なんだかんだと基地での生活も、はや9ヶ月
 時が経つのは早いもの
 すっかり皆さん同盟になじんだよう?
 当初の懸念もどこ吹く風のなんとやら
 皆さん日々の職務に精励しています

 あとは私たちの正規軍デビューだけ?
 ナデシコもアカツキさんの計画に基づき
 順調に強化が進み、ついについに
 一部の人しか可能ではなかったことが
 そうでない人でも可能になる時がやってきた

 とりあえず、どこに行ってみようか?

 「地球へ……」

 て、それって別のタイトルです!

 アスターテから地球圏までは3週間以上
 でも気軽に行ける距離と情勢じゃない
 帝国軍の監視網を抜けるのは至難の業
 私たちが地球圏へ行くためには
 やはり戦って勝つしかないの?

 みんなの覚悟は決まっているし
 まあ、今は深刻に考えないで
 ささやかな休息とナデシコの強化を
 楽しむことにします
 
 えっ? なぜなにナデシコ・基地編その三……

 プロスさん、それだけはご勘弁!


 ──ホシノ・ルリ──







闇が深くなる夜明けの前に

機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説








第四章(後編・其の三)



『ささやかな熱めのプレゼント/その瞬間は近づく』









T

 イゼルローン要塞陥落!

  凶報は帝国軍中枢部を震撼させた。軍務尚書エーレンベルク元帥と帝国軍統帥本部長シュタインホフ元帥は揃って衝撃と戸惑いを隠せなかった。

 「だからイゼルローンの人事を一つに統一すればよかったのだ」

 帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴリー・フォン・ミュッケンベルガー元帥は比較的冷静を保ったまま結果論を口にしたが、まさに結果論であって帝国軍の三長官は憮然とした空気の中、自分たちの進退について話を始めた。

 また、国政にたいしてほぼ無関心だった皇帝フリードリヒ四世までが国務尚書リヒテンラーデ候に事態の説明を求めるに至っていた。候は「帝国領土は外敵に対し神聖不可侵でなければならず」などと皇帝に対して深々と頭を下げ、恐懼(きょうく)して伝えたという。


 「まったくおかしな議論だな、キルヒアイス。帝国領土は外敵に犯されてはならぬそうだ。いつから同盟は外敵になったのだ? あれは帝国辺境の叛乱軍だったはずだがな」

 ラインハルトも人が悪い。キルヒアイスはくすりと微笑した。

 「現実を見ずに体面ばかりを気にすると、ろくな結果にならないといういい事例になった、ということでしょうか?」

 「ああ、その通りだ、キルヒアイス」

 シュトックハウゼンとゼークトが敗れたのもその辺りだろう、とラインハルトは述べ、元帥府に集まったキルヒアイスをはじめとする将諸たちに各艦隊の整備に努めるよう支持し、赤毛の親友を除く提督たちを退出させた。

 ローエングラム伯ラインハルトはアスターテ会戦後、その功績によって帝国軍元帥に昇進し、同時に帝国軍宇宙艦隊副司令官に任命され、帝国軍艦隊の半数を指揮下に置くことになっていた。彼は元帥府が新たに開設されるとすぐに人材の収集に腐心した。基本方針として下級貴族や平民出身の若い軍人を登用し、一線級の指揮官が集うことになった。ウォルフガング・ミッターマイヤー中将、オスカー・フォン・ロイエンタール中将、カール・グスタフ・ケンプ中将、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将、エルネスト・メックリンガー中将、アウグスト・ザムエル・ワーレン中将、コルネリアス・ルッツ中将など、いずれも少壮気鋭の新たに提督の称号を帯びた人物ばかりである。

 その中には、今や階級を同じくする同僚たちに抜きんでナンバー2の位置に立つジークフリード・キルヒアイス中将の姿もあった。彼はアスターテ後に一気に少将に昇進し、提督たちの列に加わったのだが、実践レベルでの武勲──特に艦隊戦での実績が無く周囲からはラインハルトの付属物と見られていた。

 ラインハルトもキルヒアイスもそのことを充分承知しており、アスターテ後に起こったカストロプ星系の地方叛乱に際し、ラインハルトはキルヒアイスに勅命が下るように工作し、彼の代理人として赤毛の親友に叛乱鎮圧を任せたのである。

