世界を破壊しかねない使用用途不明の魔導アイテム、『ロストロギア』……通称“ジュエルシード”。

 幾多の世界を管理し、平和を維持し続ける組織である時空管理局……通称“管理局”。

 一部の選ばれたエリート――執務官の役職を持つ若干12歳の少年、クロノ・ハラオウン。

 彼は気絶し海水にずぶ濡れになった黒髪の少女……墨村美守を背負っている。

 その後ろには、栗毛のツインテールの今のところなんちゃって魔導士の高町なのはが少しオドオドしながらついてきている。

 クロノの背に背負われた美守の瞼は切れて血を流し、もう片方はプックリと腫れている。

 塗れた服の下には全身にクロノとの戦闘により受けた攻撃により、打撲まみれとなっている。

 背負っているクロノは、傷つけた美守に対して特に気遣いもせず、運べればいいといった感じでぞんざいに背負っている。

「さて、異能者を回収したし……暴れずについてきてくれよ」

 少し冷たく言い放ったクロノは、心なしか荒れている。

 落ち着いた声もどこか棘が出ている。

 クロノ手馴れた様子で転移魔法を展開する。

 なのはまで覆った転移魔法により、3人と1匹は海鳴市から姿を消す。

 その瞬間、海鳴市で起きていた風も波も静かになっていく。




 3人が転移してきた先は、無機質な戦艦の廊下。

 広く明るく、閉塞感は感じない広々とした廊下になのはは見とれてしまう。

 見とれるなのはを置いて少し進んだクロノは、上を向いているなのはへと向く。

「珍しがっているところ悪いが、ついてきてくれるか?

