「俺達の仲はそんなものだったのかよっ!?」
				 マッハ・ウインディの叫びがマグナム・エースの記憶回路で響いている。
				
				
				
				
Verity
				
				
				
				 突然のマグナム・エースの退団の申し出にシルバー・キャッスルは困惑していた。
				 ラフプレーが主流を占めるアイアン・リーグ界において正々堂々のプレーという言わば異端の旗印を貫き、またそれ故にサッカーリーグ一の弱小チームと言われていたシルバー・キャッスルであったが、今期は違った。
				 マグナム・エース、マッハ・ウインディをはじめとした優れたアイアン・リーガー達の加入により快進撃を続け、後期リーグ優勝、そして遂には誰にも予想しえなかった総合優勝さえも成し遂げたのだった。
				 今や、マグナムはシルバー・キャッスルのリーダーとしてなければならない存在だった。絶大な信頼感。誰もが彼を必要とし、そして彼もそれに応えていた。
				 そんなマグナムが、退団を申し出たのだ。
				 ワールドツアーを控えたこの大切な時期に、無責任に訳もなくそんなことを言い出す彼ではない。それでも敢えて言ったということは、余程の事情があるはずだ。聞けば誰もが納得せざるを得ない事情が。
				 誰もがそれを尋ねた。
				 だがマグナムは一言も答えずに全く感情の読み取れない瞳で皆を見つめ、そして背を向けた。そんなマグナムにマッハ・ウインディが押さえきれないように叫んだ。
				 それは、シルバー・キャッスル全員の叫びでもあった。
				 陽が沈みかけていた。マグナム・エースは練習場の近くの堤防に腰掛け、ぼんやりと海を見ていた。あの後、入れ代わり立ち代り訳を聞き出そうとする中間達を避ける為に抜け出してきたのだ。
				 今の彼にとって、単調に繰り返す波の音はある意味で有り難かった。
				 見知らぬリーガーの持ってきた1枚のビジュアルディスク。そのディスクには、死んだ事になっているオーナーのルリーの父親であるリカルドからの助けを求めるメッセージが入っていた。
				────行かなくてはならない。
				 それがマグナムの使命なのだから。その為にあの戦場から戻ってきたのだ。
				 その事がシルバー・キャッスルを退団しなくてはならないというのを意味していることも解っていた。
				 シルバー・キャッスルというチームを、メンバーをマグナムは気に入っていた。あのチームだからこそ、ここまで来られたのだ。出来る事ならばずっとプレーしていたかった。あの仲間達といつまでも……。
				 どこかで引っ掛かるものがある。それが何なのかも解っている。考えても仕方のない事。
				────堂々巡りだな…
				 小さく溜息をつく。
				 と───。
				「マグナム!」
				 堤防の下から聞き慣れた声が彼を呼んだ。
				
				
				 
