とある魔術の未元物質
SCHOOL15  ゼ ロ


―――天使は力において神と等しくなろうと欲して法を破って堕ち、人間は知識において神と等しくなろうと欲して法を破って堕ちた。
学園都市の最終目標はLEVEL6、絶対能力者を生み出す事だ。それはある意味、知識において神と等しくなろうとする行為と同様である。だが果たしてそれは上に上がるというのか。神に対する反逆。それは俗に堕ちるというのではないか。








 世界とは無情なものだ。
 物語ならば勝利すべき時においても、現実ではそうはいかない。絶対に勝利すべき時に、必ず勝利出来るとは限らず、敗北してしまうのが現実というものだ。
 この物語の主人公、垣根帝督もまたそれだった。彼は絶対に勝利しなければならない戦いに敗北してしまった敗者だ。だが彼は敗者であって敗北者ではない。何故ならばまだ垣根帝督は諦めてはいないからだ。諦めない限り可能性はほんの僅かだが残る。奇跡というのは待っていたら起きるようなものではない。自ら起こすものだ。垣根帝督の翼が折れぬ限り、奇跡が起こる……いや奇跡を掴み取る可能性もある。だからまだ垣根帝督は敗者であって『敗北者』ではないのだ。
 そんな徹底的な『敗者』となりながらも再び飛翔しようと翼を羽ばたかせようとしている垣根帝督だからなのだろうか。彼に興味を持った一つの存在がいた。それの名前は○○○○。嘗てこの世界で最も強かった魔術師に、あらゆる知識を与えた者の名前だ。




 垣根は表向きの情報網、そして暗部としてのネットワークを使い一つの事を調べていた。即ち呪いの解呪。少し前ならば信じられなかったような『メルヘン』で『オカルト』な単語だ。もし垣根を知る者が見れば、いや知らない者が見たとしても、どこか頭でも狂ったか或いは変な新興宗教に引っ掛かったかと思うかもしれない。
 だが魔術や呪いなんてものが存在していることを、垣根はこの数週間の間に身に染みて分かっている。インデックスという少女がイギリス清教の『首輪』の呪縛により縛れている事も。
 垣根はこの数日間、インデックスの『首輪』を解除する方法を調べていたのだが、一向に目ぼしい情報は入ってこない。

「クソッ。幾ら外より二十年進んだ科学力といっても、オカルトにまでは対応してねえか」

 考えてみれば最初から方法が間違っていたのかもしれない。インデックスの『首輪』は魔術によるもの。つまりオカルトだ。オカルトを科学で解決しようなんていうのが駄目なのだ。それでも藁をも掴む思いで調べてみたが、やはり失敗。もしかしたら特異な能力者の中にそういった「オカルト」に対応している者もいるのではないかと調べてみたが、それも失敗だ。

「ふぁ〜あ」

 自然と欠伸が出てしまう。
 この数日、垣根は暗部の仕事をこなしたり、インデックスの『首輪』を調べたりなどハードスケジュールだった為、睡眠時間は殆どなかったのだ。
 いい加減寝ておかなければ『首輪』の解呪どころか、垣根の体がノックダウンするかもしれない。幾ら超能力者とはいえ体力は無限ではなく有限なのだ。疲れれば息も切れるし寝なければ意識が朦朧とする。

「……………………」

 なんとなく垣根はベッドで眠っているインデックスを見る。
 記憶を失ってから今まで、最初のぎこちなさがどうにか抜けてきて、漸く少しは自然に会話できるようになってきた。不幸中の幸いだったのは記憶を殺す魔術があくまで記憶のみであって、インデックスという少女の『人格』を殺すものではなかったことだろう。
 確かに垣根と過ごした日々を忘れてしまったインデックスだが、根底にある人格までは失っていなかった。もし『人格』までが失われてしまっていたら、その時は。

(関係ねえな)

 そんな想像を振り払う。
 インデックスは『人格』までは失わなかった。ならば『人格』を失ってしまった場合のIFなんて考える意味などない。如何でもいい事に思考を向ける時間も意味もないのだ。

「ていとく……」

「!」

 驚いてインデックスを見る。
 時刻は午前4時30分。まさかこんな時間に起きたのだろうか。

「ていとく…………おなかへった」

 だけどインデックスは起きているどころか、目すら開いていなかった。

「寝言かよ。人騒がせな糞ガキだ」

 やはりインデックスはインデックスだ。
 シスターの癖して暴食で、何処か天然な阿呆。変わらない。記憶を失ったとしても人格は変わってない。垣根は改めてそう思った。

 けれど、幾ら人格を失っていないとはいえ、垣根がなんのショックもなかったかといえばそうではない。人格はそのままだったとはいえ、インデックスは垣根帝督のことを覚えていないのだ。
 それは朝何時ものように起きたら、自分の両親が自分の事を全く覚えていなかったのと同じような事である。同じ人間、同じ人格だというのに、自分の事は何一つ覚えていない。ある意味死よりも残酷なことだ。ステイルも神裂もこれと同じショックを受けたのは間違いないだろう。

