Fate/BattleRoyal
36部分:第三十二幕

第三十二幕


 フランスの片田舎町にある一軒の家で女性の素っ頓狂な声が響いていた。

「ふえー!?エミヤさんって、この世界ではない世界での聖杯戦争に参加した事があるんですか?」
パープルのミドルショートヘアーに紺色の瞳を持った女性―――フラン・イヴェールはテーブルに付きコーヒーを飲みながら眼前のソファーで無造作に寛いでいる紅い外套を羽織ったオールバックにした白髪に褐色の肌を持つ男性の話しを興味深そうに聞いていた。それに対し男性は嘆息を突きながら話している。
「ああ、尤も第四次聖杯戦争ではなく第五次聖杯戦争だがね・・・とは言えその世界の第四次聖杯戦争にしたって、こんな百騎以上の英霊が出たなど聞いた事はないし・・・まったく、何がどうなっているんだか・・・」
その疑問はフランも同感なのか首を傾げて答える。
「そうなんですよねえ・・・私もそこが疑問なんです。昔、時臣さんからも聞いた事があるんですが、聖杯がサーヴァントとして呼ぶ事ができる英霊はあくまで七騎が限度と聞いてましたし〜。取り敢えず日本の冬木に行ってみましょう。祐世さんの元に行けば何か分かるかも知れませんから」
今回、マスターとなった、フラン・イヴェールの話を聞きながら、サーヴァント・アーチャー―――エミヤシロウは改めて嘆息をついた。

まったく・・・!本当に一体、何処で何が間違って、このような事態になっているんだか?

そうして、彼は自分が召喚された数刻前を回想する・・・・






『答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから』

マスターであった少女にそう告げ、この身は消え去って『英霊の座』へと還るはずだったのだが・・・またも何処かから引き寄せられ気付けば、彼女の眼前に自分は立っていた・・・・

「あの〜?あなたが私のサーヴァントさんでしょうか〜?」
この上もなくゆったりと、のんびりとした第一声が飛んで来た。その主はパープルのミドルショートに紺色の瞳を持ち、傍から見れば、間の抜けるような人柄だが、どこか知的な雰囲気すら併せ持った女性だった。
エミヤはまず、状況を確認した。自分の真下にはサーヴァントを呼ぶ為の魔法陣、そして、何よりも眼前に立つ女性と自分は明らかに令呪によるパスが繋がっている。結論から言って自分はまたも何処かの聖杯戦争に招かれたらしい。エミヤは思わず大きな嘆息をつく。
(まあ・・・・今回は真っ当に呼ばれただけ、マシと言う物か。それに、新たにマスターとなった、この女性も()()に比べれば、多分に良識人ぽいしな・・・)
「あの〜?どうしたんですか?いきなり溜息なんてついちゃって・・・」
新たなマスターとなった女性が怪訝な顔で尋ねて来たので、エミヤはそちらに顔を向けて口を開く。
「ああ、すまない。ただ・・・この身はつくづく厄介事に好かれていると我ながら呆れていたのでね。それで先程の問いだが、イエスだ。私はサーヴァント・アーチャー。私からも問わせて貰うが、君が私のマスターか?」
すると、女性は極めてのんびりとした声音で答える。
「はい〜、私はフラン・イヴェール。あなたを招いた魔術師です〜。以後、よろしくお願いします〜」
(とは言え・・・随分とゆったりとしたマスターだ。戦争の緊張感と言う物が伝わって来ない・・・やれやれ、今回も違う意味で私は()()()がいいらしい)
エミヤは諦観の表情を浮かべて肩を空かす。そんな彼にフランはキョトンとした表情を浮かべ更に問うた。
「それでは、あなたの真名を教えて頂けませんか〜?」
それに対しエミヤは一瞬どうすべきかと考えあぐねていた。今までなら記憶が半ば摩耗している理由に上手くはぐらかす所ではあるが・・・・数分、考えた後に彼は・・・
「・・・エミヤシロウ。それが私の生前の名だ」
一方、フランは首を傾げて顔には明らかな?マークが浮かんでいた。それも道理だろうとエミヤは苦笑した。
「エミヤシロウ?何て言うか聞いた事もない名前の英雄ですね〜?」
エミヤはそれに頷いて答える。
「それはそうだろう。私の名は歴史書なんて大層な物には刻まれてはいないからね。故に真名など在りはしない・・・言わば、無銘の英霊なのだ」
「ほえー・・・無銘?そんな英霊もいるんですねえ〜」
フランは相も変わらずのんびりな口調を崩さない。それにエミヤはまた息をついて言う。
「それにしても・・・以前のマスターもそうだったが、君も違う意味で魔術師らしからぬ人間だな」
すると、フランはエミヤの言葉に眼を丸くした。
「以前のマスター?それじゃあエミヤさんは別の聖杯戦争に参加した事があるんですか?」
そこでエミヤも一つの疑問を思い出した。今回の聖杯戦争は一体、何処で行われる物なのだ?と・・・だからこそ彼もフランに問い返す。
「それに関しては私も問いたい事がある。今回の聖杯戦争は何処で行われる物なんだ?」



そして、今に至る・・・
彼女・・・フランから聞かされた話は自分の想像を超えていた。てっきり何処か別の地で冬木の聖杯戦争を模したような物だろうと想像していたのだが、模すも何もその冬木の聖杯戦争その物・・!それも以前、召喚され生前は自らもマスターとして参戦した第五次ではなく、前回の―――切嗣が参戦した第四次の戦いだと言うのだ。それに何のイレギュラーが起こり自分などが呼び出されたのか・・?だが、真に驚くべき点は今回、現界した英霊は七騎所か百騎を超えると言う点だった・・!始めは何の冗談だと言おうとしたが、彼女の何時にない程、真剣な表情に事実である事を悟った。しかし、分からないのはその原因だ・・・冬木の聖杯が呼べる英霊は最低でも七騎が原則であり限度数だったはず・・・それが何故―――?

