Fate/BattleRoyal
38部分:第三十四幕

第三十四幕


 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトには天敵が存在する。それはもう眼の上のたんこぶと言わんばかりの天敵が・・・
その名はヨシュア・マティウス。彼と同一の師に師事した同門の魔術師である。家柄はケイネスの『アーチボルト家』には数段劣るにも拘らず彼はケイネスと双壁とも言うべき才と技量を持っていた。その上、容姿も端麗で人当たりも良く気さくな事から人望が高く時計塔の名立たる教授からの信頼も厚い。それは彼らの師も同様に・・・・
彼らの師・・・プロフェッサー・へリック・バスビカルは時計塔でも名と勇名を馳せた名教授であり彼の英雄オルガ・ラディシュの愛弟子であり彼が立ち上げた魔術師の一派『人道派』の盟主的な存在である。ケイネスとしては、その天才的な魔術師としての類稀な才能や技量に優れた指導能力を高く評価し敬意も抱いているが、その思想はこの上もなく理解に苦しむものであった。『力なき者達の為に』だの『魔術は一子相伝と言う考え自体が間違っている』だの、凡そ魔術師にあるまじき言動を繰り返し良くこれで時計塔から追放されなかった物だとケイネスは不思議でならなかった。魔術の研究は魔導の秘匿や魔術刻印の継承の観点から言っても、その継承は唯一人に限るべきは明白であるし、そして何よりも魔導とは他人の為など・・ましてや、魔術師でもない凡俗共の為に培われるべき物などではない!その意義は崇高な探求と魔術師としての家格の血脈を守る事にこそある!それを蔑ろにするなどと・・どう考えたとて正気の沙汰ではない!
だが、ヨシュアはそんな狂ってるとしか言いようがない師の言葉に傾倒していった・・にも拘らずだ!周囲の魔術師達はそれを敬遠する所か寧ろ賞賛の眼差しで彼を見る者すらいる!!この上位の家格を持つケイネスよりもだ!いや、寧ろケイネスに向けられるのは心なしか賞賛以上に侮蔑と敵意が含まれている気さえする!
その事にケイネスは終始屈辱感を滾らせ歯軋りせねばならなかった。だが、この程度の事ならまだ我慢もできた。しかし―――!
それは、ソラウとの婚約話が纏まろうとしていた時期の事・・・時計塔において降霊科学部長の地位を歴任するソフィアリ家の令嬢との婚約は家格の更なる上昇と優秀な魔術回路を後世に残す上で申し分ない縁談であった以上にソラウ自身に一目惚れしていたケイネスにとっては願ってもない事だった。だが、ここで一悶着が起こった。縁談が纏まる方向に向かう直前でソラウの実兄であるアルトナージュが横槍を入れて来たのだ。ソラウや彼の父である学長に直談判し『ケイネスよりもソラウに相応しい男がいる』と・・・そして、その男こそがヨシュアだった。すると学長もそれを一考し出した。何しろ家格こそケイネスには劣るが、その実力はケイネスと拮抗する上、講師としての評判はケイネスよりも勝り人望も持ち合わせていると言うなかなかな・・・否、相当な優良物件であったのだから。学長が心変わりに揺れるのも致し方ない事であった。何よりソラウは傍目から見ても次兄に当たるアルトナージュを相当に慕っている。恐らく兄の鶴の一声で簡単に頷いてしまうだろう・・・ケイネスは何よりそれを恐れた。
だが、不幸中の幸いと言うべきかアルトナージュの提案は却下された。と言うのもヨシュア自身が丁重に断ったのだ。その理由は彼には既に将来を決めた相手がいたと言う事だった。それを聞いたケイネスがこの上もなくホッとした事は元より、ヨシュアの返事次第でこの縁談が破綻しかけたという事実にこの上もない屈辱を感じた事は言うまでもない・・・そして、今!



(scalp)!」
(bullet)!」
二つの詠唱と共に白い水銀は無数の矛を繰り出し、紅い水銀は無数の弾丸を放った。魔矛と魔弾が衝突し互いを潰し削り合い凄まじい轟音を轟かせ土煙りを巻き起らせる。
ケイネスは歯噛みしながら同時に余裕ある笑みを浮かべていた。それに対しヨシュアは若干ながら冷や汗を掻いている・・・その理由はズバリ“魔力の余力の差”だ。
ケイネスとヨシュアの魔術師としての才と技量は拮抗している。それに加え互いが持つ礼装も『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』が若干機動力において勝り『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』が若干防御力において勝るなど正反対の特質を持ち、その質と性能はほぼ同レベルであるが、一点だけケイネスが圧倒的に勝る利がる。
それは、この戦争における魔術師(マスター)英霊(サーヴァント)の契約システムに改良を加えケイネスが令呪を宿し、その反面、魔力供給をソラウがもう一人のマスターとなる事で担うと言う変則契約を取っている。これによりケイネスはサーヴァントへの魔力供給を配慮する事なく全力による魔術の行使が可能になると言う大きなアドバンテージを得ている。つまりは、マスター同士の戦いに置いて常に優位に立てると言う事である!
ケイネスは最早勝った風でヨシュアをせせら笑う。
「ふん・・!君とも在ろう者が無様な事だなあ、ヨシュア。魔力をサーヴァントに提供している身では使える魔術にもそれなりの制限がある事だろう。その点で言えば、私はサーヴァントを手懐ける令呪だけを宿せばよい・・魔力供給はソラウが担ってくれている。そのお陰で私は全ての魔力を自らの術に総動員できる!!滾れ、我が血潮(Fervor,mei Sanguis)ッ!!!」
ケイネスの詠唱で『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は無数の棘状に形を変え、ヨシュアに迫った!
「クッ・・!(reflexio)!」
ヨシュアも『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』を防御形態へと移行させるが、ケイネスの全魔力を総動員した無数の棘を今度は跳ね返す事が出来ず紅い水銀の盾は破られこそしなかったが、後方へと大きく押し出された!
それを見たケイネスは満足気な確信に満ちた笑みを浮かべた。
(やはり・・・魔術行使に当たって回せる魔力に制限が掛かっているようだな。水銀の速度も落ちて来ている・・・ならば!)
「ここで一気に仕留めてくれよう!(scalp)ッ!!」
「ッ・・!操を立てよ、我が十戒(Muratas Urbem)・・!!」
勢い付いたケイネスは続けて水銀の矛を無数に繰り出してヨシュアが詠唱を唱えたのと同時に彼の紅い水銀に叩き付ける!途端に凄まじい水飛沫と近くの岩場が抉られ衝撃波と轟音が轟く!その余波が掻き回した水が雨のように降り注ぎ岩場を削った事で土煙りが巻き起こる。それが晴れると、そこには紅い水銀が水の底に足場を作り城塞のような形に変形して厳かに佇んでいた。
「ふん!動く事を止め完全な防御の構えに出たか。まあ、それくらいしか手はあるまい。だが・・そろそろ魔力が枯渇するであろう、この状況で悪足掻きがどこまで続くかな?」
ケイネスが勝利を確信して双眸に喜色を滲ませていた頃、城塞と化した『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』の中でヨシュアは息を切らしながらも、その顔から笑みは消えてはいなかった・・!
「やれやれ・・・ケイネスの奴そんな裏技をサーヴァントの召喚システムに組み込んでたとはな・・・流石は降霊科随一の天才と言った所か。確かにこの戦争に置いてのマスター同士の戦いならば、絶大な差だな・・・・だが、裏技は何もそれのみに限るわけでもなければ、まして君だけの専売特許でもないと言う事を忘れているよ、ケイネス」
そんな事を不敵に呟いているとも知らずにケイネスは嬉々として自身の全霊を懸けた一撃を加えんとしていた・・・




