Fate/BattleRoyal
45部分:第四十幕

第四十幕


凛達が死徒のアジトを脱出した翌昼の事…。

深山町の海浜公園…冬木市の中でも海を臨む冬木市最大の海浜公園でその周辺にはバッティングセンターや水族館、カフェテラスなどがあり人気のデートスポットとしても有名なここは当然ながら浮かれたカップルなどでにぎあう場所…故に憂鬱な空気とは無縁な場所………のはずなのだが―――。

カフェテラスの一席において一種異様な空気と佇まいを醸し出している四人組がいた。一人は人間離れした銀髪に白い肌に赤い瞳をした女の子、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、そして現代相応に大柄なシャツとジーパンに身を固め獅子の如き(たてがみ)を後ろで軽く纏めた彼女のサーヴァントであるヘラクレスと同じくサーヴァントであるメドゥーサ、彼女もいつもの眼帯を着けながらも現代相応に純白のワンピースと帽子と言う出で立ちだ(因みにマックのコーディネート)。その隣ではマックが気不味そうにコーヒーを啜っていた。いや、彼だけじゃない。ヘラクレスなどは終始イリヤを気遣わし気に見ているしメドゥーサも何を言って良いか量りかねている様子だ。そして、何よりも問題はイリヤだ。普段は元気一杯でよく笑う彼女が今日に限って大人しいを通り越して覇気がまるでなかった。その上に俯きがちでなんと言うべきか暗いオーラのようなものを醸し出していた…。
その原因は…考えるまでもない。昨日、死徒を操って襲撃してきたサーヴァントの少年が去り際に吐き捨てた言葉が原因だろう。あれからイリヤは一言も喋らずご飯にすら手を付けないと言う有様でヘラクレス達を心配させていた。

