Muv-Luv Alternative The end of the idle


【アヴァロン見聞録(1)】


〜いつか蘇る王の島へ〜






 ――Avalon Zero

 ある者は夢見て語る。

 それは空の彼方の理想郷、遥かなる楽園(エデン)
 国を追われ絶望に沈む人々へと垂らされた最後の希望の糸。

 ――と。

 また別の者は蔑み謗る。

 国を世界を見捨てた臆病者達の住処。
 我儘な子供のちっぽけな王国。

 ――とも。

 正負両極の意見と視線。
 地より天を仰ぐ者達のソレ等を受けながら、今日もいつか蘇る王の島(アヴァロン・ゼロ)は、虚空に在るのだった。



 〜アヴァロン見聞録(1) いつか蘇る王の島へ〜



―― 西暦一九九七年三月十八日 式根島・宇宙港ロビー ――



 世界で唯一開かれた星への道。
 その起点である此処、式根島・宇宙港は今日も賑わいの中にあった。
 その旅客の大半は、枢木の関係者で占められているが、それでもそれが全てという訳でも無い。

 商談の為、噂の『アヴァロン』へと向かう企業家達。
 研究の為、枢木から滞在許可を取り付けて、意気揚々と宇宙を目指す学者の群れ。
 そして大きな声では言えないが、今現在、米国と並んで世界で最も安全と目される地へと疎開する富裕層の子女等々……

 そうやって様々な人々が様々な理由で集うその場所に、五人の少女達の姿もあった。

「いやぁ〜〜、やっぱ持つべきものは気の利く友達だよねぇ!」
「……安芸、恥ずかしいから少し静かにしてよ」

 元気一杯といった風情で声高に喋るショートカットの少女の傍らで、眼鏡を掛けた少女が頭を抱える仕草を見せながら苦言を呈した。
 それなりに慣れた友人の性格は分っていたが、やはりこれだけの人ごみの中でやられれば恥ずかしい物は恥ずかしい。
 そんな友人――能登和泉の様子に、自身がまた破目を外し過ぎた事に流石に気付いたのか、ややバツの悪そうな表情を浮かべながら石見安芸は、詫びの言葉を口にした。

「ああぁ、悪い悪い。
 いやなにせ宇宙に行くのなんて生まれて初めてだからさぁ」

 これもまた事実ではある。
 如何に武家の出身とはいえ、宇宙などおいそれと行ける場所では無いのだ。
 まあ、帝国宇宙軍に志願でもすれば話は別であろうが、それもまた武家という身分が邪魔をする訳で、結局のところ宇宙とは彼女にとっては縁遠い場所であるという事に変わりなく、そこへ無条件、且つ、タダで行けるとあれば、沸き立つ気分も起ころうというものである。

 ――とはいえだ。

「それは分りますが、あまり騒ぐと私達を招待してくれた唯依に恥をかかせてしまいますよ」

 長い黒髪をリボンでまとめた少女が、お調子者の気質の強い友人へと、念の為と言わんばかりにもう一本重ねて釘を刺す。
 これには流石の元気娘も閉口したのか、こめかみのあたりに薄っすらと冷や汗を浮かべつつ、今回の旅行の招待主である友人へと頭を下げた。

「うっ……あはは、そ、そうだね……ゴメン、唯依」

 平身低頭――というほどではないが、それなりに悪かったと思っているのが伝わる安芸の謝罪に、それを向けられた相手である篁唯依も苦笑を浮かべる。

「いいの。他人の迷惑にならなければ、少しくらい騒いでも大丈夫……よね?」

 若干、語尾が疑問形になりながら、傍らの幼馴染へと問い掛ける唯依。
 彼女にとっても、ここは馴染みの薄い場所であり、それなりに慣れているであろう親友へと確認を取っておく事にしたらしい。

 それに釣れられる様に、他の面々も尋ねられた相手に注目する中、四対の視線の集中砲火を受けた当の本人はと言えば、いつもどおりの茫洋とした表情のまま、軽く頷き、口を開いた。

