Fate/BattleRoyal
25部分:第二十一幕


先ずはケイネス先生の受難の日々からお送りします。
第二十一幕


 時は聖杯戦争が始まる直前・・・ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは困窮に貧していた。
自身の最終学歴に武勲と言う箔を付ける為に極東の島国にて行われる魔術師達の闘争・・聖杯戦争に参戦する為、聖遺物を事前に入手させていたのだが、自分の手元に届けられる前に何者かによって盗まれてしまったのだ。
ケイネスはこれに眼が眩む程に怒り狂い、自身の講義でも生徒達に当たり散らすと言う有り様だった。その後、ケイネスは代わりの聖遺物を手配したが、なかなかに見つからない。その理由は主に本来、七つしかない参加枠が大幅に広がり魔術師達が我先にと聖遺物を手に入れる事に躍起になっているからであった。
いや、そうでなくても彼が盗まれた聖遺物は彼のマケドニアの征服王の物と思われるマントの切れ端・・・これに比肩するような聖遺物・・・基、英霊はそう簡単に手になど入らない。ますますに盗人に対し憎悪が溢れて来るばかりにケイネスは暫く荒んだ様子で日々を鬱鬱と過ごしていた・・・・
そして、再びの手配から三週間後、やっと入手できたと言う聖遺物は・・・誰の物とも知らぬ船大工の金槌だった。これによってケイネスの血管が二三本、ブチ切れた事は言うまでもない。が、かと言って今更また代わりを手配する時間もゆとりもない。故に――――

「ケイネス・・・貴方、本気なの?」
婚約者のソラウ・ヌザァレ・ソフィアリは顔を顰めてケイネスに問うと彼は水銀で魔法陣を構築しながら、即答する。
「問題はない。如何に格が低い英霊だろうとこの私の技量でカバーして見せる」
「だとしても、そんな金槌で真っ当な英霊なんて呼び出せるの?」
ソラウは疑わしそうに眼を細める。ケイネスはそれに若干、プライドが傷ついたが、気にせず金槌を儀式の祭壇に置き、描いた魔法陣の真ん前に立ち、詠唱を始めた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する」
ケイネスは詠唱を続けながら、内心で自らを鼓舞した。

そうとも!私は誉れ高き神童ロード・エルメロイ!その自負に賭けてもこの戦争を勝ち抜いてやろうではないか!
半ば自暴自棄なのは私とて承知の上だ。だが、弱い英霊が出たとして、それが如何程の些事であろうか!弱ければ弱いで、その分を私の技量でカバーしてやれば良いだけの事ではないか!
だから、来い!私の手駒よ――――!

Anfang(セット)

「――― 告げる」

「――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
詠唱が完成し、水銀の魔法陣から魔力が拡散し閃光と暴風を巻き起こす。全てが終わり、視界が晴れ静寂が徐々に訪れると、余波による煙から黒を基調にした軍服に王者の如く荘厳な外套を纏った極めて大柄の青年が立っていた。顔立ちは野性味を帯びながらも、どこか高貴さをも同時に感じさせ黄の瞳は鷲のような鋭さを持っており、その人睨みで周囲の人間を瞬く間に平伏させるような凄みを秘めていた。
ケイネスは暫く、そのサーヴァントを呆然と見ていた。まさか、たかが金槌でこんな英霊が飛び出るとは夢にも思わなかったのだ。精々が無銘の兵士か何かかと思っていたのだが、この英霊は一目でそんな格の英霊でない事を窺わせ、ふと、ステータスの方を見た瞬間、ケイネスの顔は召喚前の鬱とした表情とは打って変わって喜色に溢れた。

思っていたより・・・いや、なかなかに悪くない所か、相当なステータスだ!筋力がA+・・耐久がA。他はほぼ平均的だが・・・何よりも宝具能力がEXランク!評価規格外クラスと来た!!
さっきまでは格が低い英霊を引き当てる事も覚悟していたが、これは―――いけるッ!

