ユーベルブラット

短編〜貫き通す意志〜








聖なる槍で傷つけられた事による全身を蝕む苦痛。
体を人間の体から、違う体へと作り変えられる事による苦痛。
気が狂わんばかりの苦痛が、昼夜を問わずに襲い掛かる。
正気を失い、狂った方が遥かに幸せだろう現状。
だが彼は狂わない。否、狂うわけにはいけない。
彼の心に残るたった一つの願いが、狂うことを許さない。
日も差さない薄暗い森の中、彼の胸中を占める思いは唯一つ。



それは―――復讐。



いつまでも仲間だと思い込んでいた者たちの裏切り。
信じられない出来事だった。
否、信じたくない出来事だった。
だが、身を蝕む苦痛が仲間の裏切りを証明していた。
彼と生死を共にした他の三人は、彼の目の前で彼らによって殺された。
彼自身も手足を切り落とされ、内臓を抉られる傷を負わされた。
呪いの言葉を吐く彼を、彼らは谷底へ突き落とした。
だが、それが彼に味方をした。
谷底に突き落とされた彼は、次に気が付くと無心で死の森の奥に棲む美しい妖精を貪り食っていた。



妖精を貪り食う中、ふと思い出した仲間に聞いた話。
妖精の血肉を取り込めば肉体が作り変えられ、何らかの力を得るかもしれない、と―――
だがそれは、お勧めも出来ない邪法だとも言っていた。
何故ならば妖精の血肉を取り込むには、危険が付き纏うからだと。
肉体が上手く人間の姿形になれるかも不明ならば、精神が自分のままでいられるかも不明だと。
精神が自分のまま人の姿形を得ようとするならば、強靭な精神力が成否を左右する鍵になるだろうとも言っていた。
彼は彼自身と、同じく裏切られ殺された他の三人の復讐を胸に、ただひたすら身を蝕む苦痛に耐えた。



どれほどの時が流れたか、彼にとって時の流れは曖昧だった。
ただ肉体を作り変えられる苦痛と、欠損した肉体が新たに作り出されていく感覚だけが、時の流れを感じさせた。
復讐の時へと、1歩1歩近づく事に胸を震わせ、その身を焦がす。
どれほど時が流れているのかは分からないが、身を焦がす復讐の思いが色褪せていない事には素直に喜びを感じていた。
彼自身の生きる意志、生きる目的は、彼と仲間を裏切った彼らへの復讐の為だけにあるのだから。
他には何も望むものはない。
彼らへの復讐を果たした後ならば、自分自身の命すら惜しくはなかった。
全ては彼らへの復讐の一念。
それだけが彼の全てを支えていた。



妖精の肉体と融合され再構成された肉体。
肉体の年齢は、彼本来の肉体のそれよりも低いだろう。
以前の鍛えられた肉体とは比べ物にならないほど脆弱な肉体。
だが、彼らによって切り落とされたはずの手足はそこに存在していた。
足さえ在れば、彼らに向かって復讐の1歩を踏み出せる。
手さえ在れば、剣を持ち復讐の牙となして彼らへと突き立てられる。
だが、まだ万全の状態ではない。
ゆっくりと手を月明かりに翳すと、ぼこりと肉が醜悪に盛り上がり、脈動する。
食らった妖精が月の光と共に生きる高位妖精の所為か、特に月の晩には肉体が安定しないのだ。
だがそれも当初に比べれば安定してきている。
そう遠くない将来には、肉体が人の姿形へと完全に安定するだろう。
そうすれば復讐の旅へと旅立てる。
彼自身としては一刻でも早く復讐の旅へと旅立ちたい。
だが万全の状態でない今旅立っても、復讐を遂げられるかはわからない。
志半ばで死ぬ事など、死んだ仲間たちに対しても許される事ではない。
ならば今は、戦える状態になるまで静かに時を待つのが一番だ。
例え待つのが何よりの苦痛だとしても。