それと同時刻、二人のマスターが相対していた頃、彼らのサーヴァント達の戦いは一段落していた・・・

「しっかし、ロシアの大帝、お前も随分なマスターに引き当てられた物だな。正直言って俺は王なんぞに共感しねえ主義だが、お前には同情の言葉しか思い付かねえぜ」
冬木大橋のド真ん中でヨシュアのサーヴァント・ランサーことアキレウスは小馬鹿にしたような顔で言うのに対し、ケイネスのサーヴァント・ライダーことピョートルはワインをボトルごと呷りながらニヒルな笑みを浮かべる。
「まあ、一々良い雇い主を望む程、俺様も贅沢は言わねえよ。それにあんなハナタレ坊主でも付き合ってみりゃ色々と面白いかもだぜ?出来が悪いなら悪いで鍛えがいもあるってもんだ」
「やれやれ・・・君も征服王も馬鹿みたいに前向きだね・・・」
アストルフォが呆れたような声を出すと、その横でピョートルと同じく酒を喰らっているイスカンダルが陽気に言った。
「おうとも!覇道とは一筋縄で行かぬからこそ真に心躍るのよ!常に前を向かんでどうする!?ところでイリアスの大英雄アキレウスよ!」
「あ?何だよ…」
不意に話しかけられたアキレウスは憮然とした態度でイスカンダルを見る。一方のイスカンダルは対照的に瞳を童のようにキラキラと輝かせ憧憬すら灯してアキレウスを見ている。さもありなん目の前にいる彼こそはイスカンダルが愛読する英雄叙事詩『イリアス』で活躍が綴られた英雄の先人に他ならないのだから。イスカンダルは感極まったように打ち震えて言う。
「彼のトロイア最強の勇士と見えた事を余はこの上もなく歓喜しておる。貴公がこの世に刻んだ幾多の武勇と伝説は今尚、余の胸を熱くし余を奮起させる物である!そして、それは先程の武を見た事でますます確信した!なればこそ余は貴公が欲しい!アキレウスよ、我ながら恐縮だが余の臣下兼朋友となる気はないか!?」
一方、アキレウスは・・・。
「はっ!生憎だけどな、俺は誰かに頭を垂れるなんぞ死んだ方がマシだって質なんだよ。まして『王』ってのは俺がこの世で最も気に食わねえ人種だ。勧誘なら他を当たんだな」
にべもなく一蹴されるが、イスカンダルは特に落胆はせず寧ろ始めから答えは分かっていたと言うような顔で頭を掻いた。
「そうさなあ、確かに貴公はそう言う英雄であったなあ〜。だが、そこにますます惚れた!!ならば、せめて共に飲もう!」
そう言ってイスカンダルはアキレウスに酒を勧める。
戦闘が一先ず終結し何故か酒宴となっている状況にジュリオは半ば呆れた顔で見ていた。
「まったく・・・どいつもこいつも敵を前にしてお気楽過ぎると言うか何と言うか・・・・」
「ジュリオ、貴方も細かい事を気にしていたら神経をすり減らしますよ?うむ・・なかなかな美酒です」
そう言うサーヴァント・アーチャーことトリスタンも彼らの酒の相伴に与っていた。それをジュリオは苦々しく見てぼやいた。
「ここにもお気楽な奴がいたよ・・・!」
一方、ウェイバーは重傷を負った事もあり未だ意識が戻らず寝込んでいた。それを尻目にアストルフォは不満げな顔でアキレウスを見て問うた。
「それで・・・本当にお前のマスターに任せて大丈夫なわけ?まさか、ドサクサ紛れにルインの寝首を掻こうなんて腹じゃないよね」
それに対しアキレウスは陽気な顔に僅かな怒気をチラつかせ獰猛な声音で答えた。
「何度も言うが、その点に置いては心配無用と言ったはずだ、サー・アストルフォよ。俺の(マスター)は道理と盟約は必ず遵守する男だ、これ以上の追及は侮辱と受け取らせて貰うぜ」
すると、ピョートルの隣に控えていたソラウが嘆息をついて言った。
「けど・・・ヨシュア一人に向かわせたのは流石に失策だったんじゃないかしら。正直言って今のヨシュアじゃケイネスを相手に一対一で戦うなんて無謀と言えるわ」
「ん?そりゃどう言う意味だ、娘っ子?」
イスカンダルが怪訝な顔で問うとソラウはあっけらかんに答える。
「ケイネスはね、この戦争でサーヴァントを呼ぶ際に、その召喚システムに独自のアレンジを加えたのよ。大まかに言うとサーヴァントを手懐ける令呪を宿す係とサーヴァントに魔力供給する係の二つに役割分担したの。ケイネスが令呪を、私が魔力供給をって具合にね・・・つまりサーヴァントの魔力供給を配慮して魔術を行使せねばならない他のマスターとは違い全力での魔術行使が可能になるって事。幾らヨシュアがケイネスに拮抗する魔術師だと言っても・・・いえ、だからこそサーヴァントの魔力供給と言う枷がある今の彼ではとてもケイネスと一対一で戦って勝算があるとは到底思えないわね」
「おいおい、ソラウ嬢。仮にも敵の眼前でネタばらしをしてもいいのかよ?」
ピョートルはそう言いながらも声には余り深刻な色を見せなかった。それに対しソラウはうんざりそうな声音で答える。
「構わないわ・・・私も今回の事は正直に言って見下げ果てているもの。彼も一度くらいは痛い目でも見ればいいのよ」
「おわぁ・・そりゃ辛辣なこって・・・・ま、俺様もそれに関しちゃ同意見なんだがな」
ピョートルが冗談めかしに同意する傍らでアストルフォはアキレウスに無言の抗議を投げ掛けるが、アキレウスは尚も余裕ある佇まいで笑すら浮かべて言った。
「案ずる事など何もない。(マスター)はあのような下衆になど負けはしねえ。決してな」
「ほう…大した信頼振りじゃねえか?それ程のもんか、オメエのマスターは?」
ピョートルが興味深そうに尋ねるとアキレウスは絶対の信頼を声に込めて即答する。
「当たり前だろう。俺が認めたマスターだ。それが最強でないはずがない」



