ウルトラマンヴァイス
人形は有って無い糸に


西暦1998年。
日本帝国に侵略者BETAが上陸・侵攻し、国土の半分を奪われた年。
普通に考えれば忌み嫌うだけの年となっていたことだろう。
しかし、神様はとんだ奇跡を落としていった。その年はBETAに奪われたと同時に取り戻された年でもあった。

たった一人の黒い巨人の手によって。

佐渡島―――そこは日本帝国の領地で初めてハイヴが建った土地。
BETAの夥しい群体が日本の土を踏み荒らすブースターとなった場所。
いずれは必ず奪還せねばならぬ、というのが今の帝国軍にとっての悲願であった。
そう、過去形だ。

佐渡島ハイヴは既に、鎧の巨人の猛烈な攻撃を受けてBETA諸共に破壊しつくされたのだ。






*****

西暦1998年も年末に差し迫り、北海道にしろ東北にしろ関東にしろ、真っ白な雪が降り頻っていた。
その天候の在り方には新潟県に属するこの島も逃れることはできない。
一度は真っ黒に塗りつぶされたこの島は、来年の今頃は白い雪で覆い尽くされることになるだろう。

『ジュワァ―――!!』

小型種と大型種のBETA群で埋め尽くされた佐渡島の地に、一人の巨人が降り立った。
平らに均された島には軍団規模の怪物どもが犇めき合い、身の毛もよだつ不気味な光景を作り上げている。
だが、黒い巨人は臆することなく、敢然とバケモノ共へと挑んでいった。

地を蹴って空を舞う巨人は右の拳を前に突き出し、左の平手を額に当てて緑色の光線を発射する。
巨人の顔の向きと共に細長い光線は群れを成して這いずり回る異形どもに神罰の如く降り注ぐ。
命中と共に小型種のBETAは一瞬で蒸発し、大型種も2秒足らずで只の肉片へと成り果てていく。
全高66mというBETA中最大の巨体を誇る要塞級さえも、緑色の光線が縦一文字にしろ斜め一文字にしろ身体に線を描けば、ズルりと身体が崩れていった。

これこそヴァイスが得意とする光線技の一つ『エメリウムレーザー』である。
だが、本物のレーザーを照射してくる光線属種を忘れてはいけない。

二本の足に袋状の胴体とそこから生えた放熱毛、そこから伸びた二つの目玉が特徴的な通常の光線級。
二本の足に巨大な袋状の胴体と長い尻尾、鬣のような睫毛のような放熱翼、それに埋もれるような一つ目が特徴的な重光線級。

緑色を帯びたそれは全高3m、赤みを帯びたそれは全高21m。
人類の航空兵器を百発百中の精度で撃墜し続け、人類から制空権を奪い去り、戦術機誕生のきっかけを与えた難敵中の難敵だ。
なにしろ照射されるレーザーの飛距離はまさに光速であり、30q程度の距離なら的確かつ瞬時に撃ち落とすことができるのだから。

――ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!――

戦術機さえもたったの5秒で破壊し尽くす凶悪極まりないこの光学兵器の集中砲火を、飛行中兼攻撃中のヴァイスは直撃を喰らった。

『ジッ……!』

薄らと呻くような声を出すも、飛行速度も攻撃にも手を緩めることなくヴァイスはBETAを駆逐する。
どうやらあの光線属種といえど、強靭な漆黒の鎧で身を覆っているヴァイスに致命傷を与えることは出来ないようだ。
ヴァイスからすれば爆竹を投げつけられた程度のモノでしかないのかもしれない。

ヴァイスはエメリウムレーザーの発射をやめると、右前腕に装着している紫色のスピリットブレスに左手をかざした。
すると、ブレスから一振りの刃が現出した。
赤黒い光を結晶化して鍛え上げたかのような両刃の長剣『スピリットセイバー』だ!

『ジュアッ……!』

ヴァイスは右腕のスピリットセイバーを振るい、光線属種目がけてあるモノを飛ばした。
三日月の形をした斬撃波『スラッシュドライブ』が重光線級に命中し、一発で消滅させた。

――ブンッ!ブンッ!ブンッ!――

次々と振るわれ飛ばされていくスラッシュドライブ。
三日月の斬撃波はどんどん重光線級へと当たっていき、最大の脅威を切り裂いていく。

そうしてハイヴ前方に配置されていたBETAたちはあっと言う間に間引かれていき、一本の道が作られた。
スピリットブレードを前に突き出した体制をとり、ヴァイスは一気に飛行速度を上げながら身体全体をトリル回転させる。
一個の巨大な掘削機となったヴァイスは、BETAの巣穴たる広大な地下茎『スタブ』を蓋するかの如く聳え立つ塔のような地表構造物『モニュメント』へと突貫した。

ズドン、という派手な音が佐渡島中に鳴り響き、モニュメントの一部には大きな土煙と共に一つの大穴が空いていた。
スピリットセイバーを身体諸共に高速回転させることでモニュメントはガリガリと削っていき、ハイヴの中へと突っ込んで行った。

ハイブの内部構造はアリの巣みたいなもので、モニュメントの直下にはハイヴの核とも言える『反応炉』へと繋がる『主縦抗』がある。
モニュメントの周囲にはBETAが出入りする『横杭』という穴が複数あり、戦術機もここからハイヴに侵入・攻略するのがセオリーになっている。
ただし、モニュメントに大穴を空けて直接『主縦抗』に入っていくという破天荒な侵入方法を取ったのは、BETA大戦の歴史上ヴァイスが初めてだろう。

