第12話『帰郷』


―――倉庫街の戦いの翌日。

戦いの当事者であるソラスとレオ、シオン達は総長室に集まっていた。

報告を受けた総長レイジ・ラングレイは、厳しい表情をして腕を組んだ。

「申し訳ありません、せめてあの仮面の怪人だけでも拘束出来れば良かったのですが……」

「いや、お前とソラスくんが無事だったのは幸いだ。甲冑の巨人とやらが何者かは分からんが、話を聞く限り相当の手練れだ。戦っていれば命の保証は無かっただろう」

「総長、質問しても宜しいだろうか?」

「何かね、シオンくん?」

「レオ達の話を聞いていた貴方は意力を増幅させる薬物の話を耳にした時、微かに表情に変化があった―――何か心当たりでも?」

「……鋭いな、流石はディアスの家の当主を務めていただけはあるな。私の予想が外れていなければ、意力を増幅させるというその薬物は……おそらくは“ブーステッド”だろう」

「“ブーステッド”……?」

シオンを含め、その場に居る全員が顔を見合わせた。

誰の記憶にも掠りもしない名称の薬物だ。

「知らないのも無理はないだろう、かつて存在した犯罪組織“デューク”が秘密裏に研究していた違法薬物だ」

「デューク……?」

デュークという名にシオン以外の面々がざわついた。

シオンは知らないが、この時代のセイバーの間でその名は忌むべきものであった。

詳細を知らないシオンに対し、レイジが説明してくれた。

―――“デューク”とは、かつて大陸各地に拠点を置いた巨大犯罪組織。

意力の素養を持つ人間を拉致し、非人道な人体実験を行い、数え切れないほどの犠牲者を出したという。

セイバーとも幾度となく激しい抗争を繰り広げた。

「連中の目的は人もブレイカーも支配し、この世の頂点に立つことだったそうだ」

「聞くだけで馬鹿馬鹿しくなる、夢想家の集まりとしか思えんな」

この世の頂点に立つなど、一体何処の三文小説に登場するような悪役だ。

人もブレイカーも支配するなど、驕りを通り越して滑稽としか思えない。

シオンが生まれた時代にも似たような考えを持つ犯罪者は居たが、人は兎も角ブレイカーを御すことなど出来るワケがない。

ブレイカーは破壊衝動の塊、制御するなど狂人の夢でしかない。

「しかし、話を聞く限りその組織は既に瓦解していると見るが?」

「デュークとの抗争は長く続いていたが、10年前のデューク本拠地の制圧作戦で首領や主だった幹部が死亡したことで組織は壊滅した。残党も少なからず存在するが、各地のセイバー達によって潰されている」

