Fate/BattleRoyal
20部分:第十六幕

第十六幕


 時は聖杯戦争直前まで遡り、遠坂邸にて・・・

「時臣!」
時臣の書斎の扉が乱暴に開けられ、そこから灰色のミドルショートヘアーに紺の礼服を纏った壮年の紳士が眉間を激情に歪ませてズカズカと入って来る。
その無遠慮な行為に邸の主である時臣は若干、不機嫌に眉を顰めて口を開いた。
「なかなかに無遠慮だな、祐世。突然にどうしたのだね?」
一方、祐世の剣幕はそれとは対照的に凄まじかった。
「時臣・・お前、桜ちゃんを間桐に売ったのか?事も在ろうに()()()()に!?」
それに対し時臣は優雅な物腰を崩そうともせず簡潔に答えた。
「売ったと言うのは聞き捨てならないな。私は桜の未来に幸を思えばこそ間桐へ養子に出したのだ」
すると、その言葉で祐世は完全に沸点が沸いて開口一番に怒鳴る。
「馬鹿かッ!お前はッ!!」
「馬鹿とは何かねッ?私とて考えに考え抜いた末の結論だ。魔術は一子相伝。にも拘らず凛も桜も並外れた素質を持って生まれてしまった。この二人の未来を閉ざさぬ為には一方は他家の養子に出すより他はない。そして、我が遠坂に比肩し後継者を求めていると言う条件を満たすのは同じ御三家の一角である間桐家を置いて他にはない。幸いな事に間桐の御老自ら申し出てくれた。これに乗らぬ手などない」
その言葉はさらに祐世を激昂するだけであった。
「お前ッ!間桐の事を聞いているのかッ!?あそこは――――」
「これは遠坂の問題だ。他家が口を挟むな」
時臣は聞く耳持たないと言わんばかりにピシャリと言った。だが、対する祐世も聞かない。
「いいから聞けッ!あそこは・・・間桐はな・・・真っ当な魔術師の家系などではないぞ。自らの肉を捧げ、他者の命をも喰らい潰す事で成り立った外道の魔導だ。当然、その鍛錬も決して真っ当である道理など在ろうはずもない!お前はそんなん所へ桜ちゃんを―――――ッ!」
だが、時臣は失笑して答える。
「何を言い出すかと思えば・・・魔導を志す者ならば多少の苦痛が伴う鍛錬は付き物だろう。それくらいの事で目くじらを立てるなど・・・」
「そんな次元の話じゃないッ!あそこは・・・間桐は魔物の巣にも等しい一族だ。それは雁夜君が継承を拒んだ事からも窺い知れる事だろう!」
すると、時臣は今度は嘲笑も露わにして言った。
「それこそ堕落の一例だ。彼は崇高なる魔導を受け継ぐ責任がありながら、その責任から逃げた。あれ程の無責任はない。まあ、その無責任のお陰で我が娘がその栄に与る事ができたと言う物だが」
その言葉に祐世はどうにか殴り付けてやりたい衝動を抑えて再び、言った。
「今からでも遅くはない・・・桜ちゃんを今すぐ引き取りに行け!」
「ふぅー、君も図々しい奴だな。何の権利があって、そんな口出しをするのかね?」
時臣は不快だと言う口調で問うと祐世も憤然とした声で断言する。
「葵さんは私の従妹だ。その従妹の娘なら私にとっても娘と同然!その娘を心配して何が悪い!」
すると、時臣はますます、不快気に言う。
「とんだ詭弁だな・・・君は魔術師でありながら、余分な物を重視する悪癖がある。そんな事だから、如何に技量と才能が私よりも優れているとは言え、君は二流止まりの魔術師だと言うのだ、祐世」
それに対し祐世も失笑して吐き捨てる。
「人間としてはド三流のお前よりは幾分もマシだ。時臣、お前はそんな事だから肝心な所で躓くんだ」
それだけ言うと祐世は踵を返して書斎を遠坂邸をズカズカと言う足取りで後にした。

