『科学と魔法と――』
――― 記憶の落し物(その3) ―――



 次の日の朝。零司は1人アークス大学院の敷地内を歩きながら昨夜のことを考えていた。
気に掛かるのはユーティリアのリヴェイアに対する態度。明らかに何かがあったのは見てわかる。
しかし、聞こうにもユーティリアの様子を考えると聞きづらい。下手をすると傷付けてしまうかもしれない。
零司としてはそのような事態にはしたくは無いので、どうしても聞くことが出来なかったのである。
昨夜、ベッドの中で自分にしがみついてくるユーティリアのつらそうな顔を思い出すとなおさらであった。
そんなユーティリアが心配だった事と昨日の出来事で色々と考えてたせいか眠れずに寝不足。
そのせいか、どうにか出来ないかと考えても、考えが纏まらずにいた。
それ以前に状況がわからないままではどうしていいかもわからない。
やはり話を聞くべきか――零司がそんなことを考えていた時だった。
「はぁい。お久しぶりね」
「え?」
 不意に声を掛けられて足を止めてしまいつつ、誰だと思いながら声のする方へと零司は顔を向け――
「な!? あんたは!?」
「あら、そんなに驚くことは無いじゃない」
 その者の姿を見て驚愕する。なぜなら、そこにいたのはかつて情報を得るために出会った占い師がいたからだ。
そして、その占い師はいたずらっぽい笑みを浮かべ、そこに佇んでいた。


 その一方、ユーティリアはリヴェイアの執務室で彼女と一緒にいた。
しかし、相変わらずユーティリアは遠慮しているような、怯えているような様子を見せていたのだが。
「しかし、驚くことばかりね。あなたがここへ来たのもそうだけど、あの男にしがみついて寝ているなんて」
 くすくすと笑うリヴェイアであったが、ユーティリアは落ち込んだ様子を見せるだけであった。
そんな彼女の様子にリヴェイアはため息を吐く。ユーティリアがそんな様子を見せる理由はわかってはいる。
だが、そんなことは気にして欲しくはなかった。少なくともリヴェイアはそう考えていたのだ。
「あの……傷は、大丈夫……ですの?」
 ふと、ユーティリアはうつむきながらそんなことを問い掛ける。
それを聞いてかリヴェイアはため息を吐くのだが――しばらくして、その体から水しぶきのように光が弾け飛ぶ。
その光景を見ていたユーティリアの顔が強ばる。リヴェイアの姿は完全に変わってしまっていた。
服装こそそのままであったが、右目とそのわずかな周囲を除き、全身焼けただれたような姿へとなっていたのだ。
特に左腕は骨が見えてしまっている。それにあの綺麗な髪も、わずかに生えている程度になっていた。
この姿こそが、リヴェイアの本来の姿……いや、この言い方にも語弊はあるのだが――
「見ての通りよ。あなたも知っての通り、霊核にダメージが行ってるから、ずっとこのままよ」
 リヴェイアの言葉にユーティリアは彼女の姿を見つめながら息を呑み、すぐさま泣きそうな顔になってしまう。
リヴェイアは元々このような姿だったわけではない。本来は先程まで見せていた姿だったのだ。
では、なぜこのような姿になってしまったのか? それは科学と魔法が戦争をしていた時代に遡る。
 当時、ユーティリアやリヴェイアなど仲間達はあちこちを転々とする生活を送っていた。
しかし、本人達に戦うつもりが無くとも、両陣営はユーティリア達を狙っていた。
科学側からは強力な敵と見られて。魔法側は再び自分達の陣営に引き入れるために。
それ故に両陣営からいくどもなく攻撃を受け、そのたびにユーティリア達は撃退していた。
そのおかげで二つ名を付けられたり、恐れられたりしたが……かといって順調だったわけでもなかった。
なにしろ、両陣営共に襲撃のたびに苛烈さが増してくるのだ。
相手も馬鹿では無い。例え敗退しても、その敗退原因を元に新たな対策を立ててくる。
時には艦隊やら要塞砲を出してきたこともあったくらいだ。
それでもユーティリア達はなんとか戦えてきたが、次第に追い詰められ――その時が来てしまった。
 その日、ユーティリア達は科学側が用意した『対神類用生体兵器』の群れの襲撃を受けていた。
