Fate/BattleRoyal
29部分:第二十五幕


マーリン大先生のセミナー満を持してスタート!
第二十五幕


 『気にする事はないよ、アルトリア。王とは時に誰よりも非情とならねば、ならぬ身だ』
嘗て、数万の民を救う為に一つの村を焼いた少女に言った言葉だが・・・今にして思えば、あの言葉がより少女を孤立させる後押しをしてしまったのかも知れない。だが、今更言ったとて詮無い話だ・・・・



「さあ、アルトリア。並びにそのマスターよ。二人とも揃った所で講習会(セミナー)を始めるとしようか」
黒衣を纏った大魔術師はアルトリアが良く知る朗らかな笑みを湛えたまま碧眼に凄みを宿して言う。
「マーリン・・・・私は・・・」
だが、アルトリアはそれと対照的に足踏みするような仕草で声もさっきとは打って変わって覇気がない。その様を見た切嗣は内心で舌打ちする。

まずいな・・・・やはり騎士王サマに嘗ての仲間との戦いはメンタル的にマイナス要因が働いてしまう・・その上、今は槍の呪いに侵され治癒できずにいる左腕に加えこの固有結界でステータスが著しく減少している事も含め身体的なマイナス要因まで働いている・・ッ!
しかし・・・まさか、マーリン・アンブロジウスとはね・・・・サー・ランスロットやガルフィスが呼び出したサー・ベディヴィエールと言い、この戦争はアーサー王伝説のバーゲンセールか?
いや、冗談めいた事なんか考えている場合じゃない。とにかく、現在の状況は深刻だ。彼のマーリン・アンブロジウスと言えば、生前のセイバーを王に押し上げたのみならず、その治世を大いに助けたジョーカーの如き万能の男と呼ばれ全ての魔法使いの原点になったとも言われている大魔法使いだ・・・今回現界したキャスターのサーヴァントの中では間違いなく最強クラスだろう。
おまけにその魔術はセイバーの対魔力を以ってしても大した抵抗はできないと来た!現在のコンディションに加えここは敵のテリトリー・・・・ハッキリ言ってセイバーに勝てる目は一切ない!ならば―――僕がマーリンのマスターを仕留める以外にない!

瞬時にそう思考でシュミレートした切嗣はトンプソン・コンテンダーを構え冷徹に奏に狙いを定めるが、そこでマーリンがすかさず切嗣に向けて指摘した。
「やれやれ・・・早々に自らのパートナーの勝敗を切り捨てマスター狙いと来たか。やる事に芸がない上に進歩がないね」
切嗣はまたも身体をギクッと強張らせアルトリアも自らのマスターから元より信頼されてはいなかった事に憤懣やるせない眼光でギリッと切嗣を睨み付けた。それに対しマーリンは茶目っ気さえ感じられる笑みを浮かべる。
「言ったろ。君は考えている事が顔や仕草に現れ過ぎだとね」
切嗣はギリッと殺気を込めた視線で睨み返すが、無論マーリンは朗らかな笑みで受け流し言った。
「まあ、良かろう・・・・好きなように攻めたまえ。元より君の相手は奏に頼むつもりだったからね」
その言葉と共に奏が切嗣の前に出る。それに対し切嗣は無感情な顔を装いながら内心でフンと鼻を鳴らした。
(好きなように・・・か。良いだろう。僕はいつもの僕のやり方で行かせて貰う!第一、今更セイバーとの仲が抉れた所でどうと言う事もない!元より騎士道なんて茶番に毒された小娘なんて当てにしちゃいない―――!)
切嗣はキャリコに新しい弾を装填し奏に向けてその銃口から火を吹かせたが、奏はそれをコンバットナイフで全て切り裂いて捌いた。切嗣はその人間技ならぬ動きと速度に改めて息を巻くが、思考と身体は止めず、すぐに次の行動に移る。
固有時制御(Time alter)()二倍(double)(accel)!」
それと同時に奏も動く。
消失音速(Scomparsa)八分(ottavo)(sonico)
切嗣が体感時間を加速させたのと同時に奏は八人に分かれ先程とは一線を画す速度でアッサリと切嗣に追い縋る。
(クッ!振り切れない!?体感時間を常人よりも加速させているのに・・・ッ!)
切嗣は固有時制御に平然とついて来る奏に息を呑むが、その間もなく八人に分裂した奏の刃の一閃が容赦なく振り掛かって来る。切嗣は体感時間を加速させながら銃口の火を吹かせるが、奏はそれを時には避け時には切り裂いて難無く捌いては切嗣の身体に僅かな切り傷を付けて行く。
切嗣は完全に後手へと回りながらも冷静に敵を分析していた。