 だが垣根帝督とステイル達が違うのは『首輪』の事を知っているか否かだ。ステイルと神裂は『首輪』の事を知らなかったが故にインデックスが記憶を失ってしまうのを『運命』と諦めた。だが垣根は『首輪』のことを知っている。だから諦めなかった。『首輪』さえどうにかすれば、インデックスが一年ごとに記憶を失うなんて事はないのだから。

 けどそれは果たして垣根にとって『幸運』なのだろうか。
 もし垣根帝督がこれから先もインデックスの『首輪』を如何にかする事が出来なかったならば、いずれはステイルや神裂と同じように『運命』と諦めてしまうのかもしれない。そうなれば『首輪』の事を知っていて尚且つ最初に諦めなかっただけに、より苦しい結果が垣根には待っているかもしれないのだ。

「垣根帝督」

 唐突に何の前触れもなく、全身が光り輝いた人間が現れた。

「………………やばい幻覚が見えてきた。過労だな、過労。
睡眠が大切だって、深く理解した」

「ふふふふ。幻覚というのは案外的を射た表現であるが、生憎と過労による幻覚ではないよ」

「すげえな。幻覚が幻覚じゃねえとか言い出した。
流石は学園都市、幻覚も伊達じゃねえな」

「哲学だね、垣根帝督。だけど生憎と幻覚が幻覚と言っているのではなく、曖昧なkajaであるが、私はこうして一応はkvvnaしているよ」

 言葉に変なノイズが奔るその『人間』は、どうやら本当に幻覚ではないらしい。
 しかし、これは本当に『人間』なのか? 全身が光り輝いているのは能力者であると仮定すれば有り得なくはない。垣根だってやろうと思えば全身から光を放つことだって出来るかもしれないのだから。
 だがそういった能力だとかオカルトだとかが矮小な言葉に見える程、目の前に重力を無視して浮かぶ存在は常軌を逸していた。

「俺の質問は一つだ。………………誰だ、テメエ?」

 金色の長髪。肢体を包むゆったりとした白い装束。正確な性別は不明だが、見た目だけならば女性に見える。喜怒哀楽の全てがあり、それでいて人の持つ感情とは明らかに異質なものを根幹に秘めた、極めてフラットな顔つき。

「私が何者か、か。
『ドラゴン』というのも近いが『天使』という単語にも対応している。
巷で騒がれる地球外生命体や聖守護天使、近代西洋魔術結社群におけるシークレットチーフの真なる者、などという仰々しいものに比べれば、ずっと本質に近い」

「五字以内で言え」

「私、エイワス」

「エイワス………………知らねえな」

 暗部組織のリーダーである垣根はそれなりに学園都市の裏事情にも精通しているが『エイワス』などという単語も存在にもお目に掛かった事はなかった。
 というより、垣根にはこのエイワスと名乗った存在が全く理解できなかった。科学の産物であるようにも見えるし、見えなくもある。魔術の産物であるようにも見えるし、見えなくもある。
 魔術だとか科学だとかの既存の枠を嘲笑う存在、垣根にはそう感じられた。

「知らないのは当然だ。私の存在を知るのは、生憎とかなり限られている。ふふふ、単純に一言で言い表すのならば『学園都市のトップシークレット』とするのが適切だろう」

「で、トップシークレット様が俺に何の用だ? …………というより、何で今この瞬間にテメエは現れやがった?」

 暗部のリーダーである垣根が、その存在を全く知る事の出来なかったトップシークレット。ならば一体どうして、そんな存在がこんなにも簡単に自分の前に姿を晒したのかが気になる。

(まさか、この俺を口封じに)

 十分あり得る可能性だ。
 もし学園都市が、能力者に『魔術』という存在を隠しておきたいのならば、この場で垣根帝督の口を永久に封じてしまおうと考えてもおかしくはない。

「フム。生憎とその予想は外れだ。私は別に君を殺しに来た訳でもない。
今のところは敵でもないよ」

「テメエ、俺の心を!」

「読心した訳ではないよ。単なる君の思考パターンなどを考察上で導き出した推測さ」

 エイワスという謎の生命体は、ある意味単純な読心術よりも難易度の高い事をさらりと言った。その規格外さに垣根は警戒をより強める。エイワスに気付かれないように自身の能力である『未元物質(ダークマター)』を発動させる用意をして、

「だからそう警戒する必要はないよ垣根帝督。私は現状では君の敵でもないし危害を加える意思もない。実際のところ未だ不完全な状態でのknj君ajga…………いかんな。この程度も表現できないのか。この世界にはヘッダが足りないな。
さて、そうだな。この世界でも表現できる言葉で表すのであれば、私の現出は不完全なものであり、出てきた理由は君と言う存在に興味を持ったから、とでもいうところか」

「ストーカー野郎が。死にてえのか?」

「死ぬ、か。それもまた興味深い。私に『死』などという概念はなく、ただkjag真kakjgaがあるだけだが。けれどkgjaj世nvnieにおける君のngkj異kjakjは私のkjgn閲vninfnしてきた世界でも珍しく、そして興味深い」

 いよいよエイワスの言う言葉がノイズだらけになってきた。
 垣根に聞き取れたのはエイワスに『死』という概念がないことと、エイワスがなんらかの物事に強く興味を示しているということくらいだ。

