ホシノ・ルリです。

 時間はちょうど艦内時計で午後11時を回ったところです。ようやく落ち着いたって感じかな?

 私はベッドの上で日誌をつけています。「ナデシコ」っていう民間企業が建造した最新鋭の戦艦にオペレーターとして乗船してからずっと私に任されていた業務の一つですが、たぶん本当なら近々終わっていたはずでした。

 なぜかって?

 それは「演算ユニット」という厄介な代物をナデシコに載せたまま、誰の手にも届かないように宇宙のどこかに飛ばして「はいお終い」となるはずだったからです。

 そうすれば、戦争の原因となった「演算ユニット」は誰の手にも渡らず、戦争そのものの意味も失われ、地球側と木星連合との間に和平が成立するんじゃないかと考えたからです。

 だから命がけで「演算ユニット」を回収して、ユニットを奪い取ろうとする木星連合の大艦隊からボソン・ジャンプで脱出したまではよかったんですが……

 ええと、細かいことはこの先を読んでください。









闇が深くなる夜明けの前に

<外伝>


機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説



『ルリの航宙日誌』

(其の一)


 挿絵 ふじ丸さん







T

 ──驚いたことにナデシコがジャンプアウトした宇宙は火星の周辺でも軌道上でもなかったわけで……

 私は誰よりも早く意識を回復して、ナデシコのメインCPである「オモイカネ」に現在の位置を確認させたら、

 「ここ何処?」

 て感じでした。

 とても火星周辺とは思えない光景が広がっていたんです。だってデーターに該当しない火星や木星を凌駕する惑星やら、大小さまざまな衛星やらがひしめいている宙域だったからです。

 それからなんというか怒涛の展開でした。

 演算ユニットは行方不明だし、みんなで今後の対応策を話し合っていたら、突然、見たこともない大型の戦艦3隻に攻撃されて逃走する羽目になっちゃうし……

 それはナデシコをゆうに上回る灰黒色で地球連合軍の艦船をより洗練させたような直線的で無駄のないフォルムの艦でした。

 これがまた手強い相手。

 なんか艦長も突然のことで少なからず動揺していたみたいだし、私たちは何がなんだかわからないまま、それでもうまく逃げているようで実は相手の罠にはまってました。

 ナデシコは隕石群の中に誘導され、動きを封じられたところにミサイルとレールガンの集中砲火を受けて相転移エンジンを破壊されてしまったんです。

 当然、ディストーションフィールドは消滅しちゃって、戦艦の艦首からほとばしろうとする光のエネルギーをまぶたに映し、私たちは初めて「死」を予感しました。

 私は、あの一瞬の絶望感を忘れない。

 ここで死んじゃうっていう終りを宣告された瞬間。ここでみんなとのナデシコの生活が永遠に停止してしまうという恐怖。

 何もかも、これまで積み重ねてきた想い出も喜びも悲しみも怒りも全てが誰の記憶にも記録にも残らずに身体と共に消滅してしまう……

 「いやだ」

 私は心の中で叫んだ。

 「誰か助けて!」

 私は祈った。絶望的な状況。神様とか奇蹟とか信じているわけでもないのに本当に本当にバカみたいに祈った。

 ほんの短い時間。

 それがものすごく長く感じたのは、きっと最期のときを迎えようとして、私の中でそれまでの全てが走馬灯のように駆け抜けたから……

 私の祈り、みんなの祈り。

 それが届いたのかどうかはわからないけれど、私たちは助かった。

 目を見張るような大艦隊が現れて私たちを襲った戦艦を追い払ってくれました。

 けれど、艦橋はしばらく呆然としていました。


 当然です。艦隊の数はゆうに1万隻を越えていたからです。それもナデシコを上回る大きさの艦艇がうようよです。最大のものでナデシコの4倍はあろうという巨艦も存在しました。

