闇が深くなる夜明けの前に
<外伝>


機動戦艦ナデシコ×銀河英雄伝説






『ルリの航宙日誌』
(其の六)

挿絵 近衛刀さん







T

 「2時間だ、2時間! 2時間だけ時間をくれっ!」

 ──艦内時間15時22分──

 ウルバタケさんからの緊急報告が終わると、艦長はみんなに言いました。

 「というわけでナデシコはしばらくお休みです。時間がありますので、当直の方も次の指示があるまでしばらく休憩していいですよ」

 すると、ほとんど艦橋に用のないパイロットのみんなは早々に退出しようとします。

 「よーし、ちょっと格納庫にでも行ってくるか」

 「変なところでストップだねぇ……」

 「復旧できるんでしょうか?」

 「故障を振るとくしゃみがでるよね……それって胡椒……ククククク……」

 そんな中には久しぶりに顔をだしたアキトさんの姿がありました。

 艦長はアキトさんを呼びとめます。

 「ねえ、もしかしてラピスちゃんのところに戻るの?」

 「うん、せっかくだから少しラピスを外に連れ出してみようと思う。ずっと部屋に閉じこもっているのは彼女のためにもよくなしね。みんなと触れ合えばきっと明るくなると思うんだ」

 それから2、3のやりとりののち、アキトさんは笑顔を残して艦橋をあとにしました。

 「艦長、艦長はアキトさんと一緒に行かないんですか?」

 私が訪ねると、艦長はちょっとだけ行きたそうなそぶりをしました。

 「うーん、私はブリッジを離れるわけにはいかないから……」

 確かに。命に関わるような事態が発生したわけではありませんが、エンジンの故障です。艦長はいつでも対応が出来るよう、安易に離れるわけにはいきません。

 「オレ、ラピスの親代わりを引き受けることにしたよ」

 少し前、艦橋に顔をだしたアキトさんが真っ先に艦長に伝えました。自分が助けた「少女」を責任をもって育てることを決意したようでした。

 艦長はというと、アキトさんの言葉に頷いただけでした。

 たったそれだけだけど、アキトさんは艦長の気持をすぐに理解したみたいです。とびきりの笑顔で応じていました。絆ってそういうものですよね?


 アキトさんが去ったあと、入れ替わりにプロスペクターさんから艦長宛に通信がありました。

 「──こうなりますと18時のなぜなにはできませんねぇ……どうしたものか……」

 右舷のエンジンが全部停止しちゃってナデシコは停船中です。ウリバタケさんたち整備班の方たちがエンジンを修理中ですが、時間内に復旧できるかは怪しいところです。

 「とりあえずに2時間後にどうなるか見極めてからにいたしましょう。放送そのものは時間をずらして放送するということで、こちらで調整いたします」

 ……やっぱりやるんだ。

 「そうですか。ではルリちゃんを休憩させてあげてもいいでしょうか?」

 「そうですなぁ、現状はストップ状態ですし、艦長のご判断にお任せいたしますよ」

 「わかりました。では予定が決まりましたら連絡ください」

 やりとりが終わり、プロスペクターさんの通信ウインドウが閉じられました。

 「ルリちゃん、というわけだからルリちゃんも自由に休憩していいよ」

 艦長は私に視線を向けるなり言いました。

 「私はさっき休みましたから大丈夫です」

 本当のことなので特に我慢とかしていません。なぜか艦長は鼻の頭をポリポリかいてます?

 「うん、そうなんだけど……実は私の代わりにアキトとラピスちゃんの様子を見に行ってほしいんだよね──変な意味じゃないよ! お願いできるかなぁ……」

 なるほど、そう来ましたか。

 私はすまし顔で言いました。

 「それって依頼ですか? それとも艦長命令ですか?」

 ちょっと私いじわるだったかも。艦長は目をぱちくりさせて口元をほころばせました。

 「もちろん、どっちもだよ」

 私の負けみたいです。私はナデシコのシステムを待機状態にすると、艦長に頭を下げて艦橋をあとにしました。







U

 ──どうしてこうなったんだろう?