フェイズ2のハイヴの主縦抗の深度は凡そ350m。
身長55mの巨体を誇るヴァイスからすれば大したことではない。
僅か数秒で一気に地下深くにある『大広間』に降り立つと、4万5千トンもの重量が降りかかったことで堅い岩の地面にビシりと亀裂が入る。

そして、ヴァイスの目に飛び込んできたのは無数に犇めき合う蟲共の醜悪な姿と、その奥で青白く光り輝く反応炉。
その正体はBETAのエネルギー源であるG元素を生成し、上位存在と情報のやり取りを行い、BETAらが得た情報を報告、上位存在からの命令に合わせてBETAを動かす現場指揮官の役目を果たしている『頭脳級』BETA。
文字通り『ハイヴの中枢』とも表現できる存在だ。
これを破壊してしまえば佐渡島ハイヴは死に、日本の土地からハイヴが消えて無くなることになる。

そうすれば、武があの時に見た地獄の光景が再現されることは二度とないだろう。

――シッ!シッ!シッ!――

ヴァイスはスピリットセイバーを消すと同時に、スピリットブレスに右手を添え、勢いよく小型種BETAたちにあるモノを投げつけた。
連続して放たれ、何十何百体もの小型種を消し飛ばしていく手裏剣状の攻撃の名は『スピリットスラッシュ』。
威力は持ち技の中では比較的に弱い部類に入る為、所謂牽制技として使われるが、小型種を殲滅するには丁度いいようだ。

反応炉の周囲には小型種は粗方片づけられ、ヴァイスの周囲にいた連中も踏み潰されて終わっている。
最早邪魔をするものなど一つたりともない。

『ジェアアアアアッ!!』

ヴァイスは渾身の力を籠めて両腕を十字に組み、カオススペシウム光線を発射する。
紫色の十字架は一直線に頭脳級へと命中し、瞬く間に見るも全体が焼け爛れた無残な姿となった。
そして、

――ドガァァァアアアァァァン!!――

何の意味もない汚い花火を地下深くで咲かせていった。

『―――シュワッチ!』

ヴァイスは跳躍すると同時に上へと飛び上がり、自らが明けた穴を脱出口にしてハイヴから出ていくと、そのまま空の彼方へと姿を消した。
後に残されたのは指揮官を失って動きを止めるBETAの群れと、あちらこちらから火と煙あげていくモニュメント。
戦い―――戦いと呼んでいいのかさえ判断しかねるこの攻略戦は、ウルトラマンヴァイスの圧勝に終わった。

尚、この戦いをほんの一部分だけとはいえ、佐渡島を監視していた帝国軍の者達は、みな揃ってこう言ったという。

「あれは攻略ではない、ワンサイドゲームだ」





*****

横浜ハイヴに続き、佐渡島ハイヴの殲滅。
一ヶ月と経たない内に二つのハイヴが日本から消え失せた。
つまり日本帝国はBETAの脅威から殆ど解放されたのだ。はぐれBETAが西日本にまだまだ残っているが、それらも何れ帝国軍により駆逐される。
この展開は日本人であればだれもが夢見た奇跡の戦況だ。
そう―――これが、地球人の手で為された偉業だったなら、誰もが満面の笑みで功労者を英雄として讃えた事だろう。

時は佐渡香島ハイヴ消滅から二日後。場所は、日本帝国の首都たる帝都――仙台にある帝国軍基地の会議場。
中々の大きさと設備のあるこの場所には、数多くの上級軍人たちが横長のテーブルとセットで置いてあるパイプ椅子に座り、目の前でゴチャゴチャしている各種マスコミの応答に難儀していた。
聡明な読者の方々はもうお分かりかもしれないが、今は記者会見の真っ最中なのだ。

話題の事は勿論、二つのハイヴを破壊して日本を解放した救国の英雄――暗黒の鎧を纏った巨人の事である。

記者会見、と銘打ちされているものの、実際のところ帝国軍はまともな返答らしい返答ができていなかった。
本来ならこうも時期尚早にこんな催しは開きたくなかったのだが、流石に難攻不落の城たるハイヴが短期間で二つも落城すれば、どれだけ隠蔽しようと何処からか情報が漏れてしまう。
メディアの人間はそういう漏れ出した情報の匂いにはかなり鋭く、あまりにも多すぎる取材の申し込み故に、断腸の思いで形だけの記者会見が開かれていた。

「あの巨人は、一体なんなのでしょうか?」
「帝国軍の新兵器なのですか?」
「それとも、BETA由来の存在なのですか?」

質問する記者たちも自分が問う内容がバカげているように思えた。
訊くまでもないことだ。黒い巨人の素性など、この地上で知っている者などいる筈がない。
ましてや、嵐の如くBETAを薙ぎ払うと、嵐の如く去っていく。そんな破天荒で神出鬼没な存在の情報を帝国軍が持っているわけがない。
この質問も、この記者会見も、全ては軍部のメンツと社会への体裁の為に行われているに等しい。

「ところで、BETAの掃滅が完了した際、今度の日本をどのように復興させていくのですか?」

やっとまともな質問が来た。
軍人たちはそう思って安堵した。そろそろ加齢で弱ってきた胃袋に、ストレスという名の悪魔が牙を突き立てようとしていた分、余計にだ。

「それについては、BETAを一匹残らず日本から消した後、各々の地域に人材を派遣して少しずつではありますが、着実に美しい日本を取り戻していく所存であります」

それは嘘偽りのない言葉であり、絶対に成し遂げてみせる自信もあった。
BETAを日本列島から完全に排除する、ということに比べればその程度の努力など何の苦にもならない。