相手は強化魔術に特化した魔術師だと推定。恐らく風と空を巧みに複合した音速移動魔術・・・あのコンバットナイフも銃弾を容易く切り裂く事からも何らかの概念武装と推察。だが、何よりも恐るべきはあの常人の域を遥かに逸脱した奴自身の身体能力と動体視力にある!まるで分裂したように見える程の速度なんて、並みの人間なら身体が悲鳴を上げて一気に使い物にはならなくなるだろう・・・だが、こいつは全く堪えた様子はない。代行者所のレベルでは絶対にない。正直に言ってこんなバケモノに真っ向勝負なんて正気の沙汰じゃない!だが、全く攻略法がないと言うわけでもない。
発射された銃弾を弾く所か切り裂く事から見てもあのナイフが奴の礼装若しくは強化魔術と見て間違いない。ならば、そのナイフに起源弾を撃ち込む!それで奴も終わりだ・・・

切嗣は意を決して今度こそトンプソン・コンテンダーに自らの切り札である起源弾を装填する。


一方、マーリンとアルトリアの戦いは切嗣の想定通りになっていた・・・・
マーリンは容赦なく魔術による攻撃をアルトリアに降り注いでいた。それに対しアルトリアはされるがままになっているも同然だった。
「どうした、アルトリア?身命に懸けても運命を変えるのではなかったのかな?」
マーリンは朗らかな笑みを浮かべながら大魔術や儀礼呪法などを連発して来る。本来、セイバーのクラスであるアルトリアにとっては蚊程も痒くない・・・・だが、対魔力でも抗えない魔導。加えてマーリンの魔術陣地に等しい固有結界による弱体化も相まって、それは疾風怒濤の嵐の如くアルトリアを襲った。
「ぐぅ・・・ッ!」
だが、それ以前にアルトリア自身の動きにいつもの冴えや覇気が一欠けらも感じられなかった。如何に通常より弱体化しているとは言え、本来なら簡単に避けられる筈の攻撃までまともに受けている。その様にマーリンは火と雷を練り上げた巨大な砲弾状のエネルギー波を練り上げながら嘆息をつく。
(やれやれ・・・これはこの上もなく重症だな。些か性急だったかも知れん・・・・だが、何れにしてもこの娘を捕えて放さぬ王の呪縛は断ち切らねば―――)
マーリンは意を決し炎雷の巨弾をアルトリアに放つ。アルトリアは流石にハッとなって瞬時にかわす動作を取る。

