シルフェニア7周年記念作品の続編

シルフェニア周年記念作品

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説 〜IF Story〜




『18年後も殴り合い?』

 
 
 


T

 ──宇宙暦824年、新帝国暦25年の春──

 かつて銀河帝国の首都星であった惑星オーディンの一角にたたずむとある建物の一室にて二人の男が数年ぶりに顔を合わせ、歴史的な対談を始めようとしていた。形式的な挨拶のあと、革張りのソファーに二人は身体を沈める。スーツ姿の男が音声記録用の端末を机に置き、メモとペンを片手にさっそく質問を開始した。その雰囲気から、どうやら彼は記者かジャーナリストらしかった。

 「今回、単独インタビューを快諾していただき感謝にたえません。当選祝賀会の直後に恐縮ですが、対談を始めさせていただきます」

 向かいのソファーに腰掛けた礼服姿の体格のよい男は少しだけはにかんだ。

 「そんなにかしこまる必要はない。俺は窮屈なのは嫌いだ」

 確かに、というようにジャーナリスト風の男はうなずく。

 「じゃあ、そういうことでもう少しフレンドリーにやらせていただきましょうか」

 「かまわん」

 「では、新帝国で初の議会が開かれるにあたり、上院議員となったあなたのこれまでの18年間を振り返って、まずはその心境をお尋ねしたい」

 「上院議員」と呼ばれた男は一瞬だけ神妙な顔つきをした。

 「そうだな、一言で表せば怒涛≠セったな」

 その言葉に、記者らしい男は内心で困惑した。

 「……なるほど。失礼ですが、私は意外に感じましたね。まさかあなたの口から戦後の方が怒涛という台詞が飛び出すとは……」

 「確かに意外だ。卿らと銀河の覇権を争った戦争より、俺のような人間には戦後のほうがよほど目まぐるしかった」

 上院議員が半ば乾いた笑い声を上げたのは、自分自身の変化に向けたものだった。

 20年前まで、彼らはそれぞれ異なる陣営に属し、数万隻から数十万隻の宇宙艦隊を操って広大な宇宙空間を駆け巡って覇権を争っていたのだ。

 その戦争も宇宙暦804年に双方の停戦から和平条約に進展し、自由惑星同盟と新銀河帝国──共和制と専制国家の150年以上にわたる戦争はついに終止符を打つことになった。

 そして新銀河帝国初代皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムの崩御から実に15年を経て、立憲君主制という国家体制が新たに整備され、今年に入って初の帝国国民議会選挙が実施されるに至ったのである。

 この最初の議会選挙が実施されるまでの「15年」という歳月を長かったか短かったのか、どう感じるかは人それぞれであろう。少なくとも、同盟には長く感じられたのかもしれなかった。議会選挙は2年の準備期間があり、自由惑星同盟から専門家を招へいしてようやく実施にこぎつけたと言われている。

 もちろん、新銀河帝国成立時から立憲君主制が視野に入っていたわけではない。ラインハルト一世が帝国の行く末と、その在り方を考え抜いた末の一つの選択肢であって、彼は遺言にあたって皇妃ヒルダに立憲君主制移行の判断を委ねたに過ぎなかった。事実、新帝国は議会を開くよりも、まずは国内の安定を優先した。

 しかし、まったく議論がなかったわけではなく、カールブラッケ、オイゲンリヒターといった帝国開明派の一部に議論はされていた。
 

 そして、新帝国における議会設置の議論が本格的に高まってきたのは8年後の新帝国暦17年、宇宙暦816年の初頭においてからである。すでにその種は数年前からまかれていたと分析する歴史家も存在したが、新年における定例会見での国務尚書ウォルフガング・ミッターマイヤーの発言が起爆剤となった。

 「新帝国は憲法制定後に議会の設置を考えている。新たな体制の移行に関し、広く帝国市民にも自由に議論していただき意見を募りたい」

 開明派は歓喜したが、永く支配されることに慣れてしまった民衆の多くは困惑を覚えた者も少なくなった。腐敗したゴールデンバウム王朝が倒れ、ローエングラム王朝の成立によって人々の暮らしは格段に改善され、ラインハルトに任せておけば生活は安泰であり、善政の間は大人しくしたがっていればよいと言う楽観と従属意識が民衆の意識に広まっていただけに、選挙によって選ばれた代表が皇帝の権限に規制を設けつつ、民衆たちの要望を国政に反映していくという政治体制は、まだ多くの者にとっては想像することすら困難であった。

