嘘のない世界。

 それが神聖ブリタニア帝国皇帝シャルルの悲願。
 彼はその世界を確立するためならどんな事だろうとやってきた。

 その為にこうしてギアスという超常の力に手を出し、Cの世界と呼ばれる神の領域に
まで辿りついた。後はCの世界を使い、世界から嘘をなくすだけ。

 そうすれば生涯で唯一愛したと言っても過言ではないマリアンヌとの間に出来た子供
達との確執も消え、幸せになれるのだと信じて。

 嘘さえなくなれば全ては幸せになれる、そう信じこんで。

 だが、彼の願いは否定される。
 否定したのはマリアンヌとの子供であるルルーシュだった。

 ルルーシュはシャルルの悲願、嘘のない世界を自分達にだけ優しい世界と言った。

 否定された瞬間にシャルルに湧き上がったのは憤怒。
 20年も生きていない若造に何が分かる、と。
 私の人生には嘘しかなく、そこで生きていくのがどれだけ辛かったか分かるか、と。
 叫びたかった。

 いや、叫んでいたのだろう。
 だが、もう遅い。

 Cの世界における人間の体は精神体、魂の状態と言える。
 そんな状態で自身の心の支えであった悲願を完全に否定された今、彼の体は崩壊を
始めていた。崩壊する体を何処か他人の物の様に見つめる。

 横を見ればマリアンヌがいる。

 彼女の顔にはいつかと同じような微笑が浮かんでいる。
 その笑顔を見たら、これもまたいいかと思える。

 消えていく体で自身の理想を破壊した息子の姿を見る。
 ルルーシュは激情渦巻く目でじっとこちらを凝視していた。
 そんな息子の姿を見て、自然と頬が上がる。

 これが自身の行動の末に作られた親子の形か、と笑みは自嘲となる。
 ふと脳裏に浮かぶのはこんな自分に絶対の忠誠を誓った二人の騎士の存在。
 親子で自身の剣となってくれたビスマルクとセグラントの二人だった。
 
 あの親子は血は繋がらずともとても良く似ており、とても良い親子だと思う。
 何か気に食わない事があればすぐに実力行使に出て、喧嘩を始める親子。
 息子が勝つ日もあれば父が勝つ日もある。
 
 だが、どんな時でも喧嘩が終わった後には二人して笑顔を浮かべていた。
 拳と拳をぶつけ合い、本音をさらけ出す二人の間には嘘などなかった。

 シャルルは思う。
 立場があったとは言え、少しでも息子と正面から相対すべきだったのかもしれないと。
 まったく気づくのが遅すぎた。
 だが、最後にほんの少しだけ素直になってみようか。

 シャルルの体は殆どが消えている中で、小さく、されど万の想いを込めて呟く。

「ルルー、シュ。ナ、ナリー…………」

 お前たちの往く先に幸あらん事を……。


 この日、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアはこの世を去る
こととなった。彼の想いは子供たちに伝わる事はないだろう。
 それでも彼が最後に浮かべたのは笑顔だった。





「……陛下!?」

 裏切った艦の粛清を終え一時補給の為に艦に戻ったビスマルクは空を見上げる。
 空には何もないが、だが確かに感じたのだ。

 ビスマルクの封じられた片目からの激痛が訴えてくる。
 主君の命が消えていった事を。

「親父どうした? 顔を真っ青にしてよ」

「セグラントか。いや、何でもない」

 セグラントに言われて初めて自分の顔から血の気がなくなっている事に気付いた。
 そして同時に思う。
 今この事実を知られる訳にはいかない、と。

 ビスマルクはシャルルの股肱の臣であり、ギアスに関することやCの世界については
聞いていた。正直に言ってCの世界という場所がどういった所なのかは分からない。
 
 だが、それが主君の望みであるならばそれの為に幾らでもこの身を砕く決心もあった。
 しかし、片目が訴える。
 仕えるべき主君はもういない、と。

「……親父本当に大丈夫かよ」

「問題ない、と言っている。ひとまず陛下が戻られるまで我等はここで待機しているぞ」

「あ、ああ」

 先程から様子がおかしい父を心配しながらセグラントもその指示に従う。
 そしてセグラントは彼なりに父の様子がおかしくなった原因を考える。

 騎士の中の騎士にして至高の武人であるビスマルクは基本的に悩みとは無縁の人物
である。それは彼が完璧な人間であるという事ではなく、彼の行動の中心には必ず忠誠
を誓ったシャルルの存在があるためである。
 
 彼は全てをシャルルの為に動いているため迷いが生じる事は無い。
 だが、現に今のビスマルクは迷っている。
 そこから考えられるのは……。

(まさか、叔父貴と叔母御に何かあったのか?)