「制圧作戦には僕の父カールやアヴェルの父であるグレンさんも参加してたんです」

「ディアス、ラングレイ両家が揃ってということは精鋭中の精鋭で挑んだというワケか」

10年前、内偵により判明したデューク本拠地にセイバー総本部は選りすぐりの精鋭を向かわせた。

中心となったのは、グレン・ディアスとカール・ラングレイ―――アヴェルの父とレオ、アリス兄妹の父だった。

彼等以外に参加したのも、マスターやアドバンスドの中でも熟練の域にある達人揃い。

マスターの中でも特に活躍したのは、クライス・レイラントとゼルディ・アドバーンの両雄。

クライス・レイラントはグレンのスクール時代からの先輩であり、グレンがディアス家当主を継ぐまでは総本部の名コンビとして数多くのブレイカーを討伐した間柄。

シオンが総本部で試験を受けた時も観戦しており、アヴェル達ほどではないが総本部で時折言葉を交わすことがある。

ゼルディ・アドバーンはマスターの中でも有数の実力を誇るベテラン、制圧作戦時はレオの父カールと共に作戦指揮に携わった。

「クライスさんとは総本部で会う機会があるが、ゼルディという人とは会ったことが無いな。今は総本部に居ないのか?」

「ゼルディさんは……行方不明なんです」

「行方不明……その制圧作戦の時に何かあったのか?」

「いえ、行方を絶ったのは制圧作戦から3年後―――今から7年前に炎の里グラムで起きた事件の後です」

炎の里で起きた事件、という単語を耳にしたシオンの表情に微かな変化が。

当然だろう、長い年月が過ぎているとはいえ、炎の里はシオンにとって生まれ故郷なのだから。

―――そういえば、前にアンリが浄歌を使った時に聞いた記憶がある。

7年前に彼女が浄歌を使ったという話、それはその時に起きた事件と関りがあるということか。

一体、何が起きたのかは気になるが―――話を脱線するワケにはいかない。

「先ほどの言っていた“ブーステッド”という薬物は壊滅させたデュークが研究していたと?」

「報告書にはデュークの首領と幹部が追い詰められて使用したという。幸いにも死者は出なかったが重傷者が多数出る被害に遭った」

500年前と比較すると実力が低下しているとはいえ、制圧作戦に参加したセイバーは精鋭だった。

彼等から重傷者が出るとは、“ブーステッド”とやらの効果は想像以上に厄介らしい。

実際に先日、それを使用した仮面怪人と戦闘を行ったソラスとレオはその効果の高さを肌で実感している。

甲冑の巨人と仮面怪人の正体は不明―――デューク残党の可能性は拭い切れない。

残党が秘密裏に“ブーステッド”を取引し、犯罪組織に流通させているのかもしれない。

いずれにせよ、放置しておくワケにいかない。

レイジから総本部及び、大陸各地のセイバー支部に今回の件は伝えられることとなった。

500年前と違い、現代は通信手段が発達しているので情報伝達の速さにシオンは深く感心した。

伝達した情報に各支部の支部長、所属セイバー達に緊張が走ったのは言うまでもないだろう。

各地で警戒を怠らないようにと伝え、総長室に集まった面々は退室した。

その中のひとり―――アヴェルは用があると言って、皆とは違う方向に歩いて行った。










セイバー総本部、訓練室。

ひとり、アヴェルはこの場所を訪れていた。

無論、訓練の為だ。

精神を統一、両手に意力を集中させる。

意力は剣の形へと形状変化していく―――セイバーの切り札、意刃の構成。

強力なブレイカーと戦うには絶対に必要なのだ。

何よりも、先日のソラスとレオの話を聞いては居ても立っても居られない。

意力を増加させる薬物を使う相手に、普通の武器では有効打にはならないだろう。

