Muv-Luv Alternative The end of the idle


【風雲編】


〜 PHASE 12 :ケレス 〜






―― 西暦一九九二年 某月某日 メインベルト・準惑星ケレス近傍 ――



 絶対零度の真空と瞬く事無き星の明かりのみが満ちる世界。
 人が宇宙と呼び習わすその空間を、人の作りし機械が渡り行く。

 創造主の下から放たれて早数ヶ月。
 黙々と宇宙(そら)を飛び続けた『ソレ』は、この日、ようやく目的地へと辿り着いていた。

 火星−木星間に存在する小惑星帯。
 その総質量の三分の一を占める準惑星ケレス。

 それが、『ソレ』の目的地だった。

 直径千キロ弱の球体にゆっくりと――実際は、かなりの高速で接近しつつ、スラスターの調整によりその周囲を巡る軌道へと移る。
 そのまま数周、小さな星の周りを巡りながら、地表を精査し続けた『ソレ』は、得たデータの全てを遥か彼方の創造主の下へと送り続けた。

 やがて億を超える距離の彼方より、『ソレ』へと次なる指示が届く。

 数十通りの選択肢の内の一つを示す命令を受諾した『ソレ』は、速やかに命令の実行を開始した。

 そのまま地球から陰になる位置へと移動を行った『ソレ』は、腹の中に抱え込んでいたモノを切り離す。
 わずかな推力を与えられた分離体は、そのままケレスへと降下していき、地表寸前の位置で眩い光を放った。

 巨大な光のドームが、ケレスの陰の部分に産まれる。
 かつて異なる世界において、数多の生命を奪い去った無慈悲な女神(フレイヤ)の一撃が、小さな星の大地を穿った。

 やがてゆっくりと光が消え、後には薄い地殻を貫いた巨大なクレーターのみが残される。
 穿たれたクレーターへと解析機器が集中し、取れるだけの情報を取った『ソレ』は、再び、その情報を送る事で命令を完遂した。

 そして一連の命令をやり遂げた『ソレ』は、再び、ケレスの周囲を巡り始める。

 遠からず、この地を訪れるであろう創造主。
 その到来の時まで、この地に無粋な侵入者が入り込まないかを監視し続ける事が、それに与えられた最後の使命だった。



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月二日 中越国境付近 ――



 鬱蒼と生い茂る森の中を、巨大な人影が歩いていく。
 周囲に林立する木々の隙間を縫い、或いは押し倒しながら進む複数の森林迷彩の巨人達。
 人の数倍の体躯を誇るソレ等は、先ごろ南亜細亜連合軍(SAUF)に導入されたばかりのKMFバルディ(Mk-1)四騎により構成される偵察部隊だ。
 彼等の国と統一中華の国境近くに広がるこの森には、彼等を含めて十数個の偵察部隊が常時展開している。

 その索敵目標の優先順位第一位は、言わずとしれたBETAだ。

 日々、圧力を増しているとされる忌まわしき異星起源種の脅威が、この国にもヒタヒタと迫りつつある。
 それらを警戒した南亜細亜連合軍(SAUF)もまた臨戦態勢へ移行しており、このKMFによる偵察も、哨戒網の強化の一環として行われている措置だった。

 昼なお暗い森の中を、重々しい音を響かせつつ移動する四騎の巨人達。
 そんな彼等の中で、彼等の乗り手達が、やや軽い口調で会話を交わしていた。

『しかし、コイツが導入されて助かりましたよ。
 いつ化け物(BETA)と遭遇するかもしれない森の中を、生身で歩くなんてシャレになりませんからね』
『……まあな。
 偵察に戦術機を出すのは無駄が多過ぎるが、かと言って強化外骨格だけでは心許ない』
『浸透され易い小型種相手なら、ちょっとやそっとじゃ引けを取らないとの触れ込みだ。
 ……まあ少なくとも、逃げ足の速さだけなら既に確認済みだしな』

 おどけた結びにドッと起きる笑い声。
 会話に加わっていなかった第十七偵察部隊・隊長の頬にも苦笑が浮かぶ。

 なにせ長丁場の任務だ。
 多少の会話程度は、良い息抜きになると見逃していた彼も、内心で隊員達の感想に賛同する。

 コイツことKMFが導入される前は、良くて強化外骨格付き、悪くすれば生身での哨戒任務が普通だったのだ。
 本格的な侵攻自体はまだ無いが、一度、統一中華の戦線をすり抜けてきたBETA小型種の集団と、運悪く遭遇してしまった部隊が壊滅した例もある。
 国を、家族を護る為に、戦う事に否やは無いが、やはり犬死だけはしたくはなかった。
 そういった意味においても、この『バルディ(Mk-1)』を偵察部隊に導入して貰えたのは有難い。
 彼等自身は、まだ未経験だが、他の偵察部隊が偶発的な遭遇戦で小型種の集団を殲滅した事もあり、その事実が広まってからは部隊員達にも精神的な余裕が出てきた。

 そう思えば、やや手狭なコクピットにも不満は感じない。
 生身で、或いは強化外骨格を着けて、密林を彷徨う事に比べれば遥かにマシだ。
 何よりキチンと空調も効いている。
 まあ、バッテリーの節約の為、あまりエネルギーの浪費は出来ないのが難点だが……

 尚も続く隊員達の会話を聞き流しつつ、そんな事を考えていた男の網膜に一つのシグナルが灯る。

 アラートの色は黄。
 注意を告げるソレに視線を向ければ、そのまま詳細な情報が展開・表示された。

 対象の大まかなサイズ・移動速度、そして個体数が表示されると、隊長の口から安堵と苦味の入り混じった溜息が漏れる。

『隊長……』
「……分かっている。
 お客さんだ、招かれざるな」

 同じく警告をキャッチしたのだろう。
 隊員の一人が注意を促す声に、やや苦味が混じった答えが返された。

 センサーが捉えた対象は、優先順位第一位(BETA)に非ず。
 索敵対象の優先順位第二位――平たく言えば人間、更に砕けて言うなら、統一中華の領域から国境を越えてきた難民達であった。

 既に重慶は陥ち、四川盆地がBETAの領土と化して久しい。
 そして盆地を取り囲む山脈の南方、貴陽市を含めた統一中華戦線の防衛網もまた、風前の灯となりつつある昨今、南方の住人達は安住の地を求めて移動を開始していた。
 そのまま北上し、日本帝国の守備範囲である武漢、そしてそこから長江を下って上海へと逃れる者も多かったが、移動の際の危険度と共産中華政府が熱心に広めていた『残虐非道な日本鬼子』のイメージから、その選択を避け、更なる南下――即ち、彼等の祖国であるベトナムへと不法入国しようとする者もまた少なくない。
 道なき道を経て国境を越え、彼等の国に紛れ込もうとする難民達を、逮捕・拘束して一時収容施設に放り込むのが彼等の任務の一つでもあった。

 既に、この森林地帯の後方にはBETA侵攻に備えた長大な防衛陣地が構築されつつあり、そこに難民に入り込まれては厄介な事になる。
 大した効果は見込まれないとはいえ、足止めの為の地雷原も方々に設置されており、間違ってそこに踏み込まれては眼も当てられない結果になるのは確実だった。

 故に面倒ごとを避けるべく、小回りが利き、数も多いKMFを動員し、広大な哨戒網を敷いてはいるのだが、本来の対BETA偵察に加え、国境警備隊紛いの真似までやらされている彼らにしてみれば、これがまた中々に苦労するのである。

 なにせ生き残りが掛かっている以上、向こうも必死だ。
 知恵の限りを振り絞って、こちらの裏を掻こうとする。
 また見つかったら見つかったで、ある者は泣き喚き、ある者は暴れ狂い、ある者は金を握らせ、或いは一行の中の女を差し出し慈悲を乞うのだ。
 それら全てを無視して拘束し、収容施設に連行する訳だが、移動中、延々と鬼だ悪魔だと罵られ続ける

 正直、気分が滅入る事、甚だしい任務といえた。
 本音を言えば、鬱陶しさから見逃したい気分だったが、KMFからの情報は常時後方の司令部(HQ)でもモニターされているので誤魔化しは利かない。
 各偵察部隊の面々が、泣き落としや賄賂に転ばないのもその為だ。
 こういった場合は、この便利な人型機械の性能が疎ましく思えるのだから、人とは現金なものである。

 そんな埒も無い考えを抱きつつ、男は同時に軍人としての思考を取り纏めていった。

 目標との距離は一キロも無い。
 捕捉自体は容易いが、センサーが捉えた人数は、およそ十数人。
 少人数に分かれて入ってくる事が多い難民としては数が多い方だ。
 この場合、脱走兵や兵士崩れの可能性も有り得、武装している危険性がある。
 またそうで無かったとしても、音から接近を悟られれば、バラけて逃げられる可能性が高く、そうなるとこちらが四騎のみの分、取りこぼしが出る恐れもあった。

「各騎、弾種を催涙弾に変更後、短距離跳躍(ショートジャンプ)準備。
 目標集団を包囲する形で跳躍後、催涙弾で制圧し、目標集団を拘束する」

 ――跳躍で一気に距離を詰め、逃げ出す暇さえ与えずに制圧する。

 そう判断を下した男は、指揮下の各騎に目標ポイントのデータを送ると、自身もライフルの弾種を催涙弾に切り替えた。
 次いで跳躍ユニットに火が入り、低い唸りが周囲に広がっていく。