「問題無い。
 ここで浮かれ騒ぐのは、それほど珍しい事じゃない」

 そこで一旦、言葉が切れる。
 だが、流石に少し言葉が足りぬと気付いたのか、一拍置いて薄紅色の唇が再び動いた。

「トラブルが発生しない限り、黙認されるのが通例」

 そう告げながら軽く胸を張るマオ。
 その途端、彼女の身体の一部が、その自己主張を更に激しくすると――

「「「「………」」」」

 不意に場に満ちた沈黙に、自身の理不尽さを全く分かっていない銀髪巨乳美少女が、不思議そうに首を傾げた。
 そんな無垢な彼女を他所に顔を寄せ合った乙女達は、世の不公平さを嘆く。

「……アレは反則ですよねぇ?」
「何食べたら同い年でここまで差が出るのよ……」
「……チッ……ブルジョワめ」

 ひそひそ話をしながら、恨めし気にマオの極一部に焦点を合わせる三人娘。
 そんな未だ悟りには程遠い領域にある友人達を、マオとの付き合いの長さから免疫が出来ている唯依が苦笑混じりにたしなめた。

「三人とも内緒話はそこまでで」

 そう言って、友人達が暗黒面に沈んでいくのを止めた唯依は、まったく自覚の無い元凶へと視線を戻し、再び尋ねる。

「マオ、手続きは済んだのでしょう?」

 銀の髪がサラリと揺れる。

「問題無い、手続きは全て完了した。
 但し、普通ならこの後、揺り籠(クレイドル)に乗って貰い、軌道ステーションまで上がるのが通常の旅程。でも、私達は別枠との事」
「別枠?」

 訊き慣れぬ単語とそれに続く別枠とのセリフに、形良い眉が僅かに寄った。
 そんな幼馴染の様子に気づいているのかいないのか、淡々とした口調で、今後の予定をマオは説明していく。

「そう。
 既に、軌道上にはVIP用の高速艦が到着している。
 私達は軌道ステーションでHSSTからそちらに乗り換える様にとの指示があった」

 さらりと放たれた答えとその中に含まれた無視しがたい固有名詞。
 対する四人の眼が丸くなる中、内一人が敏感に、或いは軽率に内心の驚きを口にしてしまう。

「へぇ〜〜……流石、アヴァロンの王子様の許婚が居ると扱いが違うねぇっ!」
「ちょ、ちょっと安芸!」

 先程よりも尚高く大きな声が響き、反射的にマズイと悟った制止の声がソレに被るが、時既に遅しである。

 ザワリと周囲の空気がうねった。
 喧騒が引き潮の様に遠のき、代わって居心地の悪さを感じさせる視線が台風の目たる少女達一行へと集中する。

 自分がとても拙い事を口にしてしまったのをようやく理解し、思わず両手で口を塞ぐ安芸の横手で、友人を止めようとして果たせなかった和泉は思わず額に手を当て呆れ混じりの溜息を吐いた。

 アヴァロンの王子様――良くも悪くも、その言葉が指す人はただ一人。

 そしてその人こそが、周囲に居る人々が目指す地を支配する存在である以上、その事を知らぬ者も居ない筈なのだ。
 そんな存在――言わば、彼等にとっての実質的な最高権力者とも言える相手が、VIP待遇で扱う大切な許婚が此処に居ますよと大声で喧伝すればどうなるのか?

 その疑問に対する答えを、今この場にて少女達は実感する破目になっていた。

 さざ波の様に広がっていく囁き声と一秒ごとに増していく感のある数多の視線の圧力。
 正直、あまり良くない印象を受けるモノも少なからず含まれるソレ等に対し、思わず身を守るように構える唯依達の横手から、凛とした声が湧き起こった。

「場所を移した方が良い。
 出発までの間、控室での待機を提案する」

 その響きの中には、抜き身の刃を思わせる鋭さがあった。
 先程までが日向でまどろむ子猫なら、今のマオは敵を前にした猫科の猛獣を連想させる程に苛烈な空気を纏っており、それが安芸の不用意な一言がどれだけ拙かったかを無言のままに物語っている。