切嗣がトンプソン・コンテンダーに起源弾を装填した直後、奏が突然口を開いて話しかけた。
「なあ・・あんたさあ。本気で恒久的な世界平和なんて実現すると思ってんのか?」
だが、切嗣は答える義務などないと言わんばかりに黙り込み淡々と魔弾を放つ機会を狙い固有時制御での移動を続けていた。それを察した奏も音速移動を続けながら一方的に語り続ける。
「俺もあれこれ言うのは趣味じゃないんだが・・・こればっかりは言わせて貰う。あ、まどろっこしいのも趣味じゃないんで、もう単刀直入に・・・・・止めてくれ。有難迷惑だ」
思っても見なかった言葉に切嗣は思わず―――
「何故だッ!?」
問い返していた。それを奏は大きく嘆息をつきながら答える。
「何故も何もちょっと考えれば、分かる事だろう・・・そんな種の摂理も等価交換も度外視した願いを無理矢理に現実に押し通してロクな結果になるはずがない」
すると、切嗣は何時になくムキになって反論する。
「いいや!必ず良くなる!そう信じたからこそ僕はこの戦争に身を投じたんだッ!僕はこの冬木で流す血を最後の流血にして見せる・・・もう、誰も泣かなくていい世界を作る為に・・ッ!そして、それを叶え得るのが聖杯だ!」
「それ」
奏はそこで指摘するようにナイフの切っ先を切嗣の眼前に向ける。
「信じるのが悪い事だとは言わないし、何より平和が悪なんて本末転倒な事もほざくつもりはないけど、何事も行き過ぎたら御終いなんだよ。おまけにその夢物語を叶える術と根拠が如何にも怪しげな“奇跡の願望機”任せってんじゃお話にもならない」
マーリンと同じく愚弄するような物言いに切嗣は再び灼熱のような怒りが生じさせるが、その激情を表には出さず、あくまで淡々とした口調で遮るように言い募った。
「それがどうした?過程はどうあれ、それで結果的に世界の恒久的な平和が為るならそれでいいじゃないか。少なくとも人殺しを誉れなどと持て囃すお偉い英雄サマ達よりかは幾分も建設的だと思うね」
すると、奏は怒気の籠った静かな声で問う。
「で、その為なら関係のない子供まで巻き添えにするって?」
「ああ、寧ろ子供が戦火の巻き添えになる事なんか戦場では日常茶飯事だ。そんな事に一々気を配っていたら戦争を勝ち抜く事なんか到底できない。今の世界はそう言う世界なんだ・・・そして、今僕はそれを変える為に戦っているんだ。ましてや、あの子供達を礎にする事で恒久世界平和が成ると思えば、まだ安上がりな方だ。六十億の命がこれで救われると言うなら、僕はあの子供達を迷う事なく奇跡の釜にくべる。喜んでその悪業を担ってやるさ」
切嗣は我ながら饒舌に過ぎると思った。何故、無駄な与太話などを披露しているのだ自分は?そう思い直してそれ切り口を閉ざそうとしたが、次に奏の口から出た言葉に眼を剥いた。
「ハッ!寝言は寝てからほざけよ、この中二病患者が!生憎なんだけどな・・・俺はそんな文字通りの与太話なんかに興味はねえんだよ。つーか、あんた聖杯を御伽噺に出て来る魔法のランプとでも思っているわけか?そんな都合の良い物が現実にあるはずないだろう・・・・昔、俺が世話になった神主が言ってたよ。『結果に見合う対価も払わないで不相応な事を望んでは絶対に駄目だ。その対価は必ず後で反動と言う形となって跳ね返って来る』ってな。そもそも、生き物は良くも悪くも戦いの連続なんだ。皆、その過程を経て物事を学んで行く。なのに・・・それから逃げる事を考えてどうするんだ」
切嗣は口を閉ざすと決めたにも拘らず口から出る言葉を止められなかった。
「・・・その反動が起こらないのが聖杯だ・・・奇跡を具現化させる願望機だ!戦いを経て・・・物事を学んで行くだって!?冗談じゃないッ!そんな悪癖があるから人類は未だに石器時代から一歩も前に進んじゃいないんだ!僕はその悪癖を奇跡の力で完全に根絶する。だから、邪魔をするな・・・・ッ!」
切嗣はトンプソン・コンテンダーを奏に向ける。それに対し奏はコンバットナイフを手に動きを止め、その銃口を見据えた。
「生憎と俺も外で子供達を守る為に身体を張っている連中を護らなきゃなんないんでね。そっくりそのまま返すぞ・・・・邪魔をするな」
切嗣は奏の言葉よりも彼が取った行動を冷静に分析した。

止まった!僕の銃弾を迎撃するつもりか?いいだろう・・・そこに起源弾を撃ち込んでやる。このトンプソン・コンテンダーの口径は30-06スプリングフィールド。ハンドキャノンクラスのマグナム弾を遥かに凌駕する威力を持つ弾丸を物理的に防御しようと思えば、装甲車に乗るかNIJ規格でレベルWクラスの防弾装備が必要になる。奴は前者は元より後者も身に付けている様子はない。つまり、防御するには唯一持っている武装であるコンバットナイフを魔術で強化させるより他にはない!若しくは元よりナイフ自体が魔術的な加工を施された礼装なのかも知れないが何れにせよ、これで―――詰めだ!

そうして切嗣は引き金を引き、物理的な方法では決して防げぬ火力を伴って魔術師の命脈を断ち切る魔弾が歪な銃口から放たれた――――!


