Fate/BattleRoyal
50部分:第四十五幕

第四十五幕


 バーサーカーを引き付ける為に敢えてアンシェル達と別れたガウェインは彼の凶獣と剣戟を交わしながら館内を文字通り縦横無尽に駆けていた。
(く…!バーサーカーを相手にここまで手こずるとは。お陰で随分とアンシェル様と離されてしまった…!一刻も早く打ち倒し主の元へ馳せ参じねば―――!)
太陽の騎士は心中を焦燥に駆られながらもそれを感じさせぬ一部の隙もない冴え渡る剣技を繰り出すが、一方のバーサーカーの双剣術も決して勝るとも劣らないばかりかガウェインの剣捌きを巧みに受け流してすらいる…!この事実にガウェインも背筋を凍らせずにはいられなかった。

だが、それ以上にガウェインはこのバーサーカーに対し驚嘆と畏怖以上に妙な既視感を感じていた。

このバーサーカーの剣捌きに卓越した技量…とても狂化されているとは思えない!寧ろこの私と互角どころか凌いでいるとすら思える…!!
だが、それ以上に何だ?この妙な感覚は…。私が僅かに圧されているのは、この者の技量が優れているだけではない。これは…私のクセを熟知している…!?
馬鹿な!何故初めて見えた敵が我が技の事細かなクセを知っていると言うのだ!そのような道理があるはずが―――ッ!?

だが、そこでガウェインは改めて自分と剣戟を交わし合う凶獣を凝視する。その上で思う。間違いなく自分にとって初対面の敵だ。少なくともガウェインの既知にこのような風体の者はいない。敵にも味方にも―――いや、本当にそうか?

確かに全身を覆う獣を模したような漆黒のフルプレートは見たことがない物だが、その中身を自分は未だに見てはいない。否、それ以前に姿形ではなくこの動きに、この鋭く冴え渡るような“双剣術”に
自分は本当に見覚えがないのか?

ガウェインは的確に剣を振るいながら自問自答をする。

嘗て円卓が創設される以前に王に仕え、湖の騎士に先んじて“最強”と謳われた騎士がこのような剣術を使ってはいなかったか?いや、確かに技の型は似通っているが、このバーサーカーの場合は若干の荒削りを感じる。それは狂化されているが故ではない、寧ろその逆だ。直向きに純粋な憧憬で以て追って、鍛え、練り上げてきた、凡そ狂気とは無縁の尊敬が感じられる剣だ。そして、その尊敬が誰に向けられたものであるかをガウェインは有り得ないと思う程に悟っていた。そうこのバーサーカーの真名ですら―――!

「…ッぅ!!」
ガウェインは今までどうにか取り繕っていた涼しい貌が初めて崩れるのを自身でもハッキリと感じていた、と同時に自身も剣捌きを更に鋭くしてバーサーカーの間合いに踏み込む。無謀では決してない。既に間合いは見切っている、否()()()()()
何故かなどと問うまでもない。自身は幾度もこのバーサーカー―――()と共に剣を交え研鑽を積んで来たのだから―――!!

「■■■■■■■■■ァッ!!」
一方、バーサーカーもまた知り抜いたガウェインの間合いに踏み込んで双剣を唸らせる。それをガウェインもまた受け、弾き、突く!バーサーカーは大きく後ろに仰け反り突きを躱すと背から漆黒の魔力を噴出させた勢いで上体を起き上がらせ神速の斬撃を前方のガウェインに浴びせる。ガウェインはそれを刃が届くスレスレのタイミングで躱しすかさず自らも斬撃を繰り出す。
だが、バーサーカーも然る者。その斬撃を片方の剣で防ぎ切り、もう片方の剣をガウェインに浴びせその首筋の頚動脈を薙いだ―――かに見えたが、剣で薙いだはずの首筋には出血は愚かかすり傷一つも付いてはいなかった!
「■■■■…ッ!?」
これには流石のバーサーカーも狼狽の色を隠せず兜越しに呻くような唸り声が轟く。一方のガウェインも得意げな顔一つせずそれどころか普段の悠然とした佇まいからは考えられない程の余裕がまるでない苛立ちが在りありと顕れた顔で剣を振るいバーサーカー(嘗ての盟友)に言う。
「我が“緑の騎士の加護”を忘れたか?朋友(とも)よ…!何故だ…何故ですかッ!!」
ここに普段における彼の完璧な騎士としての立ち振る舞いを知っているカルナと道三がいれば、その激昂振りに驚愕の念を抱いただろう。それ程までに今の太陽の騎士は己を見失っていた。だが、それでも尚その剣技の冴えがまるで鈍らないのは流石と言えた。
バーサーカーが一瞬怯んだ隙を太陽の騎士は見逃さずに踏み込み太陽の聖剣を一閃させる!同時に一刻も経たず気を取り直したバーサーカーも魔力放出による加速で後方へ退避する。
だが、ほんの一瞬と言えど隙を赦した代償は避けられなかったのか、獣を模したようなフルフェイスの兜に一直線の亀裂がしっかりと入っていた…!
「何故…貴公とも在ろう人が狂戦士などに…!それとも悪鬼に身を堕とす程に我らが…貴公の兄を追放した王が赦せぬというのか…ッ!?」
ガウェインは苦悩と怒りが入り混じった声を歯軋りと共に迸らせる。そして、それが切っ掛けだったかのようにバーサーカーの面貌を覆っていたフルフェイスの兜が一直線に入った亀裂から真っ二つに割れ、そこから荒々しい金髪のセミショートに狂気一色に染まった青紫の双眸をもった青年の面貌が露わになる。顔立ちは端正といっていい面影があるが、今は狂気と憤怒によって醜く歪みきっている印象を受ける。
その無残に変わり果てた面貌を半ば悲嘆の色が混じった眼で見据えてガウェインは彼の狂戦士(ほうゆう)真名()を呼ぶ。
「…サー・ベイランよ…ッ!」