数の多さや強さもあるが生物兵器は異常なまでの耐久力を持っており、例え傷付けてもすぐに回復してしまう再生力も持つ。
なおかつ、その生体兵器は自分達にはあまりにも危険な能力を秘めていた。
それで窮地に立たされたユーティリアは自分の持てる最大の力を放とうとしたのである。
全ては倒すのは無理だが、何体かでも倒せれば事態を好転させられると思って。
そして、ユーティリアは自身が使える力の中で最大級の力を放ったのだが――
この時、焦りのあまりユーティリアは周りの状況が見えていなかった。
ユーティリアは力を放った刹那の間に驚愕する。なにしろ、力を放った先に別の生体兵器と戦うリヴェイアがいたのだ。
しかし、力を放った直後では放った力を止めたり無力化する時間は無く――
次の瞬間には、リヴェイアはユーティリアが放った業火に生体兵器ごと焼かれていた。
あまりの光景に呆然となるユーティリアだったが、リヴェイアの悲鳴を聞いてすぐさま炎を消し――
その後、ユーティリアは仲間達と共に焼かれたリヴェイアを連れて逃げた。
この時のリヴェイアは先程の見るも無惨な姿となって重傷を負っていた。
神類といえど分子から分解されるほどの超高温のプラズマをその身に受けて無事なはずが無い。
人間であればあっさりと蒸発していただろう。
高位の神類だったからこそ、リヴェイアは何とか耐えて一命を取り留めたのだ。
同時に治療の方は絶望視された。理由は2つ。1つは高度な治療術を使えるのがリヴェイアだけだったこと。
他の仲間達も使えないわけでもないが、重傷者を完治させられる程の治療術は出来なかったのだ。
もう1つがリヴェイアのダメージが霊核にまで及んでいたこと。人間で言えば脳に当たる箇所。
そのダメージによって障害が起きて傷が治らなくなってしまっただけでなく、高度な術までも使えなくなってしまったのである。
その為、なんとか動けるようになったリヴェイアは幻術で傷を隠すしかなかった。
 その事実にユーティリアは泣き、頭を地べたに付けてまで謝った。
焦っていたとはいえ、浅はかに高位力の力を放ってしまった為にリヴェイアをこんな目にあわせてしまったのだから。
対してリヴェイアはユーティリアを責めることはしなかった。
状況的にはユーティリアがしたことは仕方が無かったこともあるが、彼女自身いずれ誰かがこうなると予測していたのだ。
いかに自分達が強かろうと、それなりの質を持った数の暴力には敵わない。
ここ最近は襲ってくる相手にその傾向が現れ始めていたので、それを仲間達に指摘しようと思ってもいた。
それが遅すぎた為に起きてしまった。これはその罰なのだとリヴェイアは受け取ったのである。
そのことを仲間達にも告げたのだが時すでに遅く、沈痛な思いを仲間達に課す結果となってしまう。
それ以降、ユーティリア達は世間から隠れるように行動するようになり、そのおかげか襲撃は減っていく。
しかし、リヴェイアのことで落とした陰は根が深く改善も出来ぬままで……気が付けば、仲間達は散り散りなっていた。
ユーティリアはその後、1人でアルカンシェラを渡り歩いた。リヴェイアの傷を治す方法を探すために。
しかし、その方法は見つからず、気が付けばある村の守護者になっていた。
故にユーティリアはリヴェイアと会うのを躊躇ったのだ。
結局、何も出来ないままでいたのもあるが、リヴェイアに怒られるのが怖かったから――
「ごめん、なさい……ですの……」
「今更だけど、あの頃はいずれ誰かがこうなっていた……いえ、下手をすれば誰か死んでいたでしょうね。
それがたまたま私だった。そういうことよ」
「ですけど――」
「この話はこれまでにしましょう。これ以上は不毛なだけよ」
 謝るユーティリアをリヴェイアはため息混じりに止めた。リヴェイアとて、思う所が無いわけではない。
だが、あれから時が経ちすぎてしまったし、今ユーティリアを責めたとしても解決にはなりはしない。
故に自分なりに決着を着けたのだ。しかし、それがユーティリアには届かず、彼女の罪悪感が増すばかりであった。


 さて、一方零司はというと――
「なぜここに……ていうか、あの時はよくも騙したな!?」
「あの時って……ああ、あれね。勘違いしないで欲しいんだけど、私は情報屋であってあなた達の味方じゃないわ。
