とある魔術の未元物質
SCHOOL7   打 算 共 闘


―――愛情は瞬間的な感情ではない。
燃え盛るような恋は、一見すると永遠に見えるかもしれない。けれど強く燃え盛る恋というのは、燃え尽きるのもまた早いものだ。対して愛情とは太陽である。太陽と言うのが長き時を燦々と照らすように、愛情もまた燃え尽きる事はなく、燦々とその人を照らし続ける。









 神裂火織との戦いから早一日。
 学園都市第二位の超能力者にして、インデックスを救う?為に奔走している筈の垣根帝督は。

「何で、俺はこんな場所にまで来ちまったんだろうな」

 垣根が彼らしくもなく溜息を吐く。
 周囲にあるのは服、服、服。それも当然だ。ここはセブンスミスト。この学園都市の中でもちょっとした大きさの服屋だ。
 
 別にその事自体は問題ではない。如何に暗部組織のリーダーで超能力者といえど『人間』であることに変わりはない。食欲もあれば睡眠欲もあるし、性欲だってある。そして当然、垣根も普通の人間と同じように洋服を着ている訳だ。彼の服装は何処となくホストっぽくはあるが普通の範疇であり、前に交戦した赤毛神父や露出狂ジーンズ女よりも遥かに常識的である。
 
 従って彼がセイブンスミストのような普通の服屋に来ることは別に奇妙でも何でもない。だというのに垣根の周りを歩く人々は、垣根に対して奇異の視線を向ける事が多々ある。
 仕方ないだろう。何故ならば垣根がいるのは″女性″のパジャマ売り場なのだから。

「くそっ。何で俺がこんな場所に……! 
どれもこれも、あの糞莫迦共のせいだ」

 
 時は数時間前に遡る。
 垣根からとある事実を聞いた神裂、そして神裂からの連絡を受けたステイルは、垣根の家から少しばかり離れた路地裏にいた。
 ステイルが予め人払いのルーンを使っているので一般人は無論、スキルアウトの連中もいない。
 いるのは深刻そうな顔をしたステイルと神裂、そして二人を前にしても憮然としている垣根だけだ。

「もう一度だけ聞く、本当なのか?」

 ステイルが最終確認の為に垣根に尋ねた。

「本当だ。人間の記憶が、たかだが十万三千冊程度を丸暗記した程度でパンクするなんざ有り得ねえ。大体、その程度でパンクしてんなら、俺のような超能力者がどうやって演算すりゃいいんだ? 能力者でもねえ外部の人間からは、意図も簡単に発動してるように見えてもな。能力を使うには結構な演算を必要とする。無論、俺の未元物質(ダークマター)もな。
もし仮に十万三千冊を記録したくらいで人の頭がダウンしてるってなら、俺の頭も膨大な演算のせいでパンクしてなきゃ可笑しいだろうが」

「………………念のため、魔術を使い彼以外の学生にも同様の質問をしましたが、返ってきた答えは同じでした。つまり、」

「僕等は上層部の″ありもしない悲劇″を信じ込んで、馬鹿正直に彼女の記憶を奪ってきたって訳か。皮肉だね。魔術サイドの彼女の問題を、科学サイドの能力者が解明するだなんて」

 心なしかステイルに悔恨の色が見える。いやそれは見間違いではないだろう。
 インデックスの記憶を、一年周期で消さなければいけないのは、十万三千冊の魔道書により脳が圧迫されているからではない。
 その事実を知っていれば、ステイル=マグヌスはインデックスの記憶を消さずに、彼女を救うことが出来たのかもしれないのだから。

「話を戻すぞ」

 垣根が冷たい声で言うと、再び場の雰囲気が変わる。
 神裂とステイルの二人の瞳に燃えるような『覚悟』が宿った。インデックスの記憶を消すためではない。インデックスを助けるための『覚悟』だ。

「インデックスの記憶を消さねえと死ぬ。これは事実か?」

「――――――――あの子の記憶を消す直前、重病患者のように苦しんでいたのは事実です。そして記憶を消すとそれが治ったのも事実」

「成程。だがインデックスの頭は別に『パンク』しねえ。けれど『現実』としてインデックスは『重病患者のような苦しみ』に晒されている。これも事実だ。今は家にいるインデックスはケロリとしてるけどな。という事は――――――――」

「十万三千冊の魔道書を記録している彼女が魔術師として牙をむけば、それは紛れもない『脅威』だ。なにせ十万三千冊の魔道書を自由自在に操るだなんて、誇張抜きにしても『魔神』の領域だからね。
彼女の造反を恐れたイギリス清教が、彼女に魔術的な『首輪』を用意して魔力を生成できない状態にして、更に一年ごとの記憶を消すことで彼女を『管理』しようとしたのも…………実に腹立たしくこの手で焼き尽くしてやりたいが納得できる真相だよ」

「となると、あの子を救うには『首輪』。つまりはあの子を縛る魔術をどうにかする必要があります」

「…………なんにしても、インデックスの体を調べねえ事には始まらねえな。
早速、あいつの所へ――――――――」

「待て。彼女には『歩く教会』がある。僕等が魔術を使って彼女を調べようにも、恐らく『歩く教会』のほうがそれを邪魔する」

 インデックスの『歩く教会』は魔術・物理問わずあらゆる攻撃や衝撃を受け流し吸収してしまう。そして『歩く教会』がイギリス清教が用意したのであれば、インデックスの『首輪』を調べようとする魔術すらも防いでしまうだろう。