相も変わらずの石頭め!魔導以外は取るに足らないと決め込んでいる奴とは分かっていたが、まさか、ここまで見境がなくなるとは・・・・
とは言え、時臣が考えている事も分かるには分かる・・・口にこそ出さないが、桜ちゃんには途轍もない素養が眠っている・・・七十を超える魔術回路・・・・『虚数』と言う特殊属性。確かにあの子が望もうと望むまいとそれはあらゆる怪異を呼び寄せる上、協会が知れば喜び勇んで封印指定と言う名目でホルマリン漬けの標本にだってされかねないだろう。それを避ける為には魔術師の庇護が必要だ。それは私とて理解できる・・・理解できるがッ!何故・・・何故、選りにも選ってそれが間桐なのだ!
先祖が過去の間桐と少なからず交流を持っていた当時の記録書を見たが、読めば読む程にとても真っ当な魔術とは思えん・・・恐らく、同じ御三家と言う名門故に時臣の奴も信用したのだろうが、浅慮も良い所だ!恐らくカビの生えた魔術師の不干渉の掟を遵守しロクな調査すら行ってはいまい・・・
時臣・・・何故、分からない?魔術師が皆、お前のように崇高な理想を抱く者とは限らんと言う事に!

桐生祐世・・・彼は遠坂時臣と同じ師に師事した同門であり兄弟子でもあり、元は凡庸な資質しか持ち得なかった時臣とは比べ物にならぬ素質と技量を持った魔術師であるが、彼は時臣や主な一般的な魔術師達とはその倫理観が著しく異なっている。人の道に外れた魔導に傾倒しながらも彼自身は人道を第一とする人格者であり魔術師の冷酷とも言える掟を侮蔑してすらいる。
魔術は一子相伝と言う掟も完全否定して憚らず、自分が引き取っている孤児達の中に魔術の素養があれば分け隔てなく魔術の教えを施している。そう言った性質の違いから時臣とは出会った時から反目し合っており、とうとう袂を分かってしまった。とは言え、時臣の妻となった禅城葵とは従妹同士である為、その後もそれを通じ交流は続いており、その子供である凛や桜も彼は娘同然に思っているが故に今回の事は彼を憤慨させるには十分であった。どうにかできないかと彼が考えあぐねている時、事態は聖杯戦争が始まって、すぐに動き出した。

彼は使い魔を通じて時臣のサーヴァントが出現した戦場を見ていた。そこへ新たに参戦したサーヴァントとマスターを見て祐世は少し、眼を瞠る。それは件の間桐の継承を拒んだ間桐雁夜だった。それを見た祐世は怪訝に思った。
(魔術から身を退いた彼が何故、こんな所に?)
だが、次に雁夜の口から出た言葉に衝撃が走った。
『まず一つ目だが、間桐臓硯は死んだ』
その言葉に祐世は食い入るように眼を見開いた。

間桐臓権が死んだ!?あの化け物の域にまで達した魔術師が!まさか、ハッタリ・・?いや、ハッタリにしてはそんな事に意味もなければハッタリを言うにしても内容が内容・・・リスクが高過ぎる。それを彼が理解していないはずはない・・・それに、この声音は嘘を言っている風ではない。確かな響きを感じる・・・ではやはり、真実・・・それでは桜ちゃんは救われたのか?

祐世は一瞬、ホッと胸を撫で下ろそうとするが、さらに雁夜が続けた言葉に全身の血が凍りついた。
『そして、二つ目だが・・・・桜ちゃんは無事だ。・・・・辛うじてな」

()()()()!?どう言う意味だ?

さらに雁夜は言葉を続ける。
『最後に三つ目・・・・俺はこの手で必ず、お前の馬鹿面をぶん殴る。以上だ』
その言葉で祐世の脳裏に嫌な想像が過ぎった。

彼は葵さんに想いを寄せていた・・・・それじゃあ時臣に葵さんを奪われた腹いせに桜ちゃんを――――ッ!