 もちろん、キルヒアイスに功績を立てさせ、衆目にその実力を認めさせるためだった。

 カストロプ動乱の概要は以下の通りであった。


 銀河帝国の名門カストロプ公爵家にして先の財務尚書だったカストロプ公オイゲンは、その職権を濫用して私服を肥やしていたが、ある日不慮の事故死を遂げてしまう。事件性は無く、自家用宇宙船の故障と思われる事故死だった。その死に際し、帝国はカストロプ公が生前不正に得た資産の返還を求めていた。

 しかし、公の長男マクシミリアンは資産の返還に反発し、説得にやってきた一族のマリーンドルフ伯を人質にとって財力を背景に帝国に反旗を翻したのだった。

 数日後、帝国軍は最初の討伐隊シュムーデ提督率いる3000隻の艦隊を差し向けたが、本拠地惑星を守る12個の自動迎撃軍事衛星「アルテミスの首飾り」によって全滅してしまう。

 そして勅命を受けたキルヒアイス少将は、前回よりもなぜか少ない2000隻の艦隊を率いてカストロプ領の討伐に出征したのだった。

 それは、たったの2日で終結した。犠牲者は首謀者のマクシミリアンただ一人だけだった。

 キルヒアイスは、はじめから強引な力攻めは行わず、反乱者が頼みとしている「アルテミスの首飾り」を全て破壊することでその士気をくじき、降伏させる作戦をとった。

 もちろん最初から勝つ算段を立てていたのだ。キルヒアイスの思惑は一人の犠牲者も出さずに終わらせたかったのだろう。指向性ゼッフル粒子を使って衛星軌道上に展開する軍事衛星を破壊したのも味方に犠牲を出したくなかったからだった。

 「甘いな」

 と幕僚の一人ベルゲングリューン大佐が言うように、完全にはキルヒアイスの思惑通りにいかなかった。

 キルヒアイスは、マクシミリアンに再度降伏勧告を伝え、寛大な処置を施すと約束したが、それまでの帝国のやり方に怯えたマクシミリアンは信用せず、脱出を試みようとして無能で粗暴な感情を臣下に叩きつけ、逆に彼らの保身のために殺害されてされてしまったのだ。

 こうして動乱は終結した。ラバート星に上陸した制圧部隊もキルヒアイスの厳命を守り、切の略奪暴行を行わず、また人質になっていたマリーンドルフ伯も無事に救出された。

 「若いが、まことの名将だ」

 ベルゲングリューン大佐が背筋を正して敬意を表したように、ジークフリード・キルヒアイスはその卓越した手腕を諸提督に認められ、実質的にラインハルト陣営のナンバー2の地位を確立したのだった。





U

 イゼルローン要塞失陥の報せに浮き足立つ帝国軍上層部を尻目に、ラインハルトは日々の職務に精励していたが、その6日後、元イゼルローン要塞駐留艦隊参謀長パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐の訪問を受けることになった。

 「卿とはイゼルローン要塞でアスターテの戦い以来だな」

 ラインハルトは言ったが、ことさら思い出を口にしたというよりは次の問いに対する前置きとして素っ気なく述べたに過ぎない。オーベルシュタインは特に反応せず、相変わらず色素の薄い顔を金髪の元帥に向けて敬礼した。

 「で、卿は私に何の用があって来たのだ?」

 「まずはお人払いをお願いします」

 この場にいるキルヒアイス中将に聞かせたくない話があると暗にオーベルシュタインは言っていた。ラインハルトは不愉快な顔をしたものの、遠慮したキルヒアイスが元帥の承認を受けて隣室に姿を消す。金髪の元帥の蒼氷色の瞳が半白髪の視線と重なった。
  
 「で、どういった内容なのだ。話してもらおう」

 「では……」

 オーベルシュタインは、やや低いが生気の無い声で話し始めた。幕僚として唯一生き残り、上官が戦死した今、生き残ったという理由だけでスケープゴードとして責任を取らされようとしていること。自分自身にはあまたの言い分があること、などである。

 「筋違いだ。卿がそれを主張すべきは軍法会議においてであろう」

 「これをご覧ください閣下」

 ラインハルトに突き放されたオーベルシュタインは、自分の義眼を元帥に見せ、ルドルフの代ならば劣悪遺伝子排除法によって自分は生きていないだろうということ、腐敗の進むゴールデンバウム王朝は滅ぶべきとだと大胆な発言をした。

