ユーベルブラット

短編〜果たすべき使命〜








死の森と呼ばれる深く暗い森。
只でさえ人の足を自然と遠ざける危険な森は、今現在、更なる危機を孕んでいた。
異邦ヴィシュテヒが結界を超えて、帝国領に侵攻するルートになっている為だ。
逆に言えば、異邦ヴィリュテヒの侵攻を封じるためには、死の森を超えなければならないのである。
そして現在、四人の若者達が皇帝からの勅命を受け、危険極まりない死の森の奥深くへと歩を進めていた。



鬱葱と生い茂る木々の葉の隙間から、微かに月明かりが見て取れた。
昼でも尚薄暗い森の中では、木々の葉の隙間から微かに見て取れる空の様子からでしか、昼夜を判別することは出来ない。
危険極まる死の森。
そんな森の中、四人の若者達が焚き火を囲んで夕食を取っていた。
食事のさなかでも、いつ何時敵が襲って来ても即時対応できる様にか、四人の傍らには槍が立て置かれている。
敵陣の懐ゆえか、それとも別の要因からか、四人は少し沈んだ表情を浮かべていた。

「ったく、何時までも葬式みてぇに辛気臭く飯を食ってるんじゃねぇよ!  あいつ等は俺達と袂を別れた。それだけの話じゃねぇかよ!?」

一人の男が吐き捨てるように言い放つと、四人の中で唯一の女が口の端を釣り上げた。

「はっ! お前こそ随分とまぁ、口調を荒げるじゃないか。 自分自身がまだ完全に割り切れてないのに、他人にとやかく言うもんじゃないよ、クファー」

「何だと!? ギュスタフてめぇ、もういっぺん言ってみろ!!」

「よさないか、二人とも。経緯はどうあれ、皇帝陛下からの勅命を果たせる者は、今現在私たち四人しかいないのだよ?  その私たちが言い争っても、害はあっても利など一つもない」

今にも取っ組み合いをしようとした二人を止めたのは、品の良さそうな男だった。

「クレンテルの言う通りだよ。……もう、僕たち四人しか残ってないんだから……」

最後の一人、四人の中で最も年若い男は、俯かせていた顔を上げていった。

「ちっ、わるかったな。確かに俺自身、まだ気持ちの整理が……信じられないって言うのに、お前たちの事を言えた義理じゃなかったな」

「クレンテルにアシェリートの言う通りだね。今私たちが言い争っても、あの七人が帰ってくるわけでもないし……ね」

「わるかったね」と、ギュスタフは三人に謝罪した。
本来ならこの場には、彼ら四人の他にも、十人の勅命を下された者達がいるはずだった。
だが、三人は旅の途上で帰らぬ者になった。
そして残りの七人は―――

「彼等を責めるのは酷と言うものでしょう。敵の懐にたったの十一人で飛び込まなくてはならなかったのですから」

「死ぬ可能性ってか? 確かに、俺達の中からも三人の犠牲者が出たからな。 死のイメージを強く持ったってしかたがねぇって言えばしかたがねぇけどよ……」

「だがよ」と、言葉を濁すクファーの後をギュスタフが受け継いだ。

「そうさ。問題は死にたくなくて逃げ出したことじゃないわ。問題なのは、皇帝陛下の勅命を放棄したことさ。 皇帝陛下の勅命は全ての命令の上位にあたる。勅命を授かるのは名誉なこと。だからこそ、それを放棄したとなると……」

地位と名誉を失うだけならまだそれでも良い。
最悪の場合、逆臣としての汚名を着て死刑になりかねない。
それほどまでに、皇帝からの勅命は重いものなのだ。

「僕は、彼らを仲間だと思っていた。ずっと、ずっと共にあり続ける仲間だと。 皇帝陛下からの勅命を共に授かった仲間。使命を共に遂行していく仲間。幾度の死線を共に潜り抜けてきた仲間。 今までも、これからもずっと共にあり続ける仲間だと思っていたのに……彼らはそう思ってはいなかったのかな……?」