アルトリアは炎と雷が合わさった巨弾をどうにか避け息を切らして見えざる剣を振るえる手で握り続けていた。
「本調子ではないにも拘らず流石だな。今のは割と本気で当てる気満々だったのだが・・・」
マーリンが茶目っ気すら感じられる笑みを浮かべるとアルトリアは顔を歪め悲痛な声を絞り出した。
「・・・故だ・・ッ?」
「ん・・?」
それに対しマーリンはキョトンとした顔をワザとらしく浮かべて見せる。アルトリアはそれが一層に焦れったくそして、腹立たしかった。
「何故だッ!何故、ランスロットもベディヴィエールも・・・そして、マーリン!貴方までもが分かってくれないのだッ!?私の過ちで国を!民を!そして、お前達を滅亡へと誘ってしまったのだぞ!それを贖罪する為に私はこの戦争に身を投じたのだ・・・聖杯に全てのやり直しを請う為に―――」
「ならば、何故に剣を抜いた?」
その言葉にアルトリアは身体をビクッと震わせる。
「剣を抜こうとした時、私は君に言ったはずだ。君の前には栄光と破滅が等しく訪れると・・・・それでも尚、剣を抜き王たるを望んだのは君自身だ。その君が自らの選び取った道を覆すと言うのかい?」
マーリンの畳み掛けるような問いにアルトリアは一言も返せなかった。
「ランスロット、ガウェイン、トリスタン、ケイ、ベイリン、ベイラン、ベディヴィエール、ラモラック、ユーウェイン、ギャラハッド、パーシヴァル、モードレッド・・・そして、父君であるウーサー王を始め君の王道の犠牲となったギネヴィア王妃やモルガンまでも今、君は裏切ろうとしている。それに気付かないのか?」
マーリンは何時にない程、真剣な面持ちとなって嘗ての主君にして娘のように慈しんで来た少女に問う。
「彼らはその生涯をあらゆる意味に置いて君に託した・・・ある者は太平を、ある者は憎悪を・・・多くの者達がその生涯を君に搾取される事を是とし逝った。故にアルトリア、君の生涯は既に君一人の生涯ではない。あの時代に生き君をあらゆる意味で王として遇した者達全ての生涯に他ならない!故に・・如何に王とは言え・・否!王であるからこそ君の独断で全てを捻じ曲げるなど許されるものではない」
アルトリアの脳裏に散り去っていた幾多の騎士達の顔が浮かんだ。最も信頼の置ける臣下であり親友ですらあったランスロット、最後まで自分に着き従い忠義を全うしたガウェイン、女にだらしなく放浪癖がありながらも頼もしい朋友であったトリスタン、いつも憎まれ口を叩きながらも最後まで自分を支えてくれたケイ、自分の臨終に立ち会い今また馳せ参じてくれたベディヴィエール、大らかで懐が深いユーウェイン、聖杯探索の任に殉じたギャラハッド、自分を純粋に崇敬していたモードレッド・・・・それらの顔が浮かんでは消えて行く。
アルトリアは剣の柄を一層、握り締め震える声で思いの丈を咆哮する。
「それでも―――いや!だからこそ私は―――ッ!!」
その咆哮と共に少女は今にも泣きそうな声で剣を振るった―――


切嗣は自分の眼を疑っていた。眼の前で起こった事実にも拘らずそれを現実として受け入れるにはコンマ0.3秒の時間が必要だった。
切嗣の眼の前にはナイフを手に悠然と立つ奏と彼の足元には先程、切嗣が放った魔弾が見る影もなくバラバラに切り裂かれ無残に転がっていた。だが、当の彼は重傷を負った様子は愚か何の変化も見えなかった。

何故だ!?確かに奴はあのナイフで僕が放った起源弾を切り裂いた筈だ・・・・なのに奴は何故、平然としている!?まさか、魔術によらず唯のナイフだけで切り裂いたと言うのか?いや、唯のナイフで切り裂ける所か弾く事すら不可能な威力だ!逆に刃を砕いているはず!!それを避ける為にはやはりナイフを魔術で強化するかナイフその物が魔術加工された魔術礼装でなければ、ならないはずだ・・・それが―――

