夏、である。じりじりと照りつける太陽。どろどろとうだるような暑さ。
 これが高原地帯とか、海辺ならばまだなんとか気分もしのげるが、そうじゃなかった場合、どーにも気が滅入ってしまう、夏である。
 しかし、そんな中でもバイタリティ溢れまくる子供たちは、めげない。



Horror Night!?



 とかく子供というものは、きゃーきゃー騒いでいながらも、お化けの類いが結構好きというか、思った以上に興味を示すものである。
 だからこの場合、ボーシップ号の中で『肝試し大会』なぞというものが始まったのは、かなりの確率で必然であったと言っても良い。
 誰かが口を滑らせたが最後、なし崩しでそういった展開になってしまったのだが、この場合口を滑らせた誰かを責める訳にはいかないだろう。
 折しもここは砂漠地帯のど真ん中。砂塵で一旦行方知れずになった極十郎太もようよう回収して、ほっと一息ついたところではあるが、行き交う人なんて誰もいやしないし、行き過ぎる動物だって、たまに砂漠トカゲか何かにご対面できるかどうか。
 気が緩んだからそういう話になったのか、つい先だってエドモンド・銀城が言った『砂漠のサルガッソー』なんぞという単語が深層心理にでも刻み込まれていたのか、ヒロシを初めとする子供たちはそれはそれは岩よりも固い団結力で肝試しがやりたいと騒ぎ出したのだ。
 子供たちがあんまり騒ぐものだから、大人たち──ボーシップ号には二人しかいないようだが──も根負けしたのか、仕方なしに折れてしまった。
 まあ、砂漠地帯のど真ん中と言っても、肝試しの会場はあくまでもボーシップ号の中であるからして、危険はまったくない。だからこそ、許可も下りたのである。