思わず、ケイネスは右拳を握り締めガッツポーズを取っていた。一方、それを見たサーヴァントは怪訝な声で問うた。
「どうした?いきなりガッツポーズなんかして・・」
その声にハッとなってケイネスは我に返る。さっきまでの自分を省みて僅かに赤面した後、コホンと咳を立て口を開き名乗った。
「私がお前のマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。早速だが、お前のクラスと真名を聞こうか?」
初めての挨拶にしてはかなり、傲岸な態度であったが、ケイネス自身は気にしていなかった。サーヴァントなど通常の使い魔と同じ魔術礼装・・・つまり道具と同義だ。ならば、道具に敬意など払う必要はない。傍から見ればそれは人として眉を顰める倫理観であるが、魔術師としての倫理観ならばそれは良しとされる主義であった。
一方、サーヴァントの方も別段、気にした風はなく寧ろ、気さくな声音で答えた。
「俺様はサーヴァント・ライダー。そして、真名はピョートル・アレクセーエヴィチ・ロマノフ。ロマノフ朝五代ツァーリ、ロシア帝国初代皇帝である」
その返答にケイネスはますます歓喜に震える。

ピョートル・アレクセーエヴィチ・ロマノフ・・・・即ちピョートル大帝!ロシア・ツァーリ国をロシア帝国へと躍進させ、ロシア初の艦隊を創設した改革皇帝。イスカンダル程の知名度はないが、彼も押しも押されぬ英雄と呼ばれる王の一人だ。それは今、見えている彼自身のステータスからも窺い知れる。

ふふふふ・・・よもや、このような金槌如きで、これ程の英霊が呼び出るとは・・・天は私を見捨ててはいなかった!
この戦い・・・貰ったッ!

ケイネスが悦に入った顔で勝利を確信するが、その様子を見ていたピョートルがソラウに徐に尋ねた。
「おい、ありゃあ何だ?何か一人で気色悪い笑みを浮かべてんだが・・」
「そう?いつもあんなものよ」
ソラウは素っ気ない声で答える。それを聞き咎めたケイネスは途端に憤然とした表情になって自らのサーヴァントに喰って掛かった。
「貴様!主である私に向かって何だ!その言い様はッ!?」
すると、ピョートルは二メートルを超える体躯を良い事にケイネスを見下ろす。それにケイネスは思わずギョッとするが、次の瞬間、ピョートルの口から出た言葉に一気に呆けた声を出す。
「酒」
「は?」
ケイネスが眼を丸くするとピョートルは鷲のような黄眼を陽気に綻ばせて、もう一度言った。
「だから酒だ。なんてたって、今日は俺様の復活記念日だ。祝い酒の一つもなきゃ無粋ってもんだろうがよ」
と言うわけで・・・・

ピョートルはアーチボルト家秘蔵の高級ワイン群をボトル口でグイグイと一気に飲み干して行く。
「ぷっはあー!久々の酒は格別にうめえなっ!!どんどん持って来い!」
ご満悦に興す自らのサーヴァントを余所にケイネスは苦虫を潰した表情で自らも酒を呷っていた。
(まったく・・・よもや、彼のピョートル大帝がこれ程にまで軽薄な輩だったとは・・ッ!ふん!まあ、所詮は魔術師でもない凡愚・・・言わば、日本で言う所のお山の大将と言う奴だ。おまけに彼の大帝は自国にプライドなど持ち合わせちゃいない西欧被れだったと言うしな・・・所詮はその程度の人間であったと言う事だろう・・・)
などと魔術師特有の選民意識で自らのサーヴァントを内心で扱き下ろしていたが、突然、そのサーヴァントがケイネスに話しかけて来た。
「それはそうとよ、マスター」
それに対しケイネスは憮然とした顔で応じた。
「何だ?」
「お前は何を求めて『聖杯』を欲している?どんな願いを聖杯に請うつもりだ?」
すると、ケイネスは鼻で笑い、言った。
「そんな物は別段ありはしない。私は魔術師として大抵の成果を出して来た・・・そこに『武勲』と言う箔を加えたい。ただ、それだけだ」
そう答えるとピョートルは一気に白けた顔になって吐き捨てる。
「ショボッ・・・」
「なななな・・なんだとッ!」
ケイネスは途端に血管をぶち切らせて激昂するが、ピョートルは容赦なく言葉を続ける。
「大した願いもない上に参戦理由は単なる面子の補強と来たか・・・俺様も詰まらねえマスターに引き当てられたもんだ。なんだか、元老院の耄碌爺ィ共を思い出させるぜ」
その言葉にケイネスは口元をワナワナと怒りで震わせ、額には幾つもの青筋が浮かび上がった。

何様のつもりだ〜!このサーヴァントは〜ッ!!誰に向かって物を言っている!?私は貴様のマスターだぞ?