 恐らくは、その音が届いたのだろう。

 目標集団の移動が止まるのを、『バルディ(Mk-1)』のセンサーが捉えた。
 血の巡りが良い連中なら、この後、すぐさま蜘蛛の子を散らすように逃げ出す筈。
 だが、そうはさせじとばかりに、男の命令が各騎へと放たれる。

「全騎、跳躍!」

 各騎の腰部に備えられた跳躍ユニットが噴射炎を放った。
 引き絞られた矢が放たれる様に、森林迷彩の巨人達が空へと舞い上がる。

 しばし後、数回の射撃音とそれに続く悲鳴と怒号、そして哀訴の声が密林に響き、やがて消えて行った。





 苛立たしげに叩きつけるキーの音が、室内に満ちていた。
 本日の戦果――と呼ぶにはやや語弊のある拘束した難民達に関する報告書を取り纏めながら、第十七偵察部隊の隊長を務める彼は、今では貴重品となりつつある煙草をふかす。

 今日の働きに対して支給された品だ。
 味は昔に比べて良くないが、それでも咥えていれば落ち着く。
 そうやって強引にでも気分を落ち着かせていなければ、やはり気が滅入るのも支給される理由だった。
 今頃は部下達も、別途に支給された酒の配給券を手に、PXへと繰り出している頃合だろう。

「ふぅ……」

 深く吸い込んだ煙草の煙と共に、深々と溜息を吐く。

 見つけた連中は、案じた通り兵士崩れとその家族達。
 貴陽市の守備隊に所属していたそうだが、悪化の一途を辿る戦況を肌で感じ取り、国に見切りをつけて仲間と共に家族を連れて逃げて来たのだとか。
 北の武漢を目指さなかったのは、日本軍の守備範囲で捕まればそのまま統一中華に引き渡されるからだそうだ。

 捕まった当初は、憐れっぽく哀願し、金を差し出してきたが、賄賂が効かないと見るや、大人から女子供に到るまで、開き直って喚き散らすわ、暴れるわ……
 連行してくる途中、何度、拘束したまま放り出し、森の獣の餌にしてやろうかと思った事か。

「……鬼だ、悪魔だと罵る位なら、最初から我が国に来なければよかろうに……」

 思わず愚痴が漏れる。
 お世辞にも豊かとは言えない国だ。
 難民を手厚く保護するなど不可能だろう事は、少し考えれば分かるだろう。
 捕まれば同じく国に引き渡される位は想像がつくだろうにとも思ったが、取調官が取った調書にその答えが載っていた。

 どうも以前から我が国に在住していた華僑の中に親族が居る者が居たらしく、その手引きで国内に住み着く手筈をつける算段だったらしい。
 越境してくる難民の中には、その手の連中も珍しくない様で、顔見知りとなった収容施設の取調官も、いささかウンザリしている様だった。

 行く先々で中華街という名の閉鎖的なコロニーを作り、その国の法よりも血縁を重視する傾向が強い華僑の連中だが、流石に業を煮やしたお偉いさん方が、近々、抜本的な対策を取る事を決めたらしいとは、同じく取調官から聞かされた又聞きでもある。
 まあ、どのような手段でも良いから、早く何とかして欲しいというのが、現場の人間の偽らざる本音だったが……

 カタリと最後のキーを押す。
 仕上がった報告書を印刷し、署名を入れた。

 後は、これを提出して今日の仕事は、ようやく終わりとなる。
 そんな思いと共に、疲れて固まった肩を回しながら、彼は自身の部屋を出て上司のオフィスへと向かうのだった。



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月十日 帝都・榊邸 ――



 古式ゆかしき帝都の一角。
 その中でも高級住宅街とされる地に構えられた風格のある邸宅にて、この夜、とある集まりが開かれていた。

 間も無く行われるであろう総選挙にて、首相の座を射止めるであろうと評判高いこの屋敷の主は、そんな輝かしい未来とは裏腹の陰鬱な顔をしたまま来客達と額を寄せ合い、心楽しくない話題を語らっていた。

 そんな一座の内の一人、渋い表情をした壮年の軍人、彩峰萩閣は意図的に感情を殺した声で淡々と事実のみを語っていく。

「武漢を中心とした大陸派遣軍の防衛線は未だ健在ではあります。しかし……」

 濁り消えた語尾が、彩峰の内心を雄弁に物語っていた。
 暗い未来しか見えぬ現状に、苦渋の色を浮かべた彼の言葉の続きを、もう一人の客が補完する。

「他は持ちませんな。
 北京からは既に高官達とその家族の脱出は終わっています。
 それにようやく気付いた市民も、大慌てで脱出中……いやはや、凄まじい事になっているようですよ」

 どこか飄々とした口調で告げる鎧衣左近の報告に、榊の眉間の皺が深くなる。
 他国の事とはいえ、眉を顰めたくなるような現実も、それをサラリと告げる男にも、一言いいたくなるが、そこはグッと堪えて目線で彩峰に意見を求めた。

「華北の大半は、早ければ来年にもBETAに飲み込まれるでしょう。
 そうなってしまえば、我が軍は腹背にも戦線を抱える事になる。恐らくは……」
「落ちますか?」

 わずかに頭を振って返された予想に、確認の声が重なった。
 彩峰の顔に、苦い色が浮かぶ。
 卓に置かれた茶碗を取り、ゴクリと一口飲み込んだ彩峰は、深い溜息と共に榊の質問に応じた。

「残念ながら――この上は、我が軍も後退し、戦線を整理すべきです。
 南京……いや、この際、上海まで退いて以後の持久戦に備えるのが妥当と考えます」

 かつて、とある武家――いや、少年が、建白書で示した通りの推移を示す戦況に、大きな溜息を吐きつつ彩峰は答える。

 既に大陸東方戦線の趨勢は定まりつつあった。
 現状では防ぐだけで精一杯で、BETA共を押し返す事など到底不可能というのが、それなりの識見を持つ軍人達の共通認識である。

 しかし統一中華、というかその半分である共産中華は、未だその認識を受け入れる事無く国連軍の更なる増派……平たく言えば日本帝国に対して、更なる大陸出兵を要求しているが、それは到底受け入れられない話であった。

 広過ぎる大陸全てを守るには、人類側の戦力が足りな過ぎる。
 例え日本帝国軍の全軍を派遣したとしても、あの広大な大陸戦線全てを支えるなど到底不可能なのだから。
 最早、守るべき箇所を絞り込み、戦線を整理・縮小して戦力の厚みを増し、持久戦にて耐えるしかないというのが彩峰の見立てでもあった。

 とはいえ、面子と領土に拘る面々が多い中華の指導者層が、おいそれと首を縦に振る筈もなし。
 今この瞬間も、無理な防衛戦により戦力をすり減らしているというのが実情だった。

 そして無理をしている以上、いずれは限界を越える。
 そうなれば、帝国の大陸派遣軍も道連れにされかねず、それを避けるには早めに退くしかなかった。

 不幸中の幸いと言うべきか、騒々しい中華の指導者層が、率先して首都を放棄してくれた事が理由として使える。
 家主がサッサと逃げ出した以上、手伝いである帝国軍が退いたとしても文句を言われる筋合いは無い――少なくとも、そう強弁する程度の事は出来る筈だ。

 この機を逃せば、底なし沼に嵌りかねない以上、彩峰としては躊躇なく退く事を、今後の国防省における会議でも主張していくつもりである。
 この局面において帝国軍将兵に現戦線の墨守を命ずるなど、犬死しろというに等しいのだから。

 そんな彩峰の心中を察したのか、榊も苦い表情のまま静かに首肯する。

 ――大陸はいずれ陥落する。

 それは、彼等にとって共通認識に過ぎない。
 その先を考えねばならぬ男達にしてみれば、無駄な戦力の消耗は何としても避けるべき悪手でもあった。

 そうやって苦い決意を固めつつある両者の横手から、相も変らぬ飄々として声が割って入る。

「では次は、私から――」

 そう断りを入れると、鎧衣は諳んじていた報告を滔々と語り出す。

「まず親中派の方ですが、大陸からの要請を受けて、更なる増派を引き出すべく活動を活発化させています。
 中々にスポンサーからの資金援助も豊富な様で、議員の先生方や官僚、あるいは軍高官の中にも賛同する者が増えている様です」
「……阿呆どもの名前は分かっているかね?」

 どこか疲れたような榊の質問に、鎧衣はスッとやや厚みのある封筒を差し出した。
 開いてみると綺麗に整理された人名リストが入っている。
 ザッと中身を一瞥した榊の顔が、やや渋さを増した。
 そんな榊に対し、やや呆れた口調で鎧衣が付け足す。

「彼等の主張としては、『自国内で戦争をするよりは、大陸で食い止める事こそが帝国の国益に叶う』だそうです……まあ一理はありますな」
「……間違ってはいないが、だからといって大陸全土を守る必要はないだろう」

 蛇足な補足に、憮然とした口調で彩峰が応じた。

 帝国内に戦火を及ぼさないという事なら、沿岸部のみを堅守し、そこで防衛戦を展開するだけで事足りる。
 内陸部にまで戦線を拡大する理由としては、少々無理がある主張だ。

 無論、鎧衣にもそれは分かっているのだろう。
 上品な微笑みを浮かべつつ、サラリと流してきた。

「まあ、誰が考えたか知りませんが、あくまで方便――余り気にする必要はありますまい」

 そう言い切って後、鎧衣は中断した報告を再開する。

「さて次に、親ソ派ですが、こちらはやや大人しめですな。
 彼の御仁の報復と、それに続くスワラージ作戦の失敗が影響しているのか、現在のところ開店休業といったところです」

