シルフェニア4000万HIIT記念SS

『悪夢?は4000万光年の彼方に』

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説 if story〜





「まさかこんな日が来ようとはな……」

 とある来賓室で、ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥は多くの同僚たちを前にして暗すぎるヴェールを被りつつ深刻そうに呟いた。数万隻の艦隊を自在に指揮し、どんな敵の大軍にも決してひるむことのない帝国軍随一の用兵家が伏目がちに考え込んでいるのである。彼の周囲に座するほかの提督たちも似たり寄ったりの状態だ。

 反応がなかなか返ってこない重苦しい中で発言したのは、最年少の上級大将であるナイトハルト・ミュラーだった。

 「ミッターマイヤー元帥には同感いたしますが、我々は新銀河帝国の重臣です。陛下のお言葉がなくても今回の式に参列しないわけにはまいりますまい」

 もっともな言葉ではあるが、ミッターマイヤーのため息は大きい。

 「卿の言うとおりだとは思う。しかし頭ではわかっていても感情的には現実を受け入れ難くてな……俺が言うのもなんだが、ありえないことがこれから起こるのだ。いや、起ってしまった。しかも最上級の驚きをもってな……平静でいろというのがムリというものだ」

 ミッターマイヤー元帥が口を閉ざすと、来賓室に集う帝国軍将帥たちの表情がさらに翳ったように思えた。半分は人生初の祈りを捧げているようであり、そのまた半分は今日、この日に健康でいることを呪っているようであり、残りはやけくそ気味にコックリさんをはじめていたりする。

 「なんとも嘆かわしい……」

 ミュラーはため息を漏らす。本来ならば宇宙艦隊司令長官たるミッターマイヤー元帥が諸将たちを激励し、今日の先頭に立たなければいけないはずだが、当の元帥が愛妻と喧嘩をやらかしたかのようにブルーで消極的な状態ではいかんともしがたい。これが敵との戦闘であれば何の躊躇もなく部下を叱咤激励して戦場に赴くであろう。だが今回の出来事は戦場外の緊急事態であり、かといって政治闘争でも陰謀でもないから、ミッターマイヤーとしては「いかに心穏かに今日一日を敢闘すべきか」という光秒以下の対策を本気で思考する以外にないのだった。

 「ロイエンタール元帥やキルヒアイス提督が生きていらしたら、なんとしたであろうか……」

 とはいえ、ミュラーは澱んで重力をともなった場の空気を何とかしようとダメもとで諸将達にむかって口を開いた。

 「たしかに乗り気でないのはご理解いたしますが、かといって露骨な態度をとるのもいかがかと思います。今日のことも以前からのことも我々がどうにかできることではありませんし、双方が意志を一致させたのであれば、我らは帝国軍の重臣として気持ちよくお二方を送り出すのが最良ではないでしょうか。それに今回のことは非常に喜ぶべきことではないでしょうか? あの御仁も人として丸くなられるかもしれませんよ?」

 誰も返事がない。いっそう憂鬱さの密度が増したようにミュラーには感じられた。若い上級大将は方で息をした。やれやれ、誰も奇蹟というものを信じないのだろうか。そもそも全て悪夢で片付けているのではないだろうか? 今日という日が奇蹟そのものだということを忘れているのではないだろうか?
 
 ミュラーは内心で頭をかかえつつ、もう一度集う諸将に訴えた。

 「ミッターマイヤ元帥を含め、卿らは少し過度な杞憂に陥りすぎてはいませぬか? 今日のことをもっと建設的に考えれば、おのずと光明は見えてきましょう」

 「ミュラー提督、卿はそれでいいだろうよ……」

 ものすごーくマイナスな声が部屋の片隅から聞こえてきた。ミュラーがビクッと肩を震わせて振り向くと、壁に向かってなにやら独り言を呟いている──ようにしか見えないビッテンフェルト上級大将がいた。

 飲んだくれの親父のごとく顔がゆっくりふらふらとミュラーに向いた。

 「うっ……」

 おもわずミュラーがのけぞってしまうほど、ビッテンフェルトの顔は減量に失敗した格闘家のごとくやつれていた。

 「ミュラー提督、卿は同盟との折衝のためにフェザーンにおらず、カイザーよりなにも申しつかっていないから何とでも言えるだろうよ。ミッターマイヤー元帥は今日の司会進行役だし、ワーレンとメックリンガーは下準備と飾りつけ、アイゼナッハは受け付けだし、ケスラーはもちろん警備全般だ。俺たちはなにかと以前から今日の悪夢に関わってきたのだ! 卿はなにも関わっていないから能天気で他人事のように言えるのだ! しかも……」

