神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアには夢がある。
 それは世界の人々全てが幸せになれる世界。
 子供の理想と笑う大人もいるだろう。
 所詮は絵空事と相手にされないこともあるだろう。
 だが、それでも彼女はこの純粋な想いを捨てる事は無かった。
 ユーフェミアの根本にして、彼女を彼女足らしめる優しさがこの願いを消す事なく、
持たせ続けてきた。

 そして今、彼女はある人物と共に願いの第一歩となるやもしれない事案を進めていた。
 事案の名を『行政特区日本』と言った。
 これはブリタニアによってエリア11となった日本を一部地域ではあるが解放し、
エリア11ではなく日本として認めるという物だった。
 この事案は彼女の姉であるコーネリア等に反対されたが、彼女はそれで止まる事なく、
遂にはその働きを認めさせる所まできていた。
 行政特区日本への参加に特別な資格は必要なく、申請さえすれば誰でも日本人の名を
取り戻す事が出来るというこの事案を誰よりも喜んだのは言うまでもなくエリア11に
いる元日本人達だった。
 行政特区日本の噂がエリア11中に広まる頃には諦めが殆どを占めていた彼等の心に
清風がそよいでいた。日本人に戻れる、イレブンでは無くなる、という思いで彼等の目
からは諦めは消え、輝きを取り戻しつつあった。

 ユーフェミアが行政特区日本を造る上で協力を申し込んだのは今ではブリタニアで
知らぬ者はいないであろうテロリスト集団『黒の騎士団』だった。
 彼女が黒の騎士団に協力を申し込んだのには当然の事ながら理由がある。
 それは黒の騎士団のリーダーである仮面の男ゼロだった。
 ゼロの正体は誰も知らない。それが世間の認識である中、彼女のみは確信に近い形で
ゼロの正体に気がついていた。
 ゼロの正体は幼き頃に共に話し、遊んだルルーシュであると確信していた。
 なにか証拠がある訳ではない。
 だが、彼女は確信していた。ゼロはルルーシュである、と。

 そして彼女は彼に接触し、自身の願いを彼に打ち明け、彼の協力を得る事に成功した
のである。この二人の接触は行政特区日本を造る上で大きな意味を持った。
 黒の騎士団は今ではエリア11では英雄視されることも少なくはない組織であり、
エリア11においての影響力は計り知れない。
 そして、ユーフェミアの方は第三皇女としてブリタニア側に大きな影響力を持つ。
 こうして行政特区日本の事案は異例の速さで進んでいったのである。
 ユーフェミアの願った優しい、幸せな世界への第一歩。行政特区日本の設立は大々的
に報道される。
 誰もが一度は夢見る平和で幸せな世界。そんな世界が後少しで見える。


 EU戦線から本国へ戻る途中にあったセグラント達もまた注目していた。
 移動用の輸送機に揺られ、本国へと帰還しようとする彼等は中継映像に視線を向け、
これから始まるユーフェミアの演説を待っていた。

「あのお姫様、結構やるのね」

「ああ、ビックリするぜ。まさか、弱肉強食を国是とするブリタニアの、しかも、
第三皇女がこんな事案を進めるとはってな」

「でも、悪くは無いと思ってしまうのは皇帝陛下の騎士として失格かしら」

「さあな。思うだけならいいんじゃねえの?」

 思うだけならば良い。だが、口に出してはいけない。
 セグラント達はブリタニアの軍事の頂点に立つナイトオブラウンズなのだ。
 つまりはブリタニアの看板である。その看板が色を、思想を変えてはいけない。
 彼等は弱肉強食思想の体現者神聖ブリタニア帝国皇帝の騎士なのだから。

「……スピーチ始まるみたい」

 アーニャの呟きで彼等の視線は再びモニターに向く。

 行政特区日本の完成を祝うセレモニーを行う会場は人で埋め尽くされていた。
 そんな中に行政特区日本の立役者であるユーフェミアが歩み出てくる。
 その場にいる全員が彼女の言葉を待つ。