やがて、マックが堪りかねたように口を開く。
「げ、元気出せよイリヤ。あんなクソガキの言う事なんて嘘っぱちにも……」
だが、イリヤから返事はなくマックも結局居た堪れない空気に呑まれ口を噤んだ…。
「マスター…今は何を言っても効果がないのでは?」
メドゥーサは嘆息をついて言う。だが、やがてイリヤが口を開いた。
「…ヘラクレス」
「っ!な、なんだ…!?」
突如矛先を向けられ流石の大英雄ですらもビクついた。そして、イリヤの口から続いた言葉は…。
「不倫ってなーに?それに“お母様以外の女の人と寝てる”ってどういう意味ー?なんかどれも聞いた事もない言葉が出てきたんだけど?」
………その言葉にヘラクレス達は暫し何も言えず硬直した。メドゥーサの石化もかくやと言える程の固まりぶりだった…。一方でイリヤは何の淀みもない真摯な眼差しを三人に向けており、その視線に三人は説明がつかぬ罪悪感に押し潰されそうだった。
だが、やがてマックは耐え切れず口を開いてしまう。
「えーっとな…それは、つまりそのなんだ(ジャララララ…!!)…すいません言いませんから首に巻いた鎖を緩めて下さい…!!!」
「…今度そんな事を言ったら、石にして粉々にしますからね?」
メドゥーサは得物の鎖でマックの首を締め上げ掛けながら静かに凄んだ…!心なしか眼帯の奥で何かが光ったようにマックには見えた。
「すいませんすいませんすいませんッ!!」
マックが何度も謝罪する傍らでヘラクレスも静かに凄む。
「…その際には私も協力させてもらう」
一方、イリヤは未だに頭を捻ってサーヴァントの少年が言った言葉を反芻していた。
「不倫ふりん…何なんだろう?」
それをヘラクレスは必死の形相でイリヤに言い聞かせた。
「イリヤ、まだ君はその意味を知らないでいいんだ…!!頼むから…!!」
その必死の説得にイリヤも面食らいながらも肯く。
「う、うん。分かった!それじゃあ切嗣を探しに行こう!!きっとこの町にいるんだから…!!」
イリヤは少し元気を取り戻しいつものように意気揚々と言った。マックもそれに便乗して大声を上げる。
「よ、よし!イリヤの言う通りさ!さっさと行こうぜ!ってなわけで鎖を緩めてくれると嬉しいんですけどー!!!」
メドゥーサの鎖は未だにマックの首に絡みついていた…。しかし主の嘆願にメドゥーサは首を縦には振らなかった。
「失礼ながらマスター、暫しこれであなたの言動を抑えさせて頂きます。イリヤスフィールの前で妙な事を口走らぬように……!」
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!?(パシャッ!)…?」
マックの悲鳴が轟いたと同時に軽快なシャッター音が響いた。それに驚いた一同がその方向を見るとそこには、極めて横に広く腹もどっぷりと出ている体格に丸眼鏡をかけ額には“幼女さま万歳!!”などと書かれたハチマキを着けた青年がカメラを手にイリヤに対し熱い…否、暑苦しい視線を向けていた。
「うん…!良い…凄く良いよぉ…ッ!!その穢れない真っ直ぐで純真無垢な瞳、たどたどしい仕草…ああッ!今ここに天使さまが顕現したッ!!!」
などと肥満体の青年は明らかに危険極まりない事を衆目も気にせず大声でのたまわった。それに対しイリヤは首を傾げて瞳には明らかに?マークが浮かんでいた。その仕草が余計に青年の嗜好を刺激したのか青年は更に恍惚に満ちた表情を浮かべクネクネした動きをする。
「う〜ん!良いよ…いや、寧ろ好いぃぃぃぃぃぃッ!!これぞ僕が求めていた女の子だぁ!さあ!いざお写真を…!!」
そう言って再びカメラを構える青年の前にヘラクレスとマックが立ち塞がった。それに対し青年は少し不快気な表情を浮かべる。
「な、なんだね!?君達は!!撮影の邪魔を…!」
「悪いんだけどさ…。俺ら一応この子の保護者代わりなんで、そう言うの止めにしてくんねえ?」
マックが声に若干の威圧を込めて警告しヘラクレスも続いて言う。
「左様だ。貴公は恐らく話が分かる御仁と思う…故にお引き取り願いたい」
ヘラクレスがあくまで紳士的に応対する傍でメドゥーサが眼帯の奥に潜むものを微妙に光らせ威圧する…!
「でなければ、こちらも相応の対応をしますよ?」
一方、青年はこの上もなく物凄い事を口走った…。
「うわあ…野郎だけじゃなくお婆さんまで来ちゃったよ……」
その瞬間、場を圧倒的殺意と圧倒的怨念が支配した。メドゥーサは普段からは想像もできない満面の笑みを口元一杯に広げ極めて穏やかな声でオウム返しに青年に問うた。
「“お婆さん”?それはどう言う意味でしょうか?確かにもう若いと言い難いですが少なくともまだそんな風に呼ばれる外見年齢ではないと自負しているのですがどう言うつもりでの発言かお尋ねしたいのですが?」
その淡々とした物言いながら絶対零度が伴った空気(オーラ)にマスターのマックは愚かヘラクレスですら脂汗を禁じ得なかった…(唯一人、イリヤだけが何も分からずに首を傾げているが)!そんな彼らの心境は愚か当の彼女の凄絶なまでの殺意を慮る事もなく青年は事も無げにのたまう。
「どう言うつもりも何もそう言う意味だよ。僕にとってお嬢さん(マドモアゼル)は10歳以下までなんだよ。それ以上は、まあ12・13歳までは許容するけれど…それ以降10代後半なんて僕に言わせれば“おばさん”さ。更に20代なんてのはもう論外、“お婆さん”以外の何者でもありゃしないよ。
言っておくけど外見がじゃない、“心”がだ!僕が理想とするロリータちゃん達は皆心が真っ白で清らかで無垢なんだ。けれど、その純粋さも年を重ねて行く毎に世の中の穢れに染まって遂には跡形もなくなってしまう…!だからこそロリータちゃんはこの上もなく清らかで尊く儚い貴重な存在なんだ…!!
だからこそ、その崇高なるお姿をお写真に収め後世に残す事こそが僕の使命!!故にぃぃ!そこを退いてくれ給えよ…紳士諸君、それにお婆さん。僕は何としてでもこの崇高な使命を遂げねばならぬ理由がある!!君らとは戦う理由の格が違うんだァァァァァッ!!!」
などと言う訳も分からぬ戯言を無駄に大声で壮大に演説しのたまうが、こちらの返答は無論…。
ジャララララ…!!メドゥーサは不気味な音を立てながら鎖付きナイフを構え完全な戦闘態勢を取っていた。
「決まりました、マスター。これは敵です…イリヤスフィール達少女の…そして私達大人の女性の…唾棄すべき怨敵です。おまけに色んな意味で頭が逝ってしまっていると見受けられます…ここは一思いに引導を渡す事こそがあらゆる意味で最良と判断します」
淡々と言うメドゥーサにマックは冷や汗を掻きながら「ですよね…」とだけ答える。それに対し青年は拳法の見よう見真似の構えを取る。
「やるって言うのかい?言っとくけどボカァ強いよ?これでも格闘技齧ってるから!」
その発言をメドゥーサは冷笑を以て一蹴する。当然だろう、仮にも英霊である彼女が齧った程度の人間に遅れなど取るはずもないのだから…。
「さて…覚悟は「ちょっと待って下さる?」
メドゥーサが今まさに鎖を放とうとした時、待ったの声が掛けられた。その声の主はブロンドのロングヘアーに翡翠色の瞳に温和さと凛々しさを兼ね備えた風貌の女性でどこか慈母を思わせる空気を纏っていた。
「ここは公共の場です。衆目もある上にこの様な所で暴れたら他の皆さんにも迷惑が掛かるのではないかしら」
女性は柔らかに微笑んで嗜める。その隣には黒い背広型のジャケットにスラックスと言う出で立ちの長身巨躯の青年が女性に随伴する形で佇んでいた。銀灰色の長髪を靡かせた端正な顔立ちでカフェテラスにいた女性達の注目を集めている。
一方、マックは女性を見た途端に目を輝かせうっとりと鼻の下を伸ばした。
「うわぁ、物凄い美人…!!けど、男持ちかよ…。しかも俺よりも全然イケメンじゃねえか。なんか癪に触るぜ…(マスター…あなたと言う人は…!!)うぉ!ご、ごめん…」
相も変わらず女好きなマスターに念話で叱責するメドゥーサに対し思わず声に出して謝るマック。そんな主にメドゥーサは続けて念話を飛ばす。
(たまには女性以外の事にも目を向けて下さい…!特に今回は女性よりもその癪に触ると仰った男性をよく見て下さい!彼は―――サーヴァントです)
「なっ!?」
メドゥーサが念話で伝えた事実にマックは改めて女性の隣にいる銀灰色の髪が特徴的な青年を見た。確かにサーヴァントとしてのステータスが見える…!しかも、あれ何だ!?とマックは目を見張った。彼の目に見えている青年のステータスはイリヤのヘラクレスにも決して引けを取らないものだった。事実ヘラクレスも巌のような顔に冷や汗を浮かべて青年を見ている。一方、青年の方は眉一つ動かさず微動だにしてはいないが、その瞳も明らかにヘラクレスの方を見ていた…!!
その場に一瞬緊迫した空気が流れるが、それをサーヴァントである青年のマスターであろう女性がやんわりとした声で諌めた。
「皆さん、落ち着いて。私達は戦いに来たわけではないの。セイバーも」
その言葉に青年―――セイバーも静かに肯く。そして女性はまずイリヤを写真に収めんとしている肥満体の青年に向き直り言った。
「あなたも承諾もロクに取らずに幾ら何でも非常識ではないかしら?しかも先程も言いましたが、ここには衆目もあります。彼らのみならず他のお客さんにも迷惑でしょう」
穏やかな笑みを絶やさずに言った言葉だが、その眼は明らかに笑っていなかった。肥満体の青年はそれに気圧されながらも尚諦め悪かった。
「なっ、何を言うんだ!?ぼ、ボカァ、ただ、そこのお嬢さん(マドモアゼル)の清らかで無垢な姿を永遠にお写真に収めようとしているだけじゃないか!他意や二心なんて微塵も無い!さあ、お婆さんは引っ込んで(ぐいっ!)あ、いたたたたたッ!!!」
するとセイバーが肥満体の青年の腕を後ろに捻り上げていた。セイバーは静かに…だが決然とした声で言い放った。
「もう止めろ。このような公共の場で幼子を相手に恥という物を知らないのか?」
すると、カフェテラスにいた客達(特に女性陣)もセイバーに次々と賛同する。
「そうよ!その子嫌がってるじゃない!」
「見苦しいんだよ!」
「さっさと離れなさいよ!!」
ブーイングが飛び交うと流石に肥満体の青年は居た堪れななくなったのかセイバーが腕を離した途端にその場を足早に去って行った…。