 榊と彩峰の顔に、複雑な色が浮かんだ。
 スワラージ作戦の失敗にも、『彼』が主導した南亜細亜連合の設立が大きく絡んでいる事を思い出して。

 当初、ソ連が絵図を描いていた様に、インド及び東南アジア諸国から戦力を抽出していたとしても、結果はさほど変わらなかったと彩峰自身は踏んでいるが、その後の様相には既に大きな違いが出ていた。
 スワラージ作戦不参加の権利を堂々ともぎ取った南亜細亜連合諸国は、戦力の低下を招く事無く着々と防衛体制を整えつつある。
 対BETA最前線の一角であるインド戦線も、連合からの支援に加え、皮肉な事にスワラージ作戦の強行により前線への圧力が一時的に低下した事で、ある程度の余裕が出来つつあった。

 結果、ホンの一年前までは、各国の存続自体が危ぶまれていた筈の大陸南方において奇妙な均衡が産まれる一方、それとは対称的に、スワラージ作戦での消耗の影響により大陸東方の戦線は逼迫しつつある。
 中ソの自業自得と言ってしまえばそれまでだが、その影響が帝国にもある以上、榊と彩峰の胸中は複雑だったのだ。

 そんな両者の内心を知ってか、知らずか、鎧衣の報告は続いていく。

「最後に親米派ですが、これは巷で言う親米派の首魁である榊閣下には不要な説明ですかな?」
「鎧衣……」

 わずかに悪戯っぽい雰囲気の混じった口調に、榊の眉が寄った。
 咎めるような短い一言に、軽く首を竦めて見せて、伊達男は謝罪する。

「ふむ、これは失礼を。
 閣下のご存じない(・・・・・)親米派ですが、大陸失陥を睨み、我が国を米国の楯と為すべく奮闘中。
 見返りは、米国の市民権と彼の国での相応の地位、それとドル紙幣の山だそうです」

 榊の顔に苦い色が浮かび、彩峰は、ただ静かに瞑目したまま嘆息する。
 いつの世でも、国を売る連中など居る者だが、やはり明確な言葉で言われてみれば不快感を抑える事はできなかった。

「……大盤振る舞いだな。
 さぞ良く働いてくれる事だろう。 羨ましい限りだ」

 吐き捨てる呟きに、かすかな毒気が篭った。
 それを受けた男の顔に、一瞬だけ同意の色が浮かんで消える。

「全くです。
 閣下の派閥にもかなり食い込んでおりますので、ご注意を」

 そう言って鎧衣は、もう一通の封筒を差し出す。
 中身は言わずと知れた獅子身中の虫達のリスト。
 一瞥した榊の眉が、不快を表して寄った。

 それを見てみぬ振りをした報告者は、次へと話を進めていく。

「その他の面々の動きには、さほど変化はありませんな。
 ただ、帝国軍内の国粋主義者の中で、アラスカの動向に神経を尖らせている者が増えている様です」
「篁中佐の一件か……白かろうが黒かろうが、鼠を取る猫は良い猫だろうに……」
「ハッハッハッ。
 そうやって割り切れぬ方も、多いという事ですよ。
 こればかりは心の問題ですし、仕方ありますまい」

 溜息混じりの彩峰の呟きに、わざとらしい笑い声が重なる。
 言っている事は正論であったが、やはり割り切れぬモノがあるのか、彩峰の顔には深い憂慮の色が滲んでいた。

 頑迷に国産に拘る一派の心情も分からぬではないが、手段を選んでいられる状況では無くなりつつある現状では、やはり失望が強くなる。
 そんな彩峰の胸中を代弁するかのように、榊が難しい表情のまま呟いた。

「相変わらずの内憂外患だな。
 南の連中が、少し羨ましくなるぞ」

 大陸東方には大国と呼べる国が集中しているが、それ故に、連携とは無縁に近い。
 国力において劣るとはいえ、一致団結して災厄に立ち向かおうとしている彼等に対し、羨望を滲ませる榊の前で、鎧衣が今一度、肩を竦めて見せた。

「あちらはあちらで、表向きはともかく内実は苦しいようではありますが……
 まあそれでも、実際にBETAの脅威と間近に接しつつある今、一応、一枚板にはなっている様ですな」

 そこまで言うと、チラリと彩峰に目配せしてみせる。
 鎧衣の言わんとしているところを察した男は、一つ小さく咳払いをすると南の連中こと南亜細亜連合の動静について詳細を語り出した。

 大陸東方に先んじて戦線を整理しつつある連合は、前線からの国民の疎開と生産施設の後方移転を順調に推し進めている。
 インドではデカン高原以北の複数の河川を自然の防壁とし、何重にも及ぶ防衛ラインを設置してBETAの更なる南進に備え、東南アジア方面でもビルマ・ラオス・ベトナム国境の要塞化が急ピッチで進められていた。
 これらの備えから、相当の期間、持ち応えるのではと彩峰自身は予見しており、同時にそこから連合の基本戦略もある程度は推察している。

「想定される南亜細亜連合の戦略目標は、インド亜大陸の南半分の死守とビルマ・ラオス・ベトナムを絶対防衛線とした加盟各国の国土維持でしょう」

 当面、既に失われた国土の奪還や防衛し難い領土の死守といった選択肢を捨てているとしか見えぬ動き。
 その割り切りに感心しつつも、榊は胸中に生じた疑問を口にした。

「後半はともかく、前半は難しいのでは?」
「確かに楽ではありますまい。
 各国単位の対応では、遠からず押し切られていた筈……ですが今は違います」

 榊の質問に、彩峰は慎重に応じた。

 確かに個別に立ち向かうなら、国連の梃入れがあったにせよ持ち応える事はできなかった筈。
 また自身の足元が火事となり、大わらわとなっている東側常任理事国のゴリ押しもあり、国連軍の救援も、どちらかといえば南方よりも東方に偏りがちだ。
 この情勢下で国内にハイヴを築かれてしまったインドは、本来ならここ数年以内に本土の失陥を免れなかっただろう。

 だが既に、条件は大きく変わっていた。
 たった一人の少年の策謀によって。

 彩峰の脳裏に、秀麗な貌に冷笑を浮かべた少年の姿が浮かんで消えた。

「南亜連合という後ろ盾がありますからな。
 相応の後方支援があれば、かなりの間、持ち応えられると見ますか?」

 続く鎧衣の確認に、彩峰は無言のまま頷いた。

 誰かの計算通りと見るべきだろうが、スワラージ作戦不参加により、南亜細亜連合諸国は貴重な戦力の温存に成功している。
 ボパール・ハイヴからの圧力が、一時的にであれ減少している今の内に、戦力の再編と体制の構築が終わるなら充分に勝算はある筈だった。

 一拍の間を置き、彩峰はその先の予測を続けてみせる。

「……はい、そしてこの戦略目標が達成出来るなら、後々、大きな利を人類にもたらす可能性が産まれる筈です」

 一旦そこで言葉を切ると、自身の発言が相手の中へと染みこんでいくのを確認した彩峰は、手元のメモにごく簡素な地図を描いてみせる。
 インド亜大陸とその北方を扼すボパール・ハイヴ……そしてそれより更に北にある地の位置関係を示すソレに、榊だけでなく鎧衣も眼を瞠った。

「……ボパール・ハイヴが邪魔ではありますが、人類がインド亜大陸に橋頭堡を維持するという事は、カシュガル――オリジナル・ハイヴへの最短進撃路を死守する事に繋がるからです」
「……それも、『彼』の戦略であると?」

 微かに渇いた声が、室内に響いた。
 そこまで計算に入れての南亜細亜連合の設立かと察したが故に。

 そんな榊に対し、彩峰は、再度、頷いて見せると先を続けた。

「人類が最終的な勝利を得る為には、どうしても敵の本陣であるオリジナル・ハイヴを攻略する必要があります。
 彼の戦略が、それを目指すなら、インド亜大陸の保持は重要な戦略条件の一つでしょう」

 恐らくは、それはまだ先の事。
 五年、否、十年は未来(さき)の話だろ。
 だがそうやって、十年後を見据えて今動き続けている彼の人物の慧眼こそが、恐ろしくもあり、頼もしくもあり、そしてそれ故に残念でもあった。

 そんな事を思いつつ、榊達は揃って溜息を吐く。

 未だ帝国と距離をおいたままの枢木の動向。
 前回の会見時に問われた問いに、明確な回答を返せなかった事が、心の中に棘の様に突き立っている。
 或いは、あそこではっきりと答えていたなら、彼我の関係を大きく変える事も叶ったろうが、あまりにも意味深且つデリケートな問いに、答える事を躊躇してしまったが故の現状だ。
 いずれ改めて真正面から向かい合う必要性を感じつつも、今この時に為すべき事が余りにも多過ぎる事が、再度の会見のタイミングを図りあぐねさせている。
 ままならぬ現状に軽い頭痛を感じながら、それでも帝国を死守せんとする男は、胸中の煩悶を頭一つ振って弾き飛ばすと、自身の決意を口にした。