その後、戦闘は雁夜のサーヴァントが時臣のサーヴァントに一矢報いた形で終わった。
それから祐世はすぐに遠坂邸へと足早に赴いた。

「時臣ッ!!」
祐世が乱暴な手つきで書斎のドアを開けると腰掛け椅子に沈み込む形で頭を抱え、暗澹な顔色をしている時臣が不意に入って来た祐世を見て普段とは打って変わった力のない声で言った。
「また・・・君か。今度は一体、何だと言うのだね?」
流石の時臣も娘が人質に取られた事で普段の優雅たれは何処へやらと言う状態らしい。この男も一応は人の親と言う事かと祐世は一瞬、ホッとはしたが、すぐに怒鳴る形で彼に切り出す。
「何だも何もない!時臣、今すぐに間桐邸に乗り込んで桜ちゃんを奪還しろッ!このままじゃ桜ちゃんが・・・ッ!」
だが、時臣の答えは祐世の予想を裏切るものだった。
「無理だ・・・」
「む・・無理だと?何故だ!お前の娘が人質に取られているんだぞ!父親なら何においても助けるべきだろう!?」
だが、時臣は尚も頭を横に振って言う。
「唯でさえ、英雄王の真名が多数の敵に知られた上に今、下手に動けば手の内をさらに晒しかねない」
「こんな時に何を言っている!一刻を争う事態かも知れないんだぞ!?サーヴァントを使ってでも取り戻すべきだろう!!」
祐世が一層、激昂するが、時臣は冷めた声で言った。
「それこそ愚の骨頂だ・・・・君も見ていたなら分かるだろう。あのサーヴァント・・・英雄王はこのような事を引き受けてくれる英霊ではない。令呪を使いでもしない限りね。つい最前にも令呪による強制を強いておきながら、もう一度、使おうものなら英雄王との協力関係は余計に抉れる事になる。
いや・・・そもそも、唯でさえ三回しか行使できない絶対命令権が二つとなった今、このような私事に使うなど馬鹿げている」
その言葉に祐世はプツンと何かが切れながらもあくまで冷静な声で聞き返した。
「私事・・?馬鹿げている・・・だと?」
祐世の問い掛けに時臣は煩わしそうに答える。
「そうだ・・・そもそも、既に桜は私の娘でもなければ、私は桜の父親でもない。如何に間桐の凡愚が人質として使ってこようと私が気に病む事ではない。そのような事よりも私は遠坂の当主として一族の宿願を果たさねばならない。何より今回の事で戦略を一から組み直さねばならない段階にまで追い込まれた。今、私はその真っ最中で忙しいのだ。悪いが、君もそろそろ、帰ってくれないか?聞いての通り、今の私はくだらない事に煩わされている余裕がないのだ」
そこまで言った途端、祐世の口から怒声が轟く。
「ふざけるなぁッ!!!」
その怒声に時臣は怯みこそしなかったが、不意に眼を細める。
「さっきから聞いていれば勝手な事をベラベラと・・・・自分から一方的に養子へ出しておいて・・・言うに事かいて既に自分の娘ではないだと?時臣・・・前々から言おうと思っていたが、お前は常に大事な事を取り違えている。魔術と家族・・・どちらを優先させるか否か・・・お前は常に前者を迷いなく選んで来た。だがな・・・人間ならば前者ではなく後者を取らねばならない!お前はこれを凡俗と侮っているが、それは違う。寧ろ、お前のそう言う如何にも魔導こそが崇高だと言う考え方こそが俗物なのだ!魔術など人の営みに比べれば遥かに矮小な物でしかない。お前は魔術師以前に人間として致命的な物が欠落しているッ!」
だが、時臣はそれを失笑で返す。
「勝手な事をベラベラと言っているのはどちらだ?魔術師は世俗の法から外れた存在・・・故にこそ自らに課した魔導の法を厳正に遵守せねばならない。その重きと責任は他の凡俗達とは比べ物にならない。そんな当たり前の事を君は魔術師でありながら全く理解できないとは・・・どうやら、君は二流ではなく四流の魔術師だったようだ。魔導から背を向けた雁夜にすら悖る」
「もう・・・・何を言った所で無駄だな・・・ッ!」
祐世は諦観と侮蔑が入り混じった声で決別を口にすると時臣も憮然とした表情で肯定を口にする。
「そう言う事だ・・・」
祐世は踵を返して書斎を後にしようとすると不意に時臣がその背に語り掛けて来た。
「言っておくが、お節介は無用だぞ。と言うより無謀の極みと言っていい。雁夜と組んでいるキャスターのサーヴァントだが、かなりの高ステータスを誇っていた。魔力の値がA++とキャスターの中では正しく最強クラスだ。
さらに、これはロード・エルメロイのライダーや騎士王と瓜二つなセイバーにも同じ事が言えるが、宝具能力がなんと英雄王と同格のEXランク・・・評価規格外クラスと来た。それ程に高性能を誇るキャスターだ。当然、陣地作成スキルも半端な値ではあるまい。恐らく、今の間桐邸は現行の魔術師は愚か、天敵である三騎士クラスのサーヴァントすらも寄せ付けない程に堅牢な要塞と化しているだろう。
如何な君でも桜を奪還する事は不可能だ」
まるで他人事のように断言する時臣に祐世は振り返りもせずズカズカと足早に遠坂邸を後にした。

結局、アイツは昔も今も魔術の事しか・・・根源に至った自分の姿しか頭にない!アイツは何も分かっていない・・・自分が人の親だと言う事を!それが持つ意味の重さも責任も何一つ分かっちゃいないッ!
ならば、分からせねばなるまい!
間桐雁夜・・・彼も彼だ!良識ある青年と思っていたが、葵さんを時臣に奪われたからと言って、その娘を・・・何も知らない桜ちゃんを人質に取るなどと―――ッ!
その愚劣に成り下がった性根・・・必ずや、この私が凍りつかせてくれるッ!

