ふわふわと何も感じない不思議な感覚。

 手も足も、何もかも全てが空気と身体の境界線を取り払い、身体の感覚を感じない。

 疲れも、怠さも、痛みも、心地よい心音も何もない。

 光も音も何もない。

 死……その一文字だけが頭に浮かぶ。


 死ねば何もない。

 暗闇も光も、なにもなくなってしまう。

 大切な人との日常も無くす。

 死とはそんなものだ……。

 だから殺される前に殺す。

 死んだら何もないんだから、殺したからと言って何も感じない。


『きーりーちゃーーーーん!!』


 殺すことを宿命づけられた呪われた名前『切彦』を呼ぶ女の子の声。

 大好きで大好きで、この子のためならば泥水を啜ろうとドブ川で力尽きようと構わない。

 彼女の名前は斬島雪姫……私の大事な大事な妹。

 自分の黒く細いリボンとは対照的に、白く大きなリボンをした可愛い女の子。

 発育も自分とは対照的によく育っている。

 ただ一つ心配なのは、自分とは違って英語がペラペラではないことだ。

『もう三日目だよー! きーりーちゃーん!』

 雪姫の声を聞いた瞬間、境界が無くなって何も感じなかった身体にしっかりとした感覚が蘇ってくる。

 戻ってきた感覚を元に瞼をゆっくりと上げる。

 …………

 ……

 戻ってきた感覚を元に瞼を開けると、ぼんやりとした視界の中、映る景色は白一色のみが視界に入る。

 清潔感溢れる色のモノ以外目には何も映らない。

 ここは管理世界、ミッドチルダを対岸に望むの公安情報処理課の病室。

 切彦は斬島邸での大混戦の後、気を失った。

 直ぐ様ここに運び込まれ、緊急手術が行われ、なんとか一命を取り留めた。

 それからは3日で治るはずがない傷が治っている。

 医師であるシャマルも、呆れて笑うしか出来ないほど驚異の回復力を見せたのだ。

 その結果包帯だらけだが、その下の肌はほぼ傷が治っているのである。

「知らない……天井……です」

 ポツリと言った言葉は静寂の中に吸い込まれて消えてしまう。

「あれ? 切ちゃんあのアニメ見たっけ?」

 視線をゆっくりと真っ白なモノから声のする方向へと移す。

 黒い髪を白く大きなリボンでポニーテールにしている。

 胸も膨らんでいる可愛らしいがよく似合う女の子。

 パッチリした瞳に、嬉しそうな笑顔を浮かべている。


 ――ああ……、これだ。

 雪姫の笑顔が見れるから私は、『斬島切彦』は生きていける。

 ポカポカと心が暖かくなって、口元が自然と緩くなっていく。

「びっくりしたんだよ? 八神さんから連絡があって来てみたら切ちゃん包帯だらけだし。

 三日間も目覚めないし……その分アニメも見逃したんだよ?」

「……ビデオ買うね」

「今はブルーレイだよ」

「……今度買いに行こうか」

「うん!」

 フフフっと2人は笑う。

 歳の離れた姉妹。

 妹を光ある世界に住まわせるために闇に身を落とすことを決めた姉。

 闇に落ちた姉の心の拠り所として笑顔を絶やさずに生きる妹。

 お互いがお互いを想い合う姉妹。

 雪姫は切彦に着せたい服があるからそれを来て行こうと言ったり、賑やかに喋り続ける。

 切彦は静かに相槌を打ち、笑っている。

 たった2人だけの病室に、突如として扉が開く。

 扉が開くのも気づかずに話し続ける雪姫と切彦。

 それに呆れ、大きく息を吸い、声を貼ったのはシグナム。

「目覚めたようだな! 斬島切彦」