「『運命魔剣・天魔破滅(バルムンク・グラム)』―――ッ!!!」
ジークフリートの最強宝具が織り成す黄昏の光が天から振り下ろされるが如くアガメムノンやその麾下の大艦隊と勇士達を焼き滅ぼさんとする中で当の暴王は避ける素振りどころか意にも介さぬと言わんばかりに悠然と船上の玉座に座したままだった。だが、やがてその口から獰猛な声が囁く。
「…アイアス」
すると、その前方に漆黒の短髪にグレーの瞳をした小柄な兵士が立ち塞がり装備していた牛皮を七枚重ねた青銅の大盾をかざした。それを見て表情を変えたのはエミヤだ。
「あ、あれは!!」
「エミヤさん?」
フランが怪訝な顔で問うようにエミヤを見るが、その答えはすぐに分かった。
かざされた大盾はみるみる巨大な物となりアガメムノンの大艦隊全てを瞬く間に覆ってしまった!それのみならず大盾は七枚の花弁のような形に変化し迫り来る黄昏の光を回転しながら受け止めたのだ…!
「ぐぅぬ…!?」
ジークフリートは構わず盾ごと両断しようと試みるが、如何せん大盾は彼の予想を遥かに越えて頑強且つ堅牢であった…。
結局、対城魔剣の光は艦隊は愚か大盾を潰えさせる事すらできずに消えていった。
「なんと…!?対城宝具すら寄せ付けぬとは…!」
ヘラクレスは巌の如き顔に幾筋も冷や汗を流す。
「恐らくアレこそが正しくトロイアの大英雄ヘクトールの投槍を唯一防いだとされる堅牢の大盾『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』…!亡霊と言えども流石は腐ってもオリジナルという事か。贋作とは比べ物にもならないな」
エミヤは自嘲交じりに苦笑を浮かべる。
だが、事態はそれだけでは当然終わらない。アガメムノンの上半身を彩る黄金の装飾品の一つである黄金の鎖が幾重にも増えて伸びその鋭利な先端をニコラウスの騎乗宝具である『聖者奔る九馴鹿(レッドノーズ・ルドルフス)』に突き刺し動きを拘束した!
「ぬぅっ!?」
ニコラウスは蒼白な顔で呻く。
「ふん、あ奴め。早々に本丸へ切り込みおったか」
信長は剣呑な声音で吐き捨てる。
「うむ…。まあ常道と言えば常道よ。戦とは勢いが肝心。口惜しいが向こうに機先を制されたのう…」
道三もいつになく重苦しい声で肯く。だが、事態は彼らが思っていた以上に深刻だった―――!
ニコラウスが突如血相を変えて叫んだ。
「皆!早くソリから降りるのじゃ!!」
「はっ!?あ、あんたいきなり何言ってんだ!?」
マックは素っ頓狂な声で至極当然の返答をする。皆もほぼ同意見だったが、カルナが始めにその答えに気づいた。
「なるほど…。マスター、それに貴公らもご老体の提言通りにした方がいい」
「なっ!?何を言う!施しの英雄、お前までこいつのように頭に雲がかかったか!?」
アルベールは思わず道三を指差しながら詰問する。
「ふん、つくずく無礼な餓鬼じゃのう…」
道三は少し不貞腐れたように呟く。
「いいから言う通りにした方がいい。でなければ―――」
そうカルナが言い終わる前に皆も漸く異変に気づいた、そう今更ながらに。
「あれ?なんかソリが狭くなってない?」
切っ掛けはイリヤの何気ない一言だった。これにより皆の視野が今まで気に留めてもいなかった自分達が乗っているソリの全容に行き届き、そのスペースの間隔が徐々にそれでも確実に狭まっているのを確認した。
「「なっ、なっ、なっ、何がどうなってんの!?」」
凛と星羅が眼を剥いて同時に叫ぶ。
「サンタさん、これって…?」
コトネが問うような眼を向けるとニコラウスは信じ難い事を口走った。
「宝具が…儂のコントロール下を離れた…!」
『っ!!?』
全員が絶句する声が漏れる。そうそれは絶対に有り得ざる事だ。宝具とはその英雄の半身にも等しい武具だ。それが所有者の意思に反して矛先をその所有者に向けるなどと…!
だが、その疑問は不愉快極まりない哄笑が得意気に教えてくれた。
「アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ!!いいザマよな、このマヌケ共がぁッ!!よう見知りおけい。これもまた王たる者の権勢が一つ…『強欲王の王権(クリュタイムネストラ)』!この鎖は(おれ)が欲する物を強奪しその所有権をこの(おれ)に上書きするのよ!これで貴様らの本陣は我が手に陥落(おち)たわっ!!」
全員の背筋が一気に凍り付いた。今やソリは敵の籠の中も同然となったからだ。
「ククククク…ッ!このまま海原に叩き落としてじっくりと嬲り殺しにしてくれようッ!!」
アガメムノンはそんな彼らの心情を知ってか知らずか舌なめずりをして嬲るような眼光を浴びせる。
「ちっ!誰がッ!!」
ナヒが毒づきエミヤも膝を付きながらも肯く。
「ああ、だな…冗談ではない!―――投影、開始(トレース、オン)
疲弊した身体に鞭を打ち一隻の大船を投影する。
「皆、乗り移れ!」
エミヤが叫ぶや否やサーヴァント達はマスターを連れてソリから大船に乗り込む。
やがて、大船はそのまま海原に落下しサーヴァント達はマスターを衝撃から守る。
「はあ、はあ、全員息をしているか?」
エミヤは息を切らしながら確認する。
「応…マスターも含めてどうにかな」
孫策は愛歌を抱き抱えながら頷く。
「右に同じくだ…」
その隣ではナヒも同様に凛を抱き抱えて息を付く。他の皆も大凡同様だ。
「俺達は別に問題はない。元々が傭兵だからな。この程度の事は経験済みだ」
対してアルベールと伯斗は悠然と立っている。
「それよりクライアント。あんたは無事か?」
アルベールの問いにアンシェルはいつもの優雅且つ悠然とした笑みを浮かべ且つ身体を浮遊させながら答える。
「ああ、私も心配はいらないよ」
それをジークフリートに抱き抱えられていたエイダは静かな驚歎を湛えた瞳で見る。
(飛行魔術ッ!?それも礼装を一切使わずに…!!本当に彼は一体―――)
「お、俺もどうにか…」
和樹は膝を突きながらも身を起こす。
「は、はえ、ほえ…ッ!」
一方でマックは高所から大海原に突っ込んだショックで半ば伸びていた…。
「相も変わらず締まりませんね、マスター…」
メドゥーサの辛辣な突っ込みが虚しく響く。
「エミヤさん、もしかして敵の船を投影したんですか?」
フランの問いにエミヤは苦笑を浮かべて肯く。
「ああ、と言っても殆どこれは形だけを整えた見よう見真似だがね…。船自体の戦闘力は期待しないでくれ」

