ボソンジャンプ…


光の速さを超えられない私達に与えられた、ある意味反則な技術。


でも、実態も知らないでドンパチ始めちゃった人達って何を考えてたんでしょう。


木連もネルガルも、その辺りの事をもっと考えてれば…戦争はもっと早く解決できたと思います。


そして、私達も火星から逃げ出すためにボソンジャンプを使いました。


以前の流れとは違った流れの中に身をおいている事、それは確かでしょう。


それがいい流れなのか、悪い流れなのかは判りませんが…

機動戦艦ナデシコ
〜光と闇に祝福を〜





第十四話「晴れ時々『戦艦?』」




基本的に木星トカゲが地球で行う戦いは局地的なものが多い。

正確には“拠点を占拠して居座る”という形を基本としているようだ。

故に、それぞれの部隊が攻撃する拠点、占拠した拠点が主な戦場となる。

その木星トカゲの侵攻だが…実の所、各拠点に現れる数は意外にもそう多くはない。

地球各地に落着したチューリップそれぞれから現れる――つまりは戦力分散によるものと思わ れるのだが、

例え数は多くなくても、地球側の戦力ではバッタを一体落とすのにもかなりの労力を要するため、思うように排除が進まない。

更にナデシコがビックバリアを突き破った為、修復までの三日間チューリップが入り放題となり、

結果として地球に100近いチューリップの落下を許す羽目になった。

元々数千のチューリップ落下を許しているので趨勢に影響はなかったものの、

この一件によって、連合宇宙軍のナデシコとネルガルに関する考えは否定的な方へと傾いていく。

無論ネルガルはそれに対応する為に動き始めたが、その成果を出すにはまだ暫くの時間を要することだろう。

ビックバリアを破られたクリムゾンもまた、幾分打撃をこうむった。

クリムゾンは船の建造よりも、バリアの開発に精力を注いでいたからだ。

巨大資本の一つであるマーベリック社は、いつもの如く静観を決め込んでいるらしく目立った動きは無い。

結果として明日香インダストリーは自社内のネルガルやクリムゾン系列株主、そして産業スパイ排除を行う時間が出来ていた。


その明日香インダストリー本社ビル。

マホガニーの机に肘を突いた長い黒髪の女性が、正面に立っている銀髪をセミロングにした少し背の高い女性に話しかけていた。


「社内の内情は随分良くなったようですわね」

「はい、兵器部門は完全に掌握しました。流通部門も八割方完了しています。

 情報部門には若干の遅れが見受けられますが…誤差の範囲内、そう考えて良いと思われます」

「今が重要な時期です。ここで内通者をどれだけ排除できるか、それで私達の行動範囲が違ってくるでしょう」

「申し訳ありません、カグヤ様。再度の内偵と排除を急がせます」


今が重要な時期――そう。今ここで足元を固めておかなければ

彼の隣に立つどころか、表舞 台に立つ事さえ危うくなる。


『ブイッ!』


ふと思案を巡らせた、黒髪の女性…カグヤの眉がピクリと震えた。

脳裏には勝利のサインを突き出す、敵。

その幻を軽めの眼球マッサージで追い払い、銀髪の秘書――ホウショウに向き直る。


「あの船は既に出航可能な状態にありますが、情報が漏れれば出航前に木星トカゲがやってくる…

 他にも妨害工作は起こる可能性があります。

 ネルガルとクリムゾンの力が弱まっている今がチャンスなのです」

「はい、急がねばなりませんね。それから、演算ユニットの行方ですが…」

「そうですわね。足取り、つかめまして?」

「いえ、残念ながら…

 ただ、今までのクリムゾンの動きから見ると、クリムゾン内にある確率はさして高くないのではないかと思われます」

「そう…だとすると、振り出しに戻ってしまいますわね…」

「申し訳ありません」

「いえ、ホウショウの責任ではないわ。その相手が普通の相手では無いと言う事なのでしょう」

「ありがとうございます」


ホウショウが淹れた紅茶を口にし、ふ…と、カグヤは息を抜いた。

が、まだ受けるべき報告があった事を思い出し、気を引き締める。


「後は、アメジストさんとネオスの件ね…」

「社内の遺伝子研究者グループとナノマシン開発者達に解析を急がせていますが、成果はあがっていません。