 それと君……フェレットの姿はもういいんじゃないか?」

「……はい。そうですね」

 なのはの肩に当然のように乗っかっていたフェレットもどきのユーノ。

 なのはの肩から颯爽と飛び降りると、光を放ちながら大きくなっていく。

 突如フェレットから人の大きさに巨大化を始めたユーノに、なのはは目を大きく上げて口をパクパクとさせる。

 光が収まると、薄い金髪の整った顔立ちの少年が現れる。

 マントに半ズボンと、旅やら冒険やらには中々いい格好をしたユーノは、久々の開放感を味わうように薄らと笑みを浮かべる。

 突如人間になったユーノに、思考停止まで追い込まれたなのははアングリして声がでない。

「なのはの前でこの姿は久しぶりだね」

「し……しししししいっ……知らないよ! 初めてだよ!」

「あれ? そうだっけ……」

「えええ!? だって……きが……ききき。きがえとか……お、おおおふろとか」

「え……あ……うん。ごめん」

 喋るフェレットだと思い、裸も下着姿も恥ずかしげもなく見せていたなのはの顔は真っ赤だ。

 お互いに言い訳を言いあっていると静かに、音もなく力が爆発した。


 時空航行艦アースラに転送したなのは達を襲った“それ”は、理解を超えたモノだった。


 …………

 ……


 ユーノ君と出会った瞬間からそれまでのたった9年ほど生きてきた私――高町なのはの常識を突き破る出来事には何度も出会った。

 今目の前で起こってる“コレ”も、その中でもジュエルシードの力を引き出したモンスターと出会った時と似ている。

 でも、そのプレッシャーは比べるまでもなく大きい。

 本能に直接危険を報せてきて、体の芯から震えが込み上げてくるよ。

 頭に浮かぶのはただただ、『何が起きたのか?』という問いへの答えの探索だ。


 ……

 …………


 っと高町なのははただただ固まってプレッシャーの出所を見ていた。

 その先には、クロノに背負われた意識なき友人墨村美守がいた。

 力の爆発の出所は疑うまでもなく、美守だ。

 クロノも耐え切れず、振り払うように美守を落とす。

 美守から距離をとり、なのはに接近すると万が一にもなのはが飛び出さないように手を横に伸ばす。

 『この力は異常な現象なんだ……?』っと目の前に立ったクロノの手が細かく震えているのをみて、なのはは確信する。

 なのはの確信が正解だと示すかのように、アースラ内に警告のアラートが叫んでいるかのように鳴り響く。

 頭を横に動かしクロノの頭で遮られていた美守が堕ちた地点を視界に入れる。


「く……も?」

 雲。

 美守を視界にとらえるはずが、なのはの視界を支配したのは“墨で枠を取られたような雲”だ。

 雲は美守を中心として外側へと、桁外れの力とプレッシャーを含み無秩序に拡散していく。

 雲が美守に触れようと物理的に抵抗は一切受けないが、触れているだけで体の奥から力が漲る。

 行き場のない力が体内を駆け巡り、内臓が拒絶反応――強烈な吐き気をなのはに届ける。

 必死に我慢するなのはの目の前でも、クロノも同様に吐くのを必死に我慢している。

 違う点があるとすれば、クロノに大量の油汗が滲んでいるぐらいだ。

 雲の奥に薄らと倒れている美守が見えるが、なのはは駆けつける事が出来ない。

「エイミィ……聞こえるか? 何が起こってる?」

 吐き気に耐えるしかないなのはの前で、クロノは吐き気を抑えつつ、“誰か”へ通信を送る。

 しかし返事は返ってこず砂嵐が流れる音のみが返ってくる。

「くそっ! 異能者(ばけもの)め、ジュエルシードを所持でもしてるのか?」
「ち……違う。美守ちゃんだ……美守ちゃんが」

 クロノは誰に投げかけたとも言えない自身の発言に答えたなのはの方を、バッと向く。

 視線を一点に固定し、首を横にゆっくりと動かすなのは。

(この様子……この子もこの現象に理解があるわけでも知識があるわけでもない……ただただ本能でわかってるんだ。
 この胸糞悪いプレッシャーを感じてるのか……)

 っとクロノはなのはの言動、行動から読み取る。

「小さく……? なってる」

 振り向いたのに一瞥もしないなのはの言葉に、見えているのか? と思いつつ、クロノも美守へと視線を移す。

 依然として、肌で感じるプレッシャーが小さくなっているなんてことはない。

 肌で感じるどころか、体の芯から温度を掻っ攫うかのように襲ってきている。

「小さく!? なにか見えているのか!?」

「えっ……見えないんですか? この雲」

「雲? どういうこ……」

「っえ? き、消えてく! 出口が……閉じてるの?」

 なのはだけが見えている美守から大量に流れてきている雲は以前と変わらずの勢いを保っている。

 しかしその出所が、まるで穴が小さくなっていくかのように細くなっていく。

 なのはが「消えていく」っと口にした瞬間から、まるで今までの力の奔流が嘘かと思えるほど瞬間的に消え去ってしまう。

 まるで先程までの出来事が白昼夢かとも思えたが、アラートがそうではないと主張し続けている。

 吐き気も、雲が触れなくなった瞬間に、嘘のように消え去る。

『クロノ君、無事? 突然クロノ君の近くで高エネルギー反応が出てきて、通信も通じなくて……』

「あぁ……発生源はわかってる。異能者(バケモノ)だ」

「違う……! 美守ちゃんは異能者さんだけど、化け物じゃないよ!」

「違わないさ。異能者は化け物だ」

 『次、暴走と思わしき反応があったら教えてくれ、その時は処分するから』っとクロノの口調は冷たく、態度が冷静に戻っていた。

 次元世界での異能者の扱いは聞いている。

 しかし美守を――異能者を、友達を“化け物”と言い放ったクロノに対してカチンっときて睨むようにクロノを見る。

 なのはの視線に気づいたクロノはその視線を受け止めつつ、何も間違ってはいないと冷静な態度のまま変わらない。


「ここ……どこ?」

 睨むなのはとそれを受け止めるクロノ。

 2人の緊迫した雰囲気に割って入ったのは、先程まで気を失っていた美守の寝ぼけたような声。

 視線が美守を捕らえた瞬間、2人の時間は再び止まる。

 