別口であなた達を捜して欲しいって依頼があったから、あなた達を誘導した上でそいつらに教えただけ」
 思わず怒鳴ってしまう零司に占い師は首を傾げるが、すぐに思い至って悪びれもせずに答える。
そのことに零司は顔をしかめるものの、言い返さなかった。
占い師の正体を知らない零司は屁理屈だとはわかっていても、嘘では無いと感じた為だ。
まぁ、確かに嘘は言っていないが――
「それで……ここに何しに来たんだ? そして俺に何か用か」
「何って、お仕事に決まってるじゃない。情報求めて西東ってね」
 訝しげな零司の問い掛けに占い師はおどけた様子で答えた。
これも嘘は言ってはいない。ただ、彼女にとっては情報集めは今回の一環でしかないのだが。
それでも零司はそのことに気付くことが出来ない。
勘が鋭い彼だが、真実を交えて話されると嘘と見分けることが難しくなるのだ。
「で、あなたを見かけたから声を掛けたの。欲しい情報は無い? お安くしてあげるわよ?」
「今は無い……それにお前がここにいるってことはユーティが危ないってことだろ?」
 意地悪っぽい笑みを浮かべる占い師に零司はため息を吐きながら言い放つ。
前回の事で占い師がユーティリアを狙っている組織と繋がっているのはわかっている。
となれば、その彼女がここに零司がいるとわかれば、その組織に――
「ああ、そのこと? 心配しなくていいわよ。今回は伝える気は無いから」
「信じる理由が無い」
 にこやかに否定する占い師だが、零司もジト目で怪しむ。
一度危機に陥ってるのだ。そう簡単に信じられるほど零司も楽観視していない。
むしろ警戒しながらいつでも戦闘に及べるように身構えている。
「第一、お金にならないもの。あなた達を追ってる所は今はあなた達を追いかけるつもりが無いのか、改めて金を出す気も無いみたいだしね」
 肩をすくめながら話す占い師の言葉に零司は呆然とする。まさか、そんな事態になっているとは思わなかったからだ。
が、これも真実では無い。確かに占い師にユーティリアを捕縛するよう要請はあった。
しかし、占い師は自身の目的から意図的にユーティリアを見逃しているのだ。
「言っただろ、信じる理由がない」
「あなたが信じようと信じまいと、今回はそうなんだけどね。そもそも、もし彼女を奪うだけなら、あなたの前に姿を現すメリットはないわ」
 ため息混じりの占い師の言葉に怪しんでいた零司は読みあぐねていた。
確かに占い師の言うとおりではある。彼女が囮で別の仲間がさらいに行ってるとも考えられるが、ユーティリアは今はリヴェイアと一緒にいるはず。
それにこの大学には守衛などもいるので、少なくとも簡単にさらえるとは思えない。
「じゃあ、逆に聞く。なんで俺の前に現れた?」
 意地悪っぽい笑みを浮かべる占い師に零司は警戒を解かずに問い掛ける。
確かに嘘かどうかを見極めるのは難しいのもあるし、前回のこともあるのでどうしても警戒してしまうのだ。
「ま、私自身の興味本位かしら」
「え?」
 答えながら近付いてくる占い師だが、零司はそのことに戸惑いを見せる。
彼女の返事の意味が理解出来なかったのもあるが、近付いてくることに戸惑いを感じたからでもあった。
「な、なにを――」
「あなた、不思議な男ね。科学の力を使いながら、この大陸で何か事を起こすわけでも無く――
それにあの子があんなにも懐いて――あなた、何者?」
 顔を近付けながら問い掛ける占い師。そのことに零司は戸惑いを隠せない。
占い師にとっての疑問は零司の正体よりも、なぜユーティリアがあそこまで懐いているかだ。
確かにユーティリアは零司に助けられたが、ああも懐くまでの恩義とは思えない。
科学の力を使っているようだが、懐くとは無関係だろう。となれば、零司自身に何かあると思うのが普通だが――
「教えてもらうわ――あなたが『何』なのか……」
 その時、零司の全神経が警鐘を鳴らした。こいつはヤバイと――
そして、その時にはすでに遅かった。占い師の目を見た瞬間、零司は既に術中に嵌っていた。
(邪眼系!? って、体が動かない!? こいつっ神類だったのか!? しかも、最低でもシュヴァリエクラス!?)