切嗣が半ば思考を空回りさせていると奏が一歩ずつジリジリと間合いを詰めて来た。切嗣はハッとなり左手のキャリコを撃ち込むが、奏はそれをナイフ一振りで先程のように弾丸をバラバラに裂いてしまった。その上、無情な事にそれでキャリコの弾が切れてしまった。切嗣は何時になく顔に焦り・・否!絶望すら浮かべて眼前の静かに歩み寄る異形(バケモノ)を凝視するより他はなかった。
(どうする?キャリコの弾は予備も含めてもう切れた・・・いや、予備があった所でそれを装填しようにもそんな隙を許す奴じゃない!固有時制御はもう使えない・・・ボルドフの時も含めて乱発し過ぎているし何より今のコンディションでもう一度使おうものなら間違いなく死ぬ!いや、仮に使った所でこいつを振り切る事は到底、不可能だ。おまけに起源弾もこいつには全く働かないと来た・・・ッ!しかし、一体どう言うわけだ!?唯のナイフでは歯が立たず魔術による強化をしても自滅は避け得ない起源弾をいとも簡単に切り裂いて置きながら奴は全くの無傷だなんて・・・・ッ!)
切嗣は怪訝に思う中、ふと奏の眼元まで隠れる程に長い前髪の隙間から何かが光った気がしてよく眼を凝らして見ると確かに見た。蒼色に発光する双眸を・・ッ!
「ま・・魔眼!?」
切嗣が愕然とした声で呟くと奏は前髪を刈り上げるようにして捲り妖しいまでに蒼く輝く異形の眼を見せる。
「万物には綻びと寿命がある・・・あんたの魔弾だってその例外には至らない。そして、世界だの平和って奴にもな。だからこそ、全ては案外と脆いもんなんだよ」
その言葉だけで切嗣は悟った。何故に自らの切り札が無力化されたのかを―――
(直死の・・・魔眼ッ!?馬鹿な・・・そんな眉唾物が実在したって言うのか!?だが、確かにそれなら起源弾を無効化できたのも頷ける。アレは聞く所によれば、魔術的な現象と言うより魔術とは違う超能力に分類される代物だと聞いている。常に見える死の線を断ち切る事で強度とは関係無しにあらゆるモノを殺す能力だと・・・ッ!しかし、だからと言って銃弾を・・・それも30-06スプリングフィールドの弾丸を殺そうと思えば、人間を遥かに凌駕した・・・それこそ、サーヴァント並みの体術と動体視力が必須だ!こいつ・・・一体ッ!?)
切嗣が畏怖の形相で奏を注視していると奏はナイフを手に歩み寄りながら、再び口を開いた。
「見た所、弾切れって所か?あんたの魔弾も俺には通用しない。おまけにあんたが使う妙な高速移動も負担が掛かり過ぎて使えない―――か?正しく詰めって奴だな」
(クッ!詰めだって?ふざけるな!僕はまだ、こんな所で―――!!)
切嗣は今や冷徹な顔を繕う余裕すら無くし忌々しげに顔を歪め奏を睨み付けるが、奏は冷静に事実を踏まえて言う。
「睨む暇があるなら状況を認識するんだな。あんたにはもう何もできないし俺もあんたを皆の所に行かせるつもりもない」
「貴様・・・ッ!」
切嗣はとうとう憎しみに満ちた眼さえ奏に向けて唸るが、奏も逆に射竦めるような眼光で睨み言った。
「舐めんなよ・・・俺らにだって譲れない物や守りたい物があるんだよ。あんただけがそうだと思うな。
消失音速(Scomparsa)十分(decimo)(sonico)・・・・」
そう言って奏は身体を音速に乗せ、十の残像となってナイフを振るった。


「それでも―――私は運命を覆し故国ブリテンを救う!だから、マーリン!私は貴方を打ち倒してでも聖杯を獲得するッ!」
アルトリアは迷いを振り払おうとするが如く弱体化された身でありながら獅子奮迅と呼ぶに相応しい剣技でマーリンの攻撃魔術を捌いて行く。術を連発するマーリンは流石に息を巻いて感歎の声を出す。
「ふむ・・・我が結界で幾分か弱体化させているとは言え・・・腐っても騎士王と言った所かな・・・だが」
そこでマーリンの碧眼が悪戯っぽく綻ぶ。それを見たアルトリアは直感スキルと長年の付き合いでその意味を悟ったが、それを回避するには()の彼女は余りに弱り過ぎていた。
アルトリアが走っていた真下の宇宙空間がガラスのような罅割れを起こしたかと思うとパリンッ!と割れてそこから鋭利な氷壁が現れアルトリアはそれをモロに喰らい吹っ飛ばされた。
「がはあッ!」
アルトリアは転がるようにもんどりを打った。マーリンはそんな彼女に言葉をかける。
「さて、アルトリア。私も鬼じゃない・・・君がそろそろ悔い改めると言うならば、この結界を解く事も吝かではないがね」
しかし、アルトリアは尚も立ち上がり拒絶する。
「くどい・・・ッ!!私は元よりこの身命を故国に捧げると誓ったのだ!例え、マーリン貴方と言えど・・・とやかく言われる筋合いなどない!!」
すると、マーリンは瞳に危険な物を宿らせて微笑む。それはアルトリアが知る中で一番、危険な顔だった。
「ホホオ・・・?成程・・・そんな事を言っちゃう訳か・・・・ならば―――」
突如として空間が再び歪み出した。アルトリアは途端に身構えるが、その間もなく別の空間へと引き吊り込まれた。その際にアルトリアは絶叫を上げながらも見た。まるで、映画のフィルムの断片を見ているかのように・・・・それはある少年の物語のようだった。少年は幼くも魔導に長け、何よりも予言に長けた・・・故に少年は常に先が見えていた。故に多くの国が少年の予言に縋り少年は幾つもの国の大事に関わる予言を詠み全てを的中させて来た。だからこそ周囲からは『天才』『神童』『奇跡』などと言う賛辞が常に送られた。
だが、予め筋書きが分かっている日常・・・どう手を尽くしても大して変わりはしない日常・・少年はやがて摩耗して行った。そして、それは近しい者達をも含めた全ての人間の死期が分かる事も意味していた。最初は母・・次は友・・そして、その次は―――