 ですが…」

「なに?」

「仮説が一つあがってきています。

 アメジスト様のナノマシンは、ナノマシンに擬態している“更に細かな微少機械群”ではないか…と」

「なんですって!? 私達はあのサイズを作り出す事さえ、最先端技術を惜しみなく使ってやっとですのに…」

「恐らく、ナノマシンというよりは素粒子機械…
 
 そう、ピコやフェムトといったレベルの…電子顕微鏡ですら確認できていませんが…」

「……ありえない、とは言い切れませんね…ですが一体何者が…」

「少なくとも、現在の技術では不可能です」

「では…未来の…」

「いえ、そういう意味ではありません…10年前後ではさして変わらないでしょう…」

「そうですわね…まあ、結果の出ていない事を論議しても仕方ありません。

 現状優先事項は、内通者の発見と排除…

 出来ればアキトさんが帰ってくるときには、社内問題は解決しておきたいわね」

「はい、早急に対処します」

「それで、アキトさんの現在地、つかめまして?」


ボソンジャンプで火星宙域から消えて以来、三ヶ月の時が経っている。

いかにアキトの事を信じ切っている彼女とはいえ、やはり不安に思う所もあるのだろう。


「いえ。火星宙域でのボソンジャンプ以降、全く情報が入っていません」

「そう…だとすれば、やはり八ヶ月かかるのかしら?」

「それはなんとも…ただ、アキト様から言われていた歴史とは違うジャンプ法で跳んでいますので、

 同じとも言い切れませんが…」

「それが吉と出るか、凶と出るかは、神のみぞ知る…ですわね…」

「はい、不確かな情報ばかりで申し訳ありません」

「いえ、気にすることは無いわ。私達は私達に出来ることをする。それ以上は出来ませんもの」

「ありがとうございます」


二人は、その後も少し言葉を交わしていたが、数分もしないうちにそれぞれ次の仕事へと向かうことになった。

本来社長秘書の筈のホウショウだが、現状人の手が足りない為に

追い出した内通者の株を取得し、常務取締役も兼任する事となっていた。

ホウショウは凄まじい勢いで仕事をこなしていたが、それでも掌握しきれていない部署がある、というのが実情である。

タカチホもそのサポートに回ってはいる。実際、申し分のない働きぶりを示しているのだが、

カグヤの“革命”以来、既に幹部の三割近くがやめさせられた為、かなりギリギリの状態でやっているようだ。

逆に、ムラサメはカグヤのガードとしては役に立つが、事務仕事や接客は完全に不向きらしい。

交渉ごとは意外に良くできたりするが、その交渉役として赴くような仕事が無い為、

カグヤの近くで控えているだけ、という事が多い。

役員数は有能な部下を引き上げる事によって補っているが、まだ正常に機能するには時間がかかる。

どこを取ってみても、明日香インダストリーは現在が山場なのであった。


















大西洋上を航海中の豪華客船<クイーンマリーU世号>

その甲板上に設けられたテニスコートで二人の女性によるラリーが続けられていた。

二人とも純粋な金髪碧眼に透き通るような白い肌、西洋貴族然とした風貌をしている。

外見の目立った差違といえば、一人はセミロングをカールさせ、

もう一人はロングの髪の毛をストレートに垂らしている事だろうか。

それほど二人はよく似てはいたが、ただ一点、決定的に違うものがあった。

雰囲気である。

セミロングの少女はのほほんとした雰囲気を、ロングの女性は張り詰めた雰囲気をそれぞれ身に纏っている。

殊に、セミロングの少女は勝負の場に立って尚、その独特な雰囲気を崩していない。

それでも、不思議と二人のラリーは一進一退であった。

一通りのラリーの応酬の後、二人はベンチに座って休憩をする事となった。

背後にすっとメイドが現れ二人にスポーツドリンクを差し出してから背後に控える。

のほほんとした少女はメイドに少しだけ目を向けた後、ロングヘアの女性に声をかける。


「ふふふ、流石ですわお姉様。テニスの腕は人妻になっても衰えていませんのね」

「いえ、駄目ね。以前ほどは俊敏に動けないわ。やはり、デスクワークが増えたせいかしら」

