『科学と魔法と――』
――― 彷徨う者達の道標(Prologe) ―――



 鉄面皮にして無愛想。ユーティリアが突如現れた彼女に最初に抱いた感想はそれだった。
既に日は暮れ辺りが闇に包まれている中、二つの赤々と燃え上がる焚き火が辺りを照らす。
焚き火の上にはそれぞれ『飯ごう』と水の満たされた『鍋』を熱している。
突如現れた女性が零司に告げた「カレーが食べたい」の一言により、零司は速攻で料理に取りかかり始めたのだ。
「カレーってどんな料理なんですの?」
「ん〜、今から作るからちょっと待っててくれ」
 ユーティリアへの反応をそこそこに零司はその鍋の中身と飯ごうの様子を確認する。
その後にユーティリアとリヴェイアの様子にに気付いて女性を紹介することにした。
「え〜、改めて紹介すると……こちらクリス・フィアールド。俺の…………師匠だ」
 零司に師と呼ばれた女性クリスはユーティリアやリヴェイアを一瞥する。
しかし、それ以上は特に何も反応を示すことは無かった。
「……じゃ、料理に取り掛かるんで後はよろしく」
零司は微妙な雰囲気となったその場に不安を抱きつつ、ニンジン、豚肉、ジャガイモ、タマネギなどが入ったボウルを持ち馬車に入って行った。
なお、材料はクリスが用意していた――というか持ってきた物である。
(あとはよろしくって……)
 初めて邂逅した相手とどう話を広げろと言うのか。リヴェイアがそう思ってしまうのも無理はない。
こういう場合は間をつなぐ人間。この場で言えば零司が間を取り持つべきところではあるはずだが、肝心の彼が料理に取り掛かってしまっている。
おかげで何から切り出したらいいか悩んでしまうのだ。
「あ、あの――」
「はじめまして。私はリヴェイア・メルクリウス。とある大学院の総括理事を勤めているわ。よろしくね」
 リヴェイアはユーティリアの言葉をさえぎる形で挨拶をした。
そもそも村人と零司や自分以外の人付き合いが浅いユーティリアにあれこれしゃべれるとは思っていなかったのだ。
そして、もう一つの理由があったりするのだが……
「よろしく。私はクリス、零司の身元を引き受けてる」
(うわ、声低っ……)
「あなたはこの大陸には何をしに?」
 リヴェイアの自己紹介を受けて返事を返すクリスと名乗る女性。その声は凛とした透き通った響きをたたえながらも酷く低音だった。
そのことにわずかに顔を引きつらせながらも何かを考えるように間をおいた後に問い掛ける。
まぁ、返事は予想出来ていたのだが――
「零司を連れ戻しに……」
「あ……」
 リヴェイアの予想通りの返事が返ってきたことでユーティリアが声を漏らす形で反応を見せた。
その返答はユーティリアにとって望むことではないことは十分に予想出来ていたにも関わらず。
いや、わかっていたからこその問い掛けだった。というのも、彼女の記憶では零司の目的は帰る方法を探し出す事になっている。
零司はあくまで事故によってこの大陸に飛ばされているので帰る方法など知る由も無い。
しかし、クリスは明らかに連れ戻しにきたと言い切った。それはつまり――
「貴方達は、もう帰ることが……出来るんですの?」
 ユーティリアは零司と離ればなれになってしまうかもしれないと言う恐れを抱きながら、半ば答えが出ている内容をクリスに問う。
もっとも、リヴェイアにはどのような言葉が返ってくるか、半ばわかっていた。
わかっていたからこそ、どうにか解決の糸口がないかと考えを巡らす。
「……えぇ」
 クリスの一言の返事ににユーティリアの表情に影が落ちたのを見て、リヴェイアはため息を吐いた。
帰る手段を見つける――と言う零司の目的が達成されてしまったからだ。
それはある意味仕方が無い。零司の目的であるのだから、今更どうこう言うのはお門違いだろう。
かといって問題が無いわけでもない。その1つがユーティリアだ。
なにしろ、この大陸の案内を買って出たユーティリアが、彼と一緒に居られる理由が無くなってしまうのと同義なのだから。
ユーティリアが如何に零司を好いているか、数週間も居れば十二分に把握出来る。