「「??」」

「おい……私だ、シグナムだ」

 はぁ? 誰だ? っと言いたげな目をシグナムに向けた2人に、シグナムは大きな溜息を付く。

 マイペースというか、なんなんだこの自分が中心に世界が回っていると言いたげな対応は。っとシグナムは疑問が浮かぶが沈める。

 目の前の『斬島』を含め、裏十三家とはこういう存在なのだ。

「偶々見舞いに来たが、運がよかったのかな。おはよう」

「ぐっどもーにんぐ」

「身体の傷はほぼ治っていると聞く。数日中には動き出せるとうちのシャマルが言っていた。

 そこで頼みがある。

 ――私と殺しあってくれないか?」





紅×魔法少女リリカルなのは
紅のなのは
外伝その2「白雪姫」plus 1

作者:まぁ





 ビルが建ち並ぶ繁華街。

 その道には誰もおらず、ゴーストタウンを外から見る人に思わせる。

 ここは公安情報処理課が管理する訓練場に作り出したホログラムである。

 このゴーストタウンにてシグナムと斬島切彦との死闘が行われようとしていた。

 その様子を一目見ようと、モニタールームでは2人の関係者は基より大人数が集まった。

 観戦ように公開された部屋では楽しそうにそれぞれに笑いあっている。

「ねぇねぇ新九郎さん、この戦いどっちが勝つと思う?」

「どうでしょうね。というよりもこれは勝ち負けというよりも2人の鬱憤晴らしのような感じがしますよ」

「切彦だ! 切彦に決まっている」

 モニタールームに設置したソファーに座る八神はやてと紅新九郎、九鳳院紫は身体を寄せ合い笑っている。

 八神はやてと言えば、公安のトップにして同世代の中で出世頭である。

 小さく狸を思わせる雰囲気に女性らしい綺麗な流線型のボティと愛らしいビジュアルに、魔法資質も申し分ない。

 自然と時空管理局の中と次元世界での人気は高くなる。

 そんなはやての笑顔を一身に受ける新九郎は、周りの男性局員達にとっては呪い殺したくなるほどの存在だろう。

 そんな恨みが篭った視線に気づかずか、新九郎ははやてと紫が両側から身を寄せてくるのに身を任せる。

「そうや! 明日3人で夕食行かへん? ええとこ出来てん。

 紫ちゃんとこの前買い物行ったし、オニューのお洋服で行こうや、紫ちゃん!」

「おお! それはいいではないか! はやての家に置いて帰らせたのはこの為だったのだな。私は行くぞ。

 もちろん新九郎もな!」

「ハハ」

 こっちに答え一切聞かないな……っと思いつつ、新九郎は笑って2人の提案を受け入れる。

「あつあつだねー、3人さん」

「だね、なのはママ」

 前のソファーからからかうような声を掛けてきたのは、高町なのはとその娘高町ヴィヴィオ。

 仲良し親娘でニコニコと笑いながら身体を同じように乗り出している。

「ちょっ! なのはちゃん何言って……」

「あーはやてさん顔真っ赤になったー」

「む! はやて! 新九郎は私のモノだ」

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ……っと思いながら笑う新九郎。

 笑顔を作りながらもその下では、今から始まる戦いが早く始まらないかと待ちに待っているのだ。

 それを証拠に、シグナムと切彦がモニタに登場した瞬間に、戦いたいというニヤリとした笑みが溢れる。

 その笑みに気づいた紫とはやては新九郎の手をギュッと握る。