「日本人の皆さん、こんにちは。今日は良く来てくれました。そして……」

 一度言葉を切り、晴れやかに。

 いつもの彼女と何ら変わりの無い優しい声で。

 濁りのない瞳で、先を見ながら。

 優しい笑顔のまま告げる。

「死んでください」

 ユーフェミアが何を言っているのかが分からなかった。
 それはこの報道を見ている者、実際に会場にいる者、全員に共通したものだった。

 しかし、分からなくともそれは起こった。

 ユーフェミアはアサルトライフルを構え、近くにいるイレブン、日本人を撃った。
 
「日本人は皆殺しです!」

 会場に悲鳴が木霊する。
 会場に集まっていた日本人達は我先にと逃げ出すが、ユーフェミアはそんな彼等を
後ろから撃つ、撃つ、撃つ。

 呆然としていたブリタニア兵士等は我に返った者からユーフェミアを取り押さえようと
するが、ユーフェミアは彼等を振り払い銃を乱射する。

 兵士達が振り払われていく中、ダールトンは一人ユーフェミアを押さえ続ける。

「ユーフェミア皇女殿下、どうか落ち着いてください! 御身に何が起きたのですか!?」

「放しなさい! 私は日本人を殺さなければならないのです! 放しなさい!」

 ユーフェミアはダールトンを振り払おうと暴れ続ける。
 そして、一発の銃弾がダールトンの腹部を貫く。

「ぐぅっ。皇女、殿……下ぁぁぁ」

 ダールトンは腹を押さえながらもユーフェミアに手を伸ばす。
 しかし、彼の手が彼女に届く事は無かった。

 ユーフェミアもまた自らが撃ったダールトンの事を省みることは無かった。

「日本人は皆殺しです」

 壊れた玩具の様に同じ言葉を唱えながら。笑顔で。

「どうなってやがる!? どうして姫さんが!」

「分からないわよ! セグラント、貴方はユーフェミア様に会ったことあるのよね?
こんな事をするような方だった?」

「んな訳がねえ! 姫さんはこういう事、殺しはやらない人間にしか見えなかった!」
 
 ユーフェミアの身に何が起きたのか分からないセグラント達。
 その間にも中継映像ではユーフェミアが笑いながら日本人を撃ち抜いていく。

 悲鳴を上げるだけだった日本人達の間を一人の男、ゼロが歩いて来る。
『ユーフェミア! やめるんだ! 君はこんなことをする人間ではないだろう!』

 ゼロは叫ぶ。
 その声には後悔の響きがあった。
 その声には怒りの響きがあった。
 その後悔は、怒りは誰に向けた物なのか。

「日本人は皆殺しです!」

『くっ、ユーフェミア。すまない』

 ゼロは懐から拳銃を取り出し、構える。

 ユーフェミアはゼロの構えた拳銃は目に入っていないのか、アサルトライフルを
撃ち続ける。そして、ゼロの持つ拳銃から放たれた弾丸に撃ち貫かれた。

「おい! この輸送機は今何処にいる!?」

「現在はエリア11上空です。それが何か?」

「俺だけでいい。エリア11で降ろせ!」
 
 セグラントは歯を剥きながら、輸送機の機長に告げる。
 彼の顔には焦りと困惑があった。

 そんな彼の脇腹をアーニャがつつく。

「……セグラント。私たちは本国に戻らなくちゃいけない。私たちは……」

「分かっている! 俺たちは叔父貴の騎士だって事は! だが、俺は姫さん達を知って
るんだよ! あんな事をする奴じゃねえって知ってんだよ! くそ、俺は何を言ってる
んだ!」

 頭をガシガシと掻き、荒く息を漏らす。

「セグラント一回落ち着いて。確かに私たちは皇帝陛下の騎士よ。でも、それと同時に
私たちはブリタニアの騎士なのよ。ブリタニアの皇族に変事があったのならば許可さえ
とれば動いてもいいはずよ」
 
 モニカはナイトオブラウンズに支給される専用の緊急用通信機を操作し、本国に繋ぐ。
 通信は直ぐにシャルルに回された。

『我が騎士クルシェフスキー。どうしたのだ?』

「は。皇帝陛下も既にご覧になられているかと思いますがエリア11にて第三皇女、
ユーフェミア殿下に変事が起きたようでして、丁度我々はエリア11上空にいるため
様子を見にいきたいのですが」

 シャルルは通信機の向こうで顎に手をやり、何かを考えているのか目を瞑る。

『ふむ。放っておけ、と言いたいところだが様子を見に行く事を許可しよう』

「よろしいのですか?」

『構わん』

 シャルルはそれだけ言うと通信を切った。

「ですって。良かったわね、セグラント」

 モニカはセグラントの方を向き、微笑む。
 セグラントはバツの悪い顔を浮かべる。

「……世話かけたな」

「何を今更。貴方の支援なんてそれこそどれだけやってると思ってるの。さ、行きましょ」

「ああ」

 セグラントは機長に指示を出し、エリア11へと向かう。

 この時、機内にいる誰もが気づいていなかった。

 アーニャが自身の手を顎に当てていたのを。



 

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