「いたく簡単だったわね。もう少し抵抗があるかと思ったけど」
 占い師は驚愕している零司の顎に指を添える。
零司は占い師が人間だと思い込んでいただけに、この手で来るとは思ってもいなかったのだ。
「さぁ、教えてもらいましょうか……あなたの全てを――」
「むぐ!?」
 妖艶な笑みを浮かべる占い師に零司は唇を奪われる。
いきなりのことで零司は放心し、気が付かないままで舌まで絡められるた。
彼女は、体のに接触することで記憶を『読む』ことが出来る。もっとも、キスなのは本人の趣味だが。
その力を使い、零司の全てを読み取ろうとしたのだが――
(え?)
 脳裏に浮かび始める目の前の男の記憶だが酷くもやが掛かっていた。
不鮮明な中にくっきり浮かび上がる赤い色と悲しみ。そして――
(な、何!? 私の身体(エーテル)が奪われてっ!?)
 自分では記憶を読んでいるつもりだった。しかし、いつの間にか自身の身体を構成するエーテルが奪われていたのだ。
そこで占い師は気付く。零司の『中』にある物を――
(あ、ああ――)
 そのことに占い師は歓喜する。エーテルを吸われたことなどどうでも良くなる位に。
ついでに言うと零司にあちこち触られてたりするのだが。
でも、本当にどうでも良かった。なぜなら――
我を取り戻した占い師は身体を離し、同時に零司の身体の束縛も解けていた
「っ〜〜〜ご、ごめんなさいっ」
 解放された零司は慌てて飛びのき、見事な土下座をしてみせる。
本来なら謝ることなど何もないのだが、いつの間にかあの衝動が起きていた。それがどうにも罪悪感を駆り立てる。
「あは、あはははは、あははははははははは――」
 しかし、占い師は気付いていないかのように笑い出してしまう。
思ってもいなかった。こんな所で自分の目的が達成されようとは――いや、それ以上の物を得た。
自分の想像を超えた形で出会えたのだから――その嬉しさのあまり占い師は笑い続ける。自らの衣装を脱ぎ捨てながら。
「え? って、ええ!?」
 何か様子がおかしいと感じて顔を上げる零司だが、そこで見たのはあの帯のような物を巻き付けた衣装姿の占い師だった。
それどころか、頭の巻き角に背中からはコウモリのような大きな翼。腰からは黒く細長い、爬虫類のようなしっぽまである。
あまりにも扇情的な姿に零司は驚いたのだが――
「はい?」
 占い師が笑うのをやめたかと思うと、なぜか零司の前でひざまづいた。
この女はいったい何をしているんだ!?とに零司は目を丸くするが――
「我が名はレグナード。今、この時より、我はあなたの僕(しもべ)としてお仕えいたします」
「はい? 僕(しもべ)? 誰の?」
 先程とは打って変わってかしこまる占い師ことレグナードの言葉に、零司は目を丸くしたまま混乱する。
どちらかと言えば自分は敵なはず。少なくともこの占い師のクライアントである組織よりは金は持っていない。
そんな自分になんで仕えると言い出したのかがわからない。頭の中には疑問符が浮かぶばかりだ。
「そう……あなた自身は気付いてない……いえ、わかってないのね」
 そんな零司の様子に気付いたのだろう。レグナードは顔を上げ、少し寂しそうな顔をした。
レグナード自身、零司の『中』ある物がなぜそこにあるかまではわからない。
しかし、零司の意志によってでは無いことだけは察することが出来た。
「いや、あのさ……話の流れがさっぱりわからないんだけど」
「あなたは『ある物』を持っていた。それが私があなたに仕える理由……今はそれだけしか言えないわ」
「俺の中に? なんだよ……それ……」
 立ち上がりながら真剣な眼差しで答えるレグナードの話を聞いて、問い掛けた零司は不安そうな顔をする。
自分が何かを持っていると言われても心当たりが全く無いのだ。
「本当に……何もわからないの?」
「今の流れで判れってほうが無茶だ……ただでさえ5・6年位前からの記憶が無いのに」
 不安そうな顔をするレグナードに零司は言いにくそうな顔をしながら答えた。
それに今は言わなかったが、なぜ記憶が無いのかも零司は知らない。なぜなら――
「そう……まぁ、もう少し話しておくと、私はあなたの持っている物を探す為にある組織に潜り込んだのよ。
その組織の一員として、ユーティリアを捕まえようとしてたんだけどね」
 今回の言葉に嘘は全く感じられなかった。釈然としないものが残るが、せっかくなので零司は話に乗って聞ける所まで聞いてみることにした。
「ん? あ、そうか……そうだ。なぜ、ユーティがなぜ狙われてるのか教えてくれ! 組織の人ならわかるだろ?
