とある魔術の未元物質
SCHOOL2   不 良


―――世の中で一番美しいことは、すべての物に愛情をもつことです。
だが現実はそうはいかない。生きていれば恨みを持ったり恐がったりしてしまう。全てのモノに等しく愛情を向ける事なんて出来ない。
だから人は優先順位をつける。そして優先順位が一番のものは、命を懸けて守るのだ。







 その日、帝督に急な仕事が入った。
 内容はなんでも『スキルアウト』の集団にとある物品を強奪されてしまったから回収しろ、とのことである。当初は垣根本人が出向く気はなく、適当に『スクール』のメンバー一人を向かわせた訳だが、なにやらボロボロになって逃げ帰ってきた。
 そのメンバーが言うにはスキルアウトのリーダーが訳のわからない能力者で気づいたらやられていたらしい。その報告を聞いたとき丁度他のメンバーは出払っていたので、仕方なくリーダーである垣根自身が行く事になったわけだ。

「………………ここか?」

 第七学区の廃工場。
 メモによるとここが『スキルアウト』の溜まり場らしい。
 
 スキルアウトというのは、一般に武装した無能力者の集団と思われがちだが、それは実の所正しくない認識だ。スキルアウトの中で大衆のイメージ通りに学校や寮にも行かずに、本格的に武装しているのは全体の1%にも満たない。スキルアウトと呼ばれる者達の多くは、学校の寮に住んでいたり、昼は普通に学校に行っている者達だ。ようするに武装組織とは程遠い単なるチンピラや不良である。ただ夜遅くまで街でたむろしている少年ないし少女が無能力者ならばスキルアウトという認識になってしまう訳だ。
 
 ちなみに、その中には無能力者だけではな低能力者から高いのでは強能力者だっていたりもする。今回その『物品』を奪ったのはある意味では武装組織としてのスキルアウトよりもレアな大能力者とのことだ。だが別に学園都市に対してこれといった叛意などもなく、能力が強いだけの学生が最強気取りでお山の大将しているだけの組織ともいえない集団らしい。
 恐らく奪った当人たちも『とある物品』のことを正しく認識してさえいないだろう。

 廃ビルの扉を僅かに能力を発動させて吹っ飛ばす。
 飛ばされた扉は、クルクルとまるで羽のように回り、そしてゲラゲラと笑っていた二十人ほどの集団のど真ん中におちた。

「よう。邪魔するぜ」

「ああ? 誰だよお前?」

 垣根から見て一番偉そうな、リーダー格と思わしき金髪の男が言う。
 日本人とは思えない白い肌に天然の金髪。
 恐らく日本人ではなく西洋人と見受けられる。
 学園都市はその独特さ故に外国からの留学生も少なくはない。
 この不良達の纏め役もそういう人間なのだろう。

 垣根の奪還するべき『とある物品』こと黒塗りのスーツケースは廃工場の片隅に転がされていた。開けた形跡はない。どうやら『バズーカの直撃を受けても壊れない』のキャッチフレーズは事実だったようだ。

「時間がねえから単刀直入に言うぞ。
今日どっかの馬鹿から『スーツケース』を奪っただろ。それ出せ」

「へぇ。さっきの奴もスーツケースがどうのこうの言ってたが。
そんなにこいつが大事ってことは、ぶっちゃけ金目のもんが入っているってことだよなぁ」

「…………はぁ」

 にやにや笑う男を見て垣根は溜息をついた。
 この男は何も分かってない。学園都市の支配者を。この街の闇っていうものを。
 なんてことはない。この男はただの一般人で光の住人だということだ。悪党にもヒーローにもなれない、ただのチンピラその1。
 直ぐに倒して帰ろう。垣根はそう決断する。

「消えろ」

 能力を発動すると共に垣根の背に純白の翼が現れる。
 垣根自身も良くわからないが、能力を使おうとすると何故か出現するのだ。自分でも似合わないというのは認識しているが、

「まぁ便利ではあるがな」

 純白の翼を一閃。
 巻き起こる突風が不良達を吹き飛ばした。

「おいおい、どこに攻撃してるんだ?」

「…………空間移動能力者か。確かに面倒な能力を持ってやがる。
スキルアウトにしとくには勿体ねえほどにな」

 自分の体を移動できるテレポートとなると、先ず間違いなく能力の格付けはレベル4。学園都市においても上位能力者であるが、所詮はレベル4。そしてレベル4の大能力者とレベル5の超能力者との間には絶対的な壁がある。そのレベル5の中においても上位に位置する第二位の超能力者たる垣根帝督にとってみれば、レベル4のテレポーターなどその辺の雑魚となんら変わりない。