 実際、このまま此処に居続けるという選択は悪手以外の何物でもないという事は、彼女達にも直感的に理解出来ていた。
 周囲に出来つつある人垣のそこかしこから感じられる好奇以外の視線が、徐々に粘性を増していく事が肌で感じられる。
 ちょっとした切っ掛けだけで、それらが自分達へと殺到して来るであろう事を無意識の内に感じ取り、思わず鳥肌を立てながら少女の一人が思慮の浅い友人を睨んだ。

「安芸が大声出すから……」
「……ゴ、ゴメン」

 恨みがましい一言が和泉の唇から零れ落ちる。
 その非難を受けて、流石の元気娘も自分の失言がイヤという程身に染みたのか、小さく縮こまりながら友人達に頭を下げた。

 なんとも言い難い空気が、彼女達の中に充満していく。
 楽しい旅の始まりには相応しくないものだ。

 だからこそ旅の主催者たる少女は、ソレ等を吹き飛ばすべく、行動を開始する。

「マオ?」
「こちらへ」

 小声で放たれた短いソレに、打てば響く様に答えが返る。
 ほぼ同時に振られた白い手に呼応するように、あちこちから現れた厳つい人影の群れが、群衆と少女達を遮る様に壁を作りだした。

 それを見届け身を翻したマオに、唯依達も倣って続く。
 今はとりあえず、このよくない空気の満ちる場から遠ざかる事。

 それだけを考えながら、流れる様な歩調で先導する幼馴染の麗姿を見ながら、唯依は何とはなしにこうなった経緯を思い返すのだった。



―― 西暦一九九七年三月十四日 帝都・篁邸 ――



「アヴァロンへ?」

 朝食の席上、差向いで軽く食事を取り終え、食後の茶を啜りながら切り出された一言を、唯依は思わず訊き返した。
 そんな彼女の真正面で、きっちり正座したまま湯呑みを傾けていたマオは、ごく淡々とした仕草で頷き返す。

「そう、誕生日を祝えないので、その代わりにと仰っていた」

 誰がとまでは言わない。
 わざわざ言うまでも無い事であり、唯依にもそれで十分通じていた。
 だがそれとは別の理由で、少女はわずかに首を傾げる。
 昨日の誕生パーティーに、仕事の都合で参加出来ないルルーシュの名代としてやってきた眼の前の幼馴染からは、その様な事は一言も聞いていなかったのだ。

「でも昨日はそんな事、一言も……」

 今日になって、いきなりの申し出に、戸惑いながら尋ねる唯依の真正面で、最後の一滴まで綺麗に茶を啜り終えたマオは、コトリと湯呑みを卓へと置くと、相変わらずどこか茫洋とした風情のままゆっくりと口を開く。

「来月には訓練校に入学する大事な時期。
 唯依が忙しい様なら、無理に誘わない様にと――」
「………」

 要するに、実際にこちらの様子を見て、誘うかどうかを決める様に言い付けられていたのだと説明する。
 そして見分を任された彼女の見立てとしては――

「――幸いにして時間はある様子。
 なら一度、今のアヴァロンを直に見ておくのも良い事だと思う」
「……うん……」

 そう言って簡潔に伝えてくるマオに、唯依はどこか曖昧さを残したまま相槌を打ちながら考え出した。

 少なくとも今後、山百合女子衛士訓練校に入学してしまえば、そんな機会はまず得られないだろう。
 入学の為の準備も既に滞りなく済んでおり、マオの誘いに乗るのも悪くない選択と言えた。
 そうやって数瞬、思考を巡らせた唯依は、踏ん切りを付ける様、小さく頷くと幼馴染へと視線を戻す。

「それではお願いできますか?」
「承知した。
 直ぐに手配する」

 人形の様に整った美貌が小さく崩れた。
 ごく親しい人間しか見た事の無いソレに、内心、ほっこりと癒しを感じながら、不意に唯依は思い付く。

 ソレは、自分も偉そうな事が言える程、社交的とは言えないが、輪を掛けて交友関係の狭い幼馴染の事を気に掛けての事であり、そして同時に武家社会での評判が最悪である愛しい人の状況改善の一助にでもなればとの思いも含まれての事だった。