 ――起き上がってきた美守の体中に浮かび上がった禍々しく痛々しい真っ黒の紋様、タトゥによって。





魔法少女リリカルなのは×結界師
―ふたつの大樹は世界を揺らす―
第13話 「嬉し涙と悔し涙」
作者 まぁ





 むくり……

 まるで昼寝から目覚めたようにゆったりと無警戒に上半身を起こした美守。

「ここ……どこ?」

 眠りから覚めたばかりの働かない頭で考えることなく放たれた美守の言葉。

 質問を投げかけたのに、すぐにでも眠ってしまいそうにフラフラとしている。

 まだまだ寝れると主張しているかのように気だるそうに開かれた瞼と脱力した体。

 つい先程まで美守の両目を塞いでいた切り傷と腫れが、綺麗さっぱりなくなっているのだ。

 治癒……? いや、それよりも早い。治療というよりも復元に近い。

 それよりもクロノとなのは、ユーノに飛び込んできた美守の変化。

 ――顔や手、足など余すところなく美守の肌に現れた禍々しく痛々しいほどのタトゥ。

 樹の根っこをイメージしたのか、クネクネと曲がっていながら途中でいくつも分岐して、美守の肌が見える面積のほうが少ない。

 まるでいつぞやの昔話、耳なし芳一。

 お経の代わりにタトゥ……なんとも痛々しく惨い。

 綺麗でサラサラなストレートの黒髪も、普段は眠たそうに半分落ちているがしっかりと開けば強く主張してくるつり気味の意志が強い目も、年相応な女の子の身体も。全てを台無しにしてしまう禍々しいタトゥ。

「美守ちゃん……それ……」

「……ここ、どこ?」

「時空航行艦アースラの艦内だ。問題を起こそうとしないでくれよ。艦内で処分したくはない」

 クロノの冷たい言葉にも美守は反応は薄かったが、クロノの答えが数秒かけて美守の頭の中へと染み込んでいく。

 そして徐々に答えに対するリアクションが現れてくる。

 落ち気味だった瞼がどんどんと開いていき、限界を超えたんじゃないのか?っと思ってしまうほど目を見開く。

 そこから読み取れるのは怯え、恐怖――絶望だ。

 バッと手を目の前まで持ってきて、そこに刻まれている自身のタトゥを視認した瞬間、身体を屈め

「いやぁぁぁぁ!!!」

 鼓膜が破れるのでは……なんて思えるほどの美守の拒絶の叫び。

 蹲って既に表情は読めないが、なのはは確かに読み取った……美守が恐怖する瞬間の顔を。


 ――美守ちゃんが肌を見せれない理由ってこれなの?
 アリサちゃんが着替えも見た事ないって言ってし、夏でも長袖だって。
 なんで全身にあんなのが出てきたのかはわからないけど……もしかしてずっと服に隠れる部分にあるのかも。

 だから。

 もしあんなのが私の身体にあったら……やっぱり隠すもん。
 だって、そんなのあったら皆に、アリサちゃんに、すずかちゃんに嫌われちゃう。そう思うもん。



「暴走か……やはり異能者(ばけもの)。あまり艦内を汚すのは気が進まないが、しょぶ」」

 バチィィンッ!

 デバイスを展開し、機械的に美守へと攻撃を加えようと構えたクロノの頬に、飛び込んできたのはなのはの怒りのビンタ。

 全力で振り切られたそれは、甲高い音と共にクロノの頬を片方だけ赤く染め、ジンジンとした痛みを残す。


 異能者の暴走のほとんどは感情を爆発させてから、手もつけられないほど後先考えずに力を発揮する。
 例え肉親を巻き込む可能性があったとしてもおかまいなし。
 それは放っておくと世界さえも破壊するのではないかというほどである。
 だから早めに手を打って、一般人であるなのはを守ろうとしたのに……。
 なんでこんな怒ってるんだ……? あれは不幸を呼び込む化け物なのに。


「僕は君達を守ろうと」

「美守ちゃんは化け物なんかじゃない! ユーノ君からユーノ君の世界で異能者の人がどういうのかってのは聞いてます! 