「十分に強いですわよ。私これでも練習したんですから」

「ふふ、それは嬉しいわね。貴女に目標としてもらえるのはある意味快感だわ」

「お姉様はいつでも私の目標ですわ」

「お追従を言っても何もでないわよ?」

「本心からですのに〜」

「でも、確かに今は少し私も気が楽ね。夫はそこそこだけど、地位は高いから嘗められにくくなったし、

 結構顔も効くしね。社内での地位もおじい様に次ぐ所まで持ってこれた…

 今はクリムゾンも私の一存でかなりの所まで動かす事ができるわ。

 それに…」

「社交界…貴族連名ですか」


セミロングの少女にふと影が落ちる。

何事か考えるように一呼吸したが、直ぐに表情を戻した為、ロングヘアの女性には気付かれる事は無かった。

ロングヘアの女性は表情こそ殆ど変えていないが、声に喜色が滲み出ている。

現状、ここで彼女に忠告を与えても意味が無い事は明らかだ。


「ええ、あそこに顔が利くようになったのは大きいわ」

「海千山千の妖怪みたいな人達が集っていると聞いたことがあります。

 出来るだけお気をつけてくださいね」

「フフフ…まさか貴女に心配してもらえるとは思わなかったわ

 仮にも社交界デビューで痺れ薬を入れたりしていた人間とも思えないわね」

「あら、私はお姉様といつも仲良くしたいと思っておりますのよ。

 それに、あの人達。あそこには来ていませんもの。

 私達の用意したパーティなんてお呼びじゃないんですわきっと」

「そうね…今回は、そう受け取っておくわ」


ロングヘアの女性は少しだけ間をおいて何かを考える風に沈黙した。

その間にというわけでもないだろうが、セミロングの少女は思いついたように言葉を発する。


「そういえば、トカゲさん達との交渉役。お姉様に一任される形になったそうですわね。お祝い申し上げますわ」

「ありがと。でも、まだ向こうの人間が来ていないから、少し先の事になるでしょうけどね」

「そうですね、では現在は主に社交界の方を?」

「さあ、あまり口にするわけにもいかないわね。貴女は会社に入っていないでしょ?」

「そうでしたわね、ゴメンなさい」

「あら、もう時間だわ。もう少しテニスに興じていたかったけど。ごめんなさいね」

「いえ、お忙しいのでしたら、仕方ありませんわ。また今度時間のあるときにでも」

「そうね、いつになるかわからないけど。時間が出来たらくるわね」


ロングヘアの女性はそう言って少し微笑みながら去っていった。

そのままの体勢でスポーツドリンクを飲んでいたセミロングの女性に

背後で控えていたメイドがふと言葉を漏らす。


「シャロン様、成長なされましたね…」

「あら、シェリー珍しいわね。お姉様の事を評価するなんて」

「ですが、今日は少し驚きました」


シェリーと呼ばれたメイドはオーバーアクションで驚きを表してみるものの、

セミロングの少女はなれているのか、表情も変えず普通に見返している。


「アクア様。お願いですからリアクションをください。寂しいですよぅ」

「へぇ〜」

「うわ、気のないリアクション…まあいいです。

 でも、シャロン様…感情を表に出さないようになるなんて凄い成長ですね」

「ええ、そうね…多分今みたいな会話、今までのお姉様なら途中で怒り出していても仕方が無い所よね」

「やはり…夫の方の影響でしょうか?」

「さあ、分かりませんけど。多分社交界慣れしてきたっていう事じゃないかしら」

「そういうものなんですか?」

「ええ、ああいった場で感情的になった人は負けなの。

 お姉様も鋼の精神力を身につけたって言う所かしら?」

「そっ、それは凄いですね」


シェリーは目を見開くリアクションで応じるが、アクアは相変わらず反応しない。

むしろ、嬉々として放置を楽しんでいる風でもある。


「空しいです…アキト様なら絶対反応してくれるのに!」

「確かに…アキトってそういうところ、あんまり“あしらい方”を知らなさそうですもんね」

「もう最高です! 一々反応してくれるんですもの♪」

「もう、シェリーったら、からかうのが好きなんだから…

 でも、早く会いたいですわね。今どこにいるのかしら?