				「…ウインディか……」
				「降りてこいよ、話がある」
				「俺にはない」
				 マグナムは振り向かずに答えた。
				 聞かなくても解っている。だが答える気はない。そう態度で示した。
				 が、ウインディは引き下がらなかった。
				「俺にはあるんだよ!」
				 言葉とともに堤防へ飛び上がる。そしてマグナムの肩を掴み、自分の方へ向かせた。
				「一体どういうつもりだよ!? 何故お前はシルバー・キャッスルをやめちまうんだ!?」
				「………」
				 答えようとしないマグナムにウインディは一層苛立ち、マグナムの両肩を掴んで揺さぶる。
				「なんとか言えよ! マグナム・エースッ!!」
				「……これは俺の問題だ。お前には関係ない」
				「な……っ!!」
				 言葉が出てこない。
				「独りになりたいんだ」
				 冷たく突き放される。ウインディは今までこんなマグナムを見たことがなかった。
				 マグナムは、自分の過去の事は話そうとはしないがそれ以外は雄弁な方だ。一部では口がうまいとも言われているが。穏やかに、そして時には激しくチームを導く。それは常に正しく───そんなマグナムだから、今まで自分達はついてきたのだ。
				 過去の事だって、今は話したくなければ話してくれなくてもいい。いつかきっと話してくれるだろう。そう思っていた。それだけの時間があるとも。
				 約束した訳ではなかったが、自分達がそう信じているのとマグナムも同じだと思っていたのだ。
				 だから余計にマグナムが退団するとトップ・ジョイから聞いた時は信じられなかった。まして、理由すら話さずに行くなど許せなかった。
				「そんなに大事な事なのかよ!? 俺達はお前に何も出来ないのか!? ────俺達はそんなに頼りにならないのかよっ!?」
				 答えて欲しい。自分達の絆はそんなものではないと。単なるチームメイトとしてではない、大切な仲間だと信じているから。
				 だが、ウインディの問いにマグナムは肩を掴むウインディの手を振りほどく事で答えた。
				「!! ─────勝手にしろ! 俺も勝手にする!!」
				 言いたい事が有りすぎて、でもそれは怒りのためにうまく言葉にまとまらずウインディはやっとの思いでそう言い捨てて堤防から飛び降り、後も見ずに駆け出した。
				 悔しかった。マグナムは自分達を必要としていない。そう思うと、これ以上マグナムを見ていられなかった。
				「ウインディ」
				 練習場の入り口で向こうから来たリュウケンとすれ違ったが、ウインディは何も言わずに走り抜けた。
				 リュウケンはウインディの後ろ姿を見送り、そして堤防の上に残っているマグナムの所へ歩き出した。
				 マグナムはウインディが走り去るのを見ていたが、リュウケンが近づいてくるのを認めるとまた海へと向き直った。
				「マグナム」
				 堤防の下からリュウケンが呼びかける。
				「そこへ行っていい?」
				「………」
				 マグナムは答えなかったが、それに構わずにリュウケンは堤防へと飛び乗り、マグナムの横へ座った。
				「こんな所に居たんだ」
				「リュウケン……すまないが独りにしておいてくれないか……」
				 目をあわさずにぽつりと言う。
				 直情家のウインディと違って、リュウケンはどこか掴み所がない。いつも物静かで縁の下の力持ち的な彼だが、その状況判断の確かさにマグナムは一目置いていた。今、目をあわせたら何もかも見透かされそうな気がする。
				「ウインディにもそう言ったんだ?」
				「………」
				 無言の肯定。
				 ウインディの事だ。きっと激怒したんだろう。気持ちは解る。同情して溜息ひとつ。
				────でも…初めてだ。こんなマグナム……
				 マグナムがアイアン・ソルジャーだった事はウインディから聞いていた。恐らく自分達には想像もつかない経験をしてきたんだろう。でも、それ以上の事はリュウケンは知らなかった。
				 リュウケンの知っているマグナムはいつも自信に溢れていた。どんなに辛くても決して逸らさずに見据える、強い輝きを宿す瞳。
				 それだけに見ているのが苦しい時さえあった。
				 マグナムがどれほどシルバー・キャッスルのことを大切に思っていたかをリュウケンは知っている。S-XXXの時も、シャトルを奪おうとしていた時も、彼は常に自分を顧みなかった。
				 仲間達の為、ただそれだけの為。
