それはホンの10年前の事である。
 私立烏森学園という中高一貫の学校があった。

 世界の裏に生きる人のみが知らない事実であるが、私立烏森学園が建っている場所は神佑地と呼ばれていた。
 神の力を宿した土地である神佑地は、日本の各所に存在している。
 その力の規模により9つに分類され、そこに例外として特別重要保護地である。

 烏森は規模は下から3番目小一宮ながら、その特異性から特別重要保護地指定がなされていた。
 その特異性とは、妖に力を与えてしまうのだ。それも見境なく、際限なく……。
 その力を狙っていたのは、何も妖だけではない。異能者と呼ばれる常人には持たざる力を持つ者たちも狙っていたのだ。

 その土地を400年守り続けてきた異能者一族が存在する。
 空間支配能力を持つ二つの一族、墨村家と雪村家。
 彼らは土地に選ばれ、土地を守るためにその土地に縛られていた。

 私立烏森学園が出来る前よりその土地を守り続けており、学園が出来てからもそれは変わらず守ってきた。

 そして22代目となった時、それは終焉を迎えた。
 その土地に収められていた神様、烏森のお殿様を別の場所に完全封印した事により終わりを告げた。
 お殿様を運び出した瞬間、それまで土地の特異性も失われ、力を使って行われていた行為は全て消滅する。

 妖に破壊された校舎を土地の力を使って修復する修復術と呼ばれる術を使って元通りにしていたが、それも無くなり校舎は崩壊する。
 烏森の力がなくなった事により用無しとなったのか、私立烏森学園は閉校された。
 その時に在学していた生徒達は、付近の学校へと編入して散り散りになる。


 かつて私立烏森学園があった場所には新たな学校が設立された。
 小学校から大学までエスカレート式で上がれる私立聖祥大学付属の学校である。









 烏森を狙う妖、異能者達に気づかれずに、結界師達は殿様を別の土地へと連れ出す事に成功した。
 殿様を連れた墨村良守とその母守美子(すみこ)は、神佑地でも何でもない唯の平野へ来ていた。
 そして、突如として2人は何かに吸い込まれるように消え去る。

 2人が出たのは、上下左右の区別がつかない、無重力の異界。
 2人が通ってきたのは、守美子が事前準備で作っていた守美子特性の異界への入り口。

「母さん、ここに殿様封印すんのか?」

「ええ……ココよ」

 反抗的な目と態度の良守とは違い、大和撫子な態度で手を重ね下腹部に置いた守美子は静かに答える。

 数時間後、異界への入り口は2人が出る前に完全に閉じる。

 良守と守美子は異界に閉じ込められ、世界から消える。
 それから一年後、役目を携えた雪村時音によって、助け出されるまでは……。

 異界を出た雪村時音、墨村良守、墨村守美子、そして守美子に抱かれる赤子の女の子は、ひっそりと家に帰っていった。


 女の子は、母親の寿美子のように自身の力を完全に制御し落ち着いた女性になるように、また守美子のようにならないように“守美”を逆に使い、

 ――“美守”


 と名づけられた。





魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第1話 「異界生まれの女の子」
作者 まぁ





 私立聖祥大学付属小学校三年生、栗毛をツインテールにくくった少女

 ――高町なのはにはここ数日気になる事があった。

(どうやってるんだろう……? 寝てるよね)

 隣の席の黒く長い髪を腰まで伸ばし、少しキツメの目が特徴的な少女についてである。
 少女は顔を下げ、あたかも寝かせた本を読んでいるかのような体勢で眠りに着いているのだ。
 机に腕を置き身体を支えながら、5秒毎にシャープペンで机を軽くノッキングしている。
 教師の視線では目が閉じている事がわからないように計算されているかのように完璧な体勢。

(起きてないよね……だって三日前だって)

 なのはは思い出す。この疑問の出発点を――


 三日前の事、授業中に消しゴムを落とした時のこと。
 隣の席の足元まで転がってしまい、話したことはない隣の席の女の子を見ると、ノートを板書している体勢でスヤスヤと眠っているのだ。
 しかも、ノッキングは欠かさない。このクラスの誰にも眠っている事を悟られないように最大限の努力が見て取れる。

(努力の方向間違ってない?)