「ですから、私と共に冬木へ赴きましょう。私自身、風の噂を聞いた程度ですから〜。現地へ行けば、事態をより詳しく知る事もできるしエミヤさんが仰る聖杯の危険性も確かめられると思います〜。もしエミヤさんが言う通りの物だったら一般の方々も大いなる危険に晒されているも同然ですし〜。魔術師としても人としても静観できない事態です〜」
それに対しエミヤは意外そうな眼をフランに向ける。それに気づいたフランは怪訝そうに尋ねる。
「あら〜?どうしたんですか〜?私、何か変な事言いました〜?」
それに対しエミヤは首を横に振って答えた。
「いや、実に真っ当な意見だと思う。ただ些か意外に思っただけだ。何しろ私が知る魔術師と言う人種は基本、『根源に至る為なら、如何なる非道も辞さない』『根源に至れねば、そもそも魔術を学ぶ意味がない』『魔術師は神秘を第一に秘匿する責任がある。故に人道に縛られる者に在らず』等々・・・些か以上に義務と責任の方向性を間違えた連中が主だからね。君みたいな世間一般な人道が仮にも魔術師の口から出た事に戸惑ってしまったのさ・・・」
エミヤは苦笑して答えるが、その苦笑は些か嬉しさが混じった物であるようにフランは思った。だが、彼の言葉を少し心外に思い頬を若干、膨らませて反論した。
「ブー!守旧派の魔術師と一緒くたにされるのは少し心外です〜!」
今度はエミヤがその言葉に反応する。
「守旧派?」
「はい〜。エミヤさんが先程、仰ったように『根源に至る』を至上目的とし秘匿さえすれば、無軌道も善しとするような魔術師達を私達『人道派』は『守旧派』と呼んでいます〜」
「『人道派』とは?」
エミヤはまたも聞き慣れない言葉を聞き問うとフランは間延びした声で説明を続ける。
「はい〜。『人道派』と言うのは大師シュバインオーグと肩を並べた程の魔術師オルガ・ラディッシュ先生が立ち上げた派なんですけど〜、文字通り魔術師でありながら人道を重んじ、その力を平然と外道の行いに手を染める魔術師や死徒などの怪異と言う超常の災厄から力を持たない人々を守る為に使うと言う思想を持った魔術師達の一派なんです〜。勿論、今でも魔術師達の大半は『根源に至る事が第一』『その為なら人道なんてどうでもいい』と言う人達ばかりで、私達『人道派』は未だ少数派なんですけどねえ〜」
フランが溜息を付きながら言うとエミヤはどこか皮肉気な笑みを浮かべる。それを見たフランは馬鹿にされたと思ったのか頬を膨らませて問う。
「何がおかしいんですか〜?やっぱりエミヤさんもこんな考えは馬鹿げてると・・「いいや」・・?」
エミヤは彼女の言葉を遮って答える。
「すまない。君らの考えを馬鹿にしたわけじゃない。ただ・・・また意外に思ってしまっただけさ。そんな奇特な考えを持った連中が在ろう事か魔術師の中にできるとは・・・どうやら私が今回招かれた世界はそこも異なっているようだ」
その口ぶりは相も変わらず皮肉だったが、どこか愉快そうな響きをフランは感じていた。
そんな彼女にエミヤは言った。
「しかし・・・まあ、いいだろう。君は確かに私のマスターたり得る資格を持っている。これからよろしく頼みたい、マスター」
「ええ〜、こちらこそよろしくお願いします〜」
ここでも正史ならば在り得ざる組み合わせの主従が誕生していた頃・・・既に冬木の地で以って戦争の只中にいた者達はと言うと・・・・・




「ライダー〜!!お前、どう言うつもりだよ!?人の財布から札を抜き取って通販なんかに興じるなんてえー!!」
冬木大橋にてウェイバーは自らのパートナーであるライダーこと征服王イスカンダルの傍若無人ぶりに不平を述べていたが、当のイスカンダルは聞く耳を持つ所か、然も得意気な笑みを浮かべ通販で買った、胸板に大戦略の文字が輝くTシャツをこれ見よがしに見せ付けていた。
「固い事を言うな、坊主。これは我が覇道の弛まぬ一歩なのだぞ」
「意味が分かんねえよ!て言うか、それを言いさいすれば、全て許されると思ってんだろっ!!」
ウェイバーは半泣きになって抗議するとイスカンダルは豪快な笑い声を返す。
「がっははははははははははははッ!!まあ、そうかっかするでない!王たる者は常にどっしりと構える事こそ肝要!貴様は仮にも余を従えるマスター。ならば、確とその胆を強く持たぬか!そのような些事を気にして、これから訪れるであろう幾多の益荒男共との戦を何とする!?」
それに対しウェイバーは頭を抱えて呻く。
「ううううう・・・!お前さあ、何気に偉そうな事言って人の財布から掏った事を有耶無耶にしようとしてないか・・?」
だが、それに対するイスカンダルの返答は無論・・・
「がっははははははははははははははははは!!!だから、気にするな!金は天下の回り物と言うではないか!それにな、余は本当に欲しい物は力で以って略奪する主義故!」
「尚、悪いだろうが!!」
ウェイバーは最早何を言ったとて無駄な事を悟りながらも何度繰り返したか分からない突っ込みをした。そんな時―――!