迎えが着たからといって零司がユーティリアをそのまま放って帰ってしまうというのはあまり考えられないことではあった。
しかし、最初にクリスを目の前にした零司の態度。それに彼女の要望により最優先でカレーなる謎の料理を作り始めた姿。
それらを見ると目の前の女性の意向に逆らうと言うのも考えづらかった。
何とか零司をこの大陸に留めてユーティリアや自分の目的を達するまでの時間を稼ぐ。
リヴェイアは自分の打算もあるが、自分の親友の為にどうやってそれを成すか頭を回転させ始めた。
――が、それはクリスの意外な一言によって止められることとなる。
「――でも、今はその時では無い」
「え?」
(現金なものね)
 クリスの意外な一言に心なしかユーティリアの表情も明るくなる。
それを見ていたリヴェイアは苦笑を浮かべるものの、肝心の理由がわからないことには安堵するにはまだ早いとも考えた。
「それはどういうことなのかしら?」
「……食事が出来てから零司が居るときに説明させてもらう。それはともかく、私の方からも聞きたいことがあるのだけれど」
 クリスの問い掛けに何事かとユーティリアとリヴェイアは首を傾げる。
いったい、何を聞こうというのだろうかと思ったのだが――
「何のことはない。この大陸に来てからの零司が何をしていたのかを聞かせて欲しい」
 クリスの言葉に納得し、2人は一息吐いてから今までの事を話し始めるのだった。


「また、危険なことに首を突っ込んでいるのだな」
 ユーティリアとリヴェイアの話を聞き終えたクリスは眉頭を揉んでいた。
しかしその表情はどこか嬉しそうにしているのは、恐らく気のせいではないだろう。
「でも、エーテルの吸引に……食欲……か――」
 その一方で、クリスは何か引っかかるものを感じているのか考え込むようにあごに手を添えた。
その漏れた一言を聞いてリヴェイアも改めて考える。零司の異常さに――普通に考えてもただの人間がエーテルの吸収が出来るはずもない。
食欲も確かに食べる人間は食べるが、零司のそれはその範疇に収まっていないのだ。
今は大食い大会の時のような食欲は見せていないが、それでも荷台にある食料が一週間保つかどうか怪しいくらいの食欲を見せている。
で、その食欲で更に問題なのが、それだけの食欲があの暴食者との戦いの後に見せたということだ。
あの技を使ったからなのか。それとも他に理由があるからなのか。リヴェイアとしては、その辺りを調べる必要があると感じている。
「ごめんなさい、彼には迷惑をかけていますの」
「まさか、困っている人を見捨てているようなら、それこそ見損なっている。それに……」
 頭を下げるユーティリアにクリスはそう言ってから料理をする零司へと顔を向け――
「零司の方も相応に貴方達に迷惑をかけているようで」
 なんてことを言うのだが、コップを握っている手に力がこもり表面が波紋を立てているのが見て取れた。
ついでに言うとその言葉には明らかに怒気が混じっている。彼女が何に対して怒っているのか、ユーティリアとりう゛ぇいあにはは判らない。
だが、1つだけ確かなことはこの後零司に雷が落ちるのとは明らかということだろう。
「ん? 何話しているんだ〜?」
 食材の下拵えを終えた零司がクリスの背後を通り過ぎるのを見て、ユーティリアとリヴェイアは全く同じ言葉を思い浮かべるのだった。
お気の毒に……と――



「何これ辛さがぜんぜん気にならない。むしろ甘みすら感じる」
「美味しいですの……」
 香ばしい匂いが辺りを包む中、リヴェイアとユーティリア初めて食べるカレーに舌鼓をうっていた。
食欲をそそる香りに辛さが程良く、旨みとコクが濃厚でご飯の甘みも引き立てられる塩梅に仕上がっていたからだ。
ちなみにこの時のユーティリアとリヴェイアは零司が作ったカレーはオーソドックスの物だとは知らなかったりするのだが。
まぁ、知らないのも無理はない。アルンカンシェラ大陸にはカレーは無いのだから。
というのも、『降神戦争』後に消えたのは何も科学だけではない。いくつかの文明も消えた。