ユーティは封印が関係してるんじゃないかって言ってるけど」
 ユーティリアが狙われているのは仲間達と共に関わった封印が関係してるとは思うが、それ以上のことがわからない。
だからこそ、知っていると思われるレグナードに聞いてみたのだが――
「大方はあなたの言う通りよ。でも、何が封印されているかまでは私にはわからないの。聞いても教えてくれないしね。
でも、あいつはその封印にある物を欲してるのは間違い無いみたいだけど」
 肩をすくめながら答えるレグナードの話に零司は肩を落としそうになる。
封印に何かがあるのは間違いないようだが、肝心なことがわからない。
その上、ユーティリアが狙われ続けるのは間違い無いのも零司が肩を落とした理由だった。
「でもまぁ、そちらの方は私で誤魔化しておくわ。今すぐに組織から抜けるわけにもいかないから、そのついでにね。
といってもそれほど長くは誤魔化せないけど」
「あ、ああ……ていうか、お前はなんでここにいるんだ?」
 レグナードの言葉にほっとしつつも、零司は思わず出た疑問を問い掛ける。
話を聞く限り、レグナードはユーティリアを追ってここに来たわけでは無さそうだが――
「ついでである仕事を頼まれたのよ。あ、ええと……名前はなんて言うのかしら?」
「え? ああ、佐倉木 零司だけど――」
「零司ね……零司様は暴食者って知ってる?」
「いや、様付けはいらないんだけど……でも、暴食者って……確か、神類ではない猛獣……怪物の名前だったはずだ」
 真剣な顔で話すレグナードに零司はそのことを訂正しつつも少し考えてから答えた。
ただ、零司も名前と何でも喰らう怪物と言うことぐらいしか知らない為、自信なさげに答えていたが。
「おおむね間違いではないわ。ただ、それにかなり厄介なというの言葉が付くけどね」
「かなり、厄介?」
「ええ――」
「暴食者は文字通り何でも喰らう怪物。有機物無機物問わず……エーテルまでも」
「何だって?」
 レグナードの返事に零司は顔を強ばらせた。
エーテルを喰らう。それは神類をも食物としてしまうと同義だ。
神類に対抗できるのはエーテルだけだと思っていた零司はその言葉に戦慄を覚える。
もし、それが本当ならユーティリアだって――
「更に厄介なのは喰らうのは神類の肉体だけでなく、その力もよ」
「力?」
「私も詳しくは知らないんだけど、暴食者は喰らった神類の力を使えるようになるらしいの。
中には喰われた神類も暴食者にして、数を増やす奴もいたらしいけどね。」
 首を傾げる零司にレグナードは肩をすくめながら答え、話を聞いた零司は考え込む。
というか、嫌な予感がしまくりだった。
「つまり……喰われた者は暴食者に変貌し増える上に強くなる……まるでゾンビ……だな。
って、ちょっと待ってくれ? ここでその話をするということは――」
「そ、いるのよ。暴食者がここに」
「なにぃぃぃぃぃ!!?」
 と、そこであることに気付いた零司だが、苦笑混じりのレグナードの返事に驚愕する。
まぁ、無理もない。下手をすればこのシーアークをバイオハザードに陥れる怪物が潜伏しているのだから――
「なんで、そんな危ない物がこの付近に!?」
「あぁ、私たちが持ってきたのよ」
「お前達かァァァアァッ!!」
 レグナードの返事に問い掛けた零司は思わず絶叫した。それはもう腹の底から。
「……組織がある遺跡で『降神戦争』時代に冷凍保存されていた1体だけ発見してね。あいつが目的の為に使えるかどうか調べろって頼まれて……
でも、解き放ったは良いものの、ほとんどコントロール出来なくて……どうしようかと困ってる所なの。てへぺろ」
「おまっ、それで許されるかァァァアッ!!」
 慌てふためく零司にレグナードは笑顔で答え、最後には舌を出しておどけてみせるものの、零司の混乱は止まらない。
まぁ、壊滅的な一言を聞いたのだから、零司が混乱しても仕方がなかったかもしれないが。
「コントロール出来ないって……そもそもコントロール出来るつもりだったんだ?」
「……私の力を使えば可能だったはずだった……さっきの零司様を捕らえた力を使えばね。
だけど、アレは捉えることがどういうわけか出来なかったの」
 問い掛けた零司はレグナードの返事を聞いて邪眼を使おうとしたのだろうと思った。
