とある魔術の未元物質
SCHOOL4   暴食 シスター


―――渡る世間は鬼はない。
この世界には善人ばかりではないが、悪人ばかりでもない。
人の苦しむのを見て笑う外道もいれば、人の苦しむのを見て助けようとする善人もいる。
世界は広い。到底一個人では世界の全ての人間と知り合うことは出来ないのだ。







 取り敢えずは赤毛の神父を追い払う事に成功した垣根は、自宅にてインデックスと対峙していた。当然本格的に『魔術師』とやらの事を聞くためである。
 当初こそ『魔術』なんてメルヘンなんぞ信じていなかった垣根であるが、流石に実物の魔術を見せられてしまえば信じるほかない。
 魔術師を気取った超能力者や『原石』の可能性も考えられなくはなかったが、未元物質というこの世に存在しない法則を操る垣根の目から見ても、あの炎の正体を逆算することは出来なかった。
 つまり能力や科学ではない別系統の力。即ち『魔術』であるという証拠でもある。

「んで、纏めるぞ。
テメエは十万三千冊の魔道書とやらを記憶していて、あの赤毛の神父や露出狂の女はそいつを狙っているってことでいいんだよな?」

「……そうだよ。それ以外には考えられないし」

 インデックスは認めた。ここまで知られてしまっていては言い逃れは出来ないと悟ったのだろう。魔術なんてオカルトには疎い垣根だが、その十万三千冊が全ての魔術を記したものならば、それを手にした魔術師とやらは全ての魔術を手に入れることが出来るのであろうという事くらいは予測がついた。

「で、その魔術師に追われてイギリス清教…………って事はイギリスだよな。イギリスから日本まで逃げてきた、と。ご苦労なことだな」

「んー、その辺は良く分かんないかも。
私、気づいたら日本(こっち)にいたからね」

「良く分からない?」

 奇妙な言い方だ。
 物心ついた時には日本にいたのならば、イギリスから逃げてきた事を否定する筈だ。なのにインデックスの言い様だと、まるで。

「私には一年ぐらい前(こっちにきた時)の、記憶がなくなっちゃってるからね」

 垣根は思わず怪訝な顔をする。
 別に記憶を忘れる事自体は珍しい事ではない。
 人は忘れる生き物だ。学園都市第二位の頭脳を持つ垣根だって一年前の今日の夕食なんて覚えていない。だがインデックスは一年前と言った。イギリスから日本に来るなんていうのは、垣根からしたらビッグイベントだ。そんな記憶なら痴呆症の老人でもなければ先ず忘れない。第一、この少女には。

「お前ってあのステイルとかいう魔術師が言うには完全記憶能力者なんだろ?
なら一年の記憶だろうと忘れねえんじゃねえのか?」

「それは私にも分かんないんだよ。けど最初に目が覚めたら知らない路地裏で、だけど兎に角逃げなきゃって思った。昨日の晩御飯とかは思い出せないのに禁書目録(インデックス)とか必要悪の教会(ネセサリウス)とかそんな知識ばっかりぐるぐる回ってて」

「つまりただ忘れたって訳じゃなくて記憶喪失ってことか」

 垣根の知識が確かならば、記憶喪失とは心因性(心の問題)か外的障害(頭部への衝撃)などのケースで起きるものだった筈だ。学園都市ならば心理操作系の能力によるものとも考えられるが、外から来たインデックスが能力者により精神干渉を受けたとは考えにくい。

「待てよ。お前の言う魔術にはそういう記憶を消す魔術なんてものはねえのか?」

「あるけど……それは考えずらいかも。目が覚めた時にはもう周りに誰もいなかったから。
もし敵が魔術で記憶を消したなら、私が独りで放置されているはずないと思うし」

「そうか。しかし魔術師ってのも暇な生き物だな。お前一人を追っかけてはるばる学園都市にまでやって来るんだからな。
その十万三千冊ってそれほどトンデモない代物なのか?」

 今の今まで魔術のまの字も知らなかった垣根には、十万三千冊の魔道書といわれてもピンとこない。精々が「なんか凄そう」程度の認識だ。
 
「十万三千冊の魔道書は、全て使えば世界の全てを例外なく捻じ曲げる事が出来る。
私たちは、それを魔神と呼んでいるの」

「魔神、ねえ」

 魔界の神という意味ではなく、魔術を極め過ぎた人間という意味での魔神。この世のすべてを例外なく捻じ曲げる超越者。
 そんな存在に垣根は一つ心当たりがあった。
 LEVEL6。超能力者の先にある絶対能力者にして前人未到の領域。学園都市第二位の超能力者である垣根ですら到達不可能とされる場所。詳しくは知らないが「神様の答えを知る者」だとか。
 インデックスの言う魔神という存在は、学園都市におけるLEVEL6と似通った所がある。無論、ただの偶然であり本質は違うのだろうが奇妙な偶然だ。

(LEVEL6といや、第一位の糞野郎がその実験中だったっけか?)