ケイネスがワイングラスに罅を入れながら顔を憤激に歪ませるとピョートルは更に言い募る。
「それから、初めに会った時から面相で察する事ができたが・・・さてはお前さん、その歳まで挫折って奴を味わって来なかった口か?」
その侮るような口振りにケイネスはますます憤激を大きくさせる。
「それがどうした!そのような事は当然だ。私は神童と謳われる誉れ高きロード・エルメロイ!この世に生を受け『挫折』などと言う凡愚のみが躓いている壁など凡そ縁遠き物だ。そして、これからもな!」
すると、ピョートルは両手をお手上げだと言わんばかりに上げて吐き捨てた。
「駄目だ・・こりゃ・・・」
「キ・サ・マァァァァァァァッ!主である私に向かってどこまで・・・ッ!」
「お前さんは確かに天才なんだろうさ。それは俺様の霊格がここまで再現されている事からも疑うつもりは毛頭ねえ。だがな―――」
ケイネスはピョートルに鋭い黄眼に向けられ、その迫力に思わず後ずさった。
「お前さんはその才と実力が先走りしちまった分、挫折を知る機会を失くしちまった・・・それがお前さんを馬鹿みたいにのぼせ上がらせちまったのさ。そう言うのは大概、初陣でバッサリと死ぬ」
ケイネスは今や顔を怒気一色で染め上げるのを余所にピョートルは不敵な笑みを浮かべてこう言葉を結んだ。
「だが―――お前さんは運がいい。何せこの俺様を引き当てたんだからな。まあ、少々頭が至らねえマスターだが、力は尽くしてやらあ。何せ、俺様は戦って奴を嫌って程に知り抜いた百戦錬磨の王だからな・・・・俺様がお前さんを勝たせてやるよ。よろしくな、ハナタレ坊主」
「ハっ・・・ハナタレ坊主〜ッ!!」
この時、ケイネスの血管全てがぶち切られた。


以上・・・回想終了。

「そうだ・・・戦のな・・・」

召喚した時から思ってはいたが、こいつにはサーヴァントとしての自覚がない・・・まるで自らが主役だと言わんばかりではないかッ!ここは立場と言うものをハッキリとさせねば―――

そう決意したケイネスは声を張り上げ滅茶苦茶を言う自らのサーヴァントを叱責しようとしたが、その前に―――

ドゴオオンッ!!

大音声と共にハイアットホテルの最上階の半分以上がぶっ飛んだ。その原因はケイネス達の眼前に威容を誇る巨大なガレー船・・・ピョートルの宝具『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』が部屋に突っ込む形で佇んでいたからだ。
ケイネスは余りの事に頭が真っ白となり口を大きくあんぐりと開けた。
(こいつ・・・何をやってくれている・・・・・?)
そんなケイネスをピョートルはヒョイと片手で掴み、すぐさま船の甲板に放り投げソラウにも促す。
「ほら、行くぞ、ソラウ嬢。長居は無用。すぐに出航だ」
ソラウも突然の事に戸惑っていたが、大人しく従った。すると、我に返ったケイネスは一気に喚き散らす。
「ききき貴様ァァァァッ!一体、何をしてくれている!?このような早朝にそれもこのような場所で宝具を使うとは・・・これでは秘匿すべき神秘を衆目に晒したも同然ではないかッ!!」
すると、ピョートルはあっけらかんな口調で言った。
「かと言って、命には代えられねえだろ?」
「貴様ァァ・・まだ、そのような戯言をおおおおおおおおおッ!!」
ケイネスの文句が轟く前に『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』は最大戦速でハイアットホテルを離れた。その速度に酔いながらもケイネスは文句を吐く事を止めなかった。
「貴様・・・オエ・・・・話を聞けええ・・・オエェ・・・」
「聞いてられるかってえの。殆どギリギリなんだからな」
ピョートルはマスターの文句を優々と無視して吐き捨てる。丁度、その頃・・・・冬木ハイアットホテル真上の遥か上空では夥しいまでのZ旗を掲げた艦隊が真下のホテルと周辺にその砲を向けていた。その艦隊の旗艦である三笠の艦橋で迷彩服を着込んだ大柄の老兵士が舌打ちした。
「チッ、勘付きやがったか・・・まあ、構わねえ。十分に射程圏内だ・・・殺れ、ライダー」
老兵士はそう言って隣に控えている海軍の将官の軍服を着た老艦長に命じた。老艦長は厳しい眼を湛えながら、頷いた。
「了解した・・・マスター」
そう言って老艦長は手を上げて艦隊に一斉砲撃を命じた―――