 「キルヒアイス、オーベルシュタイン大佐を逮捕しろ」

 ラインハルトの指示と共にキルヒアイスが隣室から飛び出し、腰のブラスターを義眼の大佐に素早く向けた。彼はその一連の光景を無表情のまま見やり、あきれたように首を左右に振った。

 「あなたも所詮、この程度の人か……」

 オーベルシュタインは呟き、ラインハルトとキルヒアイスに言いたいことを堂々とぶちまけた。キルヒアイスは優秀だが人にはそれぞれ向き不向きがあり、彼一人ではラインハルトの覇業に貢献しきれないこと。ラインハルトがキルヒアイス一人を頼みとしていることを視野狭窄と批判したのだった。

 「ふふ、はっきりという男だな。さぞゼークトにも嫌われただろうな」

 「恐縮です。あの方は部下の忠誠心を刺激するような人物ではありませんでした。古い伝統と格式にこだわる旧世代の一人にすぎませんでした」

 「いいだろう」

 ラインハルトはオーベルシュタインの心中を見抜いた上でその頭脳と度胸を評価し、彼を“貴族から買う“ことを約束したのだった。



◆◆◆

 三長官職の辞退と引き換えにオーベルシュタインの助命に成功したラインハルトは、元帥府にある執務室にてキルヒアイスからため息混じりに懸念を表明されていた。

 「心配するなキルヒアイス。あの男に忠誠心や友情を期待などしていない。頭は切れるがクセがありすぎる。たしかに危険ではあるがオーベルシュタイン一人を御し得ないで宇宙を手に入れることなどできはしない。俺はあの男を利用する、あいつは俺を使って自分自身の目的を果す、ただそれだけだ」

 ラインハルトは説明したが、親友が黙ったままだったので一息ついて話題を例の件に転じた。些細なことではあるが、まったく気づきもしないうちに通信が乗っ取られていたのだ。ラインハルトにとってそれはまさに「泥棒ネコ」のようであり、不可解な事態に対する大きな好奇心に繋がっていた。

 まさか義眼の大佐がもっともその情報に精通しているとは知らない。

 「あの件だが、その後の解析はどうだ?」

 キルヒアイスの表情が変わった。話題を変えたのは正解だったようだ。親友は持っていた書類をラインハルトに手渡した。

 「残念ですが、オペレーターの言うとおり通信履歴からでは彼らがどの辺りに潜んでいたのかわかりません。アクセスされた痕跡も残っておらず、アスターテに存在した第三者が一体何者なのか、そこからは何も出ていません」

 「ふむ、同盟旗艦と通信をとっていたというならば、少なくともそちらとなんらかの関係があると思うが、フェザーンの高等弁務官から情報が上がって来ないところを見ると何か特別な事情があるのかもしれないな」

 同様に頷いた親友の表情は何かを暗示していた。

 「どうしたキルヒアイス、まさか……」

 「ええ、ラインハルト様、そのフェザーンですが、最近、妙に同盟関係の各方面と接触をしているようなのです。まさに灯台下暗しでした」

 「ほう」

 ラインハルトの蒼氷色の瞳に好奇の光が射しこんだ。あのときのデーターからは何も得られず、思わぬ方向から突破口が見つかったというのだ。

 「で、何がわかった?」

 「わかったというよりは、私の部下が集めた情報の分析の結果、どうやらフェザーンもアスターテの例の一件をどこからか入手し、我々と同じく調べているようなのです」

 あえて主語が外れていたが、ラインハルトはもちろんそこに何が当てはまるか承知していた。

 「フェザーンか……それで掴めたのか?」

 「いいえ、なかなか尻尾を見せず第三者については何も。ですが、フェザーンの不審な行動からその存在は同盟にあるのではないかと確信します」

 「うむ、フェザーンが動いているということは、少なくともヤツらの存在はフェザーンには無いと言うことだからな」

 「そうなりますが、フェザーンがあえてそこまで関心を示す理由はなんでしょうか?」

 キルヒアイスの問いにラインハルトは思考するように優美な動作で顎を手の甲に乗せ、しばらくしてから仮説を口にした。

 「もしかしたら、フェザーンの守銭奴どもはアスターテの一件以外にも何かそれと繋がる情報を持っているのかもしれないな。でなければたかが戦場の通信異常に高い関心を示すはずが無いからな。その場合フェザーンが何処まで情報を知りえているかが問題だが、その辺りをどう思う、キルヒアイス?」