「今後、例の巨人に対してどのように対応するのですか?」

これもまたまともな質問。

「現段階ではまだ何とも言えません。ただ、あの巨人がBETAと敵対していることだけは確かです」

BETAは決して味方に攻撃しない。
光線属種が決して味方に誤射しない性質を利用した戦術が存在しているのだ。
ならば、新種であろうとBETAが自らの居城たるハイヴを叩き潰すことなど有り得ないの一言に尽きるのだ。

「では、次にまた巨人が出現した場合は?」
「詳らかな事項は検討中ですが、巨人のとる行動がそのまま我々の判断を決めることでしょう」

その後、形骸だけの記者会見は取りあえず何とか恙なく終わった。
ただし、最も気になるはずの黒い巨人の正体や動向は、誰一人として知ることのない、殆どただの事後報告とも言えたが。





*****

そして、同じく仙台の基地では、この記者会見をテレビで観ている女が一人いた。
専用の研究室で椅子に座り、机に手を置きながら退屈そうに軍人と記者の応答を眺めている。

「ま、あれだけ派手にやられたら、隠しきれないわよねぇ」

妖艶な笑みと口調で呟いたのは、この部屋の主こと香月夕呼。

『ところで、横浜ハイヴと佐渡島ハイヴの殲滅に伴い、今度の帝都はどう動いていくのでしょうか?』
『それにつきましては、首都機能を一時的に東京へと移し返し、国土の復興が進み次第、京都へと戻っていく予定です』

テレビの中で行われる質問と返答の内容は、すでに彼女の好奇心から程遠いものへとシフトしたらしく、リモコンでさっさと電源を切った。

さて、どうしようか、などと能天気に考えていると、あることに気づいた。
あの巨人の呼び名がまだ決まっていないということだ。
BETAにさえ、学術名や俗称があるというのに、巨人だけ無いというのは流石に不便だ。
仮にも自分の知的好奇心を大いに刺激しまくってくれた相手なのだから、それなりにセンスのある名をつけなくてはいけない。

あの『究極の超人』に相応しい名前を。

「究極……ULTEMAT……ULTRA……」

一つの単語から連想する新たな単語。

「Ultra……ウルトラ―――ウルトラマン」

その時、ヴァイスは人知れぬ場所においてこの地球で初めて、ウルトラマンと呼ばれた。
かけがえの無い星に生きる命に希望を与える為の、光の称号を得た。





*****

佐渡島ハイヴ撃滅から三日後のこと。
横浜の柊町の住宅街の一角にて―――。

「――起きてってば、タケルちゃん!」

何処か真新しさを感じるベッドで、彼は聞きなれた暖かい声を耳にした。

「うーん……もう少しだけ寝かせてくれー……」

彼は当たり前の、平和な朝の言葉を紡ぎながら左手を伸ばした。

――ムニュ――

「た……タケルちゃん?」

結果、左手は愛しい恋人の豊かな胸を鷲掴みすることに成功した。

「あー……純夏か。早起きだなって、朝飯できたのか?」

寝ぼけているのか、彼は何でもないような態度である。
それと真逆に、

――プニュ、モニュ――

左手はというと……。

「んあッ……た、タケルちゃん、やめ……!ひあっ――!」

恋人の乳房を未だに揉み続けている。
その刺激によって、彼女の制止を呼びかける声には、甘い吐息が混ざり込んでくる。

――ムニムニムニムニムニムニムニムニムニムニ――

「ちょ……ちょっと……やめ……なんで手、動かすの……!」
「いや、何というか、急に純夏を欲しがっちまうというか」
「―――//////!!?」

純夏の顔は一気に赤くなり、表情も女のそれになっていく。
何せ、元の時代では武と肉体関係を結ぶほどに愛し合っていた仲だ。
一人の女として、恋人が自分のことを欲しいと言われてうれしくない筈がない。

筈がないのだが……。

「……んー、純夏、前より胸デカくなったか?それに弾力といい、柔らかさといい……」
「た、タケルちゃん……ら、らめ……だよ……」

一度でも身体を重ね合った経験からか、弱点はしっかり網羅しているらしく、無意識に朝っぱらからそれをフル稼働していた。
おかげでさっきから身体に快感が走り、力がうまく入らない。

「あ、朝ごはん、冷めちゃう……よ……」
「レンジで暖めればいいだろ?もうちょっとだけ、このまま……」

しかし、

――プッチン――

不用意な一言で何かが崩れた。

「折角つくったご飯を……!」

突如として発生する途方も無い殺気。
ここに来て武は思い出して。ここの所まったくその機会がなく、そんな暇さえなかった為に。
彼女の―――鑑純夏の必殺技を。

「て・ん・ちゅ・うゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

――どりるみるきぃぱんち!!――

「エアバーーーーーッグ!!」

こうして、白銀武は青空に輝く星になりましたとさ。
めでたしめでたし。

「めでたくねぇよ!!」



まあ、おふざけはここまでにしておこう。
こんな感じのギャグ風景――日常の象徴とも言えたそれを終えると、二人は漸く朝食の席に着いた。



「タケルちゃ〜ん!」

武と純夏はというと、さっきのやりとりは何だったのかと聞きたくなるようなテンションになっていた。
これが幼馴染にして最愛同士のなせる業なのだろうか?

