副司令官ラルフ・カールセン提督と分艦隊司令官ライオネル・モートン提督両名から同時に通信があったとき、ミスマル・ユリカは間の悪い(・・・・)ことに部屋で仮眠をとっていた。

 『どうしましょうか?』

 通信スクリーンに映るメグミの表情も少し困惑気味だ。寝相が酷かったのか、ユリカは右肩がはだけたパジャマ姿のまま眠い目をこすりながら小さいあくびをしてから言った。

 「……ちょっとこの状態で受けたくないので、20分後にもう一度艦橋までお願いしますって伝えてください」

 『ですよねぇ。了解しました』

 メグミの通信スクリーンが閉じると、ユリカはベッドからむくりと起き上がり「ついに来たな」とぼそっとつぶやいた。それから電光石火の勢いで軍服に着替えると、化粧鏡の前で乱れた頭髪をブラシでときながら、二人の提督に納得してもらう言葉を頭の中で反芻した。

 (とりあえず、コレで大丈夫だと思うんだけど……)











闇が深くなる夜明けの前に
機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説








第18章(後編)

『テルヌーゼン解放/そして地上ではY』

 






T

  ――30分後――

 敬礼する二人の提督の通信スクリーンが消えると、ミスマル・ユリカは華奢(きゃしゃ)な肩を揺らしてほっと胸をなでおろした。

 (ふうって感じ……)

 ユリカは、しばらく虚空を見つめていたが、

 「あー、事前にヤン提督から宿題受けててよかったぁー」

 と緊張の糸が緩んだのか、美人提督はそのまますとーんと指揮席に沈む。その場にいる二名も、どうにか軋轢(あつれき)を回避できて安心した様子だった。

 体調不良のルリの代わりに当直となったアオイ・ジュンが言った。

 「ねえ、ユリカ。もしかして今日のことを事前に予測していた?」

 その質問に、同じく当直勤務のメグミも通信士席から振り向く。ユリカは指揮席に座ったまま天井を仰いでいたが、質問に答えるよう姿勢を正した。

 「うん。この作戦が発動する前にヤン提督にそれとなく宿題を出されたのよねぇ。示唆されたとも言えるかも? はっきりってわけじゃないけど」

 ジュンとメグミは、あらためてヤンの先見性を称賛したが、その名の通り黒髪の提督の「宿題」とは「宿題」でしかなかったのだ。

 「それってどういうこと?」

 ジュンが尋ねると、ユリカはブルーグリーンの瞳で僚友二人を交互に見やった。

 「えっとね、今回の作戦をヤン提督に言ったときに、ルグランジュ提督がどういう選択をしてくるか予想を立てたんだけど、それをどう解決するかの過程で今日のことが起こり得るって言われたの」

 ここで疑問を感じたのは、一応エリート街道を――今でもエリート街道まっしぐらなアオイ・ジュン大佐だった。ナデシコメンバーの個性が強すぎて確かに目立ってはいないが堅実な手腕と優秀な能力の持ち主であることは間違いがない。

 「ええとユリカ、宿題って言ったよね? ヤン提督は今日のことをあらかじめ予測して君に二人を説得する材料をくれたわけじゃないの?」

 ふるふるとユリカは頭を振った。

 「ヤン提督は解決策までは出してくれなかったのよねぇ……」

 相談を受けたアッテンボロー提督曰く、「あの人は政治的面となると弱いから、いい案が出せなかったんじゃないか」と言うことらしい。

 「なるほどね。ユリカへの宿題っていうのは今日のことをどう解決するかっていう解答だったんだね」

 こくこくとうなずくユリカの表情は、なんとか大任を果たしたという安心感がにじみ出ていた。

 「うん、ジュン君の言う通り。ルグランジュ提督があっさり降伏してくれれば悩まずに済んだんだけど、悪い方に予測が流れて行っちゃたから宿題をずっと考えていたのよねぇ」

 ユリカが、宿題に本気で取り組み始めたのは第11艦隊が降伏勧告を「保留」にしてから10日を経過したころだった。2週間を過ぎるといよいよ現実味を増し、3週間目にはいつ動きがあってもおかしくない状況になっていた。

 「じゃあ、その時にはヤン提督の宿題をクリアできたってことですか?」

 メグミの質問に、ユリカは必ずしも胸を張ったわけではなかった。

 「残念ながらギリギリです。最初は難しいことをいろいろ考えちゃったんだけど、ストレートに
今の情勢を踏まえて戦いの後のことを考えるとああ言うしかないかなーて……他にもっといい説得内容ってあったかな?」