 ビッテンフェルトの声が上ずり、彼の肩はぶるぶると震えていた。目じりにクマができている死人さながらの猛将の瞳がこれでもかといわんばかりにミュラーをにらみつける。

 「極めつけは俺だ! なんで好き好んでこの俺がオーベルシュタインの結婚式で祝辞を読まなきゃならんのだ!」

 ビッテンフェルトの巨体がずるずると床に崩れ落ちる。カイザーの命とはいえ、ビッテンフェルトはその瞬間ほど世の中の無情を呪ったことはない。

 「俺は……俺は、あいつの葬儀で心にもない弔辞を読むために今までしぶとく生きてきたのだ! それが、それが何の因果でヤツのために祝辞を読まなきゃならんのだ……大神オーディンは俺を見捨てたのか……むごい、むごすぎる」

 ビッテンフェルトの嘆く姿とともに、なにか嗚咽のようなものがかすかに聞こえてくる。

 (あれを見たか……猛将ビッテンフェルトが泣いているぜ……俺はこの光景を二度とわすれないだろう)
 
 「いや、それどころではない!」

 ミュラーは、うちに現れかけた感慨を消し去った。おもわず肩をすくめたのは、がっくりと肩を落とし、思わぬ因果で自分自身に廻ってきた不幸に最大限涙する猛将の姿を視界に納めたからだろう。

 「なにも大げさな……」

 とミュラーは言いたかったが、実際のところ同盟との折衝を終えた彼がフェザーンに戻ったとき、すっとんできた部下の報告に世紀末を垣間見たのは隠しようのない事実だった。

 「か、かかかかかかかかか、閣下! 閣下ぁぁ! たたたたった大変です! めっさ大変です! 一大事が発生しております」

 尋常ではない部下の慌てように、ミュラーは気を引きしめたものだった。

 「どうした、まさか地球教の残党どもが何かやらかしたのか? それともフェザーンにいるミスマル提督が惑星でも破壊したのか?」

 「い、いえ、いえ……ち、違います」

 どうも部下はあまりの衝撃のために声が上手く出ないようだった。

 「落ち着け、落ち着いてゆっくり話せ」

 ミュラーが言うと部下は三回も深呼吸した上で、ようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。

 「ぐ、ぐ、軍務尚書閣下が……ここここここここここご、ご婚約なされました!」

 「なんだそうか…………なんだとっ!!!

 ミュラーもしばらく放心してしまうくらいだった。それは平和を取り戻した銀河が再び混沌とするのではないかという根拠のない錯覚をダークに脳内で爆発させてしまうくらい衝撃的な出来事だった。


 全ての発端はミュラーがフェザーンに帰還する一ヶ月前。つまり結婚式当日より2ヶ月前の宇宙暦805年、新帝国暦6年の初春のとある日。

 ライハルトの執務室を訪れた「絶対零度の剃刀」こと軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、義眼を微妙に赤く光らせて機械的かつ儀礼的に報告したという。

 「陛下、小官はこのたび妻を娶ることになりました」

 「そうか、それはよかったな…………なにぃ!!!!!

 皇帝陛下は決済途中の重要書類を思わず破り捨て、しばらく放心状態だった、とは高級副官シュトライト中将の証言である。彼もその場に居合わせており、あまりのことに我を忘れて花瓶の水を被ったとかなんとか……

 対するオーベルシュタインは平静そのもので、二名の貴重なリアクションに何も動じず一礼して執務室を退出したらしい。

 「しかし、なにがどういういきさつでかのような結果に終結したのだ?」

 ミュラーの疑問は、祝辞を読むことになったビッテンフェルトをはじめとする諸将の共通の謎だった。「絶対零度の剃刀」を落としたナデシコの女性料理人──帝国の諸将に「獄炎の料理人」と言わしめた女傑とのまさかの密かな恋!