「お、もう飯か?」
「今日は塩焼きだよぉ♪」

横浜にある白銀家をそのまま使って生活しているこの二人。
幸いなことに、以前写真で見たような惨状になるのは、この時代より少し後のことらしく、家の中は何の問題も見られなかった。

武はこっそりと外に出て無断で釣りを行い手に入れた魚を持ち帰り、純夏は台所でその魚を調理していた。
まだ電気とガスが通っているらしく、香ばしい匂いが武の鼻腔を擽った。

「ホントなら、餃子とかたこ焼きとか作ってみたかったんだけど……」

愛する武の好物をつくって食べてもらいたい、そして喜んでもらいたい。
しかし、今の環境ではそれの材料を得るのは非常に難しい。

「ったく、何しょげた顔してんだよ。こんな状況で、お前が作ってくれたモンに、ケチつけるわけないだろうが」
「タケルちゃん……ありがとう」
「別に礼なんて言われることじゃないって。―――さってと、いただきます!」
「じゃあ私も、いただきます!」

合掌して箸を手にすると、二人は魚の身を食べ始めた。
茶碗によそってある銀シャリと一緒に口の中へとかき込むと、ご飯の甘さと塩焼きのしょっぱさが絶妙なハーモニーを醸し出す。
武はこの美味しい料理を作ってくれた恋人に、一言だけ言うことがあった。

「なあ、純夏」
「なぁに?タケルちゃん」

武は満面の笑みでこう言った。

「何時までエプロンしてるんだ?」
「え?……あ!」
「ハハハ!」

漸く気づき、その慌てる様子を見て、武は悪戯が成功した子供のように笑った。。
やはり、体は作られた物でも、魂そのものは、自分の知っている鑑純夏と同じだと実感できたからだ。

「む〜!タケルちゃん、何も笑うことないのにぃ」
「悪い悪い。なんだか安心しちまってさ」

元の世界にいたころは、こんな風に笑い合っていた。
当然のように明日が来ると信じていたからこそ、心の余裕があり、それ故にできた幸せな日常。
今の武と純夏にとって、その日常こそが最も貴い物だった。

「……BETAが来るまでは、何時もこうしてたよね……」
「元の世界でも、な」

暖かい空気はヒンヤリとした風で冷めていく。
自分たちはこの世界に対して多大な影響力を秘めた異物だ。
その自分たちだけがかつての平穏に縋るなど、許されるはずがないというのに。

「……湿っぽい話は飯食ってからにしないか?」
「そう、だね」

取りあえず話を切り上げて、食事をとることに専念した二人だが、先程までの甘い空気は床どころか地面に沈み込んでいた。

食事を済ませて食器類を洗面所に下げた二人。
テーブルにて再び向かい合うと、今後のことについて話し合った。
まず最大の問題は食糧がもう多くないということだ。
この世界、この時代の白銀家の食料はこの三日間で殆ど無くなってしまっている。
となれば、もっと別の、安定して食事をとれる場所に行かなくてはいけないが、そんな場所は後方の土地か軍の基地ぐらいしかない。

となればやはり、かつてのように香月夕呼に頼るのが一番マシな選択だろう。
彼女なら、自分たちの特異性を知っても、確固たる決意と覚悟を見せれば悪いようにはしない筈だ。
香月夕呼という人間の信念とも言えるものを重々把握している武だからこそ、恩師に対して絶対の信頼を寄せられたのだ。

(やっぱり、仙台にまで行かなきゃならないんだよな)

此処から仙台までの距離はかなりある。
いや、ウルトラマンに変身して空を飛べばさっさと済むが、そんなマネをすれば確実に発見されてしまう。
肝心要なことは、余計な人間に正体を露見することなく香月夕呼と接触を果たすことなのだ。

(先生のトコに、安全に会うためには……)

武は無い頭を振り絞って考えに考え抜こうとしている。
出来ることならいっそのこと基地の門番に敢て捕まり、博士との面会を声高に叫べば会えるかもしれないが、そうなると自分と純夏の存在がかなり目立つことになる。

”何を悩んでいるのだ二人とも”

そこへ、二人の脳に直接響く声がした。

「あ、ヴァイスさん」

”行くのが面倒なのであれば、此方へ来て貰えば良いこと”

「どういう意味だよそれ?」

”簡単なことだ。我らの実力を売り込めばいい”





*****

それから数分後、夕呼は自分の研究室で机に向かいながら、今後の計画進行について考えていた。
横浜ハイヴと佐渡島ハイヴが消え去った今、帝国軍は手間暇さえかければBETAを日本列島から排除できる状態となっている。
だが、夕呼にとって重要なのはそこではなく、ハイヴを単独で叩き潰したウルトラマンのことだ。
夕呼はBETAの思考を読心し、それによって得た情報を齎す諜報員こと00ユニットを造り出すオルタネイティブIVの最高責任者だ。
当然、彼女には今ある階級以上の権限が与えられており、研究にも莫大な予算がかかっている。

だからこそ、夕呼は今ほど00ユニットの存在を願ったことはない。
自分の理論通りの性能を00ユニットが発揮すれば、ウルトラマンとのコンタクトも可能になるかもしれないのだから。
しかし―――