「……私は、可能な限り早く、政権を獲るつもりです。
 国防相のままでは、出来る事に制限があり過ぎる」

 やはり一閣僚ではやれる事に限界がある。
 この国のトップに立たない限り、国を護り切れぬと判断した榊は、清濁併せ呑んで国の舵取りをする事を選択したのだった。

「では?」
「政権獲得後は、現在進行中の第四計画招致を強力に推進します。
 我が国が第四計画担当国となれば、国連軍を我が国の防衛に活用し易くなる」

 短い確認に、毅然とした答えが返った。
 苦肉の策ではあるが、第四計画招致を国策として推し進める事の利を説く。

 ――帝国軍、在日米軍、そして国連軍。

 三重の楯を以って帝国の防備を固める決意を告げる榊に、彩峰も無言のまま頷き同意する。

 いずれは半島も落ちる筈。

 そうなれば帝国は、その喉元に刃を突きつけられる事となる。
 その日を可能な限り先延ばししつつも、いずれ訪れるであろう試練の秋に備える事を改めて覚悟する男達だった。



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月十一日 帝都・月詠邸 ――



 その日、午前中に修練を終え、早めの昼食を済ませた月詠真耶は、頃合を見計らって身支度を整えると、予め家人に用意させておいた水菓子を手に自室を後にした。
 『赤』の名門としての威勢を示す広壮な屋敷内を抜け、そのまま年月を経た風格ある玄関を出ようとしたところで彼女の背後から声が掛けられる。

「何処へ行く」

 隠しようの無い険のある声。
 振り向けば、従姉妹である月詠真那が、腕組みをしたまま不機嫌そうな表情を取り繕う事無くこちらを睨んでいた。
 その態度からピンと来るものがありつつも、この場はお茶を濁すべく気付かぬ振りをした真耶は、常と変わらぬ冷静な口調で真那へと答えを返す。

「真那か?
 ……少し出てくる。
 夕餉までには戻る予定だ」
「……また枢木の屋敷か?」

 真那の双眸が、険しさを増した。
 対して真耶は、内心で嘆息しつつ平静を取り繕って応じる。

「そうだ……それが何か?」

 いつもと変わらぬ口調と表情。
 だがそれが、逆に真那の癇に障ったのか、怒声一歩手前の糾弾が少女の瑞々しい唇から迸った。

「何かではない!
 お前は自分の行動が、周りからどう見られているか自覚していないのか?」
「……何が言いたい?」

 いきなりの非難。
 流石にこれは許容し難かったのか、低く抑えられた真耶の声にも隠しようの無い反感が滲んだ。
 応じる相手の声も、さらに声量と鋭さを増す。

「分からんと言うなら、はっきり言ってやる。
 お前が頻繁に枢木に出入りする事で、月詠の娘は枢木の息子と懇ろな仲になっていると噂されているのだぞ!」
「――ッ!?」

 思いがけぬ噂の暴露に、真耶の頬に朱が射した。
 それが自身の発言を肯定したものと感じられた真那は、口中でギリリッと歯軋りしつつ、更なる言葉の矢を放つ。

「仮にも嫁入り前の娘が、恥ずかしいとは思わんのか?
 ましてや、あの様な武家の鼻つまみの家の男と……貴様、恥を知れっ!」

 真那にしてみれば、納得いかなかったのだろう。
 ささいな運の差とはいえ、自身を差し置いて悠陽の側に上がった従姉妹が、そのような陰口を叩かれているという現状が――

 真耶に対する侮辱を、自身に対するソレとどうしても混同してしまうのは、双子の姉妹の様に育ったが故でもある。
 だからこそ、そんな自身の煩悶に気付く事無く、いそいそと噂の男の下へと向かおうとしている様にしか見えぬ従姉妹に対し、叱責の一つもくれてやらねば気が済まぬ気分になったのだ。

 対して、激昂する真那の態度を見て、一時の動揺から立ち直った真耶は、一つ息を整えると、敢えて感情を押し殺した声と表情を取り繕ってやり返す。

「……どこの阿呆が噂しているか知らんが放っておけば良い。
 私は、誰に対してであれ、恥ずべき事などしておらん。
 むしろ、その様な下劣な噂をする者こそ恥ずべきであろうよ」

 篭められた意図に反応し、真那の形良い眉が釣り上がった。
 怒りの余り、その整った容貌を損なう事すら構わずに、鋭い眼差しで睨みつける。
 押し殺した怒りを含んだ低い声が、一片の容赦もなく真耶へと向けられた。

「……それは、私を含めてという事か?」
「そうは言っておらん。
 まあ上辺だけ見て騒ぎ立てる様な軽薄な輩に、乗せられているのはいただけんがな」

 サラリと返された気の無い答え。
 それが自身を歯牙にも掛けていない様に感じられ、真那の感情を更に逆撫でする。

「貴様……」

 美少女の口中で、その容貌に不釣合いな歯軋りが鳴った。

 昂ぶる感情のままに迸りかけた怒声。
 だがそれを、意思の力で抑え込んだ真那は、一つ二つ深い呼吸を繰り返し、体内の熱を吐き出していく。
 熱い呼気を吐き出す度に、ゆっくりと冷えていく頭の中で、言葉を整理した真那は、相手同様に努めて感情を抑えた口調で、再び問いを放った。

「……そもそもお前は、自身の立場を自覚しているのか?
 見習いとはいえ、仮にも悠陽様の近侍たる者、その様な噂を立てられる事自体、避けるべきであろうが!」

 彼女等が仕えるべき主君。
 その側に侍る以上、一点の瑕疵すら許されない。
 彼女の恥や失態は、そのまま主君への評価に直結しかねないのだから。

 だからこそ、今の真耶の行動は、真那には認められない。
 認める事など出来よう筈もなかった。

 そうやって憤りを露にする従姉妹に対し、真耶は疲れた溜息を吐く。
 真那の怒りの理由が、彼女にして見れば筋違いも甚だしかったからだ。
 明白な苛立ちを感じつつも、努めて平静を装った少女は、従姉妹の考え違いを指摘する。

「なら言わせて貰うがな、これは悠陽様の近侍なればこその行動だぞ」
「なにっ?」

 真那の眉が不審気に顰められた。

 それを見た真耶は再び嘆息する。
 やはり分からないかと……

 一本気な従姉妹の性格は嫌いではないが、少々、頭が固いのは困り者と口には出さずに愚痴りながら、自身が何故、枢木に……いや、あの男の下に通うのかを告げる。

「良くも悪くも、あの男の動向は帝国、いや世界に影響を及ぼす。
 ならばその動静を探り、その心底を見極める事は、いずれ将軍殿下となられる悠陽様にとって必要な事だ。
 私は、悠陽様の近侍として為すべき事を為しているに過ぎん!」
「ぐっ!?」

 堂々と、自身の行動の正当性を謳い上げる真耶。
 文句があるかとばかりに、近頃、急速にボリュームを増しつつある胸を張る彼女に対し、真那は思わず口篭る。

 真耶の主張する通り、認めたくはないが、枢木の影響力が帝国の枠を超え、世界へと広がっているのは周知の事実。
 そういった視点からみれば、真耶の行動に一定の理由を認められぬ事もなかった。

 だが、ナニかが引っ掛かるのを感じ、素直に頷けない。
 理屈は分かるが、それだけではない様な気がする事が、彼女に矛を納めさせなかった。
 苦々しげな真那の視線が、従姉妹へと注がれる。

『――ンッ?』

 真那の瞳に逆撃の光が灯った。
 フッとばかりに艶やかな唇が歪む。

「……あくまでも、悠陽様の近侍としてのお役目と言うのだな?
 だがそれにしては、随分とめかし込んでいるではないか」
「うっ?」

 思わぬ方向からの奇襲に、今度は真耶が絶句する。
 元の色を取り戻していた筈の頬が再び紅潮した。

 家柄に合わせた赤を主体とした着物は、派手さを押さえつつ艶やかで、同時に品位をも感じさせる逸品である。
 それが真耶の持っている物の中でも、お気に入りの一つである事を、双子の姉妹の様に育った真那は知っていた。
 ここぞとばかりに、追い討ちの刃が振りかざされる。

「到底、お役目の為に整えた装いには見えんな。
 どう見ても、逢引に行く為の女の装いだ」

 自身が相手の急所を突いたと確信したのか、真那は嵩にかかって切り込んで来る。
 対して、真耶はといえば、額に冷や汗を浮かべつつ、それでも必死に反論を紡いだ。

「……そ、そんな事は無い。
 そもそも、逢引などした事も無いクセに、知ったふうな口を叩くな!」
「なっ!?」

 攻守が目まぐるしく入れ替わる。
 考え無しに出た苦し紛れの反論が、今度は真那の痛いところを射抜いた。

 五摂家守護を役目とする月詠家の者として、日々、修練に明け暮れていたこの従姉妹達。
 当然、異性との出会いの機会など有りはしない事を、双方共に熟知していたのだ。

 細かい所を言ってしまえば、真耶とて真那と大差は無い。
 大差は無いのだが、くだんの人物ことルルーシュとの接点がある分だけ、この件についてのアドバンテージは真耶の方にあった。