 私と悲劇的な結末を迎えてもらう為にも、早く戻ってきてもらわないと♪」

「……それは難しいかも知れません」

「いきなり水差さないで…でもなぜ?」

「アキト様、私達の方に近づいてきませんもの」

「それは…前の事は確かに中途半端だったし…そうね、何か用意しないといけませんね」

「はい、今度こそアキト様にもご満足いただけるアトラクションを用意します♪」

「ふふふ…それは楽しみね」


二人は表情も仕草も優雅なまま、物騒な会話に突入して行った…

結局暇をもてあましているらしい…

暇になればなるほど物騒な事を思いつくのがアクアという女性なのかも知れない…

何もかも手に入り、望めば天才的な能力で殆どの物をマスターしてしまう彼女にとって、

結局は暇こそが一番の敵なのだろう。

そう、自身の命よりも重要な…











連合宇宙軍第三艦隊、外周方面は、現在苦戦を強いられていた。

彼等が守っているコロニー<タカツヒメ>は重要拠点である。

幾つかのステーションへの物資供給の為の中継点という面もあるが、

何より月へと続く経路である。なんとしても、ここを落とされる訳にはいかないのだ。

ここが落ちれば、現在ネルガルと協力して進められている月奪還作戦が水の泡と消えてしまう。

かといってネルガルにおこなってもらっている現行戦艦の改造が終了するにはかなり時間がかかる。

第三艦隊は外周方面軍として集められた100隻を除けば、旗艦艦隊が数隻残っているのみである。


ネルガルはナデシコの詫びとして相転移エンジンの新造戦艦による軍事支援と、

現行の戦艦の重力制御装備の改造を原価割れぎりぎりで行う事で帳消しにした。

更にネルガルは全面的に軍に協力することで、

軍に対しある程度の発言権を有するまでに食い込んでいた。

現在まで軍と一番近しかったクリムゾンは、

相転移エンジンとグラビティブラスト、ディストーションフィールドといった

最新技術を提供された事で納得、現状は手出しいないこととした。

しかし実際の所…今クリムゾンが設計図などを入手したとしても、テスト機から作っていく以上

技術面での遅れが一年を越えるのは否めない所である。


どちらにしろ、現在連合宇宙軍は戦力が低下しており。

ナデシコ二番艦コスモスの竣工は一月ほど先であるため、戦力は乏しくなっていた。


そこで、連合宇宙軍第三艦隊は最も優秀な戦力を送り込んでいた。

外周方面軍司令にムネタケ・ヨシサダ少将。

副官としてカイオウ・シンイチロウ少佐。

僅か200隻の艦隊ではあるものの、半数近い船が改修を終了した新鋭艦であり、また実験艦であった。

博打的な要素を含んではいるが、現在の所防衛に支障は出ていない。

名将と呼ばれたムネタケ・ヨシサダの指揮の賜物である事は疑うべくもない。


しかし、高速巡洋艦アナナスの活躍も見逃せない所である。

アナナスはクリムゾンの実験艦としての装備を幾つか取り付けられており、性能は改修された船とほぼ同格、

しかしディストーションフィールドを実装している点において、他の船より優れていた。

相転移エンジンに改装された他の船もバリアはつけているものの、

ディストーションフィールドには出力的に不安があり、ピンポイントでしか展開できないのだ。

出力面の不安は量産によるものなので、現時点では改修が難しい。

そのため、戦力的にカトンボと同格かそれ以上という程度の戦力となる。


ヤンマクラスを相手するには少しきつい…その点、アナナスは

グラビトンミサイルを搭載している為、ヤンマクラスの撃破が可能であった。

グラビトンミサイルとは、ミサイル爆発時に重力子を崩壊させ、

瞬間的にグラビティブラストと同等の破壊力を生み出そう、という企画に乗っ取ったものである。

量産しにくいのが玉に瑕だが、確かにヤンマクラスを沈められる唯一の武装であった。

グラビティブラストは、どうしても相転移エンジンの出力が必要である為、つけられる船が存在しないのである。

一応、宇宙軍内でも独自に相転移エンジン付きの船を開発中ではあったが、

実験艦すら完成には二年はかかる目算である。

そんな中、アナナスは確実に戦果を上げていた。


「流石だねぇ、あの船。戦力的に10隻分は働いてくれてるよ」

「はい、アナナス自体も強力ではありますが、

 0403エスピシア部隊の連携によってバッタやジョロ、時にはカトンボも沈めていますからね。

 そこに、グラビトンミサイルによる大型艦の撃破。彼らの活躍は目を見張るものがあります」

「そうだねぇ〜確かに、エスピシアの量産が今回の防衛戦でかなりの戦力増加に繋がっていると思うけど。

 中でも0403エスピシア部隊は凄い活躍だね」

「はい、0403エスピシア部隊は軍にエスピシアが来てから直ぐに結成された試験部隊の精鋭でもあります。

 実戦経験の量が違いますから」

「だが、アレだろう? 君が注目しているのはその隊長なんじゃないかね?」


先ほどまで提督席で正面のスクリーンを見ていたムネタケ・ヨシサダは、視線だけ副官のカイオウ・シンイチロウに向けてそう言う。

カイオウは大柄な軍人然とした姿をうつむけて動揺する。


「なっ…確かに、イツキ・カザマは素晴らしいパイロットですが! 自分は! 自分はそのような…」

「別に名前を言ったわけでもないんだけど、良く知っているねぇ」

「うっ!? それは…そっそう! 有名ですから!!」

「そうだったっけ?」

「はい! それはもう…月の撤退戦での活躍は類を見ないものでした!」

「はぁ、そういえば、TVに出ていた事もあったねぇ。エスピシア試験中隊だっけ?

