赤と青、二つの月明かりがまばらに差し込む闇夜の森。
 その中を一筋の光――ランプの明かりを揺らしながら、二つの人影が足早に歩を進めていた。

 ランプを掲げながら先を行くのは、この辺では見慣れない服装をした眼鏡の少年、ゲイナー・サンガ。
 そして後に続くのは、長く尖った耳を持つ美しい少女、ティファニア。

 今、二人が歩いているこの辺りの森は、夜になると腹をすかせた狼達が獲物を求めて活発に動き回る。
 そんな危険極まりない場所にわざわざ近寄る理由は他でもない。ニコルの捜索である。
 いつ狼に襲われるかもしれないという恐怖はあるが、絶対にニコルを連れて帰るという決意に比べればたいしたことはない。

「ごめんね、ゲイナーまで巻き込んじゃって。ほんとは私がもっとしっかりしなくちゃいけないのに」

 ティファニアの発した言葉がゲイナーの背中に弱々しく届く。
 その声からは、心から申し訳無さそうにしている様子が感じ取れる。

 ゲイナーがニコルの行き先に見当をつけた時、ティファニアは自分一人でニコルを探しに行こうとした。
 確かに年下の子供達と家族同然に暮らしてきたティファニアが、ニコルを心配するのは当然のこと。
 それにこの辺りに土地勘のある彼女の方が、ゲイナーよりも捜索役に適していると言えるだろう。

 だが、ゲイナーはそんな彼女を慌てて止め、ニコルの捜索に同行することを望んだ。
 例の白と青のゴーレムが気になるというのもあるが、もっともな理由は彼女を一人で行かせることなど出来ないと思ったからだ。
 彼女の姿を見ていると理由も無く守りたくなる。
 何故だろう。彼女の外見だけでは推し量れない美しさに惚れたのだろうか。

(そ、そんなことあるもんか。第一、僕が気になるのはサラだけだ。決してテファのことを好きになるなんてことは……)

「どうしたの? さっきから黙ってるけど」
「へ? い、いや、何でもないよ。ははは」

 不思議そうな眼差しをゲイナーに向けるティファニアに対し、彼は笑って誤魔化す。
 ゲイン達がこの場にいなくて本当に良かったと思う。
 もし、彼らに今の場面を一部始終見られていたら、向こう一ヶ月はからかわれ続けることになるだろう。
 ゲイナーの脳裏に褐色肌の美丈夫の顔を始め、ともにエクソダスを続けてきた顔ぶれが次々と浮かんでは消える。

 そういえば皆は今ごろ何をしているんだろう、と、ゲイナーは歩きながら考えを巡らせた。
 仲間が突然姿を消してしまったのだから、きっと自分のことを心配して必死に探しているに違いない。
 そう思えば思うほど、早く戻りたいと焦る気持ちと、それが叶わない現実とがぶつかり合い、ゲイナーの心を強く締め付ける。
 それはエクソダスに参加する以前の、少なくとも現実では他者とのかかわりを拒み続けていたころの彼からは、想像出来ない程の心の変化であった。

 ゲイナーは服のポケットから小さな金属片を取り出すと、それを見つめながら心の中で呟く。

(せめて、あいつがそばにあれば、それだけでも心強いのに――)

 ――アオォォォォォン

 ゲイナーの心の呟きは、遠くからのあまり聞きたくはない響きによって遮られる。
 それは紛れも無い、狼の遠吠えであった。
 
「テファ!」
「急がなきゃ!」

 二人は行く先にニコルがいることを強く信じ、勢いよく走り出した。

 ◇

 程なくして洞窟の前に辿り着いたゲイナー達。
 そこで二人を待っていたのは――

「ニコル!」
「テファねーちゃん……うわぁぁぁぁぁん!」

 洞窟の入口近くにある大きな岩のような物体に身を預けるようにして蹲っていたニコルが、ティファニアの姿を認めた途端、大きな泣き声を上げてその胸にす がりついた。

「日が暮れてから外を歩くのは危ないからっていつも言ってるのに、だめじゃない」
「ヒック……だって、あいつら僕のこと嘘つき呼ばわりするんだもん。ゴーレムのことだって全然信じてくれないし、悔しかったんだよ……だからもう一回確か めたかったんだ」
「でも無事で良かった。さあ、みんなが心配してるから帰ろ」
「でも……」