――ピコン――

その時、机においてあるパソコンに一通のメールが入ってきた。
―――激動の運命とは、何の前触れもなく訪れるものなのだ。

夕呼は取りあえずマウスを動かしてメールを開けてみた。
すると、そこには想像を絶する内容が書かれていた。



香月夕呼先生へ

黒い巨人は次に現れたとき、オリジナルハイヴを破壊します。もし私の上記通りの事が起こった場合、是非とも横浜の柊町までお越しください。
護衛の方を連れて来ても構いませんが、地球人類の存亡に関わる情報をお話ししますので、全幅の信頼をおける人だけでお願いします。

未来の00ユニットより



「…………」

絶句ものである。
なによこれ、と思うしかなかった。

送られた経路もアドレス不明。
誰が、どの端末で送って来たかもわからない。
だが、書かれている内容は自分の興味を引いて止まないものであるのも事実。

自分のことを先生と呼ぶ理由についてはこのさい放り投げておくことにしよう。
重要なのは、自分がウルトラマンとこっそり名付けた黒い巨人が、よりにもよってオリジナルハイヴを滅ぼすというのだ。
しかも、それが完了したら横浜にまで呼びつけた挙句、差出人自身が全てを話すかのような文面である。

そして最も有り得ないと思ったのは、差出人が自らを00ユニットと名乗ったことだ。
まさか自分に嫌な感情を持ったお偉いさんによる嫌がらせか、とも思ったが、それなら”未来の”という言葉を付け足す理由などない。
夕呼は心のどこかで一つの決心をすると、備え付けの電話の受話器を取り、番号を押していった。

――プルルルルルル!プルルルルルル!――

向こうが電話に出たのか、待機音はそう待たずに止まり、電話がつながった。

「……あ、まりも。あたしよ」





*****

さて、夕呼を大いに動揺させたメール。
無論、送り付けたのは武と純夏、そしてヴァイスである。
無一文かつ住所不定、ケータイはおろかパソコンさえも無い状況でどうやってメールを送信できたのか。

答えは単純だ。
まず武がヴァイスへと等身大の状態で変身し、純夏の00ユニットの機能を使って日本中のコンピューターにハッキングすることで夕呼の正確な位置を特定。
あとは、かつてウルトラ兄弟の6番目が地球人に通信を送ったのと同じ要領で、予め用意しておいた文章をメールという形式にして発信したのである。

これで全ての準備は完了。
あとは身長55メートルというヴァイス本来の巨体へと変身し、オリジナルハイヴへと突撃するのみ。

「純夏……行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい……タケルちゃん」

高い高い丘で、二人は首肯し合った。

――ビカァン……ッ!――

そして、黒い光が解放され、鎧の巨人を現世へと呼び出し。

『ジュワッ!』

闇色のウルトラマンは掛け声を出して西の大空へと飛んでいき、敵の本居地目がけて突き進んでいく。
その飛行速度は最高でマッハ20。すぐに姿が見えなくなるヴァイスを見送った純夏は、ポツンと独り言を漏らした。

「二人とも、頑張って」





*****

西暦1973年4月19日の中国領カシュガル。
そこは人類がBETAとの最初の闘争である第一月面戦争に敗れ、遂に最初のハイヴの降下を許してしまった時と場所。
フェイズは現在の地球上において最大深度を誇るレベル6。周囲。内部共にBETAの数は数十万数百万体に達する真の難攻不落の城である。

だが、その悪しき伝説は新たな伝説によって書き換えられる。
BETAたちはその日その時、大気圏外から猛スピードで急降下してくる一つの物体を確認すると、光線属種たちが一斉にレーザーの照射を行った。
普通に考えればハイヴ――それもオリジナルと呼称されるモノに単独で挑みかかるなど無謀としかいいようがない。尤も、それが地球人だったらの話だが。

『ジョア!』

黒い巨人は右腕のスピリットブレスに左手をかざすと、ブレスを中心に六角形のエネルギーシールド『スピリットシールド』が展開され、何十何百というレーザーを受け切っていた。
しかし、その盾と言えど大量極まる光線属種の前では完全に鉄壁であるとは言い難い。
最初の10秒程度は何ともなかったが、徐々に攻撃を受けるたびにヒビが入っていく。だが問題はない。最大の焦点は、辿り着くまで防壁がもつか否かにある。

ハイヴというものはフェイズ3以降になるとモミュメントの頂上部にベントと呼ばれる穴が空き、主縦抗が露天する。
ここだけ聞けば反応炉への道が開けたと思うかもしれないが、現実はどこまでも厳しく、この段階に来ると光線属種がハイヴ周辺をガッチリと警備しているのだ。
当然だ。大切な資源を母星に向けて吐き出すための発射口に下手な連中を近づけるわけにはいかないのだから。

しかし、その資源回収のために多くの命を奪われている地球人、および地球人に強く肩入れしているウルトラ族からすれば、これは完全なる侵略行為だ。
是が非でも食い止めなくてはならない所業である。

――パリンッ!――

ヴァイスのスピリットシールドが遂にステンドガラスを割るかのように砕け散った。
だが孔はすでに目と鼻の先。これならあとはヴァイス自身の耐久力と鎧の防御力で、光線属種のレーザーを防ぎきれる。

『ジュウ!』

地表構造物高度は1000m、地下茎構造物の水平到達半径は約100q、最大深度は4000m。
フェイズ6のオリジナルハイヴへと、ウルトラマンはベントという恰好の入り口から突入した。
モニュメントを通過する数秒の間だけは、ヴァイスは順調に地下へと降下していった。しかし、その奥底にある主縦抗こそが本当の舞台。