「ほう?王の艦隊宝具を投影するとは…随分と面妖なサーヴァントもいたものですな」
胤王は興味深そうに大船を投影したエミヤを見る。
「だろ。一見すりゃサーヴァントとしての格は三流だが、質は悪かねえどころかおもしれえ。中々に戦い甲斐があるぜ」
鷹山はサングラス越しに双眸を戦意で滾らせる。
一方、アガメムノンは自分の所有物を勝手に投影された事が面白くないのか不機嫌に鼻を鳴らす。
「ふん!(おれ)の所有物を(おれ)に断りもなく模造するか…ッ!匹夫風情が身に余る大罪よなぁ…ッ!」
そして、遂に強欲王は玉座からその重い腰を上げた。
「む?珍しいですな。よもやこの序盤で御自らがご出陣とは…」
胤王が興味深げな声を出すとアガメムノンは貪欲な紫眼に嗜虐の光を宿して言い放つ。
「なに幾星霜振りの戦だ。体慣らしも兼ねて羽目を外すも一興と思っただけよ」
「じゃ、まあ…俺も行くとすっかあ」
鷹山も伸びをして身体を起こす。
「ん?サーヴァントも無しで英霊同士の戦に乱入する気か」
アガメムノンが怪訝な声で問うと鷹山は舌なめずりをして即答する。
「たり前だろうがよ…!こんな大戦が目の前でおっぱじまってんのに手を拱いて見てるなんて法はねえからな…!!」
「やれやれ…何れも血の気が多い方々よ」
胤王が苦笑して呟くとアガメムノンは「そなたがいう事か?」と鼻を鳴らすと自らが従えるトロイアの英傑達に命じる。
「者共…待たせたな。さあ、幾星霜振りの敵だ。我らが打ち破り、略奪し、蹂躙し、陵辱すべき、王の中の王たる(おれ)に歯向かう愚者共だ。遠慮も慈悲もいらぬ。大義さえも…。今も昔も(おれ)が命じる事は唯一つの事だ…喰らえ、全てをッ!!!」
その号令にトロイアの全将兵の咆哮が轟く。だが、それは…。

「…無念に忍び泣いとるようにしか聞こえぬわい」
道三が何時になく憐憫に満ちた声で吐き捨て、得意気な顔で艦隊に檄を飛ばしているアガメムノンを白い目で凝視する。
「儂とてさんざ他者が唾棄するような事を平然とやってのけた口じゃが…アレは更に輪をかけて“別格”じゃて…」
「まったくよ…」
道三に同意したのは信長だ。その声には苦々しさが在りありと表れていた。
「うむ…。それを考えるとあの勇士達が哀れでならん。本来ならば雲長や益徳と遜色のない誇り高き武人であったろうに…」
劉備の声は一層憐憫に満ちたものだった。
「…ふん、あ奴を見てると董仲穎を思い出す。我が言うのもなんだが、アレもあ奴同様好き放題をしておった…!」
呂布は生前の忌々しさを思い出し今にも唾棄せんばかりの形相となる。
「…私語はそろそろ謹んだ方がいい。来るぞ」
カルナが警告し長政や義景もそれに続く。
「左様ですぞ、義兄上。敵は今や目と鼻の先です」
「ああ、しかも完全にあちらの土俵に引きずり出された…!より厳しい戦となるぞ」
義景の言葉通り1000隻もの軍船がエミヤが投影した大船の退路を塞いで包囲していく…!
「お、お姉ちゃん、どんどん集まって来るよっ!(ボコンッ!)ふぎゃッ!?」
刻羅は戦々恐々とした面持ちで狼狽えるが、途端に星羅の拳骨がその頭上を穿った。
「シャッキとしなさい!!ここはもう戦場なのよ!敵が向かってくるのは当然でしょうが!!」
と、檄を飛ばすも彼女自身も不安気な顔をしている。
「お、お兄ちゃん…」
愛歌は相も変わらず兄の背に縋っている。
「だ、大丈夫。ここには劉備おじさん達がいるんだから…!」
正哉は自分も内心では恐怖で一杯だったが、妹を不安がらせない為、強がりを言う。そして眼をしっかりと見開いて前方の艦隊を睨む。
「へ、ヘラクレス…」
イリヤも不安気にヘラクレスを見る。
「案ずる事はない、イリヤ。君には指一本触れさせはせぬし。私も絶対に負けぬ」
ヘラクレスは安心させるように宥めるが、戦況ははっきり言って芳しいとは言い難かった。
「とは言え…この数の差と地の利は余りに大きい」
ジークフリートは冷静に分析しカルナも肯く。
「ああ、その上で兵の質も並ばれたな「その通りよ」噂をすればか」
カルナは声が発せられた上空を見る。そこには黄金の鎖で強奪したニコラウスのソリに騎乗するアガメムノンとトロイア戦争の英傑達が今にも攻め込む体勢で眼下の大船に乗るエミヤ達を睥睨していた。
「さて、スーリヤの御子と六天魔王にヘラクレスは(おれ)が殺る。オデュッセウス、アイアス、貴様らは(おれ)のサポートだ、しっかり務めを果たすがいい。それと悪童(クソガキ)。貴様はジークフリートの相手をしろ。お互いに弱点は明々白日なのだ。ハンデがなくて丁度良かろう?以下の者共は思い思いに暴れろ」
暴王の命に先程ジークフリートの魔剣を防いだ大盾を装備した兵士と老齢とは思えない大柄な体格をした老戦士が大弓彼の前方に立ち、共にカルナ、信長、ヘラクレスに意識を集中させる。そして、緑に近い逆立った金髪に金色の双眸をした美丈夫が槍と剣を手にジークフリートを睨む。その他の英傑達も臨戦状態を整えている。
おまけに来るのは上空からばかりではない、四方八方を取り囲んだ大艦隊から夥しい数の兵達が弓に槍と剣を向け殺気を飛ばしている。
「あるえー?これってかなり絶望的って奴じゃないですかー?」
マックは白目を剥けたままピクピクと痙攣し棒読みの台詞を吐く。
「…マスター、いい加減に現実を直視しましょうね」
メドゥーサはマスターに容赦のない突っ込みを叩き付け自らは鎖付きのナイフを手に迎撃の用意をする。