 あっ、それから木連の艦隊に「大」をつけたこと訂正です。


 オモイカネがデーターを表示したとき私でさえうまく声が出ませんでした。

 艦橋中が固唾を飲み込み、この威容に圧倒されてしまいます。メグミさんはあまりの恐怖で頭を抱えて震えていたくらいです。

 誰もが逃げるべきだと思っていました。アキトさんやパイロットのみんなからは一斉に通信が艦長宛に開き、異口同音に「にげろ」と訴えました。

 「もう、遅いです」

 私は、はっきりとみんなに言いました。向けられた艦長たちの顔が愕然としていましたが、本当に遅かったんです。謎の戦艦の攻撃によって右舷側の相転移エンジンは大ダメージを受け、一基は完全にダウンしていたからです。

 危機的な状況を切り抜けるためには左舷だけのエンジンではどうにもムリがありましたし……

 迫りくる光群はあっという間にナデシコの周囲に達しました。ほんの短いやり取りの間に周囲を包囲されてました。私たちを襲った戦艦とはまた違った細長いシルエットで艦型が縦長の緑系色に統一して塗装された艦艇でした。艦首部分に砲門らしき穴がたくさんあるのが見てとれました。

 落ち着きを取り戻す前にスケール的に圧倒されることがあまりにも多すぎです。

 「ユリカ、大丈夫か!!」

 私たちが呆けていると、アキトさんがパイロットスーツのまま艦橋に飛び込んできました。艦長は不安だったのかアキトさんに抱きつこうとしましたが、状況が状況なだけに寸前で自重したみたい。

 でも手だけはしっかり握ってましたけど。あらら……

 しばらく沈黙が流れました。私を含め、向こうがどう出てくるのか固唾を飲んで見守りました。私たちに交渉権がないことくらい誰だってわかります。

 運命の時間ってやつです。

 しばらくして、その緊張感を破ったのは通信士のメグミさんでした。どうやら向こうから通信が来たみたいです。艦長は一呼吸置き、向こうからこちらの様子がわからないサブスクリーンで回線を開くよう、メグミさんに依頼しました。

 回線が開きました。画面に映ったのは黒緑系の軍服にほぼ同色のベレー帽を身につけた浅黒い肌に精悍な顔つきの40代くらいの人間の軍人さんでした。

 ウランフ中将と名乗った軍人さんは、私たちを気遣うようなメッセージを残し、敬礼してから通信を閉じます。ナデシコを襲った黒い軍服の軍人さんより話の通じそうな穏かな対応でした。

 「自由惑星同盟ですか……どうやら別の勢力のようですなぁ…」

 プロスさんが顎をなでながらぽつりと呟きました。

 たしかにその通り。

 というよりそうとしか考えられません。艦の形状も軍服も言語も違いますし、何よりも自由惑星同盟さんは銀河帝国の戦艦に攻撃してます。

 そう、少なくとも私たちがジャンプアウトした先には二つの勢力が存在するってことです。

 もう一つみんなが気になったのは、「亡命者」というウランフさんのフレーズでした。ミナトさんが推察したようにこの辺りの情勢ってやつかもしれません。

 艦長は塾考の末、ウランフ提督さんに返信することに決めました。アキトさんやクルーのみなさんは最初懸念を表明しましたが、ナデシコの右舷相転移エンジンが使いものにならず、ほかにどうしようもないと艦長が決意すると、最終的にみんな同意しました。