それ故に、意刃を発現させなければならない。

もう少し―――もう少しで作り出せる。

だが、あとほんの少しのところで意力は砕ける音と共に霧散してしまう。

駄目か、とアヴェルは肩を落とす。

それを遠くから、気配を断って見つめる男がひとり―――シオンだ。

「(実力的にアドバンスドと遜色は無いが……どうやら、何か心に迷いがあるな。それが意刃を作り出せない原因か)」

意刃は単なる武器ではない。

己の心を映す鏡ともいえる存在―――心に曇り、迷いといったものがあれば鈍らとなってしまう。

アヴェルはまだ一度も完全な状態の意刃を作り出せていない。

心に何らかの迷いがある証拠、迷いある者に意刃は応えてくれない。

己自身で乗り越えなくてはならない問題だ。

と、後方から来訪者が。

「おや、覗き見とは趣味が悪いねぇ」

「ザッシュか、気配を断っている俺に気付くとは腕を上げたな」

「それなりにね」

やって来たのはザッシュ・シャルフィド。

……左頬にビンタされた跡がくっきり。

呆れた顔で見つめるシオン。

ああ、また女性にちょっかい出してリューにシバかれたのかと、瞬時に理解した。

知り合って日は浅いが、こいつの性格は大体把握している(笑)。

「認識するのに数秒は掛かったけどね。アヴェルくん、意刃を作る訓練してるね」

「まだ無理だがな。さて、落ち込んでいるアヴェルには悪いが、一緒に来て貰うとするか」

「あれ?アヴェルくんに何か用事でもあんの?」

「ああ、500年後の我が家を案内して欲しくてな」

訓練室内に足を踏み入れる。

アヴェルも、流石にシオンが来たことには気付いた。

「シオンさん、どうしたんですか?」

「アヴェル、お前の生まれ故郷はここで合っているか?」

シオンは地図を取り出し、ある地点を指さす。

彼の示すのは、アークシティからやや北東地点。

アヴェルは頷く、ここで合っていると。

「ふむ、500年経っても場所が変わっていないのには安心した。実はお前の家族に会ってみたいと思ってな」

「じいちゃんと母さんですね。実はシオンさんの試験の後にじいちゃんと電話したら、じいちゃんもシオンさんに会ってみたいって言ってましたよ」

「そうか……ん?父親は?」

先刻の話の際に出てきたアヴェルの父―――グレン・ディアス。

父親の話題を出された彼の表情が曇る、何か気に障る発言だったのかもしれない。

聞くべき話題ではなかった。

ディアス家はセイバー―――ブレイカーと戦い、糧を得てきた一族。

命のやり取りをやる以上、死は常に付き纏う。

辛いことを思い出させてしまったと、心の底から謝罪する。

「……すまない」

「いえ、勘違いしないで下さい。父は死んでませんよ」

「そうなのか?お前の態度から、てっきりこの世の人ではないかと思ったが……」

「色々と理由がありまして……さ、行きましょうか」

セイバー総本部を出て、暫く歩いたふたりは近場のバス停からバスに乗った。

シオンは色々と興味深そうに車内を見回す。

こういった大勢が搭乗する乗り物に乗る機会は少ないからだ。

「俺の時代では多人数が乗る乗り物は馬車しかなかったんだが、今はこれだけ大人数が乗り込める物があるとはな。便利な世の中になったものだな」

「こういった乗り物が開発されたのは大体150年くらい前からですよ。最初の頃は試行錯誤の連続だったそうですけど」

「何事も最初から上手くいくものじゃないな」

「そうだよねー」

「そうそう……って、アンリにカノン!?」

ふたりが同時に振り返ると、後方の席から顔を出すアンリが。

隣の席にはカノンが申し訳なさそうな顔で座っている―――何故、彼女達がここに?

