ナナリー・ヴィ・ブリタニアを連れてこい。
 シャルルからの密命としてこれを引き受けることとなったのは良いのだが、シャルル
はエリア11にいるという事しか彼に言っていない。
 
 シャルルは後は同伴する者に聞け、とだけ告げ去っていってしまったためこれから
の事をセグラントは知らなかった。一応集合場所は告げられていた為、取り敢えずは
そこに向かう事にしたセグラント。
 集合場所として指定されたのはとあるヘリポートだった。
 ヘリポートに向かう途中の通路を歩いていると、そこに見慣れた顔があった。

「アーニャじゃねえか。どうし……」

 セグラントは声を掛けようとしてやめた。
 何故なら、今のアーニャは喜悦に満ちた笑みを浮かべていたからである。

「……叔母御か」

「叔母御か、とはご挨拶ね。そんな子に育てた覚えは無いのだけれど?」

「俺は貴方に育てられた覚えはありませんよ」

 マリアンヌはそんな彼の反応を楽しんでいるのか、口元に手を添えコロコロと笑う。

「当たり前じゃない。今のは様式美みたいなものよ」

 そういった彼女を見て、やはり目の前の人物は苦手だと再認識をするセグラント。

「それで、今回は何で出てきているんですか?」

「何故って、決まっているでしょう? 私の愛しい娘を迎えに行く騎士様の見送りよ」

 愛しい娘、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの事か。
 そう言えば、彼女は叔母御の実子だったな、と思い出す。

「それはどうも。じゃあ俺は急ぎますんで、失礼しますよ」

「ふふ、そんなに邪険にしなくてもいいでしょう。まあいいわ。そうだ、セグラント。
一つだけ言っておくわ」

「……なんでしょうか?」

「同伴者には気をつけなさい」

「は? それは、どういう……」

 彼女の言葉の真意を確かめようにも彼女は答える気は無いようでこちらに手を振るだけ
だった。マリアンヌはそれだけを言うと、セグラントに背を向け去っていった。
 
 

 ヘリポートに辿りついた彼を迎えたのは10歳程の少年だった。
 だが、セグラントは感じていた。
 目の前にいる少年に対し、自身が言い知れぬ恐怖を感じているのを。
 姿は少年である筈なのに、そう思えないのは一重に彼の目にあった。

 全てを見抜かんとする鋭い眼光。こちらを品定めするかのような視線。
 
 それら全てが彼がただの少年ではない事をセグラントの本能が告げていた。

「僕はV・V。君が、シャルルの言っていた騎士かい?」

 鈴のような声が投げかけられる。

 皇帝であるシャルルの事を呼び捨てにしているV・Vと名乗る少年が何者かは
分からない。分からないのならば考えなければいい。

「は。皇帝陛下から命を受けたナイトオブツー、セグラント・ヴァルトシュタインです」

 一応の敬語で答える。
 セグラントの答えに納得したのか、どうかは不明だが少年は彼から視線を外し、
ヘリポートに止まっているヘリコプターに乗り込む。
 
 セグラントも彼を追う形で乗り込んだ。



 エリア11へと向かうヘリの中でV・Vとの会話はなく、ひたすらに時間のみが
過ぎていく。そんな中、ふとV・Vが口を開いた。

「君はシャルルの騎士だったね」

「……は」

「…………君はシャルルの為なら命を捨てられるかい?」

「は?」

「答えてよ」

 V・Vの目には危険な光が宿っていた。
 それは一切の虚偽を許さない、という意志の表れか。
 
 故にセグラントは答える。

「俺は皇帝陛下の、帝国の騎士です。それが帝国の為ならば捨てられるでしょう」
 
 この答えにある程度満足がいったのかV・Vは頷き、視線を外す。

 セグラントは内心で安堵していた。
 先程彼はああ答えたが実際の所は少し違う。

 セグラントは帝国の為に身を粉にするつもりは毛頭ない。
 彼が戦働きをするのは単純に義父であるビスマルクの為である。

 セグラントはシャルルを叔父貴と呼び慕ってはいるが彼が一番に慕っているのは
ビスマルクである。億が一にも有り得ないが、もしもビスマルクがブリタニアを見限った
場合はセグラントもそれについていくことだろう。