 でも、その後どこに行ったかなんてよく分かったねぇ?」

「うっ…」

「まぁ、頑張りたまえ」

「…はい」


完全にやり込められてしまったカイオウは空しく空を見上げようとするが、

そもそも宇宙船の中に空など無く、そこにはただ無機質な天井があるのみ。

ムネタケ・ヨシサダはそんなカイオウを見て僅かに笑みを見せ、

自分の息子も、権力に取り憑かれていなければこうだったかもしれない…そんな風に思うのだった。

そうして和やかな雰囲気になった瞬間、唐突に警報が響き始める。


「天頂方向よりチョーリップ接近! 第二警戒ライン突破! 内部より艦隊の展開始まります!」

「何故発見が遅れた!?」

「接近する隕石の陰に隠れていた模様! 映像、スクリーンに出ます」


通信士の言葉通り、正面モニターにチューリップの映像が表示され、

そこには、既に艦隊の展開を始めているチューリップが映し出されていた。

続々出現してくる艦隊に、ヨシサダは怖気すら憶える…

何とかソレを振り払い、どう動くべきか思考を進めるが、

この無尽蔵と思われる程出現する無人艦隊に対し、取れる対応策は唯一つであろう。

チューリップの即時撃破。

時間をかければかけるほど敵は膨れ上がっていく以上、方法は他にない。


「第一戦闘配備!

 第一戦隊から第四戦隊まではエスピシア部隊で周辺の敵を殲滅しつつ、チューリップの撃破!

 第五、第六戦隊は陣形名・魚燐を敷いて防衛! 敵をコロニーに近づけさせるな!」


ムネタケ・ヨシサダ提督の指示は、的確で素早い。

艦隊運営の実務面では、ミスマル・コウイチロウ提督を上回る活躍をしているといっていいだろう。

ただ、ミスマル提督は軍事面での才能以外にも、人をひきつける魅力も持ち合わせており、優秀なスタッフが良く集まる。

人物面での尊敬という事になればミスマル・コウイチロウに軍配が上がる。

そして、ヨシサダ自身もコウイチロウの下で働くのが好きなのである。

昇進を蹴ってまで、彼の元にい続けているという噂もあながち嘘ではないのだ。


ヨシサダの指示により、急速に展開を始める艦隊を見て思う。

急造の艦隊でこれだけの動きが出来るのは第三艦隊だけだろう、と。

第三艦隊は幾つか派閥はあるものの、他の艦隊と比べ協調性が見られる。

手柄を焦って飛び出すものがいない、という事だ。

それは、ミスマル・コウイチロウの部下だけに見られる特徴ではあるが…

現状実質的に艦隊を掌握しているのはコウイチロウだ、

艦隊司令部においてはコウイチロウの部下でない者は殆どいないといってもいい。

そのお陰で、訓練期間が短い急造艦隊でも、戦列を乱す船は無かった。


エスピシア部隊が敵の先陣を切り崩し、そこに巡洋艦クラスの船が強化されたビーム砲でカトンボを焼き払う。

ヤンマクラスの数は少ないのでアナナス一隻あれば事足りた。

そして、それらによって開いた道から戦艦が大口径ビーム砲の集中砲火をチューリップに浴びせ、撃墜。

一連の行動に淀みは無く、作業のように徹底的に行われる。

これが、ヨシサダの艦隊運用であった。


「今回も上手く行きそうですね」

「…?」

「何か?」

「気のせいならいいんだが…戦線があっさり崩れすぎる…」

「あっさり崩れるなら、その方がいいのではないですか? 人間ではないんですし伏兵などと言う事は…」

「右舷前方10度方向よりチューリップ接近! 第一警戒ライン突破します!」

「な!?」

「…マズイな…同じ数の艦隊を出してこられたら防ぎきれん…」

「しかし、戦隊を呼び戻している時間もありません」

「仕方あるまい、我々で何とかしなければな…

 なに、時間を稼げば援軍が到着するんだ。そう悲観した物でもない」

「はい、では…」

「第四、第五戦隊及び旗艦テランセラは前方のチューリップに突撃!