モニュメントを通過すると、その先にはやはり小型種と大型種BETAの群れ、群れ、群れ!
だが今は彼奴等一匹一匹に構ってやれるほど暇ではない。
光の国のウルトラマンは地球でその巨体を保つための膨大なエネルギーを消費するので、活動時間はおよそ3分間となる。
ヴァイスは他のウルトラ族とは異なり、光と闇のハイブリッドエネルギーで活動している為、約8分間の戦闘が可能なのだ。

『ジュアッ!』

ヴァイスは頭部にある二個一対の脱着式の宇宙ブーメラン、カオスラッガーを投げ放った。
念波によって自由自在に軌道を操ることのできるそれは、ヴァイスの同族であるウルトラ兄弟の三男坊のシンボルウェポンと同じ性質を持つ。
地面を、天上を、壁を縦横無尽に駆け巡るカオスラッガーは――兵士級も、闘士級も、戦車級も、突撃級も、要撃級も関係なく一撃で切り裂いていく。
その光景を地球人が目の当たりにしていたのなら、必ずや一種の爽快感を得ていたことだろう。ヴァイスは粗方の連中を片づけると武器を回収した。

とはいう物の、たった8分でこの先にある幾多もの障害を排除し、コアへと辿り着いて破壊する――というのは中々の難行である。
前の世界で、ハイヴにはコアを守護する為に、ハイヴにしか決していないであろう特別な巨大BETAが二体確認されている。

もし奴らが主縦抗にまで現れるのではないか、という懸念を抱くとそれだけで背筋が凍る思いを武はした。
ヴァイスの驚異的な戦闘能力は十分に信じているが、それでもこのオリジナルハイヴ攻略のために数多くの人たちが身を盾にし、六人の同胞が命を架け橋とした。
そんな重苦しく辛い過去が、このオリジナルハイヴに対する過剰な危険意識を生んでいるのだろう。

『ジュオ!』

まず最初に辿り着いた関門が、主広間への道を閉ざす第一隔壁。後の世で門級と呼ばれる巨大な固定種BETAだ。
その名の通り、コアへの道を閉ざす門番の役目を負っており、目の前にある第一隔壁と、上位存在のブロックを結ぶ第二隔壁が在る。
200mを優に超えた大きさを誇る開口部は現在閉鎖されており、それを開けるには開口部の下部より長く伸びている補給導管の先にある脳幹に電気パルスを与える必要がある。
導管と脳幹だけでも戦術機に匹敵するソレに、ヴァイスはすぐ近くに降り立つと、エネルギーの極一部を右手に出すと同時に電気エネルギーに変換する。
そして掌底を繰り出すことで脳幹に電気パルスを叩き込んだ。
ビリビリという音を立てながら、門級はゆっくりと口を開いていった。

『ジョワ!』

ヴァイスは素早く飛んで主広間へと突入していく。
此処の辺りにはまだBETAはいない。アレが出てくる前にさっさと第二隔壁も抉じ開けなくてはならない。
ヴァイスは先程と同じ要領で門級の脳幹に電気パルスを叩きつけようとした。

……が、

――ゴゴゴゴゴ……!――

スタブ内に轟く地響きの音。
かつて武の仲間は、この音の発生源によって命を落とすことになった。

ヴァイスは空中に静止した状態で音のする方向へと視線を向ける。
すると、僅か10秒もすれば壁から何かが現れた。スタブの堅い岩肌を砕くようにして出現したのは、巨大な芋虫型BETA。
後に母艦級と称されるこの超大型BETAは、全高にして120m、全長にして1000mを越える。なによりコイツの最大の特徴は―――

――グググ……!――

―――巨大な身体に見合ったドデカい口をあけ、体内に収容していた数多くのBETAを解き放ち運搬することだ。
ゾロゾロと出てきた邪魔者たちの中には、スタブ内では決して姿を見せないとまで言われていた要塞級までいた。

しかし、そんな些末な出来事など、この男たちには意味を為さなかった。

『(邪魔だ退きやがれェェェェェッッ!!)』

ヴァイスの中にいる武の意思が吠えあがると、ヴァイスは両手を上方から一気に振り下ろし、そして、

『ジュアアアアアッ!』

両腕を十字に組んだことでカオススペシウム光線が発射され、要塞級を初めとする登場してきたBETAを一掃していく。
当然、最後には母艦級のバカみたいに開けた口にもお見舞いしてやり、暗い腹の中で幾つもの爆音と爆炎があがり、母艦級の最期を示していた。

邪魔する輩はこれで消えた。
ヴァイスは右手に電撃を纏わせ、門級の脳幹に押し当てた。
これによって開口部がゆっくりと開放されていき、その奥には目指すべき司令官の姿が見えた。

『ジュワ!』

ヴァイスは迷いことなく開口部を通ってオリジナルハイヴの最深ブロックへと到達した。

そこにいたのは「あ号標的」と仮称された巨大な固定型の重頭脳級BETA。
この地球上全てのBETA達の司令官であり、人類を撤去していく上で最も効率の良い方法を模索し、それを各ハイヴの反応炉を介して下級BETA達に伝達している。
生物的な姿をした一本の歪な巨塔―――その頂上部位から幾つもの触手が突き破るように生えている。
いや、生えているのは触手だけではない……一つだけ、6つの目玉のある物体が、その水晶じみた視線で侵入者たるヴァイスを見据えている。

