とある魔術の未元物質
SCHOOL23  ブレイク アウト


―――幸福はつかぬ間の夢、悲しみは一年続く。
皮肉なことに人間は幸福よりも、悲しみや不幸を長く記憶してしまいがちだ。
子供の頃、恐い夢などを見た人ならば分かるだろう。幸せで楽しい夢は直ぐに忘れてしまうが、恐い夢というのは中々トラウマとなって忘れられないのだ。









 機長室に突如として乱入してきた少年は、見た目だけならば至って普通であった。
 全体的に顔は整っており、ファッションセンスも悪くない。けれどその身から発せられる雰囲気は紛れもなくハイジャック犯のリーダーの男に似ていた。
 少なくともカタギの一般人に出せるような気配ではない。

「……禁書目録にはナイトがついてるってのは知っていたが、成程『魔術師』じゃなくて『能力者』の方だったとはな。
こりゃ意外だ。オカルトの塊といっていい禁書目録のナイトが、よりにもよって科学の産物とはねぇ〜」

「…………テメエ、何だ?」

 垣根はそれなりの力を込めて男を殴った。
 殺しはしないまでも二三日は上手く顎が動かせないようなダメージを与える程度の威力で。
 だというのにテロリストの男は、顎にダメージどころか傷一つない。吹っ飛ばされて壁に叩きつけられたにも関わらずだ。

「テメエと同類だよ、能力者。
尤も俺はメイド・イン・学園都市じゃなくて『天然』だけどな」

「そうか。お前『原石』か」

 原石とはその名が示す通り、学園都市の時間割(カリキュラム)に頼らず、外で偶発的に生まれた天然の能力者のことだ。
 学園都市にも数こそ少ないが何人か『原石』はいる。LEVEL5の第七位など世界最大の『原石』とされる男だ。

「ご名答。そういうテメエは学園都市の能力者か?」

「答える義務はねえな」

「つれねえな。そんなんだと女にモテねえぞ。
腐るほど女を抱きたきゃな、甲斐性ってのを持った方がいい。
まぁ俺自身で口説いた事はねえんだけどな。女は何時も現地調達だ」

「下品な野郎だ。その口閉じてくんねえか。
お前の声聞いてると苛々すんだよ」

「あー悪い悪い。そうか俺の声聞くと不愉快なのかぁ。
そりゃ仕方ないわな」

 瞬間、暴風が巻き起こった。
 機長室の床が凹む。そう認識した時には、既に垣根の腹にテロリストの拳が突き刺さっていた。
 圧倒的な重量とスピードの篭った一撃は容易く垣根の体を吹っ飛ばす。機長室の扉を破壊し、尚も勢いは止まらない。通路に人がいなかったのがせめてもの幸いだろう。
 このままだと旅客機を貫いてしまうのかと懸念された垣根の体は、とある障害物にあたるとピタリと停止した。

「ていとく、どうしたの!」

「機内に内臓されたジェットコースターだよ。
融通が効かねえ事に、乗客を殺しっちまう暴れん坊マシーンだがな」

「それって俺の事を言ってんのか?」

 何時の間にか垣根とインデックスの前には、『原石』と名乗った男がいた。
 どうやら原石としての『能力』でここまで追ってきたのだろう。

「当たり前だろうが。何処の世界に人一人誘拐するのに旅客機墜落させようとする馬鹿がいるんだよ」

「それだけ魔術師にとって『禁書目録』が重要ってことだ。尤も作戦内容の80%は俺の趣味なんだけどな。
良いシナリオだろ? 2度目の911に沸くアメリカ民衆、起こる報復ムード。案外第3次世界大戦なんてお祭り騒ぎに発展したりして。
そうすりゃ俺も仕事が増えて万々歳なんだけどねぇ〜」

「C級だな。んな糞下らねえストーリー、餓鬼だって思いつく。
断言するぜ。お前脚本家だとか映画監督には向いてねえ。ただC級映画を量産するだけだ」

「そうかい。ま、別に俺は脚本家でも小説家でもねえから関係ないけどな。それにしても良く生きてたな、お前も。
一応普通の人間なら胴体を貫くような感じで殴ったんだけど、やっぱり能力で防いでた訳か。
気になるな、なんなんだお前の能力?」

「答える義理はねえよ、糞野郎」

 ここは飛行機の中だ。
 本気で戦えば冗談抜きで飛行機がぶっ壊れかねない。
 だからこそ範囲を最小限に。出来るだけ対象のみを狙う。

 垣根が腕を振るった。
 巻き起こる烈風。扉だろうとビルの壁だろうと吹き飛ばすような風圧は、しかし『原石』の男には通用しなかった。
 男を吹き飛ばす筈だった烈風は、正体不明の不可視の壁に阻まれてしまい届かない。