 それでも開明派を中心に権利意識を持ち始めた民衆たちから議論は始まり、議会がすでに存在する自由惑星同盟の議会制度を手本として立憲君主制への関心は徐々に高まっていった。

 多くの歴史家や政治学者たちは、新帝国がなぜこのタイミングで言及したのか、たびたび論争となった。ほとんどが「新体制への移行が滞りなく終了し、アレク皇帝が成人していたことと体制が安定期に入ったため、皇妃はカイザーラインハルトの遺言をついに実行した」という見解であったが、自由惑星同盟側から見るともちろん意見は違った。

 退役後、本人の思惑とは195度ずれた経過を辿って年金生活のレールからずり落ちたヤン・ウェンリー退役元帥は後にその著書に記している。

 「皇妃ヒルダはラインハルト・フォン・ローエングラムにひけをとらない政治センスの持ち主であったが、皇帝とはまた違った客観的な視点で世の中を観察できる人物だった。(中略)ラインハルト一世があまりにも政軍両面に比類ない能力を発揮した存在だっただけに、彼女は新帝国の未来をゴールデンバウム王朝の二の舞にしないための選択を採用せざるを得なかったのだろう……」
 



U

 皇妃とアレク皇帝の決断に対し、議員はどう感じましたか? と記者に質問され、体格のよい男は太い腕を組んで数秒間黙考の後に口を開いた。

 「俺は当時、こむずかしい政治の中身など考えることもせず、正直、皇妃(カイザーリン)の判断を無条件に支持するだけだった。だが、この年になって政治家に転身し、もまれる中で当時はわからなかったことが今ではわかるようになってきた」

 「と言いますと?」

 「当時は気にも留めなかったが、俺は皇妃(カイザーリン)からその胸のうちを吐露されていたんだと気づいたのさ」

 「ほう、それがどういう内容だったのか、差し支えなければ教えていただけないでしょうか?」

 議員と呼ばれる男の人差し指が肘掛の上で上下していたが、それは不愉快になったという訳ではなく、むしろどう答えるべきか思案中というべきだった。

 「そうだな、卿には言ってもかまわんだろう。しかし記事にはしてほしくない。どうだ?」

 「貴方とは何度も宇宙で戦いましたし、18年前は直接殴りあった仲でもある。拳を交えた男を信頼していただきたいものです」

 「確かにその通りだな。失礼した」

 議員は愉しそうに笑い、次に急に表情を正した。

 「皇妃(カイザーリン)はおっしゃった。王朝が不具合を起こしたとき、それを正す意志は必要なのですね、と」

 それを聞いた瞬間、記者はペンの動きを途中で止めた。皇妃が考えていた中身はヤン・ウェンリーが彼に語った深い一言と同じだったのだ。ローエングラム王朝が未来永劫存続することはありえず、人類が国家という組織を運営する限り一つの体制も絶対的な地位を保つことはできないこと、腐敗と停滞を免れないことだ。新帝国のスタートが稀代の天才によって成し遂げられただけに、ローエングラム王朝が後世に続いていく限り、歴代の権力者はその統治能力を常に比較され、体制の反動と失望に反映されることは明白だった。

 そもそも、ラインハルトは血統によって支配者の後継を考えてはいなかった。実力者が次の権力を継承すればよいとさえ言い切っている。そのような理由であるから、もし彼の生命があと数十年も続いていったとしたら、ラインハルト一世としてずっと皇帝の地位に君臨し続けたであろうか?

 答えは「否」である。

 とはいえ、ラインハルトの考えが実力主義であったとしても、彼は専制国家の皇帝として即位してしまった。専制国家において血統とは正統なる後継の証となり、ラインハルトの威光が体制を維持する限り民衆の多くは彼の残照を求めるものなのである。血統政治とはそういうものだ。

 幸いにもラインハルトは側近であった女性──ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ嬢との間に後継者をもうけた。

 否、ラインハルトにとってはいささか誤算だったと言えるだろ。

 ──実力のある者が権力を引き継げばいい──

 皮肉なことに、まさにそれはラインハルトが半ば軽蔑した民主共和体制こそ、彼が理想とする政権移譲が可能な政治体制に最も近かったもしれないのだ。

 「いわばそれは、カイザーラインハルト自身へのみえざるしっぺ返しであった」

 とは、生涯の好敵手であったヤン・ウェンリーの言葉である。


 その上かどうかは定かではないが、ラインハルトは自由惑星同盟の戦略に乗る形で立憲君主制への道を閉ざさなかったとも言えなくもない。あえて内側から侵食される恐れのある体制への移行を皇妃に託したのは、彼が後継者たちにも試練を与えるべきだと判断したからだろうか?