「わたしも久々に我が家に帰りたくて」

「すみません、止めたんですけど……」

「また唐突な……」

「我が家……?アンリはディアス家で暮らしてたのか?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

「死んだお父さんとお母さんが、アルのおじーさんと知り合いだったのが縁で色々とお世話になったの」

「そうか……」

理由は敢えて聞かなかったが―――彼女の両親はブレイカーに殺害されたのだろうと察した。

「あ、着きましたよ」

「降りなくちゃ」

バスから降りた4人。

彼らの目に最初に入ったのは、『ようこそ、炎の里へ』という看板だった。

炎の里グラム―――ディアス一族の故郷である。

シオンが居た時代から500年を隔てたこの時代になると、建物や町の外観が大きく変化していた。

改めて、自分が過去の時代の人間だと感じるシオンであった。

「アヴェル兄ちゃん!」

「おお、アヴェルくん」

「アンリちゃんとカノンちゃんも、いつ戻ったんだい?」

町の子供や大人達が、アヴェル達を見つけるなり親しげに声を掛けてくる。

久々の帰郷に、町の人々と談笑するふたり。

少し離れた場所からそれ見つめるシオンの脳裏に、懐かしい光景が過る。

ブレイカーを討伐し、帰還した自分の元に駆け寄ってくる弟や里の人々の姿が。

「シオンさん、すみません。色々と話し込んで」

「構わんさ、久々の故郷なんだからな」

「名残惜しいけど、行こっか」

4人はディアス邸へと足を進める。

周囲に人々と挨拶を交わしながら、進む一行。

人々の視線はシオンにも向けられている、彼の真っ赤な髪はディアスの血を引く者の特徴なのだ。

ここはディアス一族の本拠といえる町、気にするなという方が無理だろう。

やがて、大きな屋敷が見えてくる。

ディアス邸―――ディアス一族の生家である。

アヴェル達にとって、久し振りの我が家だ。

シオンは屋敷を食い入る様に見つめる。

元の時代、自分が住んでいた場所と一致する。

注目したのは屋敷の変化だ。

「ふむ、やはり500年も経つと外観もかなり異なっているな。幾度も増築や改装したとみえる」

「シオンさんの時代ではどんな感じの屋敷だったんですか?」

「もっとシンプルだったぞ。今ほど大きくはなかった」

「うーん、想像がつかないなぁ。わたしが来た頃からこんな感じのお屋敷だったし」

屋敷のことで談笑する一行。

そんな彼らの後方から近付く者達―――黒装束を纏った、如何にも怪しい一団。

無論、気付かないシオン達ではない。

数人の黒装束達が、飛び掛かって来る。

アヴェル達ではなく、シオンひとりだけに。

シオンの反応はこの上なく早かった。

飛び掛かる黒装束のひとりの足首を掴み、振り回して他の黒装束達と激突させる。

黒装束が2〜3人ほど、地に倒れ伏す。

しかし、まだ襲ってくる黒装束が6人。

頭を掻きながら、シオンは黒装束達を見回し―――。

「喧嘩を売るなら相手を選べ」

一言だけ呟くと、その場から霞の様に消えた。

黒装束達も、アヴェル達もシオンの動きを捉え切れなかった。

一瞬だけ鈍い音が聞こえた。

と、同時に黒装束達が全員倒れた。

黒装束達の少し後方に、シオンが姿を現した。

「やれやれ、もう少しましな歓迎は出来ないのか?」

「シオンさん、今何をしたんですか?」

「ん?そいつ等の後方に回り込んで、首筋に手刀を叩き込んで気絶させただけだが?」

いや、全然見えなかったんですけど―――と、アヴェル達は汗を垂らす。

この男が人間離れした剣の達人であることは知っていたが、素手の体術もここまでとは……。

「で、何なんだこいつ等は?旅行者を専門に狙う盗賊達か?」

「んなわきゃないでしょ!?里の護り手達です!500年前、ぼくの御先祖様が里の防衛の為に組織したんですよ」

500年前の先祖―――シオンの脳裏に浮かんだのは弟の顔だった。

弟が組織した里の護りとなる者達。

なるほど、セイバーやガーディアンだけではいざという時に手が足りない。

あいつなりに、色々と考えたものだなと感心する。

―――しかし、ふと疑問が。

「黒装束を纏うことに意味はあるのか?」

「いえ、全く。単にカッコいいからという御先祖様の趣味です」

「……その手の拘りが生涯治らなかったのかあいつは」

シオンは額に手を当て、溜息を吐く。

弟は変なところに拘るという困った悪癖を持っていた。

例えば―――。

「シオン兄、技を使う時に決めポーズ入れよう!」

「却下」

「何で!?」

「そんなものをしてる間にブレイカーから攻撃を受けたらどうする気だアホ」

という、妙な一面を弟は持っていた。

シオンからすれば、無駄としか思えない。

もっと早めに矯正すべきだったと少し後悔した(笑)。

倒された護り手達を介抱するアヴェル達。

「しかし、何故に俺だけが襲われたんだ?不審者か何かと思われたのか?」

「いや、いくら何でもそれは無いんじゃ……」

「―――失礼、試させて頂きました」

ディアス邸の扉が開き、中からひとりの女性が姿を現す。

藍色の長髪と琥珀の瞳を持つ、優し気な雰囲気の女性。

「母さん」

「(この人がアヴェルの母親か―――そういえば、瞳の色が同じだな)」

「お帰りなさい、アヴェル、それにアンリちゃんとカノンちゃんも。初めまして、お客様、イスカ・ディアスと申します」

頭を下げ、挨拶するアヴェルの母―――イスカ・ディアス。

「こちらこそ、俺は―――」

「言わずとも分かっております」

イスカは至極真面目な表情に変わった。

アヴェル、アンリとカノンは固唾を飲んで見守る。

今日、里帰りすることは伝えていない。

何せ、シオンが急にディアス邸に行きたいと言って、その場の勢いで帰郷したのだ。

連絡のひとつでもしておけばよかったと思ったが、ついつい忘れてしまっていた。

流石はディアスの伴侶となった女性。

自分が誰なのかを理解しているのかと、感心するシオン―――。

「ディアス一族のファンの方ですね!髪の色も赤く染めた上に、護り手達を瞬く間に倒す腕前―――かなりのディアスマニアと見ました!」

「……は?」

シオンは目を丸くする。

目の前のディアス家夫人は、興奮気味な表情で見つめてくる。

この人は何を言っているのだ?

