「僕ね、あれから考えたんだけど……ここからは僕が」

「ストップ! そこから先言ったら、怒るよ。此処からは僕が一人でやるよ。これ以上はなのはを巻き込めないから――とか言うつもりだったでしょう?」

「うん」

「ジュエルシード集め……最初はユーノ君のお手伝いだったけど、今はもう違う。自分がやりたいと思ってやってる事だから――私を置いて一人でやりたいなんていったら怒るよ」

「うん」

「少し眠っとこう。また今夜にも何かあるかもしれないからね」







   電波的なヴィヴィオ 第一章 盲目の純情 その三 「初めての出会い」









 薄暗いモニタの光以外が消え去った闇に包まれた部屋。青い光に映し出された男の目は空ろにモニタを見つめていた。

 モニタには半年前の日付が刻まれた掲示板が開かれていた。

「いくらでも、爆発させてやる……お前らに……わからせてやる」

 男はダンボールを抱えるとゆっくりと闇に包まれた部屋を出て行く。

『コウカイサセテヤル。オナジメニアワセテヤル』

 最後に書き込まれた文字が寂しく表示されていた。







「残念でしたね、紅さん」

 無表情なまま犬塚弥生は隣の紅真九郎が見下ろす焼死体を見ていた。焼死体の手には焼け焦げたナイフが持たれており、
その顔は焼け爛れ、生前の面影など一切ないほど、ナイフで切り刻まれていた。

「彼女の能力は魅力的でした。何度も俺を助けてくれました――騙されそうになった事もありましたが、
憎めなかった。今回やっとこっちに寝返ってくれる事になったのに」

「悪宇商会が一枚上手でしたね。しかし、むごい事をしますね。顔を」

「それは彼女自身がした事ですよ。それよりも、弥生さんが此処に着たって事は何かあったんですよね?」

「ええ、“例の計画”が遂行されました。しかし、搦め手がいないのです」

「紅香さんは?」

「懲罰に向かっています。高町さんも無理でした」

 真九郎は無表情に弥生を見返すと、死体の処理を幾人かの部下に任せ、弥生と共に去っていく。

「詳細は移動中に聞きます」

「はい」








 月曜日――

 銀子が予測した爆弾魔の事件発生日。

 ヴィヴィオは何時も通りに学校に登校した。何時ものように、まったくアニメを見ない友達にアニメの話をし、まったく見ないドラマの話をその友達から聞く休み時間を過ごし、いつものように授業を受ける。

昼休みにヴィヴィオは学校を気づかれぬように抜けると、事件発生予測地点に向かう。




 静かな住宅街――

 その中でヴィヴィオは陽気に歩いてた。初めての揉め事処理屋の仕事。緊張よりも楽しさが勝っているのか、ヴィヴィオの表情は軽い。

 昼休みに学校を抜け出し、制服のまま街を歩くヴィヴィオ。しかし、誰もそれを注意しようともせずに視線すら向ける事はない。

 昼休みなのか、コンビニの袋をぶら下げて歩くスーツに身を包んだ者。買い物袋を持った者。ダボッとした服を着てダルそうに歩く者。

 ヴィヴィオが歩いていても不思議はないかのように人並みは流れていく。

 時計を見つめ、銀子が予測した時間になるまで公園で時間を潰す事にした。

 小さい公園ながら、ベンチにはOLさんが数名おしゃべりをしながら昼食を取っていた。ヴィヴィオもシーソーに腰掛け、パンを食べ始める。

 数個食べ終えたとき、自身に向けられる視線に気づく。

 辺りを見回してみると、ブランコに座って同じようにおむすびを食べる金髪の高校生を発見する。髪の色といい、その態度といい、自分を不良と見てくださいと言っているかのようにも見える。それ以外は視線をこちらに向けるような人物は見当たらない。ぼーっとする振りをしてその不良を視界に留めていると、チラチラとこちらを見てくる。

 キッと視線を向けると、不自然に反らされる。その隙にヴィヴィオは音をさせずに不良に近づいていく。

 もう大丈夫だろうと視線を戻した不良の目の前に移動したヴィヴィオは笑顔で手を振る。さすがに、10m近く離れていた者が気づかれずにすぐそこに移動してきたら誰でも驚く。その金髪の不良も同様だった。男らしい声で――

「うわぁ!」

 っとバランスを崩しながら後ろにこける。

「大丈夫?」

 ヴィヴィオは笑顔で聞きながら、不良の横のブランコに腰掛ける。不良は土を払いながらブランコに座る。そして、不信の眼差しをヴィヴィオに向ける。ヴィヴィオはそれを笑顔で受け止めながらパンをもう1つ口に運ぶ。