その日、冬木ハイアットホテルとその周辺が丸ごと消し飛ばされた。

そのニュースを奏達は間桐邸のテレビで見ていた。
「なんて事・・・」
レグナは何時になく愕然と眼を見開き、雁夜や祐世は眼に怒りを湛えて画面に映る惨状を見ている。マーリンや晴明はその惨状と伝えられた被害を冷静に分析した。
「これ程の威力・・・恐らくは対城宝具・・ランクも相当な物だと推定した。しかし、随分と形振り構わなくなったものだ」
「これ程の事態・・・教会の隠蔽工作も到底、間に合いますまい。一般の人々が何事かと勘付くのも時間の問題でしょう」
奏は考え込むように画面を凝視して言った。
「しかし・・死徒の連中・・・こんな無茶苦茶な宝具を持つサーヴァントを従えていたのか。かなり厳しい戦いになりそうだな」
「だが、尚の事これは放置できん事態だ。これだけの宝具を持つサーヴァントを死徒が従えているともなれば、すぐにでも次の犠牲者が出ても何らおかしくはない」
祐世が眼に決意を込めて言う。それに全員が頷き、そこでレグナと敏和が提案を口にする。
「取り敢えずは他にも協力者を求めましょう。私もミスター池田も心当たりがあるわ」
「実はもう連絡を付けてたりします」
だが、雁夜は懸念を湛えて言う。
「だが、彼らは聖杯の破壊なんて承諾してくれるのか?彼らや彼らのサーヴァントだって願いがあるから参戦したんだろうに・・・」
すると、レグナはウインクして言った。
「大丈夫よ。私の親友や妹分は話せば分かってくれると思うわ。それに彼女達から、サーヴァントの事も聞いているけど、皆、聖杯その物には眼中にない連中ばっかりみたいよ。おまけに揃いも揃って猛者揃いらしいわ」
敏和も頷いて口を開く。
「僕の幼馴染ですけど、彼女も僕のように巻き込まれた形で参戦したようなものですし、魔術師としても中々な腕前です。それに、サーヴァントの方も特に願いがあるとかじゃないみたいです」
それを聞いて一同は半ば疑わしそうに見る。
「聖杯に何の願いもないって・・・それで召喚に応じてくれる英霊なんているのか?」
奏が怪訝に問うとレグナは肩をすかして言った。
「なあに言ってんだか、いるも何も私らのサーヴァントがそうじゃないの」
その言葉を受けてサーヴァント達が次々と肯定の声を上げる。
「うむ。私は久方ぶりに娑婆に出たいが為に召喚に応じたような物だからね」
と、マーリン。
「私は二人の主を諫める為に現界した次第。元より聖杯に請う願いなどありませぬ」
ランスロットは瞑目して即答する。
「私は現世にて不穏な気配を感じたが故にまかり越しましてございます」
晴明は優雅に微笑んで答える。
「俺も聖杯にも第二の生なんて物にも興味はねえよ。そもそも英雄って奴はな・・・そんな物なんざ求めちゃいねえのさ。唯、強者と全力で戦いてえ。唯それだけだ」
クー・フーリンもにべもなく即答する。
「僕もギルガメッシュが現界しているようだったから・・・尤も今回はそれ以上に祐世の力になりたいからかな」
エルキドゥもにこやかに肯定した。
「まあ、そりゃあそうだが・・」
その様子を見て奏が苦笑しつつ頷くとマーリンは両手をパンパンと鳴らして言った。
「とにかく、我々も動くとしよう。敵がこれだけの宝具を乱発する事も厭わない連中だとすれば、ここも何時、消し飛ばされてもおかしくはない」
その時、魔術の信号音が響き一同はハッとなった。ただ、それは明らかに教会のものとは違う信号音で首を傾げたが、唯一人、雁夜だけが少し驚いた声で呟く。
「まさか・・・キャスター、森界を一部解いてくれ。知り合いの信号音だ」
「知り合い?」
奏が怪訝な声で問うと雁夜は頷く。
「ああ、俺と同門の魔術師だよ」
そして、マーリンが森界に人がまるまる入れる程度の孔を開けると、そこから銀の短髪に右眼半分に火傷を負った顔付きの男性が白のコートを羽織った出で立ちで入って来た。
