空の境界

──変わりゆく日常──





─プロローグ─ 
「境界線上」


 

 俺は、工場地帯に通じる橋を全力で駆け抜ける。大学の講義のあと、学部内で行っている自主講習が思ったよりも長引いてしまったため、バイトに行く時間を 1時間ばかりオーバーしているのだ。事前に橙子さんに電話をしたものの、「はやく紅茶をのませてくれー、死んでしまう!」などと叫ばれては急がないわけに はいかない。
 
 「あれ?」
 
 俺は、橋を渡りきったところでバイト先に勤める友人を追い抜いていることに気がついた。後方に十歩ほど下がる。
 
 「やあ、黒桐。どこかに出かけていたのか?」
 
 たぶん、足踏みをしている俺が変に見えたかもしれないが、そんなことは微塵も気にせず、黒髪の素朴な容姿の友人は穏やかな表情を浮かべる。
 
 「うん、御上さんが持ってきてくれた例の仕事の件で、美術館と打ち合わせをしていたんだ」
 
 「そうか、お疲れさま──おれ? 見ての通り、バイトの時間に遅れて全力で向っているところさ」
 
 「それはたいへんだ」
 
 「そのとおり。じゃあ、先に行っているよ」
 
 俺は走り出す。が、どういうわけか黒桐も一緒に横に並んだ。
 
 「ん?」
 
 「いや、僕もはやく仕事を片付けないといけないと思って」
 
 「よし、行こう!」


 思えば、高校時代、同級生であった黒桐幹也と初めて会話を交わしてからほんの数週間しか経っていない──ああ、彼とは三年間、一度もクラスが同じにならなかったのだから当然といえば当然かもしれない。

 当然? ちょっと違うな、訂正しよう。

 きっかけがなければ赤の他人で終わっていただろう。

 俺は「黒桐幹也」という人物を、とあるもう一人の同級生を知ることによって知ることになった。その名前は「両儀式」という、普段の装いが着物姿という不思議な女の子だ。入学式の時に俺は二人のこっけいなやり取りを目撃して以来、ずっと二人を見てきたのだ。彼女と彼女の周りにいつも居る彼の存在を……

 そして俺は、一瞬で「両儀式」という同級生が普通じゃないことに気がついた。それは感覚的なものではなく、確信的な存在を彼女の中に視たのだ。

 ただ、俺は彼らに近づくことはできなかった。いや、近づいてはいけなかった。

 「お前は破滅させる」

 ある魔術師からの警告がずっと頭から離れずにいたからだ。それは決してばかばかしい言葉ではない。自分の能力に恐怖するときがある──だからこそ、俺は彼らを見守ることしかできないでいたのだ。

 その呪縛は今年の10月に消えた。俺を心理的に縛っていた魔術師が両儀式と死闘の末にこの世界から消滅したからだ。

 そして、あらたに俺の魔眼に見えたものがあった。

 全ては魔術師の言葉を鵜呑みにした自分の心の未熟さが作り出した杞憂であり、幻想であったこと。彼の思惑にまんまと乗せられていたこと。

 人の心を見通す「心眼」を有しながら、魔術師の心を見抜けなかった情けない俺……

 魔術師の呪縛を解き、自らの意志と感情によって両儀式を助けた一人の少年が存在した。彼の肉体はすでに死して、その身体は作り物でしかないにもかかわらず、魔術師に挑んだのだ。愛した女性のために……

 俺は、舞台となったマンションんの中に残存した思念を読み取って命を再び落とした彼に誓った。

 「あとは任せてくれ、君の思いは俺が引き継ぐよ。君が命がけで守ったように……」

 心の解放とともに俺の魔眼は新たな覚醒を始めた。

 その未来は──

 断片的なものでしかない。俺の未来視能力は強力じゃない。万物の全ての真実を見通す力を持った魔眼の能力ほどではないのだ。

 けれど、俺は二度と背を向けず、未来視に頼らなくても彼女と彼を守るために先に進もう、想いをぶつけられなかった三年間を取り戻そう。今ある自分の力を出し切り、俺が逃げたため魔術師に翻弄された人たちの手助けをしよう。

 もう二度と悔いることのないように……

 12月の事件への介入とともに、俺はようやく彼らの側に足を踏み入れた。

 一歩踏み込まなければ決して邂逅することのなかったもう一つの物語を作るために──

 ──今、俺はようやく自分自身を誇れるような気がした。



 「じゃあ、猛ダッシュだな。黒桐、ついて来れるかな?」

 「なるべくがんばるよ」

   俺たちは事務所に向かって走る。師走の三時過ぎともなれば太陽は早々に傾き、ビルの隙間から漏れた夕日が二人の影をつくり出す。
 
 まるで、二人の道筋をたどるかのように何処までも長く長く、まっすぐに、どこまでも長く長く、まっすぐに……



 
 ──御上真の章へ続く──

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 空乃涼です。二次小説初投稿となった「空の境界」のオリキャラものの修正+加筆版です。
 まず、冒頭に持ってきた投稿ビギナー丸出しの部分をこちらに移しましたw
 また、本文も加筆等の修正を行っています。

 いやー、なんというか、あらためて読むと恥ずかしい部分ばかりが目立ちます(汗

 この修正版を挙げた時点で、劇場版七部作としてスタートした空の境界も夏に上映された「殺人考察・後」で全章が完結しました。およそ二年間あまりに渡った上映でした。二次SSを書くきっかけになった作品だけに思いもひとしおです。

 まだ空の境界の二次作品は少ないので初の映像化を経て、作品が増えてくれることを願いたいです。
 
 一応、空の境界は初めてという方のために読み方と登場人物は下記にそのままです。
 
 登場人物の読み方


 @    御上真    (みがみ しん)
 A    両儀式    (りょうぎ しき)
 B    蒼崎橙子 (あおざき とうこ)
 C    黒桐幹也 (こくとう みきや)


 その他の人物名

 D    黒桐鮮花 (こくとう あざか)
 E    巫条霧絵 (ふじょう きりえ)
 F    浅上藤乃 (あさがみ ふじの)

 G  荒耶宗蓮 (あらや そうれん)
 H  臙条巴   (えんじょう ともえ)


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 軽く人物紹介(主要人物のみ)

 『御上 真』──19歳。大学生。赤みのかかったやや長めの癖のある頭髪と長身の所有者。ある事件後、本格的に両儀式たちと関わるようになる。古の血 を受け継 ぐ。左耳に碧玉のイヤリングをしている。(空の境界を第三者の視点で見るということでオリジナルキャラを配しています)

 『両儀 式』──二年間の昏睡から目覚め、万物の壊れやすい線を視ることができるようになっ た少女。身長は160cm。普段着が一重の紬。

 『蒼崎 橙子』──「伽藍の堂」のオーナー。年齢は20代後半。活力のある美人。裏の顔は魔術師。最高位の人形師。

 『黒桐 幹也』──19歳。大学を中退して橙子の事務所に就職した、ごく平凡な青年。両儀式とは高校からの同級生で、彼女に思いを寄せる。探すという ことに関し、ずば抜けた才能を発揮する。

2008年3月16日(初投稿)

2009年11月──涼──(修正版+加筆)



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