──旗艦ヒューベリオンの艦橋にて、緊張感のない人たちの会話──


 「これはこれは、やりたいようにやってたポプラン少佐じゃありませんか?」

 「これはこれは、特に出番のなかったアッテンボロー准将じゃありませんか?」

 「夢のロボットをおもちゃにして敵を蹂躙するとか、貴官らしいな」

 「お褒め頂きありがとうございます」

 「ほめてない!」

 「なんだ嫉妬かぁ、准将らしくありませんねぇ」

 「ちょ!……」

 「おい、ポプラン、テンカワ中尉とタカスギ中尉が戻ってきたぞ」

 「ん? やれやれ、俺が言ったようにしたかなぁ……」

 「どういうことだ?」


 「ポプラン少佐、コーネフ少佐、ただいま戻りました」

 「おう、不肖の弟子よ。どうだった?」

 「あ、いえ、その……」

 「あー、ポプラン少佐、テンカワよりミスマル提督のほうが上でした」

 「どういうことだ、タカスギ中尉?」

 「きゃーアキトぉ! おかえりなさーい! (ハグ&むにゅ)チュッ、みたいな」

 「羨ましい先手を打たれたわけか……で、テンカワはどう対処したんだ? 言った通りにしたのか?」

 「……えーと、えーと」

 「こいつはミスマル提督の胸の谷間に顔を(うず)めたまま鼻血出して気絶しましたよっと……」

 「馬鹿やろう! せっかくの”ポプラン様が教えるCまでいこう計画”が大無しじゃないか……」

 「ポプラン少佐、そこまでにしておけ。ユリアンがこっちにくる。純真な青少年にBとかCとかの話をすると、またムライ少将に呼び出しを喰らうぞ」

 「それがどうした!」

 「それは小官のセリフだ!!」




闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説





第十二章(中編・其の一)


『イゼルローン陥落?/後門の狼』





T

──宇宙暦797年、標準暦4月29日──

 救国軍事会議の本拠地たる統合作戦本部ビル大会議室では、シャンプールとエル・ファシルの武装蜂起が計画通り実行された直後、一旦休憩となり、その空間には二人の男だけが残っていた。

 議長席に静かにたたずむ紳士的な風貌の軍人はクーデターの首謀者たるドワイト・グリーンヒル大将。同盟軍きっての良識派と言われ、帝国領侵攻作戦までは総参謀長を務めていた。

 今一人は、元同盟軍少将アーサー・リンチである。彼は会議室の隅に座ったまま真昼間からウイスキーボトルを片手に呷るように飲んでいた。乱れた白髪混じりの髪を無造作に後ろで束ね、無精ひげに覆われた表情は空虚ですらあった。

 リンチは、大きく口を開けて酒気を吐き出すと、うつろ気味な視線をグリーンヒル大将に向け、彼と目が合うと唐突に言った。

 「カッファとミドラルの蜂起はあっという間に鎮圧されちまったようだが、次は大丈夫なのか?」

 探るような口調だった。グリーンヒル大将はデスクの上で手を組んだまま視線だけをリンチにずらした。

 「計画通りだ。駐留艦隊をなるべくこちらの星系に引き込んだ上で後方に新たな叛乱を起こす。そして前面には虚実を混ぜた二個艦隊が立ちはだかる。ヤン・ウェンリーは前面か後方かの選択を迫られることになるだろう」

 リンチは感心したような声を上げたが、完全に儀礼的だった。彼は椅子からやや上体を起こし、焦点のおぼつかない目でグリーンヒル大将を見返した。

 「俺もクズとはいえ軍人だ。あんたが何を狙っているのかちょっとばかりわかる。だが……」

 一瞬言い澱んだのは、その固有名詞がリンチにとって不愉快だったからだ。

 「だが、あの奇蹟の(ミラクル)ヤン相手にあらたに武装蜂起を後方に起こしたくらいで、あんたの狙い通りの行動をとるかねぇ? 俺なら前面の敵をとっとと蹴散らしてここを制圧しにかかるがね」

 「効果が薄いと言いたいようだが?」

 リンチは鼻を鳴らした。

 「まあな。やつらが艦隊をそう簡単に分散させるとは思えん。後方で起こったことは脅威だが、自国の領土内で起きたことだ。補給に困ることはないはずだ。それよりもこっちの嘘がばれて殲滅されることになるんじゃないのか?」