そう決意した瞬間、祐世の右手に三画の聖痕が刻み付けられた。

それから一週間後、準備を整えた祐世は邸の地下でサーヴァント召喚の魔法陣を氷で造形し描いた。祭壇には自らが発掘した考古学コレクションの中から探し出し選別した牛の頭蓋骨を聖遺物として安置し、詠唱に臨む。

この手で時臣の眼を覚まさせてやる!

改めて決意し詠唱を始めた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する」

Anfang(セット)

「――― 告げる」

「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
詠唱が完了し氷の魔法陣にマナが流れ込み地下を閃光が覆い尽くしていく。それが収まった後、余波による煙から現れたのは淡い緑髪に男とも女ともつかない中性的な美貌の青年だった。
青年は祐世を真っ直ぐに見て穏やかな笑みで問う。
「問おう、君が僕のマスターなのかな?」
その問いに祐世は静かに答える。
「そうだ。私が君のマスターの桐生祐世だ」
すると、青年は頷いて言う。
「それでは、これで契約は成立だ。サーヴァント・ランサー、君の手に聖杯を持ち帰る事を誓おう」
すると、祐世は首を横に振ってランサーに言った。
「いや、私の目的は聖杯ではない」
その言葉にランサーは少し、眼を細めて聞き返した。
「それでじゃあ何が目的で僕を呼び出したのかな?」
その問いに祐世は自分が戦争に参戦する理由を詳しく説明した。すると、ランサーは・・・
「成程・・・・それじゃあ祐世はそのいけ好かない駄目親をどうにか更生させたいって事だね」
若干、穏やかな笑みに似合わぬ毒舌調に祐世は少し、戸惑いながらも頷く。
「ま・・まあ、要約するとそう言う事だ・・・・それで先ずは桜ちゃんを奪還したい。だが、使い魔を放った所、間桐邸はキャスターのサーヴァントによって、かなり高度な魔術陣地と化していた。館ばかりか、その敷地までもが丸ごと異界化されていて侵入する事すら不可能となっていた。これでは手出しのしようも・・・」
祐世が焦れるような口調で悔しがるとランサーはあっけらかんに言った。
「大丈夫。僕ならその異界に孔を空ける事ができるよ」
その言葉に祐世は思わず大袈裟な身振りで聞き返す。
「ほっ・・本当かッ!?」
「うん、話を聞く限り、かなり格の高いキャスターのようだけど、僕の創生槍なら・・・」
その言葉は静かだが、自身に満ち溢れていた。祐世は光明が差したと言わんばかりに顔に燈が灯る。
「頼む、ランサー。私を桜ちゃんの下へ―――」
「分かった、祐世。君を必ず桜と言う娘の下へ連れて行こう」
「ああ、ありがとう。ん?そう言えばまだ、君の真名を聞いていなかったな。君は一体、何処の―――」
すると、ランサーも気付いたように答えた。
「ああ、そう言えばそうだったね。僕の真名はエルキドゥ」


