「枢木ィィィィィィィ!」

 父の死を目の当たりにしたセグラントは激情のままにブラッディ・ブレイカーを
スザク目掛けて吶喊させる。
 
 ただ一直線にスザクのランスロットの首目掛けて飛翔していく姿には憤怒と悲哀、
おおよそ負の感情と呼ばれる全てが詰まっていた。

 今、セグラントの心中はグチャグチャになっていた。
 尊敬する父の死。
 目の前にいる仇。
 戦場への到着が遅れた事への悔恨。

 薬を盛られたからなど理由にならない。
 自分が遅れなければ父は死なずに済んだのではないか。
 そんな考えがセグラントの心中を支配していた。

 そのような調子でいつもの動きが出せるはずもなく、ブラッディ・ブレイカーの動きは
普段の精彩を欠いていた。

 故にスザクはセグラントの動きを見てなお動く気配も無くただセグラントを見ていた。

 吶喊してきたブラッディ・ブレイカーの牙をスザクは機体を軽く右に動かす事で
避ける。続いて振るわれる尻尾はMVSで斬り捨てる。

 尻尾を失った事でブラッディ・ブレイカーのバランスが崩れ、そこを見逃すスザクでは
無い。一撃、二撃、三撃。ランスロットのMVSが振るわれる度にブラッディ・ブレイカーは
その四肢を斬り落とされていく。

 MVSによる攻撃が止んだ時にはブラッディ・ブレイカーには必要最低限のパーツしか
残っていなかった。そして最後と言わんばかりに振るわれる一撃で翼を破壊された。

 地面へと落下していくセグラントは脱出機構を作動させる事も忘れ、憤怒の表情で
スザクを睨みつけるだけだった。
 
 地面まで後10数メートルといった所でガクンと機体が揺れる。

 何事かと思うと、見慣れた黄緑色の機体がセグラントを支えていた。

『随分と酷い有様ね。大丈夫?』

 通信モニターにモニカの顔が映し出される。

「…………ああ大丈夫だ」

(なにが大丈夫よ。今にも死にそうな顔をしてるくせに……)

 セグラントをゆっくりと地上に下ろし、モニカはスザクと相対する。

「さて、裏切りの騎士さん。覚悟はいいかしら?」

 モニカがそう告げるのと同時に遅れてやってきたジノのトリスタン、アーニャの
モルドレッドがモニカのフロレントに並ぶ。

 スザクはコクピットの中でランスロットのエナジー残量を見る。
 まだ余裕があるとも言えるが万全とは言い難い。

 この状況でラウンズ3人を同時に相手にするのは厳しいと判断した彼はクルリと機体を
反転させ帝都ペンドラゴンへと帰還していった。

 去っていくスザクを見ながらモニカは安堵の息を漏らす。
 こちらはラウンズ3人とは言え、スザクは最強の騎士と呼ばれたビスマルクと
ビスマルクに並ぶ武勇を持つというドロテアを破ったのだ。
 いくら数で勝ろうとも勝機は五分五分、いや行動不能となったセグラントがいる分、
こちらが不利だったろう。帰還してくれて良かったと思う。

「取り敢えず帰還しましょう。ジノ、悪いけどセグラントを運ぶの手伝ってくれる?」

『勿論です。先輩、大丈夫ですか?』

 ジノも声をかけるがセグラントからの応答はなく、代わりに聞こえてくるのは懺悔する
ようにブツブツと呟かれる言葉だった。

「親父、すまない、すまない……」




 ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインの葬儀は密やかに行われた。
 本来ならばナイトオブワンの葬儀とあれば大々的に行われるべきなのだが、今の彼は
世間から見ればブリタニア帝国に反旗を翻した人物なのだ。

 そういった理由から彼の葬儀への参列者は残ったナイトオブラウンズと
ヴァルトシュタイン家に仕える使用人達で執り行われた。

 静かに葬儀を終えたセグラントは暫く父の棺桶の前で一人静かに佇んでいた。
 モニカ達はセグラントを一人にしようという事で席を外していた。

「…………親父、何死んでんだよ。俺はまだアンタにKMFで勝ってないって言うのに」

「坊っちゃん」

 背後に気配を感じ、振り返るとセバスがそこにいた。

「セバスか。今は一人にして欲しいんだが」

「……そうですな。私も出来れば今は一人にしてあげたいのですが」

 そう言ってセバスは手紙を取り出す。

「これは?」

「亡き旦那様からです。あの方は出撃の前に私にこれを託されて往かれました」

 震える手で手紙を受け取り、恐る恐ると開いていく。
 そこには慣れ親しんだ父の文字があった。

『親愛なる息子セグラントへ。

お前がこの手紙を読んでいるということは私は敗れ既にこの世にはいないだろう。
敗れたというのは実に腹立たしいがそれは一重に私の実力が及ばなかったのだ。
私が敗れた事をお前が気にかける事はない。
だが、私が敗北したということは私に勝利した者がいるという事でもある。
ならば、お前がやるべき事は唯一つだ。
それは私の仇討ちや謝罪、懺悔、後悔ではない。
――――ただ勝て。
勝利し、最強の座をその手に掴め。
私の死に振り返る事なくただ真っ直ぐに真っ直ぐに突き進め。
もしかしたらお前は自分の力不足を感じているかもしれない。
だから、ここに書こう。