アシェリートは胸の内を吐露するように言葉を吐き出すと、力なく笑った。
信じていた者に裏切られた。そんな思いがアシェリートの胸中で渦巻いているのだろう。
無理もないと、そんなアシェリートの様子を三人は見ていた。
自分達もアシェリートと似たような心境なのだから。
だが唯一違うのは、アシェリートよりも彼ら三人の方が、世の中の残酷さ、無情さを人生の中でより多く学んでいたことだろう。
刀匠の称号と帝国最強の騎士の名を得ていても、アシェリートは彼ら三人に比べれば、人生経験の浅い若者なのだから。

「グレン達が私たちをどう思っていたかは分からないわ。けれどもアシェリート、少なくとも私は、 いいえ、此処にいる私たちは、固い絆で結ばれている仲間だと私は思うのだけれど、どうかしら?」

「けっ、顔面赤面もののこっぱずかしい事言ってるんじゃねぇよ! 背中がむず痒くて仕方がねぇじゃねぇかよ!  けどまぁ、あれだ。俺の背中を安心して任せられるのは、お前たちぐらいなものだぜ」

首筋をポリポリと掻きながら、気恥ずかしいのかクファーはそっぽを向いた。
そんなクファーに苦笑を浮かべるクレンテルは、アシェリートに向かって力強く頷いた。
ギュスタフは率直に言葉で。
クファーは回りくどい言葉で。
クレンテルは頷く事により態度で。
三者三様の思いの表し方に、でも自分たち四人はまぎれもない仲間だと言ってくれた三人に向って、アシェリートは笑みを浮かべた。

「でも、正直なところ、死にたくないのなら、グレン達の様に逃げるのも一つの手だったろうね。 こんな馬鹿正直に使命を果たそうなんて、文字通り死にに行くようなものだわ。 まぁもっとも、皇帝陛下から下された勅命を放棄したとなると、二度と帝国の地は踏めないでしょうけど」

勅命を放棄して帝国に戻っても、待っているのは身の破滅だけ。
グレン達も馬鹿ではない。そんな事は分かり切っている筈だと、ギュスタフは口にした。

「確かに、皇帝陛下からの勅命を放棄するなど感心はできませんがね。人ならば、誰しも命は惜しいと思っても不思議ではありません。 正直、使命を果たせたとしても、この中の何人が生きて帝都へと戻れることか……。 まして四人全員が生きて戻れるなど、夢のまた夢。奇跡でも起きなければ不可能でしょうね」

「ふん。ならクレンテル、何でてめぇは付いて来たんだ?  帝国に二度と戻れねぇとは言え、辺境の地で隠れ住むことは可能なはずだぜ?」

「それがわからねぇほど、てめぇはバカじゃねぇだろ?」と、クファーは鼻で笑った。

「確かに、使命から逃げ出し、人知れず生きることは可能でしょう。ですが私は……見て、そして知ってしまったのです。 異邦ヴィシュテヒによって焼かれた街を、村を。そして、なんの罪もない人々が無残に殺され、物言わぬ屍になるところを。 それを見て、何故使命から逃げ出せましょうか?  私が命を懸けることによって、少しでも平和が訪れる可能性があるのならば、私はそれに賭けてみたい。 だからこそ、私は逃げ出すわけにはいかないのです」

「そう言う貴方はどうなのでうすか、クファー?」と、クレンテルが聞き返した。
クレンテルに聞き返されたクファーは、頭をガシガシと掻き、「俺のはお前ほど崇高な動機じゃねぇぜ?」と、前置きをした。

「俺はただ、逃げ出したくなかっただけだ。十四人だろうと、四人だろうと、たった一人だろうと関係ねぇ。 異邦ヴィシュテヒ相手に逃げ出したと思われたくねぇ。逃げ出した卑怯者なんて、後ろ指指されてまで生きたくねぇ。 人間、遅かれ早かれ何時かは死ぬ身だ。それだったら、卑怯者として生きるよりは、勇敢な戦士として生きてぇし、死にてぇ。 皇帝陛下からの勅命なんて栄誉な事を受けたんだ。これをみすみす逃すつもりはねぇ。 俺は他の誰のためにでもねぇ、俺自身のために先に進むと決めたんだ。ただ、それだけだ」

実にクファーらしいと三人が思う中、次に自然と視線が集まった先は―――

「ん? 何よ? 皆で私を見つめて……あーなるほど。次は私の番って訳ね。……私が残った理由ねぇ。 んー、そんなに大した事じゃないわよ? ただたんに、アシェリートが行くって言ったから残っただけだし」