そして、現在・・・・間桐邸。

「だから誤解だ!桐生さん、俺はそんなつもりで桜ちゃんを―――!」
雁夜は飛針を投げ、迫り来る凍気を吸収して防戦しながらも祐世に語り掛けていた。だが、祐世は問答無用とばかりに凄まじいまでの凍気を放ち続ける。雁夜はそれを飛針で吸収し、時には避けた。すると、避けた場所に凍気が直撃し瞬く間にその箇所は氷の彫刻と見紛うばかりに凍結した。
(一発でも喰らえば一巻の終わりだな・・・しかたない!)
そう判断した雁夜は飛針を自らの経絡に刺し込む。すると、雁夜の全身に神経が膨張して表面に浮き上がる。祐世はそれに少し眉を顰めるが、次の瞬間、雁夜の姿は消え、いつの間にか祐世の背後を取っていた。それに感づいた祐世は振り返りもせず氷の防壁を作るが、雁夜が拳をそれに打ち出した瞬間、防壁は脆くも崩れ拳は祐世の鳩尾に迫ろうとしたが、祐世は瞬時に強化魔術を発動させ距離を取り、避ける。
「変わった強化魔術だな・・・経絡に礼装の飛針を打ち込み、そこから魔力で全神経を膨張させたか。かなりリスクはあるが、効果的ではあるな。だが、その程度で私に及ぶとは思うなッ!」
祐世はさらに魔力を放出させ今まで以上に強大な凍気を練り上げる。雁夜は冷や汗をかきながらもそれに対峙する。
「その飛針の礼装・・・どうやら魔力を吸い上げる物らしいが、果たして、これは吸収が間に合うかッ!」
一方、ランスロットは主の救援に向かおうにもエルキドゥに阻まれ果たせずにいた。
「どけ!貴公らは誤解している。雁夜殿は決して、人質にする為などに桜殿を保護したわけではないッ!」
その言葉にエルキドゥは相も変わらず穏やかな笑みを浮かべてやんわりと首を横に振る。
「そうは言ってもねえ。話を聞く限りでは動機は十分過ぎるし・・・・何より、祐世も少し頭に血が上ってるから僕が納得した所で聞いてくれないかも」
エルキドゥがそう言うとランスロットは横目で馬鹿でかい凍気を練り上げ顔を憤怒一色に染め上げている祐世を見て同意する他なかった。
「確かに・・・あれは完全に他者の話を聞いてくれる状態ではないな」
「でしょ。だから、気の済むまでやらせておくのが一番だよ。何より、僕も―――」
そこでエルキドゥは凄まじい蹴りを繰り出し、ランスロットも両腕でそれを塞き止める。
「ギルガメッシュに一矢を報いたと言う君と是非、闘ってみたかったからね」
すると、ランスロットも不意に不敵な眼となって言う。
「そう言う事か・・・・」
「うん、そう言う事」
エルキドゥも不敵さが滲んだ笑みで肯定する。
「ならば――――ッ!」
ランスロットは一端、距離を取り、己の真の宝具『無毀なる湖光(アロンダイト)』を開帳し構える。
「早々にそこを退いて貰おう」
「できるものならば、どうぞ」
エルキドゥも右手を泥のように形を崩し、体積を広げて行く。やがて、泥は一槍の槍を構えた右手に形作られ、それを持ってランスロットと対峙する。

その様子を見ていた一同の中でレグナがオズオズと言った。
「ねえ・・・私達は加勢しなくていいわけ?」
すると、クー・フーリンは頭をかいて言う。
「いや・・・とは言っても他人の一騎打ちに横槍入れるなんざ俺の主義じゃねえからな・・・・」
「でも、あの人、どう見ても誤解してるっぽいんですが・・・」
敏和が憤怒の凍気を纏っている祐世を指差して言うと奏も「だな」と頷きマーリンの方を見る。
「なあ、どうすんだよ・・・これ?」
「ふむ・・・我々が下手に手を出しても火に油を注ぐだけになり兼ねんからな。今は温かく見守るより他あるまい」
と、マーリンが言っている傍で事態はさらにヒートアップしていた・・・・

「間桐雁夜!私はこれでもお前を買っていたのだぞ!間桐の如き蛇蠍の魔導を継承する事を良しとせず、人道を常に尊重する良識ある人間だとな・・・・が、とんだ見当違いだったようだ!」
祐世は凍気を微細にコントロールし氷の矢を生成し雁夜の頭上に降らせた。それに対し雁夜は懐に仕込んでいた無数の飛針を魔力で飛ばす事で打ち消していく。
ランスロットとエルキドゥの戦闘も激しさを増していく。二人とも眼にも止まらぬ剣戟と斬撃を繰り出し、互いに一歩も退いていない。
ランスロットは剣を振るいつつ、エルキドゥの隙を窺っていた。
(いつまでも足止めされているわけには行かぬ。万分の隙を見出し、得物を奪う!)
ランスロットはスキル無窮の武練を最大限に酷使しエルキドゥの動きを隅々まで見極める。そして・・・・
(――――見えたッ!)
ランスロットは剣を振り下ろすと同時に柄を握っていた左手を放しエルキドゥの槍へと手を伸ばし握り締める。
以前は『無毀なる湖光(アロンダイト)』を開帳している間、他の宝具は使えなかったが、今はアロンダイトを開帳している状態でも他の宝具が『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』が使える!・・・・だが――――
(な・・に?支配下に置けない!?)
「残念だけど、こればかりは君の宝具能力は受け付けないんだ」
そう確かに槍を握っているはずなのに自らの宝具とする事ができない!ランスロットは0.1秒程、困惑するが、その間もなく悪寒を感じ、すぐさま、エルキドゥと距離を取り見るとエルキドゥの背から泥が今度は特大の弓を形作られ自らに向けられていた。それを見てランスロットは自らの宝具能力が何故に無効化されたのかを漸く悟った。
「成程・・・元より宝具所か武器ですらないのだな」
すると、エルキドゥはニッコリと笑って頷く。
「うん。流石はいい洞察力だ。もう、気づいたのかい?」
「ああ、恐らく、その槍も弓も元は武器ではなく貴公自身の肉体その物・・・言わば貴公の分身。我が宝具で支配下に置けぬのも道理だ」
「ご名答。これらは皆、僕自身の肉体その物だ。僕の肉体が持つ対神兵器としての性質を任意の対神兵装に変える我が宝具『天の創造(ガイア・オブ・アルル)』・・・聞いての通り、本来は神性を持つ敵に有効な宝具なんだけど、君の『他人の宝具を我が物にする』宝具能力にも有効かなと思って」
抜け抜けと言うエルキドゥに対し、ランスロットは戦慄を湛えた顔で言った。
「成程・・・・私の宝具特性は貴公のマスターからの話で織り込み済みと言うわけか」