「インデックス、少し下がってろ」

「でも……」

「いいから下がってろ。相手は魔術師じゃねえ、能力者……つまり科学だ。
科学ってならお前じゃなくて俺の領分だ。安心しろ、直ぐに終わる」

「分かったんだよ。でも、無理はしないでね」

 インデックスも自分が『科学』に疎い事は承知しているのだろう。
 わりと素直に頷いてくれた。それに対して垣根は自信満々に、

「誰に言ってやがる?」


 垣根がそう言ったのと、二人の能力者が激突したのはほぼ同時だった。
 未元物質を纏い突撃した垣根。だがそれを受け止める『原石』
 パワー自体は互角。本来なら垣根はもっとパワーを出せる筈だが、もし垣根が本気で戦えばほぼ確実に旅客機は戦いの余波で墜落する。だから垣根は本気を出せずにいる。けれど、だからといって垣根のほうが男より強いかといえばそれは分からない。幾ら垣根が本気を出していないとはいえ、それは相手の男とて同じなのだ。もっと強力な力を持っているのに、本気を出せずにいる可能性は十分にある。
 
 耳を澄ませば機内はかなりパニックになっていた。
 二人の戦っている場所から離れた所では、乗客が人を超えた戦いを目にしたことで恐怖に震えている。
 無理はないだろう。幾ら彼らが日本人で、学園都市という『能力者』を生み出す技術が存在すると知っていても。
 ただ『知っている』のと実際に『目にする』のとでは意味が全く異なる。
 特にこのような死ぬか生きるかの極限状態では尚の事。
 
 そして戦っている当人たちの一人である垣根帝督もまた困惑していた。
 『原石』と名乗った男はあらゆる攻撃を紙一重で防いでいる。頭を狙っても腕を狙っても胸を狙っても、あらゆる攻撃は男に届く前に正体不明の不可視の壁に阻まれてしまう。
 垣根はこれに良く似た能力を二つ知っていた。一つは先日戦った『アイテム』の構成員の一人である絹旗最愛の『窒素装甲(オフェンスアーマー)』。もう一つが学園都市における序列一位、最強のLEVEL5である一方通行(アクセラレータ―)が常時オートで発動している『反射』の膜だ。垣根自身は直接戦ったことはないが、一方通行の『反射』は文字通り一方通行にとって悪性がある全てを反射してしまうので、実質的に一方通行に攻撃を加える事は出来ないというトンデモナイ能力だ。
 この両者の能力は強度も性能も大きく違うが、共通しているのは常に体全体を覆っているということだ。
 けれどこの『原石』の男は違う。垣根も未元物質によって解析した時は信じられない事だったが、この男は不可視の防御膜を常に展開してはいない。
 インパクトの瞬間、インパクトする部分だけに一時的に壁を作りだし攻撃を防いでいるのだ。これで垣根の攻撃がただのパンチや蹴りなら分かる。優れた戦士ならばパンチや蹴りがインパクトする部分を的確に防ぐ事も出来るだろう。
 けれど垣根の繰り出している攻撃は銃弾並み、或いは銃弾を遥かに超える速度で放っているのである。それをあろう事かこの男は読み切り、全てを的確に最小限の労力で防いでいるのだ。
 格闘センスだとか、才能だとかというレベルではない。もっと別の、とんでもない絡繰りがある。

「どうした、動きがトロいぞ」

「何時までそんな自信満々でいられるかな?」

 だが幾ら相手が恐ろしい能力を持っていたとしても、それも垣根が相手の能力を解析し終えるまでの事だ。
 見た限りこの男の能力は学園都市第七位のような『正体不明』の力ではない。
 しっかりと確固たる正体がある類の、自然界に当然のごとく存在する能力だ。ならば自然の理を天界の理で侵食する未元物質(ダークマター)の敵ではない。

「強いねぇ〜。こいつは驚いた。
禁書目録のナイトは単なる能力者じゃなくて、LEVEL5クラスの使い手だったか。
イカしてるぜ、御姫様と愛の逃避行をする超能力者。今年の主演男優賞は頂きかな超能力者クンッ!」

「そうだな。ならテメエには助演やられ役賞をくれてやるよ」

「それは光栄。けど知ってるかぁ〜。
ハリウッド映画ってな、わりとBAD ENDも多いんだぜェ―――――――――ッ!」

「!」

 突然男の力が段違いに上昇した。
 パワーアップ、という訳ではないだろう。恐らくこれが元々の全力だったのに、飛行機を破壊しないように最低限気を配っていたのだ。けど男はその制限を外した。旅客機を墜落させる事を良しとすることで、男は全力を出したのだ。
 垣根の体に嘗てない程のパワーが掛かる。未元物質で威力を吸収しようと試みたが……………吸収しきれない。

「この、野郎……!」

「飛んできな、超能力者。
そして後悔しろ。レッドブルがあればお前は死ななかったのに。俺は一日二十杯飲んでいる」

 轟音。垣根帝督の肉体が飛ぶ。
 圧倒的パワーで吹き飛ばされた垣根は、旅客機の壁を容易く貫き、そのまま高度九千メートルの上空へと投げ出されてしまった。
 急に外壁の一部が破壊されたことで外との気圧差により、船内に暴風が巻き起こり、船内のありとあらゆる物を外へと飲み込んでしまう筈だったが、不思議とそれはなかった。
 恐らく男が正体不明の壁を壊れた外壁に作りだしているのだろう。

「さて、と。俺としちゃ海のど真ん中での墜落ショーも面白かったけど、やっぱ神様は911のリプレイがお望みのようだぜ」

 インデックスにテロリストの魔手が迫る。
 本来追っ手からインデックスを守るべきナイトは、ここには誰もいない。
 この旅客機内からインデックスの味方は、誰もいないのだ。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.