Muv-Luv Alternative The end of the idle


【ナイトメアフレーム開発史】


〜海を飛ぶ蜂〜






 ――Knight Mear Frame
 そして、Knight Giga Frame――

 BETA大戦を終結に導く上で、欠く事の出来ない大きな役割を果たした騎士(Knight)の名を冠する人造の巨人達。

 戦術機と並び人類の歴史にその名を刻む事となった『彼等』が、本来、この世界に存在する筈の無い存在(・・・・・・・・・・・・・・・)であった事を知る者は極少数である。

 だが、本来在り得ないモノであろうとも、一度その存在が世界に確立されてしまった以上、『彼等』が、この世界のモノであるという事実に変わりは無く、故にその行くべき道筋も又この世界の要望に従い定められていくのは、ある意味、必然ですらあった。



 ――即ち、



 〜ナイトメアフレーム開発史(1) 海を飛ぶ蜂〜



―― 西暦一九九四年二月十四日 英国・倫敦 ――



「水中戦用KMFの開発……ですか?」

 丁寧に手入れされている日当たりの良い庭園の一角。
 そこに設けられたテーブルで、微かに不審の念を塗した少年の呟きが響いた。

 久方ぶりに今は亡き父の実家を訪れたルルーシュは、過剰とも言える歓待に辟易としかけた所で、今となっては母を除き唯一の血縁でもある伯父の切り出した『お願い』とやらに眉をひそめたのだが、そんな彼の前で、にこにこと満面の笑みを浮かべたままの年齢不詳の伯父は、手にしたカップから一口紅茶を啜ると、ひどく楽しそうな口調で切り返す。

「うん、そうだよ。
 唐突な事で申し訳ないんだけどね」

 ちっとも申し訳なさそうには聞こえぬその声。
 だが、自分と話す時は常にこんな感じでもある伯父の態度には、流石に慣れたと言うか、やや不感症になりつつあったルルーシュは、数瞬、考え込む表情を見せた後、溜息混じりに問いを放つ。

「……理由を教えていただけますか?」
「なにね……政治的取引ってヤツさ。
 ウチの陰険宰相と、ちょっとね」

 応ずる伯父の顔に、やや不愉快そうな色が滲む。
 現帝国宰相と伯父が政治的に敵対関係にある事は、ルルーシュの方でも把握していた。

 双方の勢力比は、ほぼ五分五分。
 どちらも相手を蹴落とす機会を、虎視眈眈と狙っているのは、大英帝国政界では公然の秘密であるという事もだ。

 そんな伯父が、宰相マールバル公絡みで新型機の開発を依頼して来ると言う事は、何らかの政治的な失態の穴埋めか、或いは利権の交換条件として、提示されたと言う事だろう。

 そこまで推論を重ねたルルーシュは、やや憮然とした表情のまま呟きを返す。

「……成る程」

 これを断れば、伯父の立場が悪化するのだろう。
 まあそれだけで失脚するほど可愛げのある人物ではないし、雰囲気からしてそれ程、深刻な問題とも思えなかったが、さりとて知らん顔をするのも憚られた。

 『アヴァロン』成立の一件を始め、これまで英国勢力圏内での活動にも何かと便宜を図って貰っている――無論、その都度、適切な謝礼は行ってはいたが、それだけで良いというものでもない。

 更に言えば、今後の政略、戦略を考慮してみても、ここで伯父の政治力に翳りが落ちるのはマイナスとしか思えなかった。

 となれば――

「急な話で悪いんだが、頼めるかな?」

 そんな彼の思考を読んだかのように、微笑みながら問い掛けてくる。
 こちらが断るとは露とも思っていない相手の様子に、苦笑を浮かべながらルルーシュも応じた。

「分かりました。伯父上のたっての頼みとあらば」
「すまないねぇ。ルルーシュ」

 年齢不詳の麗貌に、満面の笑みが浮かんだ。



―― 西暦一九九四年二月十九日 式根島・枢木工業支社 ――



 英国から帰国したルルーシュの召集を受け、式根島のオフィスに降りて来たロイド・アスプルンドは、主より事の次第を説明されると、心底、鬱陶しそうな表情を浮かべながら溜息混じりに呟いた。