 「部下の報告を総合するとフェザーンも大きな成果を挙げているようには思えません。彼らは何か情報は持っているが、その先を掴めずにいることは間違いありません。だとすればその存在があるらしい同盟側がかなりの情報統制を敷いているからではないでしょうか? フェザーンの持つ情報ネットワークは侮れません。そのネットワーク網に容易に引っかからないほど出ている情報は少ないか、限られた組織にしか知りえないために外に漏れにくいのではないでしょうか?」

 キルヒアイスが口を閉じると、ラインハルトは薄く笑った。

 「なるほど、お前でさえもあくまでも推察を述べるにとどまるとは、ますます知りたくなったな。そいつらが何者で、なぜあの戦場に存在したのか、そして何をしていたのか。何が目的だったのか。存在しているならばどこからか必ず情報が漏れるはずだ。存在している者の痕跡を消すことはたやすいことではないからな」

 「はい、部下にも調査を強化するよう指示しております」

 「そうだな、高等弁務官経由の情報を待っているわけにもいくまい。レムシャイド伯は切れ者らしいが、私のことは嫌っているだろうからな。知っててわざと情報をよこさないこともありえる」

 ラインハルトは人の悪そうな笑みを作り、キルヒアイスにその件を一任すると明言し、傍らに置かれたワインを親友に勧めた。

 「いえ、今日はまだ軍務が残っていますので失礼させていただきます。例の人事の件もありますし」

 「そうか」

 ラインハルトは残念そうに呟き、長身を翻したキルヒアイスを蒼氷色の瞳で見送った。






V

 帝都オーディンには、オーベルシュタインとはまた微妙に違った理由で進退の定まっていない人物が存在した。謹慎を命じられていたため故郷にも帰れず、連日母親からのビデオメールと独身者用士官宿舎で睡眠と読書の日々にさらされ、自分でも意外と思うほどたっぷりの時間を持て余していた。

 ヴェルター・エアハルト・ベルトマン大佐は、その日もかつて無いほどの睡眠をむさぼり、のそりと起き出したのは昼を過ぎた頃だった。顔を洗おうと洗面台の鏡を覗き込んだ29歳の帝国軍人は無精ひげを撫でながらイゼルローン要塞失陥直後の光景を思い出していた。

 「イゼルローン要塞から第2射確認! ゼークト提督の旗艦消滅の模様」

 オペレーターが恐怖を押し殺して報告した。巨大で強力なエネルギーの柱が突き刺さった宙域には味方艦は一隻も残っていなかった。その範囲の外側にあって消滅を免れた艦も存在したが損傷が激しく、総員退去するシャトルも少なくない。

 イゼルローン要塞駐留艦隊は、2度の「トゥール・ハンマー」の砲撃によって6千隻以上を失いながら、なお兵力は数千隻ほど残存していたが……

 「終わったな……これ以上の戦闘は無益なだけだ」

 戦艦アウルヴァングの艦橋にて、ベルトマン大佐はズシリとした重みを身体に感じながら力なく呟いた。艦内は自動重力制御システムが最適な重力値を作り出しているはずだが、彼を含め、イゼルローン要塞の失陥とそれに続く「トゥール・ハンマー」のトドメの砲撃が残存する帝国軍将兵の士気をズタズタに切り裂いてしまったのだ。

 「大佐、味方が散り散りに退却していきます」

 副官ウーデット少佐の言葉にも反応せず、ベルトマンはしばらくメインスクリーンに映るイゼルローン要塞を恨めしそうに眺めていた。が、二度目の問いかけで我に帰り周囲に残る味方をまとめて帝都オーディンへ帰還したのだった。

 その途中、ベルトマンは一つの報せに驚いた。

 「なに? オーベルシュタイン大佐が生きているだと」

 「はい、イゼルローンからの砲撃の前に旗艦から脱出したようです」

 さげすむというよりはむしろ納得したようにベルトマンは頷いた。

 「そうか、あの人らしいかも知れぬな。きっとゼークト閣下とひと悶着起こして愛想が尽きたのかもしれないな」

 「ですが大佐、オーベルシュタイン大佐に言い分があろうとも、たった一人幕僚内で生き残りオーディンに逃げ帰ったとなればただでは済みますまい。死が前後しただけで軍上層部から処断されるのではないでしょうか?」