「なんのようだよ」

 ぶっきらぼうに聞く不良もおむすびを口に運ぶ。無愛想な表情でチラチラとヴィヴィオの方をみていた。

「さっきからみてたでしょう? 気になったんだもん。あなた高校生でしょう?」

「お前もな」

「それだけで私の事見てたの? ていうか、それ染めてるの?」

 ヴィヴィオは身を乗り出して不良の金髪を優しく触れる。照れたようにそれを薙ぎ払い、視線を明後日に放った不良は大きく肩で息をつくと、平静を装いながらヴィヴィオに先程までの眼差しを向ける。

「お前もな」

「私地毛だも〜ん。綺麗でしょ? 私のママと一緒なんだよ。ママに憧れて伸ばしたしね」

 ヴィヴィオはパンをくわえながら長い髪がなびく様に回る。その仕草に不良は顔を少し赤らめ、恥ずかしそうに視線をそらす。

「学校はいかないの?」

「お前はどうなんだよ」

「さっきからそうだよね? こっちに興味津々なのに、こっちからの質問には答えないで、こっちの答えを待ってさ。そんなんじゃ、女の子にもてないよ?」

 ヴィヴィオはそういうと、アンパンを宙へ放ってブランコから立ち上がりながら、口でキャッチする。そして、振り返って笑顔を不良に向けて歩き始める。

 不良は呼び止めもせず、それを見送りながらおむすびを食べる。

「また会おうね〜! 不良さ〜ん」

 ヴィヴィオは大きく手を振ってブランコに座る不良に挨拶して去っていく。

 公園を出ると、ヴィヴィオは面白い子だったなっと笑って、銀子が予測した事件発生地点に向かう。








 雲1つない青空の下、ヴィヴィオはウキウキと住宅街の中を歩いていた。無関心を表したかのような高い塀が路地をより一層無骨に見せる。外から中が見えず、中から外を窺えない。この世界のほとんどの家の塀は防衛の為か、無関心を通す為か高く建てられていた。

 この世界に来て10年経つが、これだけは慣れない。違和感がいつも付き纏う……

「この世は無関心……か。銀子さんらしいといえばそうだよね」

 楓味亭でバイトをしていたり、居間で寛いでいる時など銀子と話す機会は多い。その中でも護衛に関わる事は耳に蛸が出来るほど聞かされている。その中の1つが、この世界を的確に指しているように、ヴィヴィオは目の前に広がる町並みを見て思ってしまう。

 穏やかに流れる雲も、青い空も、風も全てミッドとさほど変わりはしないが……

 どこか何かが違う気がしてならない。

「? あれ、何考えてるんだろう……緊張してるのかな?」

 普段は考えないような事がポンポンと頭の中を回り、まるで自身の緊張を誤魔化しているかのようだった。その事に気づいたヴィヴィオは思わず笑みがこぼれてくる。

 この10年というものは勝ちたい人や、闇で働く人とは接する事は多かったが、こういう危ない事に至る事がなかった。初めての体験と言っても過言ではない。自身の力を試す機会を得れた事は最高のラッキーだ。

 これを無事に収めれば、尊敬する人にも認められる。護るべき対象としてではなく、対等の立場で見てくれる、話してくれる。

 そう思うと、胸はときめいてくる。

 ヴィヴィオは意気揚々と銀子の資料に記されている地点に向かう。初めて通る街に目もくれず、ヴィヴィオは地図と道を必死に見比べて歩いていく。

 静寂な街の中資料に従って角を曲がると、フラフラと大き目のダンボールを抱える人影が遠くに見える。

 爆弾魔だと確信したヴィヴィオは陽気な笑顔を浮かべながら、足取り軽く走り出す。

 人影は走ってくるヴィヴィオに視線を向ける事無く目的地までフラフラと歩く。視線が定まらない人影がヴィヴィオを視線に捕らえたのはヴィヴィオが大声を上げて、5m先に仁王立ちした時だった。

「貴方が爆弾魔ね! “揉め事処理屋”高町ヴィヴィオが……貴方を止めます!」

 ヴィヴィオの高らかな宣言にも関わらず、爆弾魔は表情も変えず進行を止めずにヴィヴィオに近づいてくる。

 数歩進みやっといつもとは違う異物に気づいたのか、爆弾魔はヴィヴィオを視界に捕らえる。

 その視線には、何重にも折り重ねられたような絶対的な狂気が支配していた。その焦点の合っていない瞳は闇そのものであるかのように深く暗いかと思えば、青黒く燃え続けるの炎のようにも見える。