「えっ!? 僕!?」

意外な言葉にアシェリートは驚愕の表情を浮かべ、自身を指差した。

「だってさ、いくら刀匠の称号を得ていて、帝国最強の騎士の名を欲しい侭にしていても、所詮はまだ私達より年下な子供なわけでしょう?  なのにその子供が使命を果たすために行くって言っているのに、大人の私が尻尾を巻いて逃げる訳にもいかないでしょ?  一人の良識ある大人としてはね。第一、皇帝陛下の勅命を放棄するなんて大それたこと、怖くてできやしない」

最後に冗談なのか本気なのか、 「それにアシェリートの顔って、私のタイプなのよ。それが損失するだなんて、ショックが大きいもの」と、口にした。
そして自然と最後に残されたアシェリートへと三人の視線は集まった。

「……僕は、約束したから。ここに辿り着く前に命を落とした三人と。 帝都で見送ってくれた人達、ここに辿り着くまでに出会った人達との約束。 それに、じじいから受け継いだ刀匠の名を穢すわけにはいかない。だから僕は、引くわけにはいかない。 大切な人達との約束を破るわけにはいかないんだ……」

使命を果たそうと志半ばで倒れた三人の事を思い、四人の間には重い空気が漂った。

「まぁ、命を懸ける理由なんぞ、十人十色ってやつだな。もっとも、ここには四人しかいねぇがな」

重い空気を振り払おうと、クファーが冗談めかしにいうが、返ってきたのは冷たい視線だった。

「まったく、バカは死ななきゃ治らないっていうし、丁度良い機会だから死んでバカを治したらどう?  あぁ、アシェリート、こんなバカは放っておいて、向こうで私と気持良い事をしようじゃないか。ほら!」

ちろりと舌で唇を湿らせ、アシェリートの右腕を掴むと、森の奥へと連れて行こうとするギュスタフ。
顔を赤らめ、なすがままにギュスタフに連れて行かれようとするアシェリートの左腕を攫む者がいた。

「アシェリート、お前、このまま着いて行くと、ギュスタフに骨の髄まで搾り尽くされるぞ?  やめとけやめとけ。お前みたいなガキがこの魔女みてぇな女の相手をするには、十年ははえぇ」

クファーだ。アシェリートの左腕を掴みながら、アシェリートへ忠告する。

「ちょっとクファー、私とアシェリートの間を邪魔しないでちょうだい!  それとも何? アンタ、私にリベンジしようって言うつもり?」

口の端を吊り上げ、心底バカにした口調で言うギュスタフに、クファーは米神を引き攣らせた。

「今度は負けねぇ……」

憎々しげに、唸るように口にする。
そんなクファーにギュスタフは勝ち誇った笑みを浮かべる。

「そうだねぇ、アンタのリベンジは、使命が終わったら受けて立ってやるさ」

長い髪をかき上げ、悠然とした態度で言い放った。
そこでふと視線をずらせば、こちらを見て顔を引き攣らせてしたクレンテルと目が合った。
ギュスタフははて? と首を傾げ、それからあぁっと何かに納得したような声を上げた。

「クレンテル、アンタも今度どうだい?」

「え、えぇ、そうですね。機会があったら、その時はお願いしますよ……」

そう言って顔を引き攣らせたままのクレンテルと、 顔を俯かせて何やらぶつくさと言っているクファーを尻目に、ギュスタフはアシェリートを森の奥へと引っ張って行くのであった。



辛く、厳しい使命の最中の一時の安らぎ。
だが、彼らは知るよしも無い。
その時死の森の入口付近では、仲間だと思っていた七人が、万が一使命を果たして帰って来た四人を亡き者にしようと企んでいた事を。
使命を果たそうと、命がけで敵の下へと進む四人。
万が一の時、栄光を奪い取り、そして自分たちの犯した罪を隠す為に、嘗ての仲間を殺さんと息を潜める七人。
希望の先に待つのは、裏切りと言う名の絶望。





―――彼ら四人を待ち受けるのは、暗く閉ざされた未来―――







〜あとがき〜

黒い鳩さん、『シルフェニア』1000万Hitおめでとうございます。
カウンターの廻りが速い速い。
一日二万Hitとか、凄いですねぇ〜。
ここまで巨大になると、いろいろと大変でしょうが、頑張ってください。
ではでは、失礼します。
By:ルーン

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