 その疑問に対する二人の返答はいずれも「否」であった。

 「ユリカはベストを尽くしたと思うよ。二人とも引き下がったんだから十分伝わったんだと思う。ルグランジュ提督の意図は見抜いていたし、君の言う通り、政治的な背景が伴う場合、その理由は軍人にとってわかりやすいほうがいいよ。僕も納得したからね」

 「私も納得できました。少しでもゴタゴタを残さないことが戦後には重要です。成功したんですから提督はそんなに気を張る必要はないと思いますよ。宿題クリアーおめでとうございます!」

 メグミとジュンの言葉に励まされたのか、ユリカはようやく全身の力を抜いた。

 「二人ともありがとう。肩の荷が下りたらなんだかまた眠くなっちゃった。私、ルリちゃんの様子をみたら、またちょっと寝かせてもらうね」

 いいよ、とジュンが承諾すると、ユリカは軽やかな足取りで艦橋を後にした。




 ――――20分前――――

 ミスマル・ユリカは、偉丈夫のラルフ・カールセン、角刈りのライオネル・モートン両提督の通信スクリーンを前にしたとき、デジタル映像の向こうからでも十分に二人の「気迫」を感じ取っていた。そして、二人が彼女に意見具申した中身はやはり予測した通りだったのだ。

 ユリカは、「その提案は採用できません」と負けず劣らずの気迫をこめて却下した。当然ながら二人は食い下がった。このままでは時間の浪費である。すみやかに「薔薇の騎士連隊(ローゼン・リッター)」を動かしてルグランジュ中将を逮捕し、ヤン艦隊に合流してハイネセンの解放を急ぐべきであると。

 しかし、ユリカは首を縦に振ることはしなかった。

 「お二人の不満とお気持ちもわかりますし、提案自体は決して間違ってはいません。今、その手段を取れば確かにこの場では解決するでしょう」

 ただし、「内戦が終わった後に軍部内に余計な火種を残すことになる」、とユリカが続けると、その部分にカールセンとモートンも一瞬ひるんだそぶりを見せ た。

 「今、軍部は二つに分かれて内戦をしています。そしてご存知のように、さらにその中には主戦派の人たちも存在し、救国軍事会議側に加担していなくても決して一枚岩とはいいがたい状態です。そのうえでルグランジュ提督に明確な降伏の意志がないのに強硬策に打って出た場合、最悪銃撃戦になりかねず、逮捕すらできなくなるかもしれません。犠牲が出ることはもちろん、いまだ司令官に従う将兵や、たもとを分かったとはいえ元の部下のみなさんの間にもわだかまりが生まれないとも限りません」

 実は単純にそれだけではない。戦局全体を見渡した場合、最終的にユリカたちが勝つにせよ、ハイネセンの救国軍事会議が降伏か敗北を明確にしない限り、同盟領の政情不安は付きまとうため、艦隊の移動はできないのだった。

 「現状では流さなくてもよい血を流すことは救国軍事会議と同じになってしまいます。私たちはそうでないことを内外に示さなくてはいけません。ご心配には及びません。必ず機会は訪れます。この戦いの幕引きはヤン提督がすでに考えていてくれています」

 二人の有能な提督と「戦姫」の視線がぶつかりあった。その時間は極めて短いものではあったが、この状況を見守った幾人かには数十秒以上に感じられたことだろう。

 鉾を収めたのはカールセンとモートンだった。

 『小官らの考えが浅はかでした。ヤン提督とミスマル提督のお考えに従います』

 と言って二人は敬礼し、通信画面は消えたのだった。

 どうにかユリカの気持ちは二人に届いたようだった。それでも美人提督は消えた通信スクリーンの先を放心したようにしばらく見つめたままだった。
 

 ちなみに、ルリの体調不良は「大人の階段を一歩上った」ことによるという。

 
 
 


U

 「ウランフ提督、ひょっとするとひょっとしなくても敵が大勢こっちに向かってきてないかね?」

 目前に迫る土煙の壁を認めて、後部座席のトリューニヒトの表情が急激に強張ったが、双眼鏡片手に指揮車から状況を観察する同盟軍きっての勇将は平然とした表情で言った。

 「問題ありません。陽動はうまくいっています。ハイウェイを進軍する味方に敵の戦力は集中しています。予想より早く見つかってしまったようですが、遮るものがない地形なので、ここまで来れて逆に万々歳というところでしょう」