それから数分後、イリヤ達と女性とセイバーは場所をマックの名義で借りたホテルの一室に移した。

「まず自己紹介させて貰うわ…私はエイダ・アウレリア。貴方達と同じ聖杯戦争の参加者です。こっちは私のサーヴァントであるセイバー」
女性…エイダがサーヴァント共々名乗ると続いてイリヤ達も名乗る。
「私、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン!長いからイリヤでいいよ!」
イリヤはいつもの調子が戻ったのか明るい声音で挨拶する。その傍でヘラクレスも厳かに挨拶する。無論クラス名の方を。
「私はイリヤのサーヴァントであるアーチャーだ」
「俺はマック・カーティス。スッコットランドヤードの刑事っす。なんか成り行きで参戦しちまって…今はこの子の付き添いみたいなもんす」
マックが畏まって挨拶しメドゥーサもそれに続く。
「ライダーです」
それが終わった後、微妙な沈黙が流れる。それも道理だ。初対面な上に幾ら今が休戦中とは言え彼女と自分達は敵同士なのだから…。殊にサーヴァント達が互いに牽制し合っているのが空気だけで分かる。それ程に張り詰められた空気だった。そんな中でエイダが柔らかな声で言う。
「そう警戒しないで。確かに私は聖杯戦争の参戦者だけれど…私もセイバーも聖杯自体に執着していると言うわけではないの」
その言葉に皆は驚愕に目を剥く。アインツベルンの娘であるイリヤやサーヴァントであるヘラクレスやメドゥーサは言うに及ばず魔術師としては素人であるマックも英霊とは聖杯に叶えたい願いがあるからこそサーヴァントとして召喚に応じるのだと既にイリヤやヘラクレスから聞いている。では、このサーヴァントは全くの無償で召喚に応じたとでも言うのだろうか?
マックは改めてエイダのセイバーを見る。自分が呼び出したメドゥーサやイリヤのヘラクレスにも同じ事が言えるが、彼からは文字通り人間以上の波動を素人ながらに感じる…!しかもヘラクレスらが教えてくれたサーヴァントのクラスの中でも最優を誇ると言う剣士(セイバー)のクラスに属すると言うのだからそれも当然か…。おまけに基本ステータスもずば抜けていると来ている…。身体面や宝具に至ってはヘラクレスとほぼ並んでいる…!!それにサーヴァントだけじゃない、これ程の英霊を使役する、このエイダと言う女性もどれ程の魔術師なのだろうか?とマックは素人ながらに推察し彼女を見る。すると、彼女からは温和な笑みを返され…。