 普段は決して口にすることはないが、それほどまでにセグラントの中のビスマルク
に対する想いは大きい。浮浪児であった彼を拾い上げ、騎士まで育ててくれた人物。
彼がいたからこそ今の自分がある。その義父の為であるならば彼はどのような任も
こなす気持ちでいた。

 そこに叔父貴と慕うシャルルに対する忠義が入る余地は無い。
 もしも、V・Vの質問がビスマルクとシャルルどちらになら命を賭けられるか、という
問いであったならばセグラントは迷わずビスマルクと答えていただろう。
 しかし、だからといって完全に忠が無いわけではなく、単に一位と二位という優先順位
の違いがあるだけだである。故に、先程の質問の答えに虚偽は入っていなかった。

「……そういえば対象の所在地をまだ聞いていなかったのですが」
 
 再び静寂に包まれた機内の中で尋ねるセグラント。
 彼の問いに対し、V・Vは視線を向けることなく答えた。

「目的地はエリア11にあるアッシュフォード学園。そこにいるよ」



 その日、ナナリーはアッシュフォード学園の一角に存在するクラブハウスにいた。
 兄であるルルーシュは近頃何かを始めたようで忙しく動き回っているため、此処には
いない。そして、彼等の世話役としているメイドの咲世子もまた席を外していた。
 そのため、彼女は今一人だった。

 そんな折り、クラブハウスの呼び鈴が鳴る。

 本来ならば咲世子が応対するのだが、今彼女はいない。
 
 ナナリーは車椅子を巧みに動かし、玄関に向かう。

「……はい、どちら様ですか?」

 いきなり扉を開ける事はしない。
 まずは相手を確認する。

「ナナリー・ヴィ・ブリタニア様ですね? 俺、私はブリタニアの者です。
皇帝陛下のご命令によりお迎えに上がりました」

 そう聞こえた瞬間、ナナリーは自身の心臓を鷲掴みにされた気になった。

 ナナリーは震える声で返す。

「そ、それはどなたでしょうか。人違いではありませんか?」

 なんとか振り絞った声に扉の奥の人物はどこか困ったような声で、

「あ〜、やっぱそう言われるよな。というか叔父貴の考えが分からんしな。
まあ、取り敢えずだ。すまんね、ナナリー様。こっちも命令なんだ」

 そう言うと、扉がミシミシと音を立てる。
 そして、ボギンという大きな音と共に扉が壊された。

 壊された扉から風が吹きこむ。

 扉を破壊した人物、セグラントはナナリーの姿を見て驚いていた。

 前情報としてナナリー・ヴィ・ブリタニアは身体に障害を抱えていると聞いていたが、
まさか足と目の二つだとは思わなかったのである。

 見えない、逃げられない、というのは如何ほどの恐怖であろうか。

 だというのに、彼女はナナリーは気丈に振舞おうとする。

 そんな彼女の様子を見たセグラントは笑う。

(なるほど、確かに叔母御の子だ。肝が座ってやがる。まあだからといって連れて
行かない訳にはいかないんだが)