その文明を持っていた者達が様々な理由でいなくなったのだから当然とも言える。そして、文明と料理はある意味密接な関わりを持つ。
文明が消えれば、それによって培われた料理が消えるのも当然とも言えるだろう。
そして、消えていった料理の中にカレーがあったのである。
一方、そのカレーの作り主はといえば――
「何でっ……こんなっ……ことにっ……」
 右手の人差し指一本で腕立て伏せをしていた。両手全指50回を3セット。それがクリスによって零司に課せられたペナルティーだった。
剣士たるもの腕力はもちろん握力が必要不可欠。いくら重いものを持てる腕力があっても握力が追いついていなければ意味が無い。
というのだが、明らかに別な理由だろうとユーティリアとリヴェイアは考えていたりする。
「彼女達から鍛錬を怠っていたと聞いたから、ちょうど良い機会」
 クリスはスプーンでライスを口に含みつつ、零司を見ながらそう告げる。
そんな彼女を見てか、零司は顔を引きつらせていたりするのだが。
「だが、カレーの味は落ちてないようで何より」
「意外ですの零司が料理をしているところは見たことありませんのに……」
「零司はカレーしか作れない。この大陸では何も作れないも同然」
「そう……ですの……」
 クリスの今の話でユーティリアは零司のことを良く知らないことを改めて実感した。
クリスは零司の身元引受人と言っていたが、少なくとも自身より親密であることは直ぐに見て取れる。
そのことが少しユーティリアの心をざわつかせていた。
「私もカレーは作れるけどこんな味にはならない。材料は普通のしか揃えなかったというのに」
「企業っ……秘密っ……ですっと、終わりっ!!」
 クリスの言葉はこのカレーの旨さは隠し味によるものではないということを示している。
なので、一体どういうことなのか――という視線を、クリスは腕立てを続ける零司に投げかけていた。
で、視線を向けられた零司はといえば、顔を引きつらせてそう言い返すだけである。
というのも零司としてはこれといって特別なことをしているわけではない。
あえていうなら、しっかりと下拵えなどをするといった所だろうか? そんなことを考えつつ、腕立て伏せを終える零司。
「今までサボっていた割には意外と早い……」
「実戦が多かったからな〜」
 ジト目のクリスの一言に焦り気味に肯定する零司。
実のところユーティリアやリヴェイアの目の届かないところでトレーニングは続けていた。
誤魔化したのは日課でやっていることがわかれば、今以上のことが課せられるのは予想出来たからだ。
零司も流石にそれを受けるのは嫌なので、そういうことにしたのである。
「さて、本題に移るけど……まずは零司に起きた事故の話から」
 自分の向かいに零司が腰を下ろすと同時にクリスはそんなことを言い出す。
そのことに零司だけでなく、ユーティリア達も真剣な顔付きとなった。
「私達は降神戦争中期に造られたであろうと思われる遺跡に潜り込み探索をしていた。
そこはトランスポーター(転送機)施設だったのだけれど……運が悪かったのが、その施設が未完成の状態であったこと。
零司達が探索していた場所が大型のトランスポーターだったこと。施設の電源が生きていたこと。
そして、なんらかの拍子でトランスポーターのスイッチが入ったことの5つだった」
「運が悪すぎですの」
「そういえば、電力が生きているからちょっと待ってろって言ってたな」
 クリスの話にユーティリアは呆れ、零司は引きつった顔を見せていた。
まぁ、当時の最先端科学技術が使われていた施設であるし、施設の目的上壊れたりトラブルが起きたりするのは色んな意味で困る。
なので、そうならないような造りにしたのと保存状態も良好だった、という要素も加わっていたりする。
それはそれとしても、偶然で片付けるには要素がそろいすぎており、それ故のユーティリアの反応でもあったが。
また、指摘を受けた零司も気を付けていたのだが、どんな所かわからなかった為に自分がいる場所がそういう物だったと気付かなかったのもある。
「その後のことは――まぁ、察して欲しい」
「えぇ、まぁ……ただ、気になる事があるんだけど」