 そして国務尚書ウォルフガング・ミッターマイヤーの発言から新帝国憲法公布まで2年、帝国国民議会公布のおよそ1年半、帝国中が立憲君主制の議論で沸騰した。翌々年には第一回目の帝国国民議会選挙の実施が正式に発表され、ようやく今年になって上院と下院に分かれ、帝国議会議員が各地から選出されたのである。
 
 
 記者の男はメモにペンを素早く走らせると、上院議員となったかつての敵将にさらに質問をぶつけた。

 「正直なところ、あなたがよりによって政治家を志すとは誰も想像していなかったでしょう。そして見事に一期目の当選を果たしましたが、いったいどういう法則が生じて議員の心境を変えたのしょうか? 私のみならず、あなたの戦友や多くの同盟関係者も理由を知りたいはずです」

 「そうか?」

 「そりゃそうですよ。獅子の泉の七元帥の一人が将来の宇宙艦隊司令長官のイスを蹴って退役し、あろうことか政治家に転身ですからね。ヤン・ウェンリーやテンカワ・ユリカもそれはそれは目を丸くしていましたよ」

 メモを取る記者の口調がかなり砕けたかっこうになったが、議員は全く気にした様子はなかった。むしろ表情が緩んだ。

 「稀代のペテン師と戦姫を驚かせることができたか。なるほど、俺もようやくあの二人に勝利できたと言うべきかな?」

 記者の返答はやや曖昧だったかもしれない。

 「まあ、かもしれません」

 「そうか」

 と短く答えて政治家となった元帝国軍元帥が心境の変化をかつての敵将に語った。

 「俺自身が自分の決断に唖然としたくらいだが、別に理由は小難しいことじゃない。卿ら自由惑星同盟は我々より損害を被っておきながら短い時間で経済を復興させ、その資本が続々と帝国に進出してきた。俺は危機感を抱いたが、もはや時代は俺のような好戦的な軍人を必要とはしなくなった。いや、武力による解決は時代と逆行すると悟ったからこそ、俺は俺自身でまだできることを求めたのさ」

 議員の口調は淡々としていたが、その表情は現役時代をほうふつとさせるほど感情の変化に富んでいた。

 「なるほど、その決断はあなたらしい」

 記者は、メモをとりつつさらに突っ込んだ質問をした。

 「あなたが政治家に転身したのは、危機感の表れがすべてだったと理解してもよろしいのですね?」

 議員は、その質問に白い歯をみせてニヤリと笑った。一般の者であれば背筋を凍らせたであろう笑いである。

 「俺は皇帝陛下のご意志と恩に報いるために卿ら自由惑星同盟と戦ってきた。そして皇帝(カイザー)が命を燃やされて新帝国を成立させたように、俺は俺の目の黒いうちは共和主義者どもの精神的な侵略に同じ土俵の上で対抗しようと決めたのさ。無論、アレク陛下の御為にもな」

 記者は、内心で彼の変化の理由に納得しつつも、意地悪な質問をした。

 「直球ですね。ですが、立憲君主制とは絶対君主制を規制するものです。あなたは誰よりもローエングラム王朝に忠誠を誓っているはずですが、カイザーラインハルトの後継者であるカイザーアレクの統治を掣肘することに、なんら疑問を感じなかったのでしょうか?」

 議員の反応は意外なほど冷静であった。

 「疑問は感じたが、俺は俺自身で今後の新帝国の未来を考えぬいた上で立憲君主制もやむなしという結論に達した。近代国家成立以降、立憲君主制を敷いて繁栄した国家は多数あることだしな。それに、俺はカイザーが失う権力を補うつもりで上院に立候補したのさ」