 ――たとえ、それが色気の欠片も無いモノであったとしても、だ。

 自身の側に、ボールが回ってきた事を確信した真耶は、ここで騒動に終止符を打つべく一気に畳み掛けた。

「親族以外の男とロクに口も利いたことも無いお子様が、想像だけで色恋沙汰を語るなと言っている!」
「真耶、貴様っ!」

 真那の額に青筋が立つ。
 だが、その表情の中に、かすかな怯みを見取った真耶は、自身の勝利を確信し、ダメ押しの一手を放った。

「事実だろうが!」
「――っくぅぅっ!」

 反論しようの無い決め付けに、真那の口中で歯軋りの音が鳴った。
 女として、明らかに未熟とばかりに言われても、事実である分、言い返せない。

 憤怒の表情を浮かべつつも、効果的な切り返しが出来ない真那。

 そんな従姉妹を、冷ややかな眼差しで一瞥した真耶は、そのまま彼女に背を向ける。

「……これ以上は無意味なようだ」

 そう言い捨てると、真耶は履物を履き玄関を出て行く。
 去り行くその背に、一瞬、反応が遅れた真那の怒声が向けられた。

「ま、待て!
 話は、まだ終わっていないぞ」

 遠のく背を打つ怒りの叫び。
 だが真耶は、もはや無意味とばかりに一顧だにせぬまま去っていく。

 そのまま門の向こう側へと消える従姉妹の姿。
 それを成す術も無く見送る破目になった真那は、苛立たしげに首を振りながら、怒りを握り潰すように強く強く拳を握り締めたのだった。



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月十一日 帝都・枢木邸 ――



「……う〜〜……う〜〜〜……」

 冷房の効いた室内に、可愛らしい声には似つかわしくない呻き声が響いていた。

 青畳の上にデンとばかりに鎮座する重厚な将棋盤。
 それを挟んだ一方で、綺麗に手入れされた黒髪をサラサラと揺らしながら唸る一人の美少女。

 そんな彼女――篁 唯依の仕草を、対面から苦笑混じりに眺めていたルルーシュは、諭すような口調で、苦悶する妹分に声を掛ける。

「慌てる事は無い、ゆっくりと考えるがいい」

 そう言いつつも、盤面をチラリと確認した。
 明らかに唯依の側が劣勢であるが、彼の見るところまだ詰んではいない。
 いまだ勝機が残っている事を読み取った少年は、励ます様に、その事実を告げた。

「まだ活路はある。
 気を落ち着けて考えれば、唯依なら分かる筈だ」
「……はい」

 そう答えながら真剣な眼差しで盤面を見詰め直し、次の一手に悩む唯依。
 どこまでも生真面目で一生懸命な妹分の姿に微笑ましさを覚え、ルルーシュは僅かに相好を崩す。

 今日は彼にとっても、久方ぶりの休日。
 だが、翌日からの都合により、あまり遠出が叶わぬ事から、暑い盛りという事もあり、屋敷内で唯依と一緒に、のんびり過ごす事に決めたのが今朝の事。

 暇潰しを兼ねた戯れに、唯依を相手に将棋を打ってはみたのだが、やはり力の差は余りにも大きかった。

 飛車・角落ちでも勝負にならず、更に金・銀を抜いても、まだ均衡が取れない。
 流石に、もう止めようかと切り出したのだが、どうも負けん気に火が点いたのか、唯依の方から食い下がってきた結果がコレだった。

 当初はルルーシュにしても、こういう休日もたまには良いかと思いながら、中々に珍しい妹分の一面を、じっくりゆっくり堪能していたのだが、流石に十五連敗ともなれば話は変わってくる。

 このままでは弱い者イジメ以外の何物でもない現状に、さてどの辺りで丸く納めるかと考え始めた時、ふと脈絡の無い思考が不意に脳裏に浮かんだ。

『……将棋か……』

 誰に言うでもなく、独り胸中で呟く。

 この国では、チェスをやる者は余り居ない。
 彼の身近では、ロイドやジェレミアが多少嗜む程度で、残念ながら彼の相手を務めるには力不足も甚だしかった。

 結局、似たようなボードゲームであり、国内に広く普及している将棋で無聊を慰めていたルルーシュであったが、二つのゲームの違い――敵の駒を自分の駒に変えるというソレに、何とはなしに過去を、かつての人生を思い返す。

 ――いま思えば、黒の騎士団の離反も、将棋の様なものだったと。

 自身の駒を舌先三寸で取られた挙句、敵の駒にされてしまったあの大失策。
 正直なところあの時、連中の行動原理が、本当の意味で理解出来てはいなかったのだと今にして思う。

 無論、ギアスの秘密をバラされた事が、最大の理由であるのは確かだ。
 自身が知らず知らずの内に、意のままに動かされているのではという恐怖に耐えられなくても不思議は無い。
 或いは、朝比奈が残したという虐殺の記録が、彼等の造反に一定以上の正当性を与えていたという面もあった筈。

 それらの理由を以ってすれば、連中が離反するのは仕方ない事と思う。
 だが同時に、それがシュナイゼルに組する理由とは成り得ない筈なのだ。

 己を敵と見做すのは良い。
 だが、敵の敵は味方というには、シュナイゼルは旧ブリタニア的であり過ぎる人物だ。
 普通に考えるなら、己も敵で、シュナイゼルも敵――そう判断して漁夫の利を狙う事こそ上策の筈なのだが、何故か連中はシュナイゼルを味方と見做し、己に挑みかかってきた。
 もし、あの戦いで自身が敗北していたなら、間違いなく返す刃(フレイヤ)が、連中の頭上に振り下ろされていたであろう事にすら気付く事無く。

 シュナイゼルの弁舌が極めて優れていたのは疑いようの無いところだが、それにしても余りにもお粗末過ぎる展開に、当時は秘かに失望していたものだ。

 だが、今こうして将棋を指していると、ふと、その理由が理解できた様な気がする。

 チェスと将棋の違い。
 そこに現れている様に、陣営を入れ替わる事が許容され易い風土が、日本人の精神的なバックボーンの中にあったからではないのかと……

 そう考えれば、あれ程容易くシュナイゼルの手を取った事も納得できる。
 そして馬鹿馬鹿しい程あっさりと、あの腹黒な兄を味方と信じ込めた事も。

『まあ、全ては推測に過ぎんがな。
 今となっては証明する術もなし、そもそもアイツらがそこまで理解して動いていたとも思えん』

 単純にルルーシュ憎しに凝り固まって視野狭窄を起こしていただけという可能性もありえる。
 何より、今更、連中の精神分析をやったところで、何の意味も無いのだ。

 それよりも――

『――問題とすべきは、日本人の気質に、そういった面があるかもしれんという事か』

 また妙な切っ掛けで足元を掬われてはたまらんとばかりに、ルルーシュは内心で顔を顰めながら、その可能性を検討していく。

 利で転ぶ奴は、国や時代を問う事無く、洋の東西に居るものだ。
 そしてその手の連中の扱いに、ルルーシュが戸惑う事はなかった。

 また理に従う者も居るが、道理であれ、義務であれ、或いは忠義であれ、これも又、彼には理解できる。

 問題は、利ではなく、理でもない、情動のみで動く輩だ。
 法則も、計算も全く通用しないこの手の輩こそが、彼が最も苦手とするイレギュラーに成り易い。
 そこに陣営を入れ替える事に抵抗感が薄い気質が重なれば、思わぬところで不覚を取る可能性を彼も否定できなかった。

 紫の双眸がチラリと動く。
 未だに、盤面を見ながらウンウンと唸っている妹分が居た。

『――有り得んな』

 この生真面目な妹は、どうみても理の者。
 道理と義務と忠義に雁字搦めになって苦労するタイプだ。
 そういった意味では、父親である篁中佐も、少し斜に構えている巌谷少佐も、本質的には似た者同士と踏んでいる。

 そのまま更に進む思考が、彼の周囲に居る日本人へと広がっていくが、無意識の内にその手の人間をスポイルしていたのか、当て嵌まりそうな者は居なかった。

『現状は、問題無しといったところか……』

 無用の心配をしたかと、内心で苦笑する。
 今後も、その手の連中を近づけねば済む事と、自身の内で決着を着けた少年は、この件を一旦心の棚へと放り投げ、再び、愛しい妹分へと意識を戻した。

 可愛らしい顔に、しかめっ面を浮かべて長考する様も、中々お目に掛かれないワン・ショット。
 その微笑ましさに頬を緩ませたルルーシュは、そのまま妹分の奮闘を見守り続けた。

 やがて必死の長考の果てに、唯依の顔にパッと笑みが広がる。
 勢い込むように小さな手で駒を掴むや、そのまま一手を放った。

 やり遂げた満足感に、眼を輝かせながらこちらを見上げる姿に、ルルーシュの口元もわずかに綻ぶが、次の瞬間、それがクイッとばかりに釣り上がる。

「うっ!?」

 パチリと駒を置く音に、唯依の呻きが重なった。
 熟考の末、放った筈の会心の一手を、苦も無く返された事に、幼い美貌が今にも泣き出しそうに歪む。

 目の当たりにしたソレに、自身の内で少なからぬ罪悪感が芽生えるのを感じつつも、少年は胸中で静かに呟いた。

『後、十四手で積みだな』

 最後に残った活路が、今の攻防で閉じた事を確認したルルーシュは、今度は何と言って宥めようかと思案する。
 流石に、これ以上やったところで勝機はあるまいが、どうも妙なところに火が点いたらしい妹が、そう告げたところで退くとは思えなかった。