 なのはの視線に気づいたのか、ゆっくりと目を開ける。その感情の入っていない瞳に見つめられ、一瞬心奪われたなのは。
 しかし、気づいてしまう……視線を感じて目を覚ました癖に、その行動はゆっくりに昼寝から目覚めまでスムーズにこなしたのだ。
 端から見ると寝ているとは誰も思わなかっただろう。

「どうしたの? ……えっ……っと」

 この反応には覚えがあった。クラス替え直後の初対面の人の反応……。
 学期初めに行われた自己紹介で聞いたはずだが覚えきれず、聞きたいのだがまた聞くという気まずさを表した詰まり。

 それを察したなのはの行動は速かった。

「なのはだよ、高町なのは」

「ぁあ……高町さん、どうしたの?」

 ことの詳細を説明したいところだが、今は授業中。そろそろ教師の目がこちらに向き始めている。
 なのはがとった行動はジェスチャー。指で女の子の足元を指す。
 少女も察したのか、すっと消しゴムを取るとなのはに渡す。

 消しゴムを受け取ると、一度教師に視線を向け再び戻す。

「ありがとうね、えっと……」

「……」

 聞こえてきたのは、心地良さそうな寝息。まさかと思い、顔を見ると元の体勢に戻っていた。

(寝つきよすぎだよぉ)


 それ以来気になったなのはは、少女を観察し、隙あらば名前を知ろうと機会を伺うことにした。

 黒板を板書しながら、思い返していたなのは。チラチラと少女を見ているが起きる気配はない。
 名前を聞こうと機会を伺っているが、午前中の最後の授業となった今でも一度もチャンスが訪れる事はなかった。

 授業始まりの礼の時は立ち上がり礼をして着席すると同時に、教科書を開き昼寝の体勢に落ち着く。
 授業中は本を読んでいる風の体勢で眠り、授業が終わり休み時間になると机に突っ伏して熟睡する。

 必要なとき以外は目を瞑り、夢の世界に旅立っている。
 本日のテスト返却の時もまるで起きていたかのようにスッと立ち上がりテストを受け取りに行く。
 そしてなぜか、少女がテストを受け取る時だけ、教師は優しく褒めていた。
 しかし、他のクラスメイト達は返ってきたテストに夢中になっており、その違和感に気づくものはいなかった。

 テストを見返している隙に声を掛けようと試みるも、すでに少女はテストをしまい再び眠りに着いていたのだ。

 そのあまりにも迅速な寝付きに驚愕しつつ、テスト結果を友達の月村すずかとアリサ・バニングスに見せ合っこに誘われ、少女から目を離し、席を立つ。


 ――テスト返却でわかったのは苗字が“墨村”という事。
 ――教師に何故か大切にされている事。


「ちょっとなのは……墨村の事見てるけどどうしたの?」

 アリサの問いになのははこれまでの事を二人に手短に話す。

「やっぱりあいつ寝てるのね……!」

 なのはから事の詳細を聞いたアリサは、荒い息を立てながらスヤスヤと眠る墨村の元へ歩いていく。

「アリサちゃん、あの娘の事知ってるんだ……。すずかちゃんは知ってる?」

「うん……。結構有名な子だよ。アリサちゃんは去年同じクラスだった娘だし」

 すずかは、墨村に強気に話しかけるアリサを憂いを持った表情で見守りながらなのはに説明を始める。

 ――墨村がアリサと同じくらいの学力があり、アリサがそれを知ってからはライバル視している事。
 ――2年生の時に一緒だったアリサ情報では、水泳の授業は全て見学、夏でも長袖でいるし、着替えを見た事がない事。
 ――1年の時に少し大きな事件を起こしたらしい事。
 ――特に親しい友達はいないとの事。

(変な……娘なんだ)