 前半の名演説が大なしだな、と記者は思わなくもない。

 「おやおや、もし今の発言を記事にしたら議員は銀河中から非難を受けるかもしれませんよ?」

 「ふん、いちいち気にしていられるか。そっちで記事にしようと大して俺には影響がない。違うか?」

 「ええ、まあ」と記者は控えめに答え、質問の方向性を多少変えた。

 「あなたは新銀河帝国が立憲君主制に移行して初の上院議員ですが、今後、自由惑星同盟とどのような関係の構築をされたいとお考えですか?」

 大いに悩むかと思われたが、議員の反応は素早かった。

 「知れたことだ。異なる政治体制同士であっても対等な友好関係を築くことだ」

 記者にとってその発言は今まで以上に「らしくない」と映ったようだった。

 「なぜだ? 俺たちは共存の道を選んだ。これからの時代は政治と外交努力によって問題を解決していく時代だろ? 俺が何のために政治家に転身したと思っているんだ?」

 「はぁ、まぁ……」

 記者は、目の前のかつての敵将の価値観がこれほどまでに変化した時の流れにあらためて驚きを覚えたようだった。現役時代は宇宙最強の破壊力をもつ艦隊の司令官として敵味方から畏敬された──政治センスのかけらも見受けられなかった猪突猛進の性格が18年という歳月をかけて徐々に一歩退いて物事を観察する視野と見識を育てたのだ。

 (やれやれ、この人はもしかして外交官になろうとしているのか? もしそうなら、また同盟にとって強敵になるな……)

 素直な感想だった。




 
V 

 その自由惑星同盟の戦後も、新銀河帝国の戦後とは違った意味で喜怒哀楽と色とりどりの「戦後を生んだ」と言っても過言ではないだろう。

 ──宇宙暦804年、新帝国暦5年、5月5日──

 自由惑星同盟にとって、この日の和平調印式をもって永きにわたる戦争は一応終結した。

 前年の11月に停戦が合意され、その間に幾つかの事件を経ての調印式だった。国家代表として調印式の壇上に立った最高評議会議長代理ジョアン・レベロも同盟国旗と黄金獅子旗が揃ってはためく光景を目にし、その感慨は感無量であったことだろう。

 しかし、本来ならばジョアン・レベロの出番はなかった。なぜなら調印式の壇上には数々の賛辞とそれを凌駕する批判を受けたヨブ・トリューニヒトが立つはずだったからである。強硬な対帝国論者として国防委員長を経て国家元首に選出された「巧言令色家」、「扇動政治家」と悪名も高かった男は、政治的に彼をよい方向に導いた青年実業家の努力も虚しく直前になって歴史に「英雄」と刻まれる未来を完全に失った。前年の12月に国家反逆罪およびウランフ提督暗殺とヤン・ウェンリー、ミスマル・ユリカ暗殺未遂の首謀者として逮捕されたのだ。彼が地球教残党の悪魔のささやきに乗ってしまった末の自業自得の結末でもあった。

 その後、トリューニヒトが過去に行った悪行の数々が世に噴出し、彼の政治家としての生命も私人としての生命も完全に断たれることになる。トリューニヒトは裁判にかけられ、死刑こそ免れたものの懲役30年と罰金2億ディナールの判決を受け、収監から8年目の宇宙暦812年の10月15日に自殺した。

 いや、事故死だったのかもしれない。いずれにせよ自己保身に長けた男の実に意外な幕引きであった。

 一方、ヨブ・トリューニヒトの最大の天敵と評された同盟軍最高の智将ヤン・ウェンリーは、宇宙暦805年まで統合作戦本部長を務めて戦後処理をひと段落させると、年明け早々に辞表を提出して夢の年金生活者となった。

 ──なったものの、5年後に出版した「回想録」がヤンの「のほほん引退人生」に図らずも終止符を打ってしまう。回想録は同盟、帝国両方の国家でベストセラーとなり、その後は講演依頼が殺到。最初は断っていたヤンだったが、さすがに皇妃の依頼をむげにあしらう事はできず承諾した。以降、ヤンは講演依頼を断れなくなってしまったのである。

 退役後の(気楽な)人生設計の狂いに辟易した「魔術師ヤン」は、戦後に復活し、以前から打診されていた士官学校戦史研究科の特別最高名誉教授就任を苦し紛れに受けてしまう。講演を断りやすくなった反面、彼は講師として教壇に上がることが増えてしまった。