「……真っ暗のボーシップって、結構気持ち悪いなぁ」
 肝試しにあたって、非常灯さえも全部消してしまったボーシップ号内は、いつものような雰囲気はまったくない。
 ヒロシはロウソクを持つ手に知らず力を込めながら、薄気味悪そうに呟いた。
「……ヒロシ君たちが、肝試しなんかやろうって言うから……」
 ヒロシの傍らで歩くのはブル・アーマーである。この肝試し、人間とアイアン・リーガーのペアで行うルールなのである。
 しかし、怪談と高い所が苦手なブル・アーマーは、この場合ヒロシよりも頼りなかった。それもそのはず、ボーシップ号内の一周を始める前に、怖い話をてんこ盛りで聞かされたのである。
 間抜けな話から、シャレにならないくらいものすごい話まで、ピンからキリまで聞かされれば、ブル・アーマーでなくとも多少は怖じ気づいてしまうというものだ。余談だが、いわゆる百物語の語り手筆頭はエドモンドとマグナム・エースであった。
 ネタの拾い先は一体どこだったのやら……。
 なにはさておき。真っ暗なボーシップ号内を一周して、ついでにコース途中になる入り口付近にナンバーカードを貼ってくる。と、いうメニューを二人はもたりもたりとこなしている。
「……監督の話じゃ、お化けって、どこにでもいるんだって……」
「ちょ、ちょっと、ブル・アーマー! なんでこんなときにそんな話始めるんだよ」
「だって……監督の話を信じると、このボーシップ号にも………」
「やぁめぇてよぉ! それじゃなくても、マグナム・エースの話とか無茶苦茶怖かったんだから……」
 半分泣きそうになってヒロシが抗議すると、ブル・アーマーはバツが悪そうに口を閉ざした。
 確かにヒロシの言うとおり、TPOに合った話ではなかった。
 また、窓もどこか開けてあるのか、ひゅーひゅーとすきま風なんかが吹いていたりして、果てしなくおどろおどろしいムードである。
「……は、はやくナンバーカード貼って帰ろう」
 ぶるっと身震いして、ヒロシは歩くスピードを速めた。少しして、ぼんやりと明かりが差し込む通路に行き当たる。目的地だ。
「着いた!」
 ここでまだ半分の道程だが、そんなことは一旦頭のすみに追いやって、ヒロシとブル・アーマーは喜々として壁の指定された位置にナンバーカードを貼付けようとした。
 その瞬間、二人の手がぴたりと止まる。
「……な、なに…? …この、『ごくろうさま』っての……」
「……夜光塗料、らしいね……。ははは……」
「信じらんない!」
 ヒロシは思わず絶叫した。
 なんと指定された壁には、ご丁寧にも血が滴りでもしたようなレタリングで、労いの言葉が記されてあったのだ。
 ぼんやりした月明かりに鈍く光る文字は、気味悪いことこの上なかった。
「誰だよ、ここまでしたのは……」
「オレ、もお、やだぁ……。ブル・アーマー、さっさと戻ろう?」
 うええん。と、今にも泣き出しそうな顔でヒロシが訴える。もちろん、ブル・アーマーとて反対する理由はない。二人は壁にべしっとカードを貼付けるとさっさと背中を向けて歩き出した。
 その視界の隅を、ふわっとかすめるものがあった。
 一瞬、ヒロシがびくっと身を竦ませる。
 瞬間的なもんだったが、それは人の姿をしているような気がした。
「…ブル・アーマー……今の、見た?」
「う、うん……。誰か、通ったね……俺たちを驚かそうとしたのかな?」
「そ、そーだよな! こんだけ手の込んだことするんだもん。脅かし組の一つくらい居るよな!」
 アイアン・リーガーは、はっきり言って幽霊の類いを見ない。人間の目と彼らの視覚センサーは、同じようで居ても、どうしても拾い上げられない映像というものがあるらしく、これだけ怖い話が苦手なブル・アーマーも、実は本物にお目にかかったことが無いのである。それを言ったら、人間でさえも見たこと無い方に比率が傾くのだから、仕方ないと言えば仕方ないことなのかもしれない。
 その辺りのことを知るヒロシの、自分の視界をかすめたものに対しての恐怖感はあっというまに消え失せた。
「へへーんだ。もうバレてるんだからね。驚かそうったって、無駄だよーっ!」
 人影を感じた方向に向かって、あかんべをしてみせるヒロシに、ブル・アーマーは思わず苦笑した。
 さっきまで、ベソをかきかけていたくせに、そう思うとこの心境の変わりようはとても面白かったのである。
 おかげで、ブル・アーマーも怖いのを忘れてしまい、二人は至って平然とみんなのところへと戻った。
「たっだいまーっ!」
「ただいま」
 集合場所のブリッジに二人が戻ると、入れ替わりに次のペアが出て行った。ブリッジも、雰囲気を考えて薄暗くなっている。
「どうだった?」
 戻ってきたヒロシにルリーがわくわくと聞く。ヒロシはえへんと胸を張ってみせた。
「ぜーんぜんさ。ね、ブル・アーマー」
「本当に、大したことないよね」
 なんて、二人はさも何でも無かったようなことを口にする。それを見て、みんなは苦笑した。
 ヒロシはロウソクを取り囲む円の中に入ると、頭の後ろで腕を組みながら、責任者でもあるエドモンドに話しかけた。
「ねえ、監督。脅かし組は誰なの?」
「ああ?」
 ヒロシの問いかけに、エドモンドは怪訝そうな顔をする。
「……脅かし組ってのは、なんのことだ? そんなもの、別に決めていないぞ」
「えっ!」
 のんびりした口調とは裏腹に、内容はヒロシとブル・アーマーをぞっとさせるには充分であった。二人はびくんと飛び上がり、お互いの顔を見合わせる。
「……ねえ、どうしたの? 脅かし組って?」
 ヒロシたちの反応をいぶかしんでマリコがヒロシをつつく。しかし、ヒロシはそれに答えられない。心なしか顔が青い。
「ねえ……」
 今度はブル・アーマーを見ると、ブル・アーマーはもたもたと口を開いた。
「さっき……人影が……」
「人影だと? お前らの後には誰も出て行っとらんぞ」
 メッケル工場長の言葉がとどめであった。
「じゃあ、さっきのなんなんだよぉ!」
 ヒロシが悲鳴をあげた。
 言葉の意味をようよう把握した面々、とくに子供たちが口々に悲鳴を上げる。
「きゃあ!」
「いやあ!」
 それを合図に、ボーシップ号はパニックに見舞われた。
 もう、肝試しどころではない。マリコやベズベズは泣き出してしまうして、肝試しは早々とお開きになってしまったのであった。



 さて、後日談である。
 朝日も昇り、怖いものなど何にもなくなった子供たちは、ヒロシとブル・アーマーが見たという人影の正体を見た。
 それはご丁寧に、白い後ろ姿がぼんやりと映し出されるホログラフだったのである。
 スイッチは壁にあり、カードを貼付ける振動で数秒間だけ映し出されるという、手の込んだものだったのだ。
「こんなもん、誰が取っ付けたんじゃ…」
 ため息混じりのメッケルの言葉に、バツが悪そうに手を挙げたものは……それは、この場合本人の名誉のために伏せておくことにしよう。とりあえず、肝試しというものが何であるか、熟知していた者である、ということは間違いないと言えよう。

 何はともあれ、今日もおおむね平和なシルバー・キャッスルでしたとさ。





アイアンリーガー「#32 熱砂の大盗賊」の後に、こんなことがあったりして?そんな妄想。
いささか季節外れなネタですが(笑)




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