 「まぁ、そうかもしれないが……」

 「ええ、閣下が戦場に立ったことで我が軍の士気はうなぎ上りです。このまま眼前の敵を破って拠点を落とせば我々の勝利です」

 「ううむ、ウランフ提督の言葉を信じようじゃないか。目前の敵など恐れるに足らず、ということだね?」

 「ええ、議長閣下のおっしゃる通りです。今一度閣下が全軍に対して号令をかければ兵士たちも奮い立ちましょう」

 とウランフは、いかにも相手の顕示欲を持ち上げる文言を並び立てると、トリューニヒトに通信用のマイクを渡す。壮年の同盟元首は頼んだわけでもないのに指揮車にはためく同盟国旗を片手にもってマイクに向かって号令した。

 「さあ兵士諸君! 時は来た。今こそテルヌーゼンを自由意志の圧政者たちから解放しよう。全軍撃て!」

 その返答は空間を無数に切り裂いて落下してきた敵の有線弾道や質量弾だった。

 解き放たれた攻撃は次々に着弾した。大地をえぐり、土煙が炸裂し、退避行動をとった味方の装甲車輌が次々に炎に包まれる。つい数十秒前に勇ましく号令を発したトリューニヒトは早くも顔面蒼白になりかけていた。

 「ウ、ウランフくん、やっぱり向こうの挨拶が少々過激じゃないかね? 我々が敵の拠点を突くには敵が多すぎるんじゃないか?」

 「想定内です。ご心配なく」

 半分嘘である。クーデター側の反応はウランフの予想を超える度を越えた砲撃だった。

 ウランフがトリューニヒトに説明した作戦は次のようなものであった。戦力のうち三割を敵司令部へ最短となるハイウェイ方面から進軍させ、これを囮にしてウランフが指揮する残りの七割の戦力がエステバリス2機の援護を受けつつ、敵の防衛拠点を制圧し、そのままやや市内に近い場所にある司令本部を地下道を使って制圧するというものだ。

 あえて最短経路に至るハイウェイ方面に高速化した30輌の部隊と3機のエステバリスを充てることで敵側に本命とみせかけ、残りの戦力で防衛拠点を制圧するという作戦に国家元首は十分勝利できると踏んだのか、特に口をはさむようなことはしなかった。

 しかし、いざ開戦となると、どうだろう? テルヌーゼンは惑星ハイネセン第二の都市だ。その規模にふさわしい防衛能力を備えている。万が一ハイネセンポリスが占拠されるか異常事態が起きても中枢部さえ移動できれば、不測の事態に対処することが可能だった。そうであれば地上部隊だけで5万人は数えただろう。だが、実際は加担しなかった部隊も存在したため、クーデター側の戦力は兵員15000人、装甲車輌は200くらいだった。それもウランフが率いる部隊の約3倍の戦力があった。

 であるから、「そのほとんどがこちらを攻撃してきているのでは?」とトリューニヒトは疑問視せざるを得ない。そもそも、陽動作戦自体が失敗しているのでは?

 ウランフとしては「作戦成功な のだった。実際に主力で陽動を担当しているのはトリューニヒトという囮を擁しているウランフの部隊なのだ。チェン参謀長と謀り、彼がこちらに存在するという情報をそれとなく流していた。もちろん、本人に認識はないがボルト大佐も陽動だ。

 軍人としてはタブーな国家元首を囮にする情報戦はヤンも真っ青というところだが、元首の号令を敵側に流した返礼が過激だったのは、まさに「作戦成功」を物語っていたわけだっだ。

 「さて、実際はどのくらいこちらに食らいついたかな?」

 チェンの分析だと、少なく見積もっても130輌だという。そうすると、残りはハイウェイ側に振り分けられているとみるべきだろう。あとは攻撃ヘリを警戒しつつ、ボルト大佐の部隊とともに、なるべく敵の機動部隊をより郊外へと引き離すだけだった。

 (とはいえ、これだけ狂ったように攻撃されるとは、よほど議長の首は高値らしいな)

 ボルト大佐の率いる部隊数から考えると数の優位こそウランフと同じ条件だが、そのぶん対峙する空間は狭いため、小部隊には戦いやすいはずだ。お調子者の部隊指揮官の能力が試されるが、彼の態度を見るかぎり期待してもよいだろう。