 手を握られた新九郎は自分の戦鬼の部分が出ていたことに気づき、苦笑を漏らし体に入りかけていた力を抜く。

「お主、揉め事処理屋だということを忘れるでないぞ?」

「そうやで? うちも仕事頼んでるけど、そっちに行ったらあかんで!」

「はは、気を付けます。ほら、始まるよ」

 新九郎のその一言で全員がモニタに瞬時に視線を移す。

 モニタルームはこれから始まる死闘に期待と不安を持って凝視している。



  ◇



「よぉシグナム」

「ようやくだな……10年待ったよ、斬島切彦」

 切彦と対峙したシグナムは既にユニゾンデバイスのアギトと融合を果たし、鬼に金棒状態となっている。

 魔力変換脂質“炎”を持つシグナムと炎系の魔法を得意としているアギトとは相性がいい。

 アギトとユニゾンしたシグナムは最強の一人と言っても過言ではない。

 そのシグナムの自信に満ちた視線を受けても、一切怯まない少女が目の前にいる。

 66代目斬島切彦は半分瞼の落ちた瞳でシグナムを見つめる。

 両手に持った弐鬼刀を抜くと、誰よりも凶悪な鋭く目が開く。

 テンションもダウナーからハイテンションのやんちゃ娘へと変貌する。

 管理局より貸し出された黒のインナーに、雪姫が実家から持ってきた母親の形見の着物を上から乱雑に羽織る。

 2人は睨みあい、言葉を紡ぐ事無く、同時に行動を起こす。

 お互いに突っ込み必殺の一撃を容赦なく急所へと打ち込む。

 当然のように2人は防御し、甲高い金属音を鐘の音にして世紀の対戦カードの幕は開く。

 各所で幾つもの火柱が上がり、無数の斬撃による破壊の残骸が飛び散り、ホログラムの廃墟がさらに崩れていく。

 その中を動く2つの影は、激しく衝突していく。

「楽しいよな!! シグナム!!」
「同感だ!! 切彦よ!」

 シグナムの右手には烈火の炎を纏うレヴァンティンと、左手に凝縮させた炎の大剣を

 切彦は弐鬼刀を両手に握り、お互いに遠慮のカケラもない一撃を打ち込み続ける。

 その様子を観戦するモニター越しには、公安情報処理課に所属する元起動六課メンバーと雪姫に連れられてきたヴィヴィオ達が盛り上がっている。
 魔法を駆使するシグナムと互角に渡り合う切彦。出会ってからこれまで10年近く一度として実現しなかった対戦カード。

 お互いの最高戦力を惜しみなくぶつけまくる2人に遠慮は一切ない。
 2人は戦闘が始まった瞬間から笑みがこぼれおち、一瞬も引く事はない。

『くそっ! どんだけ化け物なんだよ、アイツ!』
「わかっていた事だろう……一瞬たりとも気を緩めるなよ、アギト」
『楽しそうだな、でもいいのかよ。10分持てばいいような無茶な魔力調整しちまって』
「当然だろう……中途半端なものでは一瞬で喰われてしまう」

 2人が確認の会話をしていたホンの数秒で切彦は距離を潰し、鬼百合と鬼蛍を振りかぶっていた。
 シグナムは相手の刀を折る勢いでレヴァンティンに更に炎を上乗せし、全力で振りぬく。

 二本の刀と炎を纏った剣の衝突で発生した衝撃波が辺りの瓦礫を吹き上げ2人を中心にクレーターのようなサークルが出来上がる。

『なんで魔力変換した炎が効かねーんだよ!』
「今は常識を捨てろ、相手は“裏十三家”だぞ……」
「そーだぜ、チビっ娘。弐鬼刀に常識はねぇ。振るう斬島には限界がねぇってな」
「よく言う……なら、その無い限界の底まで追い詰めて負かせてやる!」
「着いてこれんのかよ! 底なしだぜ!」