「ねえ・・ひょとして、ウェイバー?」
その声にウェイバーは背後を振り返ると、そこには金髪をポニーテールに纏め緑色の瞳をした女性が唖然とした顔で立っていた。その女性を見たウェイバーも思わず素っ頓狂な声を出す。
「ルイン!?何で、此処に!?」
「何だあ?坊主、この娘っ子はお主の知り合いか?」
イスカンダルがウェイバーに尋ねると女性・・ルインの方が名乗った。
「は、はい。私はルイン・フディーア・・・ウェイバーと同じ時計塔で学んでいる魔術師見習いです」
イスカンダルは興味深そうにルインを見て次にウェイバーを見て、にやけた顔になる。
「なんだ〜?坊主、お主もなかなかに隅に置けんようだなあ」
「ば、馬鹿!彼女とは、そんなんじゃ「当たり前だろ!」え?」
第三者の声が割り込んで来たかと思うとウェイバーの腰に衝撃が走ったかと思うと横へと吹き飛ばされた!
「ふぎゃっ!?つぅ・・何だよ、お前は!?」
ウェイバーは痛む腰を擦りながら、その原因の方へ向き直ると、そこには小柄で三つ編みに結った桃色の髪と同じ桃色の瞳と言う幼い顔立ちに黒を基調にした甲冑を纏い、首元に毛皮がついた白いマントを羽織った()()()がウェイバーをガン睨みしていた。
「まったくー!冗談は止めてよね!ルインには僕と言う者がいるんだからさー!こんなモヤシとだなんて勘ぐらないでくれるー?」
一方、ウェイバーは“彼女”を見て思わず間の抜けた声を出した。
「さ、サーヴァント・・?ルイン・・・君、まさか・・・!?」
その問いにルインは己の右手に刻まれた令呪を見せて頷く。
「うん・・・そう言うウェイバーも・・だよね?」
そう言いながら、ルインはイスカンダルの方を見る。すると、イスカンダルは両腕を組んで力強く頷く。
「うむ!余は征服王イスカンダル!此度はライダーのクラスを以って現界した!」
「おいいいいいいいッ!!お前また、真名をおおおおお・・!?」
ウェイバーがムンクの叫び声を上げるとルインのサーヴァントも名乗りを上げた。
「へえー、君もライダーなんだ?僕もさ。僕はサーヴァント・ライダー!真名はシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ!よろしく!!」
「(ここにも馬鹿がいた・・・!)」
ウェイバーは自分のサーヴァント以外にも自ら真名を明かすサーヴァントがいる事にげんなりとした表情を浮かべたが、逆にイスカンダルは感歎と賛辞の声を上げるが・・・・
「ほお〜!なんと、そなたのような娘っ子が彼のシャルルマーニュ旗下の十二勇士が一人・・「僕は男だッ!!」うぉおッ!?」
今度はイスカンダルに蹴り技が炸裂した。一方、ウェイバーは「男・・?」と間の抜けた声を出す。それにルインのライダーことアストルフォは心外そうに眉根を吊り上げる。
「何だよー!その如何にも『信じられない』みたいな顔!ムカつくなー!」
ルインは苦笑して言う。
「まあ・・・傍から見たら女の子にしか見えないよね・・・・」
「ちょ、ちょっと!ルインまでー!僕は何処から見たって歴とした男じゃないかー!」
マスターにまで“女の子”と言われ、アストルフォは子供のよう(実際、外見も子供ぐらいの年齢に見えるが)に地団太を踏む。
「いたた・・・と、この征服王を蹴り飛ばすとは中々に剛毅よなあ・・・」
イスカンダルはアストルフォに蹴飛ばされた傍らで身を起した。それにアストルフォは少し不機嫌な顔で言った。
「なに?もしかしてお冠?言っとくけど先に侮辱をして来たのは、そっちなんだからね!」
すると、イスカンダルは首を横に振って言った。
「いいや、大王たる余に物怖じせぬ、その態度と覇気!真に気に入った!十二勇士が一人よ・・・そなた、余の臣下に降る気はないか!」
「またかよ!!」
イスカンダルがまたも無意味極まりない勧誘を敵サーヴァントに掛けるのをウェイバーが空かさず突っ込んだ。そして、当のアストルフォの答えは無論・・・
「いやだね!誰が好き好んで君のような暑苦しい筋肉男に仕えなきゃなんないのさ。生憎と僕が主君に戴くのは前世の主君シャルルマーニュ陛下と今世では我がマスターとなったルインだけだよ」
アストルフォは“しっしっ”と言う仕草で吐き捨てる。すると、イスカンダルは腕を組み「ふーむ」と唸った後、再び口を開いた。
「待遇は応相談するが?」
「「しつこい!」」
アストルフォだけでなくウェイバーも思わず突っ込んだ。するとイスカンダルは頭を掻いて本当に残念そうに息をつく。
「はあ〜・・・『騎士王』と言い、『輝く貌』と言い、中々に上手くはいかんなあ〜」
「(まったく!こいつと来た日には・・!)」
ウェイバーは改めて自らのサーヴァントの奔放さに頭を痛めていた。そんな彼にルインはオズオズと言った。
「それよりも驚きだよ・・・まさか、ウェイバーがこの戦争に参戦していたなんて・・・」
「それは僕にしたって同じさ。君みたいな人がこんな戦争に参戦するだなんて思いもしなかった・・・」
「うん・・・私もそう思う・・・・私はこんな戦争に参加するつもりじゃなかったんだけど・・・・」
ウェイバーのため息混じりな言葉にルインも嘆息をついて事情を説明し出した。それは今から一月前の事・・・・