「また面倒な事を……」
「ロイド!」

 主を主とも思わぬ不遜な態度に、忠義一徹の騎士が怒気を見せるが、言われた当人はといえば、苦笑を浮かべながらソレを制する。

「構わん。オレも同感だ」
「……ハッ!」

 どこかお預けを食った猟犬のソレを思わせる唸り声を漏らしながら、不承不承といった様子で矛を納めようとした男の前で、挑発するかのような軽薄な声が上がる。

「そうそう、ルルーシュ様の言うとおりぃ〜〜」

 ジェレミアの眉間に深い皺が刻まれた。
 敬愛する主君の前で無ければ、鉄拳の一つ二つは、眼前で道化る悪友の脳天に叩き込んでいたであろう利き腕がフルフルと震える中、場の空気を変えようとしたのか、いつもは主の背後に控えているだけの咲世子が珍しく声を上げる。

「……しかし何故、その様な物を?
 水陸両用機なら、既にイントルーダー(A−6)があった筈ですが……」

 開発年度は古いが、未だ現役で活躍している戦術機の名を上げて首を傾げる咲世子を前に、悪友コンビは一転して、微妙な表情を浮かべると顔を見合わせた。

「あ〜〜……なんて言ったらいいのかなぁ?」

 技術絡みでは珍しく言葉を濁すロイド。
 知らないのではなく、どういった説明をすればいいのか迷う科学者を他所に、軍人としての視点からジェレミアが咲世子の疑問に答えた。

イントルーダー(A−6)は、極論するなら海中を航行出来る機体なだけ(・・・・・・・・・・・・・)であって、水中戦用(・・・・)の機体という訳ではないのだ」

 此処で一旦言葉を切ると、自身の説明が伝わっているかを探る様に周囲を見渡したジェレミアは、その場の面々の様子から問題無いと判断したのか話を続ける。

「無論、兵装モジュールに魚雷を装備すれば水中戦も可能ではあるが、本来の用途としては潜水母艦より発進し、敵前上陸、橋頭保の確保が目的な強襲揚陸戦用の機体なのだよ」
「流石ぁ〜」

 真面目な会話を遮る様に茶々が入る。
 一瞬、男の眉がピクリと動いたが、無かった事にする事にしたのか、そのまま先を続けた。

「……今回、V.V.卿が提示された要求仕様を見る限り、水中戦に重きを置いた機体が求められている。故に――」

 ギロリと睨みつける視線が、傍迷惑な闖入者へと向けられた。
 ヘラヘラとした軽薄な笑いを浮かべながら、軽く肩を竦めたロイドが途切れた説明の続きを口にする。

「――イントルーダー(A−6)系列の機体は、あんまり参考にならないのさ」

 そう言って回答を終えた悪友コンビに、咲世子が苦笑を隠しつつ静かに頷くと、今度はセシルが、難しい表情を浮かべながら提示された要求仕様書を見つつ課題を指摘する。

「設計そのものは、ポートマン系列の設計を流用すれば良いかと思いますが、問題は兵装をどうするかですね」

 これは皆が皆、同意する処である。
 水中で有効な兵装というと、どうしても限られてしまうからだ。

「魚雷だけではどうにもならんからな」
「そうかと言って、水中で有効な兵器というと他には……」

 顔を顰めながら呟くジェレミアに、セシルが同意する。
 ポートマン・クラスの機体に詰める魚雷はせいぜい6発かそこら、使い捨ての兵装モジュールを追加したとしても良いとこ20発程度で打ち止めだ。

 さりとて水中では銃火器は使えず、近接用兵装も無用の長物にしかならない。
 全ては水という絶対的な障壁の前で無力化されてしまうだけだ。

 そこに来て、今回の機体に求められているのは、水中で戦い続けられる能力。
 魚雷を撃って、ハイさよならでは話にもならない。

 さてどうしたものかといった風情で、一同が顔を見合わせる中、いかにも面倒くさそうに仕様書を眺めていたロイドが、ぼそりと呟きを漏らした。

「……まぁ、アイディアが無いわけじゃないんですけどねぇ」
「本当か、ロイド?」

 やる気の欠片も感じられないロイドの口調に、若干の疑いを込めた問いが向けられる。
 自分の興味が無い事には、とことん無関心な青年は、やれやれと言わんばかりに肩を竦めながら、そんな主の疑問に答えた。