 さて、どうやって諦めさせようかと、策を練りかけた彼の耳に、部屋の外から声が届く。

 障子に影が映り、廊下に控えている誰かが見えた。
 声は聞き慣れた家令の老人のモノ。

「何用か?」

 誰何の問いを出す事無く、ルルーシュが直接、要件を問い質すと、再び障子の向こう側から、控えめな家令の声が届く。

「――若様、月詠家のご令嬢がいらっしゃいました」
「――っ?」

 ピクリと小さな肩が震えた。
 同時に、少年の顔に怪訝そうな色が浮かぶ。

「月詠がか?
 ふむ、耳聡い事だ」

 予定を公開しているでもなし、世界各地を飛び回っている自分が、今日、家に戻っている事など、余程の事情通しか知らぬ筈。
 武闘派であった月詠家も、遂に諜報に力を入れ始めたのかと、軽い疑問を抱いた彼だっだが、忠実な老人の声が、その疑問を否定する。

「お忘れですか?
 以前、若様が不在の時に尋ねて来られた際、戻って来たら連絡を入れて欲しいと頼まれた事を、お伝えした筈ですが」
「……ああ、そう言えばそんな事もあったな」

 何の事は無い理由に、秀麗な容貌にも苦笑いが浮かんだ。

 言われてみれば、確かに、そんな事を言われた記憶もある。
 連絡しても良いかと問われて、何の気なしに頷いた事もだ。

 そんな彼の記憶を裏打ちするように、家令の声が聞こえてきた。

「はい、お許しを頂いておりましたので、昨晩、若様が戻られた際、月詠家の方には連絡を入れておきました」

 こちらの反応から、すっかり失念していた事に気付いたのだろう。
 様子を伺うような答えに、ややバツの悪さを感じつつも、それでも自身が許可した事とルルーシュも割り切った。

 見方を返れば、丁度良いタイミングとも言える。
 これで無理なく唯依の連敗記録を延ばさせずに済むだろうと、内心、少しだけ安堵しつつ、予定外の客を迎え入れるよう告げる。

「成る程……まあ、良かろうよ。 こちらに通してくれ」
「ハッ!
 それでは」

 障子越しに、軽く一礼を残した老人の影が、次第に遠ざかっていく。
 老いて尚、かくしゃくとしたその足音を聞きながら、妹へと関心を戻した少年は、そこで僅かに眼を見開いた。

「……どうした唯依。
 えらく機嫌が悪そうだが?」

 プクリとばかりに、柔らかそうな頬を膨らませていた少女に、驚きと呆れが混在する視線を向けながら、半ば無意識にその言葉が零れた。

 恨みがましさを宿した紫の瞳が、一瞬だけ向けられる。
 そのままプイとばかりに視線を逸らせた唯依は、明後日の方を見たまま不快指数120%といった声を放った。

「……なんでもありません!」
「そ、そうか……」

 何故にいきなり怒り出したのかが分からぬ少年は、眼を白黒させるばかり。
 そんな兄を横目で見ながら、唯依は再び頬を膨らませると、自身の不快さをアピールする。

『……折角のお休みなのに。
 唯依と一緒に過ごしてくれると仰ったのに……』

 忙しない兄と、一緒に過ごせる貴重な時間。
 水入らずで過ごせるこの刻を、いともアッサリとフイにされてしまった事に、唯依は深く深く怒っていた。

 無粋な闖入者である月詠真耶に。
 そんな無作法者を赦し、招き入れる兄に。

 そして同時に不安に思う。
 このままでは、兄と真耶の距離が近づいてしまうのではと。

 何せ年齢的に見れば、自分よりも釣り合いが取れている。
 家格は向こうの方が上だが、家督相続に縁遠い『赤』の家の娘が、『山吹』の嫡子の下に嫁ぐのは、決して珍しい事でもなかった。

 見詰める瞳が険しさを増し、そして同時に内心の不安を映して揺れる。

 対して当のルルーシュはといえば、いきなり機嫌の悪くなった妹分に困惑するばかり。
 彼には、何故に臍を曲げられたのかが、さっぱり分からなかったのだ。
 故に、稀代の謀略家たるべき彼が、打つべき手を見出せぬまま冷や汗を流し、見詰め返す事しかできない。

 そんな奇妙な睨み合いは、事の発端たる真耶が、この場を訪れるまで続き、結果としてルルーシュは、一時棚上げした懸念を、そのまま失念してしまうのだった。





 ――後に彼は思う。
 あの日、抱いた懸念を忘れるべきではなかったと――

 その背に穿たれた傷の痛みに苦悶しながら、最愛の妹の悲痛な絶叫を聞きながら、彼はそうやって後悔する事となる。

 政略においても、戦略についても、そして謀略さえも、誰にも遅れを取る事は無かった彼。
 そんな彼を死の淵に引き摺り込みかけたのは、あの日抱いた危惧通り、奸智に長けた狡猾な策士でもなければ、智勇兼備の偉大な英傑でもない。
 前世において彼を裏切った者達と同じく、その場限りの情動に突き動かされただけのごく平凡な人間に過ぎなかったのだから……



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月十二日 アラスカ・ユーコン基地 ――



 短い夏の時期を迎えたこの地には、その爽やかな気候とは比較にならぬ熱い日々を送る一団があった。

 日本帝国国防省と米国マクダエル・ドグラム社共同による第三世代戦術機改修計画に関わる彼等は、年末に控えた開発終了を目指し、いまや最後の追い込みへと入っており、誰もが皆、猫の手も借りたい程に忙しい。
 そんな多忙な集団の中においても、更に頭二つ抜けているであろう人物、開発主査にして開発衛士という二足の草鞋を履いている篁もまた、寝食を忘れて任務に没頭する日々を過ごしていた。

 先に提出したレポートの結果、国防省からの予算増額も叶い、増員されたスタッフを含めて、年末をゴールとして最終調整に勤しんでいた篁であったが、流石に無理が祟ったのか、本日はドクターストップが掛かってしまい、実機での調整作業を断念する破目に……
 当初は、スケジュールの遅延を恐れ、医師の指示を無視した強行を考えたものの此処で躓く事は、後々かえってロスが大きくなると判断し、大人しくデスクワークに勤しんでいた。

「……ふぅ……」

 これまでの結果や資料等を取り纏めなおし、一通り整理を終えたところで軽く息を抜く。
 ある意味、丁度いい機会であったかと自身を宥めながら、温くなったコーヒーに口をつけた。
 風味が飛んで苦いだけの液体に、わずかに眉をしかめつつ、取り纏めた資料を思い返しながら、改めて計画全体の現状を評価し直した篁は、謹厳実直そうな顔を微かに綻ばす。

「大分、仕上がったな……」

 既に『蜃気楼(TSF-X03)』の機体性能自体は申し分のない域にあった。
 後は、細かな箇所の修正や調整を繰り返し、ひたすら完成度を上げる段階へと入りつつあり、このまま行けば年末の開発終了までには多少の余裕を持って計画を完了する事が出来るだろう。
 働き詰めであった以前からのスタッフ達にも、盆休み程度は出してやれそうだった。

「……私も一日くらいは戻れそうだな」

 そう呟いた篁は、昨年の夏の出来事を思い起こし、微かな苦笑を漏らす。

 親族達が薦めてきた許婚候補達を、『我が夫の器に非ず』と一刀両断してのけた愛娘。
 あの一件で、唯依は、篁家の後継者としての立ち位置を、自ら確立してみせた。
 幼い少女が、本家の跡取りという事に不安を感じていた長老達も、あれ以来、唯依の支持へと鞍替えし、表向き許婚云々との話も立ち消えている。

「親は無くとも子は育つ……か……」

 愛娘の成長を実感し、そしてそれに己が関われていない事を、微かな寂しさと共に篁は噛み締める。
 そして、それと同時に、唯依をそこまで成長させてくれた人達への感謝の念も、同時に湧き起こった。

 公私に渡り様々な面で借りを作ってしまった母子。
 どうやってこの借りと恩を返すべきか、いや、返せるのかと篁は胸中で悩む。

 金品など論外。
 下品でもあるし、なによりあちらは、篁家など歯牙にも掛けない大富豪だ。
 そういった意味では、書画骨董などの物品も同じだろう。

 武家社会における立場こそ、ほぼ壊滅状態だが、母子揃って全く気にしていないので、この方面での貢献も無意味だ。

 となると残るのは、やはり……

「……まあ、それが妥当か」

 無論、親馬鹿な父親としては、抵抗感が無い訳でもない。
 だが同時にソレが、最善であるとも認識していた。

 これからさらに混迷の度を深めていくであろう世界、そしてその中で試練の秋を迎える日本帝国。
 娘の未来に、どのような暗雲が漂っているのかは、篁の慧眼を以ってしても読み切れない。
 だからこそ、その前途を開く為にも、彼のような力ある守護者が、愛娘の傍にいてくれるのは好ましかった。

 ……まあ、そういった言い訳というか、屁理屈を抜きとしても、当人自身が強くソレを望んでいるのが、傍から見ても丸分かりなのだ。
 何もしてやれなかった親としては、せめてその願いを叶えてもやりたくなる。

 とはいえ、事が事だけに慎重な根回しは必要不可欠。
 今度、帰国した際には、一通りの下準備を済ませておくべきかと考えつつ、篁は再び、コーヒーへと手を伸ばす。

「ん?」

 しかし残念ながら、コーヒーカップの中身は既に空。
 一瞬、眉をしかめた篁は、インスタントコーヒーを入れ直すべく、コップを片手に立ち上がり――

「うっ?……」

 かすかな眩暈を感じ、よろめく。
 胸郭の内に、締め付けるような、或いは刺すような不吉な痛みが走った。

 思わず伸ばされた右手が、自身の胸を押さえると、指先に硬質なナニかが触れる。
 無意識の内にまさぐる手が、アンティークな懐中時計を懐の中に感じ取った。

「……やはり、歳かな?」

 自嘲混じりの呟きが漏れる。
 眩暈も痛みも、既に無く、篁はそれら全てを、年齢と過労によるモノとして自身を納得させた。

 これでも衛士のはしくれ。
 定期的な検診は義務であり、それ故の今日のドクターストップでもある。
 医師の診断でも、過労をこそ注意されたものの病などは指摘されていないのだから……