やっぱ物凄い美人だ…。

結局これに帰結した。その頬を不意にメドゥーサが思いっきり抓ってきた。
「…マスター真面目に願います」
「う、うん。ごめんなさい……」
マックは素直に謝罪する中でイリヤが本題を切り出した。
「じゃあエイダさんとセイバーは何を願って参加したの?」
すると、まず口火を切ったのはエイダだった。
「私の場合は令呪が刻まれた事もあるけれど…この戦争には私の教え子達も参戦している事が大きいかしら」
「エイダさんって先生なの?」
イリヤの問いにエイダは微笑んで答える。
「そうね。魔術もそうだけれど、色んな事を教えている事は確かかしら。それで今回はその参戦した教え子の一人でシルヴィアと言う子がいるんだけれど…貴方達もこの戦争を乱しているサーヴァントを得た死徒の集団の事は知っていますね?」
無論、全員首を縦に振る。だが、次に続いた彼女の言葉に呆気に取られる事になる。
「その死徒の集団にシルヴィアの妹がいるの…」
「え?」
イリヤが面食らった顔をしマックが解せないと言う理由で問い掛ける。
「そ、そりゃどう言うわけで?」
それに対しエイダは溜息をついた後にこう続けた。
「私もあの子から詳しい事情を聞いているわけではないけれど…悲しいすれ違いよ。シルヴィアは妹の所業に自分を責めて追い込んでいる…。あの子は人一倍に真面目で気を張る子だから…。私は師として少しでも力になりたいと思ってこの地を訪れたの」
「そうなんだ…。じゃあセイバーは?」
イリヤは次にセイバーへと問い掛ける。すると、彼はエイダの方に視線を向けると彼女は微笑んで肯く。それを受けセイバーは真っ直ぐな眼差しをイリヤ達に向けて静かに語りだした。
「……俺は英雄として生き、死んだ事には何ら後悔はなければ不愉快な事など一切ない。ただ、死の間際でようやく本当にやりたい事が明瞭に浮かび上がったのだ」
「本当に…やりたい事?」
イリヤが首を傾げオウム返しに言うのに対しセイバーは肯いて続ける。
「生前の俺は、求められればそれに応じるままに刃を振るった。乞い願われたならば、その手を必ず握り締めた。竜殺しを求められれば竜殺しを為した。誰の意にも添わぬ絶世の美姫を抱かせるよう求められたならば、そうするように知恵を絞りもした…。だが、逆に言えば乞い願われなかった物を捨て置いた…そうでもしなければ切りがないと俺自身も分かっていたからだ。故に“求められたならば応じる”とそれだけを決めた。そこに正邪などない…良くも悪くもこの身は“誰かの望みを叶える”事のみに特化した英雄と言う名の道具(システム)だったのだ。それでもいいと思っていた。
だが、そこで俺はふと気付いてしまった。俺自身はどうなのだ?と。誰かの望む事を叶えている内に俺自身が望む事がまるで分からなくなってしまったのだ…。希望がなく、夢もない。未来を思い描く事すらできないでいる空虚な自分自身に俺は呆然となった…」
そのどこか自嘲するような響きにイリヤらはどう言って良いのか分からなかった。マスターであるエイダはそんな彼を慈愛に満ちた眼で見守っている。
「そして、そんな英雄(システム)に訪れたのは自業自得の末路だ。望まずして、さる一国の王女の名誉を傷つけてしまった俺はその死を以て争いを止めようとした。だが、事態は結局ままならず多くの血が流された…。所詮はそれが“叶える”という事のみに特化した英雄の限界だったのかも知れん。だが、全てが終わって初めて俺はようやく本当に望む事を見出したのだ。
こうして第二の生を受けた今、俺は誰に認められなくともいい、誰に称賛されずとも構わぬ。ただ俺が信じるものの側に立って生きていきたいのだ。誰かの為に戦うのでもなく、まして己の為に戦うでもない…。
俺が信じる仁、俺が信じる義、俺が信じる忠、俺が信じる愛の為に。この剣を手に取り、この肉体(からだ)で立ち向かいたい。そう俺は―――正義の味方になりたいのだ。そして、此度の戦いでは今生の主となったエイダの剣となる事こそがそこに通ずるものと信じている」
暫く静寂が訪れた。その余りに真摯で清廉…直向きな想いに皆、当てられていたのだ。まず始めに口を開いたのはイリヤだった。
「うん…なんかそう言うのイリヤも素敵だと思う!」
「うむ…。私も貴公の想い分からなくもない。かく言う私も己の信ずる道に従って戦っているのだから」
ヘラクレスもイリヤに視線を向けながら称賛する。一方、マックは…。
「……負けた。面もハートも最高のイケメンじゃねえか…」
ガックリと落ち込むマスターの横でメドゥーサは「そうですね」とキッパリ追い討ちをかけた。
「それでイリヤちゃん達はどうしてこの戦争に参戦しているのかしら?それにアインツベルンと言っていたけれど、それは冬木の御三家のアインツベルンかしら?」」
今度はエイダが問い返しイリヤがすぐさま答える。
「うん、そうだよ!イリヤはお父さんの切嗣とお母様を助けるために参加したの」
「ご両親を?それはどう言う意味なの?」
そこでイリヤ達はここに来るまでの経緯を話した。話を聞き終わったエイダは口元を片手で押さえて暫し黙考すると口を開いた。
「それであなた達はこれからどうするの?イリヤちゃんのご両親を探そうにも冬木におけるアインツベルンの拠点にも居なかった以上他に当てはあるのかしら」
「うっ…、それを言われると正直辛い所だな…」
マックがバツが悪い顔で呟くとメドゥーサも肯く。
「ええ、私達自身まだ冬木の地理は明るくはありませんし。イリヤスフィールから聞いた話だけではご両親の姿格好を正確に判別できません。何より今や聖杯戦争の参加者は百組以上ときています。その中から探し当てるのは非常に困難かと…」
メドゥーサの言葉にイリヤは肩を落として俯く。エイダはそんな彼女の背丈に合わせて膝を折り同じ目線で語りかけた。
「そう気を落とさないで。この街にいるのならきっと何れ会えるわ。私も一緒に探して上げるから」
「え!協力してくれるんすか!?」
マックが仰天した声を上げる。
「私も教え子達を探さなければならないし、言うなればついでと言った所でどうかしら?それに戦争の違反者である死徒の集団を討伐する為には協力者の数は多いに越した事はないわ」
ウインクしながら言うエイダにイリヤはパァと顔を輝かせて礼を言った。
「あ、ありがとうエイダさん!」
「貴婦人よ。私からも礼を言う…忝ない」
ヘラクレスも瞑目して礼を取った。
「どうもっす!」
マックも思わず頭を下げメドゥーサもそれに倣った。
「…俺も出来うる限りの力になる事を約束する」
セイバーも静かながら頼もしい言葉をかけてくれる。
「うん!セイバーもありがとう!」
イリヤは満面の笑顔でセイバーにもお礼を言った。
一方、マックも大きな息をついた。
「ふぅー、正直助かったよ…。今回の事件に関しちゃ俺は完全な素人だし、ちゃんとした知識を持ってる人の助力はありがてえや…」
と、ベッドに腰掛けるのだが、その際に手が室内のテレビのリモコンの電源に触れていた。それと同時にテレビがオンになり画面にはニュース番組が映り、ニュースキャスターの声が部屋に響いた。