そして、とうとう戦端が開かれる…!
「者共…喰らい尽くせッ!!!」
アガメムノンが号令を発すると勇士達と共にソリから飛び降り背から無数に轟く黄金の鎖を蛇の如く操りカルナ、信長、ヘラクレスに投擲する!無論彼らもそれを己の得物で弾き飛ばす。だが、それだけでは無論終わらず弾かれた黄金の鎖は軌道を変則的に変えカルナの黄金の鎧とヘラクレスの肉体に先端を突き刺した!
「…ッ!?」
「ぐぬぅ!?」
カルナとヘラクレスは共に驚きを隠せぬように呻く。さもありなん、彼らは共に不死身と名高い大英雄だ。彼らの鎧と肉体に傷を付けられる武具なぞそうそうありはしない!
「ククククククゥ…ッ!貴様らの太陽の鎧と不死身の肉体は厄介極まりないのでな。奪えこそはせんが、その機能を一時的に停止させてもらったぞッ!!これで貴様らは丸裸も同然だぁッ!!アイアス!オデュッセウス!」
アイアスは投槍でカルナの心臓を狙い、オデュッセウスは矢をヘラクレスの喉元へと放った!
「俺を忘れておるぞ」
だが、信長が魔力放出による龍の焔を放ち投槍と矢を焼き尽くしアイアスとオデュッセウス、そしてアガメムノンへと迫る。だが、寸前でアイアスの大盾に阻まれる!
一方、カルナは自らの鎧を無効化させられた事に感嘆の言葉を漏らした。
「なるほど。確かにこれは盲点だった。だが―――」
カルナは自らの鎧に刺さった黄金の鎖を魔力放出による炎で焼き尽くした。これにはアガメムノンは愚か友軍のサーヴァント達ですらギョッと呻いた。しかし当の施しの英雄は涼し気な相貌で悠然とのたまう。
「対処の仕様がないという程でもない」
そして、ヘラクレスも自身の肉体に突き刺さった鎖を力尽くで抜き去った。傷は既に機能を回復した『十二の試練(ゴッドハンド)』で治癒されている。だが、アガメムノンもまた傲岸な余裕を崩さない。
「ふん!(おれ)とてその程度の事は想定の範囲内だ。寧ろこれで終わっては折角の宴が興醒めよ。精々もっと(おれ)を愉しませるがよい…!!」
そう言うやいなや黄金の鎖は更にその数を増やしアガメムノン自身も黄金の剛剣を手にする。
そして、次の瞬間に信じ難い事が起こった!

ブシュッ!ザシュッ!