 (そこは私もおなじだが……)

 ウランフは、うろたえるトリューニヒトを尻目に冷静に戦況を見極め、的確な指示を出して敵部隊をさらに釣りだそうとしていた。
 
 
 



V

 救国軍事会議といえば、「不本意にも振り回されていた」と言っても間違ってはいなかった。

 「情報部は糸電話でもしているのか! 戦いが始まってから2時間が経過したと言うのにまったくテルヌーゼンの戦況がわからないぞ!」

 「増援を出すのか出さないのか、一体どっちなんだ? 総司令部はどうなっている」

 「テルヌーゼンの戦闘は反攻勢力がこちらの戦力を誘い出すための罠らしい。きっと近くに敵の大部隊がいるぞ」

 「憂国騎士団に不穏な動きあり、との通報がありました」

 「国会議事堂近くに市民が集まり始めているとの一報が寄せられています」

 とこんな調子であり、中枢部はテルヌーゼンの対応どころか、雪崩のように飛び込んでくる情報量と連絡士官たちの往来で手いっぱいとなっていた。

 グリーンヒル大将もエベンス大佐も、この状況を作り出した不届き者が存在することを察していた。情報部のブロンズ中将に発信者の特定をするよう命じたものの、その動きがかえって情報の混乱に拍車をかけてしまったのは失敗であった。

 「閣下、これはやはり足取りの掴めていないエリオル社社長の仕業でしょうか?」

 エベンス大佐の「確認」にグリーンヒル大将は無言でうなずいただけだった。同盟軍の元総参謀長だった紳士的な容姿の軍人にも、今回の「反攻」は寝耳に水と言ってもよかった。アカツキ・ナガレという要注意人物を逃した時点で何らかの妨害工作は予想していたものの、それさえも予想をはるかに凌駕し、まさかまとまった戦力を伴ってテルヌーゼンの奪取に動くとは、さすがに計算外だったのだ。

 (あのエステバリスが大量に量産されていたとしたら……)

 グリーンヒル大将は、その考えを自ら否定した。もしそうならばわざわざテルヌーゼンを狙う必要などない。最短にして全戦力で首都を攻略したほうがはるかに決着が早くつく。

 (ならば、狙いとはなにか?)

 考えるより前に一報が入った。妨害によって通信が不通になっていたテルヌーゼンの司令部と通信が繋がったという。ただし、それはすぐに繋がらくなってしまったらしかった。

 「それで、何かわかったのか」

 詰め寄るようにエベンス大佐が言うと、連絡士官は少し慌てた様子で伝えた。

 「敵の数は装甲車輌がおよそ100、人型兵器は少なくとも十数機のもよう――以上です」

 戦場のウランフが聞けば、かく乱が上手くいったと無言で手を叩いたことだろう。

 救国軍事会議からすれば本当に知りたかったのは反抗勢力の数ではないのだが、グリーンヒル大将はそれだけで戦況が不利に傾いていることを悟ったようだっ た。

 正直なところ増援を送る余裕がないのが救国軍事会議の懐具合だ。できたとしても、反攻勢力の動きをかなり前から察知していなければ、適切な戦力増援などできるはずもない。遅きに失した、といえばそれまでだが……

 いずれにせよ、テルヌーゼンの一件が救国軍事会議の本隊を動かすための策謀である懸念がぬぐい切れず、うかつに動くことはできないのだった。

 (そう、反攻勢力の意図は、まさにそれだな……)

 グリーンヒル大将は、相手の意図を察した上でエベンス大佐にはこう言った。

 「先行させた武装ヘリと連絡を取れ。まだつながるはずだ」
 



■■■

 「どうにか救国軍事会議の中枢の動きは止めることができたようですね」

 「ええ、今日一日くらいはなんとかなるでしょう」

 アジトのソファーで、アカツキ・ナガレとチュン・ウー・チェンはかく乱作戦の成功にほっとしつつコーヒーカップで乾杯した。

 ウランフの「伝言」を聞いたアカツキが真っ先に頭に思い浮かべたのが、救国軍事会議の出方だった。ウランフの反攻部隊は夜ごとに行動してテルヌーゼンに近づく予定ではあったが、当然ながら気付かれないで行軍するには限界があった。ある程度の妨害は行っていても、人の異変への察知力やセンサー類すべてを欺くことは不可能であり、実際、ウランフたちがテルヌーゼンを制圧するクーデター側の部隊に補足されたのは、市の郊外から東南東へ102キロの地点だった。