「かなり・・・盛り上がってないか?」
奏がジト眼でマーリンを見るとマーリンも顔をかいて呑気口調で言う。
「うむ・・・そうだな。流石にこれは悪ノリが過ぎるかも知れん」
「だから、どこで覚えたんだよ・・そんな言葉?と言うかお前が言えた口かよ」
奏が突っ込むとマーリンは飄々とした声で言う。
「失敬な。私はシャレで通じるレベルで打ち止めたのだぞ」
「あれを“シャレ”ってレベルで括るお前の神経を俺は本気で疑うよ・・・」
奏は顔を引き攣らせて吐き捨てる。その様子を見てレグナは呆れたように嘆息をつく。
「なんか、あっちも漫才始めたんだけど・・・・?」
「あははは・・・」
敏和も思わず苦笑する。
丁度、その時――――

「止めて!祐世おじさん!!」
その声に祐世も雁夜も驚いて振り返るとそこには桜が息咳き切って走って来た。
「「桜ちゃん!!」」
「祐世おじさん、違うの・・・雁夜おじさんは私を助けてくれたの。だから・・・」
一方、祐世は桜の姿を見て愕然としていた。然もありなん・・・何しろ、今の桜は髪や瞳の色が変色してるのみならず、表情も明るかった昔の面差しは見る影もなく多分に翳がある。
「雁夜・・・貴様・・ッ!貴様、桜ちゃんに何を――――アイタッ!」
またも、誤解して再び、凍気を放出しかけた所、いつの間にか背後に回っていたマーリンに後頭部を軽く小突かれる。
「だから、一先ずは落ち付きたまえ。何を誤解しているかは知らんが、雁夜殿は君が思っているような目的で桜を保護しているわけではない。それは先程の彼女の言からも分かる事だろう?」
そう言われ祐世は血が上っていた頭を冷やし、周りの状況を見た。桜は雁夜の前に立って守るように小さな腕を広げているし、雁夜もその眼には何の邪心も敵意も感じなかった。
それを見て祐世は漸く礼装のステッキを力なく降ろした。それを見てエルキドゥとランスロットも互いに武器を収めた。