 クリスの一言に相槌をうつリヴェイアだったが、そこまで聞いてふと疑問に思った点があった。
「そんな状態でよくここを探し当てられたものね。まさか当てずっぽうと言う訳ではないんでしょう?」
 その疑問をリヴェイアが問い掛ける。
転送でこのアルンカンシェラ大陸に来てしまった零司をすぐに追いかけなかったのは理由があるにしても、探し出すというのは簡単ではないはずだ。
なにしろ、海を隔てた遠い大陸にいる人物を探すのだ。あてもなく探すのは困難だけでは済まないだろう。
それに対し、クリスは静かにうなずいていた。
「それについては理由がある。零司、少し前にディザスターラインを最大展開させた上で波動牙を使用した……間違いない?」
「あぁ……間違いない――ってもしかしてアレ、探知出来たのか」
 クリスの問い掛けに零司がうなずくが、アレとは以前零司が暴食者に射出した斬撃のことである。
「えぇ、あなたが飛ばされてから、ずっとアルカンシェラ大陸の観測を続けていた。
あの力はこの大陸には無いもの。使ってくれなければ探索にもっと時間が掛かったかもしれない」
 クリスの返事に零司はうな垂れていた。知らなかったとはいえ、もっと早くに撃っていればまた何か違ったのかもしれなかったのだ。
波動牙そのものは低出力のものであればユーティリアと野党を撃退する際に何度も撃っていた。
しかし、クリスが言っているのは暴食者との戦いにおいてエーテルを置換した際に発生した別のエネルギーのことである。
ただ、その時の威力考えると簡単に使える物もないのも事実だ。故に零司は頭を抱えていたが、それを尻目にクリスは話を続けることにした。
「ともかく、急いで例のトランスポーターを解析、改修、調整を施し、試運転(テスト)も兼ねてあなたのところにやってきた」
「試運転って相変わらず無茶するな、もう……」
 クリスの話に零司は思わずぼやくが、そんな零司を見るユーティリアの目がお前が言うなと言わんばかりのジト目となっている。
それはユーティリア達も同じだったのだが、零司は気付かずにため息を吐くだけであったが。
「といっても、それほど無茶なことでも無かった。短距離の転送ならほぼ確実に行えるようにしていた。
遠距離も無機物での試運転は完了していた。有機物の方はまだだったが、あなたを発見したので試運転も兼ねて来た。
そして、このマーカーは接触していれば離れていても対象を遠隔で転送出来る。持っていなさい」
「興味深いわね……動力は一体なんなのかしら」
 説明をしてから手のひらに収まる位の大きさのカプセル上の物をジャケットのポケットから取り出すクリス。
それを見ていたリヴェイアは研究者としての好奇心が疼くのか目を輝かせていたが。
「それは守秘義務もあるが、説明にかなりの時間を要するのですまないが出来ない」
 そう答えつつ、クリスは立ち上がってマーカーを零司に差し出した。
が、零司は戸惑いを見せた。クリスの手のひらに乗せられたのは自分の故郷へ帰る為のパスポート。
それを受け取りさえすればいつでも帰れる。帰れるのだが――
「ごめんクリス……俺はまだ帰れない」
 頭を下げる零司。というのも、今はまだ帰れない理由があったからだ。
というのも――
「まだ、この大陸でやらなきゃいけないことがある。助けを求められた。一緒に来てくれと頼まれた。まだ約束が果たせてないんだ」
 零司のその言葉にユーティリアが息を呑んだ。少なくとも彼女としては約束なんてした覚えは無い。
一方で一緒に旅をしてくれと助けを求めたは事実だ。でも、零司としてはそう受け止めていた。
すなわちそれはユーティリアの目的を果たすでは一緒に居てくれる。
そのことがユーティリアの不安をぬぐうこととなり、少しばかり表情に明るさが戻っていたのである。
「零司……」
「だから、ごめん」
 そんな中、零司は一言そう言ってから、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
本音を言えば今すぐ帰りたい。ほぼ自由に転送出来るなら、大陸間の行き来も可能だろう。