 っとなのはが感想を持った辺りで、荒い息を立てるアリサが帰ってくる。

 その目はいつもよりもキツク好戦的であった。

 しかし、話し合いは成功しなかったらしく、会話する以前に眠り続けていたらしい。

「っというわけで、なのは! 今日の昼ごはんにあの娘誘っておいてね!」

 アリサはそういうと、すずかを連れて席に戻っていく。
 未だ声を掛ける事が出来ない墨村に対して昼食に誘うという難題を課せられたなのはは、足取り重く席に向かう。


「ねぇねぇ……墨村さん」

 席に戻るなりなのはは、夢の世界に旅立っている墨村に声を掛けていく。
 数回チャレンジすると、墨村はゆっくりと目を開ける。
 しかし、その目には前回のような吸い込まれるような瞳ではなかった。
 不快感たっぷりの不機嫌な感情が乗った瞳がなのはを襲う。

「……なに?」

「今日さ、一緒にご飯食べない?」

 考え込んでいるのか、墨村は固まったまま動かない。
 不快感たっぷりの瞳がまた無表情な瞳に変化していたのになのはが気づく事はなかった。

(やっぱり、ダメなのかな……)

 っとなのはが諦めた時、墨村はまた目を閉じて眠り始める。珍しく首をこっくりこっくりと動かしながら……。

(はにゃにゃ〜。やっぱりダメだったよぉ。アリサちゃんになんて言おう)

 などと悩みつつ頭に授業の内容が入ってこないまま授業をこなす。
 終了のチャイムと共に、なのははアリサ達に謝罪と昼食を一緒にとる為に集まる。

「アリサちゃん、ごめん! 誘ったんだけど……」

 っと話しかけるも、アリサとすずかの視線はなのはに向いておらず、なのはの真後ろに向けられていた。
 その事に気づいたなのはが振り返ると、眠たそうに瞼を半分開けた状態でのっそりと立つ墨村がそこにいた。
 恥ずかしがる事無く、大欠伸を伸ばすと手に持った弁当箱をなのはに見せる。

「お弁当……」

 フラフラと放っておけば倒れるような墨村の手をすずかが持って屋上に向かう。
 少し嬉しそうなすずかを先頭に屋上に辿り着いた一行は空いていたベンチを占領して昼食を取る。

 墨村の動きは遅く、話しながら食べているなのは達よりも食の進みは遅い。
 呼んだ手前、何か話題を振らねばとチラチラと墨村を見るなのは。

「墨村さんはテストどうだったの?」

 苦し紛れに出した話題ながら、横に座るアリサからは強く肩を掴まれ、親指を立てて褒め称えられる。
 しかし墨村は、何を言っているかわからないとばかりに疑問の視線を向ける。

「キィィィ!! 今日帰ってきたでしょう!! 4時間目に!!」

 アリサが墨村に詰め寄るも、墨村の反応は薄い。反応を得ようとアリサが墨村の肩に手を掛けようとした瞬間、すずかが割って入る。

「墨村さん……テスト、ポケットに入れてなかった?」

 すずかの言葉に、墨村はスカートのポケットから綺麗に折られた紙を取り出し、差し出す。
 そして、そのままゆっくりと食を進める。

 アリサ、すずか、なのはは差し出されたテストを覗き込む。

「すご……」
「やっぱり……」
「なんで……なんで負けてんのよぉぉ!!」

 関心するなのはとすずかとは対照的に、アリサは悔しさ満点の声を上げる。
 その勢いのまま、墨村の方を向くが、一瞬にして凍りつく。
 弁当を食べたまま眠り始め、タコさんウインナーを咥えたまま、心地良さそうに寝息を立てていた。

 しかし、座ったままの体勢で眠りながらではフラフラと上半身が揺れる。
 すずかはフラフラと揺れる墨村を膝に載せ、寝かしつける。

「ちょっと、すずか。起こしなさいよ! 私は墨村に聞きたいことがあるのよ!!」

「ん〜、ごめんねアリサちゃん。寝かせてあげようよ」

「すずかちゃんは、墨村さんの事知ってるの?」

 なのはの問いにすずかは、少し嬉しそうな笑顔を零しながら、何を言おうかと考えていた。

「図書館とかで偶に会うんだ。すごいいい娘だよ。妹思いで優しいし」

 それからは眠る墨村を膝に寝かせつつ、3人は昼休みが終わるまで話し続けた。

 予鈴が鳴るとのっそりと起き上がった墨村を追う形で教室に戻っていく。
 午後の授業でも、墨村は眠り続けていた。一様は授業を聞いてはいるのか、当てられると立ち上がり答える。
 その芸当になのはは驚きつつ、墨村の観察を続けていた。

(どれだけ眠いんだろ……朝からずっと寝てるよね)

 疑惑は疑惑を呼び、なのはの頭の中は墨村についての疑問で一杯であった。
 最後の授業の終わりのチャイムと共に、墨村は気持ち良さそうに欠伸をする。
 その顔は満足感に満ち溢れ、眠気は全て飛んでいた。

(学校に……何しに来てるんだろ……?)