 「艦長の決めたことですから、我々が口を挟むことではありませんな」

 「うむ」

 「僕はいつだってユリカの決断を信じるよ」

 「死なばもろともってやつだよね」

 「うっさいぞヒカル!」

 「心地よい緊張感は私をオ・ン・ナにする──マジ・イズミ……うふふふ、決まったわよね?」

 「何があっても私は艦長の意志に従います」

 「強大な相手を前に決断するってなんか燃えるぜ!」

 「まあ、今さらジタバタしても仕方がないわよねぇ」

 「やっぱりユリカくんは、こういうときは頼もしいよねぇ……」

 「とりあえずお手並み拝見かしら」

 みんなで同時にしゃべるから何がなんだかって感じです。

 はいはい、いつもの通りです。

 こんな切迫した状況で素の状態で話せるなんて、やっぱナデシコって「ばかばっか」が揃ってます。








U

 艦長とウラフさんのやり取りはよい方向に進み、巨大な旗艦のなかで会見をすることになりました。会見に選出されたのは艦長は当然のことながら、サポート役としてイネスさん、「ひなぎく」の操縦士兼護衛役にアキトさんが選ばれました。

 交渉ごとや護衛という観点からだと極めてミスマッチのような気もしますが、ミナトさんの意見で人選が見直され、もしもの事態を想定し、ボソン・ジャンプできる人たちに決まったわけです。

 アキトさんが艦橋を退出する間際に言いました。

 「じゃあ、ルリちゃん、後の事は任せたよ」

 「なんかもう会えないような言い方はやめてください」

 私はつい、アキトさんに語気を強めて言い返してしまいました。ウランフさんは信用の置ける人だって通信で感じましたが、全体の状況が霧中状態なので不安を払拭できなかったせいもあります。

 反省です。

 艦長たちが巨大な戦艦の中で会見中、お留守番組は待つことくらいしかできなかったんですが、ほとんどの人はただじっとしているのはムリでした。メグミさんは文庫本片手でしたが、常に意識はインカムに向いているし、ミナトさんは爪の手入れをしつつ、私が渡した艦隊の情報を基に脱出のシミュレーションをしています。ゴートさんはずっと瞑想していましたし、プロスさんとイネスさんは何か話があるらしく艦橋にいません。エリナさんは副長席で端末をいじってます。

 ジュンさんは、艦長代理として指揮卓の前に直立してずっと表示されるデーターとにらめっこ。

 ヒカルさんやリョーコさんたちパイロット組みは、いつでもエステバリスを出撃させられるよう格納庫で待機中です。

 ウリバタケさんは、整備班を率いてダウンした右舷相転移エンジンの復旧を試みていますが、私が確認した限りだと調子悪いようです。

 みなさん、もしもの事態に備えて努力していましたが、ディストーションフィールドもまともに展開できない現状では全てが水泡に帰してしまうことも十分考えられます。

 それはなぜかって?

 「艦隊に一斉砲撃されたらおしまいだけど……」



 私じゃありません。操舵席に座るミナトさんの呟きです。私が振り向くと、妖艶なミナトさんは降参するようなそぶりをしてため息をつきました。

 なにかいろいろ考えているみたいです。

 考えているみたいだけど、きっと確実な方法が思い浮かばないんだろうなぁ……

 ぶっちゃけ私もミナトさんと同じ心境です。何度シミュレーションしても脱出できる確率は0パーセントですから……

 数字的な確率をそのまま鵜呑みにしたわけではありません。ナデシコの状態、艦隊の配置、よくわからない艦隊の武装等を考慮に入れ、客観的に総合してもダメだってわかったから。