一ヶ月前・・・・イギリス、ロンドンにある時計塔での事・・・・

ルインは師匠の言い付けで資料室にて魔術の資料を整理していた。彼女もウェイバー同様に魔術師としての実力はそれ程高くはない。ただ、魔術回路の方は四十本台とかなりの本数を誇ってはいるが、それ以外に差した特徴もなかった。彼女自身もそれを自覚していたし魔術はそれなりに学べればいいと特に際立って目立とうとか、そんな恐れ多い事を好まない性質であった。にも拘らず・・・この日、このような事に巻き込まれたのは、彼女にとって不運としか言いようのない出来事であった・・・・それは書棚にある資料を整理をしていた所、はずみで棚の資料を床にバラ撒けてしまい慌てて拾おうとしたのだが、その中で中身が開けた本が眼に入り無造作にそれを手に取ると、そこには魔法陣の図解が記されており、隣のページには、その魔法陣に関する記載があった。
「なんだろ・・・これ?」
断片的に読むと、どうも何かの召喚術であるらしいが、詳しい内容まではチンプンカンプンだった。
「まあ・・私が気にする事じゃないか」
ルインはそう結論し、そのまま本を閉じようとした時―――シュッ!
「つぅ・・・!」
閉じようとした拍子に指を紙で切ってしまい、切り傷から出た血が魔法陣の図解が描かれたページにポタッと落ちた。
「あっ、いけな・・・」
ルインはそう呟きながら自らの血を拭き取ろうとして動きを止めた。何故なら、その血が意思を持ったかのように図解の魔法陣をなぞったからだ。
「え?これって―――ッ!」
ルインは呆然と呟くも彼女が事態を正確に知る間もなく、今度は右手の甲に鋭い痛みが走り眼をそちらに向けるとそこには三画の幾何学的な紋様が浮かび上がった。
「なに・・これ?」
ルインが呆然と呟くも事態は更に容赦なく進行した。図解をなぞって構成された血の魔法陣は本から飛び出た挙句に、その大きさもフラフープ大に拡大し次の瞬間には発光し暴風を撒き散らす。ルインはその事態に訳も分からずただ飛ばされぬように身を縮めた。そして、全てが終わり後には余波である煙が蔓延する中でルインは聞いた事もない声が響いた。
「やっほー!サーヴァント・ライダー!聖杯の招きに応じ、ただ今参上ー!」
「え?」
ルインは自分でも驚くほど間抜けな声を出した。そして、余波の煙りが晴れ渡ると・・そこには、桃色の長髪を左側に三つ編みとして纏めた幼い顔立ちの少女(いや、実際は少年だが)が甲冑を纏い、純白の外套を羽織った姿で立っていた。その腰には右に黒い角笛、左にはロングソードを帯刀し背には黄金の突撃槍を背負っている。
「ん?どうしたのさー?面食らった顔してー?」
少女(少年)は呆気に取られた顔をしているルインを見て問うとルインはハッとなって口を開く。
「あ!その・・すいません。私も何が何だか・・・・」
すると、少女(少年)は頭を捻って「う〜ん」と唸って問う。
「もしかして、君・・・何も知らずに僕を呼んだわけ?」
それに対しルインはたどたどしく答える他なかった・・・・
「は、はい・・・」
すると、少女(少年)は溜息をついて事情を話すべく再び口を開いた。
「じゃ、事情を順を追って話すよ。まず始めに言うけど、君は冬木の地で行われる聖杯戦争の参加者になったんだよ」
「聖杯・・戦争?」
「そっ!『聖杯』と言う万能の願望機を奪い合う魔術師達の闘争さ。君はその為に僕を招いたマスターではないのかい?ほら、その右手に刻まれた令呪が戦争の参加資格であり君と僕を繋げる絆だ」
その言葉にルインは自身の右手に刻まれた血のように赤い紋様を見る。
「参加するマスターは英霊をサーヴァントとして使役し最後の一人になるまで戦い抜くんだ。その令呪が君達、魔術師(マスター)と僕達、英霊(サーヴァント)の主従契約の証であり三回だけ英霊に行使できる絶対命令権なのさ。それと英霊は七種類の特性を持った(クラス)を得て現界するんだ、僕はさっきも言ったけれど、騎乗兵(ライダー)のサーヴァントとして君に招かれた」
騎乗兵(ライダー)・・?あなたはどんな特性を持っているの?」
ルインが徐に問うと少女(少年)は得意気に答えた。
「名称の通り騎乗物に乗って戦うスタイルを持った英霊だね。因みに僕は―――」
少女(少年)は左腰に差した剣を頭上に掲げて時空の歪みを生み出した。すると、そこから―――!

ズッガアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

そんな大音声が轟いたと思った瞬間にルインは随分と風通しが良くなった錯覚が襲って来た・・・否、錯覚などではない、実際に風通しが良くなっているのだ。自分のいた資料室の壁と天井が丸ごと・・・資料ごと吹っ飛んだ事で!そして、後には猛禽の頭部と翼を持ち、下半身は馬の姿をしている獣が牽引している二輪戦車だけが存在感たっぷりに佇んでいた・・・!
ルインは余りの事に眉一つピクリとも動かせず表情が固まったまま呆然と立ち尽くしていたが、少女(少年)はそれも構わず高らかに且つ歌うようにして自ら呼び出した戦車を指し示し自画自賛する。
「どう!惚れ惚れとするでしょう!!これぞ僕がライダーのクラスで招かれた由縁の宝具さ!その名も『聖者の月輪(ホイール・オブ・ザ・ムーン)』!!そして、これを牽いて駆けるのはヒッポグリフだよ〜!僕の生前からの相棒さ!」
少女(少年)はヒッポグリフの頭を撫でながら誇らしげに語るが、ルインは答えない。ただただ、この余りと言えば、あんまりな惨状に声も出ず放心状態が続いていた。少女(少年)はそれを不思議そうに眺め彼女の眼前まで近付き、顔の真ん前で手を振って声をかける。
「おーい!ちょっと僕の話を聞いてるー?」
それに対しルインは極めて棒読みな声での返答しかできない。
「うん・・・聞こえては・・いますよ。でも・・・余りに展開が早くて・・・おまけに破天候過ぎて・・・思考が追い付かないのでございますです・・・」
「どうしたの?喋り方何か変だよ・・・」
少女(少年)はキョトンとした表情で首を傾げるとルインはもう遠い笑顔を浮かべて答える。
「あははははは・・・・いえ、これどうしようか?と思って・・・・これ、師匠(せんせい)に何て言えば・・・?」
それに対し少女(少年)は対照的にあっけらかんな笑い声を上げてのたまった。
「アハハハハハハ!気にしない、気にしない!何事も為る様に為る!あ!それと僕の英雄としての真名・・つまりは本名だけど、教えとくね!僕はアストルフォ!聖堂王シャルルマーニュ帝旗下の十二勇士が一人さ!それで君の名前は?」
その上、平然と自己紹介をした挙句、名を問われたルインは未だに精神を喪失したまま棒読みで答える。
「ルイン・フディーアと申しますです・・・・・」
「うん!これからよろしくね、ルイン!」
そう言って少女(少年)・・アストルフォは呆然となっている彼女の両腕を掴みブンブンと振りながら言った時―――!
「なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!??」
先程の大音声を聞きつけて入って来たらしい初老の男性の声が轟いた。それにハッとなったアストルフォは舌を出して「やば・・!」と毒づき未だ思考が定かではないルインをお姫さま抱っこで抱え自らの戦車に乗せ自らも騎乗しヒッポグリフの手綱を握り瞬く間に空へと駆けた。
「さあ、ルイン!ちょっと荒っぽい門出になったちゃったけど・・・これが僕達の初フライトだよ!」
アストルフォは意気揚々と戦車を駆りながら言うとルインは漸く我に返った。
「・・・ふえ!は、初フライト!?」
アストルフォは満面の笑顔を浮かべて得意気に頷く。
「そうさ!だから、しっかりとつかまってて!このまま冬木の地(せんじょう)まで最高速度で向かうよ!!」
「ふえ・・!?このままって・・ぇふえええええええええええええええええええええええええええええッ!!!」
ルインは異議を唱える間もなく『聖者の月輪(ホイール・オブ・ザ・ムーン)』が最高速度を以って疾走を始めた事で言葉を発する余裕がなくなり人智を超える速度で駆ける戦車から振り下ろされぬように車内に身を縮め必死にしがみ付いた。
「ひゃっほー!最っ高―――ッ!!久方ぶりのフライトはやっぱり爽快だよー!」
アストルフォは上機嫌で戦車を駆っているが、その傍らでルインは泡を吹きながら意識を喪失していた・・・・