 凝視しているなのはに気づき、視線をあわせる。

「おはよ、えっ……っと。た……たな、

 タナトスさん?」

「高町だよ! 高町なのはだよぉぉ」

「ぁあ……高町さん。どうしたの?」

「いや……えっとね」

 何を言ったものかとアタフタしているなのはと、すっきりした表情の墨村。

「っあ、そっか。私は“墨村美守(すみむらみもり)”。よろしくね」

 っじゃ! っと片手をなのはに上げ、別れの挨拶をすると足早に教室から消える。

(ホント……学校に何しに来てるんだろう……)






「っていう事があったんだ」

 アリサとすずかと共に下校しながら、なのはは墨村美守について話題を振る。
 しかし、帰ってきたのは冷静な2人のリアクションだった。
 2人とも、これから向かう塾の宿題について盛り上がっていた。

「ここよ、ここ。この道行けば塾までの近道なのよ」

 アリサが自信満々に指差した道は、木が生い茂り昼なのに薄暗かった。
 2人が疑問に思いつつも、アリサについていく。

 一度入ってしまうと、薄気味悪さはなくなり3人は先程と同じように楽しくしゃべりながら進んでいく。

(助けて!)

 なのはの心に直接語りかけられる声。驚きつつ、なのはは辺りを見回す。
 連続して語りかけられる声に導かれるようになのはは、すずか達を引き連れて森の中へ入っていく。

 道から20m程進んだところで、一向は倒れているフェレットに似た生物を見つける。
 3人は急いでフェレットを動物病院へ送ると、塾へ急ぐ。

 塾での授業中には、3人で送り届けたフェレットをどうするかを筆談で相談しあっていた。

 ――猫を数え切れない程飼っているすずか。
 ――犬を多く飼っているアリサ。
 ――家が飲食業を営んでいるなのは。

 話は難航し、塾の授業中だけでは結論はではしなかった。それぞれの家の主に相談する事で落ち着いた。








 なのは達がフェレットを発見した森の中に、制服を着た墨村美守が立ちつくしていた。
 辺りを見回すも何も見つからず、溜息と共に鞄から携帯電話を取り出す。

「っあ、もしもし、“正守お兄ちゃん”?」

『ぁあ、美守か。どうしたの?』

「昨日“美希”さんにも話したんだけど……」

『あぁ、聞いてるよ。俺も感じたしね。“空間が破られる”ような感覚だろう?』

「うん。でも、今日のは“空間を振動する”感じ……なにか、話してるみたいだった」

 美守は電話先の兄に説明すると、少ししょんぼりとしながら別れの言葉を出す。

『今日は俺も帰れるから、夜は一緒に行こうな。じゃ』

 兄からの最後の言葉に美守は一気に表情を明るくする。
 電話を鞄にしまうと、上機嫌に鼻歌を歌いながら足早に帰っていく。


 ――なのは達がフェレットモドキを連れ去ってから、半時が経った時の出来事であった。







「うちで預かれる事になりましたっと」

 ご機嫌ななのはがベッドに腰掛けながら、アリサとすずかにメールを打つ。
 塾から帰ってから、家族との夕食中に傷ついたフェレットを預かってもいいかと、未だラブラブな両親に相談したのだ。
 まずはフェレットがどういった生物かを説明しなければならなかったが、すんなりと了解を得る事が出来た。
 兄と姉にも了解を得られ、何も問題は発生せずに夕食を終える事が出来た。

 明日の時間割りを合わせ宿題の確認も終わり、後は寝るだけとなり、のんびりと寝るまでの時間をすごし始める。

(聞こえますか? 僕の声が聞こえますか!?)