 ウーデット少佐の意見にベルトマンも同意したが、あのオーベルシュタイン大佐がただの命惜しさに離脱したとは思えず、何らかの目的と生き残る手段を持っているのではないかと考えていた。

 「いずれにせよ、まずはオーディンに戻ってからだな」

 戻った早々、ベルトマンは謹慎処分を言い渡されてしまう。幕僚ではないとはいえ部隊指揮官として、艦隊司令官が壮烈な最期を遂げたにも関わらず、新型の戦艦乗りがおめおめと帰ってきたのが上層部には気に入らなかったらしかった。

 「まあ、あの御仁の立場よりましだがな」

 実質的にベルトマンが責任を取らされることはない。せいぜい降格か嫌がらせの罰を受ける程度だろう。彼はそう考え、オーベルシュタイン大佐が危うい立場にあるというので思考を総動員して妙案を考えていたのだが、結局何も浮かばず義眼の大佐が何か大きな算段を立てていることを願うしかなかった。

 「俺の謹慎もいつ解けることやら……」

 不精髭の伸びた顎を手のひらで撫で回していた大佐が「自分には髭面は似合わないな」などと呑気に感想を口にした直後、ドアの向こうで知った声がした。モニターで確認すると彼の副官であるウーデット少佐のシャープで左頬に傷のある印象深い顔が映っていた。

 ベルトマンは無精ひげを気にしながら扉を開けた。

 「よう少佐か、こんな顔でスマンな」

 気軽に挨拶したベルトマンは、敬礼する少佐の態度から吉報が届いたことを確信した。

 「もしかして解けたのか?」

 「はい大佐、謹慎解除とのことです」

 ふうと肩の荷が降りたようにベルトマンは安堵の息を吐き出した。ようやく処分が解かれたということは何らかの動きがあった事実を大佐に想像させることは容易だった。

 「はい、ローエングラム伯が軍上層部に掛け合い、三長官職と引き換えにオーベルシュタイン大佐の助命を嘆願して承認されたことがきっかけです」

 「そうか、ローエングラム伯か。オーベルシュタイン大佐はやはりつてを持っていたのだな」

 感心したベルトマンだったが、義眼の大佐の賭けもギリギリだった事までは知らない。

 「そのオーベルシュタイン大佐ですが、どうやらローエングラム伯の参謀に収まるようです」

 ヒュー、と思わずベルトマンは口笛を吹き、ローエングラム伯の大胆な人事にいたく感銘したようだった。

 「あのオーベルシュタイン大佐を部下に迎えるとは金髪の元帥のお手並み拝見と言うところだな」

 ベルトマンは人の悪すぎる笑みを浮かべ、切れ者だが非常に扱いづらい義眼の大佐を才能にあふれたローエングラム伯がどう使いこなすのか大いに興味をそそられていた。

 第6次イゼルローン要塞攻略戦時に見かけた18歳の准将が今や20歳にして帝国軍元帥である。ベルトマンの人物鑑定眼は周囲の士官連中より歪んでいなかったので、18歳の准将の力量を軽視していなかったにせよ、その栄達の速さは十分驚きの対象になっていた。

 「アスターテの大勝利で決定的に地位を確立させてしまうとは、軍上層部や門閥貴族連中はきっと計算違いだったろうな」

 “金髪の孺子”を嫌う貴族連中の噂話は絶えなかったので、ベルトマンは軍上層部が何の意図を以ってローエングラム伯を遠征させたかほぼ正確に洞察していた。だからこそ優秀な部下を引き離されアスターテに臨む伯に同情したものだが、結果は叛乱軍2個艦隊を殲滅する大勝利だった。彼はあらためて金髪の若者の凄さとその頭脳を思い知ったのだった。
 