「と・・言う訳なの」
語り終えたルインはすっかり疲れ切った顔で佇んでおりウェイバーは彼女を同情と憐憫の眼で見た。丸っきり自分と大差がない状況だったからだ・・・ウェイバーは息を付いてルインに問う。
「事情は分かったけど・・・・ルインはこれからどうするんだ?」
それに対しルインも額に手をやりながら困った仕草をする。
「私も正直分からないの・・・・聖杯なんて欲しいとは思わないし、かと言って棄権する為にアストルフォを自害させるなんて事もしたくない。それに死徒が暴れ回っているのを放って置くのも何だか・・・それより、ウェイバーはどうしてこの戦争に?」
逆に切り返されたウェイバーは面食らうものキッと眼を真っ直ぐにルインへ注いで言った。
「僕は僕の考えを認めない連中を見返したい・・・その為に聖杯を勝ち取りたいんだ!これは凄腕の魔術師達が轟く熾烈な闘争だ。それを勝ち抜ければ、僕だって―――」
「それは浅慮と言うものだよ、ウェイバー・ベルベット君」
「――――ッ!!」
その時、聞き覚えのある・・・今、最も恐れている者の声が背後から突き刺さる様に凍て付くように響き、ウェイバーは恐る恐る自らの背後を振り返るとそこには、果たして自らが聖遺物を盗み取った時計塔の講師・・ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが金髪のオールバックを撫でながら陰険を見事に体現した顔貌に青筋を幾つも立てて眼前に居る嘗ての教え子を血走った眼光で射貫いていた。彼の傍らには、婚約者のソラウと彼のサーヴァントである、ライダーことピョートルもいる。
「あ、あぁぁ・・うぁ・・・!」
ウェイバーは蛇に睨まれた蛙の如く上擦った声を上げて後ずさる。
「け、ケイネス先生・・!?」
ルインもケイネスを見て驚いた声を上げるとケイネスは彼女にも気付いたのか顔を上げて言う。
「ほお・・・誰かと思えば、これまた魔術回路以外に能も芸もない凡俗のルイン君じゃないかね。ふん!確かに大凡俗のウェイバー君よりかはマシだが、君までもが分を弁えずにこの戦いに参じていようとはなあ・・・全く以って不愉快だ。アインツベルンと言い、死徒共と言い、崇高なる魔術師の闘争を何と心得ている?君らの如き魔術師の端にも数えられぬ落ちこぼれが出る幕などではないと、どう言えば理解できるのだね?」
ウェイバーもルインも本物(いちりゅう)の魔術師が本気で発する殺気と怒気に身が竦み足をガクガクと震わせる。そんな二人をケイネスは怒気の表情を浮かべたまま嘲笑し、小さな小瓶を取り出し、その中に入っていた水銀を地面に垂らして詠唱する。
沸き立て、我が血潮(Fervor,mei Sanguis)。」
その途端に水銀は体積を大きくしてオブジェ大の大きさを持った球体へと形を変えた。これぞ、ケイネスが誇る水銀を用いた万能にして最強の魔術礼装『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』である。
「な、何を!?」
ルインの問いにケイネスは厭らしい事この上ない笑みを浮かべて答える。
「なに・・・この戦争には些か道理と身の程を知らぬ恥知らずがいるようなのでね・・・そう丁度、眼前に居る諸君らみたいな者達がなあ・・!殊にウェイバー君、私の聖遺物を盗み出し私が従えるべきサーヴァントを横取りした君には誅罰を与えねば、ならなかったなあ・・・ッ!!」
「ひぃ、ひぃぃぃ・・・ッ!!!」
その言葉にウェイバーは腰を抜かして嗚咽のような呻き声を上げる。その様をケイネスは嗜虐に満ちた笑みで鑑賞し楽しんだ。そんな彼にソラウが口を開いた。
「いいの?今は死徒の違反者達を討伐するまでは他陣営とは休戦状態にあるはずだけれど・・・」
それに対しケイネスはにべもなく言った。
「構わないさ。そんな名目上の決まり事なぞ馬鹿正直に守る者なぞいないだろうしな。何よりもこれは戦争ではない、決闘ですらない・・そう・・・師たる私への恩を仇で返した不出来な生徒への正当なる制裁である!よって誰に責められるものではない」
ケイネスはそう傲然と宣言するのに対しルインが前に出て言った。
「ま、待って下さい!こんなの一方的過ぎます!!ウェイバーの言い分だって・・・!」
だが、ケイネスは意にも介さず冷徹な声で詠唱を唱える。
(Scalp)!」
途端に水銀の塊は凄まじい速度で触手のような物を繰り出してルインとウェイバー目掛けて襲い掛かる!だが、それを二人のサーヴァントが各々の得物で弾く事で防ぐ。
「ちょっと、ちょっとー!僕のルインに何するのさー!」
アストルフォはプンスカと怒っている。一方のイスカンダルも静かな怒気を湛えて口を開く。
「ふん・・・余は以前にも言ったはずだぞ?貴様の如き臆病者なぞ余と轡を並べるには役不足だとな。ましてや自身よりも遥かに力が劣る者を相手に威を示したがる狐なぞ更々ごめんよ」
その言葉にケイネスは血管が二三本切れてますます、その顔貌を怒気によって紅潮させていく。そんな彼の背後でピョートルは嘆息をつきながら彼らに詫びた。
「とんだトバッチリで悪いな。うちのハナタレ坊主、自慢の魔術工房を丸ごとふっ飛ばされた事で苛立ってんのさ・・・その上、ソラウ嬢からも愛想尽かされ気味でぶっちゃけ良いとこなしだからな〜。どうにか点数を稼いで挽回せんと空回りしてんのさ。てっ言うか、丸っきり八つ当たり以外の何物でもねえよなあ、こりゃあ」