				 そんなマグナムが、行こうというのだ。仲間達に何も告げずに。恐らくその理由はあのディスクだろう。それがどんな内容かはリュウケンは知らない。
				 でも────。
				「ねぇ、マグナム。何故マグナムがシルバー・キャッスルを辞めるのか、僕は知らないけれど」
				 リュウケンは海を見ながら静かに話し始めた。
				「だけどそれはマグナムにとって、とても大切な事なんだと思う」
				 マグナムは逸らしていた視線をちらと向ける。
				 責めている様ではない口調。リュウケンが何を言おうとしているのか解らない。
				「だから」
				 穏やかな笑顔がマグナムに向けられる。
				「これだけは覚えていて」
				────でも、信じることは出来る。
				「君が帰ってくるのはシルバー・キャッスルだよ。僕達は待っている。だから必ず帰ってきて」
				 淡々と喋られるリュウケンの言葉に、マグナムは驚きに目を見開いた。
				 訳を話せば、きっと一緒に行くと仲間達は言うだろう。それは簡単に予想出来た。
				 だが現役のアイアンリーグでプレイしているリーガー達は、それ以外の世界を知らない。一部の人間達の思惑に依り、知らされることは無いのだ。ただプレイする事だけを要求される。その後の運命など考える事無く。
				 マグナムとGZを除き、戦場やはぐれリーガーという凄惨な世界の事をシルバーのメンバーも知らない。そんな彼らを自分の使命の為に危険に巻き込む訳にはいかないのだ。
				 理由を話さないのは自分の勝手。どれほど罵られてもいい。
				 一時は混乱するかもしれないが、彼らならば大丈夫だろう。自分が抜けても十分にやっていける。
				 いつの時も真っ直ぐな、かけがえの無い仲間達。そんな彼らを失わない為に、マグナムは沈黙を守り敢えて非難される事を選んだ。
				 しかし今、リュウケンは必ず帰れと言った。 ───許しているのだ。
				「何処に居ても君はシルバー・キャッスルの一員で、君が帰るのはここだよ」
				 そしてその為に自分に出来る事は───。
				「ワールドツアー、僕達は頑張る。マグナムが帰ってきたときに胸をはって会えるように」
				 オーナーや監督を助けて戦うこと。シルバー・キャッスルがシルバー・キャッスルで在り続けること。
				 だからリュウケンは剛(つよ)いのだ。穏やかな笑顔に隠れている、その心故に。
				 強い意志が込められたリュウケンの一言一言が染みいる様に心に響く。そして、それに導かれるかの様にマグナムの瞳に輝きが戻った。
				「ああ、必ず帰る。シルバー・キャッスルに」
				 リュウケンと正面から向かい合い、力強く答える。その言葉に込められた全ての想いを正しく受け取り、リュウケンは頷いた。
				 この瞳。この瞳の輝きに自分達はついてきたのだ。
				 大丈夫だ。マグナム・エースならばきっと大丈夫。そう信じられる。
				 リュウケンは立ち上がった。
				「それじゃ僕、先に戻るね。多分ウインディ、皆に八つ当たりしていると思うからマグナムはもうちょっと後に戻ってきた方がいいよ」
				 その台詞に先刻のウインディの剣幕を思い出し、有り難くマグナムは忠告に従う事にした。
				 リュウケンは堤防から下りて歩き出した。
				「リュウケン」
				 いくらもいかないうちに、背後からマグナムが声を掛ける。
				「ありがとう……」
				「明日は見送るからね。おやすみ」
				 マグナムの言葉に笑顔で答えて、リュウケンはシルバー・キャッスルの建物へ戻っていった。
				 再び一人になったマグナムは、既に陽が沈んで空と境界線が無くなった海へ視線を戻した。空には降るように星が出ている。
				 それを見つめるマグナムの瞳は先刻と違う。
				 リュウケンは、帰れと言った。帰る所が有るのだ。
				 全く先の見えないこの旅で、それはどんなにか励みになるだろう。
				────必ず帰る。
				 その強い決意をもう一度言い聞かせるように呟く。
				 大切な仲間達、大切な人達の為に────。
				
				
				
				
				
				 余談ながら、リュウケンの言った事は半分正解だった。
				 GZ達の所に戻ったマッハ・ウインディはひとしきり八つ当たりして騒いだ後、先程マグナムに言い捨てた『俺も勝手にする』という台詞を実行すべく、他の四人と密談をしていたのだ。
				 翌朝、マグナム・エースはそれを思い知らされることになる。