 無意識の内に軍服の内懐から懐中時計を取り出した篁は、気分を落ち着ける為に、その表面を懐かしそうに撫ぜる。

「これが終わったら、久しぶりに温泉にでも行くかな」

 過ぎし日の記憶を思い起こしながら、それを隠す様に呟く男。
 窓外に向けられた眼差しが、何処か遠くの空を懐かしむ様に見つめていたが、やがて気持ちの切り替えが着いたのか、再び、内懐へと懐中時計を戻し、軽く背を伸ばす。

「……さて、続けるか」

 気合を入れる為か、或いは何かを忘れる為か、ピシャリと頬を叩く音が、篁のオフィス内で一度だけ響いた。



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月十二日 帝都・枢木邸 ――



 綺麗に整えられた静謐な室内。
 そんな場所には不似合いな膨れっ面をした美少女が、両手に大きめの枕を抱え込んだままブツブツと愚痴っている。

「兄様のバカ……」

 結局、あの後、二人だけの休日は夢と消え、無粋な闖入者により兄と過ごす貴重な時間は失われたのだった。
 唯依にしてみれば、文句の十や二十は言いたいところだったが、大和撫子としての面子と矜持から、それすらも叶わず。
 不満に引き攣る笑顔を堪えながら、結局、『三人』で夕方まで過ごす破目になったのだ。

 夕餉の誘いを断って月詠が辞去した際には、はしたないと思いつつも内心で喝采を叫んでしまった唯依。
 その後、兄にべったりとくっ付き、寝る時も一緒という妹分ならではの特権を存分に駆使したのだが、それでもまだ足りない。

 これから又、数日、或いは十数日も放置されてしまうのかと思えば、心の飢えで精神的に餓死してしまいそうだった。

「嘘つきです。
 針千本飲ませますよ」

 昨晩、兄が使っていた枕をギュッと抱き締めながら、甘え拗ねた声音で、ここには居ない人へと恨み言を囁く。
 当人が聞けば、そんな約束をした覚えは無いと眉をしかめそうだが、例え小さくとも恋する乙女にそんな正論は通用しないのだ。

 想像の内で、きっちりとけじめを付けさせたその後は、今度はその埋め合わせをしてもらう事を夢想する。

 ――もう二度と月詠には邪魔されない様、次の休日をどうやって過ごすべきか?

 いくつものプランが浮び、その度に頬染めた少女の腕の中で、悲運な枕がギュッギュッとばかりに悲鳴を上げていた。

 由緒正しき武家の令嬢としては、少し問題のある奇矯な振る舞いではある。
 だがこの場には、自分一人だけという思い込みが、ついつい少女に羽目を外させていた。

 ……外させていたのだが、彼女同様、この部屋に気軽に出入り出来る人物の事を失念していたのは、唯依にとっては痛恨の失態となる。

「……そんなにルルーシュの枕がお気に入りなら、今晩から唯依ちゃんが使う?」
「――っ!?」

 何の前触れも無く、唐突に、背後から湧き上がる張りのある声。
 喉から心臓が飛び出すような錯覚を覚えた唯依は、そのままピキリッと固まった。

 頭に一気に血が昇り、次の瞬間、一気に落ちる。
 軽い貧血の気分を味わいながら、ギシギシと軋む関節を無理矢理動かした少女は、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた美女へと向き直る。

「……ひ、ヒ……必要…ありません」

 内心の動揺を映して、震え途切れる声が出た。
 再び、上がってきた血潮に、頬が燃えるように熱くなるのを感じながら、少女は必死になって平静さを取り繕う。

『だ、ダメです。
 お、お、落ち着かなくてはいけません。
 ここで動揺しては、叔母様の思う壺に嵌るだけなのですから』

 内心で、自身にそう言い聞かせつつ、荒れる鼓動と呼吸を必死に制御する。
 そんな少女の健気な努力を嘲笑うかの如く、美女は艶然と笑った。

「あらそう。
 じゃあ私が使おうかしら?」
「だ、ダメですっ!」

 儚くも短く決意が崩れた。
 腕の中に抱え込んだ枕を、宝物の様に必死に守ろうとする唯依。
 そこには、数瞬前の自制など微塵も無く、歳相応の少女らしい顔があるだけだ。

 そんな唯依の姿に、微笑ましさを感じつつも、ここぞとばかりに悪い癖――いじめっ子気質を全開にした真理亜は、追い討ちの一手を放つ。

「良いじゃない。
 私だって愛しの息子が、恋しくなる事だってあるのよ」

 ――昨日は、唯依ちゃんに譲ってあげたし。

 言外に、そう告げる。
 以心伝心という訳では無いが、それなりに長くなった付き合い故か、唯依にもその意図はしっかりと伝わった。
 とても厄介な人物に、いつの間にか借りを作っていた事にされてしまった美少女の白い頬が微かに痙攣する。
 だが無意識の内に締め付けた枕から立ち上った兄の匂いが、ロープ際から反撃を放つ力を彼女にもたらした。

「だ、ダメだといったら、ダメなんです!」
「……あらあら、残念」

 子犬が毛を逆立てて威嚇している様を思わせる唯依の反撃に、真理亜の美貌が楽しげに綻ぶ。
 美少女の唸り声と美女の笑い声が、静かな室内の隅々まで響いていった。

 やがて、ひとしきり笑い満足したのか、再び、悪戯っぽい笑みを浮かべた真理亜は、その両腕をさし伸ばす。
 電光石火の早業――ではなく、ごく緩い動きであった筈なのに、唯依は、それに抗う事は出来なかった。

「あっ?」
「じゃあ、これならいいでしょう?」

 気付いた時には、真理亜の膝の上に乗せられ、抱き枕よろしく抱き締められていた唯依。
 思わず漏れた声に、笑みを含んだ声が応じた。

 今まで何度も抱き上げられた柔らかな膝の上。
 慣れ親しんだ良い匂いに包まれていると抗う意思も萎えてしまう。

 それでも唇を尖らせ、形だけ反抗の意思を示そうとした唯依であったが、そこで不意に微かな違和感を覚えた。
 サラサラと髪を揺らしながら首を捻る少女は、やがて違和感の正体に気付く。

「………」
「あら、どうしたの?」

 微かに赤らんで見える頬、いつもよりも僅かに高い体温。
 それが少女が感じ取った違和感の正体。

「叔母様、お顔が赤いです」

 そう言いながら伸ばされた小さな白い手が、真理亜の額に当てられる。
 紫の双眸が細まり、形良い眉が寄った。

「……熱い……」

 咎める色が少女の瞳に宿った。
 明らかに発熱している事を確認し、可愛らしい顔には似つかわしくない怒った表情になる。

 すると、これは流石にバツが悪かったのか、真理亜の美貌にも苦笑が浮んだ。

「そうねぇ……そう言えば少しダルい様な……夏風邪かしらねぇ?」

 ――昔から、夏風邪をひくのは馬鹿っていうから、あまり言いたくなかったんだけど。

 等と嘯いてみせる真理亜に対し、唯依の一喝が飛んだ。

「そういう問題じゃありません!
 早く暖かくして、お休みにならないと」

 風邪一つひいた事が無いと聞いていた真理亜の突然の風邪宣言に、動転しつつも唯依は為すべき事を並べ立てていく。
 だが、すわ一大事とばかりに、慌てて看病の準備を始めようとする少女に対し、拗ねた様な真理亜の声が返された。

「え〜〜……正直、病人扱いされるのは、イヤなんだけど」

 唯依の両目が三角になる。
 余りにも大人気ない事を言う叔母に、少女の怒りが噴出した。

「ダメです!
 直ぐに、お布団とお薬を準備します」

 有無を言わさぬ勢いで、きっぱりと言い切る。
 唯依の余りの剣幕に、流石の真理亜も渋々ながら病人扱いに甘んじる事を選ぶ。

 ……選んだのだが、そこで素直に従う程、この女傑は甘くは無かった。

 からかい混じりの呟きが、聞こえよがしに漏らされる。

「ハイハイ……ああ年老いた姑は、嫁に従うしかないのねぇ」

 唯依の頬が、林檎の様に真っ赤に染まった。
 思いも寄らぬタイミングでの一撃に、恋する乙女の羞恥心が一気に膨れ上がり、絶叫となって迸る。

「お、叔母様ぁ!」

 音程の狂った叫びが、少女の動揺の程を物語っていた。
 たとえ本心からそれを望んでいても、突かれれば容易く動揺する。
 いまだ未熟な少女には、老獪な女狐の相手は荷が重過ぎるのだ。