「ば、馬鹿な・・ッ!?」
丁度その頃・・・ケイネスは有り得ないと言わんばかりに狼狽し呻き声を上げていた。
確かに自分は全身全霊を込めた一撃をヨシュアの水銀の城塞に叩き付けたはずだった・・・!そして奴の魔力は既に枯渇しかけていた筈だ。故に今の一撃で紅い水銀の城塞は崩落していなければならない・・・にも拘らず、紅い城塞は未だに崩れる所か荘厳なまでの堅牢さと共に健在であった!そして、自分の『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』はあちこちが赤銅色に染まり腐って崩れ落ちている。
この在り得るべからざる事態にケイネスは訳も分からず額に幾つもの青筋を立てる他なかった。そんな彼に紅い城塞の中からヨシュアの声が響く。
「チェックメイトだよ、ケイネス。今先程、君自身が繰り出した一撃で君は詰まれた」
「ななな、何を戯言を!?」
ケイネスは口ではそう言いながらも、その非凡なまでの魔術の才故に何が起きたかを既に腹立たしい程、正確に理解していた。水銀は明らかに腐食している!その上、魔力すら搾りカス程しか残っていない!この現象と彼ヨシュアの魔術属性の特性を鑑みれば・・・!
ケイネスが脳内で自動的に答えを叩き出すのと同時にヨシュアが答える。
「そう私の属性は君も知っての通り『水』と『土』の二重属性だ。そして、その複合現象の一つは『腐食』。更には、この二つの属性に共通する『吸収作用』により君の水銀が全霊の魔力を以って私の『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』に攻撃した瞬間に大凡の魔力をこちらの物とさせて貰った」
優雅に淡々と答えるヨシュアにケイネスは顔だけに飽き足らず全身に青筋を立てて怒りと屈辱にワナワナと震えていた。そんな彼に対しヨシュアはこの上もなく容赦がない宣言をする。
「何はともあれ、君の今回の行いは君ら守旧派が定義する所である『魔術師』の倫理観としてはどうだか知らないが、少なくとも私が定義する倫理観としては・・・いや、基本的な人として許し難い。依って相応の報いを受けて貰おう。(bullet)ッ!!」
「ぐぅ・・ッ!た、滾れ、我が血潮(Fervor,mei Sanguis)・・ッ!!」
そして紅い城塞から無数の魔弾が放たれ、腐食してボロボロとなりながらもケイネスの詠唱を受け防御形態に移行した『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』を瞬く間に・・・否、いとも容易く粉砕し、そのままケイネスを穿・・・・・たないまでも、その寸前ギリギリを抉ったッ!そして、紅い水銀の魔弾は代わりに彼の背後にある無人の土手や水道管を轟音と共に穿ち見る影がないと言うほどにまで粉砕した!!至近距離を魔弾に通り過ぎられたケイネスは全身が氷漬けになったが如く硬直し顔色はこの上もなく蒼白で双眸が白眼を剥きかけ口も開いたまま微動だにはしていなかった・・!
そして、ケイネスの背後を穿った魔弾は今度は矢に形を変えてケイネスの背後に狙いを定めた。
「さて、この一撃で間違いなくチェックメイトだが・・・どうする、ケイネス?私としては、如何に妄執と傲慢の塊とは言え、仮にも同門の仲である君を討つには忍びない。改めて提案するが、ここで大人しく矛を納めてくれないかい?事実、もう君に勝ちの目があるとは思えないんだが」
その指摘はこの上もなく的を射ていた・・・『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』は腐食により唯でさえボロボロになった所を『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』の魔弾で粉微塵に粉砕され再起動不能・・・そして、当のケイネスは多量の魔力をヨシュアに持って行かれ疲労困憊と言って過言ないコンディションであり簡単な魔術の行使さえも困難な有り様だった。一方、当のヨシュアはケイネスから魔力を奪った事で魔力の枯渇を回復せしめ『陽霊紅液(ロッソス・デルフィーヌス)』も健在!ヨシュアが完全な優位に立った・・・否!最早勝敗は決した事は誰の眼から見たとて明白だった!
そして、それを誰より痛感しているケイネスは蒼白になりながらも心の内はドス黒い妄念が渦巻いていた・・・・

私が・・・敗れた?名門アーチボルト家最高の才能と魔術回路を持つこのロード・エルメロイが?このような家格が三代も悖る魔術師などに・・精々の差が外見程度でそれを卑しくも人望の広告塔にしている匹夫如きにまんまと手玉に取られて・・・ッ?その上に情けまでかけられ・・・・在り得ん・・・在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得ん在り得んッ!!!
その様な事・・・絶対に在り得てはならん事だ!!

