――激しい砂嵐だった。

 砂漠の生物ですら身を隠す砂嵐の中に一つの影があった。

 それは、一人の男だった。

 男の格好は傍目から見ても、立派な物だった。

 白い軍服らしき服に、腰から掛けられた豪奢な剣。

 吹き荒れる砂が肌に突き刺さる。まるで、ここから先に進んではいけないと男を止めているようだった。

 しかし、男は引き返す事は無かった。

 男はそのまま砂嵐の中を突き進む。吹き荒れる砂のせいで1m先も見る事が出来ない。
この砂嵐が止む事はあるのだろうか。

「……そろそろ見える筈なのだが」

 顔に突き刺さる砂を無視し、男は一人呟く。どうやら男は何かを探しているようだった。
そのまましばらく歩いていると、彼の目に一つの廃墟が映った。

 男は廃墟を見つけると、その険しい顔に微笑を浮かべた。どうやら、あの廃墟が男の目的なのだろうか?

 その廃墟はかろうじて形を保っているような物であり、いつ崩れてもおかしくなかった。

 男が廃墟の中に入ろうとした。

 ……カラリ

 廃墟の入口付近で何かが落ちる音がしたので男が視線を向けると、
そこには建物の壁が崩れたのか小石が転がっているだけだった。

「……」
  
 男の注意が小石へと向いた瞬間、上から黒い影が覆いかぶさるように降ってくる。
 
 男は咄嗟に腰の剣を抜き、降って来た何かを弾く。

 金属と金属がぶつかり合い、廃墟の中に一瞬の火花と金属音が起こる。

 男が弾いたのは、一人の少年だった。年は6歳程だろうか。少年は見るからにボロボロのローブを纏っており、
その手には真新しい軍用ナイフが握られていた。

「……チッ」

 少年は舌打ちをするとナイフを構え、走りだす。
 
 廃墟内に点在する物の影から影へと動き、少しづつ男に近づいていく。

 その動きに無駄は無く、人間というよりも獣のソレに近かった。

「貴様に一つ聞く! ここ数日で我が軍の兵士を襲ったのは貴様か?」
 
「……」

「沈黙は肯定と取る。捕縛させてもらうぞ!」

 剣を抜き、正眼に構える。

 少年は影から出ずに男の動きを見つめる。

 確実に男を仕留められる時を待つかのように。

 一体どれほどの時間こうしていただろうか。
睨みあってから既に10分が経過しようとしていた。
 
 このままでは埒が明かない。

 男はそう考えたのか敢えて隙を造りだした。

 少年はその隙を見逃さず、影から飛び出し、ナイフで襲いかかった。

「……未熟!」

 男は少年のナイフを弾き、空いた片手で少年の腕を掴み、拘束した。

「くそっ、離しやがれ!」
 
 拘束から逃れようと暴れるが、所詮は子供の力。
大人の、それも鍛えられた軍人の力から逃れる事など出来るはずもなかった。

「小僧、貴様は何故ここにいる。親はどうした?」

「知るか! 俺はずっと一人だ! 親? そんなもん顔も知らねぇよ!」

「つまり、この技術は全て独自で身につけた、ということか」

「それがどうした! 生きる為だ!」

 男は感心していた。

 この少年は誰かに教えられるでもなく、鍛えられた軍人を襲えるまでの技術を自力で身につけたと言うのだ。

 この少年を自分が鍛えたらどれほどの戦士、いや騎士になるのだろか。
 
 男の中にそんな考えが浮かんだ。

「小僧、生きたいか?」
 
「当たり前だろ! じゃなきゃこんな事しねぇよ!」

 男の言葉に少年は噛み付く。

「だが、貴様は私に捕縛された。つまり貴様の命は私が握っている、ということだな」

「チッ。じゃあさっさと殺せばいいだろ!」
 
「ここで貴様を殺してもいいが、一つ提案がある」

「なんだよ」

「小僧、私の下に来い」

「は?」

 少年は自分を拘束している男が何を言っているのかが分からなかった。

「何が目的だよ」

「お前のその才、ここで散らすのは惜しい。どうだ? 私の下に来ないか?」

「それはあんたの手下になれって事か?」
 
「部下ではない。私の息子となれ」

「あんた、頭おかしいのか?」

「なんとでも言え。それで返答は?」
 
「…………名前」

「む?」

「あんたの名前は?」
 
「私の名はビスマルク・ヴァルトシュタインだ。小僧、貴様の名は?」
 
「名前なんざねぇよ。あんたが付けてくれ、『親父』」

「いいだろう、今日からお前の名は…………」









「……ント。……ラント。いい加減に起きろ! セグラント!!」

「……んぉ。なんだよ、エディ。人が折角良い気分で寝てたってのに」

 セグラントと呼ばれた青年は無理やり叩き起こされた事が不満なのか、自らを起こしたエディを睨む。
エディはそんな彼の様子に肩を竦めた。

「折角起こしてやった友に対して何て言葉だ。時間になったから起こしてやっただけだってのに。
というか、睨むの止めてくんねぇ? お前に睨まれると心臓がこう、キュッと縮まっちまう」

「目つきは生まれつきだ。ほっとけ」

 セグラントはエディに軽く返しながらベッドから立ち上がる

 身長はおよそ2m程、体はくまなく鍛え抜かれており、目は猛禽類を思い起こさせる。
彼は寝癖のついた髪を手で軽く後ろにやる。その動作だけで彼の髪は獅子の鬣のようになった。

「セグラント、いつも思うんだがお前って何を食ったらそんなにデカくなるんだ?」

「肉だ、肉を食え。後は適当に頑張れ」

「なんて参考にならないんだ。……あ、話してる場合じゃなかった。早くいかねぇと
訓練が始まっちまう!」

「そいつぁやべぇな! 遅刻なんぞしたって事が親父に伝われば鉄拳が何回降ってくる事になるやら」

「ヴァルトシュタイン卿はおっかなさそうだからな」

 セグラントとエディはそんな事を言いながら部屋から出て、全力疾走で駆けて行った。



 

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