 そのまま信号機の様に顔色を変えながら、あたふたと慌てふためき、挙動不審となる唯依。

 そんな少女の初心な仕草を思う存分堪能しながら、絶妙な一手が決まった事に、真理亜はいつも通り、ほくそ笑むのだった。



■□■□■□■□■□



―― 西暦一九九二年 七月二十五日 メインベルト・準惑星ケレス ――



 億を超える距離を越え、星を渡る船は、この日ようやく目的地へと辿り着いた。

 ごく僅かな大気が存在する為か、輪郭が微かにぼやけた白っぽい球体を眼下に見下ろす『スヴァルトアールヴヘイム』の艦橋で、ジェレミアはホッと安堵の溜息を吐く。

 以前に勝る大航海。
 事前に、目的のモノを確認する為、そして航路の安全を確保する為の無人探査機を複数送り出していたとはいえ、ここは未だ人跡未踏の地。
 ましてやBETAの支配下にある火星軌道を越えてとなれば、流石の彼も緊張と不安を抱かずにはいられなかった。

 それ故、なんとか無事に目的地まで辿り着けた事で、安堵と共に緊張も緩みかけたのだが、未だ道半ばである事を思い出し、緩んだ気分を引き締め直したジェレミアは、速やかな接近を命ずる。

 目標となるのは、先発した無人探査機が『偶然』発見した巨大クレーター。
 その底に、彼等の目的とする物――厚さ数十キロから百キロを超える膨大な氷の層――が眠っている事も、同じ無人探査機からの情報で既に確認済みだ。

 この小さな星に眠る推定で二億立方キロメートルに達するともされる膨大な水資源。
 それこそが彼等の城とも言える『アヴァロン』が、完全に地球の影響下から離れる為にも、何としても確保せねばならない代物だった。

 命令一下、直径千キロにも満たぬ小さな星へと接近を開始した『スヴァルトアールヴヘイム』は、そのまま滑る様な速さで目的地の上空へと達する。

「これは……」
「……凄いな……」

 ケレスの大地に穿たれた巨大な穴。
 薄い地殻を貫いたクレーターに、艦橋の一同も思わず眼を瞠る。

 この『スヴァルトアールヴヘイム』すら超える巨大で底知れぬ深さを持つソレに、皆が皆、目を奪われる中、唯一使命に燃える男の声が艦橋に響いた。

「何を腑抜けておるか!
 速やかに作業に取り掛かれ」

 ジェレミアの一喝が、クレーターの威容に飲まれていた一同の精神をこちら側へと引き戻す。
 我に返ったクルー達は、次々に自身が為すべき事を開始した。

「降下班は、目標クレータ近傍に降下開始せよ。
 降下後は、ベースキャンプの設置を急げ」

 ――艦から切り離された降下艇が、微弱な重力に引かれながら、ごく薄い大気の底へと降りていく。

「ケレス軌道上に監視衛星の展開を開始します」

 ――同じく、『スヴァルトアールヴヘイム』から発進した工作艇達が、腹に抱え込んだ監視衛星をケレス上空にバラ撒くべく散って行く。

「回収班、射出された機材の回収準備に掛かれ。
 回収し損ないましたなどと無様をさらすなよ!」

 ――別の工作艇の一群が、ケレスと地球を結ぶライン上に、強制停止用の巨大なネットを大量に展開させていった。

 瞬く間に、喧騒が満ちていく艦橋内。
 事前に取り決められ、幾度となく訓練されたソレ等は、遅滞する事無く進行して行く。
 ソレ等を見届け、満足そうに頷いたジェレミアの脳裏に、ふと『アヴァロン』を発つ際のやり取りが蘇った。

『いやぁ〜〜単なるルーチン・ワークに、ボクやセシル君は要らないでしょ?』

 そう言って軽い仕草で手を振っていた腐れ縁の悪友の顔と声が、明瞭なまでに思い出せる。

 確かに、徹底して検討された手順通りに動くだけの任務。
 ルーチン・ワークと言えば、ルーチン・ワークだろうが、もう少し言い方というものがあるだろうと秘かに思った事を思い出す。
 ジェレミアの口元がわずかに綻び、精悍な容貌に苦笑が滲んだ。

 ――すると。

「父上、どうした?」

 思い出し笑いをする彼に興味を惹かれたのか、彼の『右下』辺りから、幼い声が問いを放つ。

 惹かれるように向けられるジェレミアの視線。
 その先では、亜麻色の髪(・・・・・)の少女が、不思議そうにこちらを見上げている。
 ジェレミアの相好が、微かに崩れた。

「いやなに、あのバカの事を思い出しただけだ」

 そう言いながら、義娘(マオ)の頭に手を置き撫ぜる。
 大きな手で、頭を、髪を撫ぜられながら、擽ったそうに眼を細めていた少女は、再び、義父を見上げて尋ねた。

「この任務が終われば、『アヴァロン』に帰る?」
「うむ、予定では秋には帰れる筈だ」

 帰ったら帰ったで、また別の任務があるのだが……とは流石に言わない。
 熱血と忠義故に、何気に空気を読まない男であるが、やはり義理とはいえ娘は可愛いらしく、その顔が曇る様な事は言いたくなかったのだ。

 そんな義父の配慮を知ってか知らずか、軽く小首を傾げたマオは、恐る恐るといった風情で、今一度、問いを重ねる。

「……ユイに、また会える?」

 そう言いながら、上目遣いで自身を見る義娘にジェレミアの頬も緩む。
 マオと唯依とを引き合わせてくれた主君の配慮に感謝しつつ、青年は義娘を安心させるように大きく頷いた。

「そうだな。
 ルルーシュ様へのご報告もある。
 少し位なら降りても構うまい」

 そう告げながら、再び義娘の頭を撫ぜる。
 マオの双眸が、子猫の様に眼を細まった。

 喧騒と活気の満ちる艦橋で、父と娘は同じく遠くの星へと思いを馳せる。
 やがて帰るべき場所を、そこに待つ人々を想いながら。










―― 西暦一九九二年八月 ――

 一九九二年に入り、日本帝国・城内省は国防省の進める『耀光計画』に相乗りする形で、前年より検討を開始していた斯衛軍専用の次期主力戦術機開発計画『飛鳥計画』を本格的にスタートさせる。
 とはいえ帝国の戦術機開発御三家とも言うべき光菱・富嶽・河崎の三社は、前述の『耀光計画』に開発リソースの大半を取られ対応は困難な状況にあり、結果、耀光計画からの全面的な技術フィードバックを条件に、比較的負荷の軽い富嶽が機体の基礎開発を担当し、戦術機主機の雄である遠田技研が脇を固める体制で『飛鳥計画』は動き出す。

 完全な新規開発は、予定納期である一九九七年までには不可能と割り切った各社は、開発中の次期主力戦術機(TSF−X)の上位互換機との位置付けの下、開発方針を策定。
 更に城内省の過酷な要求に答える為、斯衛軍独自の特殊な運用を前提に整備性・生産性を度外視、また高度な操縦技能を持つ斯衛軍衛士を基準として、操縦性をもある程度眼をつぶるという離れ業に出る。

 これにより一応の方向性は定まった『飛鳥計画』であったが、ここで一悶着が起きた。
 開発メーカーの一方である遠田技研が、戦術機用装備メーカーとして海外から高い評価を受けている枢木工業を『飛鳥計画』開発陣に招聘する事を提案。
 国防省・技術廠の内部からも、既にして充分な実績を積んでいる枢木の参加を肯定する意見が上がるも、それを圧殺する形で反対意見が関係各所より噴出する。

 国防省、開発メーカー、そして城内省からも、遠田の提案に対し難色を示す意見が殺到。
 強行する場合は、『耀光計画』からの技術流用の凍結、或いは、『飛鳥計画』そのものの停止まで露骨に匂わせる様に、提案者である遠田も自身の意見を通す事を断念。
 唯一の妥協点として、前年末より市場に流れ出した枢木製の輻射波動機構を採用する事を条件に、提案を退かせる事で幕引きとしたのだった。

 この一件により、枢木工業が帝国の戦術機開発に参入する事は、ほぼ絶望的となり、結果として枢木自体も、その活動の重心を国内から国外、或いは『アヴァロン・ゼロ』へとシフトして行く。
 結果、一九九〇年代末期には、ほぼ全ての生産・開発拠点を『アヴァロン・ゼロ』か国外に移転してしまい、日本国内には営業・物流拠点のみがあるだけという状態に成り果て、『名ばかり日本企業』と陰口を叩かれる様になるのだった。






 どうもねむり猫Mk3です。

 う〜ん今回も難産。
 色々ありましたからねぇ(遠い眼)。

 さて、今回はどちらかというとルルーシュの回りの動きをチラホラと。

 悪化する大陸東方戦線。
 とばっちりにウンザリしつつも、祖国を守る為、頑張る名無しの軍人さん。
 帝国を守る為、あの手この手を打ちつつあるオジ様三人組。
 武家社会では評判悪いルルーシュの下に足繁く通う真耶と、それが面白くない真那。
 相変わらずの過労気味な篁中佐。
 等々……

 まあルル&唯依の周りでも、色々な思惑の下、世界は動いているのだという事で。


 あとは、PHASE7でチョロッと出てきた無人探査機の一部の行方も出せましたしね。
 今回の目的は、水の確保。
 宇宙では貴重品ですし、大勢の人の生活を支えるのにも、工業とかを起こすにも必要不可欠なお品。
 でも1Gの重力の井戸の底か汲み上げるには、コストが馬鹿高くなりますので、こういった水(氷)資源の多い小惑星から頂いてくる方向にしてみました。
 
 まあこれで、生命線を握られる心配も減りますので、その分、更に自由度が増しますね。
 
 さて、着々と準備を推し進めるルル様陣営
 対して、帝国サイドは?
 世界は?

 どうなっていくのは、今後にご注目という事で

 ではでは





押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.