 再び始まる斬り合い。
 お互い引く事を知らないかのように、前進前進。刹那の反応が遅れれば一撃で終わる攻防が続く。

 観戦者達は、この教導でもなく見せる用でない2人の戦いに視線を釘付けにされ、目を離せなくなっていく。

 レヴァンティンと鬼百合の激突。

 鉄と鉄がぶつかり合う音を響かせ、その衝撃波が辺り一面に業風となって襲いかかる。

 辺り一面の埃など微小なモノ達を吹き上げる。

 激突した刃は火花を散らせながら鍔迫り合いを始める。

 お互いに渾身の力で前へ前へと進もうと刀へと力を入れる。

 体格的に有利なシグナムは一気に切彦を押し倒そうと、更に自己ブーストを掛ける。

 押し切ったシグナムも押し切られた切彦も互いに、嬉しそうな笑顔と笑い声をあげる。

 回転して距離を開けた切彦は即座に立ち上がり、全力で迫ってくる。

 シグナムは左手に纏わせた炎の大剣から凝縮した炎を展開しつつ、切彦へと炎の壁をぶつける。

 炎の物質化は解けたものの、灼熱の炎の分厚い壁が切彦に襲い掛かる。

『一撃じゃねぇかよ! やっぱたいした事ないな、魔力持ってないやつは』

「……そう思うか、アギト」

『?』

 勝利を確信しているアギトと切彦がここで終わらないと確信しているシグナム。

 魔力制御しているアギトの一瞬の緩みは2人を窮地へと向かわせる。

 ホンの少しの炎の威力が落ちた箇所を突き抜け、切彦が振りかぶった鬼百合を全力でシグナムの心臓目掛けて降りぬく。

 甲高い空気を切り裂く音の後に、力強い刀同士のかち合う音が鳴り響く。

 胸を切り裂く寸前でレヴァンティンで受けたシグナムの膝がゆっくりと折れていく。

 見た目は未だ10代中程の小柄な少女と見間違わん外見の切彦の細腕から放たれたとは思えない斬撃の重さに、自然と笑みがこぼれてくる。

 追撃が襲ってくる前に、シグナムは炎の大剣を切彦の胴へと振りぬく。

 切彦は襲い来る灼熱を纏う大剣を器用に身体を反らせやり過ごすと、大きく振りかぶって鬼百合に全体重を込めて振り下ろす。

 シグナムは後退しやり過ごすと、炎の大剣を切彦の腹へと高速で伸ばす。

 切彦は鬼蛍で襲い来る炎を横薙ぎで切り裂く。

 鬼蛍から放たれた斬撃は空気を切り裂き、シグナムの首へと向かって伸びていく。

 伸びてくる切り筋をシグナムはフィールドバリアーを張り防ぐ。

 切り裂かれた炎が一帯を焼き、消火されたのは数秒後。

 シグナムとアギトは目を見開いて切彦が佇む地点の一歩手前、切彦が鬼百合を撃ち落した地点へと視線が注がれる。

「さすが……常軌を逸している」
『あの刀、鈍器かよ』

 2人が呆れた声を投げた場所は、大きく窪み、幾重もの乱れた剣筋が掘りこまれていた。

 一撃しか入れていないはずの攻撃跡……しかし、そこに刻まれているのは確実に何回も剣を振りぬいた跡が残っている。

「クックク、1つ余興といこうじゃねぇかぁ! 質問だ……鬼は何をもたらすと思う?」

「鬼とはあの……童話にでてくるやつらか」

「ぁあ! ほらぁ、死ぬ前に答えろよ!!」

 切彦が振るう鬼蛍は人が聞き取れる限界を超えるか超えないかの高音と共に、真空の刃がシグナムを襲う。

 切彦は受け止められる事をわかっているようで、数歩横へと移動しつつ撃ち続ける。

 距離を詰めて襲ってこない切彦に違和感を覚えつつ、シグナムは真空の刃を防いでいく。

『シグナム、何釘付けになってんだよ! さっさとやっちまおうぜ』

「アギト……油断を捨てろ! 見えているはずだ、鬼百合に集まる切彦の殺気を」

『それがどうしたっていうんだよ、シグナム。あいつは魔力資質なしのただの人間なんだぜ!?』

「ただの人間? 違うな、あれはただの人間なんて優しい存在ではない。

 下手をすれば私よりも長い間殺し殺されの世界に身を置き続け、代を重ねた一族の

 ――最高傑作だ。

 実感がわかないか? 想像し続けろ、“刃物の扱いが上手い”というスキルのみで1000年以上勝ち続けた化け物だと」