「ええ、まぁね。
 ……以前、巌谷少佐が言ってた事があるんですよねぇ」
「巌谷少佐が……か?」

 突拍子も無く出て来た知人の名にルルーシュが眉を潜める中、手にしていた仕様書をパサリと机の上に放り投げた青年は、どうでも良いと言わんばかりの口調で、その先を続ける。

「……水中戦用兵装のアイディア……って訳じゃないんですけどね」

 ――まぁなんとかなるでしょう。

 そう言外に告げる青年に、一同は半信半疑といった視線を向けるのだった。



―― 西暦一九九六年四月 英国・倫敦 ――



「……で、これが例の水中戦用KMF『シーワスプ』かね?」

 KMF用ハンガー内に、年老いた男の声が響いた。
 眼前にある頭部の無い異形のKMFを、胡散臭そうな表情で見上げながら放たれた問いに、脇から若々しい声で答えが返される。

「ああそうだよ。
 既に『地獄門(ドーバー・コンプレックス)』には、先行量産型一個大隊分を送ってある」

 事も無げに答えるスーツ姿の青年に、同じ程度に上品で仕立ての良いスーツを着た帝国宰相は、面白くもなさそうに切り返す。

「……知っておるよ。
 その為の予算や人員を手配したのは、誰だと思っているのかね?」
「我が大英帝国の敏腕宰相閣下だと記憶しているね」

 刺々しい空気が一瞬、両者の間に流れた。
 今は共通の目的の為、共謀しているが、本来は敵同士。
 笑顔の下に敵意を隠し、握手する右手を他所に、左手のナイフで刺す機会を伺う――そんな間柄の両者に、和やかな空気などあろう筈も無い。

 それを骨の髄まで理解している老人と男は、互いに取り繕った笑顔を浮かべながら話を続けた。

「なら結構。
 後は『ケルベロス(番犬)』共に任せておけばよかろう」
「おやおや……わざわざ国外の企業に開発を依頼した新兵器の扱いとしては、いい加減過ぎるんじゃないかな?」

 どうでも良いといわんばかりの口調で切って捨てる宰相に、V.V.が意味深な笑みを浮かべて問い掛ける。

 確かに自国の企業を無視して、国外の企業に発注を掛けたなら、その成否は気にせざるを得ない所だ。
 もし失敗作と言う事になれば、予算や人員を手配した老人の政治的瑕疵となる以上、相応に対応せねばならぬ筈なのだ――本来は。

「フン、ずいぶんと惚けた事を言われるなブリタニア公は」
「……ふふ……さて、何の事やら」

 ……だが本来なら、彼の失敗に付け込むであろう政敵が、同じ穴のムジナとなれば話は違って来ると言うもの。
 こちらの傷を抉ろうとする者が居ないなら、その程度の瑕疵は瑕疵足り得ない以上、気にする必要など無かった。

 そうやって互いの共犯関係を確認しながら、老人は不毛な会話にケリをつける。

「まぁ、役に立つなら追加配備の申請が、その内、彼の『狼王』から上がって来るだろう」

 そう言い捨てると、チラリと歳下の政敵を一瞥した。
 男の顔に、ニヤリと性質の悪い笑みが浮かぶ。

「役立たないなら、立たないで、それはそれで構わないしね」

 老人の顔にも、冷たい笑みが被さった。

「そういう事だ」
「……そういう事だね」

 言葉短く同意を交わす狐と狸。
 両者共に、既に用は済んだと言わんばかりに佇立するKMFに背を向けると、ハンガーの外へと歩き出す。

 やがて重々しい音と共に、扉が開いて、閉じられ、後にはただポツンと一騎のKMFのみが取り残されたのだった。




―― 西暦一九九七年二月 英国 ――



 英国・ドーバー基地群――通称『地獄門』にて、実戦評価が行われていた枢木工業製・新型水中戦用KMF『シーワスプ』は、数度に渡る要塞防衛戦において優れた戦果を上げた事により、欧州連合軍から大規模な追加発注を受ける事となった。