「「「…ッ!!?」」」
カルナ、ヘラクレス、信長は殆ど同時に絶句し目を剥いた。だが、無理もない。アガメムノンの剣がアイアスの胴を裂き、オデュッセウスの首を撥ねていたのだから…!!
「うわっはははははははははははははははははははッ!!」
一方、アガメムノンは傲岸且つ嗜虐な哄笑を上げ同胞の鮮血で染まった黄金の剛剣を天に掲げている。やがて剣の刀身から血が滴り落ち暴王の足元に巨大な血溜まりを作っていく。そして、その血溜まりの中から黄金に輝く長槍(スピア)弩砲(バリスタ)が顕れた…!
「…対神兵装か」
カルナは血溜まりの中から出て来た武具を一見して悟った。
「だが、これは一体…!?」
ヘラクレスの疑問にアガメムノンは得意気に嘲笑しながら同胞を切り捨てた黄金の剛剣を天にかざしたまま答える。
「全ては我が宝刀『強欲なるは天上の王(アガメムノーン)』の力よ!!これは(おれ)の愛玩物を破壊(さつがい)する事で新たな宝物を手にする事ができる権能!正に(おれ)の王としての権勢の総算たる宝具なのだッ!!」
「愛玩物だと?それにしてはぞんざいな扱いよな…!」
信長の声に静かな怒気が宿っているが、アガメムノンは意にも介さない。
「ふん。愛玩物とは言え所詮は玩具…即ち(おれ)の所有物よ。愛でようが、飽きて壊し他の玩具に乗り換えようが(おれ)の勝手であろう?」
「だが、彼のイタカの賢王にトロイア最強の守護者と引き換えとは…。如何に半神である我らへの対抗手段を得る為とは言え随分と分の悪い買い物をしたものだな」
カルナが冷淡に指摘するが、それを強欲の暴王は哄笑で以て返答した。
「貴様、何がおかしい?」
ヘラクレスが解せないという声で詰問するのに対しアガメムノンは一層に嬲るような視線と嘲るような面貌を向ける。
「何がおかしいかだと?ククッ!それはな…貴様らの阿呆さ加減によッ!!!」
嘲笑するアガメムノンの眼前に空間転移で二つの棺桶が召喚され蓋が解放されたと同時に凄まじい魔力の渦が“中身”を包み込んだ!そうして余波の煙が立った棺桶からは先刻暴王に切り捨てられたはずのアイアスとオデュッセウスが何事もなかったかのように出てきた…!!
これには三人のみならず全員が絶句した。だが、アガメムノンはそんな彼らを一層馬鹿にするように嘲る。
「ククク…ッ!何を面食らった面貌をしておる?(おれ)の軍勢はあくまで亡霊を降霊させる物と言ったはず…肉体なぞ所詮はスペアボディに過ぎぬ。つまりは憑依させる肉体を複数用意すれば替えは幾らでも利く」
そう平然と豪語する暴王の足元には先程切り捨てたアイアスとオデュッセウス…否、既に力を失い元の銀髪赤眼の中性的なホムンクルス達の骸が血溜まりの中で塵芥の如く打ち捨てられていた…。その光景を見ていたイリヤは青褪め眼には涙を浮かべている。それをエイダは手で優しく彼女の目元を覆い抱き寄せた。
「イリヤちゃん、あなたは見ては駄目…」
その合理的ながら悪辣極まる手段に全員が滾る物を抱いた…!
「決めたぞ…。希臘の強欲王」
信長は聞いた者を底冷えさせるような冷たい声を出す。それを聞いた長政は畏怖する。これは義兄が心底から激怒している証だ…!
それを裏付けるように信長の体から青白い焔が天にも届く程の出力を以て噴出する!
「貴様は俺がこの手で討ち滅ぼす。首を取ろうとは思わぬ…否!貴様は肉片や骨一つは愚か魂魄たりとてこの世に残そうとは思わん!!一切合切“無”となりて冥土に舞い戻るがいい!!!」
信長の咆哮が轟く隣でカルナは相も変わらず涼し気な顔をしているが、その口から出た声音はいつもに増して冷淡だった。
「ミュケナイの暴王、貴様の王道…それはそれで適切であり合理性に適ったものなのだろう。情に寄り過ぎて国を滅ぼしせしめた王の例は枚挙にいとまない。が、貴様の場合は多分に行き過ぎてしまったが故の…。それにまるで気が付かなかったが故の終幕と生前の末後に学ばなかったか?ならば今世でもそれに気付かず疾く消え去るがいい」
宣告すると共に神槍の切っ先を暴王に向ける。
そして、ヘラクレスもまた怒り狂っていた。
「イリヤを悲しませた罪…最早容赦せぬッ!!」
叫ぶやいなや、重戦車の如き巨躯を疾駆させる!

ジークフリートは槍と剣を装備した美丈夫と目にも止まらぬ速さで刃を交わしていた。
ジークフリートは驚嘆以上に愕然としていた。ここまで何合か打ち合って傷を唯の一つも付けられていないのだ!これは単に美丈夫の技量が優れているだけではない。決定的に何かが届かないのだ。竜殺しの刃は美丈夫の身体にまるで傷を残せない。まるで霞でも斬っているのではないかと錯覚してしまう。とは言え、美丈夫の剣や槍もまた竜殺しの鎧に傷一つ付けられてはいないのだが…。

速度においては俺どころか此処にいる全サーヴァントを含めても比べ物にはならないだろう。加えてこの技量に傷一つ付けられぬ肉体…何より強欲王の言動から考慮してもこの者がトロイア最強の勇士にして不死身と名高い『駿足のアキレウス』に相違あるまい…!ならば―――。

ジークフリートは“踵”へと狙いを集中させる。だが、そんな事はアキレウスも承知の上なのだろう。伝承に違わぬ駿足で以て竜殺しの魔剣を消えるように避ける。そして、その速度のままジークフリートの背後に廻り自らも彼の明白な急所へと槍を突き出す―――!

ガキンッ!

だが、それは盾のような形を取った清水に阻まれた。瞬時にジークフリートは振り向きざまに剣を振り上げる!アキレウスも同じく剣で受け鍔迫り合う!
「甘いわね。これ程致命的な弱点に対して何の対策も講じていないとでも?」
エイダは魔術を発動させた手をかざしながら仁王立ちする。
「ふん!なかなかに用意がいいではないか「他所見をしておる場合か?」っ!?」
アガメムノンは見下すような視線をエイダに向ける中でいつの間にか魔力放出で肉薄していた信長が国友筒を眉間に向けるている事に気付くと同時に轟音が轟く。

ズドンッ!!


