とある魔術の未元物質
SCHOOL25  空


―――人は自分に自信のないとき嫉妬する
自分に自信が持てない者は自分の力を信じられないから、他人の力が強く映ってしまう。
そして自分より格上の存在を見たら、どうしても羨ましく思ってしまうのが人間だ。
人生嫉妬を一度もせず生きられる人間は少ない。けれど嫉妬をバネにして成長した人間もまた少なくはない。嫉妬は決して悪い事ばかりではないのだ。









「おいおいおいおい。学園都市の超能力者は何時からオカルトに染まっちまったんだ!?
なんだその真っ白い翼は。似合ってねえぞメルヘン野郎」

「心配するな、自覚はある」

 再び両者は対峙した。
 垣根は自身の白翼で旅客機を破壊しないように、大きさを調節し程よいサイズにする。
 重力を感じさせない動きでふわりと地面に降り立つと、垣根はインデックスの前に立った。

「下がってろ。三分で終わる」

「分かったんだよ。でも無理はしないでね」

「しねえよ。ってかする必要もねえ」

 コキコキと肩を鳴らす。
 コンディションは上々だ。能力の発動具合も悪くない。
 漸く体が温まってきた。

「格好つけるのは良いけどなぁ、超能力者クン。
そんで負けたら格好悪いぜぇ〜」

「チッ。馴れ馴れしいんだよ糞野郎が。
最後通告だ。大人しく地面に這い蹲って『ごめんなさい』と言え。
そうすりゃ寛大な心で99%殺しで済ませてやるぜ」

「断れば?」

「あの世行きだ」

「そうかい」

 『原石』の男はやれやれと溜息をつく。
 そして懐からライターを取り出し煙草に火をつけた。煙草を咥え、美味そうに煙を吐き出したところで、

「悪りが先行って場所取りしといてくれェええええええええええええッ!!」

 爆音を響かせながら男が迫ってくる。
 体当たりといえば原始的だが、強大な能力を纏ったその体当たりは徹甲弾……いや超電磁砲並みの破壊力だ。

「人の話は聞いとけよテロリスト。『解析』は完了したつったろうがボケ」

 フッと男の速度が減衰した。先程の超高速が嘘のような速度。それでも常人に比べたら遥かに速いが、ただの自動車以下のスピードになる。
 垣根はニヤッと笑う。車以下の速度、その程度の相手ならば垣根帝督にとって明確なる『障害』どころか路上の蟻に等しい。
 ボンっという音を立てて垣根の拳が男にヒットする。男の展開した不可視の壁は、威力を減衰するだけで防御は出来なかった。

「俺の……壁を突破してきた、だと?
それも純粋な貫通力による突破じゃねえ。俺の『壁』を低下させた……?
いや法則を塗り替えた、のか……?」

「種が分かっちまえば単純でつまらねえ答えだったぜ。
テメエが操ってたのは第七位の野郎のような訳の分からねえ力でも、全く未知のエネルギーでもねえ。
モノを引っ張る力『引力』とは真逆のモノを引き離す力『斥力』。そいつを操ってるだけだ」

 嘗て垣根は神裂火織との戦いにおいて、未元物質と接触した負荷の強くなった重力を使い攻撃したことがある。だから今回はその逆をしたのだ。
 精製した未元物質を『斥力』に接触させることで、『斥力』の負荷を弱くしたのだ。

「たっく滅茶苦茶な奴が禁書目録のナイト様に就任してたもんだ。
仕事前のレッドブルを欠かしたのが悪かったのか? こりゃ本当に格好悪いわ。大した悪足掻きも出来ねえ」

 コンコンと飛行機の床を叩きながら、男は立ち上がった。
 
「誇っていいぜ。お前の能力、学園都市ならLEVEL5認定は間違いねえほどの代物だよ。
もしかしたら第三位までのLEVEL5なら勝てたかもしれねえな」

 学園都市の超能力者における序列は第二位と第三位との間に、決して超えられない壁がある。
 あらゆる攻撃を反射し、既存のベクトル全てを操作する一方通行と、
 この世に存在しない物質を生み出し、自然の法則を歪める垣根帝督。
 通常超能力者の序列は力の優劣ではなく、その能力が生み出す利益によって決定するが、上位二人のみは統括理事長アレイスターのメインプランとスペアプラン(セカンドプラン)という特殊な意味合いがある。
 もし仮に『原石』の男が相手しているのが垣根帝督ではなく一方通行だとしても、斥力のベクトルを反射され相手にもならなかっただろう。
  
「十字教徒なら神に祈れ、仏教徒なら仏に祈れ、無神論者ならお前を生んだ両親に祈れ。両親すらいねえなら自分の人生に祈れ。
ここがお前の人生の終着地点(ゴール)だ、お疲れさん」

 勝敗は明らかだった。
 暴風を纏い一瞬で十メートル近い距離をつめた垣根は、思いっきり男を蹴り飛ばした。
 
「快適な空の旅をご堪能あれってな」

 垣根が手を振るうと破壊された壁を防いでいた白い物質が消失する。
 すると当然のように予め垣根が未元物質で防いでいる一帯を除き、機内を暴風が襲う。男は能力を発動させ、それから逃れようとするが上手く発動させることが出来ない。ギョッとして自身の体を見た『原石』の男は、自分の体に白い羽があちらこちらについているのに気付いた。
 逃れられない事を悟ったのだろう。男はふっと笑みを浮かべてみせると、そのまま高度8000mの空へと投げ出されていった。