『だけどよ!』

 アギトの言葉にも耳を傾けず、シグナムは思慮にふける。

 移動を続ける切彦が、この訓練場の廃墟の再高層ビルを背に移動を止める。

 鬼蛍を肩に掛け、鬼百合をシグナムへと向ける。

「時間切れだ……答えは、“破壊”と“恐怖”だ」

 大きく口の端を吊り上げ笑みを浮かべる切彦は、鬼百合をビルに向けて軽く振りぬく。

 ビルの壁に刀一本分の切り筋が綺麗に入る。

 数秒の時をおいて、切り筋から波が広がるようにビルの奥へと刻まれていく。

「なるほど……そういうことか。よく出来たものだ」

『どういうことだってんだよ!?』

「触れるモノ全てを“破壊”する近接に完全特化した乱れ剣筋を実現する鬼百合。

 空気を切り裂き斜線上にあるモノ全てを切り裂く……それはまさに鬼の破壊に上がる恐怖の声のような遠距離斬撃を実現する鬼蛍。

 多分だが、今目の前にいるレベルの“切彦”のみが引き出せる神域といっても過言とはいえんな」

「正解だ……賞品として受け取れ!」

 切彦は崩れ落ち始めた高層ビルへと垂直に鬼百合と鬼蛍を同じ軌道で振りぬく。

 ビルに天へと何匹もの龍が昇っていくかのように刻まれていく。

 大小様々に砕かれた瓦礫が切彦とシグナムが対峙する地点へと襲い来る。

『逃げるぜ! おい!!』

「いや、ここがこの勝負の分水嶺……烈火の剣将シグナム、参る!」

「わかってんじゃねーかよ……“第六十六代目”切彦参る!」

 2人は上空から襲い来る瓦礫を足場に上空へと跳びあがっていく。

 一瞬しか持たない瓦礫の足場に戦場を移した2人の斬撃を正確に相手の急所へと放ちつつ、空へと駆け上っていく。

 大きく移動して避ける事が出来ない2人は皮一枚を犠牲に必要最小限の動きで避け、刀を振りぬく。

 落ち行く瓦礫と共に、2人の血が雨として降り注ぐ。

 瓦礫が落ちていた時間は数秒だけだったが、2人の身体には無数の切り傷が刻まれている。

 そして、土煙が立ち昇った地面へと2人は音もなく着地し、距離を詰め音が止む。

 土煙が晴れると、シグナムの左肩には鬼蛍。切彦の左肩にはレヴァンティンが突き刺さっている。

 お互いに刺した得物から迷いなく手を離し、肩に刺さった事など歯牙にもかけず攻撃へと移行する。

 得物を失い無手となったシグナムは炎の大剣を即座に両手に纏わせ、限界ギリギリまで圧縮する。

 質量を持たない炎が物質化したと錯覚する程の圧縮に大気が蒸発を始める。

『いけぇぇ!!!』

 アギトの言葉にシグナムは後押しされるように振り出す。

 掠るだけでも肉体が溶ける斬撃に、切彦はレヴァンティンが突き刺さった左肩を気にせず左手に持った鬼百合を振りぬく。

 お互いに自分が攻撃を受ける事など毛頭にも考えず、攻撃を放つ。

 炎の大剣と鬼百合がぶつかり、瞬間速かったシグナムに振り切られる形で切彦は後方へと吹き飛ぶ。

 何度も地面にバウンドし、ビルに突っ込んでようやく止まった切彦。

 手に持っていたはずの鬼百合はシグナムとの中間地点に刺さっている。

 シグナムは追撃はせず、肩に刺さった鬼蛍を抜くと、右手に握る。

 切彦も同様にレヴァンティンを壁を利用して抜くと、右手に握る。

 2人は相手の武器をまるで古くから使用していた愛刀であるかのように扱って刀を交えていく。



「初めて振るうが、日本刀もすばらしいものだな!」

 ――っとは言ったものの、完全な見栄だ。なんなんだ……このじゃじゃ馬は!
 空気を切り裂きすぎて振った感覚、衝突の衝撃の伝わりがおかしすぎる。こっちの感覚が狂いそうだ。
 こんなモノが扱いやすいっと言えるお前が怖いよ! 切彦



「オメェのこの剣も中々じゃねーかよ!」

 ――こんな重てぇ剣を片手で枝切れを振るみてぇに振るってやがったのかよ! この馬鹿力女め……。
 しかも力だけじゃなく、技術まで持ってやがる。
 ここまでやって壊れなかったのはおめぇが初めてかもなっ! シグナム