しかし青白い焔を纏い大砲クラスの威力を持った弾は幾重にも絡まりある種の盾を形成した黄金の鎖『強欲王の王権(クリュタイムネストラ)』に塞き止められた。
「チッ!随分と精密な反応と動きよな。強ち無駄に煌びやかなだけではなさそうだ」
信長が吐き捨てるとアガメムノンは九死に一生を得た後にも拘らず冷や汗一つかかずに傲岸な笑みを浮かべてみせた。
だが、そんな暴王に対して今度はカルナが不意をついて巨大な神槍を振り上げて来る!それは彼の絶大な膂力が合わさった紛れもない必殺の斬撃だった…が、それをアガメムノンは片手で握った黄金の剛剣『強欲なるは天上の王(アガメムノーン)』で受け止めてみせた。
「ふん、貴様にしてはセコイ手を打ったな、施しの英雄」
「貴様が言える事でもあるまい」
アガメムノンの嘲りをカルナは辛辣に応酬する。
「おいおい…あの黄金野郎と六天魔王を相手にほぼ互角って…あの野郎そんなに武勇に長けた英雄だったか…!?」
孫策が自らも銀髪の兵と刃を交えている中で絶句していると代わりに答えたのはアンシェルだった。
「ふむ…。どうやらこの固有空間において彼は絶大な戦闘ボーナスが付与されるようだな。全パラメーターが桁違いに上昇している…」
アンシェルはマスターとしての目でアガメムノンを視認し冷静に分析した事を述べる。
それでもヘラクレスは戦意を失わない。この程度で膝をついて何故大英雄足りえようか?
「だが…退く訳にはいかぬッ!!「ところが、どっこい!ってな」!?」
しかし、ヘラクレスも他の英霊達もアガメムノンとその勇士達との戦いに気を取られ失念していた。英雄(サーヴァント)以外にも“怪物”がいた事を…!!
迅鷹山はサーヴァント同士の乱戦状態になったのを見計らい自らも敵陣たる大船に降り立ちイリヤ目掛けて疾駆した!
「しまっ…!」
ここに来てヘラクレスは己が悪手を踏んだ事を理解した。自らやカルナ、信長はアガメムノンにアイアス、オデュッセウスに、ジークフリートは彼のアキレウスに掛かりっきりだ。その上、他の友軍のサーヴァント達も亡霊ながら紛いもなく一騎当千に値する英傑達を相手に手が離せない。
それを知ってか知らずか鷹山はイリヤ目掛けて手刀を繰り出す。
「え?」
イリヤはわけが分からないという顔で呆然とする。だが、そうしている間にも手刀は迫って…!
「「イリヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!!」」
ヘラクレスとエミヤが咆哮に近い絶叫を迸らせるが、ヘラクレスはアガメムノンらに阻まれて駆け付ける事ができない。エミヤに至っては鷹山との戦闘におけるダメージが思いの外深刻だった所へ大船の投影と、実体化していること自体が奇跡という有様で身体が思うように動かない!
「「イリヤ!」」
唯一駆けつけたのは凛とマックで凛はイリヤを抱き締めマックはその盾にならんと両手を掲げて彼女達の前方に立ちはだかる。
「ッ!マスター!!」
メドゥーサは鎖付きナイフとアクロバティックな体術で乗り込もうとする兵を駆逐していたが、マスターの危機を察しても駆け付けるには時間が圧倒的に足りなかった。
「チッ!邪魔くせえんだよおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
鷹山は構わず手刀をそのままマックに突き出そうとするが…!

ガンッ!

「!?」
膜のような清水が防壁となって鷹山の手刀を阻んでいた。彼は一瞬怪訝な顔になるが、その理由をすぐに悟った。エイダがイリヤと凛を後ろから抱き抱えながら片手で防壁を張っていたのだ…!
「やらせませんよ」
エイダは毅然とした瞳で鷹山を睨み据える。
それに対し鷹山も獰猛な双眸をサングラス越しに浴びせる。
「おい、悪いんだが邪魔はなしにしてくれねえか?元々俺の仕事はそのアインツベルンのメスガキの始末なんでな。一度受けたオーダーを達成させなきゃ殺し屋としての信用に関わんだよ。死にたくなかったら、そのメスガキを渡しな?」
凄まじい殺気を防壁越しに浴びせるが、それを受けて尚、マックは首を縦には振らない。
「ざっけんな!子供を殺すなんて公言してるクソ野郎にむざむざ渡すくらいなら警官なんぞやってねえんだよ!!」
「無理はすんなよ。足が震えてんぜ?」
鷹山の指摘通り今やマックの足はガクガクと振動しており今にも崩れ落ちてしまうのではないかと思われた。
「それでもな…人間やる時にゃあやらなきゃなんねえ時があんだよ…!!」
マックは掠れる声で豪語する。
「マック…」
「マスター…」