話についていけず、首を傾げる。

アヴェルは頭を掻く。

「母さん、違うよ。この人はディアス一族のファンの人じゃないよ。髪の毛は染めてない、地毛だよ」

「あら、違うの?てっきりそうかと……」

どうやら、自分をディアスに憧れる人間か何かと勘違いしたらしい。

いや、勘違いするものなのか?

仮にも里の護り手達を倒したのだから、危険人物か何かと認識すべきではなかろうか。

呆れながらも自己紹介する。

「あー……イスカさんでいいだろうか?俺はシオン―――シオン・ディアスという」

「シオン……ディアス?」

イスカの表情に動揺が走る。

無理もないだろう、ディアスの名を持つ者が目の前に居るのだから。

次に彼女が取った行動―――突然、歩き出して最愛の息子たるアヴェルの前に立つ。

母の様子に緊張するアヴェル。

いきなりの帰郷の上に、同じディアスに連なる人間を連れて来たのだ。

どう説明すればいいものか―――と、母の表情に変化が。

何やら涙目になっている。

一体、どうしたのだ?

何故、そんな顔を―――。

「この馬鹿息子ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

「はぐぁーっ!?」

「ええええええ!?」

「イスカさん!?」

「……は?」

いきなり顔面に母の平手打ちが叩き込まれた。

それだけでは終わらない、胸倉を掴まれて往復ビンタの嵐がアヴェルに襲い掛かる。

驚くアンリとカノン、またしても目を丸くするシオン。

号泣しながらビンタするイスカが叫ぶ。

「アンタって子はァ!アンリちゃんやカノンちゃんという美少女がふたりも近くに居るのに、何時の間に子作りなんてしてたのよォ!!相手は何処の誰よォォォォォオオオオオオオ!?」

