎秒9.8mづつ加速します。つまり3Gなら29.4m、5Gなら49mづつ加速します。

音速突破まで3Gなら約十一秒弱、5Gなら7秒弱と言った所でしょうか…

因みにロケットで大気圏脱出する場合1,6〜3Gというのが相場だそうで1,6Gでも旅客機の離着陸の時に感じる十倍のGであるそうです。




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