 以後、ヤンは宇宙暦821年に「体力の限界」と嘘ぶいて辞任するまで「なかなか芽の出ない助教授」を地で行きつつも、同盟軍の人材育成に大きく貢献した。一説には新銀河帝国の皇太后ヒルダとアレク皇帝に非公式の協力を要請され、立憲君主制に対するアドバイザーとして反対の銀河に渡るためだったとも言われているが、当然ながら異論の方が多い。

 そして現在、父親とは正反対に活発な息子と良妻と一緒に今度こそ「夢の年金生活者」を文字通り満喫している──

 ────はずだ。

 
 

 「まったく、ヤン・ウェンリーこそ政界に進出すべきだったと俺は思うんだがな」

 ヤンの戦後を聞かれた議員はじつに残念そうにそう答えた。記者としては、彼も尊敬する先輩が政界に進出すれば帝国の議員と交渉の場で舌戦が期待できるとは思うのだが、感情が絡み合った時に殴り合いとなると一方的なものにならざるを得ないことは容易に想像できた。

 「いやあ、まあ、あの人にとって政治家などという職業はただめんどくさい、ブラックゾーンそのものですからねぇ。自由惑星同盟評議会議員ヤン・ウェンリーなんていう肩書きは我々にとっても失笑ものになるでしょうね。何よりもスーツ姿が似合いません」

 議員は太い眉をしかめ、長年疑問に思っていたことをついに口にした。

 「俺は時々思っていたが、(けい)らは偉大な上官をよくも平気でこき下ろせるな?」

 記者は、かしこまって咳払いした。

 「それが民主共和制の理念の一つですからね」

 「違う気がするが……」

 次に話題に上がったのは、ヤンと同じく戦争末期の同盟を支えたテンカワ(ミスマル)・ユリカだった。彼女はヤンの後継として、また女性としても史上初の統合作戦本部長に就任し、同盟軍の再編と軍部のあらたな方向性を定めた後、宇宙暦807年に退役した。翌年、同じく退役した旦那と念願だった中華料理店をハイネセンの一角に開店。その後支店を5店も増やし、三人の子供にも恵まれて現在に至っている。

 テンカワ・ユリカの戦後に対しても新帝国の上院議員となった退役元帥は意外に思っていた。

 「あの破天荒娘が料理店の女主人兼社長とはな。時の旅人として多くを知っているはずなのに、卿といい戦姫といい、能力を生かさないヤツが多いな」

 不本意なことを言われたな、と内心で舌打ちした記者は穏やかに反論した。

 「そっくりそのままお返ししましょう。慣れない政治家になるために軍を辞した元帥殿のお言葉とは思えませんね。それにジャーナリストこそ最初から私の希望職だったんですよ」

 議員は珍しく意外そうな顔をした。

 「卿も図らずも軍人になったというのか?」

 父親が祖父との約束を果たすため、息子の受験が失敗するよう「呪い」をかけられて大学には落ちた、などとはさすがに言えない。

 「人間、どこで才能を発揮するかわからないものです」

 「そこは同意しよう。まあ、俺の戦場が議会に移っただけで特に変わりはしない。俺はちゃんと自分の経験を生かしたその後を歩んでるぞ」

 微秒だな、と記者は思わなくもない。別の話題から反撃の糸口を探ろうとした。

 「議員の考えはそうであっても、国家に……いや社会に貢献する方法はいくらでも方向性と方法があります。オーベルシュタイン元帥がよい例ではないでしょうか?」

 「あの、オーベルシュタインか……」

 議員の口調と表情は独特の響きと嫌悪色で構成されていた。不愉快や不敬が複雑に交じり合った状態と表現を変えてもよい。

 パウル・フォン・オーベルシュタインは、ラインハルトの麾下にあって政治・軍事両面に多大な貢献をはたした「絶対零度の剃刀」と評された帝国元帥だった。彼はラインハルトが崩御した際に殉死しようとしていたものの、察知していたホウメイ夫人に強烈な右ストレートを喰らって阻止された上に負傷して入院。その間(オーベルシュタインは獅子の泉の称号を固辞した)にいろいろと思考に変化があったらしい。国葬の後に軍を辞した男の第二の人生は周囲が大神オーディンに三日三晩祈りを捧げるほどの衝撃的なものだった。

 そう、彼と同じく身体に障害がある者、遺伝的に欠陥があるもの、戦争孤児たちの救済と支援──いわゆる慈善活動だったのである。(空白をドラッグしてください)