「何とんでもない勘違いしてんの!?どこをどう見たらこの人がぼくの子供になるの!?どう見てもぼくよりも年上でしょうがァァァァァァァァァァァァァ!!」

「あはは……相変わらずだね」

「思い込みが激しい人ですから……」

「えらい個性的な母親だな……」

「年上、年上―――言われてみれば確かに……」

「つーか、初見で気付くでしょうが」

ようやく母から解放され、往復ビンタで真っ赤になった頬を擦る。

端正な顔立ちは見る影もない。

イスカは深呼吸して、シオンを見つめる。

少しは落ち着いてくれたか。

と、今度は青褪めた表情に変わるイスカ。

「ま、まさか……それじゃあ、あの人の隠し子!?」

盛大にズッコケるアヴェル達。

相変わらず、呆れ顔のシオン。

あの人―――おそらくはアヴェルの父親のことだろう。

「んなわきゃないでしょうが!父さんが浮気なんてするワケないでしょ!?」

「いいえ、あの人だって男だもの!若い時に一時の気の迷いで過ちを犯したって不思議はないわ!」

「アンリ、ディアス邸を案内してくれないか?」

「うん、いいよ」

「待たんかいぃぃぃぃぃぃぃ!この状況を無視して行くなァァァァァァァァ!!」

「え、えーと……」

被害妄想が激しいアヴェルの母に辟易したのか、シオンはアンリを伴ってディアス邸の方へと向かう。

血の涙を流してシオンの行動を非難するアヴェル。

オロオロしながら、どうフォローすべきか迷うカノン。

イスカは未だに勘違いしているのか、ブツブツと妙なことを呟いている。

頼む、誰かこの状況を打破してくれ、と天に願うアヴェル。

救世主はディアス邸から姿を現した。

「イスカさん、少し落ち着きなさい」

「あ、お義父様……」

「じ、じいちゃん!」

正に救世主の出現。

暴走する母と薄情男に頭を抱えていた為、思わず感涙。

ディアス邸から姿を現したのは、杖をついた赤髪の老人。

アヴェルの祖父、その人であった。

「ふむ……お若いの、シオン・ディアスという名に相違は無いか?」

「紛れもなく本名だ」

「証拠になる物は?」

「これくらいしかない」

そう言って、シオンは意刃を作り出した。出現した意刃の刀身を老人に見せる。

刀身の中心に刻まれた赤い炎の刻印。

確認した老人は納得した様に頭を下げた。

「どうやら疑う余地はないようだ、私はウェイン・ディアス。御会い出来て光栄です、我が祖先アヴェル・ディアスの兄―――幻の当主シオン・ディアス殿」

「御老体、俺は過去の当主に過ぎない。畏まることも敬語も必要ない」

「ふむ―――では、シオンくんと呼ばせて貰おう。君の来訪を心から歓迎する」

「こちらこそ感謝する、ウェインさん。弟の子孫に会えて、本当に喜ばしく思う」

握手するシオンとアヴェルの祖父―――ウェイン・ディアス。

イスカはポカンとした表情で、ふたりのやり取りを見つめている。

まぁ、説明をしないと分からないだろう。

ウェインに招かれ、一行はディアス邸へと入った。










―――ディアス邸、応接室。

シオンとウェインは会話の真っ最中。

アヴェルとアンリ、カノンは台所でイスカの手伝いをしていた。

シオンは緑茶が好物らしいので、ティーカップではなく湯呑みを用意した。

イスカがお茶を淹れ終え、盆の上に置く。

「それにしても、信じられない話ねぇ。あの人がお義父様やアヴェルの御先祖様のお兄様―――遠い親戚にあたる方なんて」

「ぼくも最初は疑ったよ。でも、炎の意刃が扱えることやディアス流の剣術に精通しているから間違いないよ」

「どうやって遠い未来のこの時代に来たかは、本人も分からないんだって」

「うーん、タイムマシーンとかで―――」

「母さん、アンリも同じこと言ってたよ……」

ジト目で棚から茶菓子を取り出すアヴェル。

母と幼馴染は思考パターンが似てる模様。

「それにしても、何話してるのかな?シオンさんとおじーさん」

「多分、500年の間にディアス家で起きた出来事を聞いてるんでしょうね。シオンさんも当主だったから気になってると思います」
 
500年、言葉にすれば短いが、日数にすれば182500日という膨大な時間となる。

その間にシオンが知らない様々な出来事が発生している。

もっとも、詳細な記録が残っているとは言い難い―――シオンが居なくなった500年前の記録など断片的な物しかない。

ディアス家には膨大な記録を保管する書庫があるのだが、流石に何百年、何千年も昔について書き綴られた書物など存在しない。

ウェインも口伝で伝え聞いている話をシオンに直接語っているが、長い年月で何処までが真実であるかは定かではない。

「うん、シオンさんも色々と気になってるよね」

「そうですね」

「「……」」

アンリとカノンは言葉を紡げず、視線を少し逸らしている。

それを見たイスカは、アヴェルを肘で小突く。

「(ちょっと、どうしたのよあの子達?)」

「(いや、ぼくにも何が何だか……この間からこんな感じで)」

「(ふーん……それにしても、久々にあの子達を見て驚いたわ)」

「(そりゃそうだよ、こうして会うの数ヶ月振りなんだから。ふたりとも、セイバーとして成長してるでしょ?)」

「(うん、おっぱいがすんごいことになってるわね)」

アヴェルがその場でズッコケそうになったのは言うまでもあるまい。

即座に持ち直し、母に詰め寄る。

「(ちょ、何処見てんの!?)」

「(うーん、目測だとカノンちゃんが91cmでアンリちゃんが88cmってトコね。ふたりとも16歳であのけしからん成長具合―――しかも、まだまだ成長しそうだわ。いよっ、この果報者♪)」