 もし、この段階でグリーンヒル大将に通報されていれば、もしかしたら援軍が間に合ったかもしれなかった。

 そうならなかったのは、当然ながらウランフたちが妨害に腐心したことと、そのためにクーデター勢力の対応が後手に回り連絡が滞ったこと、アカツキもその点を考慮していたのでチュン・ウー・チェンと協議して足止めを実行したこと、スパイをしているというベイ大佐をけしかけたことである。

 しかし、グリーンヒル大将が事態の収拾に時間がかかったのは、なにも偽の情報に煩わされたばかりではなかった。アカツキたちが偽情報の中に一つか二つの真実を紛れ込ませていたことだろう。「郊外の倉庫で武器を持った集団が目撃された」などというのはまさにそれだ。実際は戒厳令を逆手に取ったサイオキシン麻薬の密売組織が白昼堂々、呑気に取引を行っただけだったのだが、グリーンヒル大将からすれば情報の全てを無視できなくなったわけである。

 しかし、ウランフたちは意外にも激しい戦闘の只中にあった。







W

 戦闘が始まってから2時間ほどが経過しつつあったが、ウランフの部隊は陽動には成功したものの、「ヒステリックなほどの攻撃」を受ける羽目になっていた。そのせいか、予定よりも敵の部隊を郊外により引き離せられないでいた。ハイウェイ側を担当したボルト大佐側も似たような状況にあるという。ある一定距離までは成功したといってもいいが、相手の激しい攻撃にこちら側も対応に追われ、膠着状態というよりも「劣勢」に近い。これでは「タイミング」を計る彼女も難儀していることだろう。

 (こいつは、不本意だな……)

 ウランフは珍しく内心で嘆いた。戦場では何が起こるかわからないというが、これでは敵側を批判もしていられない。このまま当初の作成通りでいいのか……

 そんなウランフの内心を読み取ったかどうかはさて置いて、自分の意志に半分反して戦陣で怯える羽目になったトリューニヒトがまさかの一言を放った。

 「ウランフ提督、勇将の名を汚すことだけはしてほしくないものだね」

 無言で振り向いた勇将の表情にトリューニヒトは大いに狼狽して何かもごもごと口を動かしていたが、ウランフは怒ったというよりも逆に元首の「皮肉のきいた正論」に目がさめて奮起した。トリューニヒトを囮にして敵の大部隊を引き付ける役目を買って出たのはウランフ自らであった。ボルト大佐に任せると目的を忘れる可能性があったとはいえ、「艦隊とは違うから」という言い訳は通用しない。

 とはいえ、トリューニヒトの口撃で我に返ったウランフ提督は、自らが慣れない戦闘で慎重になって本来の強みを無駄にしていることにようやく気が付いた。

 おそらく、クーデターの地上部隊をこれ以上郊外に誘導することは難しいだろう。エリナ・キンジョウ・ウォンからの連絡によれば、敵の司令部の周辺にはなお30輌あまりの機動部隊がとどまっているという。この部隊を司令部から引き離さなければ、制圧を担当するエリナの部隊は突入が実行できない。ぐずぐずしていればハイネセンからの増援を呼び込みかねなかった。

 時間がないことを勇将は知っていた。ウランフは決断する。通信マイクに向かって支援部隊となっている5機のエステバリス隊に命じた。

 「貴官たちに作戦の変更を伝える。拠点防衛部隊の右翼から横撃を加え、逆に基地に押し込め」

 「了解」という短い返答があり、その数十秒後に敵の右翼側から次々に火柱が上がった。通信を傍受してみると「あ、あれが噂の人型か!?」とか「弾が当たらないぞ。単機で防御スクリーンとか反則だ!」、「これが向こうの作戦だったのか」、「うわああああ、た助けてくれっ」、「ひ、人型が襲ってくる。100機以上はいるぞ!」などなど、尾ひれが拡大し勝手に混乱していった。

 制空権はウランフ側にある。支援に回っていたエステバリス隊はそれまでのうっぷんを晴らすかのように空と地上から存分に攻撃を加えた。

 「さすがはアカツキくんが選りすぐったパイロットだけはあるな」

 ウランフとチェンは惜しみない称賛を、トリューニヒトは呆然としていた。陸戦タイプ2機、空戦タイプ2機、狙撃タイプ1機の合計5機の量産新型エステバリスの連携は見事としか言いようがなかった。パイロットたちの空戦部隊の明日を担いうという意識と姿勢の強さも感じさせた。