 懸念を表明したというよりも。口調は反応を愉しむようだった。グリーンヒル大将は知ってか知らずか、いずれにせよ表情に変化はない。

 「リンチ少将のいうことも一理ある。今の段階では効果は高いとは言えないかもしれない。だが、ヤン・ウェンリーという男は誰よりも後方の安定を重視する。もし帝国軍の内乱が短期に終決し、こちらが長引くような可能性がある限り後方をそのままにしておけるはずがない」

 「……だから戦力を分散せざるを得ないと? ふふん、それは単なる希望的観測だろ」

 はっきりとリンチの嘲笑めいた響きが会議室に広がると、グリーンヒル大将の青い瞳がいささか厳しさを増した。

 「勝つための算段は立ててある。駐留艦隊──いや、ヤン・ウェンリーが戦力を分散させざるを得ない状況もしくは我々が有利になる戦術的状況が確実に訪れることになるだろう。その時こそ各個撃破の好機がくる」

 グリーンヒル大将の含みの発言にリンチは静かに反応した。

 「もう一手あるというのか?」

 「そういうことだ。我々が勝つために仕組んだ。計画通りに進んでいれば、今頃は私の部下がこちらの水増しされた機動戦力の話をしていることだろう。別にばれても構わない。それは単なる時間稼ぎだ。その間に一手打つ」

 「暗殺のことか?」

 グリーンヒル大将は軽く頭を振った。

 「ちがう。暗殺はおそらく成功しない」

 リンチは、興味なさそうにあごをしゃくったが、グリーンヒル大将が自分(実際は違うが)の作戦計画に大幅な修正を加えていることを知った。

 「成功しない? じゃあなぜ暗殺なんか加えたんだ? あんたの部下がかわいそうじゃないか、ええ?」

 本気で言っているわけではない。リンチが望む泥沼に陥りそうなにおいがプンプンするのでつい煽ってみたくなったのだ。

 「あくまでも暗殺は向こうに隙があった場合のみだ。ヤン提督の幕僚は切れ者が多い。クーデター後のタイミングを訝るのは目に見えている。部下もそこの所は十分考慮に入れている」

 「意味がわからんな?」

 「彼の任務は偽の情報を伝えることであり、時間を稼ぐことでもある」

 「一手とやらは強力なのか?」

 「今の状態でもやりようによっては駐留艦隊と互角に戦えるかもしれないが、相手はヤン・ウェンリーだけではない。打てる手は全て打つ」

 ヤン以外ミスマル・ユリカという女性提督のことだとリンチは知っていた。彼はボトルを(あお)ってから言った。

 「同盟に久しぶりに帰ってみれば、まさか女の艦隊司令官が誕生しているとは驚いたものだが、ずいぶんと軍部も人材が枯渇しているんじゃないのか?」

 リンチの嫌みは「誘い」でもあった。グリーンヒル大将は否定するように眉をひそませる。

 「少将、彼女を甘く見ないほうがいい。その実力はアムリッツァで証明された。帝国軍も”魔女”と呼ぶほどだからな」

 「ふん、どうやらそうらしいな。俺はフェザーン経由で帰ってきたが、船の中で帝国軍の兵士たちがいろいろ噂をしていたぜ」

 リンチはもう一度ボトルを深く呷った。8年前、自分は全てを失い、当事駆け出しの中尉だった青二才は今や同盟軍最年少の大将として名声と地位をほしいままにしている。

 それだけでも不快なのに、さらに年齢が若い──しかも女性が中将として君臨しているのだ。リンチとしては何もかもぶち壊してやりたい心境だった。

 しかし──

 「そのミスマル・ユリカとやらだが、詳しい話を知りたい。一体何者だ? 経歴を見たが、あれは巧妙なデタラメだろ? 肝心な部分には三重のロックがかけられている。他の乗員もそうだった。戦艦ナデシコとやらも同盟軍の艦艇思想からはずいぶん外れている。敵のことを知らなければ適切なアドバイスもできないぜ?」

 その質疑に対するグリーンヒル大将の反応は酷く素っ気なかった。

 「私が知っている。貴官に話すことはない」

 リンチは、気分を害したように表情を強張らせたが激発するようなことはしなかった。彼の重要な任務の一つに「戦艦ナデシコの謎を探れ」、という金髪の元帥からの命令が含まれていたからである。もしも有益な情報を持ち帰ることができたならば、少将どころか中将の地位をくれてやるとまで言われているのだ。

 リンチは相手の気分を害さないよう穏便に何か言いかけて、そしてそこで口をつぐんだ。

 休憩を終えた救国軍事会議のメンバーが次々と戻ってきたからである。





 
U

 イゼルローン要塞が民間船の救難信号をキャッチしたのは、シャンプール、エル・ファシルの武装蜂起からおよそ39時間後であった。

 要塞司令部はにわかに慌しくなる。通信オペレーターが返信すると応答があった。エル・ファシルの蜂起に偶然遭遇し、警備艦の停戦命令を無視してなんとか振り切ったが、船体を少なからず損傷し、怪我人もいるので救援を要請するという内容だった。