 「それから大佐……」

 ベルトマンは副官の声で現実に引き戻った。

 「どうした?」

 「はっ、これはまだ不確かな情報なのですが……」

 ベルトマンは、副官の表情からなにやら光明のようなものを感じ取った。青紫色の瞳が控えめに輝く。

 「悪いことではないようだな」

 「はい、ここ数日中と思われますが、我々に転属命令が下るかもしれません」

 「ほほう、部隊ごとか?」

 「おそらく。私の入手した情報ではローエングラム伯陣営のどなたかの麾下に配属されるようです」

 「なるほど、ついに俺たちにもツキが回ってきたようだな」

 ベルトマンは喜び、次に神妙な顔つきを少佐に向けた。

 「ふむ、いつも思うが貴官はどこからそういった情報を拾ってくるのだ? たびたび不思議に思うぞ」

 本気で尋ねる上官に向かい、ウーデット少佐は生真面目な顔でそう答えた。

 「周りが教えてくれるものでして」

 なるほど、と妙に納得してベルトマンは頷き、身支度を整えて優秀な部下を謹慎解除の祝いの昼食に誘った。


 その翌日、ヴェルター・エアハルト・ベルトマンはジークフリード・キルヒアイスの幕僚としての辞令を受ける。同時に彼は准将に昇進し、乗艦するアウルヴァングの部下たちもキルヒアイス麾下に転属命令を受けた。

 栄達を目指すベルトマンにとってまさに願ったり叶ったりの人事となるが、ラインハルト陣営で待ち受ける全ての戦いとその行く末を予測しているわけではない。また、ラインハルトやキルヒアイスがあの戦艦を追っていることなど、この時点では全く知る由もなかったのである。

 新たな陣営で迎える戦いに胸を躍らせるベルトマンが、再びナデシコと対峙するまでなお5 ヶ月の時間を必要とした。






W

「よっしゃあ!」

 ウリバタケ・セイヤは、とある決定に昇龍の如く飛び上がって喜び、ほとんど興奮状態で基地司令官室を猛然と後にした。その歓喜の様子にやや唖然とした表情でウリバタケを見送ったマクスウェル少将は、目の前に優美に立つ基地艦隊指揮官ミスマル・ユリカ准将の謝罪を笑って受け流していた。

 「あの喜びよう、班長は待っていたようだね」

 「ええ、私たちもとても楽しみです」

 「一つの夢が叶うということかね?」

 「はい、当時はボソンジャンプのみが唯一の跳躍方法でした。ですがそれはジャンパーと呼ばれる時間転移能力者がどうしても必要でした。しかもその能力を持たない人間はボソンジャンプに耐えられず、極めて限定的な手段でしかありませんでしたから、今回のエンジン搭載はいわば私たちにとって夢のようなのです」

 「うむ、それはよかった。今年に入ってから技術的な問題に取り組んできた甲斐があったというものだ。これでナデシコもより本格的な任務と長大な移動が可能になるというものだな。ささやかだが大きなプレゼントになってよかった」

 「はい、シトレ元帥とマクスウェル少将に心から感謝いたします」

 ユリカのお礼の言葉にマクスウェルは大いに口元を緩め、きびすを返す美人艦長を優しい目で見送った。




 ──宇宙暦796年標準暦6月初旬──


 「お前ら、俺の話を聞けぇ!!」

 ナデシコクルーがたむろしているであろう基地食堂にやってきた整備班長は、何事かと目を細める彼らに高々と右手を上げて重大発表をした。

 「ついにナデシコに跳躍エンジンが載るぜ!」

 瞬時に反応した若者がいた。

 「まじっスか!! ウリバタケさん、じゃあ技術的な問題は全て解決したんですね」

 休憩中のテンカワ・アキトがエプロン姿のまま目を輝かせて尋ねると、ウリバタケは自慢げに胸を叩いて言った。

 「ったりめえよ、不可能を可能にするのがおれの仕事だぜ。最新タイプの小型高出力の巡航艦用跳躍エンジンをナデシコ用に改良したものが今週末に届く手はずになっているぜ!」

 おおっ! と集まっているクルーの間から大きな歓声が上がり、その表情が一気に光を弾いたように明るくなった。待ちに待った夢が叶うときがやってきたのだ。整備班のクルーは特に鼻息が荒く、すぐにもやる気満々だ。跳躍エンジンの搭載は単なる一つの夢にとどまらず、ナデシコが今後、広く任務をこなし、ゆくゆくは艦隊随行に移行するためは絶対に必要な技術だった。