しかし、それが出来なかったのはわかったのだが……ここまで気付いて零司は冷や汗を流す。
というのも、どうにも別な嫌な予感がしてならないからだ。
「ま、そんな訳で私の手で処分しちゃうと色々と問題があるから、零司様をそそのかして処分してもらおうと思ったんだけどね」
「さらっと人に厄介ごと押しつけないでくれませんか!?」
 完全に笑顔が歪み、それでもとんでもないことをのたまうレグナード。
絶叫していた零司はそれを聞いて更に絶叫するはめになったが。
「大体、んな危険な物倒せるわけないだろ!?」
「ああ、大丈夫。標本っぽかったせいか、結構弱いから。零司様とユーティリアの力なら倒せると思うわ。
喰われてそいつの仲間になるっていう能力も無いから、安心してもいいし」
「どこにも安心出来る要素が無いんだけど!? っていうか、どっちにしろ俺に押し付ける気なんだね!?」
 いつもの調子に戻ったレグナードの返事だが、零司は絶叫の連続だった。
今までの話を聞く限りでは厄介なのは変わりない。それに弱いと言うが、言葉通りとは限らない。
それを考えると頭痛しか感じず、零司は思わず頭を抱えながらため息を吐いていた。
「あはは……まぁ、弱いと言っても人を簡単に殴り飛ばせる力はあるわね。
後、エーテルを吸収する能力もあるみたいだから、エーテルその物を使った攻撃は避けた方がいいわ」
「それ、俺の戦い方と相性最悪なんですけど……」
 苦笑するレグナードの言葉に零司は思わずうなだれてしまう。
確かに野良でも岩を砕ける力を持つ神類がいるので、それと比べたら弱いかもしれないが……戦う分には驚異というのは間違い無い。
それに零司はエーテルそのものを攻撃に転用しているので、この時点で零司は役立たずになることが決まってしまう。
普通に攻撃すれば良いと思われるかもしれないが、エーテルを使わなければ威力が落ちるのは否めない。
その暴食者がどれだけの耐久力を持っているかはわからないが、殴ったぐらいで倒せると思わない方がいいだろう。
「聞いておきたいんだけど、魔法も吸収したりしないよな?」
「ええ、そっちは大丈夫よ。ちゃんと確かめておいたから」
 顔を上げて問い掛ける零司にレグナードは笑顔で答えた。
魔法もエーテルを使っているが、魔力に変換される為に性質上はエーテルと異なることになる。
それで暴食者が吸収出来ないのだろうと零司は考えると共にユーティリアが頼みの綱になることに頭を痛めていた。
「ところで本当にお前が暴食者を倒すわけにはいかないのか?」
「私だけならね。でも、その暴食者を調べるのに他の連中もいるから、誤魔化すのが難しいのよ。
今だって、そいつらに適当な理由を付けてやっと零司様に会えたのだからね」
「様付けはやめて」
 肩をすくめて答えるレグナードの言葉に問い掛けた零司は訂正しながら考える。
レグナードは組織にこのことを気付かれるのを嫌っているように思えた。理由は色々と考えられるが――
「なぁ……その組織に何かあるのか?」
 考えられる理由の1つとして零司が問い掛けた瞬間、レグナードの表情が真剣な物へと変わる。
その表情を見た零司は気を引き締める。そのことを問い掛けたのは半ば勘によるものだが、レグナードの表情を見る限りは間違い無いのだろう。
そうなれば何があるのか気になる所だが――
「さっきも言ったけど、私があの組織に入ったのは零司様の中にある物を探すのに利用する為。
あの事を知ったのは本当に偶然……といっても、詳しいことまではわからないけど。
あいつの言葉を信じるなら、世界の運命を左右する物らしいわ」
「なにそれ? あと、様付けはやめて」
 真剣な顔のレグナードの話に零司は思わず顔を引きつらせる。
ハッキリ言ってしまうとまゆつばもいい所なのだが、嘘と判断するには材料が足りない。
その一方で話を鵜呑みにするのは危険だが、もしその通りだとすればユーティリアが関係しているかもと考えてしまう。
例えば、組織の中にある物を動かすためにユーティリアが関わっている封印されてる物が必要だとか。
仮定ばかりの話だが、ありえそうなことに零司は頭痛を感じてしまう。
「気持ちはわからなくもないけど、どうにもマジっぽいのよね。ヤバイ気配も感じるし。
でも、どこにあるかまではわからないのよ。調べようにも知ってるのはあいつだけだから、下手に聞けないし」