 「民間船と聞いてはそのままにもできないが……」

 要塞司令官代理たるアレックス・キャゼルヌ少将はやや警戒した。武装蜂起したエル・ファシルからの脱出というタイミングもそうだが、39時間という短時間でイゼルローン回廊近辺にあるのがおかしいのだ。

 「その民間船とやらはずいぶん改造を加えているようですな」

 キャゼルヌの傍らにあってそう言ったのは、べっこう素材の眼鏡もまぶしい要塞副事務総監たるプロスペクターだった。彼は軍事施設の只中にあっては浮いた存在だ。暗緑色の軍服が司令部の99パーセントを占有しているが、黄色のYシャツに赤いベスト、紫色のタンクトップという服装なのだ。

 40歳も後半に入った壮年にそぐわない派手な出で立ちながら、その卓越した事務処理能力と多方面の才能はヤン艦隊の幕僚たちからも高い信頼を得ていた。クーデターに際しては護衛役のゴート・ホーリーとともにキャゼルヌを補佐するために留守番を引き受けている。

 「どうなさいますか?」

 ”心の友”にそう問われたキャゼルヌの決断は早かった。

 「何かあるにしても無視するわけにはいかないでしょう。駆逐艦を一隻救援に差し向けて様子を見ましょう」

 こうして駆逐艦一隻が派遣され、救難信号のあった宙域に到着すると、そこには連絡どおり船体を損傷した民間船──小型の貨物船が確かにあった。五十代前後の口ひげをたくわえた船長が駆逐艦と詳しくやり取りし、その内容はキャゼルヌに伝えられた。

 船長の話は要約するとこうだ。鉱物資源をジャムシードに運んでフェザーンに帰る途中、次々と同盟領で武装叛乱が起こっためにエル・ファシルに立ち寄ったところ足止めを喰らい、ようやく出発のメドが立った矢先に現地で武装蜂起に遭遇してしまったのだという。

 『臨検に際して爆発物と身分証を確認しましたが、いずれも問題はありませんでした』

 その際、船の足が速い理由もわかった。商船がよくやることだが、航行期間を短縮するためにエンジンに改造を加えていたのだ。むろん、ほとんど違法改造ではあるが……

 艦長の報告を聞き終えたキャゼルヌは傍らのプロスペクター達を一瞥したが、決定権は司令官代理たる彼にある。報告通りなら拒絶することはできない。自分が実戦向きの人間でないことは百も承知している。今回のような事態も想定外ではなく、十分考慮に入れて然るべきなのだろう。

 (やれやれ、なんだかんだとヤンのヤツはよくやっているということか……)

 後輩を見直したことは何度もあるが、「後方」という枠から外れた場合、不測の事態に内心動揺する自分の対応能力の欠如には肩を落とさざるを得なかった。

 キャゼルヌは頭を掻いた。普段、後輩が何気によく行うしぐさを真似ることで落ち着こうとしたのだ。

 彼は、指示を待つ少佐に言った。

 「怪我人もいることだし、まずはイゼルローンまで曳航(えいこう)してもらいたい」

 キャゼルヌは、敬礼する少佐の通信画面が消えると、隣にたたずむ商人風の副事務総監に言った。

 「あまり神経質になるのもどうかと思いますが、何かあるとしたら次でしょうか?」

 意見を求められたプロスペクターは、きれいに整えられたチョビヒゲをなでて頷いた。

 「少将のおっしゃる通りかと。イゼルローンに入港した後の彼らのリアクションには念のため注意を払うべきです」

 今回の状況は、ヤンがイゼルローン要塞を奪取した時と酷似している。臨検で怪しい部分は認められなかったようなので考えすぎるのもどうかと思うのだが、プロスペクターやゴートが補佐してくれているとはいえキャゼルヌの不安はつきない。

 キャゼルヌは、それでも要塞司令官代理として駐留艦隊の行動を煩わせないために自分で判断し、部下に指示を出して解決せねばならないのだ。

 (俺がここを守らないと……)