「ライダー!貴様ぁ、また余計な事を・・!!と言うか、主である私に対して、その物言い・・!貴様はどっちの味方だ!?」
敵の眼前で理路整然とこちらの情報を説明した挙句に主である自らを散々に悪評するサーヴァントにケイネスは思わず指差し激昂して問う。それに対しピョートルはニヒルな笑みを浮かべて答える。
「そりゃお前さんに決まってんだろう。俺様はぶっちゃけ強者との戦闘を提供してくれんなら何でもいいからな。で、征服王とその騎士の嬢ちゃんは俺様にくれんだろうな?」
それにケイネスはにべもなく頷く。
「無論だ!二騎ともお粗末なマスターと契約した為にステータスはお前より遥かに悖る。必ず仕留めろ・・!マスター共は私が息の根を止める。ソラウはお前の船に乗せて護れ」
すると、ピョートルは頭をポリポリと掻いて嘆息をつく。
「そりゃ随分なオーダーな事で・・・ソラウ嬢、この連中相手じゃ乗り心地は保証しねえが、辛抱してくれ」
「ふぅー・・・仕方ないわね・・・・」
ソラウも渋々と言った表情で同意する。ピョートルは手を上げて自らの宝具にして乗艦である『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』を召喚しソラウ共々乗艦した。
「へー、船を操るライダーか。何処の英霊?」
アストルフォが興味深く問うとイスカンダルがそれに答えた。
「彼のロシア帝国を統べた大帝なのだそうだぞ。未だ戦闘の光景を見た事はないが、こうして対峙しているだけでも余と比肩し得る覇気と度量を感ずる・・!中々に侮れん相手だぞ・・」
「成程・・・確かに彼の大帝ならば船を宝具にできたとしても何の不思議もないね。けど、僕の『聖者の月輪(ホイール・オブ・ザ・ムーン)』も負けちゃいないさ!」
そうしてアストルフォも剣を天に掲げて幻獣に牽かれた二輪戦車を招来する。
「うむ!それは余も同感よ!!いざ参れ!」
イスカンダルもスパタを掲げて主神ゼウスに捧げた供物を断ち切った事で得た、二頭の飛蹄雷牛(ゴッド・ブル)が牽引するチャリオット『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を召喚する。
「さあ!ルイン乗って!」
「坊主、早く乗り込め!」
二騎のサーヴァントに促されルインとウェイバーはすぐさま彼らの戦車に飛び乗ろう・・と、するが!
「馬鹿め・・させぬわ。指定攻撃(Dilectus incrisio)!」
ケイネスの詠唱を受け、水銀の触手がウェイバーとルインが騎乗する前に叩き飛ばし彼らとサーヴァントを引き離した。
「ルイン!」
「坊主!おのれ・・「おっと、お前さん方の相手はこっちだ」・・ぬぅ!?」
イスカンダルとアストルフォは自分達のマスターの危機にすぐさま駆けよろうとするも眼前にピョートルが駆る『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』が行く手を塞いだ。
「クッ!お前退けよ!」
アストルフォは眼光鋭くピョートルを睨み付け凄むが、ピョートルは指をチッチッと鳴らして言う。
「駄目だぜ、マスターはマスター同士・・・サーヴァントはサーヴァント同士で楽しまなきゃな!!」
その掛け声で『栄光の鷲皇(ツァーリ・オリョール)』の全砲門を開いた!それにイスカンダルは不敵な笑みを浮かべて見せて言った。
「ふん・・その心意気は大いに買うがなあ、大帝よ。お主同じくライダーである我らを二人掛かりにして勝算があると思っておるのか?」
すると、ピョートルはこの上もなく不遜且つ不穏な笑みを満面に浮かべてケイネスに言った。
「マスター・・・あれを少し使う。ステータスが劣っているって言ったって、相手は同じライダー二騎だ。よもや文句は言わねえよな」
それにケイネスは憮然とした表情を浮かべながらも頷いた。
「良かろう・・・精々格の違いと言う物を見せつけてやれ」
マスターの承諾にピョートルは満足気に笑う。
「そうこなくっちゃな・・!」
そして、ピョートルの背後に大きな歪みが空間に出現し、そこから二隻の軍艦が出現した。それにアストルフォは元よりイスカンダルでさえも眼を剥いた。
「なぁ・・!?」
「なんと!?」
そんな二人を尻目にピョートルは鷹のような黄眼に楽しげな殺気を載せて高らかに宣言した。
「さあて!これで数の上では三体ニ!形勢逆転って奴だな!さあ!どう攻める?征服王に騎士の嬢ちゃん!」
それに対し二人は・・・・
「ふん・・流石は貴様も名にし負うロシアの大帝よな。中々に心躍るではないか!」
イスカンダルは武者震いを全身に感じながらも引き離されたウェイバーの元へ一刻も早く駆け付ける算段をしていた。ウェイバーではどう見ても大帝のマスター相手には分が悪い。そして、マスターの死亡は自らの最後をも意味する!今は一刻を争う!それはアストルフォも同様でどうにかピョートルを掻い潜りルインの元へ行かんとどうにか隙を窺っていた。
「くそ!お前なんかに構っている暇なんかないんだ!そこを退け!それになあ・・・!さっきから嬢ちゃん、嬢ちゃんって言っているけど、僕は列とした男だあああああああああああッ!!!」
アストルフォは加速を付けてピョートルの寝首目掛けて突っ込んだ!

