捜し、求めるもの

一章〜交易都市『ミルス』その(1)〜








  交易都市『ミルス』
 『ミルス』は元々、何も無い平原だった。
 だが『王都』と『鉄甲都市アイゼンブルグ』を結ぶ中間地点として着目され、開拓が始まった。
 人が集まれば村が出来る。村が出来れば商隊が行き来するようになる。商隊が来れば宿が建つ。
 そうして宿が出来れば、一夜の宿を求めて旅人も立ち寄るようになる。
 元々交易の要所を結ぶ宿場街としての期待が高い事もあり、村は順調に発展し、交易都市へと至るまでにその規模を拡大していった。
 実際に『ミルス』に住んでいる人口はおよそ12万人程ではあるが、
 各地へと行商に行く商人たちが多く立ち寄る為に、人口密度は遥かに多く感じられた。
 商隊が多く立ち寄ると言う事は、街にとっては大いに潤う事になる。
 商隊が運んできた荷は勿論、各地の情報。そして、商隊を護衛する傭兵や旅人が街に落とすお金。
 だが一方で、多く商隊が立ち寄る事により、それによって問題も多く生じる事になった。
 まずは傭兵同士のいざこざ。傭兵には血の気の多い者も少なくなく、
 その為に些細な事でいざこざが起こる事が頻繁に起こるようになった。
 そして山賊や盗賊などといった輩が出没し始め、荷を運んできた商隊を狙い、
 商隊の荷やお金を略奪するという事件が多発するようになった。
 その他にも大小様々な問題が街の発展に比例するようにして起こるようになり、
 それらのことは『ミルス』とその近隣の秩序が乱れてきたことを意味していた。
 もちろん、これを黙って見ているだけでは、『ミルス』そのものに人が立ち寄らなくなる。
 そうなれば街の死活問題に繋がる為に、街を治める上層部は街の運営資金から出資して、
 傭兵を主とした守備隊を結成する事を決定した。
 そうして結成された守備隊は、上層部の期待通りの成果を上げていき、街の治安を回復させる事に大きく貢献していった。
 街の治安は守備隊が巡回する事によって改善されたが、問題は山族や盗賊などといった無法者達だった。
 街道全てを守備隊が警備する事など到底不可能な事で、巡回中に遭遇した場合や、拠点が判明した場合は叩く事は出来たが、
 根本的な解決へとは繋がらないのが現状だった。
 こうして街の秩序を守る者と、街の秩序を乱す者のイタチゴッコが始まったのだった。
 しかし最近になって、これに少し変化が起き始めていた。
 幾つものグループに別れていた山賊や盗賊達が手を組み、一つの大盗賊団を結成したのだ。
 盗賊団の名は『赤竜団』。『赤竜団』を結成してからは、盗賊達の手口なども大きく変わり始めた。
 今まではバラバラだった襲撃も纏まりが出て、また手口も巧妙になった。そしてなによりもその凶暴性を増した。
 これによって徐々に、『ミルス』だけでは対処できなくなり始めていた。
 そんな折である。
 『赤竜団』の一員を捕らえて問い詰めたところ、驚愕の事実が判明した。
 その捕らえた盗賊が語るには、『赤竜団』の首領はあの『ユナ・アレイヤ』だと言うのだ。
 初めの内は街の役人も鼻で笑って信じていなかったが、状況が一変する出来事が起こった。
 その噂の首領自らが、『ミルス』へと襲撃を仕掛けたのだ。
 そして確かにその首領は、街の人達が噂で聞いた通りの真紅の髪に真紅の瞳を持ち、そしてなりより強大な炎系魔法を行使した。
 幸いにも死者は出なかったものの、これによって守備隊には多くの負傷者が出る事となり、
 最早街の治安を守るだけで精一杯の活動しか執れなくなった。
 そんな『ミルス』へ対して『ユナ・アレイヤ』が要求した事は、主に四つの事だった。
 一つ目は、『ミルス』へ向かう商隊、または『ミルス』から出発する商隊に手を出さない代わりに、
 一ヶ月ごとに『赤竜団』へと上納金を渡すこと。
 二つ目は、『赤竜団』に対して手出しはしないこと。
 三つ目は、『赤竜団』の団員を無条件に『ミルス』への出入りを認めること。
 四つ目は、『赤竜団』の要請ややる事には逆らわないこと。
 期限は一週間以内に決めること。
 期限が過ぎれば、街を焼き払うとの一文が最後に書かれていた。
 当然の事だが、このような条件など街としては呑める訳がない。
 この様な条件を呑んでしまえば、事実上『ミルス』が『赤竜団』に対して膝を屈した形になる。
 その様なことになれば、悪しき前例になる事は勿論、街にとっては屈辱以外の何者でもない。
 何よりも、街の住人の安全と財産が脅かされるのは確実だろう。
 そこで街の責任者は、王都へと救援の要請を出す事に決めた。
 『赤竜団』の首領『ユナ・アレイヤ』討伐の人員の要請を―――
 そして今日は、『赤竜団』が決めた期限の最終日の前日。
 街はメインストリートも人はまばらで、家々の扉は硬く閉ざされ、息を潜めたように静まりかえっていた。
 そんな『ミルス』の城壁へと近づく二つの人影があった。
 二人とも頭からすっぽりと外套を被っている為に顔や性別は分からないが、体格から言って一人は中肉中背の男。
 もう一人は小柄な男と言った処であろうか。
 そんな二人に対して、城門を守っている二人の衛兵は緊張した面持ちで片方は槍を構え、
 もう一人は万が一に備えて緊急を知らせる為の笛を口へと運んだ。