 その疑問にあらためて答えたのはミッターマイヤー元帥だった。

 「おそらく、きっかけは和平調印式時の祝賀晩餐会だろう。あれを取り仕切っていたのはオーベルシュタインだし、その料理責任者はナデシコの女性料理人のホウメイ殿だ」

 「まさか……」

 そんなベタな理由なのか? 諸将たちの顔が納得できなさそうに大きく歪む。

 「いや、あの後、ホウメイ殿は陛下の体調を心配されてフェザーンに残ることになった。陛下はホウメイ殿の料理をたいそう気に入って専属にしたしな。あのオーベルシュタインと接触する確率は何倍も増したわけだ」

 「しかし、多忙なホウメイ殿は……あのオーベルシュタインとどう繋がるというのだ? 俺にはさっぱりわからんぞ」

 ビッテンフェルトの疑問は至極当然のもので、残念ながら室内に集う諸将も誰一人として二人が「恋愛」(かなりの違和感と拒絶感がある)していたなどというそぶりも姿も目撃していないし、気づいてもいなかった。秘密主義のオーベルシュタインは、やはり私生活も隠密を通すものらしい。

 実は生まれる前から「赤い糸で結ばれていた」などという迷信を信じるものは誰一人存在しない。

 「あっ!」

 突然声を上げたのはミュラーだった。なにか思い出したらしい。

 「晩餐会当日のことですが、ワインを取りにいかれた軍務尚書殿とホウメイ殿が話をしているところを聞いております」

 ミュラーの告白にミッターマイヤーは皮肉交じりに笑った。

 「なるほど、フォーカスミュラーの名に恥じないタイミングぶりだが、どんな内容だったか話してくれ」

 「承知いたしました。ですが一字一句正確とまではいきませんが……」

 それは、カウンターにやってきたオーベルシュタインに対し、ホウメイの一言から始まった。

 「へぇー、あんたがあの軍務尚書殿かい?」

 「……」

 「なんだい無視かい? 銀河の半部以上を掌中におさめた帝国の大臣さまとなるとお高くとまるのかねぇ」

 「……」

 「なにかお言いよ……はいよ、これ注文のワイン。まったく血色悪い顔しちゃってさ、あんたちゃんと三食たべているのかい? なんかすごく不健康な生活をしているように思えるんだけど……」


 たぶん、こんな感じだったとミュラーは語った。

 「おいおい、どこに愛だのロマンだのの要素があるんだ! 何の糸口にもなっていないではないか!」


 沈みがちだったビッテンフェルトが久々に大きな声で突っ込んだ。どの部分にも突破口を見出せない理不尽さにぶっちゃけ我慢ができなかったらしい。

 ミュラーが興奮するビッテンフェルトをなだめた。

 「落ち着かれなさい。新郎に対しては小官を含め大多数が否定的であるかと思われますが、新婦に対しては陛下の体調安定に貢献していただき感謝のきわみにございましょう。男女が恋愛をすることは古代よりの人の営みであれば、ここはビッテンフェルト提督もお世話になっているホウメイ殿の幸せを切に願うのが当然ではないでしょうか?」

 「ふん! そんなことは充分承知している。俺がさかなにするのはあの軍務尚書殿だけだ。新婦殿には恩も借りもある! 新郎は○ね! 新婦に永遠の幸あれだ!」

 ビッテンフェルトのあまりの剣幕にミュラーは言葉を失う。逆にビッテンフェルトは水を得た魚のごとくしばらく軍務尚書の悪口雑言を発散させていたが、もう一つだけ猛将がわからないことがあった。すなわち、なぜ自分が祝辞を読むことになったのか、ということだ。

 「おいおいビッテンフェルト提督、卿は本気で言っているのか?」

 「と仰るからにはミッターマイヤー元帥。元帥は小官が選ばれた理由をご存知なのですな?」

 「まあな」

 「ならばもったいぶらずに教えてくれ! いまだに気持ち悪くて落ち着かないのだ!」

 なんとも鈍い同僚にミッターマイヤーは少しあきれた。

 「卿はホウメイ殿がフェザーンに滞在中、どこで主に食事をしていた? ホウメイ殿が普段務める士官食堂だろ?」

 「はっ? なっ……ま・さ・か!」

 そのまさかである。「兵営生活の青年士官」という印象で一生を終わりそうな独身の上級大将は、ラインハルトの食事を作るかたわら士官食堂で料理長を務めるホウメイの腕に惚れ、ほぼ毎日の昼と夜の食事を士官食堂で摂っていた。晩餐会でも豪快にホウメイの料理を食していた猛将をホウメイはいたく気にいったのだ。ビッテンフェルトも部下にホウメイの料理を勧めていたし、カウンター越しに会話を交わすことも少なくなかった。細かいことを気にしない気質も親近感を持たせたことだろう。ホウメイにとってビッテンフェルトは気の合う「かわいい弟」と同じだったのだ。