 だが、その理解しがたい瞳と一瞬の視線の会合でヴィヴィオの全てを握られるような感覚に陥ってしまう。

 呼吸、筋肉、血流、全てが相手に支配されてしまい、自分の身体が自分の物でないかのような絶望的な感覚がヴィヴィオを硬直という形で現れる。

 空気が薄くなったような感覚に陥り、浅くしか息が吸えなくなってくる。

 爆弾魔の周りが黒く歪んでいるかのように、圧倒的なまでの存在感をヴィヴィオに刻んでいく。

「お前も爆破……全部爆破」

 爆弾魔は狂ったような笑い声を上げると、持っているダンボールを高く詰まれた塀の向こう側へ放り投げる。鈍い音の数秒後、轟音と共に建物は爆発する。

 ヴィヴィオと爆弾魔は衝撃と共に反対側の塀に吹き飛ぶ。崩れ落ちる建物、塀を覆い尽くすように紅蓮の炎と煙が上がる。

 激痛と驚愕にヴィヴィオが蹲っていると、炎の燃え上がる音とは別に人工的な音がヴィヴィオに届いてくる。

 それは微かであったが、ヴィヴィオには限りなく大きく聞こえる。まるで死神の行進であるかのように身体の芯に響く音となってヴィヴィオの耳に届いてくる。

「ありがとう……人よ」

「っえ?」

 ヴィヴィオは思ってもみない爆弾魔からの声に顔を上げる。やはり爆弾魔の目は狂気に満ちていたが、その表情は満足感に満ちていた。

 爆弾魔は季節外れのコートを脱ぐ。そこから現れたのは、胴には稚拙な爆弾が所狭しと巻きつけられていた。

「ありがとう……これで僕はパパたちの所へ逝く事が出来る」

「どういうこと? なんで……あなた爆弾魔でしょう?」

「そうなのかもしれない……僕は爆弾魔であり、爆弾魔でない。お前らも爆弾魔であり爆弾魔でない」

「何……言ってるの?」

 ヴィヴィオは爆弾魔の言葉に気を取られ、気づいてはいなかった――

 爆弾魔の手がヴィヴィオの肩を捉えようとしている事に。

「お前も行こう。天の国に」

 ヴィヴィオに掛けた手はゆっくりと肩に食い込んでいく。その痛みにやっと気づいたヴィヴィオは頭がやっと回り始める。爆弾魔が巻いている爆弾。そして、その爆弾が目の前にある事を……

 その危険から離れようと足を動かそうとするが、もつれ見事なまでの尻餅を披露する事になってしまった。爆弾魔はヴィヴィオに掛けていない方の手で爆弾のスイッチを押す。

 無情な機会音がヴィヴィオと爆弾魔を支配する。この生きる者の世界との別れのカウントダウン。爆弾に着いている時計の針が刻々と進んでいく。ヴィヴィオはその針が進むに連れ、体感時間が異常なまでに長くなっていく。

 走馬灯のように今までの思い出が溢れかえり、涙が溢れてくる。身体の芯が凍り、まるで身体がマネキンのように固まり、バイブレーションのように震える。

「さよならを言おう。爆弾魔の世界に――」

「い……いや……まだ……別れたくない。ママも……パパも」

 爆弾魔の両手がヴィヴィオを離さずに、時計は零の刻限を遂に刺そうと時を刻む。

 静寂な住宅街に二つ目の爆発が無情にも発生する。







 静寂な住宅街に響き渡る二つ目の爆発による轟音――

 身を焼かれるような痛みに備えるように目を瞑り、震えているヴィヴィオ。しかし、その痛みは一切襲ってはこない。

 恐る恐る目を開けると、遠くから伸びる紅い光がヴィヴィオの目の前に立つ何かによって遮られていた。影となって判別できないまでも、それが人である事をゆっくりと認識していく。

 暴風が収まり、光も刺す様な光ではなく淡いモノに変わっていったとき、それが誰であるかをヴィヴィオは理解してしまう。

 助けにこれるはずのない人物――



  その男の名前は“紅真九郎”という。

 真九郎が全速力で駆けつけた時には、既にカウントダウンが3を切った瞬間だった。真九郎は咄嗟に爆弾魔の手を手刀でなぎ払うと、
脚を爆弾魔に丁寧に沿わせると、全身全霊を込め爆弾魔を蹴り飛ばす。その間1.5秒。勢いよく吹き飛んだ爆弾魔は成す術なくヴィヴィオから遠ざかり、零の刻限と共に一人で爆散する。