しかし、そんなことをしてしまったら、ユーティリアにした決意が揺らいでしまうような気がして出来なかったのだ。
そんな頭を下げる零司の心情を察したのか、クリスがわずかに笑みを浮かべる。
「話しは最後まで聞いて欲しい。別に今すぐ帰ろうなんて言ってない」
「……え?」
 クリスのその言葉に零司はその言葉に目を丸くした。ユーティリアとリヴェイアも予想外の台詞に呆気に取られている。
というのも、3人ともクリスが零司を迎えに来たとばかり思っていたからだ。
「遠距離の転送には大量のエネルギーが必要。それにチャージにもそれなりの期間を要する。
そちらの問題は解決の為の装置を建造中だけど、少なくとも次の転送が可能になるには早くて数週間後。
だが、それとは別に私もこの大陸でやらねばならないことがある」
 そう言いながらクリスは零司の手を取り、マーカーを握らせると再び元との位置に戻り座る。
そのことに零司は首を傾げたが、そういえば連れ戻すだけなら現れた時にすればいいはずと思い至ったのだ。
ユーティリアとリヴェイアはそんなことを言っていたなということを思い出していたが。
「さっき話した事故でこの大陸に飛ばされたのは零司だけではない」
「え? あぁ、そういえばあそこにいたのは俺だけじゃなかったっけ……」
 クリスの話に零司がそのことを思い出した。それに事故の話で『零司達』と言っていた。
それはつまり、零司の他にも転送機に乗っていた人物がいたということ零司達は気付いたのである。
「って!? 誰が転送されたんだ!?」
「隊の殆どは無事。転送が確認されたのはあなた、亜季、グレンの3名。私はこのまま後の2人の探索を続行する予定だ」
「グレンと……姉貴が!?」
「姉?」
 クリスから告げられた話に零司の表情に焦燥感がにじんだ。
一方でユーティリアは零司に姉が居たことに目を丸くする。話を聞いていなかったのもあるが、いるとは思っていなかったからだ。
「あの2人は探索が楽だった。バカスカ波動兵器を撃ってくれているから」
「あの2人は……」
 クリスの話に零司は頭を抱えた。
零司も必要とあらばあの技の使用は躊躇わないが、あの2人はなんというか……よし使おう!的な所がある。
特に一方……零司の姉の方だが、その傾向が強い。それを考えると問題を起こしてないとは思えなかった。
いや、すでに問題を起こしてるかもしれない。自分達が知らないだけで――
「それってまずいんじゃ……『中央魔導院』の定める物以外の科学技術の使用は重罪よ」
「中央魔導院って何?」
「簡単にいえば、この大陸の共通した法を定める機関よ。私はあいつら嫌いだけど」
 零司の問い掛けに言い出したリヴェイアは肩をすくめていた。
アルカンシェラは魔法大陸とはいえ、一度は科学で栄華を極めた民族が数多く住んでいる。
ある程度の科学技術は魔法などで代替出来るとはいえ、完全に科学技術を排除するということはどだい不可能だった。
それゆえ、ある程度の科学技術は残されているが、それも話に出てきた『中央魔導院』が厳しく管理している。
なお、零司に関してはリヴェイアが隠匿していたりする。
『中央魔導院』が知ったら、まず面白くないことになるのは想像出来たからだ。
「このままだと非常にまずいわね。捕まったら極刑もありうるわよ」
「てぇ、何で先に迎えに行かなかったんだぁぁぁ!! あの2人の居場所はわかるんだろぉぉぉ!?」
 リヴェイアのその発現に零司が慌て出す。あの2人が問題を起こすのは良くある話だ。
それ故にマズイ状況になっているかもしれないという考えがよぎったのである。
「さっきも言ったが転送機のエネルギーの充填に時間が掛かるから。
後、あの2人はいつでも補足出来る状態だけど、あなたは確認したら真っ先に行かないと足取りがつかめなくなる可能性が高い。
あなたは最大展開の波動牙は必要でない限り使用をしない。だから、転送と観測出来る内にあなたに会う必要があった」
 クリスのその言葉に零司は押し黙ってしまった。
最大展開での波動牙は使用の際、残光のような物が使用者の周りに漂う。クリスはそれを観測して、零司の元に来たわけだ。