そこでフィルムは途絶え気付けば、アルトリアは息を切らしながら剣を杖代わりにして膝を突いていた。

何だ・・・今のイメージは?突然、頭の中に流れ込んで―――ハッ!?

そこでアルトリアは自らがいる空間が再び様変わりしている事に漸く気付く。そこは緑が生い茂る森が宇宙と融け合ったような場所だった。その森の中でアルトリアは思わずその何とも言えない美しい景観に言葉が出なかった。そんな彼女をマーリンは宙に浮いて、まるで寛ぐような仕草で見下ろしている。
「さて・・・身体も多分に温まった頃だろう。本番いってみようか?」
その言葉と共に彼の遥か頭上に一つの巨大な隕石が浮上していた。今にも真下へ落ちると言わんばかりに・・・アルトリアは開いた口が塞がらないと唇をパクパクと震わせていた。
「アルトリア・・・・もう一度、頭を冷やして考えなさい。君が請い願おうとする願いが何を齎すかを―――なッ!?」
今にも隕石を落とさんとしていたマーリンの顔が突如として何時になく強張った。アルトリアはそれを怪訝に思うが、マーリンは今現在、途轍もない危機を感じ取っていた。
(馬鹿な・・・ッ!?我が固有結界が一部強制的に解かれた!発動している間は如何なる者も踏み入る事も感知すら不可能な物をどうやって―――まさか!?)
マーリンはそこまで考えが至った途端に一人の直弟子を思い浮かべると同時に死徒やそのサーヴァントと対峙しているランスロット達が脳裏に過ぎる―――