それを聞いたイリヤやメドゥーサは感嘆した声を出す。それだけではない。ヘラクレスやカルナにジークフリートなどのサーヴァント達も賞賛と敬意に満ちた眼で彼を見る。だが、それに対して鷹山は哄笑で以て答えた。
「へっ…別に良いけどよ。弱い奴の背伸びだって笑いたきゃ笑え…!」
マックは自棄糞だという声で吐き捨てるが、鷹山は首を横に振る。
「いやいや、とんでもねえ。確かにそりゃ否定はしねえが、それでも俺は割と好きだぜ、そういう馬鹿はな…」
その時、鷹山は不意に一瞬だけ今まで見たこともない悲しげな顔を見せた。だが、それは本当に文字通り一瞬で掻き消えすぐに獰猛な笑みにすり替わる。
「そういや馬鹿と言えば、アインツベルンのメスガキ?お前も大概に馬鹿だな。せっかく助かった命だ。俺の挑発なんざ無視してサーヴァントを自害させ戦いから大人しく降りてりゃ安穏な未来が約束されてたかもなのに…馬鹿正直にここまで追いかけてくるたあな」
すると、イリヤは怯えながらも勇気を振り絞って叫ぶ。
「…切嗣やお母さまは…絶対に殺させないもん!!」
それに対し鷹山は嘆息をついて頬をポリポリと掻きながら次の瞬間イリヤは愚か全員が耳を疑う発言をした。
「殺させねえってもな。テメエの親父はテメエのお袋を殺す気でいるんだが?」
「え…?」
イリヤは一瞬何を言われたか分からないと目を呆然と見開き呆けた声を出す。その隣で凛が絶句している。
「な、なんだと…ッ!?」
ヘラクレスは巌のような相貌を愕然と強ばらせマックやメドゥーサも言葉もなく口をパクパクさせている。一方でエミヤは…。
「…やはり、そうか」
「え、エミヤさん、何を言って…」
フランがエミヤの発言を聞き咎めるが、鷹山は構わず続ける。
「訳分かんねえって顔をしてるが、お前のお袋は今回の戦争における小聖杯って奴だろう?なら最終的に人格・人としての形が残る道理はねえ。ぶっちゃけ使い捨ての運命って奴だな」
「う、嘘だもんッ!!切嗣は絶対にそんな事しないもん!!」
イリヤは無論即座に否定するが、鷹山は鼻で笑う。
「へっ!どうだかな。そいつのこれまでの経歴を見る限りテメエの親父も俺に負けず劣らずの冷酷野郎だからな。まして今回は万能の願望機って奴が懸かった戦いだ。そりゃ女房の一つや二つ贄にしたってお釣りが来る買い物だわな」
「貴様…ッ!!いい加減に出鱈目を…「いや」!?」
ヘラクレスが憤激する中でエミヤは冷静に鷹山の言葉を肯定した。
「確かに…『衛宮切嗣』ならそう計算し実行するだろうな」
その言葉にイリヤは呻き声を出して涙ぐむ。
「アーチャー、貴様…!!」
ヘラクレスは怒気をエミヤに向けるが、エミヤは嘆息を付きながらも落ち着いた声で言う。
「客観的な事実を言ったまでだ。それよりも他所見をしている場合ではないだろう」
エミヤの言葉にヘラクレスもハッと我に返り再度アガメムノンに集中する。
「ああ、確かに今は討論した所で詮無いことだろう。アカイアが雷神の御子よ」
カルナも淡白な声で諌め神槍を油断なくアガメムノンらに向ける。
「まあ、つうーわけでお前がしようとしてる事は言ってみりゃ両親にしてみれば有難迷惑って奴だ。だから、ここで死んでくれねえ?」
鷹山は容赦ない言葉でイリヤを切り付けながらニカッと笑う。それに対し凛は呆然としているイリヤを守るように抱き締めキッと幼くも気高い双眸で睨む。そして、エイダも防壁を張り続けながら言う。
「舐められたものね。そのような戯言をのたまって私達が“はい、そうですか”などと言うと思って?」
すると、コトネを始めとした子供達もイリヤや凛を守るように円陣を組む。
「おうおう、こりゃ中々どうして泣かせる展開じゃねえか、メスガキ。けどな…舐めてんのはそっちも同じだぜ。この俺をこんなちゃっちな防壁で阻めると思ってんのかッ!!」
そう咆哮すると魔力を右拳に集中させたかと思うとそれを防壁の中心点にぶち込んだ!その瞬間何かが弾けるような音がしたかと思うと同時に清水の防壁もまた弾けて霧散霧消してしまった。エイダの絶句する声が響くもその間に凶器に等しい魔拳がマックの心臓目掛けて振り下ろされる!!
マックの眼が見開く。イリヤは何かを叫ぼうとする。メドゥーサは今までに見たことがない形相でマスターに向かって疾駆する。だが、全てが間に合わない。それよりも鷹山の凶拳の方が遥かに速いのだから…!
鷹山は拳を振るいながらマックに言う。
「あばよ、馬鹿野郎。あくまで邪魔するならまずはテメエから死ね。ただまあ、さっき言った言葉は強ち嘘でもねえぜ…じゃな」
それがマックが生涯で最後に聞いた言葉となった…。