『昨夜未明…連続児童誘拐事件において行方不明となっていた子供達が深山町の交番にて保護されました。尚、子供達が言うには“サンタクロースさんに助けられた”“サンタさんのソリに乗って空を飛んだ”など奇妙な証言が多数あるのみならず子供達を保護した交番勤務の警官三名も“空からサンタクロースのソリが降り立ち子供達を下ろした後にまた空を飛び立った”など荒唐無稽な証言をしており記憶に混乱が生じている恐れがあるとの事で当局は事件の全容解明は非常に困難であるとの見方を…』

『…………』
それを聞いた一同は何れも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になり口をあんぐりと開けた。
「へー!もうサンタさんが来たのー?」
勿論イリヤだけは年相応に眼を輝かせるのみだったが…。
「なあ…これってもしかしなくても……」
マックは画面を指差して問いかけるのをエイダが苦笑して答える。
「ええ…十中八九サーヴァントなのでしょうね。恐らく参戦者の誰かが死徒達に誘拐された子供達を助けたのでしょうけど…暗示や記憶操作の魔術が不完全だったみたいね…」





同時刻…同じく新都にある公園のコンクリートでできたジャングルジムの中に隠れる四つの小さな影があった…。

「ねえ、いつまで隠れていればいいの?」
愛歌は時折欠伸をしながら質問すると凛はにべもなく言う。
「決まってるでしょう。少なくとも三時半…学校が終わる時間帯までよ」
「うん…でないと流石に大人達にも不審がられるしね」
正哉も凛の意見を肯定する。
「でも、凛ちゃん昨日はああ決めたけれど具体的には何をどうすればいいの?」
コトネが不安気な声で呟くと凛は父から貰った魔力針を取り出して説明する。
「これはお父様から貰った『魔力針』っていう、より大きな魔力を感知する為の道具よ。魔力の気配が大きければ大きいほど針はその方角を指すようになってるの。これがあればきっと死徒達のアジトだって見つけ出せるわ」
昨夜の窮地をサーヴァントを得た事で辛うじて切り抜けた凛達は死徒の暴虐を止める為に戦争への本格参戦を決意し家族を巻き込まぬ為に冬木市中を点々と移動していた。だが、学校へ行く時分に出歩くのは賢明とは言えない為、こうして出歩いても不自然ではない時間帯まで隠れているのだ。
「けれど本格的に活動を開始するのは夕方からよ。連中だって日が出ている内は大した行動はできないだろうし…そして夜になってノコノコ出て来た所をぶっ倒すわよ!」
『おー!』
凛の鼓舞に子供達は声を揃えて小さく鬨を上げる。だが、それを冷やかすような声が念話で凛に釘を刺した。
(それはいいが、今度は暗示をしくじんなよ。でなきゃまた大きな騒ぎに…)
「うっ、うっさいわねえッ!!言われなくたって分かってるわよっ!!」
自身のサーヴァントであるアサシンことナヒの念話に対し凛は思わず大声を出して反駁してしまう。
「り、凛ちゃん、声が大きいよ…!」
正哉は口に指を当ててシーと仕草で嗜める。
「ご、ごめん…!」
凛もハッとなって慌てて口を噤んで謝罪する。尚、凛達のサーヴァントは現在霊体化してマスターである彼女達の傍に控えている。
(……たく、妙な所で危なっかしいマスターだぜ。色々とませているようで肝心な所がお粗末だ…)
ナヒが呆れたように息を吐くとそれをコトネのサーヴァントであるライダーこと聖ニコラウスがやんわりと嗜める。
(ナヒ君、もう少し言い方を柔らかくした方がいいと思うがねえ)
(そうそう!そんな目くじら立てなくたって大したこたあねえって。ガキの言う事なんだし大人連中は多方白昼夢でも見たって事で納得してくれるんじゃねえ?)
愛歌のサーヴァントであるセイバーこと孫策も茶々を入れてニコラウスに同意する。
(いや、孫策殿…それは幾ら何でも楽観視し過ぎではないだろうか?第一ニコラウス殿のソリが空を飛んでゆくのを幼子達は愚か警官までも目にしていると言うのに…)
正哉のサーヴァントであるライダーこと劉備が孫策の無責任な想定を半ば呆れた声で諌める。
「う〜〜〜〜〜ッ!」
彼らの会話で凛は痛恨の極みと言わんばかりに涙目で唸る。
「り、凛ちゃん元気出して。きっと大丈夫だよ…」
コトネが慰めるも凛はますます立場がなくなるのだった…。
凛は落ち込みながら昨夜の事を思い出していた……。