  ◇



「ホンマ楽しそうに戦うもんやね。どう見る? なのはちゃん」
「凄い……の一言だけど、生徒達にはあんまり見せたくはないかな」
「そうやねぇ。どっちが勝つと思う?」

「切ちゃんだよ!」

 はやてとなのはの会話に割り込んできた、少し離れた所で友達と談笑していた雪姫。は力強い目をして2人の間にダイブする。

「どうしてそう思うん? 雪姫ちゃん」
「私が見てるから! 切ちゃんは私が見てる前じゃ、ぜぇぇぇぇったい負けないよ!!」

 エッヘン! っと大きく吐き出された息と共に胸を張って2人の前に陣取る。

 2人は肝が据わっているというかなんというか……っと対処に困っていると、

 突如雪姫の首根っこを?まえ、引きはがす。

 男と見間違う程綺麗な黒髪を短く、背が高くスレンダーな身体の少女、円堂円はなのは達に一礼して去っていく。

 首根っこを掴まれた雪姫は抵抗しても無駄なのを知っているのか大人しく、口を尖らせながら引きずられていく。

「どうしてそう思うままに行くかな」

「だって、切ちゃんが劣勢だみたいに言ってたもん」

「いえ、あの人達は互角だから悩んでたんじゃないでしょうか?」

 円と雪姫の問答に、冷静かつ正確な言動で割って入ったのは、堕花雨。

 黒髪を背まで伸ばし綺麗に揃えた前髪を鼻元まで伸ばして、瞳が隠れた少女は目の前の激しい戦闘を冷静に分析していた。

 同じ中学に通う3人は、いつもの事かと慣れた風に落ち着き始め視線をモニタへと戻す。



「で、なのはちゃん……どっちが勝つと思う?」

「悩むけど……シグナムさんかな。切彦ちゃんの凄さは重々承知だけど、魔法での補助とアギトとユニゾンしてる事を考えると有利だしね」

「じゃ、賭けよか。真九郎さんはどっちに賭ける?」

「当然切彦であろう、なぁ真九郎!」

「いや、俺は引き分けかな。シグナムさんの有利は十分にわかってるけど、それで不利になるほど『裏十三家』は甘い存在じゃない。

 シグナムさんが負ける理由もわからないけど、それと同じだけ切彦ちゃんの負ける理由がない以上

 ――俺は引き分けに30万賭けるよ」

 言い切った真九郎はモニタを凝視し、はやてたちのそれ以降の会話に興味を示そうとしない。

 全力で破壊を行っている2人を目の当たりにし、真九郎の血はグツグツと沸くように熱くなる。

 自然と入る力を抑えるように腕を押さえつける。

 モニタから目を離せない真九郎と同じように、この映像から意識を反らすことなど誰にもできなかった。



  ◇




「「飽きたな」」

 動き回り、破壊の限りを撒き散らしていた2人は同時に動きを止めて、同じ言葉を紡いだ。

 シグナムは鬼蛍を、切彦はレヴァンティンを持ち主の足元へと投げ刺す。

 元の得物を握った2人は、無造作に歩み、距離を詰める。

 無残に破壊されたビル群の中心で、2人の化け物は不気味に笑っている。

 心底この殺し合いを楽しんでいるのだ。

 ――決着がつけばどちらかが世界から欠けてしまうこの殺し合いを。

 そして、互いにわかっているのだ。

 決着の時は近い事を。

 互いの体の中の燃料が枯渇を始めているのだ。

 シグナムは魔力の調整で節約しつつとは言え高出力な攻撃と防御でやりあった結果、魔力と体力の底が見え始めたのだ。

 切彦は全力をぶつけて壊れない初めてかもしれない好敵手との手合せが楽しくなり、いつも以上にハイペースに動いていた。

「そろそろ決着の時のようだな、切彦」

「ああ……楽しかったぜ、シグナム。この殺し合い

 ――生き残るのはオレ様だ!!」

「勝たせてもらう!! この勝負!!」

 お互いに雄叫びにも似た叫びを上げると、武器を一つに絞る。

 シグナムはレヴァンティンを両手で握り、魔力カートリッジを全弾ロードしレヴァンティンへと魔力を集中させる。

 神々しく輝きだしたレヴァンティンの周囲の大気は熱によって蒸発し、大気が歪む。

 鬼蛍だけを握った切彦はだらんと脱力し、全身の力を抜く。

 すぐ近くの地面に刺さっている鬼百合の事など眼中になし。

 構えるシグナムと自然体の切彦。

 ピンと張りつめる緊張が静寂をビル群を走らせる。

 観戦者は、息を飲みモニタへと全神経を集中させる。

 2人はゆっくりと近づき、互いの射程範囲に入り刹那止まる。

 同時に息を吸い、呼吸を止めると同時に必殺の剣撃が舞う。

 速さで鬼蛍が先にシグナムへと届こうかとすると、数ミリ腕の肉へと切り込ませて強引に腕を振るって軌道をずらす。