 管理局さんが来たら協力しようと思ってました。でも美守ちゃんを、私の大切な友達を“化け物”なんていうなんて許さない!

 ――だから、ジュエルシード集めは私とユーノ君でします! あなたには協力したくはありません!」

 なのはの宣言に困惑しているクロノを、なのはは無視して未だ叫び続け蹲っている美守の基へと駆けつける。

 なのはの足音に身体全体でビクッと反応しながらも動かない、動けない美守はどんどんと叫びが小さくなりガタガタと震えだす。

 膝をつくと、ブツブツと美守の呟きが聞こえてくる。

「やだやだ……みら、見られ。しら・・・れた。ハァハァハァ」
「美守……ちゃん」

 ガタガタと震える美守を見たなのはは、思わず後ろからギュッと抱きしめていた。

 抱きしめてみて、なのはは美守が見た以上に震えているのがわかる。

 震えを止めてあげようと更に力を込めてみても、震えはとまらず、逆になのはの腕がプルプルと震える。

「は、や……てはや……て……。は、は。はや……て…………は……やて……はや、はや、や、や……はy……は、は……は、やて」

「だ……大丈夫。大丈夫だから」

 なのはから不意にでた言葉。

 しかし、それがまるでパズルが綺麗にはまるように、『どうすればいいのか』をなのはにわからせる。

「大丈夫だよ、美守ちゃん。ちょっと驚いちゃったけど、嫌いになんてならないよ。むしろ美守ちゃんの秘密が知れて嬉しいよ」

「うれ……しい? 私、こんな……こんなだよ」

「うん。ちょっとびっくりしちゃったけどね。私、結界師さんにずっと会いたかったんだ。美希さんからいい子だから仲良くしてねって言われてたし、お礼を言いたかったんだ。知らなかったけど、今まで護ってくれてありがとうって。