 木連の艦隊に包囲されたときとは明らかに違う状況ですし……

 私は艦隊の制圧を試みました。計算ではおよそ3分の1──4000隻の艦艇を制圧できれば安全に脱出できます。

 もちろん、そんな数の艦隊を掌握できるほどナデシコには容量がありません。もし「オモイカネ」が無駄な記録を消去してくれても制圧できそうな数は300隻そこそこでした。

 ですが、なによりも時間的に不可能です。

 結局、私がやっていることも「無駄」なんですが、そうとわかっていても何かやらずにはいられなかったんです。

 だって、いつでも困難な戦いを強いられてきた戦艦ナデシコ。問題だらけの集合体ですが、壁にぶつかっても逃げ出さないのが「ナデシコ・クオリティー」なんです。









V

 「あっ、起きた」

 これ、医療室にいるユキナさんの声です。とっても気になることがあるのでずっと見ていました。私の膝の上に小さめの通信ウインドウが開いています。

 「ねえねえ、あんた私のことわかる?」

 ユキナさんが話しかけているのは、アキトさんが極冠遺跡内で保護したラピス・ラズリ──「瑠璃」という私と同じ名前をもつ少女です。

 しかもIFS強化体質に遺伝子操作されていました。私の代で終わったと思われていた研究は遠く離れた火星で密かに継続して研究されていたようでした。

 イネスさんは、火星でその研究にも携わっていたようですが、私たちが最初に火星を訪れた際の失敗で生き残っていた火星の人々と一緒に「ラピス・ラズリ」は死んでしまったと思われていました。

 けれど、ナデシコが再び火星を訪れたとき、死んだと思われていた少女は生きていたのです。極冠遺跡の奥で光に包まれた彼女をアキトさんが発見して保護したのです。

 いろいろと謎めいた部分は残っているわけですが、それからずっと彼女は医療室のベッドで眠り続けていました。

 そして、ついに目を覚ましたのです。

 「ぎゃー!」

 ユキナさんの悲鳴が響きました。ラピズが突然上半身を起こしたので見事にゴッツンコです。でもあの子はお構いなしにベッドから這い出て、医療室の中を縦横無尽に駆け回ります。

 それを止めようとするユキナさんの制止を振り切るあたり、どうも私とは身体能力に差があるみたい?

 「ちょ、この子元気よすぎー」

 ユキナさん困ってます。

 すると、ミナトさんの目の前に通信ウインドウが開きました。相手はユキナさんです。

 「そんなに慌ててどうしたのかしら?」

 ミナトさんが尋ねると、ユキナさんはウインドウをずらして現状を伝えました。

 『──というわけなんだけど、私じゃ手に負えないのよ。なんかアキトさんのこと捜しているみたいだし』

 「へえ……」

 ミナトさん、ちょっと他人事です。ユキナさんは素っ気ない返事に頬を膨らませました。ユキナさんもユキナさんで怖い思いをしながらずっとあの子の様子を見ていたわけですから機嫌も悪くなります。

 「まあまあ、そんな顔しないでよ。ちゃんと連絡はするわよ。でも今は大事な会見中だからもう少し待ってて」

 ミナトさんが約束すると、ユキナさんは黙って頷き、通信ウインドウを閉じました。

 「ふう、問題が増えたわね……」

 ミナトさん、神妙そうな顔つきでメインスクリーンを埋め尽くす大艦隊を眺めました。さっきもそうでしたが、ツメの手入れをしつつ、実は私が渡した艦隊の配置図を基に脱出のシミュレーションをしていたんです。今はなんとなーく外を眺めているように見えますが、きっとミナトさんのことだからいろいろ考えを巡らせているんだろうなぁ……

 「この後どうなるんだろ?」

 たぶんそう考えていると思います。なぜ? といわれても困りますが、私も少なからずこの後の展開について考え込んでいたからです。


 「みなさん!」

 突然、メグミさんのきれいな声が艦橋に響きました。表情も嬉しそうです。

 そうです。艦長から通信が来たんです!