 灼熱を帯びたレヴァンティンが切彦に迫れば、腕で受けとめ、熱に解かされる前に軌道をずらす。

 『肉を切らせて骨を断つ』

 とでも言いたげにお互いに綺麗に避けず、命を取られないようにだけの最低限の身体のダメージなど完全に無視の回避を行う。

 何十撃もやりあっても、体に傷は増えるも、決定打にならない。

 もう何撃入れたのかもわからなくなった――射程に入って30秒後、2人は体力が尽きる前に握力が根を上げた。

 ――ポロリ

 と落ちた2つの刃物を、まるで最初からなかったように無視した2人は餓鬼の喧嘩のように殴り合いを始める。

 体格で勝るシグナムが切彦を押し倒してマウントを取り、顔面を容赦なく殴れば。

 切彦はシグナムの乳を横から殴りシグナムの体制を崩し、鳩尾へと追撃を入れる。



   ◇


「ははっはははは!!!」

 殴り合いを始めた2人を見た真九郎は、狂気に染まった笑顔を零す。

 自然と入った両腕の力に血管が飛び出るぐらいに浮き上がる。

 左腕に生まれた角と同時に生まれたどうしようもない破壊衝動。

 喜んでいるかのように左腕にドクドクと鼓動が走る。

 2人の戦いを見て真九郎の中の獣が目覚め始めたのだ。

 それを見たはやてと紫は、互いに真九郎の腕を抱き締める。

「何を引っ張られておる、真九郎」

「そうやで、ウチらは観戦役やで! 何戦いたがってるんや?」

「……っく、すみません」

 2人の暖かさによって、破壊衝動を抑えた真九郎は脱力し、ソファーへと体重を預ける。

「さてと、泥仕合になったね」

「そうですね、後はどれだけ執念が強いか。だけですね」

「なら、切彦が勝つ!」

「何言ってるんや、紫ちゃん。勝つんはうちのシグナムやで!」

 ムーっと視線を交すはやてと紫の間にいる真九郎は楽しさから笑いがこみ上げてくる。

「まぁまぁ、2人とも、こうなったら後数分で決着しますし、見守ろう」



  ◇



 血が飛び交う中、シグナムの拳も切彦の拳も相手の血の赤に染まっている。

 ボコボコになった顔面で表情などわかるはずもないはずが、2人は間違いなく笑っている。

 血を吐きながら、鼻血を垂らしながら、微かにしか開かなくなった目で相手を睨みつけている。

 例え拳から“グチャリ”と音を立てて骨がいかれようと、2人の勢いは衰えない。

 拳を当てられたら、当て返す。

 殴り殴られの泥仕合になってから観戦者の所々から笑い声が聞こえ始める。

 主に笑っているのは深くシグナム、切彦を知る者達からである。

 その者達からしたら目の前の光景は『楽しそうにじゃれている』ように見えているのだろう。

 言うなれば、笑っている者達は壊れ始めているのだ。

 人の生き死にを間近で数えきれない程見てきて、その選択をしてきた結果だ。

 いくつめの骨が割れる音を聞いた事だろう。

 2人は決定打もなく、睨み合った状態で突如として糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 前のめりに倒れたシグナムと切彦は心の底から笑い続けた。

 結果だけを言えば引き分け。

 あっけない決着にも、観戦者のほとんどは言葉を紡ぐことすらできなかった。

「結局は決着つかずだな。さすがは私が認めた相手だ」

「そう……ですね。ゆーあーべりーすとろんぐ」

 たった一言ずつ言葉を交わした2人はそれ以上語らず戦いの余韻に浸っている。

 もう会話は戦闘中にあきるほどしたとでも言いたいように2人は言葉を紡がない。

 沈黙を後押しするかのように、2人の元に白雪が降り注ぐ。

 シグナムが枯渇するまで振り絞った炎による熱で2人の上空には雲が出来上がっていたのだ、

 急速に冷えた雲からは白雪となって2人の元へと降り立ったのだ。

 静かに流れる静寂を突き破り、はやて達が2人を迎えに転送して現れる。

 シグナムを抱き起すはやてと切彦を抱き抱える雪姫は、愛おしそうに抱きしめる。

「切彦よ、この質問はお前のこれまで全てを馬鹿にするようなものだが許してほしい。

 出会って10年、ずっと出来なかった問いだ。

 ――切彦を名乗る前の本名はなんと言うのだ?」

「捨てました。雪姫と一緒にいる為に……

 帝麒は既に言葉も文字も使えないように切り刻んだので、私以外は知りません」

「そうか……すまなかったな。忘れてくれ」

「おーけー。どんとうおーりー」

「さてと! シャマル、2人の治療をパッパとやっちゃってや!