 特にKMFの主敵として設定されている小型種の海中迎撃・掃討に関しては、これまで沿岸部や艦船からの砲撃による討ち漏らしが多かったソレ等小型種――水深の浅い海峡部では海上に一部露出する大型種よりも完全に没してしまう小型種の撃破の方が難しく――を多数撃破し、上陸を阻む事に成功した事が大きく評価されており、以後、欧州連合が大陸反攻の拠点として確保している島嶼部の拠点にも順次配備が進められていく事になる。

 この新型機の特徴としては、その名前の由来ともなった水中戦用特化型兵装『ワスプハーケン』が第一に上げられるのが常だ。

 元々は、海中にて鮫などの大型肉食魚類を相手に戦う事を想定して開発されたワスプナイフと、KMFの代表的な装備であるスラッシュハーケンを組み合わせる事により産み出されたこの近・中距離戦用水中兵装は、独自の推進機関と有線操作による可変軌道性を与えられており、射出後はKMFからの有線制御により目標を捕捉し、敵の体内に食い込んだ時点で刀身から低温・高圧のガスを噴出、内部より目標を凍結・爆砕する機能を有している。
 また魚雷の様な一発限りの使い捨てではなく、再接続後ガスカートリッジを自動交換して、再射出が可能という点も、数だけは多い小型種を海中で迎撃する為には有利な点として高く評価されており、実際、長時間の防衛戦でも多くの小型種を撃破する際に使用されていた。

 この欧州で初陣を飾った異形のKMFの存在は、瞬く間に各地に広まり、同じく紅海を盾に奮闘する中東連合、枢木と深い関係を持つ南亜細亜連合などにも導入されていく事になるのだが、ここで問題が生じる事になる。

 余りにも多くの発注が短期間に殺到した為、枢木の生産能力だけでは供給が追いつかなくなってしまったのだ。
 無論、他のKMFの生産を中止して、そちらに振り向ければ必要量の確保自体は可能ではあったが、それはそれで出来ない相談でもあった。

 この様な痛し痒しな状況の中、最初に『シーワスプ』を導入した英国、より正確に言うならV.V.卿より一つの提案が為され、枢木側も仕方ないとして、その案を受け入れる事となる。

 明けて西暦一九九八年一月、英国のユーロファイタス社と日本の枢木工業による合弁会社が立ち上げられ、枢木工業より『シーワスプ』の生産を一括して委託。
 この合弁会社から全世界に向けて『シーワスプ』の供給が、開始される事になったのだった。



 ――余談ながら、日本帝国も又、紆余曲折の末、この合弁会社から『シーワスプ』を少数導入する事になったのだが、対馬・防人ラインに試験配備された一個大隊の『シーワスプ』(日本名:海蜂)は、同年に起きたBETA大侵攻により奮戦虚しく玉砕。

 圧倒的な物量差故の事ではあったが、国内の反枢木勢力は、この一事を以って『シーワスプ』を駄作と決めつけ、以後、再導入の話が起こる度に躍起になって潰していった為、この後、日本帝国に『シーワスプ』系列の機体が再導入されるまでには、少なからぬ時間を必要とする事になり、島嶼における『シーワスプ』の有用性を知る者達を嘆かせる事になるのだった。







 どうもねむり猫Mk3です。

 なんとなく思い付いて書いてみました。

 まあ、お待たせしまくった方々への軽い手土産と言う事で。

 KMF技術はギアス世界からの流入ですが、この世界なりのニーズに合わせて進化していくだろうと言う事で書いてみました。

 どんな感じですかね?
 唐突に思い付いて書いてみた程度なので、お暇つぶしになれば幸いかな?

 ちなみに作中で書いた合弁会社、名前が未だ未定。

 良い感じの名前とかあったら、と言う事で募集してみますね。

 それでは、今回はこれにて。





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