 「やっほー、みんなお待たせしちゃいました」

 通信が開くなり艦長は元気よくVサインをかましてくれました。

 みなさんあきれていましが、同時に安心もしたようです。艦長の様子から会見がうまく運んだことが容易に想像できたからです。

 「ちょっと長話になっちゃいましたけど、会見はばっちりでした。アキトもイネスさんも元気だよ」

 ということでした。艦長の説明だとウランフ提督はとても話のわかる軍人さんで、ナデシコの修理に場所を都合してくれるとのことでした。

 なんか拍子抜けするくらいうまく運びすぎですが、紆余曲折するよりましです。それに運もよかったみたい。

 とりあえず、念のために今いる宙域からは離れないとダメみたい。逃走した帝国軍の戦艦が援軍を呼ばないとも限らないからです。


 艦長が副長のジュンさんに出発準備を頼んだ直後、ミナトさんがひょっこり顔を出してイネスさんに代わってもらえるよう依頼しました。

 『えーと、ちょっと待ってくださいね』

 イネスさんが通信ウインドウに現れると、ミナトさんはあの子が目覚めたことを要領よく伝えました。

 『なるほど、よくわかったわ。ありがとうミナトさん』

 イネスさんはそう言って「ナデシコって退屈しなくていいわね」なんて真顔で続けました。ミナトさんは激しく突っ込みたそうでしたが、そこは穏かに相槌を打って通信を終了します。

 いろいろお疲れ様です。

 それにしても、一番やんちゃしそうな印象だったミナトさんが一番現実的な思考の持ち主で面倒見がいいってことは、かなりみんなの意表を突いたと思います。

 本当に人って見かけで判断できません。そういう意味では艦長も同じかな。だって最初はただの「ばかっぽい女子大生」かと思ってましたから、栗色の長い髪で舌ったらずな口調のミナトさんはなんかもっと「あれ」だという印象でした。

 そんなミナトさんが私に向ってにっこり笑いました。

 「ルリルリ、よかったね。艦長もアキトくんもイネスさんも無事に戻ってこられそうで」

 「はい、よかったです」

 「あっ、ルリルリ笑ってる」

 えっ? そうなんでしょうか、私が笑ってる?

 なんか事実みたいです。私の顔に注がれたみなさんの視線を強烈に感じました。私は手を唇に当ててみます。たしかに口元はほころんでいました。

 自然に笑えるっていいことですよね?


 それからジュンさんの指示に従って出発準備を整えることになりました。みんななんだかホッとしています。なんとなく強がってはいましたが、本当はだれも不安だったんだろうなぁ……

 でも、やっぱりナデシコのみんなは「しぶとい」みたいです。目的が定まれば行動も素早いのがその証かな。しばらくすると各部署から準備OKの連絡が次々と入ってきました。

 ほんの1時間くらい前に「死ぬ覚悟を決めた」とは思えない陽気さです。ウリバタケさんなんか「こんなところで死ぬかってんだよ!」て顔してましたし……

 そう、先行きはいつも不透明です。私たちはその中で戦ってきました。時には傷つき、別れがあって出会いがありました。

 ナデシコのみんなは眼前に困難な壁が立ちはだかろうとも、「明日」という時間を生き抜くために「素敵な自分勝手」を貫くんだろうなぁ……




 《ルリさん、ひなぎくが接近してきます》

 ──ありがとう、オモイカネ

 スクリーンに拡大された揚陸艇はまっすぐにナデシコを目指していました。アキトさんはしっかり操縦できているようです。

 「ひなぎくが収容可能範囲に達するまであと16秒です」

 私が見つめるスクリーンにはひなぎくの他にたくさんの同盟艦艇も映っています。これだけの戦力が別の宇宙に存在するなんて本当に驚きです。

 本当に別の宇宙?

 今のところその疑問に答えられる人は艦橋にはいません。ナデシコに起こった事、ここはどこなのか、自由惑星同盟と銀河帝国の情勢はどうなのか、艦長たちが戻ってくれば何らかの疑問が解けるはずです。