 「提督、敵右翼が崩れました」

 「よし、総攻撃だ!」

 ウランフの絶妙な命令一閃、猛攻を耐えた55輌は一斉に前進し光弾の嵐を敵部隊に炸裂させた。クーデター側の部隊は強烈な横撃と正面からの反撃にあって命令系統の混乱もあってかばらばらに戦い、防衛拠点に向かって撤退を始めた。

 するとエリナから通信があった。司令部を護衛していた残りの30輌が一斉に拠点に向かって動き出したという。優勢と思われていた戦局をひっくり返されて慌てて増援に向かわせたのだろう。エリナはタイミングを見計らって司令部に突入するという。

 しかし、相手もやすやすと降伏する気はないらしかった。数を大幅に減らしつつも、その半分は拠点周辺に再集結し、拠点からの支援砲撃をバックに防衛線を築いて反撃してきた。

 「よし、いいぞ。敵はもくろみ通りに動いてくれた。敵を拠点周辺に釘付けにするぞ」

 ウランフの部隊はさらに前進し、敵の部隊と基地の両方に攻撃を加える。反撃は意外にも激しくなった。

 チェン参謀長がウランフに警告した。

 「閣下、指揮車が前に出過ぎております。狙い撃ちされる危険性がありますので後退を」

 ウランフが許可を出そうとした直後、前方で激しい土煙が舞い上がったかとおもうと、その中から撃破された味方の装甲車が地面を二、三回バウンドしながら凶器の鉄塊となって指揮車めがけて飛び込んできた。

 ウランフは叫んだ。

 「全員、退避!」
 
 




X

 救国軍事会議の幹部が集合した会議場は、戦闘が集結した映像を目の当たりにして沈黙した状態であった。彼らはハイネセンに次ぐ拠点を失ったのである。

 しかし、幹部たちが沈黙したのはそれだけではない。テルヌーゼン陥落が示す潜在的なプレッシャーを感じずにはいられなかったのである。今後の情勢に影響必至であることは間違いない。

 長い沈黙を破ったのは他ならぬグリーンヒル大将だった。

 「終わったことを悔いても仕方がない。先行させた武装ヘリ部隊には偵察終了後、速やかに帰還せよと通達せよ」

 控えていた連絡士官が会議室を退出すると、グリーンヒル大将は集う幹部たちに言った。

 「反攻勢力の指揮官が誰なのかは不明だが、誰であれテルヌーゼンの戦いぶりから決して侮ってはならない」

 その場でグリーンヒル大将が各自に指示したのは、ハイネセンポリスと統合作戦本部ビルの警備・防衛体制の緊急の見直しであった。エステバリスという万能の人型機動兵器が相手側に存在する以上、戦力の集中と強化は行っておかなければならない。対策は当然だった。

 協議の結果、統合作戦本部ビル周辺の防衛体制の見直し担当はエベンス大佐、ハイネセンポリスの警備体制の見直し担当はクリスチアン大佐が担当することになったが、前者はさておき、後者を任命したことはグリーンヒル大将の後悔を生むことになる。



 会議はそれで終了かと思われたが、その最後に衝撃的な展開が待っていた。火蓋を切ったのはエベンス大佐だった。

 「我々が同盟の未来のために立ち上がって今日までの間には、いくつか不可解な出来事が発生していた。拘束を逃れたトリューニヒトとアカツキ・ナガレは無論のこと、テルヌーゼンの一報はかなりの時間を要するに至った」

 特に前者の件については「事前に知っていたのではないか」という疑惑もあって内部に裏切者がいるのではないかと調査中であり、未だにめぼしはついていない。後者は、異変の察知が遅すぎたこと、混乱をきたしたいくつかの偽情報の出所が内部より発信されていたことが挙げられた。

 怪訝な顔をする幹部たちの視線がエベンス大佐に集まり始めたとき、グリーンヒル大将の冷たい視線が一人の幹部に注がれた。

 「ベイ大佐、貴官を反逆の罪で拘束する」

 室内が騒然とするや否や二名の衛兵が現れて、驚きを隠せないベイ大佐を速やかに拘束した。

 「な、何かの間違いでは?」

 動揺しきった声でベイ大佐は否定したものの、グリーンヒル大将の宣告は厳しかった。

 「情報部が少し前から貴官の行動を監視していたのだ。偽情報をいくつか流し、憂国騎士団やトリューニヒトの関係者と接触していた映像も証拠もある。幾人かはすでに拘束済みだ」