 「おいおい、ヤツは本格的に死神の活動を始めた、の間違いだろ? それとも絶望的な罰ゲームか? どちらも出口がないじゃないか」

 当時、帝国軍のとある猛将は皮肉と悪意を隠そうともせずに同僚たちに吐き捨てたものだが、戦争孤児を預かる施設にオーベルシュタインが視察に訪れると、決まってある現象が起こるようになったという。

 「元帥がいらっしゃると泣いていた子供や騒いでいた子供がすぐに静かになるのですよ。閣下のご訪問を心待ちにしているのかもしれませんね」

 と言う施設職員の証言は、リップサービスを差し引いても認識違いの部類に属したであろう。

 とはいえ、オーベルシュタインは相変わらずオーベルシュタインであり続けたものの、彼が訪問を繰り返す都度に子供たちの笑顔が増えたのは事実であり、彼の支援によって社会に復帰した者が増えたこともまた事実であった。

 現在、現役時代は軍人としてよりも優れた政治家として評価された男は慈善活動団体の総理事を務め、その義眼を常に弱者の救済と支援に向けている。



 ちょっと疲れたような顔の上院議員は言った。

 「たしか卿はオーベルシュタインを取材しに行ったことがあったと聞いたが本当か?」

 「ええ、まあ」

 「で、どうだった?」

 追求されたほうの顔はかなり困惑していたと言ってもよい。

 「どうだったと言われましてもねぇ……いっそ議員自ら訪問してみてはいかがです? 年月を経て変わった者同士ですし」

 「笑えん冗談だな」

 記者は最後に政治家となった元帝国軍人に両国の展望について意見を求めた。彼の返答は次のようであった。

 「わからん」

 「わからない?」

 「そうだ。わかっては面白くないだろう。卿はそう思わないか?」

 戦争当時はわからないことだらけだった。自称「革命家」だった記者は平和になったほうがよほど先が読めないものだと実感している。まして両国の未来などは……

 「……失礼ながら同意します。きっと我々の一人一人が両国の先の見えない明日を作っていくのでしょうね」

 「フッ、そうだな。そうだといい」

 二人は固く握手を交わして対談を終えたが、去り際に新帝国国民議会の一員となったもと元帥は、記者であるかつての敵将に気軽に訊いた。

 「で、記事になるのはいつ頃だ?」

 「そうですねぇ、来月前半に発売される月刊情報誌に特集を組んで載せますよ」

 「ほう、さすが編集長といったところか?」

 記者である男のほうは謙遜するように肩をすくめ、そして何か思いついてしまったのか、現役時代を髣髴とさせるいたずらっぽい笑みを浮かべてもう一つだけ依頼した。

 「さて、お時間があればこの記事のタイトルを一緒に考えていただきたい。今のところ失敗する都度に階級の上がった奇蹟の帝国軍人は、議会で失敗する都度に帝国首相となるのだろうか?=@ってやつなんですがね」

 「長いわ! そして喜んで阻止させてもらおう」

 この後、しょうもない議論が小一時間ほど応酬され、さらに殴り合いに発展したとかしなかったとか……

 ──宇宙暦824年、新帝国暦25年5月18日──

 この日、惑星オーディンの地表は季節外れの春の嵐に見舞われたという。
 


 ──END──
 
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 あとがき


 二次創作投稿サイトたる「シルフェニア」さんが12月で9周年を迎えました。もう老舗といってもよいくらい続いているわけです。コンスタントに投稿もあり、古くからのサイトが閉鎖してしまう昨今、かなりがんばっていると思います。
 
 「9」という数字で作品は書けませんでしたが……

 末永くサイトが存続することを願わずにはいられません。


 さて、作品は私が度々書いているクロス作品の「もしもストーリー」第五弾です。一応、前作である『フォーカスミュラー/7ヶ月後の二大スクープ』の続編となります。

 読んでいただいてお分かりの通り、作中の二人はあの二人です。 あえて彼らの容姿を詳しく描写していないのは、読者さんに好き勝手に二人の18年後を想像していただきたいためです。

 今年もあとわずかとなりました。みなさんにとっての2013年はいかがだったでしょうか? 読者の皆様には不定期投稿の作者の作品を粘り強く待っていただき、感謝にたえません。

 また、2014年がみなさんにとってよい年でありますように。


 2013年12月6日 ──涼──

 読者さんのアドバイスを基に地の文の追加と脱字などを修正しました。
 2014年3月7日 ──涼──

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