「し……真九郎さん? なんで」

 ヴィヴィオは未だ震える体から声を出したが、真九郎は答えない。動きもせずに、ヴィヴィオの前に立ち尽くしていた。

 そして、ヴィヴィオの震えが収まり立とうとした瞬間、真九郎から無慈悲なまでの裏拳が頬を殴りつける。突然の攻撃に成すすべなく吹き飛ぶヴィヴィオ。何が自身に起こったのかわからずに混乱していると、サイドポニーに括った髪を乱暴に掴まれる。

「エリス、どうせ紅香さんに指定はされているんだろう? さっさと送ってくれ」

 ヴィヴィオが顔を上げるも、人影は一切ない。真九郎の独り言としか思えないっと考えた瞬間に転送魔法が展開する。

「そんな!? どうして」

「お前をミッドに返す」

 今まで見た事ない真九郎の無表情な目がヴィヴィオを見下ろしていた。その目が先ほどの爆弾魔の目とは異質のものだったが、それだけでヴィヴィオは全ての行動を制限されたかのように、動けなくなってしまう。


 転送魔法の光は、2人を包み込み、世界から消滅を果たす。そして、残された爆発の炎のみが悲しく燃えていた。


 真九郎に乱暴に髪を掴まれながら転送され出てきたのは、ミッドのとある訓練場。

 ヴィヴィオはそこに見覚えがあった。かつての機動六課宿舎のなのは監修による訓練場、そして、現“公安情報処理課”の訓練場。

 八神はやての部隊が常駐している場所だった。

「そんな……なんで」

 ヴィヴィオは目を疑った。そこには、集うはずの無いメンバーが神妙な面持ちで待機していたのだ。

 高町なのは、ユーノ・スクライア、八神はやて、フェイト・テスタロッサ、ヴォルゲンリッター、柔沢紅香、村上銀子の10人がそこにいた。

「おめでとう、ヴィヴィオ」

 皮肉のように鳴らされる紅香と銀子の拍手。狂気から受けていた緊張から解き放たれたヴィヴィオはわかってしまう。

 今回の全てがこの目の前にいる全員によって仕組まれた事だと言う事を……

 その瞬間、一瞬にしてヴィヴィオの中に激怒が湧き上がる。

「なのはママ! これはど」

 ヴィヴィオの叫び声が言い終わる前に、地面への衝撃がヴィヴィオを襲う。勢いよく叩きつけられたヴィヴィオは頬の痛みに驚きつつ、視界の端に映る無表情の真九郎を見つめた。

 しかし、一瞬として真九郎からヴィヴィオに視線を送られる事はなかった。真九郎の視線は紅香達に向けて、殺気を伴いながら見つめ続けていた。

「例の計画……俺にも知らせる約束でしたよね? 対象の選別が終わったところで」

「そうだったな。だがな……最近のお前はヴィヴィオに甘すぎる――後はわかるな?」

「……なら、なぜ搦め手をしなかった? 柔沢紅香」

「幻滅……いや、失望したんだよ。殺気にすら気づかないで、危険に飛び込む餓鬼にな」

 ヴィヴィオは信じられないとばかりに紅香の方に視線を向けると、紅香の瞳にはまるで道に落ちているゴミでも見るかのように興味の欠片も存在しなかった。

 2人の会話の中心でありながら、本人は完全に蚊帳の外。ヴィヴィオには口を挟む事すら出来ずに二人を見ることしか出来なかった。

「――わかりました。俺も最後の責任だけは取りましょう。いいですね……なのはさん、ユーノさん」

 2人は真九郎の問いに、無言で頷く。肯定ととるや、真九郎はヴィヴィオを拘束していた手を解き、立ち上がるヴィヴィオと対峙するように向かい合う。

 今まで見たことのない真九郎たちに戸惑いつつも、ヴィヴィオは対峙している真九郎に意を決して声を出す。

「真九郎さん……“例の計画”って」

「お前は今は知らなくていい。この模擬戦が終わった時に、近くにいる人にでも聞けばいい」

「模擬……戦?」

「お前の両親からの承諾は得てるからな。気を抜けば、死ぬぞ」

 殺気に満ちた眼差しをヴィヴィオに向け、真九郎は構えに入る。

 いつもは騒がしい訓練場層静寂に包まれ、真九郎から流れ出る殺気が辺りを支配し始めていた。


   完





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