 「うっ……」

 ベイ大佐は反論をあきらめたのか肩を落とし、衛兵に引きずられるようにしてグリーンヒル大将たちの視界から消えた。

 グリーンヒル大将は騒然とする幹部たちに言った。

 「これで懸念だった裏切者は一掃された。我々の団結は再び高まるだろう。心置きなく各自の任務に専念すること」

 解散! と続き、緊急会議は閉幕した。
 
 




 幹部たちが退出したあと、グリーンヒル大将は部屋の片隅でウィスキーをあおる白髪の男に言った。

 「リンチ少将、貴官のおかげでようやく内通者を捕らえることができた。礼を言おう」

 リンチの反応は数秒遅れた。

 「なあに、礼には及ばんさ。俺はブロンズ中将に頼んだだけだ。尻尾をつかんだ中将に礼を言ったほうがいい」

 グリーンヒル大将はうなずき、去り際に飲んだくれの元同盟軍少将に振り返った。

 「貴官のことをいまだに悪く言う連中も少なくはないが、今回のことでその評価も変わることだろう。そう自分自身を貶めることもあるまい」

 グリーンヒル大将は最初からリンチの返答を期待していたわけではなかったらしい。そのまま会議室を退出していった。

 リンチはと言うと、ウィスキーグラスをグイっと煽り、特に表情を変えるわけでもなく、イスにもたれかかった状態で天井を見上げた。評価も変わるだと? ベイの野郎は利用価値なしだからスケープゴードにしたまでさ……

 不意にリンチの口元から笑いが漏れていた。

 「グリーンヒル大将、あんた人を見る目がないな……」
 
 


  ■■■
 
 クーデター勢力によって制圧されていた惑星ハイネセン第二の都市テルヌーゼン市は、およそ一か月半ぶりに解放された。ウランフ率いる「解放軍」は熱狂的に市民から歓迎されたが、その中にウランフたちの姿はなかった。

 「やれやれ、危うくアムリッツァの二の舞になるところだったな……」

 治療室の一室でウランフは反省するようにつぶやく。突き刺さった破片を取り除き、1回目のやけどの電子治療を終えたものの打撲痕はそう簡単には治らず、傷口を保護するために巻かれた包帯や保護クリームはそこそこ痛々しかった。だが、ウランフの治療を担当した医師の言葉はちょっと違った。

 「戦場で爆発に巻き込まれたのにこの程度のお怪我で済んだのは奇跡に近い。閣下はアムリッツアで強運を味方にしたのではありませんか?」

 ウランフは、少しだけはにかんだ。

 「なるほど、確かにそうかもしれない。強運か……私が天寿をまっとうしたら、ぜひ墓碑に刻んでほしい言葉だな」

 ウランフが治療室から出ると、そこで待っていたのは迷彩柄の軍服もよく似合っている妙齢の女性だった。

 「提督、お怪我の具合はいかがですか?」

 心配そうな表情で言ったのは、見事に敵の司令部を制圧したエリナ・キンジョウ・ウォンだった。彼女が率いたトラック部隊5台がテルヌーゼンの攻防に終止符を打ったのだ。司令部から装甲車が一定の距離まで離れると、ボルト大佐のルートの反対方向から突入したわけである。ウランフの部隊が補足されてから市内は外出禁止令が通達されていたので人も交通量もほとんどなく、軍用トラックの機動力を存分に生かせたと言ってもよかった。

 ウランフは、才色知勇兼備を証明したエリナにお礼を言った。

 「わざわざすまない。怪我のほうはご覧の通りだ。私は強運を身につけたらしい」

 「はい?」

 そう言えばトリューニヒトの姿が見えないな、と周囲をうかがったウランフが目にしたのは、ややバランスを崩しながらも駆け足で迫ってくる参謀長だった。頭に包帯を巻いているが、最も痛々しいのは骨折した腕の包帯だろう。軍用ジャケットを羽織っていないところを見ると、相当慌てている様子だった。