 学園都市第一位の超能力者である『一方通行(アクセラレータ)』がLEVEL6へ移行する為の実験をやっていた事を垣根は思い出した。
 内容は確か第三位の超能力者『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴のクローンである妹達(シスターズ)を一万だか二万人ぶち殺すものだった筈。
 
(おっと思考がどうでもいい方向にずれたな)

 垣根は改めて目の前の少女を見る。
 しかしどうにも十万三千冊を記憶したシスターというビッグネームと、目の前で煎餅を食べている少女とが一致しない。……………………うん、煎餅?

「コラ、糞ガキ。なに俺の買ってきた煎餅を食ってやがる?」

「はっ! 気づいたら手が伸びていたんだよ。むむぅ、もしかしてこのお煎餅には魅了(チャーム)の魔術が掛かっているのかも」

「…………五百円の煎餅にそんな大層なもんが掛けられているとは思えねえが」

 どうにもこの少女を前にすると調子が狂う。
 緊張感が削がれるというかなんというか。全く打算のない善意、そして無尽蔵の食欲。幼い頃より学園都市の闇と密接に関わってきた垣根には免疫のないものだ。

「まてよ。十万三千冊を記憶してるって言ったな?」

「うん」

「なら何でテメエは魔術師共から逃げ回ってるんだ。
記憶してる魔道書とやらを使って、追っ手を撃退すればいいだけじゃねえか」

 そうだ。十万三千冊なんて魔道書があるならば、インデックス自身でそれを使えばいい。この世の全てを捻じ曲げる″魔神″だというならば一介の魔術師なんて簡単に潰せる筈だ。

「私には魔力がないから、魔術を使う事は出来ないんだ」

「…………ようするに魔術の知識はあっても、魔術を使うエネルギーがないってことか?」

 RPGやらコミック等の知識を総動員してインデックスの言っている事を理解しようと努める。なんだか本気で魔術や魔力なんて事を考えていると、無性に自分の事が馬鹿みたいに思えてくれるが仕方ない。それに何かが掴めそうなのだ。
 あの時の戦いで赤毛の神父――――――ステイル=マグヌスの操っていた炎。垣根のような未元物質ではないが、かといって物理現象でもない。

 LEVEL5という学園都市の能力者たちの頂点にいる垣根だが、自身の未元物質がもうこれから成長しないとは思ってない。なにしろ未元物質(ダークマター)とは操っている垣根本人でさえまだ理解していないような法則だ。もしかしたら魔術と言うオカルトを知ることが、未元物質(ダークマター)を理解する近道になるかもしれない。

「じゃあ私はもう行くね」

 しかし垣根の思考中に、インデックスが立ち上がる。
 その顔には明らかな寂しさがある。

「あぁ?」

「これ以上は迷惑をかけられないし。もし私が此処に居たら、またていとくが狙われちゃうしね」

 少女の一言に、垣根は再びイラつくのを感じた。
 つまりは、なんだ。インデックスは先程の戦闘を見ても、垣根帝督の力を信用していないと、そういうことだろう。
 お笑い草だ。学園都市第二位の能力者が魔術の知識があるだけで魔術の使えない能力者ですらない少女に力を信用されていないなどとは。

「いい加減にしろよ、テメエ」

「えっ?」

 インデックスの肩を掴む。
 驚いたような表情をするが、垣根は止まらない。
 こんな無力な少女に心配されて何が第二位だ。
 そんなものを垣根は許さない。こんな少女に自分を『下』に見られていることが。

「あのなぁ、さっきの戦いを見てなかったのか?
俺は魔術なんてメルヘンは知らねえよ。十万三千冊とか言われてもピンとこねえ。
けどな、俺の『実力』を勝手に魔術師の下にみてるんじゃねえぞ」