 そんな思い付きを、数瞬、吟味した少女は、一つ息を吸い込んで思い切る。

「……マオ、一つ頼みがあるのですが」

 それが彼女達(・・・)の旅の始まり告げる一言となった。



―― 西暦一九九七年三月十八日 軌道ステーション ――



「おおっ〜〜、これが無重力かぁ!」

 三つ子の魂百までも――敢えて、三歩歩けばなんとやらとまでは内心で評さなかったのは唯依の優しさか、或いは無意識の傲慢か。

 ――後々、万事にこんな感じの友人の態度が、その本音を隠すポーズが多分に含まれていた事を理解する様になるのだが、この時点ではまだまだ未熟な少女に過ぎず、そこまで深く関わってもいない彼女の印象は概ねそんなものだった。

 そしてそれは他の友人達も似たり寄ったりであったらしい。

 フワフワと浮かびながらはしゃぐ安芸の姿に、呆れ混じりの苦笑を浮かべつつ、彼女等は彼女等なりに、初めて味わう不思議な感覚を楽しんでいたのだから。

「水の中に居るのともちょっと違う感じね」
「百聞は一見にしかず――ですね」

 友人の様にはしゃがずとも、宙に浮く慣れぬ感覚に興味深そうに言葉を交わす和泉と志摩子。
 そんな彼女等に向けて、一応、経験者でもある唯依が窘める様に注意する。

「三人ともその辺にして、ブーツの電源を入れてね」

 無重力状態というのは、慣れぬ者にとってはかなり危険な環境なのだ。
 ちょっとした事で、思わぬ方向に突進し、止まる事すら出来ずに壁に激突ということも充分有り得、下手をすれば命に関わって来る可能性も多分にある。

 その辺りも、身をもって知っている彼女としては当然と言える注意であったが、初めての感覚に興奮していた友人には不満であったらしい。

「えぇ〜〜」

 不満タラタラといった声と顔を隠す事無く見せる安芸。
 まだまだ遊んでいたいと全身で示す彼女に、さり気なく自分はそこまでお子様では無いと示すかの様に、しっかりと着用したダブダブの宇宙服のブーツに電源を入れ、靴底の磁石を作動させて床にピタリと立った和泉は、保護者然とした仕草で指差して見せた。

「ほらほら、早くしないと置いていかれるわよ安芸」

 気付けばいつの間にやら案内役であるマオは、数m先へと進んでいた。
 相変わらずのマイペースを示す彼女に、わずかな苦笑が唯依の顔にも浮かぶと同時に、傍らから残念無念といった感情も露わな声が湧き起こる。

「ヘイヘイ、分っかりましたぁ」

 振り向けば安芸も、ようやく諦めたのか靴底の磁石を使い床に立っている。
 苦笑いを浮かべながら、こちらに向けて軽く頷いて見せる志摩子に応じつつ、唯依は再びマオへと向き直ると、あちらもこちらの遅れにようやく気付いたのか、少し先で立ち止まり、少女達へと声を掛けて来た。

「こちらが搭乗ゲート、付いてきて」

 促す声がステーション内の通路に響く。
 一同の視線が重なり、バツの悪そうな顔を見合わせた少女達は、やや曖昧な笑顔を向けあいその場を誤魔化すと、前方で待つマオへと靴音を響かせながら歩み寄っていき、それを見て彼女も安心したのか再び踵を返し目的地へ向けて歩き出した。

 そのままやや手狭に感ずる通路に、五つの足音がしばし鳴り響き、そしてソレが不意に一つ消える。

 気が付けば、唯依達を先導していた筈のマオの足が止まり、通路の壁に視線を向けたままこちらを手招きしていた。
 いきなりの行動の変化に、一瞬、不審そうに顔を見合わせた少女達だったが、このままという訳にも行かず、招かれるままにマオへと近づいていき、あと数歩というところまで近づいたところで、その意味をようやく悟る。

 青い双眸の見つめる先には、分厚い強化ガラスで仕切られた窓があり、その向こう側には、再突入駆逐艦とは異なり、大気圏内への降下を全く考慮していないのであろうシャープな流線形の船体が浮かんでいるのが遠望出来たからだ。

