人類の繁栄に比例して、悪化の一途を辿る自然環境。
 そこで人々は自然環境を回復させる名目で、今まで住んでいた温暖な土地を離れ、本来余り人が寄り付くことのなかった極寒の地や砂漠に『ドームポリス』と呼ばれる都市国家を建設。
 自らそこに移り住んだ。

 ドームポリスでの生活が当たり前となって長い年月が過ぎた頃、人々の間では先祖が住んでいた温暖な土地への回帰――即ち『エクソダス』を行おうという声が高まる。
 それはシベリアに所在するドームポリス『ウルグスク』も例外ではなかった。

 ウルグスクに住む少年、ゲイナー・サンガはあることが切っ掛けで、エクソダス請負人のゲイン・ビジョウという男と出会う。
 この時から彼の日常は一変し、半ば巻き込まれる形で豊穣の地『ヤーパン』を目指すウルグスクのエクソダスに参加することになる。

 最初の頃こそエクソダスに否定的で、周囲に反発していたゲイナーではあったが、旅の中で様々な人と出会い、時にぶつかり合い、そして時に励まされながら大きく成長していく。

 そんなある日、ゲイナーが何の前触れもなく忽然と姿を消すという出来事が起こる。
 エクソダスを阻止せんとするシベリア鉄道警備隊や、セントレーガンを幾度となく退けてきた"相棒"とともに……



「あの……大丈夫ですか?」

 正面から聞こえてきた人の声にゲイナーはふと我に帰る。
 目の前には心配そうな顔でこちらを見つめる一人の女性がいた。

 腰の辺りまで垂れたブロンドヘアから覗く耳は長く尖っていて、胸はアデット先生よりも大きい。
 年の頃は十代後半くらいに見えるから、少女――いや、その妖精を思わせるような可憐な姿は『美』少女と呼んでも可笑しくはないだろう。

 それにしてもここはどこなのだろうか。
 分かることと言えば、ここが木造の建物の一室で何だか暑いことくらいだ。

「本当に大丈夫ですか? どこか怪我してるんじゃ……」

(そうだ、この娘に聞けばいいじゃないか。僕のことを気遣ってるようだから、少なくとも敵意は持ってないだろうし)

 そうと決まれば話は早い。
 まずはこの少女に安心してもらう為、怪我をしていないことを伝えようとしたその時――

「な、何だよ、これ……」

 少女の背後には窓があり、その向こうに広がる光景にゲイナーは言葉を失っていた。
 無数の樹木が立ち並んでいて、辺り一面を深緑に彩っている。
 これが以前、本か何かで見たことのある本来の『森』という奴なのだろうか。
 先程から感じる暑さと合わせれば、少なくともここがシベリアのような寒冷地帯ではないことは明らかだった。

(待てよ? ってことは、もしかしてここはヤーパンで、この娘はヤーパンの先住民なのか?)

 確かにゲイナーもヤーパンへのエクソダスを目指すピープルの中の一人だったので、もしそうなら目的は達成されたことになる。
 しかし、それなら何故、ここには彼だけしかいないのだろうか。
 他の者の姿が見えないのも可笑しい。
 とにかくこの少女に聞いてみるしかない。

 次々と沸いてくる疑問の洪水に焦ったゲイナーは、少女の白くて細い両肩をがっしりと掴んだ。
 少女の表情が怯えを含んだ驚きの色に変わる。

「ねえ! ここってヤーパンなの!? もしかして、君はヤーパン人!? なんで僕だけがここにいるのか教えてくれ!」
「えっと、あの……だから、その……」

 一刻も早く状況を掴みたかったからなのだが、そんな彼の鬼気迫る勢いに少女はすっかり怯えてしまったようだ。
 答えにならない言葉をうわ言のように繰り返している。
 今にしてみれば彼はこの時、もっと冷静になるべきだったと思う。
 そして、もっと周りに注意を払うべきだったことも。

「やめろぉ! テファねーちゃんをいじめるなぁ!」

 子供のものと思われる叫び声が横から響いたかと思うと、ゲイナーの右の脇腹に鈍い痛みが突き刺さった。
 叫び声の主がやったことは明白なのだが、そのは暫くの間、彼を行動不能にさせるのに十分な一撃だった。