 「まあ、あれだ。核パルスエンジンをぶっ潰す必要は無くなったけどよ、代わりに機関部に近い区画を改造することになりそうだがな」

 「問題ないんスか?」

 ウリバタケは傲然と胸をそらした。とりあえずそのまま搭載は出来ないので、いくつかに分解した状態で組み立てなければならないが、そんな手間くらいは彼の眼中にない。

 「あたぼうだぜ。何のために数ヶ月も努力してきたと思うんだ? テンカワよ、人間やろうと思えば情熱と努力でやれるもんなんだぜ。ゲキガンガーだよゲキガンガー」

 「す、すみません」

 「おう、楽しみしてやがれ」

 Vサインをした班長は、艦長から頼まれていたもう一つの件をみんなに伝えた。

 「そうそう、中性子ビーム砲とレールキャノンの試験砲撃を明日行うらしいぜ。ま、あとで艦長から詳しい話がミーティングルームであると思うがな」

 アキトは天井を仰いだ。

 「中性子ビーム砲にレールキャノン、さらに亜空間跳躍エンジンかぁ。なんかナデシコ凄いことになってますね」

 周りに集まる整備士たちも同感なのか熱心に頷いている。ナデシコの強化はそれだけではない。情報収集能力を高めるため各センサーを新たに追加し、ワンマン・オペレーティングシステムを実現するためにルリの席は大々的な改造を施され、より膨大で迅速な処理が可能になっていた。また、艦内容量もよりコンパクトで大容量をほこる同盟軍の記録媒体を増設し、現在のナデシコは3000隻レベルの艦隊を無力化することも理論的にはできるのだ。もちろん、ウリバタケの指導によって出来うる限りエステバリスの強化も図られている。

 「あれだ、計画した本人がハイネセンから戻ってきたらきっとたまげるだろうぜ」

 「そうですね、アカツキさんもエリナさんも早く戻ってくればいいのに」

 「こらあっ! テンカワ、休憩はお終いだよ。とっとと厨房を手伝え」

 「す、スミマセン、今行きまーす!」

 ホウメイに怒鳴られ、アキトは慌てて厨房に走っていった。

 そのすぐ後、入れ替わりに食堂に入ってきた人物にナデシコクルーの視線が集中した。

 「みなさーん、おそろいですね」

 その高い旋律はミスマル・ユリカだった。閣下になっても相変わらずマイペースであり、アスターテの決意も表面上は隠されているが、その意思は日に日に強固になっていた。

 「おう、艦長、一応この辺にいるやつらには伝えておいたぜ」

 「ありがとうございます、ウリバタケさん」

 ユリカがクルーたちの間を通ると、みんなが跳躍エンジン搭載決定の祝辞を口にした。彼女は笑顔で応じつつ、感慨にふけっている整備班長にさらなる喜びの言葉を放った。

 「あと、ついさっきジャムシード軍事工廠から連絡があったとかで、跳躍エンジンは明後日には基地に到着するそうですよ」

 ウリバタケの目の輝きが100万ドルの夜景に相当する光を放つ。ある意味キモイとも言えなくない。

 「マジかよ! こいつはぼやぼやしていられねえぜ」

 ウリバタケの燃えたぎる瞳がその場にいる整備班連中に注がれた。

 「お前ら、聞いての通りだ。手の空いているヤツは俺に続け! 今から少しでも取り付け準備にかかるぞ」

 「おお!」

 と威勢よく返事をしたのは整備班全員だった。気合入りまくりのウリバタケを先頭にぞろぞろと食堂を後にする。誰も彼も目が子供のように輝きぱなしだった。

 「みなさん頼もしいですね」

 イツキ・カザマは食後の紅茶を楽しみながら、整備班の背中を見送り、向かいの席に座ったユリカに笑顔を向ける。

 「艦長、ナデシコも順調に強化され、ついに跳躍エンジン搭載ですね。おめでとうございます」

 「えへへ、まあ私の努力でも何でも無いんだけどね。ありがとうイツキさん」

 ユリカは、注文を取りに来たラピスにカレーの大盛を頼み、アルカリイオン水を一気に飲み干した。

 「なんていうのかな、ようやく体制は整えられそうだけど、本当に大変なのはこれからなんだよね」

 「不安……ですか?」

 「ううん、ワクワクします」

 ユリカの迷いの無い発言にイツキはハッとする。強固な意思が込められた凛々しい表情。相変わらずミスマル・ユリカは『ミスマル・ユリカ』であるのだが、アスターテ以降、良い意味で落ち着き感のようなものを備えつつある。一皮向けたというのだろうか?