 キャゼルヌはそう決意していた。

 
◆◆◆

 入港後、船長以下5名はキャゼルヌに感謝の意を示すために彼のオフィスに案内されたが、そこで待ち構えていたのはゴート・ホーリー率いる20名の銃口だった。

 「どういうことでしょうか?」

 引きつった表情で船長は抗議した。他の船員たちも失礼だとわめきたてる。

 「我々はエル・ファシルで大変な目に遭ったのに、お礼を言うためにこちらに案内されれば銃口を向けられるとはどういう了見でしょうか?」

 事務総監席にすわるプロスペクターは泰然としていた。

 「どういう了見と言われましても、こういう了見です。しいて言うなら食料庫に放り込まれていた本物の船長たちを発見したからとか」

 失敗を悟った船長たちは強引な手段に訴えようとしたが、ゴートの方が圧倒的に反応が早かった。船長はゴートに組み伏され、他の船員たちも警備隊に全員拘束された。

 「やはりこういうことでしたなぁ……」

 「やはりこういうことでしたねぇ……」

 念のため、船長たちが下船したあと、輸送船を直接調べ直すと食料庫に不審な点が確認されたのだ。兵士たちがロックされたドアを開けると、そこには船の本当の所有者である船長と船員たちが縛られた状態で発見されたのだった。

 船長の話だと、宇宙港で待機中に突然同盟軍兵士たちが乱入し、何人かの船員を人質に取られてしまったのでやむなく協力する羽目になったらしい。

 「直接、目で確かめて正解でしたねぇ。あんな細工をされていたのではスキャンしても反応しないはずです」

 「まったくです。いやはや、危ないところでした。プロスペクター、ゴート少佐、ご協力感謝いたします」

 「いえいえ、少将もお疲れ様でした。わずかな不審な点を見逃さなかった甲斐がありましたな」

 キャゼルヌは笑い、ゴートは無言で頷いた。再チェックに至った一番の理由は、船長たちが港を歩く姿だった。軍人であるキャゼルヌとゴート、抜け目のないプロスペクターが彼らの歩き方が軍人のものであることに気づいたのだ。

 「非常にベタではありましたが、私一人では見破れたどうかわかりません。お二人がいてくれて本当に助かりました」

 むこうも素人ではない。それなりの準備と訓練を積んでいたはずだが、見るものが見ればわかってしまう要素が覗いてしまっていた。

 緊張感から幾分解放されたキャゼルヌは安堵した顔になり、プロスペクターに言った。

 「私はしばらく司令部で駐留艦隊と連絡を取る努力をします。お二人には申し訳ないが引き続き事務のほうをお願いしたい」

  「承知いたしました。それでは書類が溜まっているのですぐに失礼いたしましょう」

  「ほんとにスミマセン!」

  彼らはお互いに笑ってそれぞれの仕事に戻っていった。
 


 救出された船長や船員たちが正式にキャゼルヌにお礼を言いたいと申し出たのは、事件から2日経った標準時で昼過ぎだった。

 キャゼルヌはこの日も朝から要塞司令部に詰め、哨戒に出した偵察艦の定時報告を待ちながら、駐留艦隊との通信回復を図るためにオペレーターたちと努力を続けていた。

 そんな中、連絡士官から船長たちの要望が伝えられたのだ。

 「通してくれ」

 キャゼルヌは許可した。本来なら場をあらためたかもしれないが、彼は司令部を離れることができないし、身体チェックも終わっている。それに事件解決後に船長とはオフィスで一度顔を合わせているのだ。ただ彼が長く食料庫に監禁されていたためか酷く疲れていたので、挨拶程度で終わってしまっていた。

 つまり問題がないということだ。

 司令部に警備兵2名に同行され、3名の男性が入室してきた。

 キャゼルヌは司令席から立ち上がった。先頭を歩いてくる男性が「本物」の船長だ。変装していた「偽者」より頭髪に白いものが混じり、やや横幅が広い。同行する二人は副船長と航法士だという。一人はやや痩せ型で髪がながく30代くらい。もう一人は40代と思われるが背が高く、商人らしい人懐っこそうな表情が印象的だった。

 船長はキャゼルヌを見るなり破顔し、両手を差し出して握手を求め、司令官代理も「お元気になられて何よりです」といって右手を差し出した。

 ──のだが、腕に理不尽な痛みが走ってキャゼルヌが気づくと、こめかみにはブラスターが突きつけられていた。

 「動くな! 動けば司令官代理の命はないぞ!」

 司令部に響く怒声。

 キャゼルヌは、何が起こったのかしばらく理解することが出来なかった。






V

 最初に異変を察知したのは、やはりこの男だった。要塞司令部に詰めているアレックス・キャゼルヌに代わり要塞事務を一手に引き受けているプロスペクターである。

 事件と月末の締め切りのせいで事務処理はピークに達しよとしていた。護衛役兼補佐役のゴート・ホーリーがいなければ、さすがの達人といえども処理が追いつかない。

 その日も午前中の事務処理を慌しく終え、コーヒーで一息入れていたが、重要決済に関してキャゼルヌから連絡があるはずなのに時間を過ぎても一向に入ってこない。飾らない事務官僚タイプのエリートは、しっかりと時間を守るのだが……