「久しぶりだな、雁夜。息災にしてたか?」
火傷の男が懐かしそうに口を開くと雁夜も穏やかな笑みを浮かべて挨拶を返す。
「ああ、お前も元気そうだな、ボルドフ」
我が王(マスター)。それでその御仁は一体・・?」
ランスロットが怪訝に問うと雁夜はボルドフを指し示して皆に紹介する。
「ああ、さっきも言ったと思うが、俺と同じ魔術の師匠に師事してた兄弟子で・・・」
「ボルドフ・グヴィンだ。現在は傭兵団『白銀の餓狼』の首領をしている魔術使いさ。んでもって今回の聖杯戦争におけるサーヴァントの暴走や死徒の群れの出現に際し聖堂教会から民間の人々の警護及び連中の討伐を依頼された」
「それでその傭兵さんがどんな御用で来たのかしら?まさか、同窓会って訳じゃないでしょう」
レグナが鋭く問うとボルドフは苦笑を浮かべて言った。
「まあな。俺がここに来たのは弟弟子がこの戦争に参加していると人伝に聞いたんでな。少し忠告をしようと思ってな」
「忠告?」
雁夜が怪訝な声で問い返すとボルドフは葉巻に火を付けて言った。
「ああ、気を付けた方がいい。今回の戦争にあの魔術師殺し・・・衛宮切嗣がアインツベルンの雇われで参戦しているぞ」
その言葉に雁夜のみならず祐世やレグナまでが身を強張らせた。奏はアインツベルンと聞いて、以前に会った騎士王の少女を思い浮かべ同時にピョートル大帝が言っていた後方から狙撃しようとした気配を思い出した。それではその衛宮切嗣が騎士王の真のマスターと言う事だろうか?そんな事をボンヤリと考えながら問うた。
「衛宮切嗣・・・誰ですか、それ?」
奏が首を傾げて問うとボルドフが答えた。
「その名の通り、魔術師狩りのプロフェッショナルだ。幾多の魔術師がそいつに狩られている」
「つまり、聖堂教会で言う所の代行者やその雇われで魔術師を狩っている雁夜さんと同種類の魔術使いって事ですか?」
すると、ボルドフは極めて微妙な顔で苦笑する。
「いや・・・それよりも遥かに周到且つ悪辣だ」
そう言ってボルドフは分厚い書類を奏の方に放り投げる。奏はその書類をキャッチし一通り眼を通すと顔を徐々に顰め始め雁夜やボルドフの顔をマジッと見て再び問う。
「これ・・・マジですか?」
「ああ、大真面目だとも」
ボルドフは肩をすかして即答する。すると、マーリンが奏の横でその書類に眼を通して読み上げる。
「ほお・・・狙撃・毒殺・公衆の面前での爆殺・・・更に標的が乗り合わせた旅客機ごと撃墜か。中々にクレイジーじゃないか」
「それでいて()()()()だ。そいつは寸分の隙もない合理的戦術を取る。大を取る為に平然と小を間引く事ができる男なのさ」
奏は食い入るように書類を注視して読み進める。
「相手の不意を狙った襲撃や銃撃・・・確実に勝てる状況を作った上での戦闘・・・これパートナーの騎士王とは余りに対照的を通り越して掛け離れた戦い方だな・・・」
マーリンも「ふむ」と頷いて言う。
「確かに・・・あの娘が受け入れられるような戦い方ではないな」
すると、今度は雁夜が口を開いた。
「だが、そいつで一番に注意しなければならないのはそこじゃない」
「と言うと?」
マーリンが問うと雁夜は自身の頭をマーリンに指し示した。
「俺の頭の中を見てくれ。俺も以前、使い魔を通して、そいつの戦い方を見たが、正直何が起こったのかまるで分らないし口で説明できる自信がない。唯一つ分かる事と言えば、こいつに魔術で戦いを挑むのは絶対に駄目だ」
「それはどう言う意味です?」
敏和も怪訝な声で問う。
「見れば分かるさ・・・そう言うわけだからキャスター、俺の頭の中で見た事を皆にも見せてくれ」
マーリンも頷き―――
「良かろう・・」
そう言って雁夜の額に右手を添え瞑目する。

