とある魔術の未元物質
SCHOOL32  ボルシチ の 乱


―――条約が有効なのは、私にとって有益な間だけだ。
不利な条約は片っ端から強制破棄し、有利な条約だけを残す。
このような暴虐が行える事は、普通はない。だが意外にも稀にそういう機会に恵まれる事がある。
そういう時は大いに条約を破棄し、大いに他国を蹂躙するのもよい。








 ロシア成教にきて五日目(垣根が眠っている時間を含めれば八日間)。
 出会いがあれば別れがある、とは言ったもので垣根達もロシア成教を出る時がやってきた。
 幸いエリザリーナ独立国同盟はこの教会から車で二時間程度の所にあるらしい。垣根が未元物質を使い全力疾走すれば一時間足らずで着けるだろう。
 
「悪いな。見送りまでさせて」

「本当にありがとうなんだよ。今度会ったら恩返ししたいかも」

「第一の解答ですが、私もこの八日間は興味深かったです。エリザリーナ独立国同盟から帰る際にも寄ってください」

「ぐふふふふ。その時はお姉さんがたっぷり可愛い衣装をぐぎゃッ――――――」

「撤回します。この変態の魔手にかからない為にも寄らない方がいいかもしれません」

 サーシャは相変わらず淡々と、けれどこちらに対する気遣いを感じさせながら言った。
 ついでにワシリーサのほうはビクンビクンと悶えている。この数日間でM属性に目覚めたのかもしれない。

「主にサーシャ、サンキューな。ついでにワシリーサも。
今度会う時は借りは返させて貰うぜ」

「第二の解答ですが、余り気にしなくてもいいですよ。私もそこで悶えている糞野郎も教会に所属する修道女。命の危機に瀕している人を救うのが仕事ですから」

「おいおい無償で人を助けるのは仕事とは言わねえよ。そればボランティアっていうんだ。
それとも俺から十万$くらいふんだくるか?」

「だ、第三の解答ですが、そのような気は毛頭――――――」

「ジョークだよジョーク、一々真に受けるなって。
ま、恩知らずってのは地獄の最下層だろうと天国の果てだろうと長生き出来ねえからな。
なにか困った事があれば言うだけ言ってくれ。魔術的問題なら一応こいつが役に立つかもしれねえし」

 ちょんとインデックスを指さす。
 見た目だけで判断すると、ただの暴飲暴食シスターに過ぎないが、これでも十万三千冊の魔道書を記録した魔道書図書館だ。魔術的暗号なども大抵は一瞬で解答を導き出せる。
 
「ていとく。一応っていうのはなにかな?
これでも私は『必要悪の教会(ネセサリウス)』に所属する立派なシスターなんだよ!」

「魔術は使えねえけどな」

「むぅ〜〜〜〜!」

 インデックスの口元の白い歯が光る。
 そのままガブリ、と垣根の脳天に噛み付いた。

「いてててててててててて!! 毎回毎回噛み付いてんじゃねえ!」

「むぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!」

 どうにか引き離そうとするが、インデックスの『歩く教会』のせいで力が吸収されてしまい引き離せない。
 故に垣根が痛みから解放されるにはインデックスの口撃が終わるのを待つしかないのだ。

「第一の質問ですが、貴方達は毎回このような感じなのですか?」

「いい加減に離せっ! ………………そうだな。この糞餓鬼ときたらキレると直ぐに噛み付きやがる」

 なんとかインデックスを引き離した垣根は、痛む頭を摩りながらサーシャの問いに応じた。

「私を猛獣みたく言わないで欲しいかも」

「お前と一緒に生活してると、話し合いの偉大さが良く分かってくるわ」

「どういう意味なのかな、それ?」

 キラリとインデックスの歯が光る。
 だが垣根とてただやられるばかりじゃない。既にインデックスの行動パターンは把握している。

「今噛み付いたら、今後おやつ抜きな」

「ていとく、毎日ありがとうなんだよ!」

 おやつ抜きと言われた瞬間、態度を翻したインデックスに内心呆れる。
 だがこれも個性なのだろう。もし明日突然インデックスが小食になったら、先ず最初に偽物だと疑う。

「インデックスちゃん。食べるんなら私の方が食べごろかもよー?
私を食・べ・て」

「死ね」

「第四の解答ですが、地獄に堕ちろ年増」

「わしりーさって、食べるとお腹壊しそう」

「…………酷い」

 垣根とサーシャばかりか、インデックスにまで追い打ちを掛けられたワシリーサは、瞳に大粒の涙を浮かべ泣き出してしまった。
 だがインデックスは多少なりともオロオロしていたが、垣根とサーシャは完璧に無視して話を続けていた。
 日ごろの行いが如何に大切かということである。