 未だに涙を流しながら、不満げな顔でティファニアを見上げるニコル。
 彼女はその涙を優しく拭ってやった。
 ニコルを安心させるように。

「心配しないで、お姉ちゃんは信じるから。だってニコルは今まで嘘ついたことなんか無いでしょ?」
「うん。でもあいつら信じてくれるかな……」
「じゃあ今度明るい時にみんなでここに来ようよ。それでニコルがみんなにゴーレムのことを教えてあげるの。そうすればみんなニコルのことを嘘つきだなんて 言わなくなるわ。だから今日は帰ろ」
「うん……そうする」

 絵になりそうな感動的な再会を果たしている二人のそばで、ゲイナーは一人孤立していた。
 さすがに水を差すような無粋な真似は出来ない。
 彼の視線は、自然と二人の背後にある岩のような物体に向けられることとなった。

(あれがニコルの言ってたゴーレムかぁ)

 その物体は以前ティファニアから話で聞いたゴーレムが、地面に座っているように見えなくもない。
 だが、夜暗のせいで離れたところからではその正体を窺い知ることは出来なかった。
 もっとよく確かめようとして物体のそばに近づき、ランプの明かりでその姿を照らす。
 その途端、ゲイナーの目が驚きの色を帯びた。

「こいつは……ゴーレムなんかじゃない」

 更なる確証を得ようとあちこちに明かりを行き渡らせる。
 深い青の胴体に、それとは対照的な白銀の四肢。
 仮面を思わせる頭部から伸びた髪の毛のようなパーツ。
 銃としての機能を併せ持った一振りの剣。
 それは紛れも無い。ゲイナーとともにエクソダスを阻止しようとする者達から、ウルグスクのピープルを守り抜いてきたオーバーマン、キングゲイナーであっ た。

 意外な形での相棒との再会に、ゲイナーは嬉しさのあまり声を張り上げる。
 普段は感情を表に出すことが比較的苦手なゲイナーも、これには喜びを露にせずにはいられない。
 ただ、あまりにも夢中になっていた為、ティファニア達の呆気にとられた視線に気付くには少しばかりの時間を要した。

「そのゴーレム、ゲイナーのだったんだ。すげえや」
「まあ、正確にはゴーレムじゃないんだけど」

 ゴーレムじゃなくてオーバーマンだ、と訂正したいところだが、そうなるとオーバーマンのことはおろか、ゲイナーが元いた場所のことまで詳細に話さなけれ ばいけなくなる可能性が生じる。
 村に残っている子供達にいらぬ心配をさせない為にも、余計な時間をかける訳にはいかないのだ。
 だから、今はゴーレムのままで通すことにした。
 詳しいことは追々明かしていけばいい。

「それで、このゴーレムどうするの?」

 ティファニアがもっともらしいことを聞いてきた。

「ここに置きっ放しにはしたくないから、村に持って帰りたいんだ」
「それは構わないんだけど、動かせるの? ゲイナーはメイジじゃないんだよね?」

 これは魔法で作られた操り人形ではなく、オーバーマンである。
 その点の心配は無用だ。

「大丈夫。こいつは魔法で動いてるんじゃないから、僕でも動かせるんだよ。今から証拠を見せるよ。危ないから離れて……テファ?」

 ゲイナーはふと、ティファニアの顔が青ざめていることに気付く。
 そして怯えていることも。
 不思議に思い、彼女が顔を向けている方向に視線を向かわせる。
 そこでようやく、彼女を怯えさせているものの正体を知る。

(ヤ、ヤバい……)

 それは、今まさに獲物に襲いかかる絶好の機会を伺う狼の群れであった。


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