「(……88cm?)」

「(アヴェル、どうしたの?)」

「(は、88cm……?あ、アンリが88cm―――)」

「(あ、いけないわ。この子、アンリちゃんやカノンちゃんのこの手の話題になると鼻血出すんだった―――ていっ)」

「おぅッ!!?」

イスカのデコピンがアヴェルの額に叩き込まれる。

彼女の指先には意力が多少込められており、その破壊力はアヴェルの脳を震撼させるに十分だった。

その場でバターンと倒れる純情少年。

アンリとカノンも異変に気付かないワケがない。

「ど、どうしたの!?」

「イスカさん、一体何が!?」

「うーん、ああこりゃいけないわ。この子ったら貧血起こしたみたい♪ちょいと部屋に転がしてくるわ」

「ひ、貧血……?あの、アヴェルの額から煙らしきものが―――」

「貧血よ♪カノンちゃん、これは額から煙が出る特徴がある貧血なの」

「は、はぁ……」

「ああ、それからカノンちゃん、後で少しいいかしら?」

「え、は、はい……?」

昔からこのビッグマザーのこういった押しの強さに勝てた試しはない。

アヴェルは首根っこを掴まれ、母に引き摺られていった。

さて、台所で珍事が起きているのと同時刻。

応接室では、シオンがウェインから語られる自分が居ない500年の間に起きた出来事に耳を傾けていた。

先ず、シオンが何よりも気に掛けていたのは実弟アヴェルのその後について。

何しろ、どういった事情で自分がこの時代に来たのか分からない。

自分が居なくなった後、弟がどのような生涯を送ったのかが気掛かりだった。

「詳しい記録はあまり残っていないし、口伝でしか伝わっていないが御先祖アヴェル・ディアスは立派に当主を務められたそうだ。奥方はラングレイ家の縁戚にあたる女性だそうだ」