 基本戦術は同じだ。敵が艦隊を吐き出す前に叩く!」


戦力的に不安のある状況を前にヨシサダは素早い決断を下す。

コロニー<タカツヒメ>の人間は既に近くのコロニーへと疎開が完了している。

落とされたとしても人的被害は無い。しかし、作戦が大幅に遅れることは間違いない。

ヨシサダは賭けに出た。

チューリップ第三波が来る可能性を無視して、突撃することにしたのである。

第一波を破った第一から第三戦隊は既に回頭を始めている。上手くすれば第三波に間に合う事もありうる。

時間短縮のためにも、チューリップが艦隊を吐き出す前に決着をつけねばならない。

しかし、チューリップは無情にも艦隊を吐き出し始める。


「ちっ、もう出てきたか…」

「カイオウ君、エスピシア、行けるかね?」

「はい、ではちょっと行ってきます」

「頼む」


ヨシサダは後ろに控えた副官にエスピシアの指揮を任せ、

チューリップ撃破のため艦隊運用に専念する。

否、しようとするが…


「チューリップ第三波! 左舷前方60度方向より接近! 今度は二隻同時です!」

「なっ…第一から第三戦隊の帰還状況は!?」

「現在帰投中…しかし、全速で向かっても、チューリップ到達までに帰投する事は不可能です!」

「現状では出来る事をするしかあるまい。目の前の敵を全力で叩け!」


心の底でコレは負けかなという思いを抱きつつも、全力で前方のチューリップを叩きにかかる事を命じるヨシサダ。

どの道、チューリップを撃破しない事には帰還もままならないのだ、目の前の敵は先に叩いておくしかない。

その間にも左舷から来るチューリップが警戒ラインを突破し、コロニーが視認できる距離まで近づいてきた…

その時…












ボソンジャンプ特有の酔いを少し受けながら実体化していく自分を確認する。

フェルミオンからボソンへと変換される…何度もやっている人間だから分る、特有の感覚だろう。

ボソンジャンプを繰り返す内、ジャンプ後に気絶しなくなるようになる。

その頃になって初めてジャンプを自由な場所で行えるようになるのだ。

当然普通の人間は気絶しているし、A級ジャンパーでも回数をこなしていない者は、

自然と外の見える場所に移動して、大抵はそこで気絶する。

ユリカは多分展望室にいるだろう…しかし、IFS強化体質の人間は違う。

基本的に、精神的ショックに強い彼女達はボソンジャンプ後も気絶する事は無い。

普通の人間なら、精神のゆれを抑える為に措置を施した部屋にいなければ先ず気絶する。

ナデシコBやCには付いていた。しかし当然ながら、今のナデシコにそんなものは付いていない。

よって起きているのは俺とアイちゃん、そしてルリにルリちゃん、それからラピスの五人だけだ。


「さあ、先ずは現状の確認からだな…」

「そうですね、みんなを起こさないといけません」

「ルリちゃん、ちょっとお願いがあるんだ」

「なんですか?」

「ユリカ、多分展望室にいると思うけど…起こさずにいてやってくれ」

「…どういう意味でしょう?」


ルリちゃんは怪訝な顔をする。


「ボソンジャンプの後遺症みたいな物だから。今起こすとちょっとまずい事になる筈だ。

 責任は取るから。頼む」

「…分りました、展望室を例外として皆さんを起こしてきます」

「ああ、頼んだよ」


ルリちゃんはそう言ってIFS端末に手を置き、艦内全域にコミュニケを表示する。

この手の処理は普通の人間ではかなり辛いのだが、流石にその辺りはお手の物だ。

その間に俺は周辺を確認する。そうしているうちに警報が鳴った。


「これは…チューリップ…二隻がこちらに向かっています」

「それはマズイな…グラビティブラストだけで何とかなればいいが…」

「それは難しいでしょう。艦隊の展開を確認、その数30」

「くっ…仕方ない、俺が…」

「待ってください、私が出ます」


俺の言葉を遮ったのはルリだった。

俺を戦わせたくないらしい…確かに俺はボロボロだが、IFSぐらいなら…


「ルリ…だが、エスカロニアはガンポッドが一つしか残っていない筈だが?」

「それでも、アキトさんが出るよりマシです!

 自覚していないかも知れませんが、何時死んでもおかしくないほどの重傷だったんですよ!?

 少しは自分の事も考えてください」

「…すまない」


俺を一通り怒鳴りつけ、ルリは急いでブリッジを出て行く。

残された俺は唇をかみ締める事しかできない…

そんな俺の手をそっと握る小さな手があった。


「アキト…駄目だよ。無茶したら…

 大丈夫。すぐにリョーコ達が目を覚ます。そしたらエステが出撃できるから」

「ああ…そうだな。すまない」

「うん。本当はアキト、絶対安静なんだからね。ブリッジにいるだけでもいけないんだよ?」

「…確かにな…だが、ここを離れるのは勘弁してくれ」

「ハァ…仕方ないなあ…でも、30分だけだよ?」

「分っているさ、ユリカが戻ってくるまでのつなぎだけだ」


そうして、ラピスに微笑みかける。

ラピスは少し頬を赤くし俺から目をそらす。


「もう…ずるい…」

「あ〜もういいでちゅか?」

「え!?」

「うお!?」


俺とラピスの間に割り込むようにしてアイちゃんが顔を出す。

よく見ればもうみんな目を覚ましている…

これは…マジで幼女趣味の烙印を押されかねん!!