「み、認める物か・・ッ!魔術師としての家格が私よりも幾分も落ちる上、“人道派”などと言う戯けた遊戯に興じる貴様如きにぃぃッ・・!!断じて負けるはずなどない!これは単なる偶然と言う名の不条理によって齎された産物でしかない!!まだ、戦いは終わってなどおおおおおおおおおおおおッ!!!」
ケイネスは最早気が触れたとしか形容できない形相と身振りで喚くのに対しヨシュアはおやおやと言う素振りで冷静に分析する。
(はてさて・・・これは完全に我を忘れちゃっているね。どうしたものかな?正直これ以上の戦闘は好ましくない・・・如何にセオリー通りの夜間とは言え、これだけド派手な事をしていれば、何れは衆目が集まるのは必定・・・と言うより今は休戦中だ。監督役に露見すれば、ペナルティも覚悟しなければならないかな、これは・・・)
などと考えていた時―――!
「いい加減にせぬかあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!お主らあああああああああああッ!!!」
「・・・ッ!?」
「・・・!?」
突如として落雷が振って来たが如く大音量の怒声が轟いた。それにケイネスもヨシュアも途端に首を竦めた後、恐る恐るその怒声の元を見ると、そこには案の定、彼らがこの世で最も頭が上がらない人物が腕を組んで仁王立ちしていた・・!
その人物は碧の礼服を纏い白髪のショートに顎から頬、鼻の下にまで至る見事な髭を生やした老齢の男性で翡翠色の双眸は重厚且つ厳格なオーラが滾っている。この人物こそケイネスとヨシュアの師にして魔術師の一派『人道派』の盟主的存在・・へリック・バスビカルである・・!
そして、その横には・・・恐らく師のサーヴァントであろう、ギリシャ風の甲冑に身を包んだ老齢の男性が佇んでいる。老齢とは思えないほどに精悍さを感じる大柄な体躯と髪や髭は白髪ながら青い双眸は凄まじい覇気で漲っており同時に知性を感じさせるものだった。
ヘリックは厳かな足取りで首を竦めている弟子二人に歩み寄る。一方、当の弟子達は何れも強張った顔になり戦々恐々としていた。無理もない、目の前の人物は二人にとって恩師であると同時に幾度も厳格な薫陶を受けて来た人物なのである。自然態度や仕草も緊張した物となる・・!そんな弟子達に師は静かながら想像以上の迫力ある声で口を開いた。
「お主ら・・・この非常時に何をしておるか?」
それに対しヨシュアは苦笑いを浮かべて答える。
「い、いやー、ケイネスが余りにも目に余る行いをしていたので仲裁をと思いまして・・・ただ少し・・その熱が入ってしまったと言うか・・・」
ケイネスは途端にギリッとヨシュアを睨むが、それもヘリックの蛇の人睨みで制されヨシュアに対し言った。
「ほう・・・それでは、この惨状は“少し熱が入った”末の結果なのか?随分派手な“少し”があったものだ」
途端にヨシュアは蒼褪めた笑顔になるが、「あははは・・・」と誤魔化している。ヘリックはそれに嘆息を付きながらも今度はケイネスに矛先を向けた。
「それはまあ、さて置き此度の暴挙は如何なるつもりだ、ケイネス?」
すると、ケイネスは全身から脂汗を掻き何時になくシドロモドロな口調で師に弁明する。
「ぷ、プロフェッサー、こここ、これは・・ですなあ・・・・・」
だが、その後を続ける事がどうしてもできなかった。何故かと聞かれれば、どう答えた所でこの後に落ちる雷はどうあっても防ぐ術などないと悟っていたのだから・・・・
「今はサーヴァントを得た死徒達の討伐が完了するまで他陣営との交戦は禁じられているはずだ。にも拘らず戦端を開くとは何事だ?それも自らの教え子に対して・・・!」
師は淡々と追及の手を緩めず畳み掛ける。それに対し思わずケイネスは無駄と悟りながらも、まるで先程自らが甚振っていたウェイバー同様に狼狽した口ぶりで弁明を始める。
「い、いや、それは・・・不届きを働いた生徒を・・・その指導していただけでして・・・」
だが、それがいけなかった。その途端に恐れていた雷が落ちたからだ。
「このぉ・・馬鹿者がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
と、同時に凄まじい鉄拳がケイネスの頭上を穿った。
「あでぶぅぅぅーッ!!?」
「うわあ・・・悲惨だ」
それをヨシュアは心底同情の眼で見ながら呟いた。とは言えかく言う彼も直に同じ憂き目に合う事になるだろうが・・・・・