 「何がわかるんだろう?」

 不安と好奇心が複雑に入り混じります。決して正常じゃない事実というのはなんとなく想像がつきますけど……

 「ひなぎく、収容可能距離に到達しました。これから収容を開始します」

 私は声を出して伝えました。メインスクリーンには誘導ビームに乗ったひなぎくがどんどんナデシコに近づいていました。









W

 イネスさんとアキトさんは艦橋にちょっとだけ顔を出すと、すぐ医療室に向いました。ユキナさんに急かされたみたいです。イネスさんはあの子の健康状態を調べたいそうです。

 我らが艦長は、ジュンさんから指揮を引き継いで出発準備を整えますが、そこへウランフ提督から緊急通信がありました。

 通信ウインドウが開きました。敬礼するウランフ提督の姿が映ります。こう言ってはなんですが、私が今まで出会った軍人さんの誰よりも威厳があり本物の軍人にみえます。

 『やあ、戻ったばかりですまない。もしかして出発準備をしていたかな?』

 「ええ、ほぼ終わったところですが、何か問題でも?」

 艦長が尋ねるとウランフ提督はすまなそうな顔をしました。

 『ああ、申し訳ないのだがそのことで変更がある。当初は準備完了次第出発しようと考えていたんだが、隣のティアマト星系方面に艦影らしき反応があってね。念のため確認を取ってから出発しようと思う。大丈夫かね?』

 「私たちはかまいません。それで出発はどのくらいになりそうでか?」

 『そうだな、3時間くらいになると思う。状況がはっきりするまではうかつに動けないからね』

 絶えず周辺宙域で大規模な戦争している情勢のようですから、今この瞬間に銀河帝国の艦隊が現れても不思議じゃありません。私たちを襲った帝国軍の戦艦が応援を呼んだ可能性もあります。

 艦長も私と同じように考えたようでした。

 『うむ、その可能性もあるだろう。ユリカくんやテンカワくんには話したが、ティアアマト星系で大規模な戦闘が終結してから1ヶ月くらいしか経っていない。今回、我々がヴァンフリートに出向いたのもその関係なのだよ。帝国軍艦隊が周辺宙域にとどまっているという未確認情報を入手したからなのだ。結果的には誤情報だったが、君らを助けたからそうともいえんかな?』

 ものすごい幸運です。もし「誤情報」とやらがなかったら私たちはここには居なかったかもしれないからです。

 なんて言うのか、間違えてくれた人に感謝です。

 『ただ、今のところ有力なのはティアマト方面に設置している軍事情報衛星のトラブルの可能性が高い。もし故障しているならそのままにはしておけないので交換することになるだろうから、やや多めに時間をもらいたい。その間はユリカくんの方でクルーに休憩を取らせるなり自由に指示してもらえばOKだ』

 「承知いたしました。では出発までの時間はこちらで自由に消化させていただきます」

 『そうしてほしい。こちらの用件が済み次第、ナデシコに連絡を入れる。二度手間を取らせて申し訳ない』

 ウランフ提督は軽くですが頭を下げました。この低姿勢と丁寧さにみんなは逆に背筋を伸ばしてます。

 なぜって、ナデシコは地球連合軍からあまりいい扱いを受けなかったからです。民間が作った戦艦がでしゃばるなって言うんでしょうか。ナデシコの性能を無視できなっかたわりには悪い処遇でした。だからウランフさんの丁寧な対応にみんな感激してしまっているんです。

 『では後ほど会おう。失礼した』

 ウランフ提督は見事な敬礼をして通信を閉じました。思わずみんながまじめに返礼してしまいます。プロスさんも例外じゃありませんでした。私が視線を向けると恥ずかしそうに咳払いです。

 「おほん…なんというか我々は実に幸運でしたな。もし相手がウランフ提督でなかったなら、こうもスムーズに物事が進展しなかったでしょう。軍隊に対しては私もあまりよい印象を抱いているわけではありませんが、良き将と呼ばれる方は必ず存在するようですね」

