ナイトオブラウンズに与えられる部屋の中でモニカは一人コーヒーを飲んでいると
ノックの音が響いた。

「開いてるわ」

 それだけを言うと、扉はギィという重厚な音を立てながら開き、尋ねてきた人物の姿を
露にした。尋ねてきたのはセグラントだった。彼はいつものナイトオブラウンズの装束に
なぜか花束を抱えていた。

 花束を持ったセグラント、余りの似合わなさに一瞬コーヒーを吹きかける。

「どうしたの、セグラント。は、花束なんて持っちゃって」

「……折角の有給だからよ。アイツの所に顔でも出しにいくか、と思ってな」

 アイツ。その言葉だけでモニカは全てを察した。

「……そうね。ちょっと待ってて、すぐに準備を終えるから」



 神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンから車で数時間。
 小高い丘の上にセグラントとモニカの姿があった。

 彼等の前には一つの石碑、墓標があり、墓標にはセグラントとモニカの親友であった
人物、『エディ・マクシミリアン』の名が刻まれている。

 セグラント達は墓標の前に立ち、持ってきた花を捧げる。

 しばらくの間、二人の間には何の会話も無かった。
 時折聞こえてくるのは鳥の鳴き声と木々や草が風で揺れる音。

「よお、また来たぜ」

 セグラントがようやく口を開き、墓標に手を添えながら言う。
 その口調にいつもの様な粗暴さは見えず、優しく落ち着いた声音だった。

 セグラントは着ていたナイトオブラウンズのマントを墓に見せつけるように広げる。

「見ろよ、このマント。お前が逝っちまった後に任命されたんだ。すげえだろう?
俺の戦いが叔父貴、皇帝陛下に認められたんだ」

 ポツポツと今まで起きた事を語る。
 
 まるで目の前にエディが居るかのように。

 最初は静かにその様子を見ていたモニカだったが、途中からは彼女も話に参加し、
色々な事を墓標に語る。

 そうして如何ほどの時間が経ったのだろうか。
 高く昇っていた太陽は沈みかけていた。

 段々と肌寒くなってきた所で、

「ちょっと外すわ」
 
 そう言って丘を降りていった。

 残されたセグラントはソレに軽く手を振るだけで、再び墓標に語りかける。

「なあ、エディ。俺はお前に話した夢の通り最強を目指すぜ。親父を超えて、まだその上
がいるってんならそいつも超えてやる。そんで最強になった後はお前と話した通り世界を
旅してやる。どうだ、羨ましいだろう? お前がやりたかった事を全部やってやる!」

 腕を大きく広げ、自慢するかのように報告を続ける。

 気がつけば空は既に暗くなりかけており、太陽は沈み、月がその顔を覗かせていた。
 月の光が優しくセグラントと墓標を照らす。

 セグラントはスッと立ち上がり、墓標に背を向け歩き出す。

『またいつでも来いよな。相棒』

 懐かしい声が聞こえた気がして、振り返る。
 当然のことだが、そこには誰もいない。
 
 だが、確かに聞こえた。

「ああ、今度来る時は俺は親父を超えてみせるさ。じゃあ、またな。……相棒」



 モニカは不思議な光景を見ていた。

 少し、エディと二人きりにしてあげようと思い席を外したのだが、やっぱり少し
気になって丘の麓からセグラントの様子を見ていた。

 彼はまるでそこにエディが居るかのように、身振り手振りを加えながら今まで
起きた事を語り、楽しそうに笑顔を浮かべている。

 彼のあんな笑顔は久しく見ていなかった。

 軍学校にいた時や、エディが生きていた時ぐらいの物だろう。
 
 セグラントにあんな笑顔をさせられるのはエディだけ。

 そう思うと少し悔しい。

 一緒にいる時間ならば私も同じ位だ。
 それでも何かが違う、というのなら性別の差だろう。

 女である以上男にはなれない。
 女にしか分からない事もあれば男にしか分からない事もある。

 あれはそういった所の違いなのだろう、と自分を納得させる。

 それから如何ほどの時間が経ったのだろうか。
 月が昇り、セグラントと墓標を照らす。

 その時だった。

 セグラントが墓標に背を向けた時、目の錯覚だろうか。

 だが、そこには確かにエディが立っていた。
 
 思わず声を上げそうになったモニカにエディは人差し指をソっと口に添える。
 いつもの悪戯小僧のような笑顔で。
 
 エディはセグラントに何を話しているのだろうか。

 聞こえはしないが、大体の予想はつく。

 セグラントが振り向いた時にはもうエディの姿は無かった。

 セグラントは墓標に向かって何かを言い、手を軽く振り、丘を降りてくる。

 エディの姿を見たことを言うべきか迷ったが

「……化けて出てきやがった。まったくよお、さっさと成仏しやがれってんだ」

 そう言って笑う彼を見たら自然と口は閉じており、何も言う気にならなかった。
 見えなくても、そこには確かに絆があった。
 
「……なんだかズルイな」

「何がだよ」

「あなた達がよ。まったく軍学校では三人組だったはずなのに……」

 ブツブツと愚痴を零すモニカにセグラントはどうしたものか、と鼻の頭を掻く。
 そんな彼を見たモニカは微笑みながら、彼に手を差し出す。

「ふふ。まあいいわ。さあ帰りましょう」

「そうだな、帰るか」

 セグラントはモニカの手を握る事は無かったが、彼女の横に並び歩く。
 空から月が二人を照らし、二つの影が並ぶ。
 


 エディの墓参りを終えてから二日程経った頃、セグラントは一人シャルルに呼び出しを
受けていた。ナイトオブラウンズの正装に身を包み、謁見の間へと続く廊下を歩く。

「ナイトオブツー、只今参上しました」

「よくぞ来た、我が騎士よ」

 決められた挨拶をこなし、シャルルからの次の言葉を待つ。

「セグラントよ、顔を上げよ」

「はっ」

 セグラントが顔を上げるのを確認すると、シャルルは一呼吸置いてから告げた。

「これから密命を与える。これは他の者に知られてはならない」

「…………」

 密命。その言葉にセグラントは自身の体に力が入るのを感じた。

「よいか、セグラント。これからお主はエリア11へと再び赴き、ある者を我の前に
連れてくるのだ。ただし、生きたままでだ」

「分かっ、分かりました。それで、その人物の名は?」




「その者の名は、ナナリー。ナナリー・ヴィ・ブリタニアだ」



 

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