それから数分後・・・ヘリックは気絶したルインを抱き抱え、そして頭上にたんこぶを作った弟子二人を自らの魔術礼装である半透明な水銀で引き摺って冬木大橋にいる彼らのサーヴァントと合流した。その際にソラウはその姿を視認して「ヘリック教授・・!?」と流石に驚いた声を上げ、その名に意識を取り戻していたウェイバーも「え・・?ヘリックって・・あのプロフェッサー・ヘリック・バスビカル!?」と素っ頓狂な声を上げて眼を剥いた。
「ルイン!」
その次にアストルフォが大声を上げてヘリックの腕に抱えられているルインの元へ一目散に駆け出した。そして、当のヘリックと彼の隣に控えているサーヴァントを警戒が滲んだ眼で睨み付ける。
「てか、君誰?どうやら君も魔術師(マスター)の様だけど・・・」
それに対しヘリックはルインをアストルフォに手渡しながら厳かに答える。
「安心してくれたまえ、こちらに敵意はない。何より今は休戦中であろう?」
彼が然も当然にそう言う傍でピョートルとイスカンダルが訝しげにソラウとウェイバーに問う。
「おい、ソラウ嬢。ありゃお前さんの知り合いか?」
「知り合いも何も・・・私とケイネス、ヨシュアの師匠に当たる人よ。でも今は現役を退いているはずだったけれど・・・・」
「おい、坊主。見た所あの者かなりの剛の者と見受けるが、ありゃそれ程のもんか?」
「それ程のものも何も僕にとっては雲も雲の上の人だよ・・・まさか、それだけの魔術師がこの戦争に参加していたなんて・・・・!」
傍で聞いていたトリスタンも「ふむ」と興味深そうに頷き自らの主である少年に尋ねた。
「主よ、あのお二方の話を聞く限りでは、あなた方魔術師の世界において相当な名士と見ますが、主もご存じで?」
すると、ジュリオも緊張した面持ちで頷いて答える。
「ああ・・・僕も両親から良く聞かされている人物だよ。大師シュバインオーグと並ぶ英雄にして魔術師の一派『人道派』の創始者オルガ・ラディッシュの愛弟子で今じゃ、その後継として『人道派』の盟主を務め時計塔でもロード・エルメロイやヨシュア・マティウスを始めとした幾多の魔術師を育て上げた名講師としても有名な人だよ。僕も初めて見た・・・」
周囲が各々に感歎の声を出す中、アキレウスはヘリックに引き摺られた上、たんこぶを作っている(マスター)に面白いと言わんばかりに明るい声をかける。
「しかし…随分な格好じゃねえか、ヨシュア。見た所、喧嘩両成敗の制裁を受けたと見るな」
それに対しヨシュアも苦笑いで答える。
「あははははは・・・面目ない」
アキレウスは次にヘリックのサーヴァントである老戦士を見やり言った。
「それにしても、アンタも凄まじい爺さんをマスターとしたものだな、オデュッセウス」
その言葉に皆は唖然となって老戦士を見る。特にイスカンダルは興奮した面持ちで老戦士―――オデュッセウスを見る。
「ほおっ!うぬが彼の『オデュッセイア』と『トロイアの木馬』で名高きイタカの王か!?」
それに対しオデュッセウスは殊勝な面持ちで頷く。
「如何にも・・・此度の戦争ではアサシンのクラスを得て現界した」
イスカンダルは嘗て憧れた大英雄の一人と会えた事に眼を輝かせて自己紹介した。
「此度の戦は真に心躍る益荒男達が揃う事よ!余は征服王イスカンダル!この戦争ではライダーのクラスを以って参戦した!!よしなに頼むぞ、オデュッセウス王!!」
すると、ピョートルも飲みかけのワインボトルを掲げてイスカンダルに便乗して名乗りを上げる。
「俺様はロシア・ロマノフ朝が大帝(ツァーリ)ピョートル・アレクセーエヴィチ・ロマノフ!同じくライダーのクラスだ!!精々これからの戦いを競り合って行こうじゃねえか!!」
それに対し二人のマスターは・・・
「「って、何また敵に真名をばらしてるぅぅぅぅぅッ!?」」
それに対しヘリックは迫力ある声で・・・・
「静粛にせよ」
と、凄まれ途端に二人は小さくなる。そして、ヘリックは咳払いして、まずウェイバーを見やった。
「ウェイバー・ベルベット・・・大体の仔細は聞かせて貰った。君のその向上心には一定の評価こそしよう・・が、かと言って他者の・・・それも自らの師の物を盗んでまで事を為そうとするとは・・・ッ!はっきり言って感心できる事ではないな」
それに対しウェイバーはシュンとなりながらも返答する。
「僕は・・・ただ認められたかったんです・・・どんなに家格が落ちる魔術師でも立派な魔術師になれるって事を「馬鹿者ッ!!」・・・ヒィッ!?」
途端にヘリックの怒声が飛びウェイバーは萎縮する。
「その様な事は長い時間をかけ腰を据えてやるものだ!まず何事も平坦な近道なぞないと知れ!!」
その叱声にウェイバーは言葉なく項垂れる。その様をケイネスはそれ見た事かと鼻を鳴らして嘲笑うが、突如としてヘリックの矛先は彼へと向けられた。
「かと言って、ケイネス。お前も決して褒められた物ではないぞ!」
その言葉にケイネスはギョッとして異議を述べる。
「な、何を仰るのです!?プロフェッサー!先程も言いましたようにそ奴は自らの分も弁えずしゃしゃり出て来たばかりか、道理を以って諫めた私を在ろう事か逆恨みし盗人と言う浅ましい下賤な行いまでしたのですよ!?私は被害者でこそあれ、非など何一つも「このぉ・・大馬鹿者がぁッ!!!」・・・うっ・・!?」
だが、その弁明もヘリックの怒声によって掻き消され更に彼の説教はヒートアップする。
「私が何も知らぬとでも思っているのかッ!!そもそもの原因はお前の陰険極まりないワンマンショーにある。一人の生徒が懸命に新しい道を拓こうと書いた論文を在ろう事か大勢の前で見せ物小屋の如く扱き下ろし晒し者にするとは・・・ッ!あのような生徒の人格や可能性を否定し摘み取り挙句に自らの優越を吹聴するなどと言う愚劣な行いが講義などであるものかッ!!お前はヨシュアの爪の垢でも煎じて飲んでおれッ!!!」
「ぐぅ・・ッ!さ、されども、そ奴が師である私に不義を働いた事は事実!故にこれは正当なる制裁・・「穿(falcem)ッ!」へ・・?」
ケイネスがこの期に及んで意地汚く言い募ろうとするもそれは師による一節の詠唱で遮られたかと思うと・・ズゴオオオオオオオオオンッ!!
「あべしぃぃぃぃッ!??」
ケイネスは自らの頬に棍棒の形へと変形した半透明の水銀が直撃しその衝撃で後方へと吹き飛ばされた。一方のヘリックは腕組みをしたまま厳かに佇んで言う。
「何か言ったか?」
それに対しケイネスは穿たれた頬が腫れ上がり口と鼻から血を流しながらも掠れた声で返事をした・・・恐らく多分に手加減は一応されていたのだろう。
「っ・・い、いいえ・・・な、なにも・・・!」
その情けない姿にソラウはこの上もなくうんざりとした溜息を吐くとヘリックに問うた。
「それにしても教授は何故、この戦いに?」
「ふむ・・・どう言う理由か私にも令呪が現れたのでな。だが、丁度身体も滅多に動かさなくなって久しい・・・故に腕試しとばかりに参じたわけだが・・・どうも尋常ではない有り様になっておるようだな・・・」
ヘリックが重苦しい声で言うとヨシュアも頷いて言う。
「ええ、正直言って僕も面喰らっていますよ。本来七つしかない参加枠が大幅に広がった上、刑務所の囚人が死徒化して脱走・・・挙句にサーヴァントを得て街で大暴れなんて・・・どこのB級ホラーアクションなんだか・・・やっぱり、色んな意味でキナ臭い事になってそうですね・・この冬木に置ける聖杯戦争とやらは」
「ふむ・・・確かにこれは早急な調査が必須であろうが、今は人々を脅かす死徒の群れを討ち取る事こそが先決だ。よって私は諸君らとの同盟を提案したいが、どうだろうか?」
師の申し出にヨシュアはにべもなく頷いた。
「勿論ですよ。こちらこそ是非に願います。ランサーもいいだろう?」
「ああ、構わねえ。オデュッセウス、そう言うわけだ。また共に槍を揃えての戦いになるたあな。基本俺は王なんぞ気に食わねえ質だが、アンタなら悪くねえ」
アキレウスの言にオデュッセウスも頷く。
「うむ、君が戦列に加わる事ほど心強き事はない。こちらも平に助力を願う」
「ふむ・・我々は如何致しますか、我が主(マイ・ロード)?」
トリスタンが主に判断を問うとジュリオも瞳に強い火を灯して答える。
「僕達も加わろう。僕だって人道派の中核を担うサルヴィアティ家の人間なんだ。魔術の力で好き勝手やる連中を放っておくなんてできない!」
それにトリスタンも優雅な笑みを湛えて頷き改めて主である少年に膝を付き頭を垂れた。
御意、我が主(イエス・マイ・ロード)。その御言葉を待っておりました。我ら騎士は力なき民草を守護する剣となる事が本懐。その御下命、謹んで拝命致します」
「で、坊主我らはどうするよ?」
珍しくイスカンダルが自分に采配を問いウェイバーは一瞬面食らうも気を取り直して思考を巡らせる。