結論から言ってマーリンの不安は的中した。丁度その頃、マーリンの結界によって弱体化していた死徒のサーヴァント達は調子を完全に取り戻していた。
「ふう・・・身体から重りが取れたようだ・・・」
チェーザレは徐に立ち上がり蒼褪めていた顔には精力が戻っている。
「おおおおおおおッ!!聖処女の加護が私に力をおおおおおおおおおぉぉッ!!!」
ジル・ド・レェは大仰な身振りで立ち上がると再び無数の海魔を召喚する。
「アハハハハハハアハッハハハハハハッ!!力が身体中に満ち溢れておる!やはり、そなたら如きに妾を制する事など出来はせぬのだああああああああッ!!!」
エリザベートは狂喜乱舞して背後の自らの工房にして宝具である『血に濡れし白亜の虚城(チャフティツェ・フラド)』から再び少女の霊魂を射出する。それに対しランスロット達は再び勢いを取り戻した彼らを迎撃する。
「どうなってんだ!こりゃあ!?こいつらマーリンの結界で弱体化しているんじゃなかったのかよ!」
クー・フーリンはゲイ・ボルクを振るいながら毒づくとレグナが炎の戦斧を振り回しながら推論を述べる。
「多分、誰かが限定的に結界を解いたのよ! その上、連中の回復まで・・・ッ!」
「しかし、マーリン殿の固有結界にそのような荒技を仕掛けられるような者など・・・ッ!ま・・まさか!?」
そこでランスロットが勘付いたように呻くと同時にチェーザレ達の後方の空間がガラスのように罅割れ始めやがて、大きな音を立てて砕け散り極大の孔が空けられた。そして、そこから―――
「おうおう、調子扱いた上に好き勝手な事しれくれてんじゃねえか?」
金髪に血に飢えた赤眼を爛々と輝かせ身体中に閃電を纏わせた男―――クラストル・鬼瓦を先頭にした死徒の集団がゾロゾロと入って来た。それを見たエリザベートのマスターは少し驚いたように眼を瞠る。
「クラストル!誰かと思えば貴方達だったのね・・・」
「おう、水晶で見物していたんだが・・・・どうも旗色が悪そうだったんでな。飛び入り参戦させて貰った」
クラストルは舌なめずりをして答える。一方、ランスロット達は新たに増えた敵勢に緊張を張り詰めた。そんな中死徒の集団から一人の大柄な男が鷲蘭に声をかけて来た。
「久しいな・・・蓮家の小娘」
その声に鷲蘭はギョッと眼を剥いて呟く。
(ワン)(コウ)(エン)・・ッ!?」
「なんじゃ、鷲蘭?こ奴、お主の知り合いか?」
李書文が怪訝そうに問うと鷲蘭より先に大柄な男―――黄円がフードを取りながら挨拶した。
「お初にお目に掛かる李書文殿・・・己は王黄円。一介の殺し屋である」
その後を鷲蘭が引き継ぐように語った。
「元は我が家の門弟だった男だ・・・・だが、その者は我が一族の掟を踏み躙り父に破門された」
その言葉を黄円は「然り」と頷き答えた。
「弱者などと言う寄生虫に尽くせなどと言う家訓など己の肌に合わぬ物であったからな。こちらから早々に見切りを着けさせて貰った」
すると、鷲蘭は憤激を湛えた顔で一喝する。
「黙れ!貴様は我が一族の術で無辜の民を面白半分に殺し尽くした・・・ッ!挙句にこのような外道の獣に身を堕とすとは・・・貴様の如き不届き者は断じて生かしはすまいぞ!今度こそ蓮家現当主たる私の手で誅してくれるッ!」
そう言って双剣に纏わせた炎を更に大きくさせる。
「ふん・・・青臭い小娘が・・・ッ!」
黄円も徐に八極拳の型を取る。一方、李書文は鷲蘭を珍しく宥めた。
「落ち着け、鷲蘭。どうやら因縁浅からぬ相手のようじゃが、お主の後ろに童共がおる事を忘れるな」
その言葉に鷲蘭はハッとなって幾らか猛り狂った気勢を落ち着けた。
「それよりも貴様ら、結界に侵入した以前にどうやって見つけた?これは生半可な魔術師の手に負える物では・・・」
ランスロットの問いにクラストルは間髪入れずに答えた。
「勿論、俺のサーヴァントの力さ。つーか、テメエら浅はかにも程がねえか?お前らに最強の魔術師がついているように俺らにも最強の魔女がついてんのさあ」
その言葉にランスロットはやはりと冑の中で額に冷や汗を流す。そして、一秒もしない内に彼の危惧は現実の物となった。
クラストル達死徒の頭上に浮かぶ形でヴェールから亜麻色の髪を靡かせた妖艶な貴婦人が実体化した。その美しさは女神さながらと言って過言なくエリザベートとは違い多少、怜悧なまでの知性をも感じさせる。それでいて冷ややかな深緑の瞳でランスロット達を睥睨していた。それから間もなく彼女の方から口を開いた。
「お久しぶりねえ・・・“裏切りの騎士”殿」
その言葉に周囲の視線がランスロットに注がれ、雁夜が徐に問う。
「ランスロット、知り合いなのか?」
その問いにランスロットは頷き何時にない程、忌々しげな声で答える。