「そういや、さっきから言ってるけど、奴ってのは?」
「組織のボスのことよ。名前は不明、かなり高位の神類よ。偽名で呼ばれていて本名はわかりかねるわ。」
「コードネームって訳か」
「マキシマム……そいつはそう呼ばれているわ。ちなみに組織の名前は『センチネル』って言うんだけどね。
ともかく、組織の秘密を知ったのは偶然だけど、だからこそ気になって調べてるわけ。今組織を抜けれないのはそういうことよ」
 話を聞いて気になることがあったので問い掛けた零司に、話していたレグナードは肩をすくめながら答える。
実を言えばレグナードも戸惑っているのだ。こう言うと驕りと思われるかもしれないが自身も高位な神類。
戦い方にもよるだろうが、その気になればユーティリアを倒すことも出来ると自負している。
その自分が『センチネル』にある気配に畏怖すら感じているのだ。故に決して無視していい物ではなかった。
「ともかく、それのおかげで『センチネル』を抜けるわけにはいかないの。
ま、その代わりと言ってはなんだけど、ユーティリアが関わってる封印とかのことは調べておくつもりよ」
「……信用していいんだな」
「こんな機密情報まで晒しているのに、まだ信用してくれないのね」
「それはこれからの行動で判断させてもらうよ。このままってわけにはいかないだろうしさ」
 ウインク混じりに話すレグナードに零司は後頭部を掻きながら頼んでいた。
結局、大事なことなどはわからないままだが、少なくとも足掛かりは出来たと思いたい。
それもレグナードが裏切らなければの話だが、今の様子を見ていると零司にはレグナードが裏切りそうには見えなかった。
話し方こそ砕けているものの、決して冗談で言っているようには思えなかったからだ。
「そういや、俺の中にあるのって……どんなのか、本当に話せないのか?」
「ええ……さっき記憶を失ってるって言ってたわよね? たぶんだけど、今話してもただ混乱させるだけだと思う。
少なくとも零司様の身に何があったのかがわかるまでは話さない方がいいと思うわ。
同じ理由でユーティリアにも話さない方がいいわね。ていうか、あの子の場合は絶対に疑ってくるだろうけど」
 そこまで考えて気になったことを問い掛ける零司にレグナードは困った顔で、最後の方は苦笑混じりに答えていた。
ユーティリアのことはしょうがないとレグナードは考えている。
なにしろ理由があるとはいえ、自分を誘拐しようとした組織の人間であることに間違いは無いのだ。だから、当然疑われるだろう。
それにユーティリアはまだ気付いていないが、彼女をさらった際にレグナードもいたのだから――
「混乱……するのか?」
「たぶんね。それだけの物があなたの中にある。今はそれだけを覚えておくだけでいいわ」
 不安げな表情で問い掛ける零司にレグナードはそれだけを答えると振り返り――
「行くのか?」
「ええ、いつまでも私がいないのは怪しまれるだけだしね。それじゃあ……何かわかったら、伝えに行くから零司様」
 そう言って、レグナードは飛び去っていき、零司はそれを見送るが――
「最後まで様付けか……むずがゆいなぁもぅ」
 頭を掻きいながら、今までの会話を振り返っている途中で零司は致命的なことを思い出した。
「……暴食者のこと、押し付けられたままじゃん……」
 そのことを思い出して、顔を引きつらせるのであった。




 あとがき
そんなわけでお久しぶりの匿名希望です。いい加減、HNを明かした方がいいのだろうか?
ともかく、今回は時間が掛かってしまいましたね。一応、仕事に追われていたのですが――
うん、一気に来るのは勘弁して欲しい。おかげでこっちは色々と混乱するはめになったし。
それはともかく、ユーティリアとリヴェイアの関係は明かされ、零司君の秘密も少しばかり明かされました。
それがどのように関わっていくのかはお楽しみにということで。

次回は今後をどうするかを話し合うことになった3人。
零司君は暴食者のことをどう切り出すかと悩むのですが、そこでリヴェイアはあることに気付きます。
それはこの世界に関わることでもあるのですが――
というわけで、次回でまたお会いしましょう。



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