「アレが私達の乗る高速連絡艦『スレイプニールV』」
「へぇ〜〜」

 淡々と語られる説明に、感心したような声が重なった。
 興味津津といった風情で窓に貼りつく安芸に、苦笑を浮かべる一同に向けて、ガイド役に徹している銀髪の少女が、更に説明口調で語りかける。

「通常の旅客は、この軌道ステーション近傍のマスドライバーからコンテナ船に乗せられて射出される。
 射出後、しばらく自力加速を行った後、そのまま慣性航行で『アヴァロン』へと向かう事になる」

 そこで一旦言葉を切り、確認するように唯依達を見る。
 未だ窓に貼りついたままの安芸を除き、他の面々は真面目な顔で耳を傾けていたが、視線は微妙にズレていた。
 その理由が自身の装い――具体的には唯依達が着せられている一般的な宇宙服と異なり、宇宙空間での使用も念頭に置かれた『キャメロット』独自の装備である『騎士服』に在る事までは理解できなかったマオは、不思議そうに首を傾げる。

「「「……ぅっ…」」」

 呻きにも似た呼吸が、誰かの喉から零れ落ちた。
 間近で見ると、やはり色々と『凄かった』からである。

 少女達がこれから目指す衛士の着る衛士強化装備に比べれば、これでも厚手であり、若干、いやかなりマシというのが双方の着用経験のあるキャメロット所属女性兵の共通した感想ではあったが、やはり肌に密着させる形式のスキンタイト系の装備である事には変わりなく、身体のラインはそれなりに浮き出ていた。

 細く絞りこまれた柳腰とそこに続く形良く膨らんだ臀部のラインは、悔しくなるほど完璧だった。
 そしてソレに輪を掛けて、強く強く女性を意識させる部位。

「んっ?」
「「「ぐっ!」」」

 不思議そうに傾げられた首の動きに触発されて双子の巨峰がユサリと揺れ、乙女達の可憐な唇からは不協和音めいた微かな歯軋りが漏れる。

 あまりにも圧倒的な戦力差、明らか過ぎる神――乳神なんぞというモノが存在するかはさておき――の差別のひどさに胸中で無念の涙を流しながら、直視し難いソレから目を逸らす少女達。

 そんな彼女達の心中を全く理解できないマオは、訝しげな目つきでしばし唯依らを凝視し、やがて理解する事を諦めたのか、途切れた説明の続きを語り出す。

「……『アヴァロン』までは凡そ三十八万キロ、その道程を五十時間程度掛けて移動するのが一般的な旅程とされているが、あの『スレイプニールV』の場合、その道程を三分の一以下、凡そ十五時間程に縮められる。ただし……」