「そういえば、気づいているかね?」

「何に?」

「君の目的の一つは、アレイスターのプランに関するものだったと予測しているが」

 一体どこまで知っているのだ。この謎の生命体は。
 何度か会話した事のあるアレイスター以上にエイワスという生命体は異常だった。
 けれどエイワスの次に語る言葉は、更に垣根を驚愕させる。

「知ってるかね? 君が禁書目録を救おうと決意した時から……否、禁書目録と垣根帝督が邂逅した時から、アレイスターのプランは致命的なまでに歪み始めていることを」

「プランを!?」

 一体どういうことなのだ。
 垣根もアレイスターが何らかの『プラン』を行おうとしている事は知っている。並列するプランが幾らでもあり、どれだけ歪めようとも結局は元のプランに戻ってしまう事も。

「そうだな。xhhiazu術vnieのnixiu解を………………いかんな。アレイスターも慎重な事だ。核心の核心に関する事は表現出来ないか。
だが大まかにいうのならば君はアレイスターの『スペアプラン』ではなくなりつつあるということだ」

「俺が、スペアプランじゃなくなるだと……!」

 垣根帝督は、学園都市第二位『未元物質(ダークマター)』は、第一位の超能力者『一方通行(アクセラレータ)』のスペアだ。一体なんの『スペア』なのかは分からないが、自分がアレイスターにとっての『スペア』だということは知っている。
 だがもしエイワスの言う事が正しいとして、自分がスペアではなくなったということは、一方通行を抜かして『メインプラン』に躍り出たという事なのだろうか。

「残念だが君は一方通行を抜かして、第一位になった訳でも『メインプラン』になった訳でもない」

 けれどそれを、エイワスはバッサリと切って捨てた。

「強いて言うのならば『セカンドプラン』か」

「『セカンド』だと。『スペア』とどう違う?」

「『スペア』とは『メイン』の代用品ということだ。しかし『セカンド』とは単なる代用品ではなく、それ単体が一つの『プラン』として成り立つという事でもある。けれど、もしかしたらこれは君にとっては嬉しくない事かもしれないな。君が『スペア』から『セカンド』になったことで、アレイスターの『プラン』は逆に前進したとも受け取れなくはない」

「ゴタゴタと五月蠅え野郎だ。俺が『スペア』から『セカンド』に格上げだと? ふざけてやがるな。俺がアレイスターの糞野郎のお気に入り代用品からお気に入り二号になったことを、ケツ振って大喜びするとでも思ってやがるのか? テメエはそれを言う為だけに、わざわざこんな時間に来たってのか。なら一つだけ言ってやる」

 垣根が未元物質を右手から精製する。
 そのままそれを放ち、エイワスに正体不明の爆発を喰らわした。

「やれやれ君も短絡的だな」

 けれどエイワスという生命体は、傷一つとしてついている様子はなかった。
 そればかりか垣根に正体不明の衝撃が走った。未元物質という世界に存在しない素粒子を生み出し操作する垣根でさえも全く分からぬ未知の攻撃。
 垣根はそれを仕掛けてきたエイワスをキッと睨む。

「テメエ、何をしやがった?」

「ふふふふ。私は別に何かをしたつもりはないよ。私からしたら未元物質による爆破攻撃など、真実天に向かって唾するようなものだ。
けれどアレイスターの奴め。私に自己防衛プログラムでも仕込んでいるらしい」
 
 エイワスがあっさりと続ける。
 その様が、まるで見下されているようで、余計に腹立たしい。

「私は一つ『アドバイス』をしに来たというべきかな。
垣根帝督が禁書目録を救う為に歩む。既存の予定とは掛け離れ過ぎる組み合わせだが、それが既存のzie便snoaというのも興味深い。だが難しいな。禁書目録の『首輪』は対魔術師に特化したイギリス清教が技術の全てを費やして作り上げたセキュリティーだ。そんなセキュリティーを理不尽に破壊するものなど普通は存在しない。ふふふふ、アレイスターの奴も酷い真似をする。明確なる答えを知りながらもそれを隠すか」

 理解出来ない言葉を、エイワスは紡いでいく。
 だけどエイワスが次に放つ言葉は、垣根にも簡単に理解することが出来た。

「ロシアに行け」

 エイワスは一つの国名を告げた。
 この世界中で最も広大な大地を持つ国の名を。
 
「正確にはそこから独立した『エリザリーナ独立国同盟』か。
ではまた逢う日までさようなら、と言っておこう垣根帝督。
縁があれば、また巡り合う時もあるだろう」

 そう言い残し、エイワスと名乗った化け物は消えた。
 だが消滅したのではない。それは分かる。

「ロシア……『エリザリーナ独立国同盟』」

 垣根は漸く掴んだヒントを復唱してみる。
 悔しいが全く手掛かりのない垣根には、エイワスの言葉はヒントに違いなかった。




エイワスくゥゥゥゥゥゥゥゥンな第十五話をお送りしました。
垣根がどんどん『幻想殺し』から離れていく。

そして、結局そろそろ超アイテムな季節な訳ですよ。



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