「ええ・・・あの女こそ王の異父姉にしてマーリン殿と比肩する魔導を誇った魔女・・・ッ!妖姫モルガン!!」
途端に全員が絶句する。然も在ろう・・・アーサー王伝説に置いてマーリンと並ぶ大魔術師にしてアーサー王の王国をあらゆる鬼謀で終端に至らせた稀代の魔女・・・正に最大の反英雄と言うべき英霊!
「それにしても、まさかアルトリアとマーリンだけじゃなく貴方まで参戦していたとはねえ・・・しかも今更騎士ぶっちゃって・・・貴方って本当に八方美人ね・・・・たかが女の為にあの小娘と王国を裏切って置きながら」
その嬲るような物言いにランスロットは臆す事なく言う。
「それについては確かに返す言葉もない・・・だが、当の王国を滅ぼす算段をした貴女に言われる筋合いはない。それよりも・・・此度もこのような獣達を引き連れ何を企んでいる?」
「あら?そんなの聞くまでもない事じゃなくて?私の目的は昔も今も変わりはないわ」
その返答にランスロットは忸怩たる声を出す。
「この上・・・まだ、王とマーリン殿を苦しめるつもりなのか・・ッ!復讐など生前に充分果たしているだろう!?この上に何を―――!?」
そう叫んだ瞬間にモルガンの掌から高密度の魔力によるエネルギー波が放たれランスロット達のすぐ脇を通り過ぎた。モルガンは妖しいまでの美貌を憎悪に歪めて冷淡に言った。
「いいえ・・まだよ。あんな物じゃ足りない。あの二人にはどれだけの事をやっても足りないの・・・・二人ともずっと私の玩具として踊って貰わなきゃならないんだもの・・・・ッ!そうよ・・そうでなければ、今も腹の底から込み上げて来る黒い渦は一向に満たされはしないのよッ!!」
その憎悪を通り越した妄執に一同は黙したまま戦慄するより他なかった。すると、モルガンはまた、妖しい笑みを浮かべて言った。
「さて・・・マーリンやアルトリアが来るまであなた達で遊んであげるわ・・・精々、簡単にはぶっ壊れないでね?ふふふふふふ・・・・さあ!あなた達、出番よ!!」
彼女の号令で増援に駆け付けた死徒達のサーヴァントが実体化した。先程とは比べ物にならない数に一同は戦慄と冷や汗を禁じ得なかった。
「言っておくけれど・・・・こいつらは先程、あなた達が倒した無銘の狂獣とは訳が違うわよ。み〜んな、何れもあなた達と遜色ない歴とした名だたる英雄達。幾ら、あなた達でも勝ち目なんてないわよ・・・うふふふふ」
モルガンは勝ち誇ったような笑みを顔に広げる。ルクレティアはそれを冷や汗を掻きながらも嘲笑ってみせる。
「あら?それは早計ではないかしら・・・・私のサーヴァントは並ではなくてよ!ランサー!迎撃に・・・・ッ?ランサー・・・?」
だが、そこでルクレティアは自らのサーヴァントが顔面蒼白な顔で震えている事に気付く。ディルムッドは死徒のサーヴァントの中でも一際、輝いている金髪を靡かせた少年騎士を凝視している。その少年は金髪こそ見事ではあるが、その面貌は憎悪と憤怒によって醜悪に歪められ、その眼からは血の涙が流れ続けている。更には身体中から発散されているドス黒い魔力と言い、間違いなくバーサーカーであるらしい。だが、ディルムッドは何故、そんな者を見てそこまで震えているのだろうとルクレティアが首を傾げるとその答えをディルムッドは震える声で叫んでいた。
「馬鹿な・・・・・何故・・?何故、貴方がバーサーカーになどなっているのだ、オスカッ!?」
「え!?ではあの者が彼のフィン・マックールの孫にして上王ケアブリと相討ちとなって果てたオスカだと!?」
ルクレティアも驚きを隠せない顔でオスカを見る。
すると、モルガンはクスリと笑う。
「彼だけじゃないわ・・・連れて来たサーヴァントの殆どがある程度の知名度を誇る英霊ばかり・・・実際に戦って見れば、聞き覚えのある英雄も何人かいるはずよ。そう―――例えば」
その言葉と共にモルガンが浮かんでいる真下から一人の騎士(サーヴァント)が実体化した。その騎士は暗みがかかった金髪に薄い緑眼の凛々しさと同時に若干の幼さをも感じさせる青年だった。
すると、ランスロットは身体を何時になくカタカタと震わせる。
「ランスロット?」
雁夜が怪訝そうに自らのサーヴァントを見る。だが、ランスロットは唯、その騎士に視線を注ぎ愕然とした呻くような声で呟いた。
「・・・ガレス・・ッ!?」
その言葉に応えるように騎士―――サー・ガレスも凛とした声で口を開く。
「お久しぶりです、ランスロット卿」

嘗て、自らが騎士に叙任し自らの手で葬った騎士との邂逅だった―――




次回・・・狂宴



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