 プロスさんの意見にみなさん頷きました。味方に評価されるよりも敵や第三者に評価されるってやつです。

 ウランフ提督はもちろん「敵」ではありませんが、身内のはずの連合宇宙軍にではなく、別の宇宙?の軍人さんに礼儀正しくされるのってやっぱり苦笑も多少はあります。

 「ねえ、ユリカ、出発までどうする?」

 ジュンさんが尋ねます。時間はちょうど艦内時計時間で19時を回ったところです。

 「うーん、そうだなぁ……時間も時間だし会見の報告は明日にして休みましょう」

 艦長は3秒間くらい悩んでからそう決めました。

 「急ぐことでもありませんし、今日はみなさん疲れていると思いますから報告は明日にしましょう」

 みんな賛成したので、ナデシコは1時間ずつ二交代で休憩をとることになりました。

 私は艦長やリョーコさんたちパイロットのみんなと食堂に向いました。アキトさんはラピスにずっとかまっているらしく一緒に食事できないようです。

 「今日は何を食べようかなぁ……すっごくおなか空いちゃった、ルンルン」

 艦長、鼻歌交じりに陽気です。天然の姿を見ていると不安なんて杞憂って気がします。後方に続くリョーコさんたちもいつもの通りです。イズミさんの寒すぎる駄洒落に切れてました。

 食堂は私たちが一番乗りでした。なんかいいにおいがします。

 「ホウメイさーん!!」

 艦長の馬鹿でかい声が食堂に響きました。いきなり大声出すから耳が痛いです。

 「おや? 戻ってきたのかい。その様子だと会見はうまくいったようだね」

 ナデシコ食堂を切り盛りする料理長のホウメイさんが厨房の影から温和な顔をだしました。艦長はすかさず笑顔でVサインをかまします。

 「ええ、もうばっちりでした。向こうの司令官さんもよい人だったんでスムーズに話ができました。でも緊張しちゃったし、おなかぺこぺこだし、みんなに報告するのは明日にして食堂に来ちゃいました」

 「そいつは正解だよ。まずはゆっくり体と頭を休めたほうがいいね。細かいことは明日で十分だよ」

 屈託なく笑うホウメイさんは、なんと昔の海軍の伝統にならって特別製のカレーを作ってくれたみたいです。サラダ付に加え、カツのトッピングもあるスペシャル版です。

 「はいはいはーい! わたしそれにしまーす!」

 艦長、元気よく即答です。ルンルン気分で一番に配膳口に並びました。リョーコさんたちも美味しいにおいと宣伝につられてすぐ列に加わりました。

 なぜか私も艦長の後ろに並ばされてます。

 ま、いいか。

 そうこうしているうちに食堂に人が集まりだしました。みなさん、特製カレーのことを聞いてわれ先状態です。

 「こらこら、ちゃんと並んだ並んだ。順番を守らないヤツには食わせないよ」

 ホウメイさんがフライパンをオタマで叩きながら皆さんを並ばせます。そういうところさすがです。

 特製カレーの初回分はあっというまに完売してしまいました。直前で終了を告げられたアカツキさん、ちょっと気の毒でした。

 「うわぁー、すっごくおいしそう」

 大盛に盛られた特製カツカレーに艦長はご満悦です。リョーコさんたちの分もけっこうな量です。なんかみんな育ち盛り?

 私の目の前にも控えめにお皿に盛られた特製カレーがあります。さすがに後は寝るだけなのでカツは遠慮しました。

 「それじゃあ、今日はみなさん本当にお疲れ様でした。会見の報告は明日にしますので、鋭気を養って疲れをとってくださいね」

 自然と艦長が音頭をとって夕食が始まりました。みんな一斉にカレーをほおばります。

 「うーん、最高! 生きててよかった」

 「こいつはうまいぜ!」

 「すっごい美味しい! さすがホウメイさん」

 「口に中に広がる甘さと辛さが絶妙ですね」

 「このカレーは豪華でかれいな美味しさ……うふふふふふ」

 みんな揃って絶賛でした。特製カレーにありつけた他のクルーさんも絶賛です。

 少し離れた席では実に残念そうに様子を窺うアカツキさんの姿が笑いを誘います。

 私も一口運びます。野菜の甘さとルーのまろやかさが順々にやさしく口の中に広がっていくのがわかりました。

 反応を窺っていたホウメイさんが私に話かけてきました。

 「どうだい、ルリちゃん?」

 「はい、とても美味しいです」

 即答です。お世辞とかじゃなくて本当に美味しいですから。

 以前の私なら「料理」なんか好んで口にすることはなかったと思います。ナデシコには自販機がたくさんあってハンバーガーだって売ってます。昔と違って栄養学的に計算され、基本的な栄養素をまとめて摂取できるきわめて効率的な逸品です。