 「どうしたチェン参謀長、何か不測の事態でもあったのか?」

 そうでもなかったが、厄介な意味でそうでもあった。

 「閣下、大変です。トリューニヒトが……」

 まさか死んだのか、とつい二人は不謹慎なことを思い浮かべてしまったが、あの程度の怪我でそんなことはないと残念ながら思いなおした。

 「では、どうした?」

 「はい、ご足労ですがこちらへ」

 チェンに案内されたのは軍病院の待合ロビーだった。どういわけかざわざと一定の方向に人の視線が集中しているのが一目でわかった。

 『トリューニヒト!』

 異口同音にウランフとエリナは声を上げた。ロビーに設置された巨大な立体TVに、まんまと生き残った同盟元首が映っていたのだ。やや乱れた頭に包帯、ほほにガーゼ、右腕は派手に包帯でぐるぐる巻きだ。なんと左手には杖を持っている。これまでの高級スーツで身を固めた壮年の政治家という印象よりも、全体的に傷つき、うす汚れた感のある迷彩服のまま、それでいて表情だけギラギラ輝いてる「不屈の精神」にあふれた――ような政治家に見えなくもない。演出はなかなかだ。

 ウランフはとっさに参謀長に質問した。

 「あそこはどこかわかるか?」

 「……確信は持てませんが、背景からテルヌーゼン市民ビルと思われます」

 思わずウランフは舌打ちしてしまった。エリナも困った顔だ。二人は元首様が何をしようとしているのかわかってしまったのだ。

 「しまったな、議長にはあらためて釘をさしておくべきだった……」

 と言うのは、作戦会議の席上でテルヌーゼンを解放したあとにハイネセンポリス解放の戦力を集めるため、ハイネセン全土に義勇兵を呼びかけようという案が浮上したのだ。ただし、まずはテルヌーゼンを解放することが先決であるため、時期尚早として立ち消えになったのだが……

 「時々、トリューニヒトが化け物じみて見えるな……」

 明確な方針を示さなかったウランフにも責任の一端があるが、政治的な意図を含む宣伝を思い直していた矢先にこれだ。転んでもただでは起きない――トリューニヒトの自分の価値を高めようという素早い行動欲を計り間違えていたことも確かである。

 もう今から阻止するのは間に合わない。会見は始まってしまった。その様子を立体TVで追いながら、ウランフは表情を引き締めた。

 「参謀長、ウォン女史、この会見の中身によっては、この先荒れるかもしれないぞ」

 ウランフが思い直したのはまさにそれだった。テルヌーゼン解放を派手に宣伝すれば、熱気にあてられた市民が蜂起し、救国軍事会議と衝突しないともかぎらないからだ。事実、テルヌーゼンのマスコミたちのここ数日の過熱ぶりは予想通りだったと言っても過言ではなかった。

 ロビーが徐々に熱気を帯びるなか、ウランフたちは会見からお決まりの演説に移ったトリューニヒトの姿を冷ややかな目で見守った。

 「同盟市民の諸君、私は還ってきた! 救国軍事会議の執拗な追跡を逃れ、昨今まで潜伏生活を送っていたのはまさに今日のために立ち上がる準備に専念していたからだ。事実、テルヌーゼン市民を抑圧していた不当な勢力は勇敢に立ち上がった私とウランフ提督をはじめとする義勇兵によって敗れ去った。

 私も自らが先頭に立って激しい戦場に立ち、そして傷ついた。

 しかし、あえて私がこの姿を晒したのは、同盟市民が真の平和と自由意志を取り戻すまで戦い続けるという国家元首としての責務と不屈の精神を表明したいがためである。未だに非道な軍国主義者たちの制圧下にある多くの同盟市民たちよ、何も恐れることはない。この不要な戦いに終止符が打たれる日も近いからだ。

 私が自ら諸君らを救おう。共和制の精神はこのヨブ・トリューニヒトが守護するのだ。

 打倒せよ救国軍事会議! 取り戻せ我らの自由意志! 自由惑星同盟万歳! 勝利を我らに!」
 
 
 ――第19章に続く――


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 みなさん、お久しぶりです。どうにか後編を投稿できました。 投稿が遅くなり申し訳ありません。亀ですが更新していきます。

 さて、18章はおしまいです。今回の最後のほうでトリューニヒトが勇み足をして波乱が予想されますが、あまり風呂敷を広げないようまとめるつもりです。



 では、19章でお会いしましょう。同盟と帝国が交互に投稿されると思います。

 2017年1月 18日 ――涼――

 
 誤字とか脱字とかを修正し、若干の加筆を行いました。

 2017年9月17日 ――涼――


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