黒いトレンチコートを羽織った無精髭の男が短銃を持って一人の魔術師と対峙している。魔術師は風を巧みに操り無精髭の男を圧倒していた。だが、無精髭の男はそんな魔術師相手に一見役に立ちそうもない短銃を向け一発の弾丸を放った。魔術師はそれを当然のように魔術による防御で難無く防いだが―――その瞬間、魔術師に異変が起こる。体中に血管が浮かび上がり、ついには喀血した。その後はもう無残としか言いようがなかった。魔術師は苦しみ悶えるように身をくねらせのた打ち回り、そのままバッタリと倒れピクリとも動かなかった。

全てを読み取ったマーリンは眼を開いた。
「成程・・・確かに人間の魔術師にとっては中々に厄介そうだ」
そう言ってマーリンは皆を招き寄せ順に先程の映像を脳に直接送った。それらを見た一同の反応は皆一様に難しい顔になった。
「う〜む・・・噂にこそ聞いていたが、これが魔術師殺しか。しかし、これは・・・」
祐世は顎に手を当てながら先程、見せられた不可解な現象に首を傾げ、敏和がその後を継いだ。
「明らかに銃弾を防御した途端、魔術回路が暴走していましたよね?防御した魔術師がダメージを負うななんて・・・」
「それこそ奴が魔術師殺しと呼ばれる由縁だ。魔術師を知るからこそ魔術師らしからぬ方法で魔術師を狩る。今、お前さん達が見せられたのもその一つだ。奴はあの銃弾で37人もの魔術師を屠って来た」
ボルドフがそう補足する中、マーリンは冷静にあの現象を分析した。
「ふむ・・・私も直接相見えねば、これの詳細は分からないが、あの銃弾が何らかの魔術的加工が施されている事は間違いない。そして、これに防御にしろ攻撃にしろ魔術的な干渉を行った場合・・・魔術回路は愚か身体の機能にも致命的な損傷を与える物と見た」
それにボルドフがまたも補足する。
「それに加え、奴の短銃はトンプソン・コンテンダー(競技用)だが、口径を30-06スプリングフィールドにカスタマイズしている。故に物理手段をも封じ元より物理的装備に乏しい魔術師はそれを魔術で以って対処するより他はないって事だ」
「正に・・・魔術師を殺す為の装備ってわけ・・・」
レグナが何時になくゴクリと生唾を飲み込む。
すると、晴明が提案する。
「それではその衛宮とやらには我々サーヴァントが対応しては?我々ならば、そのような鉛玉が通じる道理はありませんからな」
だが、それにはクー・フーリンが異を唱えた。
「それじゃあ、その糞野郎と何も変わらねえじゃねえか。俺は聖杯にこそ興味ねえが、強ええ奴らと戦いに来てんだぜ。まして、騎士王なんて上等な獲物を素通りして手っ取り早くマスターを狩れってえのか?」
「しかし・・・逆に貴方のマスターが狩られれば、結局は同じ事なのですよ」
晴明の鋭い指摘にクー・フーリンは流石に言葉に詰まった。すると、今度は奏が口を開いた。
「だったら、俺の『眼』ならどうだろう?」
その言葉に雁夜がハッとなったように言った。
「そうか―――確かにアレは魔術と言うより超能力に分類される物だし、何よりお前の身体能力なら!」
「え?何・・どう言う事?」
レグナが訳が分からないと言う顔になる。それは皆も同様だったが、奏はボサボサの前髪を掻き上げ、隠れていた眼を見せた。それを見た一同は思わずギョッと身を竦めた。
奏は掻き上げた前髪を戻して言った。
「と言うわけなんで、その衛宮切嗣とか言う奴の対処は俺に任せてくれないかな?」
それに対し祐世は心底驚いた顔で奏を見ている。
「その眼も噂としてなら聞いていたが・・・まさか、実在しようとは・・・!」
「ええ、僕も陰陽道を父から伝授される際に話だけは聞いてましたが、それ殆ど伝説レベルの代物ですよ!?」
敏和も信じられない物を見るような眼で見る。一方、マーリンはと言うと不敵な笑みを浮かべて言う。
「うむ・・・これで万事解決だな。それではこれからの大まかな動きを決めるとしよう」