だが一抹の不安もあった。
確かに裏切られ、仲間たちも殺された。
彼自身も既に人ではなくなった。
だがそれでも、彼らをいざ前にしたら、復讐の刃を振り下ろせるだろうか。
裏切られる前の彼らとの思い出が、浮かんでは消えていった。
夢ならば覚めて欲しいと思った事も、一度や二度ではない。
だが苦痛に目が覚めるたびに、これは夢ではないと無情な現実が突き付けられた。
殺された仲間たちが、今の自分の心情を聞いたらどう思うだろうと考えると、胸が締め付けられた。
この様に思うのは、無残にも殺された仲間たちへの裏切りではないかと。
必要なのは決意と揺るがない意志。
決意は既にある。
あとは揺るがない意志だけ。
復讐の時は、刻一刻と迫っているのだから……



肉体が人の姿形へと安定したため、久方ぶりに降り立った人里。
そこで彼は信じがたい事実を聞いた。
まず、自分の耳を疑った。
けれども、それが聞き間違いではないと理解して、血が滲むほど強く拳を握り締め、唇を噛んだ。
身の淵から溢れ出す憎悪。
彼はただ、溢れる怒りに全身を震わせた。



10年だった。
あの裏切りと絶望の日から、それだけの月日が経っていた。
人間の姿形を維持できるようになるまでに、10年も必要としていた。
だがその10年の間に、世間は急変していた。
闇の異邦ヴィシュテヒとの戦いにおいての英雄、それが自分達を殺した七人だと言うのだ。
その瞬間、彼は彼らが何故自分達を待ち構え殺したのかを全て理解した。
名誉欲。
そして、自分達が使命を果たさずに逃げ出した事の口封じ。
ただその為だけに殺されたのだと。
その上、自分達が敵に寝返った為に討ったのだと虚偽の報告までして。
偽りの英雄。
欺瞞。
穢された称号。
穢された自分達の名。
欺瞞の上に栄華を手に入れた七人。
七人が手に入れた地位は厄介だった。
単独で突き崩すには難しいほど、強固な壁となって立ち塞がるのは目に見えていた。
力が足りなかった。
新たな力が必要だった。
強固な壁さえも突き崩す刃が。
妖精と融合し、僅かに感じる違和感。
それが新たな力だと漠然と感じて、その力を理解し、使いこなす為にはまた時間が必要だった。
だから彼は人里を後にした。
自分の内に宿る力を、自分の物へとする為に。



また10年かけて得た力は漆黒の刃。
10年かけて分かった事は、いろいろと制限の多い肉体と力だという事だった。
妖精と融合した肉体の所為か、肉体は十年前から成長しているとは感じなかった。
以前の肉体と比べて小さい体。
短い手足。
この体では以前の肉体と同じ動き、力と技は出せないだろう。
だがそれを補えるほど、漆黒の刃は強大な力だった。
問題があるとすれば、食らったのが月の光と共に生きる高位妖精の所為か、月の光の下でなければ力が低下することだろう。
そして昼の月よりも、夜の月の光の方がより強く加護を受ける事も分かった。
今の自身の力の程は理解した。
あとは復讐の刃を突き立てるために、1歩を踏み出すだけ。
彼は意を決して歩み去っていく。
標的は裏切り者の七人。



―――10年。
力を得る為の10年を此れほど後悔した事はない。
10年の間に、また世界は大きく様変わりしていた。
七英雄と呼ばれる裏切り者達の地位と立場は、更に磐石な物になっていた。
各地で七英雄を讃える声。
これらはある程度予測できていた。
だが、彼とって予想外な出来事が起こっていた。
裏切りの槍と呼ばれ、蔑まれた名。
穢されたその名に、更に穢れを上塗りされる出来事。
刀匠の紋章を旗に、裏切りの槍の名を騙り、好き勝手に暴れまわっている者達。
裏切られ、穢された名。その上、更に名を騙られ穢れを上塗りされた。
それを許せるはずが無かった。
標的の七人を忘れたわけではない。
だが、名を騙る連中も黙って見過ごせない。
だからこそ―――



「ごめん、三人とも。まずは、おままごとをしている連中から片付けるよ。あの七人はその後だ……」

剣の柄を強く握り締め、ケインツェルと名と姿形を変えた少年は復讐の1歩を踏み出した。
唯一つの貫き通す意志を携えて。







〜あとがき〜

黒い鳩さん、、『シルフェニア』700万Hitおめでとうございます。
何とか期間に間に合ったかな?
今回はネタが無かったのですが、メッセでユーベルブラットの話がでたので、戴きました。
ありがとうございます。某氏達。
時期的には、0巻前になるのかな?
ではでは、失礼します。
By:ルーン

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