 ここで再び言葉が途切れる。先程とは異なる調子で。

 語尾に含まれた不穏な響きが、しばし唯依達に世の理不尽さを忘れさせ、無意識に質問を言わせてしまう。

「ただし?」
「その分、加速と減速の際に掛かる負荷が大きくなるので要注意」

 どこか事務的な口調で簡潔に言い切るマオ。
 それが更に少女達の不安を煽り増幅させる。

「「「「……」」」」

 思わず互いの顔を見合わせる少女達。
 己の瞳に映る友人達の顔が、微かに蒼褪めている事を見取った彼女達の頬を一筋の冷たい汗が流れ落ちていった。

「……は……はは……いやでもさぁ、アタシら皆、衛士適正試験には合格してるんだから……さ……」

 暫しの沈黙の後、半ば茶化す様な口調で強がってみせる勇者が現れたが、向けられた視線の冷たさに思わず口籠る。
 軽い溜息混じりの呟きが、マオの唇から零れ落ちた。

「……幸運を期待する」

 ご愁傷様との思いを色濃く滲ませたソレに、唯依達は揃って酢を飲んだような表情を浮かべる事になるのだった。



―― 西暦一九九七年三月十九日 L5・『アヴァロン・ゼロ』近傍 ――



 積み重なる荒い呼吸が客室内に満ちている。
 発生源は耐Gシート上にグッタリと横たわる四人の少女達だ。

 蒼を通り越し紙の様に白くなった美貌を、ダラダラと流れ落ちる冷や汗で彩っていた彼女等の内の一人が、ようやくといった風情で重くなり過ぎた口を開く。

「……ううっ……思ったよりキツかった……」

 心の底からの思いがたっぷりと籠った一言だった。
 自分達の予想が甘過ぎた事を心底後悔しながら放たれたソレに、他の面々もまた思い思いに本音を吐露する。

「Gそのものは、衛士適正試験の時より大分小さかったけど……」

 確かに小さかった。瞬間的には――

「その分、時間が長かったですよ」
「加速や減速に、あんなに時間が掛かるとは思わなかったわ」
「……ホント、吐くかと思ったぜ」

 ――だがそれも延々と続けられれば拷問以外の何物でもなかった。

 見えざる巨人の手で押し潰される様な時間を、厭というほど味わう破目となった少女達は、心身ともに疲れ切った状態で、陸揚げされたマグロの様にシートに横たわる事しかできず、そのまま意識を手放してしまいそうになる。

 ――このまま眠ってしまえれば、どれ程楽だろう?

 そんな弱気が場を制圧していく中、微かな圧搾音と共に客室の扉が開く。

 そこから姿を見せたのは先程と全く変わらぬ風情の銀髪の少女――減速が終わるやいなや全く堪えた素振りも見せずに立ち上がり、状況を確認しに行ったマオだった。

 彼女と自分達の間に在る大きな差を、否応なしに見せつけられた唯依らが、秘かに落ち込みを深くする中、相変わらず茫洋とした空気を纏った少女は、簡潔に現状を伝えてくる。

「もうすぐ『アヴァロン・ゼロ』の主宇宙港(メインポート)に入港する」

 往路の終わりを告げるその一言に、安堵の溜息が室内に満ちた。

「はぁぁ……やっとかぁ……」

 正直過ぎるほど、正直な感想が安芸の口をつく。
 この際、復路に同じ試練がある事を無意識の内に忘却した少女は、肩の荷が下りたと言わんばかりの表情を浮かべながらノロノロとその身を起し、釣られる様に唯依達も置き上がり始めた。

 ――もうコリゴリだ。

 そんな思いが露骨に滲む空気の中、全く空気を読む気の無いらしいマオの一声が、それらを震わせ――

「もう肉眼でも見える距離」
「マジでっ!?」

 ――霧散させた。

 壁面に埋められたパネルへと伸ばされた手が、軽いタッチでソレ等を操作するや、壁面の一部、窓に当たる箇所が通電を切られ透明化される。

「「「「……」」」」

 沈黙する一同の眼に虚空に浮かぶ黒い影が映った。
 その一部が白く輝いているのは太陽に面している箇所なのだろう。
 その照り返しを受けてか、輪郭全体が淡く浮き上がって見えるソレを前にし彼女等の胸中に表現し難い何かがゆっくりと生まれていく。

 ――感動か、畏怖か、或いはそれ以外のナニかか?

 まだまだ成長途上の胸の内を満たすソレに圧迫され、声も無く眼前の光景を見詰める事しか出来ない唯依達。
 そんな少女達の耳朶を、凛然とした声が震わせる。

「あれが、我等の造る新たなる大地『アヴァロン・ゼロ』」

 思わず振り向き、無遠慮に視線を注いでしまう唯依達の面前で、微かな笑みを浮かべたマオは優雅とすら言える仕草で一礼をして見せる。

「ようこそ、いつか蘇る王の島(アヴァロン)へ」



 こうして少女達の短くも濃いアヴァロン見聞録は、その幕を開けたのだった。










 どうもねむり猫Mk3です。

 冬眠明け(春が遅いなぁ)のリハビリがてらの一発でした。

 まあマイペースで行きますので、これからもゆっくり気長にお付き合いをば

 見聞録は、まあ徒然なるままに〜〜で、三話か四話構成程度にするつもりです。
 さて、次は本編に行かねば。

 それでは、今回はこれにて。





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