「止まれ! 何者か!? 名前とこの町へ来た目的を言え!!」

 普段ならばこのような物言いも態度もとらないのだが、明日に期限の日が迫っている事もあり、
 精神的にかなり参っている所為もあるのか、高圧的な態度だった。
 しかし、そんな衛兵の態度に対して特に気分を害した様子もなく、背の高い方の男が一歩前に出て口を開いた。

「そんなにピリピリしないで下さい。何も貴方方に害をなそうという訳ではないのですから」

 そんな事に対しても衛兵は過敏に反応し、槍を男へと突きつけた。
 男はそんな衛兵の反応に軽く肩を竦めると、懐へと手を入れ、蝋で封をされた書状を衛兵の目に見える様に差し出した。
 そんな男の態度に訝しげな視線を向けながらも、差し出された書状へと目を向けた。

「なっ!?」

 衛兵は目にした蝋の封の印に目を見開き、次いで男へと顔を向けると、数歩飛び退くように後ずさり驚愕に声を上擦らせた。
 書状に捺された蝋の封の印は、開封の有無だけではなく、その印によって誰が出したのかを判断する上でも役に立つ。
そして今回書状に捺されている蝋の封の印は―――

「も、申し訳ありませんでしたッ! まさか王都からの使者の方々とは知らずに、とんだご無礼を働きました!!」

 その衛兵の言葉に、笛を口にしていた男も唖然と口を開けた。その拍子に笛が地面に落ちたが、気にする者は誰も居なかった。
 そんな衛兵たちの態度に苦笑を漏らしながらも、外套の男は丁寧な物腰で衛兵へと話し掛けた。

「いえ、お気になさらずに。あなた方の役目と現状を考えれば当然の事です。
それでは、街の責任者の方の所まで案内をお願いできますか?」

 外套の男の言葉に、衛兵は頷く。

「かいもーん! 王都よりの使者の方々がいらしゃった! かいもーん!!」

 衛兵の言葉に、閉ざされていた城門が開かれていった。
 そして、王都より来訪した二人の外套の使者は、『ミルス』へと足を踏み入れた。


 豪華な部屋。けれども、決して悪趣味と言う訳ではなく、綺麗に纏められた部屋。
 それが『ミルス』の最高責任者『カリス・マーべリック』の執務室だった。
 今その執務室には、四人の人間がいた。
 一人は40代後半の品の良い服に見を包んだカリス。
 もう一人が、この『ミルス』の法と秩序を守る守備隊隊長『グレン・リックベル』だった。
 グレンは30代前半ぐらいで、傭兵出身者らしく鎧と剣を身に着けたままだった。
 二人に共通する点は、疲れきっている雰囲気が漂っている事だろう。
 それも無理はない。
 今この二人の肩には、『ミルス』の命運がかかっているのだから。
 そして残り二人の人影は、先程王都から来たと言う使者だった。
 仮にも『ミルス』の街の最高権力者の前だというのに、一人……背の小さい男は顔を覆ったフードを取りもしていなかった。
 一応もう一人の中肉中背の男の方は、フードを取っていた。
 だがカリスとグレンの二人は、そんな事を気にも止めていなかった。いや、正確には気にする余裕もなかったのかもしれない。
 静かに王都からの書状に目を通していたカリスの表情が、徐々に険しい物へと変わっていった。
 傍らに控えていたグレンは、そんなカリスの表情の変化に嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
 そして書状を読み終えたカリスから、問題の書状を手渡され内容を読み進めるうちに、その予感が当たっていた事を確認した。