俺は必死で言い訳を模索するが、もちろん既に周りの人間は半笑い。

一部からは突き刺さる視線も…


「あ…いや、その…そういう気で話してたわけじゃないぞ!!」

「え〜?」


ラピスが不服そうに口を尖らせる。

俺はさっきまで真面目な話をしていたはずだが…

いつの間にやら、ルリもコミュニケで睨んできている…

そういえば、昔から多かったな…こういうシュチュエーション…

こういう時、謝る以外ではなかなか許してもらえないんだが、時間が無い。


「ルリ、いけるな?」

『はい、 先ほどから準備万端です』

「グッ…では、出てくれ」

『はい、それではエスカロニア発進』

「続いてリョーコちゃん達、準備は出来てるか?」

『もうちょっと待ってくれ』

『エステちゃんのハンガーが動かないから、装備に手間取ってるの〜』

『このままじゃ、出撃前にドッカーン』

「ところでテンカワさん、何故貴方が指揮を?」

「ユリカはボソンジャンプの後遺症で、少しいい空気を吸わせに展望ルームの方にやってます。

 半時間もすれば戻ってこれるでしょうが…」

「仕方ありませんねぇ…分りました、では暫定的に指揮権を預ける事にします」


仕方ない。

幸い宇宙空間ということもあり、ナデシコ・エスカロニア両艦共に相転移エンジンの出力は安定している。


「ナデシコとエスカロニアによる、グラビティブラストの連続斉射で時間を稼ぐ。その間に出撃頼む」

『分ったぜ!』


既に艦隊が間近に迫ってきているため、グラビティブラストでも全滅はさせられないだろう。

現在地は、スクリーンに映る月を見れば分る。地球と月の間だろう…


暫く砲火を交えた後、戦況を示すウィンドウを眺めるアキトが渋面を作った。

ナデシコとエスカロニアは善戦していたが、やはり火星での損傷が響き、決め手に欠けている。

次々と出現する艦隊を前に、ひたすらグラビティブラストの斉射で対応するのだが…


「このままではジリ貧か…」


俺は、現在からどういう方向に逃げるべきか既に計算を始めていた。

ナデシコのグラビティブラストが意外に効果を上げられていない事も要因の一つだ。

やはり、原因は損傷の所為で思うように出力が上がらない為だろう。

もっとも、多少敵のフィールドが強化されているようにも感じるが…

エスカロニアは元々広範囲に撃つように出来ていない為、出力は高くても撃破できる数は知れている。

このままでは数分で撤退を始めないと間に合わなくなる。

俺が撤退を指示しようとしたその時。


「レーダーに艦影多数接近…その数およそ120」

「艦隊より通信! アキトさんどうしますか!?」

「繋いでくれ」

『ナデシコ! ナデシコ! 聞こえますか?』

「こちら機動戦艦ナデシコ、あの…連合宇宙軍の方ですよね?」

『はい、こちら連合宇宙軍第三艦隊所属、高速巡洋艦アナナスです。

 そちらはネルガル所属艦、ナデシコですね?』

「はい、こちら機動戦艦ナデシコです!」

『今からそちらに向かいますので、5分間持ちこたえてください』


それを聞いたメグミちゃんは俺を一度振り向く。

それに対して俺は一度軽くうなずき彼女を促した。


「了解しました。出来るだけ早く来てくださいね」

『全速で向かいます! そちらこそ頑張ってください!』


俺は不思議に思っていた。

アナナスといえば、俺たちを追いかけてきた事が記憶に新しい。

その船が嬉々として助けに来る状況…何かあるのだろうか…?

現状は既に俺の理解を超えて進んでいる。

何ヶ月時間が進んだのか、全く進んでいないのか、それすら理解の範疇外…

俺にとっては不利な状況に陥ったとしか思えない。

しかし…例え状況がどうあれ、助けた千人は無傷で届けたい。

先の不安を思いつつも、今はただ助かった事を喜ぶ事にした。












次回予告

地球圏へとようやくたどり着いたナデシコ。

ぼろぼろのその船体は戦闘に耐えられるものではなかった…

ドック入りする為に後方のコロニーへと向かうナデシコ

そこで待ちうけていた者は…

次回 機動戦艦ナデシコ〜光と闇に祝福を〜

「笑って言える『さようなら』」をみんなで見よう!