 (この女性(ひと)はまだ多方面で成長段階というわけね……)

 イツキは、いくつもの激戦をくぐりぬけ「ナデシコ艦長」として信頼を勝ち取り、なお困難な戦いに立ち向おうとする弱冠21歳の女性閣下の底知れない大きな可能性をあらためて感じたように思えたのだ。

 「艦長、私たちがもっと役に立てるようになればいいですね」

 イツキが心からそう言うと、美貌の艦長は微笑んで「うん」と頷いた。

 「はい艦長、お待たせしました」

  テラサキ・サユリが注文したカレーを運んできたが、なぜか特盛りになっていた。ユリカは怪訝そうに首を捻った。

 「これはですね、厨房一同からのささやかなお祝いです。どうぞたくさん食べてこれからも任務がんばってくださいね」

 ホウメイガールズリーダーの視線の先にはカウンター越しにユリカに向って手を振るホウメイとアキト、他のホウメイガールズたちが顔を出していた。

 アキトの声がした。

 「ユリカ、明日からまた忙しくなるんだからしっかり食べて体力つけないとね。頼りにしているよ准将閣下」

 激励の言葉を愛する青年からもらい、美貌の准将はパッと明るい表情で「うん!」と再び力強く頷いていた。ユリカは嬉しそうにさっそうとスプーンを持って熱いカレーを勢いよくほおばり、結果、口の中をやけどした事が当日最大の災難となった。



 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 涼です。第四章(後編三)です。結局終わりませんでしたorz

?帝国側の細かい事件とかはスルーし、重要な描写のみに絞りました。全部箇条書きにするわけにもいかないと思いまして(汗

 ラインハルトもちょっとずつナデシコに関する情報を集めてきています。義眼の大佐ははたして話すのか? 

 ナデシコに新たな装備が!! 中性子ビーム砲にレールキャノン、亜空間跳躍エンジンが!

 ワープできないとナデシコ置いてけぼりだし、この辺で搭載してもらいました。中性子ビーム砲はもちろん武装強化で必要。どういう感じで搭載させたかはもうちょっと後で書きます。

 ああ、(宣誓)技術的なことはスルーしますから突っ込まないでくださいw

 次回、確実に第四章は終わります(汗

 今回も楽しんでいただければ幸いです。



 2009年3月5日 ──涼──


 以下、修正履歴

 誤字や脱字を修正しました。文を一部加筆しました。

 2009年5月1日 ──涼──

 さらに修正をしました。

 2011年月21日 ──涼──

 挿絵削除。および全体を調整し、一部書き直ししています。
 2012年10月2日 ──涼──

◎◎◎◎◎◎◎メッセージ返信コーナー◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎

 涼です。前回もメッセージをいただきました。まいどこの場で申し訳ありません。
以下、メッセージに対する返信とさせていただきます。


◆◆ 2009年2月11日◆◆

 ◇9時14分◇

 私は銀英伝は知っていますが、知らない原作のSSも読みますよ。理由はズバリ面白いからです。面白いSSから原作を読んでみることもしばしば。

 >>>前回の文末の質問に答えていただき、ありがとうございます。私のSSを読み、知らない方の作品に興味を持っていただければ、この上ない喜びです。どちらの作品に対しても読者様のような方が一人でも多く増えていただければ、拙作ではありますが続けていく意味があると考えています。

 ◇23時38分〜39分◇

 更新お疲れ様です。<「第十三艦隊か、または第十艦隊か…」> これはむずかしい問題ですね〜 ユリカ達にはヤン艦隊がお似合いとも思えますが、縁の深いウランフと行動を共にするというのもありですよね。個人的な希望だとウランフ提督と行動を共にしてもらいたいですね。そうすればウランフの死亡率も下がりそうですからw

 >>>メッセージをありがとうございます。ですよねー、ウランフ提督に対する関わりが気になりますよね。原作では惜しい亡くなり方をしてますからね。彼が生きているだけでどれだけ銀河の歴史が変わったかわかりません。それも含め、最終案をまとめているところです。

 ほぼ決まりましたが…次回でわかります。


 以上です。毎回のメッセは執筆の糧になります。アドバイスやご意見、また作品のこんなところが好きだとか、ここはこんな感じがいいのでは? など、作者がいい気にならない程度&へこまない程度にお願いしますw

 2009年 3月5日──涼──

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