 つまりインデックスを救おうとするのならば、彼女を守る『歩く教会』をどうにかする必要があるのだ。しかし『歩く教会』はステイルや神裂の魔術や攻撃だけではなく、垣根の未元物質すらも防ぐような防御性があるものだ。それを突破するには…………。

 垣根は思考を巡らせる。彼の学園都市でも最高峰の頭脳が唯一つ、インデックスの『歩く教会』を突破する為に回転していた。そして数分後。垣根の脳裏に天啓のように閃くものがあった。

「……………………………………脱がせばいいんじゃねえか」

「なっ! 貴方は一体何を考えているのです!」

「垣根帝督……! 貴様、彼女の貞操を何だと思っている!
そうか、能力者。お前が彼女の貞操を何とも思っていないなら――――」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「先ずはその幻想を焼きつくす!」

「おいコラ! 炎のデカいの出してるんじゃねえ。
大体色々と違うだろうが! キャラが! 正気に戻れ阿呆共ッ!」

 そして更に十数分後。
 垣根の未元物質を喰らいボロボロになったステイルと、ボロボロでないこそ肩で息をする神裂、そして垣根がいた。

「はぁ、はぁ、はぁ。
あのな、別にインデックスとナニをするって訳じゃねえよ。
ただあいつの『歩く教会』が衣服である以上、それを脱いじまえば効果はねえだろ」

「…………初めからそう言えば」

「言う前に攻撃してきたんだろうが。この馬鹿神父」

「そ、それは兎も角! 一体どうやって、あの子の服を脱がすんです?」

「別に難しい事じゃねえよ。シンプルなことだ。
服を着たまま風呂に入る奴はいないだろ。つまり、そういうことだ」

 垣根の家にいるインデックスは、ただ一日中TV見て煎餅を食べていた訳ではない。
 人間の生活に必要不可欠な睡眠もとっていたし、当然体の汚れを落とすために風呂にも入った。そして勿論、風呂に入る際はインデックスも服を、『歩く教会』を脱いでいる。

「作戦はこうだ。インデックスが風呂に入ると服を脱ぐ。そこを神裂、性別的にお前がインデックスを眠らせて別の服を着せ、後は『首輪』のことを調べればいい」

「成程。分かりました。浴室であの子を背後から眠らせるなどというのは気が進みませんが、あの子を救う為です。私も覚悟しましょう。ところで垣根帝督」

「あ?」

「あの子の服は、貴方の家にあるのですか?」


 つまりはそういう事である。
 男である垣根提督に見た目の年齢十四歳なインデックスにフィットする服なんてない。というか、あったら大問題だろう。
 なので仕方なしに垣根はこうして服屋まで出向いているという訳だ。インデックスのパジャマを入手する為に。ちなみにパジャマにした理由は神裂の勧めだ。風呂に入る時刻は夜であるし、長引くかもしれないのでパジャマのほうがいいだろうという。

(何で俺がこんな事を……。だがこんな下らねえ事に『スクール』の下部組織を使う訳にもいかねえ。っていうか使ったら不味い)

 もしも下部組織の人間に「十四歳の少女に合うパジャマを持って来い」なんて命令したら、垣根がロリータコンプレックスの烙印を押されるのは間違いないだろう。
 他のスクールのメンバーも垣根をそういう視線で見るに違いない。

(さっさと適当なもんを買って帰るか)

 もうこんな場所に一分一秒と長居したくはなかった。
 本当なら神裂なりステイルに行かせたい所だが、生憎と二人は学園都市においては異邦人であり、服装も奇天烈だ。最悪、警備員や風紀委員と要らぬイザコザを起こしかねない。

 勿論、別に垣根はただインデックスを助ける為に動いている訳ではない。ステイルや神裂達とはインデックスの『首輪』をどうにかする為に協力する見返りとして、二人が知る限りの『魔術』に関する全てを教えると予め約定しているのだ。
 垣根帝督には一つの『目的』がある。その『目的』を果たすために、魔術という科学とは別の法則を知る事は大きな助けとなる筈だ。
 そう全ては打算。インデックスのことなど………………二の次に過ぎないのだ。

 垣根はパジャマ売り場の一角で溜息をつく。
 はっきり言ってこんなことは自分のジャンルじゃない。

(どうせ俺が着る訳でもねえ。適当にサイズの近そうなもん買えばいいだろ)

 インデックスに合いそうなパジャマを吟味するのも馬鹿らしい。
 垣根は適当に目の前にある『変なカエル』の絵柄のパジャマを手に取ろうとして、

「あっ」

 隣にいた女子中学生と手が重なった。
 垣根の目が見開く。その少女と手が重なったから、ではない。垣根が驚いたのは、この少女の顔にだ。学園都市第二位の超能力者、垣根帝督には見覚えがある。茶髪っぽい短髪、学園都市きってのお嬢様学校たる常盤台中学の制服。
 少女の名は御坂美琴。つまりはLEVEL5の一人。能力名は超電磁砲(レールガン)
 学園都市第二位の超能力者と第三位の超能力者は、こうして邂逅を果たした。



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