お前は強い。私よりもだ。
あの日、剣で勝負した時お前は単純に力ではなく技量でも私を超えたのだ。
自信を持て、セグラント。
お前は紛れも無く強者だ。

こんな事は恥ずかしいから口では決して言わなかったがな。許せ。
思えばお前が来てから私の人生は変わった。
陛下とマリアンヌ様の悲願を達成する為だけに存在していた私の人生に彩りをくれ、
陛下もまたお前と関わり少しだが笑まれる機会が増えていた。

あの日、お前を養子にしたのは決して間違いではなかった。
お前のお陰で私は自身の生に忠義以外の意義が生まれた。
ありがとう、セグラント。
私の息子になってくれた事を感謝する。

このままだと筆が止まる事はないだろう。
名残は尽きないが、ここで筆を置く。

最後にこれだけを伝える。
セグラント、お前は獣でもない騎士でもない。
獣を超え、騎士を超え、万物を超え、真の戦士となれ。
これが私がお前に送る最期の言葉だ。

お前の父、ビスマルク・ヴァルトシュタインより無限の感謝と愛を込めて』


 頬から伝う雫が手紙に染みをつくる。

「坊っちゃん、いえセグラント様。先代ヴァルトシュタイン家当主ビスマルク様からの
言葉に従い、この時を持って貴方様をヴァルトシュタイン家当主として仰がせていただ
きます。我等ヴァルトシュタイン家使用人全員がこれより貴方様を支えます」

 セバスは膝を折り、臣下の礼をとる。

「ありがとう、セバス」

 セグラントはセバスに立ち上がるように言う。

「さてセグラント様、これよりどうされますか?」

「無論、親父の言葉に従う。俺は真の戦士となる。その為に枢木を討つ」

 憤怒は確かにある。
 だが、先ほどのような無様な戦い方はもうしない。

「問題は機体だ。一応クラウンに持っていったがアレはもう修理は無理だろう」

 どうしたものか、と悩んでいると手紙が入っていた封筒にまだ何かが入っている事
に気がつく。中には鍵が入っていた。

「鍵?」

「セグラント様、それは隠し格納庫の鍵でございます」

「そんなものがあったのか?」

「はい。ビスマルク様が貴方様へと残した物が其処で待っております」

 セバスの案内に従い、セグラントは父の残したという格納庫へと向かう。
 隠し格納庫というだけあり、それは離れにある小屋の地下にあった。
 
 鍵を使い、扉を開くと奥には一機の機体が鎮座していた。

 それは全身を銀の重装甲で覆った騎士だった。
 鋭角的なフォルムに加え、頭は獅子を想像させる装飾がされており雄々しさを
感じさせた。

「これは……」

「はい、ビスマルク様が貴方様の為に造らせた機体、その名も『ホーリーグレイル』
で御座います。勿論セグラント様はご自身の機体をお持ちでしたのでこれはもしもの時
を思い造られた機体です。ですので未だ未完成。ですが、クラウン様であれば直ぐに
この機体を改修してくださる事でしょう」

「ホーリーグレイル。親父の残してくれた機体。ありがとう親父」

 セグラントは今は高き場所にいってしまった父に感謝の言葉を告げる。



 ホーリーグレイルはブラッディ・ブレイカー、ギャラハッドと同じくクラウンの下へと
運ばれる事となった。ホーリーグレイルを見た時のクラウンはその目を輝かせていた。

 そして去り際に、

「見ていてくれ。直ぐに機体を組み上げ最高の仕事をしてみせる」

 そう言って笑った。



 ビスマルクの墓の前に戻ってきたセグラントをモニカ達が迎える。

「憑き物は落ちた?」

「ああ、もう大丈夫だ」

 真っ直ぐとモニカ達を見据え、答える。

「……今度は本当に大丈夫そうね。それでこれからどうする? さっきダールトンさんが
教えてくれたけどシュナイゼル殿下から合流しないかという打診が来たわ」

「先輩、当然いきますよね?」

「準備はできてる」

 モニカ、ジノ、アーニャの顔を順に見渡し頷く。

「ああ、合流するぞ。……と、その前にコレ、貰って行くぜ」

 セグラントは父の棺桶の前に歩み、自身の灰色のマントを外し棺桶にかける。
 そして、父の純白のマントを肩にかけた。

「あら」

「おお」

「……似合う」

「親父、俺は最強へと昇る。だから安心して眠ってくれ。じゃあ往ってくる」

 セグラントは父に一礼し、今度こそ振り返ることなく仲間と共に歩き始めた。

 その胸に父の言葉を刻み、歩き始めた彼の瞳には既に迷いは無かった。



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