あとがき

あう〜、何だか時間が無くなってしまった…

リアル友人と遊び倒していたんで、後が企画時間が無い…

今回は中途半端な引きで申し訳ないですが、地球圏帰還編と言う事で。

次回からちと変わった趣向を考えておりますので、よろしくです〜(汗



WEB拍手ありがとう御座います。

作品に対する拍手はとても嬉しく思っております。お返事の掲載が遅れて申し訳ありません(汗)

〜光と闇に祝福を〜は9月16日正午から本日10月8日正午までにおいて、170回の拍手を頂きました。大変感謝しております。


9月17日13時 ところでナデシコAでボソンジャンプするときはジャンパーが展望室に移動するのでは?
それについては文中で解答になる事を書いてあると思いますが。
ナデシコB、C、ユーチャリスでその現象がかかれていなかった以上慣れでどうにかなる物だと私は思います。

9月18日0時 次回も楽しみにしてます
ありがとうございます! 今後とも続けていきますので、良ければ見てやってください♪

9月19日14時 おめでとうついに地球帰還ですね
はい〜ありがとうございます〜
本当に長かったです〜といいつつ、まだ帰れるかどうかは微妙だったりします(汗
まあ、地球圏には帰ってきてますけどね…

9月19日21時 一つお聞きしたいんですが、木連軍の最大の弱みが物資不足による継戦能力の欠如だということは理解しておい
その話については私、矛盾を感じていますので色々設定を細かく敷いて行きたいと思います。
簡単にいって、物資不足ならチューリップを6000も7000も地球に落っことしてられない筈なんです。
だいたい、火星にも月にも同じ様に落としまくってますし、地球ではビックバリアに阻まれる事を考えれば20000以上送り込んでいる事になります。
月と火星をあわせればチューリップだけで30000は送り込んでいる計算です。
更に最後木連が送り込んできた宇宙船の数30000隻この中にバッタやジョロの数が含まれていないでしょうから、それを含めたら100万近い数になる筈で す。
それらの戦力をして物資不足とはいえないでしょう。
人的資源、補給物資、食料など人間が生きていくうえで必要なものは不足しているでしょう。
だから、戦力の枯渇と言う事はありうると思います。
それと、木連の軍事力が地球に劣っているとすれば生産力にあると考えてもいいと思います。
地球は軍需工場は掃いて棄てるほどありますが、木連は都市以外の工場を持ちません。
ゆえに、戦力の増加と言う意味では地球に遅れをとると思います。
ですが、基本的に木星は100年生産し続けた戦力を保有しています。(敵対勢力が存在しなかった為殆ど消費されていない)
そうそう尽きる事は無いと思いますよ。

10月1日2時 初めまして。アキト×ルリをよろしくお願いします。がんばって下さい。
アキト×ルリですか〜もちっとお待ちください〜
実はまだ緊張緩和状態になるには早いので…次か次の次くらいには少し入れられるかと(汗

10月1日16時 とても面白く速く続きを読みたいとおもいました。
10月1日16時 早く更新してください
10月1日16時 速く続きが読みたいです
10月1日16時 とても面白く速く続きを読みたいとおもいました。
10月1日16時 早く更新してください
10月1日16時 速く続きが読みたいです
10月1日16時 とても面白く速く続きを読みたいとおもいました。
10月1日16時 とても面白く速く続きを読みたいとおもいました。
えと…ありがとうございます。それだけ期待してくださるというのは作者冥利に尽きます。

10月4日6時 アキトみたいな人間は中東あたりの一夫多妻国の国籍を取るべきだと思う。
10月4日6時 というか寧ろ義務?取らずに既に踏みまくってる地雷を放置して逃げるなんて、「ヒト」として無責任過ぎて許されないでしょう。
…むむぅ…確かにその通りですね…でも、本人自覚無いから、不幸は増産される…とか…まあ、なんといいますか、色々ねたにしているとああなってしまったと いう事でお許しください(汗

10月7日17時 全自動ハーレム製造器アキトのコレからの活躍に期待
10月7日17時 あとジャンパーとしての能力をフル活用出来るようになってからの奇襲力や機動力に優れた戦闘も
ハーレム製造機…間あながち間違ってはいませんね…某ナデシコ系巨大HPの魔王様の書かれた作品以後それはもう仕方ない事…
でもま、ああまではっきりとしたものにはならないと思いますが…
奇襲戦法や高速機動戦ですか、一応予定しております。頑張ろうとは思っておりますがなにせ実力の無い私の事妙な感じになってしまうかも知れませんがお許し を(汗

また、他作品への返信はその作品が出たときに行います。



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