確かに・・・死徒の集団を討伐するに当たって、この同盟はメリットが大きい。と言うより時計塔随一と言って遜色ないヘリック・バスビカルと同盟を結ぶなんて半端な魔術師である僕からして見れば、願ってもない申し出だろう。それに、後に敵対するにしても手の内を見極める好機でもあるかも知れない―――!

ウェイバーは意を決して口を開いた。
「ヘリック先生、僕達も是非加えさせて下さい」
それにヘリックは快く頷いた。
「うむ。助力を感謝する。それで君とルイン君はどうするかね?」
ヘリックが未だに気絶しているルインを介抱しているアストルフォに問うとアストルフォは憮然とした顔で言う。
「まあ、ルインを助けて貰った借りはある事だしねー。ルインはまだ目を覚ましちゃいないけど、多分了承してくれると思う。僕らも同盟に加わるよ」
そして、残るケイネス・ピョートル組はと言うと・・・・
「おーい、ケイネスよぉ。他の連中は全員同盟に同意したが、俺様達はどうする?」
ピョートルは未だに情けなく突っ伏しているマスターに判断を問うが、その答えは無論―――
「ふっ、ふん、分かり切った事を問うな、ライダー・・!ゆくゆくは敵となる連中と轡など並べられるか!今は早々に撤退するぞ!さあ!愚図愚図してないで、ソラウと私を連れて「それなんだけど、ケイネス」ソラウ・・?」
突如、自分の言葉を遮る様にしてソラウが冷たい声が飛んで来た事にケイネスは困惑と焦りが入り混じったような声を上げるが、ソラウはそれも気にせずに淡々と続ける。
「私・・一先ずはヘリック教授の所で別行動を取ろうと思うの。教授、構いませんでしょう?」
「む・・まあ、特に異議はないが・・・」
「なッ!?そ、ソラウ、何を言って・・・ッ!?」
ケイネスは当然激しく狼狽して異議を申し立てるが、ソラウはこの上もなく凍て付く瞳で以ってケイネスを刺し貫きケイネスは途端に何も言えなくなった。
「ケイネス・・・今日の事で私は確信したわ。あなたの所にいれば、命が幾つあっても足りないってね」
「なッ・・!?」
絶句するケイネスにソラウは容赦なく畳み掛ける。
「そもそも、ハイアットホテルの襲撃にしたってライダーがサーヴァントじゃなきゃ確実にあなたも私も死んでいたわ。なのにあなたはその反省もせず、やっている事と言えば、自分に反抗した教え子を甚振る弱い物苛め・・・確かに彼が従えているサーヴァントは強力でもそれ以外にすべき事が他に幾つもあったんじゃなくて?そして、今回もヘリック教授のお情けがなきゃあなたの聖杯戦争はここで終わっていたわ。はっきり言って、あなたに見下げ果てているの。それが結論よ。安心して。引き続きライダーの魔力供給は担って上げる。けれど、私は戦闘魔術の心得があるわけじゃないし、寧ろ戦列を離れた方があなたも行動し易いと言う物でしょう?それにヘリック教授なら懐に入った私を人質に取るなんて真似もしないでしょうし。でしょう、教授?」
ヘリックもそれに快く頷く。
「うむ。私の矜持に賭けて、そのような愚劣な真似はせぬ事を誓おう」
「そう言うわけよ、ケイネス。それじゃあ精々健闘をお祈りするわ」
そう言ってソラウは突っ伏したケイネスに背を向けてヘリックらと共に去っていた。それをケイネスは呆然とした眼で見る事しかできなかった。そして、唯一人残ったピョートルは・・・・
「おいおい、なんか速攻でどん底だな、お前」
ワインボトルを呷りながら飄々とした態度と声音で追い討ちをかけられた・・・・





同時刻・・・深山町の日本家屋にて召喚に臨もうとする二人の少女がいた。

「ねえ・・本当にこんなもんでいいの、麟夏(りんか)?」
赤紫の髪を長いポニーテールに纏め、ラフなジーパンにタンクトップを着込み豊かな胸部を主張したスタイルの少女が灰色の瞳を眼前に描かれた二つの魔法陣を見て怪訝そうにそれを書き込んでいる、“麟夏”と呼んだ、白と黒を基調にしたワンピース(恐らく、どこぞの学校の制服なのだろう)を纏った紫に近い黒髪のロングに色白の肌、凛とした黄色の双眸、例えるなら武家の姫君然とした優雅な佇まいを感じさせる美貌の少女に問うと彼女・・・麟夏が頷いて答える。
「ああ、以前に祐世先生から聞いた話では、実際に英霊をサーヴァントとして招くのは聖杯・・・魔術師はマスターとして彼らがこの世に現界できるだけの魔力を供給すれば良いらしい。更に付け加えて彼ら英霊の生前の品・・所謂『聖遺物』を寄り代としすれば、十中八九その品に最も深い縁を持つ英霊をピンポイントで呼び出す事ができる」
それに対し赤紫のポニーテールの少女は怪訝な声で言う。
「それで・・・これらがそうなの?」
彼女がそう言って指し示したのは、二つの魔法陣の前方に其々配置した祭壇に置かれた、長い年月が経ったと思われる琵琶と朽ち掛けた盃だった・・・ッ!一方、麟夏は彼女の問いに首を縦に振った。
「マジで・・?そりゃ確かに二つともそれなりの神秘は感じるけど・・・」
赤紫のポニーテールの少女は思わず再度問い返した。それに対し麟夏も嘆息を付いて言う。
「何せ・・・急ぎ足で家の蔵から持ち出した物だからな・・・・この様な事なら父上に打ち明ける前に吟味しておくんだった・・・!」
「はあー、麟夏の親父さん・・・相変わらず?」
それに麟夏は苦笑し、どこか寂しそうな声音で答える。
「まあ仕方がない。思えば・・父上は根っからの典型的な魔術師だ。この様な根源に至れるかどうかも曖昧な上に真の理由が死徒共から一般の人々を守る為では・・・到底理解など得られまいよ・・・」
「麟夏・・・・」
「まあ、その話はもう終わりだ。準備ができた。早速始めよう、アイサ」
麟夏はその話題を無理矢理打ち切ろうと赤紫のポニーテールの少女―――アイサを促し、アイサもウインクで応える。
「OK!」
そして、二人はそれぞれ魔法陣の前に立つ。麟夏は琵琶が祭壇に置かれた魔法陣に、アイサは盃が祭壇に置かれた魔法陣へと立ち、同時に詠唱を始めた。
『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』
二人の詠唱で魔法陣にマナが満ち発光を始める。
閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返す都度に五度。
ただ、満たされる刻を破却する』