 書類を揃えるゴートが言った。

 「エル・ファシル方面の通信妨害が激しいようですから少将も苦労なさっているのでしょう。管区警備艦隊が蜂起に加わったとなるとイゼルローンの安全対策に腐心せねばならないでしょうから」

 「ふうむ。ゴートくんの言うとおりかもしれませんねぇ。まさか艦隊と要塞の連絡線が遮断されるとは思いもよりませんでしたからねぇ……」

 つい数日前、イゼルローン要塞を乗っ取ろうとしたクーデター側の工作員がいたのだ。実戦向きではないキャゼルヌにとっては寝耳に水の出来事だっただけに後輩から重要な拠点を預かったプレッシャーは相当なものだろう。

 「私からご連絡したほうがよさそうですね」

 プロスペクターは、キャゼルヌ宛に通信を送ったが10回コールしても回線が開かれなかった。やや時間を置いてもう一度通信を送るも5回コールしても繋がらず、やむを得ず切ろうとした6回目のコールでようやくキャゼルヌが出た。

 「お忙しいようでしたら、どうかご容赦ください」

 プロスペクターはにこやかに言ったが、キャゼルヌの顔が通信画面一杯であることに違和感を覚えた。

 『申し訳ない。偵察艦からの通信を受けていました。決済の件ですよね?』

 キャゼルヌの視線が険しさを増したように右方向を一定時間みた瞬間をプロスペクターは見逃さなかった。

 「ええ、ご連絡がないのでこちらから通信したのですが、ずいぶんお忙しいようですので、お時間を置きましょうか?」

 『そうしていただけるとありがたい。決済の件は有事解決してからということでお知らせいたします』

 「わかりました。それでは後ほど」

 通信が終わるとゴートが安心したようにプロスペクターに声を掛けたが、副事務総監は神妙な顔つきをして黙ったままだった。

 「どうされました?」

 ゴートが控えめに問うと、プロスペクターの眼鏡の奥の瞳が鋭い光を放った。

 「ゴートくん、どうやら私たちはいろいろ見誤っていたようです」

 

◆◆◆

 アレックス・キャゼルヌは再び電子手錠を()められ、人質の輪を形成する一人となった。

 (はたして伝わっただろうか?)

 部下に銃口が突きつけられた状態ではあのリアクションと隠語が精一杯だった。他にもいくつか普段とは違った通信方法をしてみたものの、後はプロスペクターが気づいてくれることを祈るしかない。

 要塞司令部は吹き抜けの二つのフロアで構成されている。広い空間の四方には有翼馬の彫刻が中心に向かって置かれ、壁面にも古代の神々の姿が刻まれているという贅沢な造りだ。一階と二階のフロアは赤い絨毯が敷かれた幅の広い階段と繋がっており、帝国軍がイゼルローン要塞を単なる軍事天体としてではなく、高い芸術性をも加味させたこだわりを窺わせた。

 その要塞司令部は宇宙暦796年5月にヤン・ウェンリー率いる第13艦隊によって要塞そのものが奪取されてからは同盟軍の軍服に埋め尽くされることになったが、多くのオペレーターたちは一階フロアにある別の部屋に押し込まれ、キャゼルヌと数人の幕僚たちは手足を拘束された状態で2階フロアの床に固まって座らされていた。

 キャゼルヌの目に映るのは、今や要塞司令部を見事に制圧したクーデター側の工作員──キャゼルヌが持っていたブラスターを一瞬で引き抜いて突きつけてきた2人目の船長──正確には同盟軍情報部特殊潜入工作隊所属ハンニバル大佐以下15名だった。同行していた2名も特殊加工された隠蔽式の銃を袖に隠し持つという用意周到さである。

 大佐はキャゼルヌを人質に取ると、待機させていた他の工作員を司令部に引き入れ、司令部に通じる廊下の入り口には工作員2名が警備兵に扮して入室を警戒している。

 まさか逮捕した船長も救出した船長もどちらも偽者とは見抜けなかったのだ。

 (不甲斐ないとはこのことだな……)

 司令部を占拠されるという失態を犯してしまったキャゼルヌだが、その失敗をいつまでも嘆いていられない。たった15名で要塞の全てを掌握できるはずがない。より完全に占拠するためにはさらに最低でも数百人規模の増援が必要だろう。支配されているのは司令部のみだ。外部の兵士たちはまだ異常に気づいていないが、不審を抱くのに長い時間は必要としないだろう。奪還のチャンスはある。