死徒のアジトから逃げ出した凛はその後、公衆電話で黙って飛び出して来た禅譲の家に電話し母へ「暫くコトネの家にお世話になります、ごめんなさい」と伝えた。それに対し母は電話越しに安堵したような息をついた後、「……帰ったらお仕置きですからね」と特に怪しまれず納得してくれたようだった。
電話を終えて外に出た凛に対してナヒは出し抜けに言った。
「…そう言えば凛、お前一緒に救出した子供達の隠蔽ってしたのかよ?」
「えっ?た、多分成功してると思うけど…」
凛は不意に問われ思わず眼を泳がせる。
「隠蔽…?」
コトネが首を傾げてオウム返しに問うとニコラウスが代わって答えた。
「うむ、この戦争は極秘裡に行われる必要があるから巻き込まれた人々に暗示をかけて隠蔽をする必要があるんじゃよ」
「そんな事をするんだ…結構僕達の他にも攫われた人がいたけど、大丈夫なの?」
「うん…」
話を聞いた正哉や愛歌も不安そうに凛を見る。
「だ、大丈夫よ、これでも私だって魔術師の端くれなんだから。暗示くらいしっかり…で、できるわよ…」
凛はそう言いながらも自分でも自信がないのか言葉を濁す。
「恐らく暗示が不完全であったとしても子供の言う事故に大人達も半信半疑にかかるとは思うが…」
劉備は顎を撫でながら自分なりの考察を述べ凛もそれで幾らか安堵の息を吐くが、不意に孫策が思い出したように口を開いた。
「…なあ、そういやあ子供を下ろしたのってどこだっけ?」
その言葉で場の空気が凍った。殊に凛は固まりながらも、つい数分前の事を思い出していた。
子供達を救出した後、自分達は近くの交番をニコラウスのソリから見つけそこに降り立ち子供達を下ろした。そして、その後はもうソリで空を……。空を?………空をっ!?
「………ああああああああああああああっ!?!?!?」
今更のように事の重大さを思い出し理解した凛は頭を抱えて絶叫した…。
「…どうすんだよ」
挙句に呆れた嘆息をついてナヒが追い討ちをかけた…。
その翌朝、正哉が所持していた小型ラジオでニュースを拾って見た所…交番に保護された複数の子供達が『サンタクロースに助けられた』と言う証言をしているばかりか子供達を保護してくれた警官もソリが空を翔んで行くのを目撃した事が判明したのだった…。




「うぅぅ…私とした事がとんだ失態だわ…。お父様に叱られちゃう…」
凛は後に待ち受けているであろう実父のお叱りを思うと一層気が沈んだ。
(まっ、今更気にしたって仕方ねえ事も確かだ。それよりも死徒の連中を吹っ飛ばして子供達を助けんだろう)
「わ、分かってるわよ…それじゃあそろそろ三時半ね。みんな、行動開始よ!」
ナヒに励まされ凛も気を取り直して皆を促し外へと出る。
子供達は凛の魔力針を頼りに街を探索する。だが、針は大した揺れを見せる事もなくどこへ向かえば良いのかすら定まらなかった。
「針…全然動かないね」
愛歌がポツリと呟き凛は思わず「うっ…」と呻く。
(まあ、そりゃ当然なんじゃねえ?なんてったって戦争は基本深夜てえのが原則だ。こうまだ陽が昇っている内じゃ皆気配を消すなり今の俺らみたく霊体化して雲隠れしてるだろうぜ。死徒なら尚更だ。嬢ちゃんお前にしたって連中が本格的に動き出すのは夕方から夜だって言ってたじゃねえか)
孫策が何気に似つかわしくない論理的なフォローをする。
「それは…そうだけど…」
それでも凛は気が急いていた。こうしている内にも自分達のように未だに囚われている子供達がいるかも知れないのだ。それを考えたらグズグズしてなどいられない…!
(まあ、落ち着けマスター。幾ら何でも連中だって馬鹿じゃねえんだ。昨日あれだけ痛め付けたからな…連中にしたって相当な損害のはずだ。昨日の今日でしかも明るい内から大した無茶ができるとは思えねえ。勿論絶対とは言い切れねえが…)
そんな凛をナヒが諭すように助言し凛も渋々と肯く。
「うん…それは私だって分かってるんだけど」
「凛ちゃん、ナヒさんの言う通りだよ。お父さんだって言ってた。こういう状況だからこそ冷静にならなきゃ駄目だって。こんな時だからこそ悪い奴らの思考を読んで、そいつらの立場になって考えれば自ずとやるべき事が見えてくるんだって」
正哉も大人びた意見を口にし凛も首を縦に振る。
「そうね。私のお父様だっていつも言ってるわ。『いつ如何なる時も優雅たれ』って!よし、みんな。もう一度死徒達の思考…特にあのヘラヘラした殺人犯の立場になって考えてみましょう!」
『おー!』
子供達は一致団結して各々意見を出す。
「やっぱり当たり前だけど、吸血鬼なんだから朝や昼はなるべく避けて夕方から夜に活動したいとか思ってるよね」
愛歌の意見に凛は肯く。
「それは基本鉄則と言うべきね。個人差はあるけれど、死徒も日光が苦手だという点は世間一般の吸血鬼と共通しているわ。何より今の連中はこの戦争の参加者全員から狙われている賞金首だもの…。ナヒの言うように早々身動きが取れないはず」
「でも、僕達を率先して攫っていた奴はそう言うの気にしてないかも…」
正哉がそこで異論を唱え凛が反応する。
「どういう事?」
「ほら、あいつは『芸術』とか『人間パイプオルガン』とか口走ってたじゃない?そこから考えるにあいつは世間一般で云うシリアルキラーとかサイコキラーって呼ばれる殺害行為そのものを主目的にしている犯罪者だと思う。ああいう手合いは合理性とか危険性を無視して衝動的な犯行を実行する傾向がるってお父さんが言ってた」
正哉の言葉に子供達は感心たように目を見張る。
「確かに…あいつはそういう感じよね…」
凛は自分達をパイプオルガンにするなどとのたまわった男の異常性を思い出しながら肯く。
「うん、とても怖かった…」
コトネは涙目で同意する。
「尤も中には意外と用心深いって性質もいるけれど…そう言う奴に限って致命的なミスをどこかで気づかない内にするものなんだ。だから行動パターンを読む事はそう難しい事じゃないと思う」
正哉がまたも大人びた意見を上げる中、霊体化していたサーヴァント達も舌を巻いていた。
(……劉備よぉ。お前のマスター…本当に七歳児か?はっきり言って出来過ぎにも程があるんじゃねえか…)
孫策が呆然とした声を出すと劉備も困惑した声で肯く。
(うむ…昨日の飲み込みの早さと言い、多少才気ばしった感はあるとは思ったが…)
(まあ、お前のマスターは思ってたよりもしっかりしていて何よりじゃねえか)
ナヒは自身の主である凛を見ながら嘆息気味に言う。
「聞こえてるわよ、ナヒ!んでもって失礼な事考えてるわねっ!!」
それを気配と感で察したのか、すかさず凛の怒声が飛ぶ。それに対しナヒは(へいへい…)とおざなりに念話で返しまた凛に唸り声を上げさせる。
その時、凛の持っていた魔力針の針が大きな振れを見せる。
「…っ!?感知したわ!」
凛は興奮した声を上げ子供達も魔力針に注目する。
(ほお…思ってたより早かったな。さて仕事を始めるとするか)
ナヒは剣呑な声で戦意を示す。
(おう!今から血沸き肉踊るぜ…!身体が疼いて仕方ねえ!!)
孫策は早くも血気が逸っている。
(孫策殿、血気を抑えられよ。幼子達の救出が第一義ぞ)
劉備はそんな孫策を諌める。
(何はともあれ正念場じゃ。気を引き締めねばのう…)
ニコラウスも険しい声で場を律する。
「……みんな、行くわよ…!」
凛も生唾を呑み込み緊張の面持ちで皆を促しコトネ、正哉、愛歌達も同様の表情をして無言で肯く。そして、彼らは新たな戦地へと歩を進めた。