『…………上位存在よ。私の意思は伝わっているか?』

ヴァイスはテレパシーを使って重頭脳級に語りかけた。
武の記憶では、目の前にいる異形は地球で唯一の知的BETAであり、とある超能力者の口を借りて武と対話したこともある。

『―――お前、認識』

答えが返ってきた。

『上位存在よ、私の名はウルトラマンヴァイスだ』
『ウルトラマンヴァイス、認識』

まずは自己紹介。

『私はとある者から聞いた。貴様たちは珪素生命体により創られ、星々の資源を回収していると』
『肯定する』
『そして、お前たちは地球人を生命体とは見なしていないこともな』
『―――地球人、該当ない』

ヴァイスは、地球人とはこの星に存在している者達のこと、と教えた。

『地球人、認識』
『上位存在。貴様に私の意思を理解できるだけの知能があるなら、今すぐこの地球の属する太陽系から出ていくんだ』
『――要求、拒絶』
『やはり……創造主には絶対服従というわけか』
『肯定する。上位存在は創造主の絶対規則に違反不可能』

そう。BETA達の全ては創造主には決して牙を剥かない生体メカとも言える存在。
そこには心などありはしない。だとしても、ヴァイスは話し合いで済むなら越したことはないと思い、こうしてテレパシーを使っている。

『この星の人間たちを、生命体と見なすことはできないのか?なぜ炭素生命体ではダメだと決めつける?』
『炭素は安易に化合し、変化する。よって知的生命体に進化することはありえない』
『あくまで、その考えは捨てない気か?』
『肯定する』

しかし、

『そうか。ならば―――』

ヴァイスは少しだけ俯き、すぐに面を上げた。

『せめて、私の手で貴様を葬ろう』

五万年という人生の中で、ヴァイスはロボットが人間と同等の感情を得たという話を聞いたことがあった。
もしやBETA達にも、という淡い希望を抱いたが、やはりダメだったようだ。

『ジュワッ!』

ヴァイスは右の拳を上に突き上げ、左の拳を顔の横におくという独特のポーズをとると、

――ビュゥゥゥゥゥゥゥ…………!!――

身長は55メートルから、一気に200メートルへと更なる巨大化を果たしたのだ。
しかし、

――ビコン、ビコン、ビコン、ビコン、ビコン!――

地球での巨大化にはかなりのエネルギーが必要となる。
これだけ大きさにスケールアップすれば、エネルギーの消費量は増えていく。
その証拠として、胸のカラータイマーは青から赤へと点滅を開始している。

両手で頭のカオスラッガーを掴むと、ヴァイスは自らのカラータイマーに装着した。
それによってカラータイマーに蓄えられていたエネルギーがカオスラッガーにも伝わり、幻想的な光を帯びていく。
彼が持つ技の中でも特に強力な必殺光線―――その名は……

『ジェアァッ!!』

カオスツインシュート!
広範囲に放たれた紫色の破壊光線は「あ号標的」に直撃した。

『ジュゥゥゥゥゥオォォォォォアァァァァァ!!』

その光景は、かつて武が前の世界で、一人の戦友のを代価にして発射した荷電粒子砲のそれと何処かが似ていた。
重頭脳級は触手を伸ばして攻撃を阻止しようとするが、時すでに遅し。
触手は破壊光線によって粉砕されていき、そして―――



――ドゥガァァァアアアァァァン!!――



地球に存在する全てのBETAの司令官は、この地下深くの穴倉で爆散した。

『…………』

黒い巨人はその様子を静かに眺めていた。
しかし、胸のカラータイマーの点滅は刻一刻と早まっていく。
呑気に感傷に浸っている場合ではない。直ぐにでも日本へと帰還しなければならない。

両腕を胸の前でクロスさせたヴァイスは、低い唸り声を出して一気に両腕を振りほどいた。
直後、ウルトラマンヴァイスの姿は掻き消え、その場は完璧な無人と化していた。
遠く離れた異なる場所への瞬間移動――超能力の代名詞の一つであるテレポーテーションだ。

この日、地球上で最大規模のハイヴが死んだ。
地球人ではなく異星人の手によって、あっけなく終わったのだ。
後日、地表に残っていたモニュメントさえも、ヴァイスが必殺光線にて周囲のBETAごと破壊し尽くしたという。





*****

そして、その後日。上にも下にも、オリジナルハイヴ完全壊滅から12時間が経過した頃。
日本を含む全世界が大パニックにも近い騒ぎを起こしていた。その原因は語るまでもなく、黒い巨人がオリジナルハイヴを攻略したことだ。
本を質せば地球のユーラシア大陸の殆どがBETAに奪われたのは、カシュガルに降下したソレこそが全ての元凶。
諸悪の根源とも言える巣窟の排除は全人類の望むところだっただろう。
もしこの偉業を為したのが地球人なら、全ての人々が大粒の嬉し涙を流しながら口々に感謝と賛美の言葉を惜しみなく告げていったに違いない。
だが、人類に30年の猶予を与えた救世主は地球人ではなく正体不明の巨人だ。

軍部にしろ政界にしろ、いよいよ以て黒い巨人は人間の味方なのでは、という考えを濃くせざるを得なくなっていた。
人間の味方ならこれ以上に頼もしい存在はいないだろうが、それでも何も知らない彼らの疑問は尽きない。

彼は何者なのか?なぜ地球に現れたのか?なぜBETAを倒したのか?なぜ人間に味方するのか?
そもそも、彼は何の目的があって今こうしているのか?