それから数分後・・・

「申し訳ないッ!」
祐世は雁夜の真ん前で土下座していた。これには雁夜も恐縮して言った。
「い・・いや、桐生さん。俺の方も何の説明もしてませんでしたし・・・・」
「まあ、何事も思い込みは良くないと言う事だな」
マーリンが傍で何気に追い討ちをかけた。すると、祐世はますますに畏まって平伏する。
「追い討ちかけんなよ・・・」
奏が呆れてマーリンを窘める。
祐世は身を起こすと再び、謝罪する。
「本当に失礼した・・・昔からせっかちな性分でね。私も時臣の事は言えんな・・・それはそうと雁夜君、君はやはり、この戦争には桜ちゃんや葵さんの為に?」
祐世の問いに雁夜は頷いて答える。
「はい。桜ちゃんはどうにか救う事はできたけど、このまま葵さんの下へ返しても時臣はきっと、時期が落ち着いたらまた、桜ちゃんをどこかの魔術師の家に養子へ出すに決まってます。今回のようにロクに調べもせずに・・・ッ!」
その言には祐世も同感だった。臓硯が死んだ事で間桐が没落したとしても時臣なら「ならば代わりの他家へ」なんて事は当然、考えるはずだ。
「だから、アイツには自分がした事を・・・自分が葵さんの夫であり桜ちゃんや凛ちゃんの父親なんだって事を殴ってでも自覚させなきゃならない」
雁夜は拳を握り締めてそう答える。それに祐世も頷く。
「うむ。私も同感だ。是非、協力させてくれ」
「はい。よろしくお願いします」
雁夜も頭を下げて申し出を受けた。すると、今度はマーリンが口を開いて祐世に言った。
「では、そのついでにもう一つの目的も協力してはくれないかな?」
その言葉に祐世は怪訝な面持ちで聞き返す。
「“もう一つの目的”?」
「はい。実は・・・」
それを受けて雁夜が祐世に聖杯の概要を話した。聞き終わった祐世は流石に驚愕を抑え切れぬ顔で呟いた。
「なんと・・・!?」
「成程・・・僕達英霊を呼び出す前提はそう言う意味があったんだね」
一方、エルキドゥは自らが生贄同然に呼び出されたと言う事実にも物怖じせず得心がいったと言う顔で手をポンと叩いた。
「確かに・・・これだけの英霊を呼び出すには聖杯自体にそれ相応の対価が加わらねばなるまいが、よもや、そのような事が・・・」
祐世は顎に手を当てて聞かされた事実に戦慄する。それに対しマーリンは飄々と言う。
「まあ、そう言う事だ。今回の聖杯・・・誰が手にして、どんな願いを祈っても多分にロクでもない事になる可能性が大だ。故に我々は聖杯の破壊を前提にして動いている。それでどうだ、祐世殿。君の返事は?」
「うむ・・・聖杯の破壊・・・私の目的ともなんら矛盾してはいないし、何よりも聖杯がそんな危険な物だとすれば魔術師としてもこれを捨て置くわけにはいかん。こちらこそ是非とも君達に協力させてくれ。エルキドゥ、君はどうだ?」
祐世はが自らのサーヴァントに問うと・・・
「うん。僕も別段、聖杯が欲しいと言うわけでもないからね。祐世がそう決めたのなら従うよ」
「では、これで万事解決だな」
マーリンがそう言って二人も頷く―――とそこへ一羽の梟が飛んで来た。全員は一斉に身構える。
「使い魔・・・恐らく教会だろう」
マーリンがそう言うとその梟から監督者のトップ、言峰璃正の声が語り出した。
『聖杯戦争の参加者諸君。本日は更なる報告を通達しに来た』
「今度は何だよ?また、暴走サーヴァントの追加か?」
奏が何気なく言うが、次に続いた言葉は彼の・・いや、一同の予想を遥かに超えるものだった。
『諸君らも昨夜に起きた囚人の集団脱走の事はご存知と思う・・・実は調査の結果、その集団はサーヴァントを従えた死徒の集団である事が判明した』
途端に一同は一斉に絶句して誰も二の句が告げなかった。その間に璃正はさらに詳細を伝える。
『彼らが脱走した中央刑務所だが、職員や看守、残った囚人達も殆どが殺害されていた。それも血を吸い取られた痕跡を残して・・・さらに他方にも彼らの手によるものと見られる被害も相次いでいる。よって、聖堂教会としてはこれらの死徒のマスター及び、そのサーヴァントを標的に加える物とする。また、彼ら一人一人に付き令呪を一画ずつ寄贈するものとす』


それと同時刻・・・何処かの路地にて・・・

そこは異形の獣達の巣だった。獣達は各々、()()をしていた。ただ、それは誰かの手足だったり腕であったりした。中には口を大きく開け、手足から溢れ出る鮮血を一気に飲み干す者達もいた。
そんな中、クラストルは閃電を弄び口笛を吹きながら、胡坐をかいていた。そんな彼にキャスターは艶然とした笑みを浮かべて言った。
「随分と楽しんでるようね?マスター」
すると、クラストルは満足気に答える。
「ああ、お陰さまでな。俺ら死徒の不死性にサーヴァントが加わりゃ正に鬼に金棒だぜ」
「そう・・それは良かったわ。でも、クラストル・・・貴方、よもや契約条件を忘れていないでしょうね?」
キャスターが念を押すように眼を細めるとクラストルは血に滾った眼をギラつかせて言った。
「俺を誰だと思ってる?俺はビジネスの契約は守る主義だ。お前の望みは必ず叶えてやるさ、キャスター・・・・いや、妖姫モルガン・ル・フェイ」
キャスター・・・モルガンはその答えにどこまでも艶やかな笑みを湛えて言った。
「ええ、期待してるわよ、クラストル」
「しかし、お前もとことん執念深い女だな。生前の恨みをいつまでも・・・そんなに憎いのかアーサー王とマーリンが?二人ともとっくにお前さんが生前に復讐を果たしているだろうに・・・」
クラストルの問いにモルガンは笑みを浮かべ、ただし、声は陰惨な憎悪を滲ませて答える。
「ええ・・・憎いわ。そして、憎いを通り越して愛おしい・・・・・・死んだ後も地獄すら生温いと言う程、切り刻みたい程にねえ・・・!」