が、この残光はいつまでも残っているわけではなく、遅くとも数週間くらいで消えてしまう物だ。
そして、零司は必要な時以外は最大展開の波動牙を使うことは無い。それを考えると零司の補足は難しい。
だからこそ、観測出来る内に先に零司に会っておこうとクリスは考えたのだ。
「だから、マーカーを渡しておく。絶対に無くさないように。
あなたの慎重さは利点ではあるけど、この場合は不利にもなるから」
「あ、あぁ……」
 クリスに言われつつ、零司はマジマジと手のひらのカプセルを見つめた。
そういうことなら零司も納得するしかない。言われたからといって、最大展開の波動牙をバカスカ撃つつもりは無いのだし。
「そうなるとあなたはこれからはその2人の元に向かうってこと?」
「そうなる。2人はここから北にいるのはわかっているから」
 リヴェイアの質問にクリスはうなずきながら答えた。
ちなみに最大展開の波動牙の残光の観測はエルフィナス大陸の方で行われる。理由としては装置の小型化が難しかったからだ。
最大展開の波動牙を使用して間も無く、短距離であるならば小型の装置でも観測は可能だ。
逆にある程度時間が経った上に距離も遠いと小型の装置では観測が出来ない可能性が高い。
なので、人工衛星を利用してエルフィナス大陸側で観測。そのデータをクリスに送るという形を取っていた。
一方でクリスの話に零司はユーティリアとリヴェイアに視線を向ける。というのも――
「なぁ……その方向って――」
「私達の向かう方向とほぼ一緒ね。クリスからは色々話を聞いてみたいし、道案内も必要でしょう?」
「私は構いませんの。私達の旅路と重なりますなら、一緒に行動した方が何かと便利だと思いますの」
「ありがとう」
 リヴェイアとユーティリアの言葉に問い掛けた零司は頭を下げた。
まぁ、言葉通りではあるが、それとは別に2人としては零司に恩もある。
なので問題が無いのなら、一緒に行動してもいいと考えたのだ。なのでその後、今後の方針を話し合う零司達。
ひとまずラシュタルに向かう途中にあるリディアブルームで物資の補給と行方不明の2人の探索を行うことにしたのだが――
「でも、何でそのお2人の方へと先に行かなかったんですの? 話を聞いてますと零司を見つけるのは容易ではなさそうですし」
「そうねぇ。言うのもなんだけど、話を聞くと2人とも問題児っぽいし、そっちの方が急いだ方がいいと思うんだけど?」
 ユーティリアの疑問にリヴェイアが相槌を打つようにうなずいた。
零司と比べるとクリスの話に出てくる2人は、科学の隠蔽を全く考えていない上に戦闘を繰り返しているという印象だった。
それにその2人が数ヶ月もアルンカンシェラ大陸にいるのを考えると何か問題を起こしてる可能性が高い。
それらを考えるとその2人を迎えに行くのが先のように思えたのだ。
「零司も他に負けじと問題児だけど……先にも言ったが、一度零司の足取りが途絶えると補足するのが難しい。
だから、優先したのだけど、他にあえて理由を挙げるとしたら――」
 クリスの言葉に零司は顔を引きつらせるが、ユーティリアとリヴェイアは興味深そうな顔を向け――
「――カレーが食べたかったから」
 クリスのその一言にユーティリアとリヴェイアは今までの彼女の印象をがらりと帰ることとなったのだった。
すなわち、意外にお茶目なんだと――


 既に月が高くなり、闇に包まれた街道を魔道馬車が行く。その御車席に肩から毛布を羽織った零司が座っていた。
「はぁ、寒いなぁ」
 思わずそんなことをぼやく零司だが、目的地は大陸の北部地方。北というだけあり寒さが厳しくなってきている。
まぁ、時間的に馬車を止めて一泊したいのだが、この辺りは坂道が多い上に地面が荒れているので止める場所に適していない。
なら、なんで食事をした場所にしなかったかといえば、時間的に余裕があるのでもう少し移動しようということになったからだ。
その結果が今の状況になってしまい、止められる場所まで零司が馬車を移動させる係になったのである。