 それに、だ。
 垣根は個人的にも『魔術』というものに興味がある。
 この学園都市を、否、学園都市の支配者たる統括理事長アレイスターを出し抜く為にも、未元物質をより進化させる為にも、なによりもこのクソッタレな世界で生き残るためにも、インデックスの十万三千冊の魔道書、それに魔術という新しい世界を知る必要があった。
 
 信じられないが、この世界には垣根の信じる『科学』だけではなく『魔術』というオカルトが存在する。ならば『魔術』という科学サイドの人間には知らぬ事を理解することで『科学サイド』の人間には及びもつかないアドバンテージを得られるかもしれないのだ。

「テメエには色々と聞きてえ事もある。だから、ついでだ。
ようはお前を追ってる魔術師をぶっ潰せばいいんだろ。楽な仕事だ。
俺の『未元物質(ダークマター)』に常識は通用しねえ」

 だけどインデックスという少女は垣根の思惑に気づかない。
 そして垣根も気づいていなかった。記憶を失いずっと一人で逃げ続けていた少女にとって、垣根の言葉は何にも変え難い救いだったのだと。

「ふぇ……」

 まるでダムが決壊するかのようにインデックスの目から涙が流れる。それは垣根の言葉が心に響いたというより、今まで一人で逃げ続けてきて溜まりに溜まった悲しみ、疲労、恐さ、それらが垣根のかけた何気ない言葉で、溢れてしまっただけだ。
 ずっと一人で戦ってきた少女は、漸く『弱さ』を見せたのである。

(……………………で、俺はどういう反応をすりゃいいんだ?)

 当の垣根はといえば非常に困惑していた。大体垣根は別にインデックスを慰めようと思ってああ言ったのではない。しかしインデックスは何を勘違いしたのかこうして泣き出してしまった。もしこんな場所をスクールのメンバーに見られた日には最悪ロリコンや幼女泣かせの称号を授与されてしまうだろう。
 かといって力ずくで泣き止まさせるほど垣根は子供ではない。さてどうしたものか。何か無理矢理でも話をかえるなどすれば……。そう例えば夕食の事などで。…………………………夕食??

「あの糞神父、俺の買ってきた食糧全部焼きやがったッ!」

 そう垣根はステイルと対峙した際に、今朝インデックスにより全滅されていた為に、帰り際に補給しておいた食料を持っていた。
 しかしそれは戦闘中、ステイルの魔術で焼くを通り越して溶かされてしまったのだ。
 つまり今現在、垣根の家に食料は、ない。

「え、えええええええええええええええええええええええええっ!!!???」

 一応インデックスは泣き止んだ。
 食料の全滅という色々と台無しの方向で。

「仕方ねえ。どっかに食いに行くか」

 垣根はもうインデックスのことなど一ミクロンも考えていなかった。
 取り敢えず腹が減った、夕飯を食べる。それしか考えていない。
 そう如何にLEVEL5の超能力者といえど人間だということに変わりはないのだ。空気を吸わねば生きていけないし、食欲を満たさなければ死んでしまう。

「ちょ、ちょっと待って欲しいかも!」

「この時間だと…………面倒臭い。ファミレスで済ますか」

「一人で何処に行くのかな!? 私もお腹が空いたんだよ!」

「…………………………」

「無視しないで欲しいかも!?」

 しかし垣根はさっさとファミレスに行こうとする。
 無自覚とはいえ優しい言葉をかけておいてその態度。はっきりいって外道である。そんな対応に余り沸点の高くないインデックスはキレた。

「!!!」

「〜〜〜〜〜〜〜!」
 
 インデックスはまるでミサイルのように垣根に突撃すると、その頭の天辺に噛みついた。しかも無駄に痛い。この攻撃力……もとい口撃力さえあれば魔術師の一人や二人は撃退できるのではないかと思うくらい痛い。流石の垣根も怒りわりと本気でインデックスを引きはがしにかかる。幸いインデックスは食欲と噛みつき攻撃を除けば普通の少女の身体能力しかないようだ。ならば能力を使わずとも垣根の力だけで引き離せる。筈だったのだが、

(なんだこりゃ? 幾ら引っ張ってもちっとも離れねえ。まるで力そのものが吸収されているような)