 昼にフェレットを見つけるきっかけとなった声がなのはに届く。
 また、頭の中に響き、近くで声がしていない事を理解させる。

 心に響く声は、フェレットが今自分が危機的な状況である事を伝える。

 内容を理解したなのはは、一瞬にして部屋着を着替える。
 夜八時を超えているため、家族に気づかれないように細心の注意を払い裏玄関から出て行く。
 全力で駆けつけたなのはは、息を切らしつつ闇に立つ動物病院の前に立つ。

 どう踏み込もうかと悩んでいると、中からとてつもない轟音と衝撃が起こる。
 黒い影と、小さな白い物体が飛び出してくる。

 瞬時に白い物体がフェレットモドキであるとわかったなのはは、両手を広げて招く。
 フェレットモドキも招いてもらえる事がわかっていたのか、飛び込む。

「来てくれたんだ……。
 僕はユーノ。

 助けてください!」

 受け止めたフェレットモドキ、ユーノから発せられた言葉に、驚きつつも目の前に迫る黒い影の化物に意識は映る。
 事情をユーノから聞くよりも先に、なのはが選択したのは逃げる事。

 街を行き先も決めずに走る。

「……っというわけなんです」

 なのははユーノから

 ――ユーノは異世界から発掘した遺失物を追って来た事。
 ――自分だけでは解決できないので、魔法の資質を持つなのはに協力してほしい事。

 を聞かされる。

 そしてその間ずっと、お礼は必ずするとゴリ押ししてきた。
 それをやんわり断りつつ、逃げてきた道を振り返り化物が追いついてきていないか確認する。
 いない事を確認すると、なのはは減速し体力を回復させる為に大きく息を吸っては吐く。

「追ってきてない……みたいだね」

「そうです……ね」

 お互いに確認を取っている最中、空から巨大な落下物が襲い掛かる。
 なのは達の目の前に降って来たのは、先程の化物。

 安堵した瞬間に襲ってきた恐怖。
 あまりの事に固まり、目を閉じ反らすなのはに構うことなく、化物は全力で喰いに掛かる。

 数秒たっても痛みも衝撃もなのはに届かなかった。
 不思議に思ったなのはは、そろりと目を開け化物の方に目線を向ける。

 化物はなにか見えない壁にぶつかった様に空中に止まっていた。
 なのは自身も何か透明なモノに四方を囲まれていた。

「これもあなたが?」

 なのはは腕の中にいるユーノを見るも、ユーノも何が起きたのかとキョロキョロしているだけだった。

「いいえ、これは……魔法じゃ……ない」

 見えない壁から離れた化物を凝視するなのは。
 しかし、注意は化物にではなく、その奥の闇。
 街灯の間の闇を2つ奥にいった所……

 そこに黒装束に身を包む黒髪の少女がうっすらと見える。
 それ以上の細かい事は闇である為に見えはしなかった。

 その少女もなにやら、慌てたようにアタフタと動くと消えてしまう。

 少女が消えてからはなのはを覆っている透明なモノが揺れ、シャボン玉が消えるように儚く透明なモノは消え去る。

「今のうちに……レイジングハートを起動させないと! 僕の言うとおりに詠唱してください」

 なのはが詠唱されるユーノの後を追って、渡された赤い宝石を掲げながら唱えていく。

 ギリギリのタイミングで詠唱を終えると、ピンク色の光がなのはから天に向けて立ち上る。

 ユーノがなのはに、自身を護るバリアジャケットと魔法を操る杖を想像するように助言する。
 なのはは、小学校の制服をイメージし、白を基調としたバリアジャケットを創り出す。
 円形の金属に赤い宝玉を包んだ杖のイメージで、レイジングハートを起動させる。

 バリアジャケットと杖が形を成すと、なのはとユーノを包んでいた輝かしいピンクの光は消え去る。

 ピンクの光に警戒し近づかなかった化物が、光が収まると同時になのは達に飛びかかる。

 反射的に目を瞑り、形成したての杖を化物に翳す。

『プロテクション』

 杖から発せられた言葉と共に、ピンクの光が防壁として発生する。

 なのはの操作ではなく、杖となったレイジングハートが独自に防御用の魔法をなのはの力を勝手に使い発動させる。
 魔法についてまったくの無知であるなのはに自力のみで戦えと言って出来るわけはない。
 それでもユーノがレイジングハートをなのはに託したのは、この宝玉がインテリジェンスデバイスという意志を持つ希少なものだからであろう。
 魔法を使う資質を持つ者と、指導するモノ――ここに即席のコンビは誕生する。