 私は、人間開発センターにいた頃からジャンクフードが主食になってました。だから「家庭料理」なんか食べたことはありませんでした。

 だってバランスよく栄養を摂取できるなら「ハンバーガー」で十分って思ってましたし、実際に育ってますし、単に好きってことはあると思いますけど。

 だからアキトさんが私の食事を見て「料理を作ってあげる」と言ってきたときは正直ありがた迷惑でした。

 アキトさんの言う「家庭料理」とか「温かい味」とかよくわかりませんでしたし、いつの間にか私はアキトさんの作る新作料理を試食する羽目に……

 でも、ありがた迷惑が「楽しみ」に変化したのはいつ頃からだろう? アキトさんの作る料理に何かを感じ始めたのはいつ頃からだろうか?

 料理に込められた想い。

 美味しく食べてほしい、元気になってほしい、健康でいてほしい、安らいでほしい……
誰かが誰かの幸せのために料理を作ること──

 ──一生懸命想いを込めて、みんなと一緒にその想いを共有できるように。

 少しずつですが、私もアキトさんの言う「温かさ」がわかってきました。料理を囲んでの団欒の大切さもナデシコで学んだことです。料理に舌鼓をうちつつ、誰かが誰かの隣で一緒に会話が弾む。

 アキトさんが言いたかったことは「心の温かさ」だったんだと気づきました。ホウメイさんのカレーもみんなを「元気にしたい温かい味」で溢れていましたから。

 私はますます誰かの「料理」が好きになりそうです。

 でも、ジャンクフードもやめられませんけど。






 ……TO BE CONTINUED

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 あとがき

 空乃涼です。なんとも間が空きましてすみません(汗

 リアル事情が重なって大幅な執筆の遅れになりました(謝)

 さてさて、タイトルの通り、ルリ視点の外伝です。出発は第10艦隊に助けられた直後からです。本編と重なる部分もありますが、本編ですっ飛ばした場面とかを含めてルリちゃんに語っていただきます。

 今話は、まだすっとばした場面の描写は少ないかな?

 それから、今回の外伝の挿絵は複数の絵師さんに依頼しました。まずはシルフェニアでもおなじみで繊細で丁寧な彩色がすばらしい、ふじ丸さん作です。今回、ミナトさんを描くのははじめてという意外な事実がわかりましたが、初めてとは思えないくらいしっかりと「ミナト」さんを描いています。なんというのか、ミナトさんのミニスカからのびる太ももが最高!

 ニーソ付です。

 今回は、ハーミット・パープル基地に到着するまでの数日間をルリ視点で追います。小説版や原作アニメの一部においてルリ視点の手法が用いられていましたが、まあ、それです。

 宇宙暦795年、標準暦10月1日〜10月4日までの4日間を数話に分けて掲載予定です。

 にしても、一日分でこの長さ(汗) しかも一日分の話が一回で終わらんし……

 もっとつめるべきだったか?

 まあ、初日だけはけっこう書くことが多いので、個人的に仕方ないかなって感じはあるのですが。なるべくまとめの方向でおります。

 今の所、外伝の予定は、航宙日誌も含めて4話か5話を予定しています。

 基地での事件は、第二部が始まってからになりそうです?

 今回の外伝に関してもご意見、ご感想をいただければと思います。


 2010年4月5日 ──涼──

 誤字と脱字を修正しました。一部追記あり。

 2011年5月30日 ──涼──



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