 一方、居住用荷台の中はといえば、ユーティリアの力を通したエーテルの灯がぶら下がり快適な気温を維持していた。
その中でユーティリアは何もすることがないので購入していた地方新聞を読み、リヴェイアは備え付けられたデスクにて論文を描いている。
「シャワーがあるのは助かった」
「それなりにお金を掛けたからね、居住性は高く――」
 そんな中、首にタオルをかけたクリスがシャワー室から出てくる。
その姿を見て、そのことを告げようとしたリヴェイアは思わず息を呑んだ。
クリスの滑らかな肌から見える肉付きは程良く鍛えられたそれであり、武術を嗜んでいる者特有の雰囲気を醸し出している。
零司の師というのは勉学の方面かと思っていたが、どうやら剣の方の事かもしれないとリヴェイアは考えた。
そして目を引くのはなによりも――
「凄い……わね……」
 普通の人より明らかにも大きいクリスの胸だった。
初めて会った時は服装の特異性が目立って気にならなかったが、その大きさは本来の姿のユーティリアと比べても遜色ない。
いや、もしかしたらユーティリアよりも大きいかもしれなかった。
「この服、恥ずかしくないんですの。それともコレが向こうの大陸のスタンダードだったりしますの?」
 そんな肉体を持つ人物が、装飾が少ない身体のラインがハッキリでるボディースーツを着ているのだ。
ユーティリアはコレを自分が着てみたら、ということを想像して顔が赤くなっているが――
「いや、ユーティリアの姿も大概だけど」
 呆れた様子のリヴェイアのツッコミにジト目で抗議をするユーティリア。
といっても、彼女の服装もクリスとあまり変わりないのは事実であるのだが――
「私の格好も向こうでは特殊な部類に入る。まぁ、それでも着ているのは理由があるからだけど……深くは聞かないで欲しい」
 クリスはあまり触れて欲しくないのか初めて言葉を濁し、話題の渦中にあるボディスーツをスーツケースにしまう。
そのことで微妙な雰囲気になったのを察知したリヴェイアはどうしたものかと思い、そこであることを思い出した。
「そういえばあなたと零司は師弟って聞いてるけど、身元を引き受けてるとも言ってなかった?」
「えぇ、訳あって私は零司の親代わりとなっている」
 リヴェイアの問い掛けに下着姿となっていたクリスは壁に寄りかかりどこか遠い目をした。
エルフは基本的に長寿であるので、見た目の年齢的には零司と変わらなそうに見えるが、クリスの方が年上である。
だから、親というのはわからなくもない。ただ、親代わりというのが気に掛かるのだ。
「私もその話は興味ありますの」
 ユーティリアは思わずそんなことを言ってしまうが、本音としては零司の事をもっと知りたかった。
今の零司はクリスが育てた。もしかしたら本人の話してくれない事、または自覚していない一面を知ることが出来るかもしれない。
そんな想いからの言葉だったのだ。
「そう……ね。少しくらいなら――」
 クリスは少し悩んだ後、振り返るように自身と零司の事を静かに、そしてゆっくり話し始める。
しかし、その話はユーティリアとリヴェイアに困惑させることとなるのだが――


 草原が広がる土地。その中にログハウスが1つだけ建っていた。
それ自体は風景としては絵にはなるが、利便性などを考えると殺風景……というか、不自然しか感じないこの場所。
そんな場所に立つログハウスの中に1人の青年がロッキングチェアに座りながら本を読んでいた。
 その姿は背が高い以外は体型は至って普通に見える。
短いブロンドの髪に金色の瞳を持つ顔は特徴が無い……言い方を変えれば、それなりに整っているとも言える。
服装はアルンカンシェラ大陸の者なら誰でも着ていそうな普通な物。なんというか、どこにでもいそうな青年だった。
そんな青年が無表情に本を読んでいたのだ。そんな彼に近付く人影が1つ――
「やれやれ、組織のトップがこんな所でのんきに読書とはね。あなたを見たことが無い組織の人達がこれを知ったら、どう思うのかしら?」
「ちゃんと働いてくれるなら、好きなように言わせておけばいいさ。ちゃんと働いてくれるなら、ね」
 その人影ことレグナードの呆れたような言葉に青年はそう答えた。