同時刻…これまた同じく新都にある一軒のワインバーにて…。

店内は微かな明かりがあるのみで随分とレトロな雰囲気があるバーだった。とは言え今はどう考えてもバーの開店時間にしては早いにも程があるはずであり今は精々が準備中に当たる時刻のはずである…。にも拘らず明かりが店内に灯り、そこの店主と見受けられる男性はカウンター席に置いてあるワイングラスへとワインを注いでいる。どうやら客がいるようだ。
何故、こんな中途半端な時刻に店主は客を招いているのか?だが、その事自体は些末事でしかなかった…そう、寧ろ問題はその客である。
カウンター席に座っている客は、足がまるで地に届いておらず、腕や手すら平均の大人とは比べ物にならない程小さい。まるで子供…否!正にその子供その物である少女が座っていたのである!!歳は八歳程で紫色のロングヘアーに水色の瞳をした顔立ちにどこか年齢不相応な妖しげな雰囲気を漂わせている。
少女は注がれたワイングラスを手に取りまず光沢と香りを楽しむ。そして、それを口へと少しづつ注ぐ。一旦グラスから口を離すと少女は満足感に酔いしれた顔で呟きを漏らす。
「ふぅー、中々いいワインを揃えてるじゃない。ま、私のコレクションに比べたらまだまだだけれど…これなら及第点を上げても良いかしら?」
「光栄です…お客様」
それに対して店主はどこか力のない声で応える。すると、突如として第三者の声が割り込んだ。
「主…星羅(せいら)、いい加減に子供の身で飲酒など悪い事は言わぬから止められよっ!それに暗示で店主を惑わすなどと…!」
この叱声の主は藍に近い黒髪の長髪を後ろで纏めた髪型に褐色の双眸を持った清廉とも言える美貌を誇る美丈夫で紺のスーツをキッチリと着こなしている。街中で歩けば女性の九割が振り向くのは想像に難くはない。だが、その美貌は今や苦虫を潰したような物となっている。その原因は言うまでもなく目の前の主である少女の振る舞いだろう…。
一方、少女…星羅は意に介した様子もなく事も無げに言った。
「なあにランサー?マスターであるあたしのする事にケチ付けるわけ?サーヴァントはマスターの願いを叶えるものでしょう?そして、あたしの今の願いは至高の休息よ。それを妨げようなんて契約違反じゃないかしら?第一、確かに暗示で操ってるけど、ちゃんと現金は払うわよ。なら何の問題もないでしょう?まあ、元は親父のお金だけど…」
だが、ランサーは星羅の言い分に首を縦に振らず尚も言い募る。
「そう言う問題ではござらんッ!!そも童の身で飲酒をする事自体が誤りにござろうっ!くっ…!やはり某には聞き入れられませぬ!そちらこそお聞き入れなされぬと仰るならば無理矢理にでも……ッ!」
しかし、ランサーはそう言いながらも星羅から酒を没収する行動に移れなかった。自分の意志でそうしようにも彼自身に掛かった()()がそれを許さない。それを見て星羅はほくそ笑んだ。
「ふっ、無駄な事は止める事ね。あんたに掛けられた令呪を忘れたわけじゃないでしょう?“あたしのワイン道楽に一切の干渉はするな”ってね」
「ぐぅ…!今思っても何と無駄な事に令呪を…!!今からでも遅くはない、その令呪を取り消されよっ!」
ランサーの嘆願を星羅は一笑に付した。
「馬鹿ね。残りの令呪二画をそれこそそんな無駄に使えるものですか。それに何よりあんたが悪いのよ?召喚早々で私のワインを取り上げようとするから…お陰であんたの言うようにとんだ無駄に貴重な令呪を使ってしまったじゃないの」
「それが当然にござるッ!!」
ランサーは苦し紛れと言わんばかりに再び叱声を上げるが、星羅には蚊程も感じなかった。
「はあ…煩いわねえ。折角の余韻が台無しじゃないの…。んでもって、刻羅(ときら)あんたもシュークリームばっか食ってないでたまにはこの姉に付き合いなさい」
星羅は不意に同じくカウンター席でシュークリームを頬張っている、同い年くらいの男の子―――刻羅に付き合うようグラスを差し出す。
「い、嫌だよ…それ、苦いもん…」
刻羅は姉とは対照的な薄紫の短髪と瞳に優しげな顔立ちでどこか頼りなさげな風情を抱かせる少年で姉の誘いを辿たどしく断るが、その代償は余りに高かった…。
「よし、暫く夕食はキムチ鍋ね」
「うえぇぇぇッ!!」
途端に号泣する弟にそれを見てワインを飲みながら悦に入る姉という構図が瞬く間に作成された。しかし、それを諌める者があった。
「それくらいで勘弁してやれ、我が主は貴重な令呪一画をそなたの道楽の為に差し出したのだ。結果、私も長政もそなたの酒道楽を阻む術がない…。それで良しとせよ」
その声の主は紫がかった艶やかな黒髪の長髪を深窓の姫君の如く下ろした真紅の双眸を持つ繊細そうな美貌の青年で紋付袴に身を包んでいる。彼だけはバーの隅に簡易的な茶室を勝手に設え茶を点てている。とても場に似合いそうにない風情だが、彼の姿と佇まいは何と言おうかとても様になっていた…。
一方、ランサーこと長政は彼に食って掛かる。
「義景殿っ!何をそのように諦観されておられるのですッ!?貴方は昔からそうだ!そのように初めから投げ遣りになられるから…」
「だが、現実に我らの対魔力では令呪には抗えぬ。ならば流れに沿う他あるまい?」
一方、“義景”と呼ばれた青年は嘆息を付きながら逆に諭す。