「ナナリー様、ちょいと失礼するぜ」

 セグラントはそう言い、彼女を車椅子ごと持ち上げる。

「離して! 離して下さい! 助けて、お兄様!」

 車椅子の上で大声を上げるナナリー。
 流石にこれはマズイ、と思ったのかセグラントはナナリーを地に下ろす。

 するとV・Vがこちらにやってきた。
 彼はすばやく黒服に指示を出し、ナナリーにハンカチを当てる。

 すると彼女は意識を手放した。

 恐らくは睡眠薬の類を染みこませていたのだろう。

「なにをやってるんだい? 早く彼女をつれていくよ」

「……了解」

 セグラントがナナリーをV・Vに渡し、去ろうとした時、何かの飛び道具が彼の頭
めがけて飛んできた。セグラントはそれを避け、投げてきた方向に目をやる。

 そこにはメイド服を着込んだ一人の女性が殺気にみちた視線でこちらを見ていた。

「ナナリー様から離れなさい!」

「……ヴァルトシュタイン卿。僕達は彼女を連れて先に行ってるよ」

 V・Vはメイドを一瞥すると、すぐに興味を無くしたのか黒服に指示を出し、
その場を後にしようとする。

 メイドはそちらを追おうとするが、セグラントがその前に立ちはだかる。

「悪いな、メイドの姉ちゃん。こっちも命令でな。邪魔しないでくれるか?」

「……もう一度言います。直ぐにナナリー様をこちらに」

「……ふぅー。こっちももう一度言うぜ。邪魔しないでくれるか?」

 既に場は一触即発。
 だが、どちらも動こうとしない。

 セグラントはボクシングのファイティングポーズの様な構えを取り、メイド、咲世子
は見たことの無い短剣のような物を構える。

 そして、風で流れた一枚の葉がセグラントと咲世子の間を流れた瞬間に場は動いた。

 咲世子は一瞬にしてセグラントの視界から消え、消えたと思った瞬間にはセグラントの
死角から右手に持った短剣を頭めがけて振るってきた。
 
 それを振り向く事でかろうじて左手で弾くが、それにより左手から血が溢れる。

「おいおい、速いな。本当にメイドかよ、アンタ」

「…………語る事はありません」

 咲世子はそう静かに告げると、今度は真っ直ぐにセグラントに向かい走りだす。
 真正面から来るならば、動きを見ながらカウンターを狙うべきか、そう思ったのだが、
それは彼女が脱ぎ捨てたメイド服が彼の視界を奪う。

「んな!?」
 
 セグラントはいきなり脱ぎ捨てられたメイド服に驚きはするが、直ぐに拳を突き出す。
 突き出された拳はメイド服の裏にいるであろう咲世子を貫いたかのように思えたが、

「……ちっ」

 それは拳がぶつかった瞬間に自ら後ろに飛ばれた事でダメージを与えるには至らない。

 ――速いな。

 それがセグラントの感想だった。
 義父であるビスマルクはセグラントと同じパワー型であるため真っ向から勝負となる
事が多いのだが、目の前のメイドは違う。

 ただ純粋に速いのである。

 そして、その速さを卓越した技術により更に昇華させていた。

 宙を舞っていたメイド服が地に落ち、視線の先には黒一色の軽装に身を包んだ女性が
立っていた。その姿は正にエリア11の漫画でみた忍者だった。

「メイドの姉ちゃん。アンタ、NINJAだったのか」

「……答える義理はありません。次で決めます」

 メイド改め、忍者咲世子はまたもや姿を消す。
 時々、地を蹴る音が聞こえるところから完全に消えたのではなく、走っているのだろう
という事は分かる。だが、捕らえる術がない。ならば、どうするのか。

 そう、捕らえようとしなければイイ。

 彼は構えを解き、ただ待つ。

 そして、再び死角から短剣を振るう為咲世子が姿を表す。
 振るわれる短剣を今度は弾こうとせずに左腕で受け止める。
 深々と刺さった短剣はセグラントの強靭な筋肉によって抜けない。
 
 咲世子はセグラントの行動に驚き、ほんの一瞬だが隙を造ってしまった。

「……あんたの敗けだ」

 セグラントはそう言い、咲世子の腹に右の拳を叩きつける。

「か、はっ。……な、ナナリー、様」

 咲世子は最後までナナリーの名を呼び、その意識を手放した。

 地に伏す彼女を一瞥し、セグラントはその場を去っていった。



 

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.