「あぁサーシャ。これ俺の携帯番号。
まだ通信魔術なんざ使えねえし、幾ら魔術師が最新技術に疎いったって電話くらいは使えるだろ」

「第二の質問ですが、確かに使える事は使えますがどうして」

「難しく考えんじゃねえ。
この俺とした事が命を救われっちまったんだ。つまり情けねえ事にお前は俺の命の恩人ってことになる。
何遍も言うようだが借りは返す主義だからな。いざ助けが欲しいって時に連絡がとれなきゃ不便だろ」

「第五の解答ですが、私は見返りが欲しくて助けた訳ではありませんが」

「なら第五の解答に解答だが、借りを返す返さねえってだけじゃなく連絡先の一つくらい知っといて損はねえだろ。お前だってもしかしたら学園都市の情報が欲しくなるかもしれねえじゃねえか」

「だ、第六の解答ですが、口調を真似ないでください」

「だけど物騒な話だけじゃつまらねえ。
なんなら熱烈なラブコールしてきてもいいぜ」

 ケラケラと笑いながら垣根が言った。

「ラブコール!? いや、ですがその……。第三の質問ですが、私は――――――――」

「てェェェェェェいィィィィィィィィィとォォォォォォォォォォくゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!」

「いきなり復活すんじゃねえよ年増!」

「サーシャちゃんの処女(バージン)は私のモノォおおおおオオオオオオオオオオ!!
貫通式の相手はこの私。【only my sex】」

「名曲をテメエの妄想で穢してんじゃねえぞ婆ァ!」

「(愛○を放て!心に刻んだ|妄想(サーシャ)を コンドームさえ置き去りにして♪」

「ワシリーサ。…………お前一回作曲家に謝ってこい」

 暴走するワシリーサの熱唱は止まらず、最終的にサーシャが金槌ドライバーノコギリの三連続攻撃を叩き込み、未元物質で爆破粉砕することによりどうにか沈黙させた。
 歌い狂う変態は強敵だったと、垣根は一つ学ぶ。
 けどこれで本当に別れの時になった。というよりこのまま話しているともう一泊することになりそうである。

「なんだか若干一名の変態のせいで締まらねえ別れに挨拶になっちまったが、」

 コホンッとわざとらしく咳をしながら気を取り直す。
 ワシリーサは相変わらず変態的な再生力で復活していた。
 サーシャはワシリーサの暴走を警戒しているのか、ノコギリを構えたまま。
 インデックスは何処からか取り出したスナック菓子をパクついている。 
 平和な、学園都市にいたら決して手に入る事のなかった平凡で騒がしい日々。

「またな。サーシャとついでに変態女」

「さーしゃもわしりーさもまた会おうね!」

「第七の解答ですが、また会える日を楽しみにしてます」

「『首輪』のことインデックスちゃんに聞いてるわよ。
私も精一杯応援しちゃうから頑張ってねー、ていとくん。今度会う時には男の娘になってたら最ッ高!」

「何の脈絡もなく変態だなお前は」

 そうまた会える日まで。
 今度は悲劇を終わらせて、幸福という名の夢を手に入れて。
 垣根帝督とインデックスは、エリザリーナ独立国同盟へと向かう。





 その頃。
 二十億信徒を抱える十字教最大宗派であるローマ正教の本拠地バチカン。
 その更に中心である聖ピエトロ大聖堂の奥深くに、巨大なテーブルとそれを囲むように着席している四人の人影があった。

「では食してみようか、アックア。お前の知り合いとやらのお勧めを」

 テーブルの右方に座る男、フィアンマが重々しく宣言する。
 後方に座る男、前に垣根帝督と交戦した『聖人』もまた頷く。

「アックアが御土産なんて珍しい事もあるものですねー」

「トチ狂ったんじゃないの? なんで禁書目録を連れてくる筈が、こんなボルシチに化けてんのやら」

 左方に座る男と前方に座る女が其々意見を言う。

「テッラ、ヴェント。無駄話はそれまでだ。
実を言うと俺様はおなかがすいたのだ。故に今すぐこのボルシチを食したい。後は分かるな?」

 フィアンマが『右手』を向けながら牽制する。
 『右手』の恐ろしさを誰よりも知るテッラと呼ばれた男とヴェントと呼ばれた女は押し黙る。
 一癖も二癖もある連中が揃っているが、フィアンマに真っ向から反抗する気もないらしい。