 嬉しい……本当に嬉しい。

 どんな優しい子なんだろうってずっと考えてた結界師さんが、美守ちゃんだったもん。

 温泉の時に隠そうとしたのだって私たちをびっくりさせないようにでしょ?」

「違う……ちがうの。怖かったの、知られたらもうしゃべってくれないんだと思って」

「違わないよ。美守ちゃん優しいもん」

 ギュッと抱かれた美守の震えはなのはの体に飲み込まれるように消える。

 誰も動けない中、静かに近づいてくる者が声をかける。

「少しは落ち着いたかしら? 墨村美守ちゃん」

 涙を流し抱き合っているなのはと美守に声をかけてきたのは、落ち着いた女性の声。

 なのはが振り返ると、腰まで掛かった緑の髪のポニーテールにデコに奇妙な紋様。

 グラマラスな女性らしいボディを青色の制服に身を包んだリンディ・ハラオウン。

 美守とクロノの戦いを微笑ましく見守っていたクロノ・ハラオウンの母親にして、今現在いる時空航行艦アースラの艦長。

 その表情は微笑み。

 まるで久しぶりに知り合いの子供に会ったような……。

 声を掛けられた当の本人、美守にリアクションはない。なのはの腕の中で未だに涙を流している。

 逆に抱いているなのはは、リンディに注目していた。

「美守ちゃんは……もうちょっと無理か。では、こちらを先にすませましょう。あなた、お名前は?」

「高町……なのはです」

「なのはさんね。私はリンディ・ハラオウン、この時空航行艦アースラの艦長をやっています。

 そこであなたにビンタされたクロノ・ハラオウンの母です」

 フフフっと手で頬を撫でるクロノをさす。

 クロノはフンッと拗ねた表情で視線をそらす。

「ちょっとクロノは異能者に対して嫌悪感を露にしすぎね。友達を悪く言われるのは耐えられないわよね、この子に変わって謝ります」

 そう言うと、リンディは深く頭を下げる。

「私たちの世界での異能者の扱いがそうであったとしても時と場合を考えなさい、クロノ執務官。少し下がって頭を冷やしてきなさい」

「しかし、かあさん!」

「艦長……です。はやく行きなさい」

 クロノは不服そうな表情を崩さず、渋々と下がっていく。

 それを見届けるリンディの表情は少し険しく、どこか悲しげな表情であった。

 クロノが見えなくなると、リンディは優しく美守に近づく。

「びしょびしょね。なのはさんも、美守ちゃんも。

 シャワー浴びに行きましょうか。その間に少しなのはさんにはお話を聞いて貰いたいと思います。クロノ(あの子)のことで」

 優しい物腰でなのはと美守に言葉を投げかけるリンディ。なのははリンディの言葉に従い、歩き始めたリンディの後を追う。


  ◇



 リンディに連れて行かれた先は、何人一度に浴びるんだろう……っと思ってしまうほど大きなシャワー室。

 規則正しく配置された個室のシャワールーム。

 リンディは優しくなのはに、浴びていいわよ。っと言い、なのはをシャワーへと誘う。なのはは促されるままに服を脱ぎ、近くの個室へと入っていく。

 なのはの脱いだびしょ濡れの制服を洗濯機に入れ、目を真っ赤に腫らしノロノロと制服を脱いでいる美守に視線を向ける。

 全て脱ぎ終えると、なのはが入った個室の横の個室へと言葉もなく入っていく。

 2人が入った個室からシャワーを浴びる音を確認すると、2人の制服を入れた機械を操作する。

 シャワーからの水が落ちる音、機械が動いている音が支配し始めたシャワールーム。2人の個室の前まで来たリンディは静かに語り始める。

「先程も言いましたが、クロノは私の1人息子です。父親に似て優秀で、あの歳でこの艦の重要な戦力です。

 少し……いえ、かなり異能者に対して憎悪に近い感情を持ってしまっています。残念なことに……ですが。

 その理由は、あの子の父……私の夫の最後にあります。

 詳しくは言えないのだけど……

 夫はとある重要なロストロギアの護送中、そのロストロギアの暴走によって死にました。

 その暴走に異能者が関わっているっと管理局内では言われ続け、幼いクロノは信じてしまい、それ以来異能者に対して強く当たっています。

 本当はそんな事ではないのに」

 そう、夫の話ではその異能者は管理局が不可能と判断した暴走直前のロストロギア『闇の書』護送を可能にしたたった一つの希望だった。

 とある辺境の世界の砂漠のまち出身だった夫の幼馴染とだけ聞いていて能力も何も聞いたことはない。

 一度会っただけだが、底抜けに明るかった。

 が、夫はその異能者の協力が得られるとわかってから、これで異能者に対する弾圧もゆるくなる! と年甲斐もなくはしゃいでいた。

 管理局が管理している世界では異能者は絶対的な差別対象。しかし、夫は生まれ育った町が特殊だったのか、その意識はなかった。

 私も差別意識がなかったと言えば嘘になる。