 途中でラピスを連れ出したアキトさんとばったり会って、なし崩し的に同行する羽目になって──

 まさか遊戯場で熱―く卓球することになるなんて……

 同行することになった当初、アキトさんはラピスを連れ出したものの、どうしようかと迷っていました。私も「お姉ちゃん」とか言われてかなり戸惑いましたけど……

 そこへリョーコさんたちが現れて遊戯場に行こうとなったわけで……

 ラピスは、いきなり大勢の人たちに囲まれてアキトさんの後ろに隠れてしまいましたが、リョーコさんたちの問答無用なスキンシップにあてられたのか次第に自分から行動するようになりました。

 「あちゃー、また負けちまったぜ」

 リョーコさん、CPゲームでラピスに3連続負けです。

 他のみんなも全く勝つことができません。アキトさんなんか勝負になっていないって感じでしたし……

 8歳だからってラピスは私と同じで英才教育をうけてIFS強化体質なんですから、CPゲームくらい朝飯前です。

 「ねえねえ、ルリちゃん。今度こそルリちゃんも参戦してよ」

 完敗中のアキトさんが助けを求めてきました。同じようにパイロット組みも子犬のような視線を向けて私に参戦を促します。

 「……と言われてもなぁ」

 IFS強化体質同士でCPゲームの勝負やっても、もしかしたら永遠に勝負が付かないかもしれません。私は「お姉さん」らしく負けてあげようと思いますが、ラピスに世の中の厳しさを教える上では適切ではないと感じるし──かと言って勝つのもどうかと思うし……

 「あっ!」

 私はふと視界に映った懐かしいアナログゲームにピンときました。

 「もし勝負するならどちらもやったことがない競技がいいと思います」

 私は卓球台を指さしました。これならどちらも経験がなく、より対等ですし、勝っても負けても「あの子」のプライドを傷つけることにはならないはずです。

 もちろん私も。たぶん……

 「へえー、卓球ねぇ……ラピスはどうする?」

 アキトさんの問いかけに、あの子はこくりと頷きました。自分から提案していてなんですが、もしあの子が拒否していたら私はどうするつもりだったんだろう?

 ラピスは、CPゲームに飽きていたのか研究所にもなかったはずの卓球に興味津々でした。

 ですが、よく考えたらラケットの扱いや方やルールもろくに知らなかったので、一通りアキトさんやヒカルさんたちに教わります。
 
 「あっ、ルリちゃん、シェークハンドの持ち方はそうじゃないよ」

 「えっ? 親指と人差し指の間じゃないんですか?」

 「それはペンホルダーの場合だね」

 そんなレベルです。ラケットだけで種類が四つもあるとは知りませんでした。

 国際ルールに従って試合が始まりました。最初はCPゲームのように思い通りにならずに困惑していた「ラピス」でしたが、けっこう負けず嫌いなのか次第に熱を帯びた表情になり、いつの間にか必死になってボールを追いかけていました。


 なんか私も同じ状態に……えーと、マジです。

 きっと思うようにならないからこそ集中できたんだろうなぁ……

 「熱血」という意味がわかった気がしました。


 それからどういうわけかアキトさんやリョーコさんたちが参戦して乱戦状態になり、私とラピスの勝負は自然消滅してしまいました。

 途中、小休憩に遊戯場を訪れた整備班の方たちが数人加わり、ピンポンレベルが手に汗握る本格的なトーナメント戦状態になってしまいました。ラピスは思うようにいかないなりにピンポン玉をこれでもかというくらい必死に追いかけ、その表情は確実に変化していきました。

 艦長から連絡が入ったのはそんな最中の17時40分過ぎでした。

 「あ……艦長…スミマ……セン……」

 途切れ途切れなのは息切れしていたからです。私は体力派ではなく、あくまでもか弱い11歳の美少女オペレーターですから──なんていうのかはしゃぎすぎました。

 私らしくないですが、不思議と心地いい感じです。

 ラピスもアキトさんの願い通りみんなと打ち解けたみたいだし、これからは部屋に引きこもることもないと思います。今は疲れてアキトさんの膝を枕にして寝ちゃってますけど……

 「ごめんなさい、艦長。様子見て来るって引き受けておいて……」

 「ううん、いいのいいの。だってラピスちゃんと遊んでくれていたんでしょ。アキトから聞いてるよ」

 いつの間にか連絡を入れてくれていたようです。全然気づかなかったけど、もしかしたら私が卓球していた時かな?