「では我らが主よ。俺様はこれからボルシチを食べる。細やかなる糧に感謝してやろう」

「だから何でアンタはそんなに偉そうなのよ」

「ヴェント。フィアンマが偉そうなのは何時もの事じゃないですか」

「アンタが気持ち悪いのも何時もの事だけどねぇ」

「そう挑発されても、その程度で悪意を向ける程私も愚かじゃありませんよ。
特に貴女に対してはねー」

「二人とも止めろ。ボルシチが冷めるのである」

「アックアの言う通りだ。俺は出来立てのボルシチが食べたいのだ。
邪魔をするのならば、容赦せんぞ」

 恐らく最初で最後だが、アックアとフィアンマの心が一つになった。
 テッラとヴェントもやけにボルシチを食べたがる二人に押され黙り込む。

「では今度こそ、主よ。俺様はボルシチを食べる。お前にやる分はないから天上で指をくわえて見てるがいい」

「………………………亡き戦友よ、頂くのである」

「フィアンマは相変わらず主に対して無礼を通り越してますねー」

「ホントに歪んでる奴」

 なんだかんだ言いながら、四人はアックアの作ったボルシチを同時に口に運ぶ。
 そして比喩ではなく、時が止まった。

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「…………………………………………」

「「「「ぐぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」

 瞬間、ローマ正教禁断の組織『神の右席』のメンバー全てが腹痛に倒れる。
 いや腹痛と表現できるほど生易しいものではない。これは猛毒だ。臓器を汚染し、精神を破壊する猛毒の中の猛毒。このままでは死ぬ。『神の右席』の誰もがそう確信する。
 しかし侮るなかれボルシチよ。彼等がこの程度で死ぬのならば、『神の右席』がローマの最暗部を担える筈がない。
 
「人体を上位に! ボルシチを下位に!」

「聖母の慈悲は厳罰(ボルシチ)を和らげる!」

「俺様の聖なる右に掛かれば、体内のボルシチを排除するなど……!」

 各々が其々の秘奥を使い窮地を脱する。
 しかし地獄より生還したフィアンマはそこで大変な事に気付いた。

「いかんな、ヴェントの呼吸が停止している」

「なんと!」

「俺様は『聖なる右』の力でボルシチを排除出来た。アックアは聖母崇拝、テッラは光の処刑……だがヴェントの天罰術式ではボルシチに影響はない。ボルシチそのものには……『悪意』がない。物に心がないのと同じだ。料理に心は篭っても心は宿らない」

 直ぐにアックアがヴェントに駆け寄り治癒魔術を行使する。
 しかし治癒魔術と一口にいっても色々ある。火傷用、消毒用、などなど。アックアは優れた魔術師だったが、生憎と対ボルシチ用の治癒魔術は習得していなかった。

「これは……テッラ。直ぐにお前の『光の処刑』でヴェントを蘇生させるのである!」

「だが断るッ!」

「何故だ!」

「私の『光の処刑』は一度に一つの物事にしか作用しませんからねー。ヴェントにやれば、私が死んでしまいます」

「ならば死ねば良いんじゃないか? 口調だけ萌えキャラのお前よりも、化粧は濃いが一応女であるヴェントの生存を読者も望んでいる筈だ」

「フィアンマもわりと酷いですねー。それと楽屋ネタは多用しない方が身のためですよ」

「ふっ。俺様なら問題ない。俺様の『聖なる右』があれば楽屋ネタの一つや二つ……」

「「それだ!!」

 結局、ヴェントはフィアンマの『聖なる右』のお蔭で一命を取り留めた。
 余談だが、フィアンマにお裾分けされていたローマ教皇もまた、腹痛で倒れ生死の境を彷徨う事になるが、それはまた別のお話である。




ワシリーサ、お前少し自重しろやと言いたくなる話。そして神の右席があわや全滅まで追い込まれましたw 彼らが卓越した使い手でなければローマ成教の最暗部は滅んでいたでしょうw 若干二名死にかけましたが。



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