 この後すぐに打ち上げいくで! 費用は賭けに負けたなのはちゃん持ちや!」

 っな!? っと驚愕の表情ではやてを見るなのはは、同時に賭けをした事を思い出していた。

 ただの会話での流れかと思っていたが、真九郎は確かに言った

 『――引き分けに30万』と。

 有耶無耶にして逃げてしまおう。そんな会話なかったと……。

 よし! とはやてへと視線を戻した瞬間、はやてはモニタを展開し証拠映像を流し始めた。

 嵌められた……。というよりも、読み違えたと言ったところか。『斬島』を心のどこかで過小評価していたのだろう。

「もーはやてちゃん、そういうところ抜け目ないよね」

「こう見えてウチって公安情報処理課のトップやしね。

 政治的な戦場の方がもう場数多いくらいやで。なめてもらっちゃ困るで。

 もーちろん、体術スキルもバンバン鍛えてるけどね」

 と笑いながら言うはやては、紫へ向けてウインクする。

 それに応えるように紫は満面の笑みで答える。

「ふぅ、術は仕込めたから移動可能ね。

 まったく2人ともこうなるまでよく戦えるものね。医者泣かせもほどほどにしてね」

 治療術を2人に仕込んだシャマルは、愚痴を言いつつもほっと胸を撫で下ろす。

 殺し合いで始まったこの戦いを、どちらも欠ける事無く終えれた事に笑う。

 雪が降り注ぐ中、一行は打ち上げ会場へ向けて進行を開始する。

 シグナムははやてに肩を支えられながら歩み始める。

 雪姫と共にゆっくりと立ち上がった雪姫もゆっくりと歩みを始める。

「お疲れ様、切ちゃん。

 かっこよかったよ。もーどのアニメの主人公にも負けないよ!」

「……よかった。ねぇ雪ちゃん、また買い物行こうね」

「うん。だってブルーレイ買ってもらわないといけないしね。

 っあ! 今度コスプレイベントあるからさ、切ちゃんも一緒にコスプレしようね」

「うん」

 少し一行から距離が開きながら歩く2人は何気ない日常の話を始めた。

 雪姫は最近面白いアニメや漫画の話を、切彦に楽しそうに話す。

 今度一緒に行くコスプレイベントにどのようなコスチュームを着ていくのかを楽しそうに話す。

 いつも通り嬉しそうに答える切彦に、雪姫は2人だけしか聞こえない大きさで静かに言葉を紡ぐ。

「ねぇ、切ちゃん。私が一番初めに覚えた事ってなにかわかる?」

「なんだろう……雪ちゃんが初めて話した言葉は覚えてるよ

 ――“ネェネ”って言ってくれたんだよ。嬉しかったのを覚えてるよ」

「えへへ。私も覚えてるよ。実はね、私知ってるんだよ。切ちゃんの本当の名前。

 切ちゃんが頑張ってるのわかってるからずっと言わなかったんだ」

「え? でも、切彦を継いだ時は雪ちゃん生まれて8ヶ月だったんだよ? それ以降は誰も言わなかったのに……」

「うん。それが私が一番最初に覚えた事だよ」

 ニッコリと笑った雪姫は大きく息を吸い、前の一行へと声を上げる。

 『待ってー』と……。

 切彦は知ってたんだ……と思いつつ、それを言う重要性、それを言った時に起こる影響をこの子はやっぱり知ってるんだ。

 と目を瞑り、笑みが自然とこぼれてくる。

 空からは今も白雪が降っている。

「この名前言うと切ちゃん嫌がるけど、一回だけ言うね。

 これはね、私から切ちゃんへの精一杯のお礼。ありがとうっていう意味だからね」

「うん……わかってる」

「じゃぁ……いうね」

 ゆっくりと、雪姫は白雪が舞う中で息を大きく吸う。


「雪姫ーーー!! はやくおいでよー!」
「……お姉ちゃん」

 雪姫の言葉と同時に被さった、ヴィヴィオの雪姫を呼ぶ声。

 その中でも切彦は確かに雪姫が自分が捨てた名前を呼んだ。

 切彦は静かに、降り注ぐ白雪へと視線を移す。

「少しスピード上げるよ、切ちゃん!」

 元気のいい雪姫の声と共に、切彦はコクリと頷く。



 白雪の中歩む2人の姉妹。

 彼女たちの親は、こう願ったのだ。

 姉には、穢れた血の中でも皆に暖かさを伝えれる娘になるように。
 それ自体は冷たくとも、見る者を楽しく少し暖かくなるモノの名前を付けられた。

 妹には、皆を楽しく笑顔にさせるお姫様のような娘になるように。
 姉と2人で1人の皆知っているお姫様になるように、姉と同じ文字を一文字使い名前を付けられた。


 一行に追いついた切彦と雪姫は、白雪降る空を見上げる。

 今な亡き父と母が笑ったような気がして、2人はさらに強く体を寄せ合う。

『おめでとう、そして、ありがとう。大事な大事な私達の

 ――“白雪姫”よ』


 ………………

 …………

 ……

 紅のなのは 外伝-2 『白雪姫』

 ――plus 1 


 閉幕



 あとがき


 お久しぶりです。

 これにて中途半端に幕を閉じていた外伝-2は完全に終了です。

 『紅』の斬島切彦と『電波的な彼女』の斬島雪姫の姉妹ストーリとして書きました。

 紅の方に寄っているのは正直仕方ない感じですが、どうだったでしょうか?

 この2人のキャラを原作で見た時から、姉妹だったら面白いよなっと思い構想しておりました。

 もうこの話出したのが数年前だから忘れている人もいるでしょうが……

 楽しんでくれたなら、作者冥利に尽きます。

 それではいつか更新するかもしれない外伝-3か、電波的なヴィヴィオ。または別の作品でお会いしましょう。


  まぁ!



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