(い、痛い……)



「痛みは引いた?」
「う、うん、もう大丈夫だよ」
「よかった。本当にごめんなさいっ」
「いや、気にしなくていいよ。僕の方こそ悪かったから」

 ゲイナーが脇腹に痛みを抱える原因を作った張本人、それはやんちゃそうな小さい男の子だった。
 ゲイナーが少女を苛めていると誤解したらしい。

 少女は男の子に誤解であると言い聞かせると、男の子共々、ゲイナーに向かって懸命に謝った。
 焦っていたとはいえ、ゲイナー自身もやり過ぎだったことは自覚している。
 そう取られても仕方がないだろう。
 彼はこのことで少女達を責めるつもりはなかった。
 もっと重要なことが他にあるからだ。

 少女は男の子を外に遊びに行かせると、再び先程と同じ勢いで謝り始めた。

「ごめんなさいっ。本当にごめんなさいっ」
「いや、それはもういいって」

 ゲイナーが求めているのはそういうことではない。
 彼はひたすら謝り続ける少女を制し、現状の説明を求めた。

 少女の名前はティファニアといい、そんな彼女が言うには、ここは『アルビオン』という国の中にある『ウエストウッド』という名の村らしい。
 ヤーパンという名前は聞いたことがないとのこと。
 ヤーパンというのはあくまでもゲイナー達が勝手にそう呼んでいるだけなので、彼女が知らなくても可笑しくはないだろう。

 更に話を進めていくと不可解なことを耳にする。
 それはゲイナーが突然、この場所にいた理由を聞いた時のことだった。

「私、魔法は使えないと思っていたんだけど、ニコルが……あっ、ニコルっていうのはさっき、あなたのことを誤解してた男の子のことね。それで、ニコルがどうしても召喚の魔法が見たいってせがむから、試しにやってみたら、あなたを呼び出してしまったの。その、ごめんなさい……」

 ゲイナーにはティファニアの言っていることが理解出来なかった。
 そもそも魔法というのは実在するのだろうか。
 彼もゲームの中でしかお目に掛かったことがない。
 だが、ヤーパンには忍法という怪しげな術を使う人間がいるというくらいだから、魔法があっても不思議ではないのだろう。
 勝手な推測ではあるが。

 それから呼び出された理由については色々と言いたいことがあるのだが、そこにばかり時間を掛ける訳にもいかなかった。
 ゲイナーとしては皆のところに帰れればそれでいい。
 だから彼女にそのことを頼んだ。
 別に高望みをしたつもりはない。
 それなのに――

「あなたの言う他の人達のことは知らないし、それに、あなたを元の場所へ帰す方法も分からないの」
「ええっ!?」

 ティファニアの言葉にゲイナーは耳を疑った。
 冗談にしては度が過ぎる。
 彼は真偽を問い質すべく、再びティファニアに詰め寄る。
 先程よりも凄い勢いで。

「ちょっと待ってくれよ! 帰れないってどういうこと!?」
「だから、あなたを帰す方法が分からないの。召喚の魔法で呼び出した人を帰す魔法なんて知らないから」

 ティファニアが心底申し訳なさそうな顔で言葉を返す。

「こんな時に嘘なんかつくなよ!」
「嘘じゃないわ。お願い、信じて」
「嘘じゃなくたって、勝手に呼び出したのはそっちなんだぞ! あまりにも酷いじゃないか!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 また謝り続けるティファニアの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

(ちょっと待て、これじゃあ、僕が悪者みたいじゃないか。悪いのは百パーセント彼女の方なのに……あーもう! 分かりましたよ! 彼女に八つ当たりするのをやめりゃいいんだろ! そりゃもう、済んだことをいつまでもグチグチ言っている僕だって大人気ないさ!)

 ゲイナーは心の中でついている悪態をなるべく表に出さないようにしながら、穏やかにティファニアを宥める。
 その結果、今にも泣き出しそうだった彼女はどうにか落ち着きを取り戻してくれた。
 彼は思う。こういった場面で平静を保てないところは自分の短所であると。
 そして、もっと慣れないといけないことも。

 それより、これからのことを考えると気が重くなって仕方がない。
 結局、この日はティファニアの厚意に甘え、彼女の家に泊まることになった。



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