アルトリア・・・・母を奪った王の庶子の分際で国の全てを手に入れた私の厭わしくも愛おしい異父妹。
マーリン・・・・我が師にして、父を謀殺し、ウーサー王が母を奪う手助けをした・・・私の全てを踏み躙った元凶!
この二人だけは幾度、地獄の業火で焼こうとも飽き足らない・・・・英霊の座にまで追い掛けようとも永久に呪い続けてやるッ!

そんな激情を億尾にも出さずモルガンは艶然と微笑んですらみる。そんな彼女を見てクラストルは獣のように低く笑い言った。
「俺もとんだ鬼女と契約したもんだ・・・こりゃ後が怖いかな」
そう言いながらも、その声音には恐怖は微塵もなく寧ろ、大いなる愉悦を多分に含んでいた。
「あら、お言葉ね。まだ、私みたいな美女よりもマーリンのような老いぼれが良かったって言うの?」
モルガンは拗ねたような声を真似して言うとクラストルは大きな笑い声を上げて首を横に振った。
「いや、今にして思えばお前の方を引き当てて正解だった。寧ろ、本命を引き当てたとしても伝承にも残る程に癖のある魔術師だからな。俺でもコントロールできるか正直、自信はねえからな。それに・・・」
そこでクラストルはモルガンの艶めかしい身体のラインをじっくり見廻して後を続ける。
「俺も爺よりもお前のような極上の女の方が百倍もいいさ」
「まあ・・・正直だこと・・・」
モルガンは呆れるような愉快そうな苦笑を浮かべた・・・




予告・・・(次回ではありません。これからの大雑把な展開です)

正史とは大きくズレた第四次聖杯戦争・・・・その戦局は死徒の乱入によりさらなる混迷の渦を巻き起こそうとしていた。

「さあ、踊り狂いましょう・・・マーリンッ!」
妖姫モルガン・・・その妄執は英霊の座に至って尚、尽きる事を知らず。

「ランスロット卿・・・この身を取り立てて下さった事、この上もなく感謝しております・・・・」
かつて、湖の騎士に騎士へ叙され、その手で葬られた騎士。

「呵呵呵呵呵ッ!この死に損ない共、どこから壊してよいものやら!」
炸裂する最強の暗殺拳・・・止める術なし!

「俺は我を以って、全てを制覇する。阻む者あらば滅ぼして押し通す」
アジアの征服王・・・冬木の地に降り立つ。

「Arrrrr・・・・torrrrrrrrriaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
もう一人の狂乱に囚われし騎士・・・・満を持して登場!

「奈緒・・・少し、無理をさせる」
知将ハンニバル。心優しきマスターの為、今再び采を振る。

「私は王を務めたとは言え、君ら程の年季があるわけではないが?」
寡黙なる大英雄ベーオウルフ。静かなる斬撃が振り下ろされる。

「心配はいらぬ・・・君は私が守る。今度こそは!」
時を超え・・・不死身の大英雄は少女の下へと馳せ参ずる!

「初めにいったはずだ―――リオン。悪を為す以上は覚悟を持たねばならぬと」
毒の枢機卿チェーザレ。その生き様は薔薇の如く華麗に、毒の如く凄絶に・・・・

「ジル・・・貴方は僕の手で止めます・・・!」
紅蓮の聖処女・・・今世に甦りて再び剣を取り、戦友と対峙す。

「私は・・・とんだ愚か者だ・・・・私怨に眼が眩み・・・故に皆を・・・ディルムッドを・・・ッ!」
男は私怨故に友であり忠臣であった騎士を殺し、他の同士をも終端に至らせた事で英霊に至って尚、悔恨に苛まれていた。

「まったく・・・一体、どこで何が間違って、このような事態になっている?」
紅い外套の守護者・・・答えを得て第四次聖杯戦争に参戦!

以下、更新をお待ち下さい。



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