 ユーノはなのはに、自身の魔法がプログラムを用いて魔法を発生させている事と、目の前に迫る化物の対処法を教え、後ろに下がる。
 先程まで抱いていた恐怖と困惑の目が消え、闘志にも似た強い瞳で前を見据えるなのはの集中を切らさないようにと、ユーノに出来る精一杯の配慮だったのだろう。
 しかし、既に集中に入ってるなのははユーノが後ろに下がった事に気づきもしない。

 レイジングハートを化物に向けると、言葉すら交わしていない相棒と息を合わせるように呼吸を整える。

 警戒心からか、先程までよりも力を溜め飛び掛る化物の突進をなのはは、先程同様に防壁で防ぐ。
 見事に突進の勢いに勝ち、防壁にはじかれた化物の残骸が飛び散る。

 化物は再生するために、身動きせずに飛び散った残骸を集めていく。
 なのはは、レイジングハートを天に掲げると、ユーノに教えてもらった対処法……“封印”を実行する。

 っと言っても、実行するのはレイジングハートなのだが……。

 杖の柄から伸びたピンクの光の帯が化物を包み込むと、化物は消滅し、蒼い宝石が現れる。


 こうして、長かったようで短かったのか……高町なのはと異世界の運命は幕はあがる。




 バリアジャケットとレイジングハートを収めると、遠くから聞こえてくるサイレンの音。
 砕けたアスファルトを凝視し、このままここにいれば捕まってしまうっと本能的に気づいたなのははユーノを連れて走り去る。

「ごめんなさ〜い!!」

 逃げ出したなのはは見事警察達には見つからず、家の近所まで辿り着く事が出来た。
 息を整えつつ、歩いて残り少ない家路を歩く。

(待って! 誰かいる)

 ユーノからの思念通話で、完全に油断していたなのはが前方に注意を向ける。
 微かな足音と共に、街灯の光の中に現れる人影。

 片方の袖のない黒い作業和服に身を包む緑髪のセミロングをポニーテールに纏める女性がゆっくりと光の元に現れる。
 作業和服の上に羽織っている黒い羽織も左だけ脱ぎ、黒い羽をモチーフにした刺青がびっしり刻まれた左腕をなのはに向けてかざしていた。
 元々キツイ目つきなのだろうと、友達のアリサを思い出しつつ、目の前の女性に警戒心を抱きつつ構える。

 女性はおもむろに、胸から黒い葉書を取り出す。

「この印に見覚えは?」

 取り出された黒い葉書の中心に描かれた黒い星のマークを凝視するも、見覚えは一切なかった。
 端からわかっていた風に、女性は葉書をしまう。

「逃げようなんて思わないでくださいね……義妹と同年代の娘を撃ち落したくはありません」

 女性は左腕から黒く禍々しい翼を出現させると、照準をなのはに合わせる。

「あなたは……誰なんですか……?」

「今のところ……敵ではありません。お名前を伺いしていいでしょうか」

「……高町、高町なのはです」

 なのはから一切視線も意識も反らさずに、携帯を取り出すとどこかへ電話を掛け“高町なのは”の名前の照会を始める。
 一分もせずに返事がきたのか素っ気無い返事を返すと携帯を切り、胸元にしまう。

「“異能者”ではないようですね」

 尋常ではない殺気を吐き出しつつ、出現させた翼がより禍々しさを増し、触れるだけで刻まれてしまいそうなほど刺々しく翼を広げる。
 さすがに身の危険を感じたなのはは、レイジングハートを構え、戦闘態勢に移行していく。

「異能者自治組織“裏会”実行部隊“夜行”所属副長、羽鳥美希です。あなたを……拘束し、事情を聞かせてもらいましょう!」





 ――TO BE CONTINUED







 あとがき


 どうも、まぁです。

 途中で削除してしまいました『異能と魔道』をベースに作り直しました。

 ストックが尽きるまで、定期的に投稿していきます。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.