 「それで艦長、ご用件は?」

 「うんとね、実はね……」

 どうやら右舷相転移エンジン復旧の目処が立たず、アキヅキに牽引してもらうことになったとのことでした。

 「うん。でね、ムネタケ少佐があらためて到着時間を算定したんだけど、当初の予定よりだいぶ遅れて日付が変わるころになりそうなんだよね」

 「そうですか……」

 ま、遅くても早くてもどっちも変わらないけど。

 「でね、なぜなになんだけど時間ずらしてやるって……」

 語尾のトーンが下がった理由、わかる気がします。

 今後の予定ですが、一旦艦橋に戻って一通りシステムの点検を終え、アキヅキに牽引をしてもらったらミーティングルームに集合ということでした。

 本来なら2回目以降の放送は基地入港後の予定でしたが、どうせなら入港前に済ませてしまおうってことになったみたい。プロスペクターさん別に張り切らなくてもいいのに……

 その放送予定時刻は20時でした。わりと時間に余裕がありませんが、大丈夫かな?

 「──というわけなんだ。ルリちゃん、あとついでで申し訳ないんだけど、そこにいるみんなに各持ち場に戻るよう伝えてくれるかな。特に牽引作業でエステバリスが必要になると思うんだよね」

 「はい、みんなに伝えます」

 「うん、よろしくね」

 通信が切れました。

 私が卓球台に向って振り返ると、まだまだ白熱した空気が暑苦しく立ち昇っていました。







V

 20:00になってしまいました。

 「新・なぜなにナデシコ同盟編」第2回放送開始です。

 前回は同盟の成り立ちからその中期までのお話でした。今回は同盟と帝国が初めて邂逅(かいこう)した宇宙暦640年からの放送です。

 私は相変わらず講師役のスーツです。艦長もメイドさんですが、頭に可愛いリボンが二つ追加され、ツインテール髪になってます。ゴートさんは顔が真っ赤です。このむっつりめ!

 「──というわけで、共和主義者の人々の生存を知った銀河帝国は大規模な討伐部隊を編成して同盟領に送り込み、完膚なきまでに叩きのめされてしまいます」

 私が解説したのは、同盟軍と帝国軍が最初に大きな矛を交えた「ダゴン星域の会戦」でした。帝国軍の艦艇数は52,600隻。同盟軍はおよそ半数の26,000隻でした。

 数は力です。本来なら倍の戦力を有する帝国軍が勝ってもよさそうですが、銀河帝国の皇帝はろくに用兵も知らない皇太子を総司令官に任命し、総司令部さえも貴族の社交場と変えてしまった帝国軍は迷走の末、同盟軍に包囲殲滅されてしまったのです。

 この戦いを別名で「ダゴンの殲滅戦」とも言いました。

 「──その大勝利の立役者こそ、総司令官であるリン・パオ提督と総参謀長であるユースフ・トパロウルさんです」

 まず総司令官を務めたリン・パオ提督の資料映像とデーターがスクリーンに表示されます。なんていうのか軍人というよりは“夜の人”って感じです。たとえるならアカツキさんを斜めに修正したっていうのかな?

 実際、この人はかなりの女性好きで愛人が常時何人もいたみたい。

 有名な逸話だと惑星ミルプルカスにあった通信基地に赴任中、リン・パオさんはそこに勤務する14名の女性兵士のうち12名と関係をもち──それもうち3名は人妻だったとか……

 ──というあまり健全じゃないデーターも表示されてました。このデーターの意味ってなんだろ? 「英雄色を好む」とでも言いたかったんでしょうか?