Anfang(セット)

『――― 告げる』

『――― 告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!』
詠唱は完成し二つの魔法陣はマナを拡散し発光と暴風を巻き起こす―――!そして、その後に訪れた静寂と共に彼女達が従えるべき戦者の無骨な足音が二つ響く。巻き起こった煙は程なく晴れ、その中から二人の甲冑武者が姿を現した。
麟夏の前には、白銀の甲冑を纏い頭部が長い鯰尾兜を被った真っ直ぐな黒髪の女性武者が立っていた。顔立ちは神々しいと言う形容が相応しい美貌で双眸は澄んだ水色、腰には鍔の無い合口拵えの太刀と甲冑と同じく白銀の柄と鍔、鞘の拵えをした太刀を帯びている。
アイサの前には、長身で黒備えの甲冑を纏いその上から茶色の陣羽織を羽織った、白銀のウェーブが入った長髪にパープルの瞳をした中性的な美貌の青年が腰に太刀を差し手に槍を持って立っていた。アイサは暫し青年に見入っていた。何しろアイサが今まで見た事がない程の美形だ。これ程の長身でなければ、男性とは気付かず女性と誤認してしまいそうなくらいだ。
やがて、二人の武者は自分達のマスターに対し名乗りを上げる。まず、麟夏の前に立った女性武者が澄んだ瞳で麟夏を見据え口を開いた。
「私はサーヴァント・セイバー。問おう、そなたが私を今世へ転生せしめた主か?」
それに対し麟夏は緊張した面持ちで答える。
「あ、ああ、私が貴女のマスターである北鳳院(ほくほういん)麟夏(りんか)だ。よろしくお願いしたい」
アイサの前に立った青年も口を開いた。
「私はサーヴァント・ライダー。問います、お手前が私の主君でしょうか?」
青年に見惚れ呆けていたアイサはハッとなり慌てて答える。
「はえっ!?う、うん!そう私があなたのマスターだよ!!名前はアイサ・ラディッシュ!!」
二人のマスターが名乗った後、二人のサーヴァントは互いを見て互いの主に問うような視線を投げ掛けると、まず麟夏が説明した。
「私とアイサは同盟を組んでいる。故に貴女達もそのように了承して欲しい。そも今回私達が参戦したのは、この戦争に置ける違反者達の暴挙から民草を守りたいが為・・・どうかお二人とも力を貸して欲しい」
すると、セイバーは満足気な笑みを浮かべて頷く。
「ふむ、どうやら私は主運が良いようだ。義を重んずる志士であったか。良かろう、このサーヴァント・セイバー・・否!上杉不識庵謙信!そなたらの義挙に加勢致そう!!」
セイバーが真名を名乗った瞬間、麟夏は元よりアイサもあんぐりと口を開けた。然も在ろう・・何しろ日本人であれば、その名を聞けば知らぬ者などないと言う程の英雄なのだから・・・!
「な、なんとッ!あ、貴女が彼の戦国時代に置いて義を貫かれた聖将であると!?」
麟夏が少し上擦った声で聞き返すとセイバー―――謙信は頷いた。
「如何にも!かく言う私もこの戦争その物を鎮める為に参じた!我がマスターよ。共に義を掲げ、この戦を平定しようぞ!!」
「は、はい!!」
麟夏もその力強さと気高さに心打たれ自らも覇気ある声で返事をする。一方、アイサは彼の越後の龍が女性であった事に驚きを隠せなかった。
「はえ〜・・・確かに上杉謙信が女性かも知れないなんて説はあったにはあったけど、正直言って俗説だと思っていたのが真実だったとは・・・正直おったまげたよ・・それはそうと、ライダーあなたの真名も教えてくれない?私達は同盟を組むんだからさ、連携を取る上では必要だと思うんだよね〜?」
すると、ライダーはパープルの瞳をアイサに向けて言った。
「御意に・・・我が真名は、長宗我部宮内少輔元親と申します・・・」
これには、隣の謙信も感歎の声を出した。
「ほう・・・貴殿が彼の『土佐の出来人』若しくは『鬼若子』と称された猛将か。こうして顔を合わせる機会に恵まれようとはな」
それに対しライダー―――元親は暗い顔で首を振った。
「いえ・・・私如きは彼の毘沙門天の化身で在らせられるお手前が評するには値せぬ愚将です」
その哀しげな表情と卑屈さにアイサは怪訝な顔になり思わず問うていた。
「ねえ・・・どうしてそんな卑屈な物言いなの?あなたの武勇は外国人の私でも知ってる程、伝えられているんだけど・・・もっと堂々としても良いんじゃない?」
すると、元親はこの上もなく自嘲的な笑みを浮かべて吐き捨てた。
「はっ・・私が・・!?何故に堂々などとしてられるというのです?信親を・・・息子を死なせてしまったと言うのに―――!」
その言葉にアイサはハッとなって眼を伏せる。
(そうだ・・!確か、長宗我部元親は『九州征伐』で息子の信親を亡くしてるんだったけ?おまけにその後は以前の覇気を失くして失策を重ね続けたって歴史書かなんかで読んだっけ・・・)
「ふむ・・・私が亡くなった後の話か。確か仙石秀久と言う四国勢の軍艦に任ぜられた武将の独断で島津の策に嵌まり敗走したのだったか・・・何にせよ運の巡り合わせが悪かったとしか言えぬな」
だが、謙信の言葉に元親は首を横に振り言った。
「いいえ、あの時に私がもっと強く強行的に仙石の独断に反抗していれば、あのような事にはならなかったのです・・!故に私は聖杯に請い願うのです・・・!『息子の死を無かった事にする』と―――!!」
その切実とも言うべき叫びに周囲は黙ったままであったが、不意にアイサが口を開く。
「・・・・あのさ、そんなの息子さんは望んじゃいないと思うんだけど?」
「なッ!?あ、あなたに何が分かると言うのです!?私の不明で息子の前途を奪ってしまったのですよ!それを無かった事にしたいと思って何が―――!」
だが、謙信も口を挟んで言った。
「いいや、貴殿の主の言う通りぞ。元親殿・・・乱世では肉親を亡くす事は常。まして武家ならば尚の事・・・貴殿の御嫡男とてそれを覚悟して生きて来た筈。その覚悟を他ならぬ父である貴殿が踏み躙ると言うのか?」
「私は・・・好きで武家に生まれたわけではない!好きで戦を起して来たわけでも・・ッ!全ては戦国と言う時代から家族と家臣、領民を守らんとしての事!!信親には戦のない世で治世を行って貰いたかった・・・決して武家の誉れなどと言う美談で飾られた討死などをして欲しかったわけではない!!」
元親はその美貌を苦渋に染めて憤激するが、アイサはあくまで辛辣な口調で言った。
「だから何よ?そりゃさ、人生納得できない事だって幾つもあると思うよ。けど、それを踏まえた上で歩いて行くのが人生ってもんでしょう?なのに人々の手本だった武家の当主がそんな駄々を捏ねるなんて情けないと思わないわけ!?それにね、私だって討死が美しいなんて事は言わないわ。けどね!息子さん自身は本当にそう思っていたわけ!?自分が意味もなく死んだって!本人の本音も聞いていない内から勝手な憶測で決めつけんじゃないわよ!!」
その鋭い言葉に元親は反論もできず項垂れる。一方、麟夏は気焔を吐くアイサを宥めた。
「アイサ、一先ず落ち付け。幾らんでも言い過ぎだ。ただ、元親公・・私も彼女や謙信公と同じ意見です。確かに貴方の無念は私達には測り知れませんが、貴方の息子の死を無かった事にするという事は同時に貴方と貴方に付き従った臣下達の生涯や志をも無かった事にすると言う事に他ならないのではありませんか?」
「・・・・・・」
周囲が次々と元親を諭す言葉を投げ掛ける中、謙信は元親の肩をポンと叩いて言った。
「何にせよ、今一度立ち止まり考える事だ。幸いな事に時間は暫しあるのだ。よくよく斟酌を重ねるが宜しかろう」