 「キャゼルヌ少将」

 声を掛けてきたのはハンニバル大佐だった。ただ、本名ではないだろう。コードネームに違いないが、IDは疑いようのない船長だった男である。商人にしか見えなかったのは演技が上手かったからではなく、彼がフェザーン商人に成りすまして諜報活動に従事していたからだった。

 「我々がたった15名で要塞を完全に占拠できるはずがない、とそう考えているでしょう?」

 ズバリ心中を言い当てられてしまったのだが、キャゼルヌは沈黙を決め込んだ。

 「我々はあと長くても3日待てばいい」

 キャゼルヌは、すぐに大佐の言葉が理解できなかったが、それが何であるか思い至ると背筋を寒くした。

 「そうか、エル・ファシル管区警備艦隊……」

 キャゼルヌは表情に出さなかったが内心で愕然とした。この作戦は想定される状況を加味しつつ相当綿密に練られたに違いない。駐留艦隊をバーラト方面に誘い出した後で単純に後方撹乱という意図だけでシャンプールとエル・ファシルを蜂起させたわけではなかったのだ。蜂起そのものがイゼルローン要塞を奪取するというまさかの作戦の隠れ蓑にされたのだ。

 (やることが深いな……)

  最高の知略と強力な戦力を欠いた隙を突かれた形だ。

 そう、全ての面で意表を突いた。ヤンの知略を実戦レベルで再現するなど、誰が想像しえただろうか?

 ハンニバル大佐のグレーの瞳がキャゼルヌを俯瞰した。

  「ずいぶんと大きな賭けだったことは間違いない。だが我々はヤン提督から学んだのだよ。しかし、ただ真似するだけでは成功するはずもない。罠をより完全なものにすることには腐心したよ」

 第一に、あえて不審な点をわずかに見せることで危機を事前に察知したと思わせること

 第二に、ギリギリの段階で正体がばれて失敗すること

 第三に、完全な機会を作るまでは、あえて空白期間を設け、事件が解決したと油断させること

 「最初の船長たちは布石だったわけか。そしてオフィスで会ってもそれは機会ではなかったというわけだな?」

 「そうだ。我々が狙っていたのは堂々と司令部に入室できる状況を作り出すことであり、待つことだった」

 「見事な心理戦だが、グリーンヒル大将の立案か?」

 キャゼルヌが問うと、ハンニバル大佐は誇るように胸を張った。

 「基本構想は閣下だが、作戦そのものは全て私が立案した」

 「ほう。その知略を生かす方向性を間違った気がするんだが、どうかな?」

 大佐は答えず、黙ったままきびすを返し、部下たちに次々と指示を飛ばし始めた。

 キャゼルヌは、その内容から次の段階が始まろうとしていることを悟ったが、同時に少しだけ救われた気がした。

 なぜなら、この作戦は元から成功することを前提にしてはいなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。もしそうなら司令部が占拠された時点で全てが終わっていただろう。

 この作戦は成功したことで動き始めた(・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 (猶予は3日か……いや、後の対応を考えれば2日以内だろう)

 時間との戦いが始まろうとしていた。
 
 




W

 ほぼ時を並行し、異変を察知したプロスペクターとゴート・ホーリーはまず情報の収集に追われていた。

 「どうでしたゴートくん?」

 「やはり妙な通知が出て司令部への立ち入りが出来なくなっているようです。衛兵の勤務交代までにはまだ時間がありますが、クーデター側の工作員が変わらず守備をしています」

 「各要塞施設の状況は?」

 「今のところ大きな騒ぎにはなっていないようです。要は大半が気づいていません。念のため、中枢コンピュターの警備を厳重にするよう、私の出来る範囲で通達を出しました」

 「それがよいでしょう。問題は司令部内がどうなっているかですが……」

 プロスペクターが、キャゼルヌと交信を終了してからすでに20分以上が経過していた。 


 当初、彼はまずゴートに異変が起こったと断定する理由をいくつか挙げた。

 「通常交信だと上半身が映った状態になるはずですが、御覧になったとおり顔をやたらUPしていました」

 おそらく、映されたくない背後があるためだろうとプロスペクターは説明した。

 「第二に、キャゼルヌ少将は交信している最中にほんの短い時間でしたが不自然に視線を右にずらしました」

 これは、その方向に工作員がいたためと思われた。

 さらにキャゼルヌのあるセリフが決定的だった。彼は「有事解決」と言った。普通は「万事解決」と言うのが正しいはず。その造語が異変を雄弁に示していると判断したのだ。

 ゴートも理解すると、プロスペクターはすばやく端末を操作し、ここ数時間以内に変わったことが起こらなかったか調べ、輸送船の船長たちがキャゼルヌに感謝するために要塞司令部に案内された事実を確認したのだった。