 ですが私生活の節操のなさとは裏腹に軍事面は優秀で30代で中将になってます。それまで帝国軍との戦闘が無かったことを考えればずい分な出世です。

 もう一人は総参謀長となったユースフ・トパロウルさんです。彼のデーターが表示されました。容姿はまあまあかな? 悪くないという印象を受けますが、堅物で気難しいという性格が顔に表れているといえばそう見えます。

 「なんかいかにも対照的な二人だよね」

 艦長のさりげない呟きが笑いを誘います。

 「そんなトパロウルさんには“ぼやきのユースフ”という異名がありました」

 実は「ぼやき」というより毒舌と不平の応酬だったようですが……

 兎にも角にも、二人とも才能抜群だけど人間的には問題が山積みでした。

 面白いのは、二人が組むことになったときは異口同音に

 「ごめんこうむるね」

 ──と言ったとか。

 ある意味水と油のコンビですが、彼らは見事に役割を果し、同盟軍の英雄となりました。

 「もしかしたら一番の功労者は問題児二人を抜擢した当時の元首さんかもしれませんね」

 なんか自然とコメントが出ました。台本外ですがプロスペクターさんが「ナイスです」とばかりに手を叩いていました。

 次に艦長がボードを持ってスクリーンの前に立ちます。

 「それではここまでのキーワードを整理します。『ダゴン星域会戦』『リン・パオ提督』『ユースフ・トパロウル提督ことぼやきのユースフ』です!」

 艦長、意外にテンション高めです。カメラに向って手とか振っているし。

 もしかしたら開き直っただけかもしれませんが、これもみんなのためです?

 艦長の出番が終わると今度は私です。スクリーンに映る資料が切り替わり、将兵さんたちが祝杯をあげる映像になりました。

 「──このダゴンの殲滅戦によって帝国軍は人的損害著しく、しばらくは対外戦争をすることが無かったそうです」

 しかし、この敗北が帝国で広まると、同盟の存在を知った帝国では同盟に亡命する人たちも多くなりました。

 「帝国からの人的な流入によって同盟は人口を増加させますが、亡命者の中には政争に敗れた貴族階級も多く、それが原因で同盟の基本理念が失われていくきっかけになってしまいます」

 諸刃の剣っていうやつかも。まさか精神的な質の低下を招くだなんて、なんとも皮肉ですよねぇ……

 「ダゴン星域会戦で大勝利を収めた同盟ですが、もちろん帝国に逆侵攻する余裕などなく、以後も防衛戦争になります」

 いわゆる慢性的な戦争の始まりってやつです。どちらも決定力を欠く状態が続いていくわけで……

 「そんな中で起こった大きな会戦がありました。今からおよそ半世紀前にティアマト星域で両勢力が激突した第2次ティアマト会戦です」

 私は前置きし、そして資料映像が端正な顔だちで長身、役者のような人物に切り替わりました。そう、この男性こそ第2次ティアマト会戦で同盟軍を指揮したブルース・アッシュビー提督です。

 「へぇー、なんか凛々しくて自信に(あふ)れた顔しているよね」

 「ええ、この人は士官学校を主席で卒業しており、天才との呼び声も高かったそうです」

 「あー、主席卒業なら私と同じだね」

 「そうです」

 天才って言うのもたぶん艦長と同じかもしれませんが、艦長はさすがに自重したようです。

 艦長は台本どおり「それで、それで?」と次の説明を催促します。

 「第2次ティアマト会戦時、アッシュビー提督は35歳の若さで大将の階級にあり、宇宙艦隊司令長官の座にありました」

 「へー、35歳なのに大将って凄いよね。私のお父様だって中将になったのは38歳を過ぎてからだしなぁ……」

 「それだけアッシュビー提督の実績と才能は群を抜いていたわけです。特に少ない情報から戦機を計ることが比類なかったとか。帝国軍も彼を大いに意識していたそうですよ」

 「戦機かぁ……たしかに難しいよね。わたしなんか何度逃してみんなに迷惑かけたかわかんないよ……」

 台本外です。艦長が珍しく過去を反省しました。そんなふうに思っていたなんて、やっぱり艦長も「悩める人」っていうことですね?