 また声に出しては言えないが、悪乗りしたラインハルトにも罪はあるだろう。

 「どうしてそんなことをミッターマイヤー元帥がご存知なのだ?」

 「ホウメイ殿ご本人から聞いたからな」

 「なっ……」

 ビッテンフェルトは、自分から今日のフラグを立ててしまったことに愕然とした。二人の仲を知っていればもうすこし自重しただろうに──いやいや、身代わりを立てることだって出来たかもしれない。オイゲン辺りに……舌打ちするが時すでに遅し。無念かどうかは微妙であるが……

 いずれにせよ、ミュラーが言うように新婦のためにも気持ちを改める必要があるだろう。新郎はどうでもよい。カイザーの体調に気を遣い、ビッテンフェルトや多くの将帥たちに喜ばれる料理を作る新婦には帝国の猛将も最大限の敬意と感謝をもって祝福するのが礼儀というものである。

 とは言うものの……

 ビッテンフェルトが決心し損ねていると来賓室のドアが開いた。現れたのはオーベルシュタインの部下であるフェルナー少将だった。彼は室内に充満する異様さというかマイナスエネルギーというか……ややドン引きしたが、表情には出さない。

 「お時間になります。会場のほうへお願いいたします」

 「そうか、それでは逝くとしようか」

 字を間違えながらミッターマイヤー元帥が立ち上がると諸将もそれ続き、まるで地獄にでも向かうようなよろよろとした足取りで室内を退出した。

 一人残っていたビッテンフェルトも「覚悟」を決めたのか、オイゲン少将が作成した祝辞をポケットから出して存在を確かめると身体をゆらして立ち上がり、ヴァルハラへの入り口のようにも思える真っ白なドアの向こうを抜け、結婚式会場へと向かったのだった。



「はっ!」

 ビッテンフェルトは唐突に目を覚ました。ここはどこだ、といわんばかりに目だけがぎょろりと周囲を見渡す。

 そこは、トレーニング用の器具が床に転がり、黄金獅子旗が派手に壁に掲げてある殺風景な彼の寝室だった。ガバッと半身を勢いよく起こした猛将の額と身体はひどく汗に濡れていた。だがビッテンフェルトは笑いをこらえきれなくなったのか、口元を徐々に緩めていった。

 「フフフフ……ふははははは、そうか夢だったか、そうかそうか、あはははははっは」

 ビッテンフェルトは、安心したように高らかに笑い飛ばし、汗に濡れた身体をシャワーで流すために浴室へと向かおうとした。

 するとTV電話の端末が鳴った。会話ボタンを押すと、そこに映ったのは忠実な副官であるオイゲン少将だった。かなり慌てているように見える。

 「まっ昼間から何事だ?」

 「閣下、早くご支度を!」

 ビッテンフェルトは怪訝な顔をした。

 「何が?」

 画面の向こうのオイゲン少将はあきれているようだった。

 「閣下! 今日は軍務尚書殿とホウメイ殿の結婚式ですぞ。急いでご支度を!」

 オイゲンの視界から上官の姿は消え去っていた。変わりに「ドタン」という衝撃音が画面を揺らした。

 「閣下、閣下、いかがなさいました!?」

 オイゲンの声は上官の聴覚を通り抜け、ぶっ倒れたビッテンフェルトはしばらく放心状態のまま、なみだ目で正夢を呪い続けていた。


 PS・猛将はその後、複数の部下に引きずられるようにして式場に連行されたとさ。


 ──END──

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あとがき

 涼です。本編の読者さまの感想掲示板の書き込みを読み、ネタてきに書かせていただきました。
 あまり奇をてらっていませんので、どうぞお許しを! ノリですからw

 2009年10月5日 ──涼──

 時間が経ちましたので、誤字等を修正しました。

 2010年10月10日──涼──


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