 テレポートは十一次元の座標を計算する必要がある上に、通常の能力よりも集中を必要とする。ならば垣根は自らの能力で、その集中とやらを乱してやればいい。そうすればテレポートは使えない。けれど、

「がっ……!」

 垣根は唐突に顔面に強い衝撃を受けた。そのままグラリと体が揺れるのを堪えて、この攻撃を仕掛けてきたであろう男を見た。

「どうした? スーツケースを取り返しに来たんじゃねえのかよ」

 チンピラ達のリーダーは相変わらず先程の位置に立っていた。垣根からはその男が何かをした所を見た訳でもない。消えた事にも、いやそれ以前に攻撃をされた事すら認識できなかった。

「テメエ、空間移動能力者じゃねえな」

「ははっ。ご名答。
ぶっちゃけると俺はレベル4の上位次元(オーバーフロー)。その能力は」

 今度は垣根の腹に衝撃が奔る。だがそれだけじゃない。何時の間にやら垣根の頭上にあった鉄パイプが落下してくる。だが垣根は慌てずにそれを羽で防いだ。

「そうか、テメエは空間移動をしてるんじゃねえ。時間を止めてる、ってことか」

「そういう事だ。時間の流れに囚われてるお前じゃ、より上位の存在である俺を傷つけることは出来ない。という訳で、覚悟しやがれ。この餓鬼ッ!」

(はぁ、哀れだな)
 
 垣根は怒りではなく呆れをもって上位次元を見る。
 もしも″時間が止められる″程度の力で最強だと思っているならば、随分と愉快な勘違いだ。
 
 そして垣根からしたら『0秒』が経過する。
 面倒臭そうに、ゆっくりと地べたを見下ろすと、そこには垣根の認識では先程まで自慢げに自分の能力を語っていた男が、蹲っていた。

「な、何をした? 停止した時間の中で、攻撃を……」

 そう、あろうことか男は垣根からの攻撃を受けていた。
 時間の停止した世界。この世界に存在するあらゆる物質が動けない世界の中で、垣根の生み出した物質が動いて男を攻撃したのだ。

「莫迦が。たかだが時間を止めるなんてビックリショーで最強気取ってんのか。
しかし予想通り。お前は確かに時間を止められる。だが止めるだけだ。別にテメエ自身の身体能力が上がる訳でもねえ。ただ周りのモノが動かなくなった場所でお前一人だけ動けるだけだ」

「だけど、それでもお前が俺を攻撃できるって理由にはならないだろ!
時は間違いなく『止まって』いた! 俺の『停止時間』の中で俺に攻撃できる『存在』があるわけがないんだろうが!!」

 時の停止した時間では、どのような存在も動くことは出来ない。
 それは確かな常識であり真理だ。
 難しい話ではない。例えばビデオで考えてみると分かり易いか。ビデオで野球を見ていたとしよう。そのビデオを一時停止すると当然のことながらビデオという世界でプレイしていた選手たちは止まる。動くことも喋る事も出来ない。人だけではなく物質も同じ。天高く飛んだ白球は空中で停止し、空に舞うバルーンも停止する。人も物質も全てが動きを止める。それが時間の停止した世界であり、この世界における永劫不変の常識である。けれど、それは常識での話。

「確かに停止した世界では、あらゆる物質・存在は動くことができねえ」

「ならッ!」

「だったら簡単だ。″時間が止まっても自動的にテメエを攻撃する物質″を作っちまえばいい」

 ポカンと不良のリーダーの口が開く。
 暫く呆然としていた男は、漸く垣根の言ったことが理解出来ると慌てだす。

「そんな事が出来る訳がないだろ。あの常盤台の超電磁砲でも無理だ!
いいや、そんな非常識なことが出来る奴がこの世に存在するわけが――――――――」

「たっく本当に馬鹿だな。いいか、一つだけ教えてやる」

 垣根はやれやれと頭を押さえる。
 未だに状況を認識できていない哀れなチンピラに垣根は言う。

「俺の未元物質に常識は通用しねえ」

 レベル5の未元物質(ダークマター)。それが垣根の能力だ。
 この世に存在しない素粒子を生み出し、操作する。未元物質によって生み出された素粒子はこの世の物ではないが故に、自然界の法則によっては動かない。
 この世のあらゆる物質が時間が止まっていたら動けないというのならば、その常識こそを未元物質は塗り替えてしまう。