 そのブルース・アッシュビー提督麾下の同盟軍の提督たちは、ほとんど士官学校時代の同期で固められていました。

 「彼ら全員が宇宙暦730年の卒業生だったので「730年マフィア」と呼ばれていました」

 なんとも極悪そうな呼称ですが、この場合は「マフィアのような結束力があった」という意味だそうです。アッシュビー提督を快く思わない人たちからは皮肉みたいな使われ方をしたようですが……

 「ここは重要ですから、みんなしっかり憶えておくのよ」

 プロスペクターさんの演出に沿ったセリフ(棒読み)をカメラに向って言います。ちょっと恥ずかしそうな口調になったのは前回の反応を食堂で聞いたからかもしれません。

 あと、当然かもしれませんが、

 「──アッシュビー提督とともに730年マフィアを彩った同期の提督たちもみんな個性派揃いでした」

 精悍で鋭敏で直線的なフレデリック・ジャスパー提督。彼には勝勝敗勝勝敗というジンクスがあったそうで、敗北の順番にあたると麾下の将兵達は舌打ちして遺書をしたためたとか。

 あまり笑えません……

 「男爵」という異名を持ち、何をやっても一流の寸前までいけたウォリス・ウォーリック提督。

 名前からして大酒のみのように思えて実際は極度のアルコールアレルギーだったジョン・ドリンカー・コープ提督。

 容姿は勇猛だけど日常は熱帯魚を愛でる優しい気質の持ち主だったヴィットリオ・ディ・ベルティーニ提督。

 気難しく堅苦しい性格ながら、その性格をうかがわせる周密な計算と完璧な準備に基づく堅実な用兵家ファン・チューリン提督。

 指揮官としての能力は水準より少し上ながら、優れた調整・組織運営能力と課題処理能力で個性のひしめき合うアッシュビー提督の司令部を統一的に運営したアルフレッド・ローザス総参謀長。

 「うわぁ、なんか一番普通そうなローザスさんが一癖もふたクセもある人たちの仲介役を果していたっていうのが不思議だよね」

 艦長が肩をすくめながらコメントします。冗談というよりは自分自身と照らし合わせて本気の発言だったんじゃないかと。

 それこそ730年マフィア並みに?個性の集合体であるナデシコのクルーみんなを纏め上げるのは並大抵の神経では無理なはずです。

 それが可能だったのは艦長のおき楽な性格はもとより、ローザスさんと似たような一歩下がって全体を見渡すことのできるプロスペクターさんが存在するからだったわけで──

 調整役の人って地味だけど非常に重要な立ち位置だってわかります。

 「そんな彼らが挑んだ戦いが宇宙暦745年、帝国暦436年12月上旬に発生した第2次ティアマト会戦でした」

 「このメンバーで世紀の会戦かぁ、どんな戦いだったんだろうね」

 メイド姿の艦長は楽しそうにコメントします。実際に戦争をしたわけではない私たちや後世の人たちからすると、アッシュビー提督の伝説の一つである会戦は単純に知的好奇心と躍動感を刺激するのに十分なのかもしれません。

 それがたとえ多くの血を流した結末だとしても、私たちは歴史的事実を映像や資料としか捉えないわけで……

 「戦いの経過がすごく気になるよね」

 艦長はやっぱり軍人の子だなぁ、って感じたコメントでした。本人は気づいているのかどうかわかりませんが、私たちの時代のはるか規模をゆく戦いの帰趨(きすう)に無意識に熱くなっているようでした。






W

 私は軽く息を整え、会戦の概要を説明します。スクリーンには同盟軍と帝国軍の戦力データーならびに両軍の布陣が表示されます。

 「同盟軍の戦力は48,000隻、将兵363万人。帝国軍の戦力はおよそ56,000隻、将兵650万人でした」

 「うへぇー、150年も前からとっくに数万隻規模の戦いが続いていたんだよね。100年後のティアマト会戦も両軍合わせて10万隻規模の会戦って、つくづく宇宙は広くなったよね」