この青年は何者なのか? というのはあえて語るまい。今ので察した者もいるだろうから。
「それはそうと、あの神類はあのままでいいの?」
 そんな青年にしかめるような顔で問い掛けるレグナード。今のレグナードとしては零司の意にそぐわないようなことをしたくはない。
しかし、センチネルにいる以上下手なことが出来ないのもあるが、事情を知るにも問い掛けたのだ。
「問題無いさ。彼女に記憶が無いのは想定外だったけど、どうやら封印の場所に向かうみたいだしね。
お仲間も増えたようだし、今の所は静観をしても問題は無いだろう」
 本を読みながら答える青年だが、微妙に判断に悩む話でもあった。
話を聞く限りでは彼女――ユーティリアのことだが、必ずしも重要でないようにも思えた。
が、今の所はということは、後になって違ってくる可能性もある。このことにレグナードは頭を悩めたが。
「1つ聞くわ。彼女で何をする気なの?」
 思い切って聞いてみることにした。
下手なことをして疑われるよりは、疑問を疑問として投げかけた方がいいとレグナードは考えたのだ。
「そうだね……君は『降神戦争』の本来の目的は知っているよね?」
「……ええ」
 青年の問い掛けにレグナードは静かにうなずいた。なぜ、科学と魔法との戦争が『降神戦争』と呼ばれるのか?
実はそれを知る者は一部の高位……本当の意味で高位の神類くらいであろう。
レグナードと青年はその中の1人なのだが、だからこそレグナードは訝しげな顔をする。
『降神戦争』の本来の目的は失敗に終わっている。だが、その理由をレグナードは知らない。
気が付けば失敗に終わっていたのだ。まぁ、失敗に終わったことはレグナードとしては助かっているのだが――
「その本来の目的を利用する為……とだけ、今は言っておくよ。
とりあえず、今は彼女の行動の監視だけでいい。それ以外は自由に行動しても構わないよ」
「……わかったわ」
 青年の言葉にレグナードは訝しげな顔のままうなずく。
だが、同時に前から感じていた嫌な予感が強くなった思いでもあったが。
(これは少し覚悟した方がいいかもしれないわね)
 それ故にレグナードは零司達との合流も視野に入れ始める。
このままセンチネルにいるのは自分にとっての不利にしかなりかねないと考えたからだ。
しかし、このまま抜けるのはマズイ。どうにかして、理由を作らねば――
振り返り、去ろうとしながらそんなことを考えるレグナード。そんな彼女を青年は気にした様子も無く、本を読み続けるのだった。




 あとがき

というわけで、第3話のオープニングでした。ついにというか、物語の確信に触れていく今回のお話。
実は今回のお話では私、シナリオ兼校正だったりします。
今回は自分で書きたいからとキ之助さんが言い出したからなんですけどね。
というわけで、今回は私は非常に楽……だったはずでした。いや、実はこのSS自体は1週間も前に受け取ってたんですよ。
で、すでに校正が終わってたはずなんです。校正途中のファイルを私が無くさなければ……
正確には校正途中のファイルをどこに置いたのか忘れたからなんですが――
うん、寝ぼけ半分だったとはいえ、ちゃんと確認しなきゃダメだよね。
それと本来なら次回予告みたいなことをするのですが、今回キ之助さんが執筆なので無しです。
まぁ、大騒ぎ的なことになると思います。たぶんね(え?)

byDRT


え〜、なんかやらかしたくなりました。キ之助です。
参った事に、色々つたない部分が露呈する事になりましてこの先どうすんのって感じです。
え?次回予告?

リディアブルームに到達した零司達。
案の定トラブルに巻き込まれ、野生の下級神類撃退を請け負う事になるのだが――

こんな感じっすか?
では次回もがんばらさせていただきます。

byキ之助



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


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