「ラングレイ家?メルトディスの縁者と結婚を?」

「縁戚といっても初代総長の母方の血筋だった為、ラングレイ家の血は流れていないとのことだ」

「そうか……む、初代総長?総長と言うと、現在のセイバーの纏め役と聞くが―――メルトディスが最初の総長を務めたのか?」

「メルトディス・ラングレイが務めたというのは広く有名な話だよ」

セイバー総本部総長、セイバー全体を纏める指導者。

しかし、シオンの時代にそんな役職は存在しなかった。

彼がセイバーとして、ディアス家の当主として活躍していた時代には評議会と呼ばれる存在がセイバーを運営していた。

シオンは里からあまり動かなかった為、評議会との繋がりは薄い。

否、彼自身が評議会と積極的に関わろうとしなかったという方が正しい。

「あの胸糞悪い評議会が解散したことは喜ばしいことだ、消えて清々している」

「君の態度を見る限り、その評議会はかなり評判が悪かったのか?」

「利権を貪欲に求めるような連中だ、何より……あの連中の所為で俺の父は殺されたようなものだ」

先祖の兄、遠い親戚にあたるこの若者の発言に流石のウェインも目を剥いた。

彼の父ということはディアス家当主だったということに他ならない。

評議会に殺されたようなものとはどういうことなのか。

「シオンくん、評議会に父上を殺されたというのは一体―――?」

「俺が14歳になって間もなくの頃、この里に30体近いドレイクが出現した」

シオンの言葉にウェインは戦慄した。

ドレイク―――別名“竜人”と呼ばれる、ドラゴンの変異型ブレイカーである。

ドラゴン時よりも体格は凝縮し、リザードと同じか少し大きいくらいのサイズにまで縮まる。

人型となることで敏捷性は巨体だった時とは比較にならず、意力の絶対量も倍はあるとされる。

ただでさえ災害級の脅威であるドラゴンの変異型、それが30体近くも出現するなど尋常ならざる事態。

「父は出現したドレイクをたったひとりで斃しに向かおうとした。俺だけではなく里の皆も父を制止し、セイバー総本部に援軍を要請した」

だが、援軍が来ることは無かった。

総本部はフォーゲル―――現代のアークシティと同じ場所に本拠を構えていたが、セイバーを纏める評議会はフォーゲルに何か起きた場合にしか積極的に動こうとはしない。

いらぬ火の粉を浴びるのを嫌い、援軍要請を無視したのだ。

無論、これには抗議したセイバー達も数多く居たが、従わない場合はセイバーから除名すると宣告し、抗議した者達を黙らせた。

抗議したセイバーの中で、これを無視して援軍に向かった者達もいた。

ラングレイ家当主とその子息―――メルトディスの父と当主になる前のメルトディスである。

彼等とディアス家、炎の里との交流は遥か昔から続いている、盟友の危機を無視することなど出来なかった。

「メルトディス達には感謝している、命令を無視してでも彼等だけは援軍として来てくれた―――だが、既に遅かった」

総本部で不毛なやり取りが行われている間、里に侵攻を開始したドレイク達を討つべく、シオンの父はひとり出撃した。

里には滞在していたセイバーも居たのだが、彼等には万一の場合に里の防衛を任せた。

シオンは父に同行を申し出た、自分も一緒に行くと。

父は一喝した、未熟者が出しゃばるなと。

それでも尚、食い下がらなかったシオンの鳩尾に父の拳が叩き込まれた。

行くな、行くな親父―――シオンの制止の呼び掛けに応えることなく父は背を向けた。

薄れゆく意識の中で、父の言葉が聞こえてくる―――アヴェルを任せたぞ、と。

直後に視界が暗転し、意識は闇の中へと引きずり込まれた。

「次に気付いた時は自室だった。傍にはアヴェルとメルトディスが付き添ってくれていた。メルトディスは俺を里にある遺体安置所に案内してくれた」

冷たい室内に置かれた棺、傍には沢山の花が添えられていた。

この中で眠る者を悼む人々が添えてくれた花々。

震える手で棺の蓋を開ける―――その中で二度と覚めぬ眠りに就いているのが誰であるかは言うまでもなかった。

後から聞いた話では、戦場に急行したメルトディス達が目の当たりにしたのは血塗れで立ったまま息絶えていた父の姿だったという。

父は命尽きても決して倒れなかった、当代最高のセイバーとして―――否、救う者としての矜持がそうさせたのか。

里に住む人々の為、家族の為に生涯を捧げた当主の死に多くの住民達が涙を流した。

命令無視をして救援に向かったラングレイ家に、評議会からの厳罰は無かった。

というのも、ラングレイ家を除名しようならば他のセイバー達も総本部から脱退すると抗議したからである。

シオンが心の底から老害と嫌悪した評議会、その存在が消滅するのはおよそ10年後になる。

「私が若い頃に目を通した記録によると、評議会は500年前に起きた戦いに巻き込まれて全滅したそうだ」

「500年前の戦い……どうも、その辺りの記憶が曖昧で困惑している。ウェインさん、その戦いについて何か知らないか?」

「詳しい資料が無くてな、伝え聞いている話ではその戦いで当時のディアス家当主が死亡して断絶の危機に陥ったが、生き残った当主の弟がディアス家を建て直したという話だ」

以前に目を通した書物と同じ内容だ。

死亡したという当主……時代からしてシオン自身であることは明白だろう。

生き残った当主の弟が、実弟であるアヴェルっであることも間違いない。

だが、自分はこうして生きている―――何故?

しかも、自分が生きていた時代よりも遥か先の未来で。

一体、500年前の戦いとやらの時に何が起きたというのか。

「その辺りは色々と資料を探すなりして調べるしかないな―――ところで、少々不躾な質問をしてもいいだろうか?」

「何かね?」

「貴方の御子息……アヴェルの父はどうされた?アヴェルの話では亡くなったワケではないらしいが?」

「……実際に見て貰った方がいいかもしれんな。息子―――グレンの所に案内しよう」



・2023年2月18日:文章を修正しました。



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