 艦長のコメントに皮肉が混じっているように聞こえるのはたぶん気のせいではありません。人類は飛躍を遂げました。宇宙艦隊も信じられない規模まで強大化しました。

 ですが規模が大きくなる分、死んじゃう人も多くなるわけで……

 資料映像が切り替わりました。旗艦ハードラックの艦橋で総指揮を執るアッシュビー提督の凛々しい横顔が映ってます。

 「第2次ティアマト会戦の特徴は、帝国軍の基本戦術を見破っていたアッシュビー提督の構想どおりに進行するかたちになります」

 つまり、帝国軍は戦力を二分し、一方の繞回(ぎょうかい)運動によって同盟軍の後背を突くという作戦でした。

 「さすが天才っていうだけあるよね。アッシュビー提督はどうやってそうだと考えたんだろうね?」

 「ええ、それが謎といえば謎なんですが、この会戦において、このときどういうわけかアッシュビー提督はいつにもまして高圧的な態度で麾下の提督たちに接しました」

 「どうしたんだろうね? 何があったのかな?」

 艦長は不思議そうに顎に手を当てて考え込むしぐさをします。なんかカメラの横に立っているゴートさんの顔が赤いですけど……また萌えてるのかな?

 私は説明を続けます。

 「これはローザス退役大将の証言ですが、アッシュビー提督は麾下の提督たちに帝国軍の作戦を看破していることを説明せず、自分の指示通りに動けばいいとだけ言っていたそうです」

 そのために各艦隊司令官さんは不安や不満を募らせ、それはやがて総司令官と艦隊司令官の対立を生じさせ、少なからず戦線の混乱を生じさせることになりました。

 「最終的にアッシュビー提督が作りあげた芸術的なまでの戦術構想によって同盟軍は帝国軍を挟撃し、大勝利しました──」

 次の映像に切り替わりました。たぶん、放送を見ているみんなはどうしてそうなったのか首をかしげているに違いありません。

 それは血だらけの状態でローザス提督に半身を起こされているアッシュビー提督の映像だったからです。

 「──ですがアッシュビー提督は旗艦に流れ弾が当たったときに致命傷を負い、ハードラックの艦橋で亡くなりました」

 おそらく同盟軍の誰もがまさかの英雄の最期に言葉を失ったに違いありません。芸術的なまでの用兵によって大勝利を収めた偉大な将帥が戦いに勝って戦死してしまうだなんて想像外だったはずです。退役後は政界を目指していたというアッシュビー提督本人が一番意外と感じたんじゃないかと思います。

 ですが、歴史上にまったく前例が無かったわけではありません。むしろ数多く英雄の思わぬ死は存在します。勝ち続けて勝ち続けて、最後にたった一度だけ負けた戦いで命を落とした英雄だっています。

 これが戦争と英雄のリアルな歴史っていうものでしょうか?

 艦長の表情もどこか神妙そうでした。遠い遠い未来で繰り広げられた戦争絵巻に強く心を揺さぶられたように映ります。

 「じゃあ、後半のキーワードです──」

 こうして「第2回・新なぜなにナデシコ同盟編」は無事に終了しました。

 帝国軍との接触から100年余りを追ってきましたが、人が積み重ねる歴史って本当に複雑で残酷で愚かで深く胸を打ちます。

 「私たちが辿った歴史はどうだろう?」

 プロスペクターさんたちと「お疲れ様でした」と声を掛け合う中で、私はふと思いを馳せました。私たちが戦った一年以上に及ぶ戦争は後世の人たちにどう記憶され、どう記録されたんだろう?

 演算ユニットが失われたことで、地球側と木連側は和解することができたんだろうか?

 そして私たちはリン・パオ提督やブルース・アッシュビー提督のように全力で駆け抜けて歴史の一ページたりえたんでしょうか?

 いろいろと知りたいことが出てきました。艦長もきっと私と同じ気持です。横顔がそう語っていましたから……




◆◆◆

 私と艦長は着替えを済ませると、まず食堂に直行しました。朝は朝食なしで打ち合わせに走り、昼はあのバカ騒ぎでまともに昼食が摂れませんでしたからお腹ペコペコです。

 今日は、アキトさんが食堂に復帰していますし、「好きなものを作ってあげるよ」と約束してくれたので私も艦長も自然と足が軽やかです。

 「ふう、とりあえず3回目は基地に入港後に落ち着いてからだってさ」

 「ということは明日の朝以降ですよね?」

 「うん、そうだと思う。3回目は第2次ティアマト会戦後の同盟さんの国内事情から去年あったヴァンフリート会戦までだって」

 「ウランフ提督が教えてくれた戦いですね」

 「そうだね」

 私たちはすっかり「アレ」を忘れたまま食堂に足を踏み入れました。

 何があったか、いちいち記述する必要ないと思いません?