その頃、アインツベルン城では・・・

アルトリアがまたも一人で剣を振るっていた。それも昨日よりも遥かに荒々しく・・・その様子をアイリスフィールは嘆息をついて見ていた。
(やっぱり、昨日の事が堪えているのね・・・折角、嘗ての同志と共に戦える事になったのに・・・)
とアイリスフィールは昨日の事を回想していた。








「ベディヴィエール!そなたも来ていたのか!?」
アルトリアは嘗ての同志との再会に最初こそ喜色に溢れた笑みを見せたが・・・
「王よ・・・どうかご再考を。私を含め円卓の騎士達は誰一人として、そのような願いは許容できませぬ」
ベディヴィエールが発したこの一言で一気に愕然とした顔になる。
「なッ・・・!何故だ?私は国を・・・」
それをベディヴィエールが遮るように言う。
「運命を変えるなど・・・やり直しなど私達は誰一人として望みません。だからこそ、王よ・・・どうか!」
すると、途端にアルトリアは感情を激昂させる。
「ベディヴィエール!?ランスロットに続いて、そなたまでそのような事を!私の不徳で多くの民と臣下が息絶えたのだぞ!?それを正す為には聖杯に縋るより他は・・・」
そこから先をベディヴィエールは更に遮る。
「だから、我らが歩んで来た道を・・・我らとの絆を消しさると貴女は仰られるのですか?」
「・・・・ッ!」
思わずアルトリアは絶句する。そんな彼女に嘗ての忠臣は更に続ける。
「王よ・・・我らの役目はあのカムランの丘で終わったのです・・・何よりも私が最後を看取った貴女は穏やかな笑みを浮かべて逝かれたではありませんか。もう・・・お休みになられても良い頃ではありませぬか?」
それに対しアルトリアはまたもランスロットの言葉を思い出していた。

『王よ・・我らの役目は―――』

「何を言う?何も終わってなどいない・・・・」
アルトリアはその言葉を振り払うかのように否定の言葉を迸らせる。それにベディヴィエールは「王!?」と再び諭すような言葉を発しかけるが、それよりもアルトリアの方が速かった。
「そなたもランスロットも何故、そんな事が言える?我らが身命を捧げた故国が滅びに瀕しているのだぞ?なのに―――!どうして、もう休めなどと言う言葉が吐けるのだッ!!」
それだけ言ってアルトリアはその場を駆け出してしまったのだった。














回想を終えたアイリスフィールはアルトリアに声を掛けようとするが、その前に声を掛ける者があった。
「一人だけで剣舞か?どれ俺が相手をしてやろう」
そう言ってエルシドが長剣と短剣を両手に握り言った。アルトリアは一瞬、戸惑ったような顔をするが、暫くしてから首を縦に頷く。
エル・シドは剣を交えながらアルトリアに賛辞を送る。
「流石は彼の騎士王・・・清澄且つ鋭い剣技だ」
「何の、そちらこそ流石は名高きエル・シド。これ程にまで研ぎ澄まされた剣技は円卓の中でもそう見られる物ではない」
アルトリアも惜しみのない賛辞を送る。すると、不意にエル・シドがこう切り出して来た。
「騎士王よ・・・貴様を責めるはお門違いだが、貴様のマスターは恥と言うものを知らぬのか?我らが命を懸けて戦っている陰から闇討ちを行うなどと・・・ッ!我ら英霊を愚弄するにも程がある。しかも、我らの言葉をまるで聞こうともしない」
それにアルトリアは自らも剣を返しながら同意する。
「エル・シド・・・それは私も同感だ。切嗣は世界平和を聖杯に願う為、参戦したとアイリスフィールから聞いたが、私はどうにも信じられない・・・」
エル・シドは研ぎ澄まされたような顔こそ微動だにしなかったが、声は労わるような響きを持って言った。
「・・・・・その分、俺やベディヴィエール卿は幸せ者か。藤二もガルフィス殿も俺達の言葉に耳を貸してくれるばかりか、何よりも俺達を戦友として遇してくれるのだからな・・・・」
その言葉にアルトリアは何時になく寂しそうな声音で頷いた。
「そうだな・・・・正直に言ってあなたやベディヴィエールが羨ましい。共に信頼が置けるマスターと戦えて・・・・・」