 しかし、あんなにも異能者を信じている夫を見て、あの任務が無事成功したならば信じてもいいかもっと思っていた。

 しかし、結果は失敗に終わり夫もその異能者も死んでしまった。

 管理局の発表は

 『護送艦に忍び込んだ異能者の暴走によって起きた事件』

 っと発表された。

 そう、任務失敗をたった一人の名前も知らない異能者になすりつけたのだ。

 それ以来最愛の夫を失った悲しみから、異能者の存在のことなど考えたくなかった……。

 しかし出会ってしまったのだ、

 神と呼んでも遜色ない強大な魔道生物をも微笑み混じりに赤子を相手にしているように捻じ伏せる赤子を抱いた異能者に。

 まさに圧倒的だった。

 汗一つ流さず、息一つ乱すことなく事もなげに魔道生物を屈服させた異能者に魅了されたと言ってもいい。

 憎むべき異能者の力に惚れ込んでしまったのだ。

 ………………

 …………

 ……


 言葉に出さずに思慮にて自身に言い聞かせるように思い出していたリンディに、なのはが入った個室のドアが開く音が届く。

 少しさっぱりした表情のなのはが、リンディを探してドアの隙間から顔だけ出す。

 思慮にくれていたリンディは優しく微笑みつつ、なのはにバスタオルを差し出す。

「とにかくね、許せないでしょうがごめんなさいね。今度は、そちらの話をきかせてくれないかしら?」

 なのはは少し戸惑いながら、ゆっくりと返事をすると、ユーノとの出会いから今までを話始める。

 リンディは、なのはの話を静かに相槌を打ちながら、聞いている。

 なのはが必死に言葉をつむぎ、一通り話し終えたのは10分後。

 リンディはその間一切の質問を挟まなかった。

 そして、その間美守が入った個室から水が落ちる音が途絶えることはなかった。

 なのはの必死の話を頭の中で反芻し、納得のうなずきをリンディが見せる。

 と同時に、2人の制服を入れた洗濯乾燥機から完了のアラームがなる。

 リンディは中からなのはの分を取り出し、バスタオルに包まっているなのはに渡す。

 空間内で音を立てるたった1つのポイントである美守が入った個室の前に移動する。

「美守ちゃん、大丈夫?」

 10分以上ただただシャワーを浴び、動いている様子が聞こえてこない事に心配したリンディが声を掛けるも返事は返ってはこない。

 仕切りであるウエスタンドアの上から覗き込むと、俯きプルプルと小刻みに震えていた。

 リンディは操作してシャワーを止めると、バスタオルを美守の頭から掛けて優しく抱きしめる。

「まけ……たんですよね、私」
「ええ、思い出したの? でもあの子とは歳も離れてるし、美守ちゃんの歳ならすごい健闘したわ」

 優しく抱きしめられると、さっきまで堪えても堪えてもポロポロと零れ落ちていた涙が堤防が決壊したように流れ出てしまう。
 悔しい……私の庭を荒らした“敵”に手も足も出ないでボコボコにされて、なおかつ手当てなんか受けてる。
 これが夜の巡回任務だったなら……私は妖に食われて死んでいた。
 私は強くない……弱い。

 シャワーを浴びて頭が冴えてきてから、クロノとの戦闘の時の記憶が鮮明に蘇ってきた。

 結界を張る形成速度、空間認識能力、体術……全てが足りない。
 温泉の時にわかってたはずなのに……見ないふりを、わかってないふりをした。

 だからだ……。

 私は弱い……。
 認めたくはない……。

「あ、あの……リンディさん。これからは管理局がジュエルシードを集めるんですか?」
「ええ。話を聞いて、さきほどの現状を見る限り、何者かがジュエルシードを利用しようとしていると考えられますね。それを阻止します」
「それ……私も手伝わせてください! あの子と話がしたいんです! それに……」

 涙が洪水のように流れ出ている美守を抱きしめているリンディに、なのはは意を決して自身の決意を話す。
 友達が結界師だったことに驚いたものの、その友達が目の前で完膚なきまでに叩きのめされるのを見てなのはは、美守を危険に晒してはいけない。護らないと……っと優しさから。
 まだ自分には人を護りながら戦えるだけの技量がないことは、刃鳥美希との戦闘訓練で思い知っている。
 だから護らなくていいように、遠ざけないと。

「一生懸命にしますから、だから……美守ちゃんを巻き込まないようにしてください!」

 勢いよく下ろされたなのはの頭。抱きしめるリンディ。誰からも死角の美守の顔は、自身への力の無さへの怒りに醜く歪んでいた。

 護る対象だった街の人だったなのはからはなたれた戦力外通知。

 “認めたくない”

 ――そう思った矢先、美守の心はなのはの優しさから出た言葉により、一気に加速した。


 “力がないのは認めてやる……なら、認めさせてやる。誰もが認める程の力を手に入れてやる”