 何を馬鹿なと思いつつも、そろそろ頭の痛みが洒落にならなくなってきたので、仕方なしに能力を発動させる。出来ればこんな下らない(年下の少女に噛みつかれているのを引き離すような)ことに能力を使いたくはなかったが、垣根とて人の子。痛いのは嫌いだ。
 翼は展開しない。本気で能力を使用する時は何故か勝手に出てくる翼であるが、逆に言えば全力で能力を行使しなければ翼は出てこない。
 今回はただインデックスを引きはがすだけだ。当然そんな事に能力を全開にする必要はないだろう。けれどそんな垣根の予想はまたしても裏切られる。

(………………引き、離せねえ)

 結局のところ垣根がインデックスを引き離すことに成功したのは、それから十数秒たちインデックスの気が収まってからだ。
 つまり垣根は己の力ではインデックスを引き離すことは出来なかったのである。そう異常なことに″学園都市第二位の超能力者″が能力を使っても少女一人引き離せなかったのだ。

「さぁてサクサク答えて貰おうか。
テメエは一体全体どんなオカルト使って俺の未元物質(ダークマター)を防ぎやがった?」

「うぅ……それは……」

「答えねえと飯抜きだ」

「た、たぶんこの『歩く教会』のお蔭だと思うんだよ!」

 なんとなくインデックスの扱い方が分かってきた。
 それにしても『歩く教会』という単語には聞き覚えがある。

「そういや今朝にもそんな事言ってたな。『歩く教会』があるから大丈夫だとかなんとか」

「そうだよ。この服は『教会』として必要最低限の要素をつめこんだ―――――――――」

「簡潔に言え」

「そ、そうやって人の説明を端折るのは良くないかも!」

「なら飯抜きに――――」

「君たち風に言うと核シェルターみたいな感じかな! 物理・魔術を問わずあらゆる衝撃を受け流し、吸収できるんだよ!」

 そんなインデックスの言葉に、思わず垣根は脳裏に衝撃が奔ったのを覚えた。
 つまりはこういうことだ。インデックスの『歩く教会』とやらは垣根の未元物質すら無効化できるということだ。恐らくは第四位や第三位……いや第一位の攻撃ですら或いは。

(待て。『歩く教会』だって万能じゃねえはずだ。もし何が何でも受け流し吸収しちまうんなら、こいつは普通に歩く事さえ出来ねえ筈だ。ならば確実に『穴』がある。無害だと判断しちまう『穴』がある。ならその『穴』さえ解析しちまえば…………)

 静かに垣根はインデックスの修道服『歩く教会』を凝視する。そうだ、逆算しろ。ここに使われている技術を。このオカルトを取り込み再演算をすれば。
 深く、深く、深く、深く、深く、深く、深く、深く。そして深淵。より深く自己を埋没させていった。垣根の脳裏には様々な数式が飛び交っていた。しかし解析していった結果は全て『UNKNOWN』。だが垣根は更にその奥へと埋没していく。『UNKNOWN』その先へと。

(見つけたッ! これか……)

 大気に満ちる未元物質。それ等と垣根の頭脳が合わさり『UNKNOWN』の先にある『UNKNOWN』を発見した。後はこれを解析さえすればいいだけだ。科学でもない、超能力でもない。これが魔術。『未元物質』とも違う未知の技術。これがオカルト。その存在を確実に知覚しようとして、

「ぐ、がァハッ――――――――ッ!」

 激しい頭痛に襲われた。
 いや頭痛だけじゃない。まるで体中の血管という血管が、体が内部から破裂しそうだ。
 なんだ、これは。血が逆流する。このままでは、

「ていとく!」

 インデックスの叫びで垣根は我に戻った。
 体と頭に走った激痛は何時の間にやら治まっている。

「ままならねえもんだな」

 苛々と頭を掻きながら立ち上がる。
 そのまま財布と携帯だけ持って出ていこうとした。

「ど、何処に行くの!?」

 インデックスが強く呼び止めた。
 垣根は振り返らない。心配そうな顔をするインデックスに唯一言。

「飯だよ飯。食欲がねえなら別に着いてこなくていい」

 インデックスはポカンとしていたが、やがて。

「食欲がないわけないんだよ。私はお腹がペコペコだんだからね!」

 垣根帝督とインデックス、そんな異色の組み合わせは揃って街を歩く。
 その日、垣根の財布に入っていた諭吉が全滅したのは言うまでもない。



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