はずであった。

ブシュゥゥゥッ!!!

「!!?」
『…っ!?』
鷹山が呻く声と全員の驚愕した声が同時に響く。マックの足元には血溜まりができている。だが、それはマックの血ではない。それは彼の心臓を穿とうとした鷹山の凶拳が腕ごと切り落とされた結果、その切断面から飛び出た鮮血だ…!!
鷹山は重傷を負ったにも拘らず顔色一つ変えずに呟く。
「誰だ…ッ!?」
だが、そんな問いに答えるより早く異変は既に明確な形で起きていた。船上で雪風が巻き起こり、その雪風は補足できぬ程の速さでトロイアの英傑達を始めとしたトロイアスの将兵達に肉薄したかと思うと刹那とも言うべき時で全てを切り捨ててしまったのだ!最早残っているのはアイアスにオデュッセウスとジークフリートと交戦しているアキレウスのみ…!
「なっ!?」
無論一番に衝撃を受けているのはアガメムノンだろう。亡霊とは言え本物のサーヴァントに勝るとも劣らない再現度と戦闘能力を持った手駒が瞬殺されてしまったのだから…!
雪風はやがて収まったが、その中から白銀の甲冑に鯰尾兜に身を包んだ真っ直ぐな黒髪を靡かせた麗人が立っていた。
「な、なんだ、貴様は…ッ!?」
アガメムノンは苛立ちが籠った声音で唸る。それに対し麗人は悠然と名乗りを上げる。
「我は毘沙門天が権現にして越後国主…上杉不識庵謙信。此度はセイバーのクラスで以て転生した」
「あの生涯無敗の『越後の龍』が…!?」
長政は驚嘆の声を出す。
「これはまた…とんでもない化け物が出張って来たものよ」
義景は引き攣った顔で呟く。
「貴公の醜悪極まりない戦振りに加え、そこな匹夫の所業見るに耐えず…。引導を渡しに参った」
「ふん、ほざけ!先程は確かに虚は突かれたが、全ては無駄―――ッ!!幾らスペアボディがやられようが、何度でも替えを引っ張ってくるまでよ!!」
その言葉通り数個の棺桶がアガメムノンの前に招来され蓋が開く。だが、それだけだ。棺桶の中では虚ろな眼をしたホムンクルス達が佇むだけでトロイアの勇士達が憑依する様子はまるでない。
「なっ!?馬鹿な…何故戻って来ぬか!?」
アガメムノンの声にとうとう余裕が無くなる。
「貴公の軍勢宝具はあくまで亡霊クラスの魂を降霊する物であろう。であるならば、我が法術のスキルで浄化すれば事足りる。浄化された亡霊の魂をもう一度使役するには今一度貴公自らが呼び寄せねばなるまいが、それ程の魔力は最早残ってはいまい」
「…ッ!!!」
アガメムノンは図星を突かれ屈辱に言葉もなく歯軋りする。
「舐めるでないわ…!!こちらにはまだアイアスにオデュッセウス、それにアキレウスがおるのだ!!貴様の如き島国の小領主なぞ…(ブシュッ!!)なっ!?」
「イタカの賢王は獲った。これで残るはアイアスとアキレウスのみ…!」
アガメムノンが眼にしたのは、信長が魔焔を纏った愛刀でオデュッセウスの心の蔵を貫く姿だった…!
だが、アガメムノンはすぐに気を取り直す。謙信の法術でやられた訳ではないなら復活は可能なはずだと…だが。
「な、何故だ!?何故オデュッセウスも復活せぬぅ!!?」
そう呼び寄せたホムンクルスに再びオデュッセウスを憑依させようとするのだが、ホムンクルスに変わった様子は一切見受けられなかった。それを信長は得意気に笑う。
「我が魔焔は冥土の残り火。霊核を穿ち魂魄其の物を燃やし尽くすなど造作もない事よ」
「ッ!?」
強欲の暴王は今度こそ絶句する。更に止めとばかりに謙信もダメ押しをする。
「これで詰みだ。諦めよ。逃がしはせぬ」
だが、アガメムノンは脂汗を掻きながらもニンマリと笑う。
「馬鹿め…!オデュッセウス如きが倒された所で痛くも痒くもないわ!アイアス!!」
その掛け声と共にアイアスがアガメムノンの前に立ち『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』を展開する。
「ガアハハハハハハハハッ!これで(おれ)に手は出せ「浅慮極まるとはこの事」なにぃ!?」
謙信は白銀の拵えをした太刀を抜くと『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』をアイアス共々両断する!!
「は?」
後にはアガメムノンの間の抜けた声と真っ二つとなったトロイア最強の大盾が霧散霧消してしまった…!
「なんと…!?対城宝具でも揺ぎはしなかった大盾を…!!」
ヘラクレスの度肝を抜かれた声が迸る。一方、当のアガメムノンは声もなく後ずさりかける。一方、謙信は静かな声で淡々と言いながら距離を詰める。
「我が愛刀が一つ『小豆長光』は力で斬るに在らず、ただ“切断できぬ”という概念がないだけの事。故に盾だろうが、鎧だろうが、斬れぬ物無し」
「ぐぅ…ッ!」
「希臘が強欲王…貴公に統べられた臣や民達はさぞ神に救いを求めたであろう。我欲が侭に命を物同様に扱う貴公を呪ったろうよ。覚悟せよ。この不識庵謙信が神に代わりて断罪を下「待てい!」ん?」
だが、それを信長が待ったをかけた。
「毘沙門天の化身よ。強欲王は俺自らが下すと決めたのだ。それを横取りするとは何事だ?」
それに対し謙信は神々しい微笑を浮かべる。
「なに()()()()()()に手間取っていた貴公らを見かねて助太刀したわけだが、要らぬ杞憂だったか?」
ビキィッ!そんな音を現実に和樹は聞いた気がした。
(やばい…信長公、完全にキレてる…ッ!!)
「ふん、成る程な。これが噂に聞く軍神か…思った通りの陰険よな…!!」
信長にしてはかなり毒が含まれている。それに対し謙信は優雅な声で言う。
「思った通り…か?そう言う貴公は何者だ?随分と決めてかかるではないか」
「俺は織田弾正忠信長。第六天魔王と人は呼ぶ」
すると、謙信の眼がスゥと細まり空気が凍り付いた。
「ほお…貴様が尾張の大うつけ…秩序の破壊者か。こうして相見えるは初めてだな」
「応。俺も古き時代の守護者がどんな面をしておるか非情に興味があった。成る程…思った通りの詰まらん生真面目な面貌をしておる」
信長が辛辣に言い捨て謙信はますます微笑を広げる。二人の間で圧倒的な圧迫感が形成され既に場の空気が支配されていた。
「お、お姉ちゃん、怖いよ…!」
刻羅が姉に泣きつく。
「一々ビビってんじゃないわよっ!」
無論、姉の返答は無情だった。
「義兄上!そんな場合では…!!」
長政が必死に宥めようとするが、その声は届いてるかどうか怪しい…。
「まったく、案外と似た者同士なのではないか…」
義景は二人がまともに聞けば恐らくものの数分で首が飛ぶ事をのたまった。
「ランサー…」
「無理だ」
伯斗の言葉をカルナは遮るように言う。
「まだ何も言ってないが?」
伯斗が嘆息を着くように言うとカルナは理路整然と模範解答を返す。
「大体の想像は付く。あの二人を仲裁しろと言いたいのだろうが、生憎とあの手の人種達に横槍なぞ却って逆効果にしかならない。二つの嵐を鎮めるにはそれらをぶつけるに限る」
「…それもそうだな」
伯斗は納得した。
「お、お前らな〜〜〜!」
「まあ、此奴らの言うことも尤もじゃて」
頭を抱えるアルベールに道三はいけしゃあしゃあとのたまった…。

そして、この緊迫状態を破ったのはアガメムノンが新たに手に入れた宝物である弩砲(バリスタ)による砲撃だった。信長と謙信に向かって放たれたそれは二人の魔力放出が合わさった攻撃で相殺された。
一方、アガメムノンは怒気に満面を紅潮させて双眸を憎々しげに滾らせていた。
「貴様ら…!この王の中の王たる(おれ)を無視するとは良い度胸よのう?最早遊戯は一切無しだ!!貴様ら全員この我が国土たる海原に沈めて鮫の餌としてくれるぜッ!!」
それに対し六天魔王と越後の義将は悠然とした態度を崩さなかった。
「ふん、それはどちらになるか見ものよな」
「まったくだ。おまけに下品な地が出ておるぞ?浅学が滲み出るとは貴様の為にあるような言葉だ」
「き、貴様ら〜〜〜〜ッ!!」
アガメムノンが歯軋りする中で二人は互いに顔を見合わせて不敵に笑い合う。
「軍神よ。一先ず王としての格を語り合うはあの痴れ者を下してからにしようではないか」
信長の言葉に謙信はニヤリと笑う。
「そうだな、魔王よ。あのような無粋者を放置したままではまともに話す事すら侭ならん。一先ずは請け合おう」
ここに史実において対立しとうとう決着が着く事も互いに相見える事もなかった二人の大英雄が共に並んだ―――。




またも二ヶ月待てせて申し訳ありませんでした!また、たびたび登場人物の更新を希望する声がありましたが、都合上まだ更新できません!!ご容赦下さい…!!

また、暫く自分なりに考えたいことがあるので休載期間に入ろうと思います。期限は分かりません。真に勝手を言って本当に申し訳ないです!!



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