これらの疑問の答えを得る機会は、少し遠くの未来になるまでわからないだろう。
ただし、少人数ながらの女たちを除いては。





*****

横浜・柊町。
香月夕呼は約束通り、この場所に来ていた。
正確に言うと、この街を一望できる高い丘に来ていたわけだが。

「夕呼」
「なに、まりも」

勿論、世界が誇る頭脳は伊達ではなく、最も信頼における親友を護衛役として随伴させている。

「本当に大丈夫なのよね?」
「さぁね」

神宮寺まりも。
香月夕呼にとって唯一無二の親友であり腐れ縁ともいえる女性。
今は帝国軍において後進を育てる鬼教官として活躍しており、育て上げられた衛士たちは夕呼の直属たるA-01部隊に配属されている。

「さぁねって……もしメッセージを送った相手が、危険な存在だったら……!」
「だとしてもね、まりも。あたしは確かめなくちゃ気が済まないのよ」

まりもと夕呼は共に軍属。
しかし、階級では夕呼はまりもより上であり、本来なら敬語で接するべき相手だ。
だが、夕呼はそういった軍規を嫌う傾向があり、なにより親友という立場故に、私的場では対等に言い合っている。

無論、まりもとしても正体不明の巨人が本当に人間の味方かどうかについては半信半疑だ。
その巨人がもし正義の使者なら正に救世主だが、敵と化せば破滅の魔王となりかねない。
それだけの力をあの巨人は単独で持ち合わせていることは、既に周知の事実なのだから。

もしかしたら親友の言う通り、これは自分を亡き者にするための罠かもしれない。
だとしても、夕呼はメッセージの送り主の正体を確かめたかった。
未来の00ユニットを名乗る人物の正体を、そして黒い巨人の正体を。
人類の命運を賭けたオルタネイティブIVの最高責任者として、これは逃げてはならない試練と言えた。

そして、

――ビカァァァァァン……!――

「「―――ッ!?」」

天空より降り注ぐ紫色の妖しくも輝かしい光。
それは以前、モニターで観た巨人の放つモノと全く同じ光。

光源は空高き位置よりゆっくりと二人のいる地上へと舞い降りてくる。
だが、その大きさは55メートルという巨体ではなく、およそ2メートルと、成人した人間と大差ないサイズだ。

『…………』

そして彼は地上へと足をつけた。
その姿は紛れもなく、鎧を纏った黒い超人。

「……ウルトラマン……」

夕呼は無意識に、自分でつけた名前を呟いていた。

『なぜ、我らの称号を知っている?』
「へ……?」

巣頓狂な声が出た。
個人的な思い付きでつけた筈の呼称コードのつもりが、まさかのドンピシャだったとは。
いや、もっと気に掛けるべきことがある。

「貴方……地球の言葉を……」
『この程度のことで驚かないでくれ』

夕呼とまりもは、顎が外れそうな思いになった。
謎の超人がこうして当たり前のように人間と言語を用いてコミュニケーションをとっているのだから。

『今日、私が君たちを呼んだのは、他ならぬこの星の未来のためだ』

ゴクリと、二人は喉を鳴らして緊張感で身体を固めた。

『私には……いや、タケルとスミカには君たちの助けが必要不可欠だ』
「たける?」
「すみか?」

何処にでもありそうだが、二人の記憶にそんな名前をした人間の知人はいない。

「誰よそいつら?」
『私をこの星に呼び寄せ、そして私と一心同体となっている者のことだ』
「い、一心同体!?」
『そうだ。私とタケルは今、融合状態にある。彼を命を救うために、私の生命エネルギーを共有する手段として』

荒唐無稽な話だが、この超人――ウルトラマンなら可能なのやもしれない

「つまり、タケルって奴は、此処にいるのね。貴方と一緒に」
『そうだ。スミカは別の場所で待たせてあるがな』
「そいつも今ここに連れてくることは出来る?」
『無論だ』

即答した黒い超人。
彼は両腕をクロスさせ、唸り声を低く出しながら全身に力を込める。
そして、

『―――ジュアッ!』

掛け声と同時に、ヴァイスは能力を解き放ち、テレポーテーションを応用する形で発動した。
それによって、

――ピカッ!――

淡い光が三人のすぐ近くに発生し、次第に人の形となっていく。
そうして現れたのは、長い赤髪を黄色いリボンで留めた一人の18歳あたりの少女。
彼女が姿を見せたと同時に、ヴァイスの姿も淡い光に包まれ、それが消えると18歳相当の青年が佇んでいた。

「「…………」」

立て続けに起こった超常現象の数々に、夕呼とまりもは絶句する。
だが、何時までも驚き慄き、黙っているわけにもいくまい。
彼女らは先んじて、目の前にいるタケルとスミカに話しかけた。

「貴方達が、タケルとスミカ?」
「はい。先生……!」

まるで、平和な学校で朝の出席をとるかのように、二人は穏やかながらも元気な声で返事をした。




後書き

どうも、ラージです。
毎度のことながらロキのほうが遅筆ですみません……。

そこで皆さんのお暇を凌げたら、と思い、以前「にじファン」で書いていたウルトラマンにマブラヴをクロスさせた作品を投稿します(注:本編の二話だけです)。

後日、色々と書き溜めていた設定を投稿したら締める予定なので、もし楽しんで頂けたら幸いです。



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