 ビスマルクに聞くべきかとも思ったが、言葉が喉から出かかった所で止める。
 父とて分からないからこうして不安になっているというのに自身がその不安を増長
させてどうするのだと己に言い聞かせる。

(待とう。叔父貴、叔母御、さっさと帰ってこいよ)





 アーニャはまたかと痛む頭を抱える。
 自分はシュナイゼル殿下の護衛として黒の騎士団の艦にいたはずだというのに、
目が覚めてみればまったく知らない場所の洞窟の前で倒れていた。

 直ぐ近くにモルドレッドが鎮座していたのでコクピットに乗り込み、現在位置の
確認を行う。そしてここがエリア11であり、すぐ近くに友軍がいる事も分かった。

(また記憶が無い……。なんなの、私は。嫌だ、もうこんなの嫌だよ)

 コクピットの中で膝を抱える。
 ポロポロと涙が溢れるが、それを止める事もせずに唯アーニャは泣き続けた。

 しばらく経ち、目元は赤くはなっているが気分も落ち着いてきたので、取り敢えず
友軍に合流しようと思いモルドレッドを浮上させる。
 
 先程は気にしていなかったが、上空に浮かんでいる艦の中にはナイトオブラウンズの
艦があった。アーニャはひとまず手近な艦に連絡を取り、モルドレッドを着艦させる。

 コクピットから降り立った彼女を迎えたのはモニカだった。

「アーニャ、どうしたの? 目が腫れてるわよ」

「…………何でもない」

 記憶がない、どうして自分が此処にいるのかが分からない。
 そんな事を言っても信じてもらえないだろう。
 だったら言わないほうが良い。

 モニカはアーニャの普段とは違う様子を疑問に思ったが、すぐに笑みを浮かべ、

「まあ、女の子には色々あるわよね。取り敢えずこっちに来て。何か飲みましょう」
 
 そう言ってアーニャの手を引く。
 何があったかを言わないアーニャもアーニャだが、ここで何も聞かずに彼女の手を引く
モニカも相当なものである。
 だが、今のアーニャにはその心遣いがとても嬉しかった。

「……ありがとう」

「何か言った?」

「なんでもない」






 結局、いくら待とうとも皇帝シャルルが帰還する事は無かった。
 しかし、ビスマルクを含めナイトオブラウンズは全員でその帰還を待とうとしたが、
第二皇子であるシュナイゼルの要請によりひとまずではあるが彼の艦へと赴く事
となった。艦橋に集められた彼等はシュナイゼルと対面する。

「シュナイゼル殿下、黒の騎士団との和平は?」

 ビスマルクが一歩前に進み臣下の礼を取りながらも尋ねる。

「ああ、上手くいったよ。……ところで父上、皇帝陛下はどうしたのかな?」

「…………現在もっとも安全な場所に退避しておられます」

 シュナイゼルの眼光が鋭くなる。

「ヴァルトシュタイン卿、もう正直に言ってはどうかね?」

「……っ。なんの事か分かりませんな」

「流石に言いづらいか。では私が言おう。父上は崩御されてのでは?」

 ビスマルクの思考は完全に止まった。
 何故、そのことを。

 これは我が心中に隠し通すつもりだったというのに!

「ありがとう。その反応で十分だ」

 シュナイゼルの言葉にビスマルクは奥歯を噛む。
 カマを掛けられた。
 そして知られてしまった。

 ビスマルクは他のナイトオブラウンズの様子を見る。
 やはりと言うべきか全員が呆然としていた。

「シュナイゼル殿下。殿下はその事実を知り如何されるおつもりか?」

「……今は何もしないさ」

「何も?」

「そう。私は今一つの懸案を進めていてね。その準備で忙しいんだ。ひとまず世間には
父上はしばし隠棲をしているとでも流そうか」

 彼はそう言うと近くにいた副官にそう指示する。

「それでヴァルトシュタイン卿。卿等はどうされる? 私と共に来るかい?」
 
 シュナイゼルの誘いにビスマルクは頭を振る。

「私は私でやるべき事がございますので此処で失礼させていただきます。
他のラウンズ達の意見をお聞きください」

 ビスマルクの言葉にセグラント達は一様に顔を見合わせる。

「……俺は親父と共にいくぜ」

「私も失礼させていただきます」

 まずセグラントとモニカがビスマルクの後に続く。
 残されたアーニャはしばし考えた後、セグラント達の後を追っていった。

 去っていったラウンズの背中を見ながらシュナイゼルは呟く。

「……惜しい戦力をのがしたかな?」

「問題はないかと。いずれ彼等も殿下の下に参集するでしょう」

「だといいがね」








 そしてシャルルが隠棲したという報道が行われてから一ヶ月が経った頃、突如として
全世界に向けてシャルルから放送があるという知らせが入り、世間を騒がしくした。

 世界中のメディアが帝都ペンドラゴンに集まり、シャルルが現れるのを待つ。

「皇帝陛下御入来!」

 儀典服を纏った兵士が大きな声で皇帝の入来を宣言する。
 しかし、奥から現れたのはシャルルではなかった。
 
 それは学生服を纏った一人の青年。

 その場にいる全ての人間が騒ぎ始める。

 そんな彼等を無視して青年は口を開いた。

「私が第99代ブリタニア皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」

 シャルルの後継を名乗るルルーシュに周囲の騒ぎは最高潮となった。
 そしてルルーシュの言葉はそれだけでは終わらない。

「第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは私が殺した」




 ビスマルク達、ナイトオブラウンズはヴァルトシュタイン領にある屋敷の一つでその
放送を見ていた。その誰もが開いた口を塞ぐことが出来なかった。

 だが、

「…………」

 ビスマルクはその拳を強く血が滲む程に握りしめていた。



 

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