「くそっ」

 男が逃げる。
 それをニヤリと笑った垣根は、

「もう一つ。テメエは時間を止めるしか出来ねえ。停止は出来ても操作は出来ない。
もし時間なんてものが自由自在に操れてりゃ、レベル4なんて所にはいないわな。
一応俺と同じ化け物(レベル5)の領域にいた筈だ」

 垣根の体が車よりも速いスピードで動く。
 そのまま逃げる男の腹と顔面に拳を喰らわした。
 見っとも無く吹っ飛ぶ不良達のリーダー。戦闘はこうして呆気なく終結した。

「さぁて、このスーツケースだったか。依頼主が欲しがってんのは」

 取り敢えず仕事は終わった。
 垣根は騒ぎを聞きつけた野次馬や警備員が来る前に、この場所を離れることにした。



 面倒な仕事を終えて、今朝の出来事で全滅した食料を補給してから垣根は帰路についていた。
 何てことはない、いつも通りの日常。
 常識的な人間からは非常識なこの世界が、垣根にとっての日常だった。

「あん?」

 自宅の扉の前に、今朝の白いシスターがいた。
 ただ今朝と違うのは、その顔には明確なる焦りがあり汗がにじんでいることか。
 手には今朝垣根の部屋に忘れていったフード。

「テメエ、一体何を――――――――」

「ていとく、逃げて!」

 シスターの視線は帝督の背後に向けられていた。多少の嫌な予感を感じ振り返る。すると帝督の予感通り視線の先には一人の怪しげな男がいた。

「まったく、何処に逃げたかと思えば。
いい加減に大人しくしてくれないかな。追跡というのも楽じゃないんだよ」

 冷たい声が響く。
 明らかに異様だ。赤毛で煙草を咥えた如何にも不良のような出で立ちをした神父。この科学が支配する街では魔術なんてオカルトどころか教会だとかイエス・キリストだとかとも縁がない。それがこうも自然にそこに存在している。そんな非常識を見て、垣根は今朝に少女が言った言葉を思い出していた。

″私の服には魔力があるからね。敵はこれの魔力を元にサーチをかけてるみたいだから″

 垣根の部屋には少女が忘れていったフードがあった。
 そして今、少女はフードを持っている。追われているのに、早く教会とかいう場所に逃げなければいけないのに。
 理由なんて考えるまでもない。垣根の為だ。垣根の部屋にフードがあると、敵というのが垣根の部屋にくるから。少女は垣根を守るために、自分の身を顧みず垣根の部屋に戻ったのだ。

「ふざけるんじゃねえ」

 情けをかけられた? 守られた?
 何を馬鹿な。垣根は学園都市第二位の超能力者だ。
 魔術師だか何だか知らないが、垣根帝督は相手が軍隊だろうと同じ超能力者であろうと、例え自分より序列が上である第一位が相手でも負ける気などない。
 
 だというのに、この少女は。
 ギリっと垣根は歯を食いしばる。悔しいからではない。腹立たしかったからだ。
 この少女の無知が。救いを必要としていない自分を救おうとした愚かな少女が。勝手に勘違いしている少女が。その癖勝手に追い詰められている少女が。
 自宅の前でドンパチ始めようとしている赤毛の神父よりも遥かに腹立たしかった。

「ふざけんじゃねぇぞ、テメエ!」

 幸い八つ当たりの相手には事欠かない。
 この第二位の超能力者を守ろうとなんて考えた常識知らずに、自らの常識知らずを教えてやろう。未元物質という常識を塗り替える能力を。
 
 垣根帝督は立ち塞がる。
 動機なんて単純なモノ。ただ腹立たしい事があったから、ちょっと八つ当たりをする。そんな子供っぽい考え。
 けれど垣根自身は気づいていないであろうが、少女を守るかのように立つ垣根帝督の姿は、まるで物語のヒーローのようでもあった。
 



時間停止という如何にも最強系の能力を、敢えて不良その一にしましたw
さて次回はステイルとの戦闘。尤も少しだけ遅れそうですが……。
 



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