 美守は抱きしめてくれているリンディから身体を離すと、バスタオルで髪と身体を乱暴に水分をふき取るとバスタオルを頭から被り、洗濯された作業和服を慣れた手つきで着ていく。

「帰ります。」

「そう、送るわ」

 俯き服を着る美守に声を掛けれずにいると、美守から静かに言葉がつむがれ、美守は足早にシャワールームを去っていく。

 リンディはなのはに他の職員が来るからと放置して、美守を追う。

 追いついても美守に話しかけるでもなく、ただ見守るように近くを歩く。

 美守に聞きたい事は多々ある。

 が、リンディは美守を笑顔で見ながら、黙ってついている。

 まるで親友の娘を見守るような微笑んでいる。

「リンディさん……クロノ・ハラオウンに聞こえていますか?」

「ええ。何か言いたいことでもあるの? つなげるわ」

「はい……ありがとうございます」

 リンディの答えを聞いた美守は仰け反りながら可能な限り息を吸い込み、勢いよく身体をクの字に曲げ割れんばかりの大声を上げる。

「クロノ・ハラオウン!! 10日だ!! 10日後にあんたに再戦を申し込む!!

 私は弱い! だから10日でアンタを超えてやる!!」

 宣戦布告。

 すっきりしたように美守は満足げに出口へと再び歩き始める。

「それではまた10日後に会えるの楽しみにしてるわね、美守ちゃん」

 笑顔で手を振るリンディに深く頭を下げた美守は、静かに海鳴市の公園へと転送される。

 地に足を突いた瞬間、美守の体中に刻まれていたタトゥーは、まるで最初からなかったかのように消滅する。

 美守はスカートのポケットから長方形の紙を取り出す。

 髪の中央には黒の太い四角模様が描かれている。

 美守が力を込めると小さく煙を上げ、紙は黒い鳩が姿を現す。

「お爺様へ伝言。学校サボってごめんなさい。裏山行ってきます」

 手を振り、黒い鳩を飛び立たせると、美守は走り始める。

 なのはの優しさが、美守を戦闘のより深く深い場所へと誘ったのだ。

 これがどういう未来へと繋がるのか、今は誰もわからない。



   ◇




 なのは達から事情説明を受けた次の日、リンディは公言通りに休暇を取った。

 ロストロギア関連の事件にぶつかったために半休となったが……

 そんなリンディは女子高生や主婦達で賑わう喫茶店、“喫茶翠屋”の一角にて紅茶を楽しみながら、とある人を待っていた。

「いらっしゃいませ〜。ぁあ、お久しぶりです、“守美子さん”」

「久しぶりだね、元気そうじゃないか。繁盛してるようだね」

 紅茶を楽しんでいるリンディに待ち人の落ち着いた声が届いてくる。

 目を向けると、そこには女子高生と主婦達で賑やかな翠屋にはいささか浮いてしまいそうな、白の落ち着いた和服を来た真っ黒の髪を後ろで縛っただけという質素でそれでいて優雅な雰囲気漂う女性、墨村守美子である。