 ──10月5日、艦内時間0時12分──

 「どうかご壮健でいてください。いずれハイネセンなりで再会できることを心より願っています」

 私たちを基地まで案内してくれた「アキヅキ」とお別れになりました。ムネタケ少佐が言うには、全乗員はやく帰還して家族や恋人に会いたいんだとか。わかります、その気持。

 「全乗員、アキヅキに向って敬礼!」

 艦長の号令が艦橋に響き、私たちは一斉に起立してアキヅキをしばらく見送りました。

 「ふう、ようやく基地に到着ね。到着したらさっさとシャワーを浴びて寝てしまいたいわね」

 「ミナトさんの意見に賛成です。私も明日のことはいいからベッドに倒れこみたいです」

 「まあ、みなさんよくがんばりましたね」

 「うむ」

 「そら、ラピス。あれがハーミット・パープル基地だよ」

 「岩だらけ?」

 「なんか基地内部も興味がわくよね」

 「会長、いきなり探索するとか勘弁してくださいね」

 「あー、ようやく到着かぁ……」

 「小惑星の基地が大規模なロボットだったらって考えすぎか?」

 「Zzzzz……」

 「おーいヒカル、勝手に人によっかかってねるな!」
 
 「あれ? イズミさんの姿が見えませんけど……」

 「彼女なら部屋じゃないかしら? お祝いに歌うからウクレレ持ってくるって言ってたわよ」

 「みなさん、あと少しですから気を抜かないでくださいね」

 ナデシコはすっかり安堵モードに突入しつつあります。とりあえず、なんとか基地に到着することができました。入港表示であるレーザー誘導の上をゆっくり、ゆっくりとナデシコはドックに向って進んで行きます。

 ブリッジからは、はるか未来で私たちがお世話になる小惑星を基にしたハーミット・パープル基地が肉眼で確認できます。それは徐々に近づき、大きくなっていきました。

 それぞれがいろんなことを心に秘めていると思います。私たちの旅はまだ終わらずに続いていること。はるか未来で100年以上も続いている戦争に巻き込まれるかもしれないこと。これからの生活はどうなってしまうのかetc……

 特に問題は、私たちは元の時代に戻ることができるのか……

 悠久の世界は何も答えてはくれません。ですが異分子を見捨てることもしませんでした。

 正直、大きな不安はあります。

 でもきっと卑屈(ひくつ)にならず、前向きに進んでいける気がします。

 だって、みんなと一緒ですから。



 ──『ルリの航宙日誌』(其の六)終わり──

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 あとがき

 全6話の外伝も一旦お終いです。ルリ視点で追った銀英伝世界での出来事でしたが、いかがだったでしょうか? もっと書き込んでもよかったかなと思わないでもないですが、まあ、腹八分がよいでしょう?

 今後も外伝はルリ視点で行くかどうかは微妙です。第三者視点のほうがいい場合とかありますからw 

 第2部が終われば、たぶん外伝は『ルリの○ゼルローン日記』になるのかも?

 今回も挿絵は引き続き近衛刀さんです。
 なんというのか、「ルリVSラピス」の卓球対決は最高の仕上がりだと思います!

 
 外伝のご意見、ご感想もお待ちしています。

 2010年6月24日 ──涼──

 誤字脱字と一部文章を修正しました
 2011年6月2日 ──涼──


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 メッセージ返信コーナー

 ここはWEB拍手からいただいたメッセージの返信コーナーです。


 2010年06月11日6:17:5 サバチャン

GJ!
いつも楽しく読ませていただいています。

挿絵も小説の内容にぴったりでいい感じですね!

期待してます^^


>>>ありがとうございます。今回で一旦外伝は終了です。全6話のルリの日誌形式の外伝でしたが、本編以上にたいへんでした。キャラを把握するのって難しいな、と思った次第です。

挿絵は絵師さんのご協力を仰ぐことができ、作者が描くより内容もレベルも申し分なく、安心できますw

今回は第二部の開幕編も投稿していますので、あわせてご意見、ご感想をお待ちしています。また、ユリカの異名も投票受付中です。


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