そして、マスター達の戦闘は・・・・・・圧倒的だった・・・!

「ふっ・・(Scalp)!」
ケイネスの号令で水銀の塊は文字通り変幻自在に動き生き物の如く・・・否!それすら超える速度で縦横無尽に触手を幾つも形作り、それでルインや殊にウェイバーをジワリジワリと痛め付けていた。
「がぁッ・・!」
ウェイバーは水銀の触手を防ぐ事は愚か避ける事すら儘ならず良い様に殴られ続け遂には、地面に叩きつけられ血反吐を吐く。
その姿をケイネスは嘲弄で以って見下ろす。
「ふん、無様なで滑稽な姿だなあ、ウェイバー君。それが君の言う実力なのかね?笑わせる・・・!」
獰猛なまでの殺気が孕んだ声でケイネスが言うと同時に水銀の触手が勢いよく横たわるウェイバーの腹を殴り付けた!
「ひぐぅぅぅッ!!」
ウェイバーは悲鳴を上げると同時に再び血反吐を吐き、その顔は痛みと恐怖で涙と鼻水でクシャクシャになっていた。
「ウェイバー・・!」
ルインは自らも痛めつけられ横たわりながらも彼を気遣うように声を上げる。一方、ケイネスは容赦なく嘗ての教え子を甚振り続けた。
「自分の考えを認めさせる?何度言ったら分かるのかね?君の妄言なぞを信じる魔術師なぞ一人たりともいない。何故か?答えなど分かり切っている。今、この状況・・・私と君の圧倒的に過ぎる差こそが何よりの答えだ。私の魔術回路は私の代で為し得た物ではない。九代にも渡るアーチボルト家の弛まぬ歴史と伝統の積み重ねで為し得た物なのだ。」
ケイネスが語る傍らで次に水銀は鋭い刃となってウェイバーの身体を致命傷にならぬ程度に・・・それでも徹底的に切り刻む。その上、その触手が顔面を容赦なく殴り付ける。
「それに引き換え君はどうだ?魔術の家系は三代程度しか続いていない。それも、ほんの些事を齧ったと言う程度の魔術回路しか継承されていないではないか。そも魔術とは一代で極められる物ではないのだよ。故にこそ魔術師は己の次世代に望みを託す。血を残し何代もの歴史を積み重ねる事で漸く魔術回路と言う者は形作られて行くのだ。勿論、中には突然変異でそこのルイン君のように望外な回路を持つ者も生まれて来るには来るが・・少なくとも君は違う。その惰弱な魔術師の歴史に相応しいお粗末な回路しか持たない落伍者だ。故に君が持てる望みなど精々自分の次世代に期待する程度の事だろうが・・!それが何故、分不相応な夢など見た?」
水銀は次にウェイバーの足を力づくでへし折った。途端に悲鳴無き呻き声が響くもケイネスは意にも介さず話し続ける。
「この戦争で勝ち抜き私達を見返す?ハッ!笑わせないでくれたまえよ・・・勝ち残った所で、それは君の力なんかじゃない。サーヴァントの―――征服王イスカンダルの力だ。君の勝利などではない、征服王の勝利に君が有り難くご相伴に与ると言うだけの事だろうが!詰まる所君はな、抜きん出た能力も才もないくせに何の根拠もなく自分は特別だと思い込みたい道化でしかない。挙句に盗人などと言う下賤な行いに手を染めて置きながら自分が高尚な人間だと思い込んでいる極め付けの大馬鹿者だ・・・・そんな愚か者がこの私に・・・この誉れ高きロード・エルメロイと並び立てるとでも思ったか!小僧!!!」
水銀は遂にウェイバーの四肢の骨を全て叩き折り再び地面に叩き付けた。そこには四肢が変な方向に折れまがった上に面貌も別人と思える程に腫れ上がり血だらけになったウェイバーの変わり果てた姿があった。ルインは余りの惨状に思わず眼を背ける。一方、ケイネスは侮蔑その物の表情を浮かべて変わり果てた教え子を見た。
「ふん・・・身の程を思い知ったか、凡俗が・・!ならば、死ね。(Scalp)!』
そうしてケイネスの命に従って水銀の武具は再び触手を動けないウェイバーに繰り出すが、それが直撃する前にルインが行動を起こした!ルインは風の魔術による突風でウェイバーを自らの元に引き寄せ彼を背に抱えた。それにケイネスは額に僅かな青筋を立てて彼女に言った。
「何の真似かな、ルイン君?それとも死期を早めたいのかね?」
だが、ルインはそれに答えずケイネスに背を向けて駆け出す。それをケイネスは嘲笑する。
「馬鹿め!逃げられると・・・なあッ!?」
だが、その顔はすぐに驚愕へと移り変わる!何故なら、ルインは駆け出すと冬木大橋の柵目掛けて走った上に在ろう事かそれを―――飛び越えた!
「ルイン!」
「坊主!あの娘っ子何を!?」
「おいおい、マジか・・!?」
アストルフォ、イスカンダル、ピョートルも予想外の展開に三者三様の表情を浮かべ固まっていた。だが、何れにしてもアストルフォとイスカンダルの救援は間に合わず二人は橋の真下に広がる深い水面に吸い込まれて消えていった・・・!



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