「終わったの?」

 インデックスがおずおずと問いかけてくる。

「こういう場合は突如としてパワーアップした敵が襲ってくるのがセオリーだが、そのお約束は無視させてもらうぜ。
あの糞野郎なら今現在落下中だ」

 しかし、随分と派手に暴れてしまった。
 ここまでやったのだ。数日中……いや今日中にも情報が学園都市に伝わるだろう。

(…………馬鹿正直にこのまま乗ってくってのも、面倒臭えな。
危険覚悟で能力で飛んでった方がリスクは少ねえかもしれねえ。流石に能力で飛んでてハイジャックってのはねえし))

 既に機長もそして遠くからこちらを見ていただろう他の乗客達も、垣根帝督が学園都市の能力者であることに気付いているだろう。このままロシアに行ったとしても現地で警察なりなんなりから事情聴取につれていかれるのは間違いない。
 それ以前にこのままロシアに行けるかどうかすら怪しい。これほどの事が起きたのだ。ロシアに行く前にどこか手近な空港で一時着陸するかもしれない。
 
「やっぱり、こうなんのか」

「て、ていとく!?」

 垣根はインデックスを抱きかかえた。
 インデックスが顔を真っ赤にしてアタフタしている。
 それも当然。背負うと背中から生えている翼で吹き飛ばされるのかもしれないので仕方ないとはいえ、今の状態は所謂お姫様抱っこというものだ。年頃の少女であるインデックスが緊張しないほうが可笑しい。
 
「こ、この体勢はちょっとドキドキしちゃうかも。
なんだか凄い展開を想像しちゃうんだよ」

「おいインデックス。口閉じろ口。
開けてると危ねえぞ」

「く、口!? そうだね。私もいきなり口を開けてはあぶのーまるだと思うんだよ!」

 垣根は口を開けてると舌をかむ、という意味で言ったのだがインデックスは変な方向に勘違いしていた。
 けれど先の戦いで少しばかり披露していた垣根はそれに気づく事もなく、

「何言ってんだ、おい」

「でもそういう時は目を閉じてろ、って言うんじゃないかな!」

「…………なら目も閉じてろ」

 適当に返答しながら、垣根は機長を叩き起こす。
 当然ドキドキしながら瞳を閉じているインデックスには全く気付いていない。

「ぁ……」

「おーい機長さん。俺達ここで途中下車……この場合は途中下飛行機するから後は宜しく。
サービスでこの壁は俺の未元物質で一時的に塞いどいてやるから、後は保険でなんとかしろ」

「ま、待ってください! 途中下飛行機って何をする気ですか!?」

「何って…………空飛ぶんだよ」

 呆気からんと言うと、次の瞬間には垣根帝督の体は巨大な空へと投げ出されていた。
 けれど落下することはない。巨大な白翼を悠然と広げると、そのまま戦闘機並みのスピードで素っ飛んで行く。

「ていとくッ! なんで目を閉じたら急に空飛んでるの!?」

「言ったろう、口閉じろって」

「それだけじゃ分かるわけないんだよ!
それとお腹減った」

「またか! お前は文句言うか飯要求する以外にねえのか!
って腕に噛み付くな、落とすぞ。本当に…………あ、いけね落とした」

 わいわいがやがやと実に騒々しく滅茶苦茶な空の旅。
 ロシアに着いた垣根がインデックスに噛みつかれたのは言うまでもない。






 同時刻。
 垣根によって飛行機から叩き落とされ死んだ筈の『原石』の男は、完全に無事とは言い難いが生きていた。垣根にとっての誤算はこの男が魔術師であった事を知らなかった事だろう。
 『原石』の男は凍った海の上で欠伸をしながら、携帯でクライアントと連絡をしていた。

『一体どういうことだ、劉白起! 禁書目録の誘拐に失敗したとは!』

「文字通りの失敗だよ失敗。俺とした事がやられちゃったわな〜」

『ふざけているのかっ! 世界に百人といない『原石』の一人であり、世界に二十人といない『聖人』でもある貴様が失敗するなんぞ有り得ないだろう!?』

「俺の実力を買ってくれるのは嬉しいけどね。世の中には上には上がいるんだぜクライアント。
今回は禁書目録のナイトが俺よりも上だったってことだろう?」

 『原石』の男は、劉白起は嘘を吐いた。
 確かに世界中探せば彼より上の使い手はいるかもしれない。けれど垣根帝督との戦いで、彼は全力を出していなかった。使っていたのは原石としての能力だけで、聖人としての強さも、魔術師としての魔術も使ってはいない。本気を出さなかったというよりは出す気がなかったと言うべきだろう。聖人としての生命力と自動回復術式の恩恵で能力者でありながらも魔術を使う事が出来る彼だが、それでも負担がゼロという訳ではない。

『貴様、ふざけて………………なんだ、騒がしいぞ。一体なに―――――――――』

 ツーツーと通信が途絶えた。
 劉白起が切ったのではなく、向こう側から切れたのだ。

「ソレと言い忘れてたけど、俺はアンタ等からのオーダーと一緒にもう一つの依頼を受けていてね。
内容は『山ウサギ』……つまりアンタ等の結社の居場所の特定だ。良い依頼だったぜ。前金だけで百万$。
ビジネスってのはローリスクハイリターンが最高だよな」




ちなみに漸く名前の明らかになった彼は実はラスボス…………な訳なく、彼の立ち位置は言うなればジェリドです。Ζガンダムの。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.