アルトリアとエル・シドが剣を交えている様子をベディヴィエールが城の窓から眺めていた。その端正な顔を憂いに染めながら・・・そんなサーヴァントの様子をマスターであるガルフィスは溜息を付きながら眺め、口を開いた。
「昨日は幾ら何でも急ぎ過ぎたな・・・・いきなり、ああ言った所でそう簡単に趣旨変えできるくらいなら戦争は起こらねえさ」
それに対しベディヴィエールは窓の外を眺めながら答える。
「王は・・自身の願いによる結末が分かっておられない・・・・何としてでもお諫めしなければ!」
すると、ガルフィスはまた、溜息を付いた言った。
「だ・か・ら、肩の力を抜けって!そんなに焦ってちゃ躓くぜ」
「しかし・・・マスター!」
ベディヴィエールが尚も言い募るとガルフィスはこう続けた。
「俺もな、ランサー。実を言うと切嗣の恒久世界平和って願いに心から賛同してるわけじゃねえのさ」
その言葉にベディヴィエールは一瞬、間の抜けたような声を出す。
「は?」
それを尻目にガルフィスは更に続けた。
「だって考えても見ろよ・・・確かに平和は尊いだろうさ。アイツが言うように民衆が一番に望むのは平和だろうさ・・・だけどな。世の中にゃバランスって奴がある。簡単に言うとだな・・どちらか一方へと極端に流れてったって駄目なんだ。そう言う場合は必ず、何処かで破綻が来ちまう。それはな・・闘争と平和でも同じなんだよ」
すると、ベディヴィエールは怪訝な声で自らのマスターを問い質した。
「・・・・では何故にマスターは切嗣殿を諫める所か協力をなさっているのですか?」
すると、ガルフィスはニカッと笑って言った。
「まあ、アイツとは長年のダチだしなあー。それにアイツのそう言う純粋で真っ直ぐな面が好きで付き合ってもいる。それに・・」
「それに?」
ベディヴィエールがオウム返しに問うとガルフィスはまた、二カッと笑って答える。
「あれこれ考えるよりはまず、行動だろ?」
その答えにベディヴィエールは思わず小さい笑みを零した。
「貴方といると時々思う事があります、マスター。私も・・・貴方くらいに単純であれば・・・と」
「止せよ・・・照れるじゃねえか」
ガルフィスはケラケラと笑う。








「なあ・・本気で奥さんを犠牲にして理想を為す気でいるのか?イリヤちゃんから母親を取り上げてでも―――」
藤二の問いに切嗣はにべもなく答える。
「ああ、勿論だ。アイリも承知してくれている。イリヤだって―――きっと分かってくれる」
それは何の抑揚もない機械のような声音だったが、藤二にはそれが何かに必死で耐え激情を無理矢理に押し込めようとしている声に聞こえた。彼は嘆息を付きながらももう一度、言った。
「くどいようだが、俺にして見れば、世界平和なんて理想よりも家族を守る事の方が大事に思えるがな・・・」
すると、切嗣は静かな声に僅かな苦渋を混ぜて答える。
「藤二・・・君だって見たろう?繰り返される紛争を・・繰り返される悲劇を・・・繰り返される戦火の地獄を・・・ッ!今の人の在り方ではどうやったって、この地獄が亡くなる日など永遠に来ない。
だからこそ僕は聖杯に人の在り方の―――魂の変革を請う。そして、人類の有史から馬鹿馬鹿しく繰り返されて来た地獄の連鎖を断ち切る・・・!その為に僕は聖杯戦争の参加者全ては元より妻だって生贄として聖なる杯にくべて見せる。そう・・・例え、この世全ての悪を担おうとも―――!」
それを聞く傍らで藤二は一人思う。それは果たして人間の生き方なのだろうか?と・・・切嗣が理想とするような在り方を世界中の人々が是とするであろうか?と・・・だが、藤二はそれら一切を口に出して切嗣には言わなかった。恐らく、在りのままに述べた所で彼は聞くまい。何故なら、これは彼が幼き頃に自らに課した十字架・・・そう簡単に下ろせるくらいなら、とっくの昔に彼自らが下ろしているだろう。だから彼には何の言葉も届かない。自らに課せられた十字架に報いる事しか頭にないであろう彼には・・・
それでも・・・と藤二はこの誰よりも冷徹で誰よりも優し過ぎるこの親友の傍に居続けようと改めて誓った。何せ・・・と彼は苦笑して親友を見る。

何せ・・・昔から危なっかしくて見ていられないからな・・・・




最後は切嗣回でした。



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