 待ち合わせをしているリンディを探して視線を泳がせるわけでもなく、店主と世間話を話し始める。

 まるで待ち合わせなどないとばかりに、店主との話は盛り上がる。

 程なく、守美子に気づいたのか商品のケーキをトレイに乗せてキッチンから出てきて、守美子と店主の会話に参加し始める。

「私も待ち合わせで来ててね、そろそろいいかねぇ。娘の誕生日にはこっちにいるからそのときゆっくりとしようか」

「あぁ、そうですね。すみませんね、あまりに久しぶりだったからついね」

「ええ、かれこれ一年ぶりですものね」

「まぁそうだねぇ」

 話を終わらせた守美子は、一直線にリンディのテーブルに向かってゆっくりと優雅に歩いてくる。

 守美子と店主との話を待つ間にちょうど紅茶を飲み干し、ちょうどいいかと守美子を迎える。

「お久しぶりね、守美子さん」

「あぁ、久しぶりだね。どういう風の吹き回しだい? 私を呼びつけるなんて」

「あなたの娘さんに会ったわ。

 “なんの用意もなしにこの世界を出してはいけない子”とは聞いてたけど、その意味がわかったわ。

 よくもまぁ、あんな禍々しいモノを愛娘に刻めたものね。まさかあの娘が3歳の時既に……?」

「ぁあ、その通りさ。あの時の訪問は、その“禍々しいモノ”が正常に動いているかの試験も兼ねてたのさ」

 守美子のなんの引け目も感じていない態度での返答に、さすがのリンディも嫌悪に表情を崩す。

 っが、守美子という人間はこういう人間なのだ。

 美守が生まれてすぐに家族に美守の世話を任せ、世界を放浪としている。

 放浪は何もこの第97管理外世界だけに留まらない。どういう理屈かは理解できないが、次元世界を自由に行き来して何かをしている。

 その内容はどんなに聞いてもその片鱗すら答えはしない、徹底的な秘密主義……。

 その全てを飄々とした表情でなんの悪びれもなく受け流す。

 守美子とはそういう人間なのだ……。

 リンディは守美子との10年来の交友関係を思い出し、カァァっと昇った血がスゥゥっと引き、肩の力も呆れたように抜け落ちる。

 注文を聞きにきた店主に軽く注文を済ませる。

「そんな確認の為だったのかい、私を呼んだのは?」

「いいえ、あなたにちょっとした“依頼”を2つ頼みたいの。もちろん、私のポケットマネーではありますが奮発しますよ」

「ほう……どんなのだい?」

「1つ目はこの娘……この娘の周囲について調べていただきたいのです。この娘がなぜ行動するのかを調べてもらいたいのです。

 この娘の後ろにいる人物についても……」

「妖退治ならいざ知らず、一介の“結界師”にそんなこと頼むかねぇ」

「どこへでも気づかれず進入できるあなたにはうってつけだと思いますよ。もう1つは……」

 リンディがもう1つの依頼内容を説明しようとした時、店主が注文の品をもってくる。

 何も知らない人間が聞けばかなりの電波発言なので、リンディは言葉を止める。

 店主が去ると、リンディは依頼内容を告げる。すると、先程までは芳しくなかった守美子の表情が幾分か柔らかくなり、

「そっちは簡単だねぇ。ならこちらも条件を出させて貰うよ。依頼が終了次第即金で頂くよ……あんたらの通貨でね」

 っと軽く了承してきた。

「仕事の話はこれくらいにしましょうか。

 6年前に会った時は3歳だったから、もう9歳なのね……美守ちゃん。

 薄らだけどあなたに似てきててびっくりしたわ。あんな娘ほしかったわ。

 可愛くて可愛くて、抱きしめるの我慢するのに必死だったんだから」

「フフフ、あんたいつもそう言うね。『娘ほしかった』て。

 6年前に会わせた時も息子放って溺愛して」

「だって娘がほしかったんだもん。クロノも娘だったらなって何度思った事か……」

「ひどい話だね」

「思ってもない事を言うわね? 揺れないあなたの感情で何を感じるのかしらね?」

 それからはお互いに注文した品を口にしながら軽く雑談をしてリンディは休暇を楽しむ。






 ――TO BE CONTINUED






  あとがき



お久しぶりの更新です。

ふたりの大樹は世界を揺らす 第13話を更新いたします。

話自体はさほど前進はしておりませんが、

物語の核となる現象発動回です。

実は友達だったリンディと美守の母親守美子。

この2人の関係と依頼された仕事が後々に効いてくる
リリカルなのは 一期編折り返しに突入ですかね。

実はここ数か月のふたつの大樹への拍手の増加とコメントに
やる気が出てきまして、なんとか復活できました。

また皆様、楽しんでいただければ幸いです。


できれば早いうちに更新したいと思っております。

まぁ!



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


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