「何だ、これは!?」

 書状を読み終えたグレンは、執務室を揺るがすほどの怒声を上げた。
 カリスはそれを予想していたのか、咎めもせずに王都から来た使者へと顔を向けた。

「これは、一体どういう事ですかな?」

 物言いこそは丁寧だったが、その声音には、書状の内容に対する不満がありありと感じ取れた。
 見れば、怒声を上げたグレンも睨みつけるように二人を見ていた。

「なに……とは? 全てはその書状に書かれているとおりですが?」

 王都から来た使者―――『レオン・ディスカ』は口調が変わらぬまま聞き返した。

「どうもこうもありません。『赤竜団』の首領『ユナ・アレイヤ』は、偽者の為に救援は送れないと書かれてあります」

 カリスは座っていた椅子に深く座り直して、指を組んで疲れた口調で言った。

「それが王都からの返事です。もっとも、今『ミルス』が危機に陥っているのも事実。ですから、私たち二人が派遣されたのですよ」

 レオンは相変わらずにこやかな表情を顔に浮かべながら答える。

「たった二人で、一体何ができるんだ? 俺達守備隊は、その王都が言う偽者の『ユナ・アレイヤ』に半壊させられたんだぞ!?
それなのに、お前ら二人に一体何ができるんだ!?」

 グレンはバカにした態度も隠そうともせずに、レオン達に聞いてきた。
 グレンは自分の配下の守備隊に、絶対の自信を持っていた。それがたった一人の魔法使いに半壊にさせられたのだ。
 なのに、首領の『ユナ・アレイヤ』を偽者と決め付けて、送ってきた人員はたったの二人。
 グレンにとっては、いや、カリスにとっても、相手を甘く見ているとしか取れなかったのだ。
 だがそんな二人の心情を見越しているのかいないのか、レオンはほんわかとした態度を崩さなかった。

「私達に何ができるか……ですか? ああ、こんな格好では説得力はありませんか。
ですが安心してください。私はこれでも一応は、王国近衛騎士団の一員ですから」

「な、なんですと!?」

「なんだと!? お前がか!?」

 だがそのレオンがさらりと告げた内容は、二人に大きな衝撃を与えるには十分だった。
 王国の近衛騎士団と言ったら、剣の腕は勿論、礼儀作法も完璧ではなくてはならない王国一のエリート集団。
 つまりは、近衛騎士団の一員になれるという事は、紛れもなく王国でもトップクラスの剣の達人という証しだった。

「まさか……そちらの方も……?」

 恐る恐ると言った感じで、カリスはレオンの隣に座っている小柄な男に尋ねた。

「いや、この人は近衛騎士団の一員ではありません。ですが―――」

 チラリと視線を送るレオン。
 自己紹介しろ……と言う事だろう。
 それに気付いたのか、小柄な男は懐から六方星を象ったペンダントを取り出して、二人に見せた。

「それは……まさか!? 国立魔法学園主席卒業生の証し、『六方星のペンダント』!? まさか、この目で実物を見れるとは……」

「なぁ、カリス。そんなにそれは凄いのか? 確か、『六方星のペンダント』って言ったか?」

 いまいち分かっていないのか、グレンが眉間に皺を寄せて驚愕の声を上げたカリスに尋ねた。

「凄いなんて話ではない! 『六方星のペンダント』は、我が国最高峰の魔法学園を主席で卒業した証しだ!
一年にたった一人にしか与えられない称号だぞ!? 
分かり易く言えば、宮廷魔法使い入りが確実視される程の魔法の実力者だ。いや、もしかしたら……」

 宮廷魔法使い本人と言おうとした所で、緊張の余りゴクリと唾を飲み込んだ。
 国立魔法学園は王国最高峰の魔法学園で、その卒業生には三種類のペンダントが贈られる。
 一つ目は、主席に贈られる『六方星のペンダント』。
 二つ目は、次席から十位にまで贈られる『正五方星のペンダント』。
 三つ目が、上記以外の卒業生に贈られる『逆五方星のペンダント』。
 そして今、目の前に居る者が所持しているのは、『六方星のペンダント』。
 それはつまり、この国において最高位クラスの魔法使いと言う証しだった。
 と同時に、宮廷魔法使いの可能性が非常に高い人物という事になる。
 何故ならこれまでの王国の歴史において、『六方星のペンダント』を所持している者は、
 極一部の者を除いて宮廷魔法使いになっているからだ。
 ここ十数年では、『ユナ・アレイヤ』のみが宮廷魔法使い入りを断っているだけである。
 そして、その小柄の男が口を開いた。

「私の名は『レイヤ・アナユー』」

 口のマスクでくぐもっていたが、それは何処か女の声にも聞こえた。



次回予告―――
次回予告は俺っチ、マオ様がやるのだー!
ではー、いくぜぇー!
次回、『捜し、求めるもの』
王都からの二人の使者を加え、ミルスは反撃に転じるー。
剣が唸り、銃が咆えるかもなー?
予定は予定であって、未定なのだぁー!
そこんところー、宜しく―!!






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