 「なんとまぁ、厄介ごとは解決した後にやって来ましたか……」

 プロスペクターに話は伝わっていない。当然だ。事務の代理である彼の管轄外である。何かしら「資金」が必要だったならば事前に相談くらいあっただろう。

 プロスペクターは警備モニターの映像データーをさらに調べ、船員らしき10名ほどが司令部に通じる廊下を足早に掛けていく様子を確認した。

 「入り口の衛兵はどうしていたんでしょうか?」

  ゴートの最もな疑問だったが、理由は別の角度からの警備モニターの映像を調べることによって判明した。最初の3名が入室し、しばらく経ってから衛兵2人は慌てて司令部に続く扉をくぐっていったのだ。

 「まさか彼らも?」
 
 これは疑いすぎだった。

 「いえ、おそらく内部へ誘い込まれたのでしょう」

 その直後に衛兵たちが戻ってきたが、当然担当していた兵士たちとは顔が違った。

 それからさらに警備モニターのデーターを調べ、司令部に侵入したのは総勢で15名と判断された。

 ちょうどそれまでがここ数10分の流れである。
 

 たった15名で要塞司令部が占拠されるとは!

 まさか何度も起きるはずがないことが起きてしまったのだ。油断という二文字だけではこの失態は語れない。完全に意表を突かれたことだけは確かだった。

 現状報告を終えたゴートの表情は普段よりさらに険しい。

 「しかし、これだけのことをやってのけるとは、実行部隊の彼らの実力も相当なものですね」

 プロスペクターも同意した。

 「ええ、シェーンコップ准将や薔薇の騎士連隊(ローゼンリッター)のみなさんに目が行きがちですが、他にも優秀な方たちというのは存在するものなのですねぇ」

 今さらという認識が赤面ものだが、自由惑星同盟は150年も銀河帝国と戦争をしているのである。勇者や戦士が「薔薇の騎士連隊」だけだと連想してしまうこと自体が間違っている。同盟は長い戦争で人命を大量に損耗しているとはいえ、地球連合と比べれば人材ははるかに多いのだ。

 「反省してばかりもいられません」

 極めて重大な事態が司令部のみに限定されている間に迅速な解決を図らねばならない。

 プロスペクターは端末をなにやら操作し始めたが、アクセスするたびに表情が優れなくなった。

 「おやおや、司令部内にアクセスできませんねぇ……」

 どうやらアクセスコードが書き換えられているらしかった。プロスペクターもある程度のハッキング能力を持ち合わせてるが、その範疇を超えられてしまうと対応が如何ともし難い。

 「ゴートくん、今何時ですか?」

 「標準時間で14時になります」

 「ふむ。こうなってしまうと協力を仰ぐしかありませんねぇ……」

 「と言いますと?」

 自分よりはるかにハッキング能力に優れた人物に協力を依頼しようということだった。

 「ラピス・ラズリですか?」

 Yes、とプロスペクターは短く答え、少女を預かるキャゼルヌ夫人にすぐに連絡を取るとゴートに言った。
 
 「私はラピスちゃんを迎えに行きます。あなたは信頼のおける警備兵の何人かを選んでここで司令部の監視を続けてください。なにかあればコミュニケにお願いします」

 プロスペクターはてきぱきと身支度を整え、珍しく駆け足で事務総監室を後にした。彼は事態が時間との戦いであることを強く認識するとともに、不安も抱いていた。

 その最もたるは工作員たちの目的だ。彼らが何を狙っているのかプロスペクターにはいくつか思いつく。

 (私が推測する最悪なことでなければいのですが……)

 プロスペクターは重力エレベーターに飛び乗った。できれば平和な学園生活を満喫する少女を巻き込みたくはなかったが、今は最悪な事態を回避するために短時間の解決を優先するしかない。

 扉が開いた。

 「気合を入れましょう」

 プロスペクターは呼吸を整え、一目散に駆け出したのだった。
 
 


 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 空乃涼です。厳しい冬が徐々に緩み、ようやく春が訪れてきました。

 早くひばりが空をふわふわと舞う陽気になってほしいところです。

 第十二章(中編・其の一)でした。冒頭は、前回がなかなか好評だったので悪乗り(笑

 前編で今話の内容を示唆損ねたので「あれ?」と思った方もいたかもしれません。

 もっとも、私もここまで詳しく書く予定はなく、概要のみ書こうとしたんですが、ええ、まあ……御覧の通りです。淡白にするか濃くするか迷った末に後者になった感じです。

 そのわりに内容に穴だらけ感が……(反省)なるべく修正したのですが……

 ユリカ出演ならず。

 これを投稿する1週間ほど前に、某サイトにて二次創作の規制が入りました。シルフェニアの管理人さんを含め、運営に多少なりとも関わっている作家さんたちは予想される移転作業と対策にてんてこ舞いになりましたが、なんとか今は落ち着いたかな?