こうして新たな主従が参戦したのと同時刻・・・・同じく深山町での事。



「なんじゃ、こりゃあああああああああああああああああああああッ!!??」
柏木道場の母屋で神威の絶叫が響き渡っていた。その声を聞きつけてか、セイバーが駆け込んで来た。
「ぬぅ?奏者よ、どうしたのだ?こんな夜中に大声なぞ出して・・・」
すると、神威は口をパクパクと開けて母屋一杯の大きさもある彫刻を指差してセイバーに対し捲くし立てた。
「セイバー!これ以上彫刻を増やさないでって何回言えば、分かるのさ!?そもそも彫刻の材料費にしたって馬鹿にならないんだよ!!」
それに対しセイバーはあっけらかんに言う。
「何を言うか!余はこの寂しい母屋を余の芸術で彩っているのではないか。そもそも奏者よ、そなたは金を無駄に貯め込み過ぎる。少しは贅を尽くさねば、折角の財が泣くぞ?」
「そんなキリギリス感覚じゃ、世の中渡って行けやしないよ・・・!蓄えは多い方が損はないし。と言うか、それ以前にここは柏木さんの厚意で貸して貰っている場所じゃないか!勝手に物を置いて良い場所じゃ・・・!」
だが、セイバーは不機嫌な声で遮る。
「たわけ、そのような事を言っている内に財を使いもせず腐らせて置く方が余程滑稽であろうが。我が奏者(マスター)ならば、よくよく覚えておくがいい!余が嫌いな物は、“倹約”!“没落”!“反逆”だッ!!そも奏者よ・・・そなたは神経質過ぎるぞ。そなたは言わば、あの小娘とベルンの大王の恩人であろうが?ならば、堂々と幅を効かせて置けば良いのだ」
それに対し神威は頭を抱えて苦言を吐いた。
「セイバーは逆に図々し過ぎるよ・・・・生前はどんな生活してたのさ?」
「ん?どんなも何も皇帝としての生活であるが?」
この上もなくストレートにのたまう彼女に対し神威はすっかり諦観した表情で言った。
「でしたね・・・・」
だが、内心では不意に再び彼女の真名に考えが及んでいた。とは言え・・・神威は既にセイバーの真名について大凡の事は悟っていた。何しろあの鮮烈な夢が全てを物語っていたのだから。
彼女の生涯は放蕩と姦計、裏切り、暗殺、反逆に彩られた生涯だった・・・・毒によって母に生涯を支配され、唯一信じられた友にして師からも恐れられ自刃と言う形で彼女から去って逝った。最後には臣と民衆全てに背かれ、追い詰められての自刃・・・これだけで彼女の真名は火を見るより明らかだ。
だが、神威はそうと分かっていても彼女に問い質す事はしなかった。その主な理由はセイバー自身がそれを徹底して避けているからだ。と言うより、何かを恐れているようにも見える。まあ、その理由も彼女の真名が自分の想像通りなら察せられなくもないのだが・・・だが、かと言って神威は性急に彼女に聞き出すつもりは毛頭なかった。彼女が今はそれを明かす事を良しとしないのであれば、それでいい。何故なら神威は彼女が何者であれ、常に彼女の味方でいようと既に決めていたから・・・しかし―――
「何でかなあ?」
「むう、何がだ奏者よ?」
思わず口に出して呟いた神威にセイバーが怪訝な声をかけると神威は慌てて「な、なんでもないよ・・!」と答える。神威は自分でも何故なのか分からない決意を戸惑いながらも頭を振って呑み込んだ。

何故かは分からないけど、理由なんてどうでもいい。今、心の底からそう思っている事は紛れもなく事実なんだから。僕は・・何があってもセイバーの味方でいるんだ・・ッ!!




色恋なんぞしている場合じゃないぞ、へタレ主人公!次回お前さんピンチだから!!

お粗末さまです・・・・



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