そう…彼らもまた戦争の参戦者達なのだ。黎宮塚(れいぐうづか)星羅(せいら)黎宮塚(れいぐうづか)刻羅(ときら)は双子の姉弟であり幼くして魔術師であった。そして、そんな彼らが使役するサーヴァントは、この日本国に置いて良くも悪くも一級品の知名度を誇る英雄達だ。

星羅が契約したサーヴァント・ランサー、真名『浅井備前守長政』。北近江を治めていた戦国大名『浅井家』の3代目にして最後の当主で若い頃から勇猛果敢で知られ不利な状況下において自ら槍を振るった武勇を持ち彼の織田信長の妹婿となって同盟を組みながら後に決裂し一時、信長を追い詰めてみせた事でも有名な武将だ。

一方、刻羅が契約したサーヴァント・アーチャー、真名『朝倉左衛門督義景』は越前国を治めていた当時の名門『朝倉家』の11代当主であり長政の『浅井家』とは長年の同盟関係であり共に信長包囲網の一角を担ったのだが、如何せん優柔不断な所が多々有り度々好機を逃した結果、信長に攻め滅ぼされた為に“暗君”の評価が定着している武将だが、内政統治はかなり優れていたらしく時代が違えば“名君”と称されたかも知れないと言われている人物である。


星羅はワインを一通り飲み終えると皆に向き直った。
「さて、そんな事より「そんな事よりとは何事かッ!?」うっさいわねえ。発情した猿じゃあるまいし、一々細かい上にしつこいのよ。良いから聞きなさい。これからの方針を伝えるわ。まずはこの冬木でふざけた真似をして回ってる変態吸血野郎共を一匹残らず駆逐するわ」
この言葉に先程まで不服を唱えていた長政も含め皆の顔が引き締まる。そして、星羅は言葉を続ける。
「狙われているのは、あたしや刻羅と同じ位の子供達ですってよ…連中はハイエナのように弱者の肉を食い漁っている。まあある意味自然の摂理とか言われたらそれまでなんでしょうけれど、あたしは―――――我慢ならないのよ…ッ!」
その水色の瞳は今や憤怒の炎が猛っている。
「皆には帰る場所がきっとある、あたしや刻羅にはもうないけど…連中に攫われた子達にはあるのよ。だからランサー、アーチャー、あんた達の主であるあたし黎宮塚星羅と黎宮塚刻羅が命じるわ。連中を肉片一つ残さずにfuckしなさい…!!」
すると、長政と義景は共にそれぞれの主君に跪き共に声を揃える。
「「承知致した!我らサーヴァントは貴方々姉弟の刃にして盾である。元より主命に従う所存!!」」
「うん…!僕もお姉ちゃんと同じ気持ちだよ。僕達みたいな子達が増えるのを黙って見ている事なんてできない」
刻羅も力強く肯く。
しかし―――次の星羅の言葉で一同はガックリと態勢を崩す事になる。
「でなきゃ―――いつまで経ったてあたし達が世界をfuckできやしないわ!!その邪魔者共を何としてでも倒すのよ!!」
「「「結局はそれかあああああああああああああああああッ!!?」」」
皆の想いはこの一語に集約された…。


何はともあれ、この冬木において幼き力が集結しつつあったのだった。



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