 下手に規制が広がらないことを祈りたいものです。


 次回も同盟側のお話になりますが、最初のプロットより捻ったため一話増えそうな予感orz


追伸* この話を見直ししている最中に、銀英伝の監督などを務められた石黒昇さんの訃報がWEBニュースなどで伝えられました。

 ヤマトや初代マクロス……そして銀河英雄伝説。心に残る名作を生み出し、革新的な作品を世に送りだし、旧も新も多くのファンをいまだに唸らせている生みの親です。

 非常に残念です。深い哀悼とご冥福を心よりお祈り申し上げます。



 2012年3月23日 ──涼──

 以下、修正履歴

 誤字等を修正しました。読者さんに指摘された部分の一部を修正、または加筆して整合性を高めました。

 2012年4月7日 ──涼──

 修正した折、タイトルに何章かを表示するのを忘れてました

 2012年4月10日 ──涼──

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 WEBメッセージ返信コーナー

 投稿日:2012年02月23日13:26:55

 そいやマルガレータとユキナは中の人一緒だったな



 >>>メッセージありがとうございます!

 他の読者さんからも同じような情報をいただきました。思いっきり「偶然」です。狙ってやっていたらもっと違う展開が考えられた気がします。



 投稿日:2012年03月06日15:41:5 モマ

 あるぇ〜、パエッタ社長が反乱軍にツイてる、な、なにがあったんだ!反乱にティンときたのか、あるいは反乱軍にとっての獅子心中の虫なのか、ただヤンとユリカに嫉妬しているのか気になります。
ラインハルト転落ものですか、最近では銀愚伝なんかはどうですか?戦争は戦争でも経済戦争の前に為すすべのない金髪以下脳筋集団プギャーなんていうのがありましてな



 >>>モマさんはじめまして? メッセージありがとうございます!

 みなさん、パエッタ提督の叛乱に戸惑いがw ほんとに叛乱を起こしたのかどうかは本文で確認してください。おっしゃるように嫉妬していてもおかしくありませんがw

 銀愚伝は名前だけ知ってます。銀凡伝が火付け役ですが、多くの銀英伝二次がありますね。私は銀凡伝の帝国編しか読んでいません。他のSSを読者の方たちから薦められるのですが、自分が連載している作品に影響してしまいそうなので、読むとしたら連載をあきらめたときか、連載を終わらせた後になるかと思います。(我慢してます)

 銀英伝のSS紹介を見ると、同盟側の視点だとラインハルトボッコする作品が多い気がします。ライくんの天才チートぶりが許せないのか、それとも同盟側救済という意味なのか、いずれにせよ黄金獅子旗には受難ですね。


 投稿日:2012年03月16日0:3:59 ゆず

 ついにアキトへポプランの説教?(笑)がきましたねw
その扇動ぶりはユリアンが日記に記しているであろう小悪魔の姿そのもので思わずニヤニヤです。
 しかしエステバリスを手に入れたポプランはニュータイプばりのチートっぷりですね。陸戦でポプランにローゼンリッターのお株を奪う活躍をされてはシェーンコップも不愉快極まるでしょう。

 個人的にはどうしてもユリカ達が居る同盟側の話の方が原作との乖離が大きい分続きが気になります。第12章はオール同盟側描写との事なので次回の更新を楽しみにお待ちしています。

 >>>>ゆずさん、メッセージありがとうございます!

 ポプランの説教、またはコントww  ゆずさんの、ポプランがアキトにユリカとの仲を突っ込むシーンの要望みたいなのがありましたので短いですが書いてみました。今話のものは、前回が好評だったので書いてみましたけど、笑い要素はいまいちかなぁと。

 ポプラに与えてはいけないものは美女と喧嘩と+ロボットが加わりました。シェーンコップとはもう一つの面で競争が勃発すること受けあいですかねぇ……

 あとがきで触れていますが、どうやら一話増えそうです(汗 もちろん、オール同盟描写です。次回更新もお待ちいただければ幸いです。



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